女の陰影

女の魔性、狂気、愛と性。時代劇から純愛まで大人のための小説書庫。

カテゴリ: その女、危険性。

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 十二話 多重する禍根

  得体の知れない悪魔的な力に犯されたという確かな記憶が明江の中に残っていた。裸身に何かがからみつく寒気と怖気、そして超常的な快楽の折り重なった性の記憶。股間に太い何かをくわえこんだ感覚が残っているのに、ハッとして目覚めたとき、明江は何事もなかったように黒い下着を着たまま、全裸の浅里、全裸の佳衣子に左右から寄り添われ、ホテルの大きなベッドに眠っていた。時刻は深夜の一時になろうとした。
  奴隷二人を責めていて何者かに襲われ、しかしそれからの記憶が抜け落ちてしまっている。これはいったいどうしたことか。裸に剥かれたはずなのに下着を着ていて特に乱れた様子もない。いつの間にかベッドにいて奴隷二人に左右を挟まれて眠っている。明江は息を潜め、浅里と佳衣子のぬくもりを交互に確かめる素振りをした。

 「・・何だったの」
  かすかにつぶやいた声に浅里が目覚めて静かに言った。

 「うなされておいででしたよ」
 「うなされてた? じゃあ、あれから普通に寝たのかしら?」
 「と言うか、目眩でもしたように蒼くなられて横になられ、私たちはシャワーを済ませて一緒に寝て」
  ふらふらと横たわり、そのまま寝てしまったと言うのである。そのへんの記憶は残っていない。ひどくうなされていたらしい。
  二人の声に、眠っていた佳衣子が気づき、左右から絡みつかれるように明江は抱かれた。
  佳衣子が言った。
 「ああ裂ける、助けて紀代美って、もがくように」
 「そう。わからないの。いきなり何かに襲われて」
  浅里が問うた。
 「襲われた? そんな感じがあったのですか?」
 「恐ろしい力で、それは恐ろしいペニスに犯された。うまく言えないけど悪魔か鬼にでも襲われたようだった。意識が消えて気づいたらいま。だけど何にもなかったみたい」

  明江は、黒いブラの左右に頬を寄せる二人を交互に見て微笑み、二人の裸の肩を抱き寄せて、そして静かに語るように言う。
 「奥底にある願望だったのかも知れないね。あなたたちを見てて、じつは羨望を感じていて、圧倒的なものに私だって支配されたいと言うのか、あなたたちを虐めているってわかっていながらエスカレートが止められないことへの呵責を感じ、そんな私を罰してほしいと思う気持ちが生まれた」
  佳衣子がふっと笑って言った。
 「呵責だなんて、そんな。私たちは女王様に導かれて前よりずっと愛し合うことができています。私はマゾ、浅里もマゾ、支配されて安住する女なんです二人とも」
  浅里が言った。
 「いま思えば私たち、立ち位置を定めるのが難しかった。互いにMになりたがり、うまくいかないと互いにSっぽくなって相手を責める。女王様のおかげで私たちは定まった。ともにマゾなんだから互いの性(さが)に苦しみ合おう。だから二人はもう揺れない」
  明江は言った。
 「よかったのねそれで? 本心からそう思う?」
 「はい女王様」 と二人の声が重なって、二人は女王に抱きすがった。
 「浅里のこと、佳衣子のこと、愛してるわ。いまはじめてそう言える。私は弱い、ダメな女よ」
  佳衣子が言った。
 「こう言っては失礼ですけど、だから好きなんです、私たちと同じ心をお持ちですもの。強くなろうともがいておいでの女王様だからこそ、私たちはお捧げできる」

  明江にとって理解はできてもよくわからない会話だったし、このとき明江は自分の立ち位置だけが定まっていないことを思い知らされていた。

 「それで? その後どうなったの?」
  303号。紀代美と二人の夕刻だった。仕事帰りにまっすぐ紀代美の部屋に寄っていた。わけもわからず抱かれていたくてならなくなって、ロングソファに紀代美を押し倒し、二人全裸で絡まっている。
  紀代美の心音を聞きながら明江は言った。
 「それで二人をベッドに残してシャワーにね。脱衣で脱いで、そしたらまた後ろから抱かれる感じがして、ゾクゾクしちゃって。それでそのとき、あたし言ったの」
 「何を?」
 「抱いてって、ただそれだけを」
  それは憑き物だと思いつつ紀代美は明江の穏やかな面色を見つめていた。憑き物の正体はわかっていた。孝行を想う私自身の女心に私を取り巻く下等な者どもが反応したということだろう。

  紀代美は言った。
 「支配されたい女なのよね、明江も」
 「そうみたい。おぞましい気配に震えながら、どうしようもなく濡れてしまってお尻を突き上げ犯されていた。ほっとできたと言うのかしら。だけど紀代美は寂しいだろうなって、そのとき考えちゃったのよ」
 「あらどうして? 弱くいたくても特殊な力がそれを許さないって考えた?」
 「だってそうでしょ、その気になれば紀代美は強い」
  紀代美は曖昧に笑ってうなずいていた。明江はまだ、孝行という夫をめぐって、紀代美がライバルに変わっていることに気づいていない。
  紀代美は笑った。
 「もうドロドロね、女ってあさましい」
  抱かれていて顔を上げた明江の額を紀代美の指先がちょっとつついた。
 「私たちの共有奴隷は陽子。浅里と佳衣子の女王様が明江で、その明江の女王が私。さらに孝ちゃんが私たちの男奴隷」
 「そうね、まさに女の正体ここにありって感じだわ。紀代美の奴隷になりたいなぁ」
  紀代美は明江の眸を見据える眼差しで言った。
 「そうすると君臨しちゃうよ。旦那さんもいただくし、陽子やあの二人だって私のもの。ふふふ、そんなことになってもいいのかしら?」
  わずかな笑顔が醒めていき、心を射通すような眸で見据えられた明江。強い眸をするときの紀代美は素敵だと明江は思った。

  紀代美が身をずらして明江を組み伏せ、白い乳房の先でしこり勃つ綺麗な乳首を口に含む。
 「いいわ、わかった、これからは私が女王よ」
 「はい、そうなら嬉しい」
 「血をちょうだい、あなたの血を」
  紀代美はその手で明江の乳房をつかんで円錐形に張り詰めさせると、その先端で飛び出す乳首に鋭い犬歯を当てていく。
 「覚悟はいい?」
  サディズムに輝く紀代美の眸に、明江はとても勝てない何かを感じた。これが紀代美。そう思うとゾクゾクする。
 「はい女王様」
  乳首の皮膚をカリッと噛んだ。
 「あぅ! 痛い、あぁン痛い」
  明江は紀代美の裸身に抱きすがり、一瞬の激痛を乗り切ると、乳首から赤い血が滲んでいる。乳首を含まれ舐められて、チクリとする痛みと震えのくる快楽を同時に感じ、明江は息が熱くなる。
 「血の契りね、私と明江の」
 「はい、嬉しいです女王様」
  それで二人は顔を見合わせ、笑い合って抱き合った。どこまでが本心なのか、ふざけ合っているような抱擁。女同士の妙な間合いがこのときの二人にとって心地よかった。

  二日が過ぎたその夜、明江は401号、陽子の部屋で過ごしていた。陽子の旦那が検査入院。会社の検診で胃に病変が見つかって悪性の疑いがあるらしい。 そしてそれと同じ頃、303号、紀代美の部屋に明江の夫、孝行が入っていく。孝行は共通奴隷ということで明江は紀代美に委ねていいと考えた。夫への気持ちが定まっていない。紀代美との関係のために離婚するならそれでもいい。明江にとって妻という立場が重かった。
  401号。こちらでは陽子は従順な性奴隷と化している。夫がいても埋められない心の穴を埋めてくれた明江に、陽子は思慕の念を抱いていた。陽子もそろそろ四十歳となるのだったが、裸身は白く若く、形のいい乳房を突きだして奴隷のポーズ。下腹の毛も綺麗なデルタとなるようにトリミングされていた。しかしそこはホテルでもなく、夫のいる自宅ということで責め具のようなものは一切ない。精神的な従者。そのときの陽子はそうだったし、もともと肌に痕が残るような厳しい責めはされていない。
  明江はブルーのランジェリーでソファに座り、全裸で服従のポーズをする陽子を微笑んで見つめている。
 「オナニーは欠かさずしてる?」
 「はい女王様、お言いつけ通りに暇さえあれば」
  常に感じさせ濡らすマゾにしておきたい。独りのときはノーパンノーブラ。常にいじっているよう命じてあった。明江は、綺麗に毛が整えられたデルタの底へと指をやった。湿ったクレバスが指にからみ、刺激を受けて勃ったままのクリトリスを指先で転がすようにいじってやる。
  陽子は眉間に甘く浅いシワを寄せ、かすかな喘ぎを漏らしている。
 「いいわ、よく濡れてる。どう? 感じるでしょ?」
 「はい女王様、ああ嬉しい、ありがとうござます、震えるほど感じます」
  全身の薄い脂肪がふるふる震え、鳥肌が騒ぎ、毛穴が固く締まって産毛を立たせる。
 「ぁふぅ、いい、あぁぁイキそうです」
  明江は、そんな陽子を見据えてちょっと眉を上げて眸を丸く、性器をまさぐりながら言うのだった。
 「羨ましいって思うのよ。私もね、紀代美様の前ではそうありたい。私だけが定まっていないと思うから」
  と、陽子がちょっと眉をひそめるムード。
 「明江様がですか? それはちょっと・・」
 「どういうこと? ヘンかしら?」
 「逆だと思います。紀代美様は弱いお方。君臨なさるなら明江様かと」
  明江はちょっと驚く眸色を向けた。
 「そう思う?」
 「はい」
 「どうしてそう思うのかしら?」
  どうしてと言われても困るようで、陽子は明解な答えを返せない。なんとなく。女としての直感のようなもの。しかし明江はそれが哀しい。その強さで夫を捨てようとしているのだから。強さの反力としての呵責が、紀代美によって癒やされる。紀代美へのマゾ性はそういうことなのかと考えた明江だった。

  その頃また303号で。
  紀代美らしい純白のランジェリー。しかしそれは新調したもの。孝行に対する勝負下着というやつで、紀代美の女心が選ばせた姿。
  なのに男の孝行は全裸で奴隷のポーズをする。若い男性は血管を浮かせて勃起して、数日の禁欲の苦しみを表現するように亀頭を振ってもがいている。
  一途に見つめてくれる男が可愛い。一瞬のサディズムに、紀代美は手にした乗馬鞭の先で亀頭を打って、痛みに呻きながらもさらにペニスを差し出す孝行の姿に、一瞬にしてまたマゾヒズムに支配される。
 「可愛いわ孝・・あなたが好き、私だけのご主人様」
  ソファを滑り降りるように奴隷と同じく膝で立ち、奴隷のポーズを崩さない男の裸身を抱き締める。背を撫でて男の固い尻を撫で上げ、手をまわして勃起を握り、そうしながらキスをせがむ。
 「愛の化け物」
  耳許で孝行にささやかれ、紀代美はハッとして孝行の瞳を見つめた。孝行はそんな私を許容している。わかってくれる男性。
 「最高の褒め言葉だわ、私はそうなの、愛の化け物。だから怖い。私は私が怖くてならない」
  微笑んでうなずきながら、それでも奴隷のポーズを崩さない従順な男の姿に、紀代美の女心はマゾへと傾き、勃起の切っ先にキスをして、熱い茎を舐め上げて喉の奥へと突き立てていく。
  孝行は言った。
 「天性の淫婦。淫乱しかし淑女であり、天性のマゾヒスト、天性のサディスト。あらゆる性を拒まない素敵な女性。愛してる紀代美」
 「はい、ご主人様、私もあなたを愛しています」

  純白のブラをしたままパンティだけを自ら剥ぎ取り、ソファに両手をついて尻を向けた紀代美。陰毛のない性器はあさましいまでに濡れていて、男奴隷は女王の愛液を舐め取ろうと顔をうずめる。
 「あぁン、孝、孝、愛してるの、ねえ愛してるの」
 「ふふふ、可愛い女だ、淫らな奴め・・」
  男の力で尻を叩かれ、アナルを晒してさらに突き上げられた股間の魔女へ暴発寸前の熱い勃起を突き立てていく孝行。紀代美は背を反らして顔を上げ、獣のように吼えていた。
  明江が邪魔。それはどうしようもない女の性(さが)が思わせる怖いこと。
  妻が邪魔。それはどうしようもない男心が思わせる一瞬の迷い。
  孝行と紀代美は互いを探り合いつつ、肉体だけが反応する激情の性に溺れていった。
  もう果てる。もう狂う。紀代美は突き抜きされる度に噴き出す愛液がシュボシュボ膣啼きさせる股間の錯乱を感じつつ、明江の悲劇を考えていた。私がこういう気持ちになると私を取り巻くよからぬ者が蠢き出す。その結果どうなるかは明江次第で、明江がもしも敵対するなら恐ろしいことになっていく。

  401号。
 「それでもいいのよ、私は紀代美様の奴隷です」
 「はい。私はそんなお二人の奴隷でいられて幸せです」
  明江は眉を上げて微笑んだ。
 「ところでご主人は?」
  陽子はちょっと首を横に振る。
 「ずっと胃炎だと言われていたんですが、スキルスガンの疑いありということで」
  スキルス胃ガンはガンの中でも悪性で進行が早く、見つかったときには手遅れということが多いという。このとき明江は、もしも夫がそうならばと考えてしまう自分がいることが怖かった。
  陽子は言った。
 「それならそれでいいのかなって思うんです」
 「え?」
 「このままだといつか主人が邪魔に思えるときがくる。天命ならしかたがない。そう思ってしまう自分がいるから、だから私は奴隷でいたい。泣いて泣いて暮らしていたいと思うから」
  明江は声もなく陽子を見つめ、そしたらいきなりやさしくなれて全裸の陽子を抱いてやる。
  結婚生活へ踏み込んだ女に共通した感情。生別死別にかかわらずいつか別れがくることを察していて、あるとき心の準備をはじめていく。それが妻というもの。陽子に自分と同じ姿を見つけ、明江は明江自身を抱くように陽子の裸身を抱き締めた。
  しなだれ崩れて抱かれる奴隷を突き放し、自ら立って下着を取り去り、カーペット敷きのフロアに尻を落として脚を開く。
 「ほら陽子、ひどく濡れてる、綺麗になさい。私をイカせて。舐めて!」
 「はい! あぁ嬉しい、よく濡れておいでです」
  Mの字に立てられた白い腿を抱きつつ、陽子は同性の淫欲を見つめながら微笑んで、女王の股間に顔をうずめた。
  電気ショックのような快楽に明江はのけぞる。

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 十一話 憑き物

  明江と紀代美の関係の中で、明江にとってのSかM、紀代美にとってのSかM、そして女同士の性関係も、それらは行為ではなく心の置き所の問題だった。あるとき責めて心地よく、しかしあるとき責められて心地よく、あるとき同種の性器に安堵する。心のねじれのようなものを解消しようとする切ないまでの愚行。それは誰にでもあるもので良心の呵責と言ったりする。
  その夜の二人は互いにSとMを交差させるようにもがき合い、狂ったように求め合い、業火が去った後に残る灯火を抱き合って身を寄せ合った。これこそ愛だと確信できる。一つの女心を女二人で分け合う夜。互いにそう感じられるセックスだった。

 「なんだか、何かに取り憑かれてしまったみたい」

  ふと明江が言った言葉に、紀代美はとろりと溶けた眸を向けた。
 「何か気配でも感じるの?」
  明江もまた溶けた眸で紀代美を見つめた。
 「わからない。私のいったいどこにこれほどの情婦が潜んでいたのかしらって思うのよ。浅里に対しても佳衣子に対してもそうだけど貪欲なまでに求めてしまう。相手が紀代美なら、どうされてもいいと思うし」
  紀代美はちょっと笑って、たったいまとろけて乱れたはずの明江の性器へ指をやった。燃えるように熱く、ヌラヌラに濡れそぼり、ちょっと触れるだけで明江はふるふる震え出す。
 「どうしようもなく感じるの。おかしいよ私って、こんなことはなかったのに」
  ちょっと笑いながら明江は言って、差し込まれる紀代美の手を内腿に挟み付けてすがりつく。

  紀代美は言った。
 「それは淫魔というもので女がちょっと油断すると取り憑くものよ」
 「サキュバス?」
 「それもそうだけど、あらゆる憑き物がそうさせる。魑魅魍魎と言うけれど、妖怪、悪霊、付喪神(つくもがみ)、そのほかすべてのよからぬもの。よからぬものではあるけれど時として女を夢へと誘うもの」
 「紀代美にも憑いてる?」
 「もちろんよ、私はそれで生きている、女ですもの」
 「私だって女なのよ。私にも取り憑いてる?」
 「空狐様におすがりしたでしょ。そのことですべての邪悪な者たちが明江に気づいた。明江という女の存在に気づいたでしょうし虎視眈々と狙っている」
 「狙ってるって?」
 「憑依する対象としてね。だけど背後で空狐様が守ってくれてる」
 「守護神としてという意味で?」
 「というか隷属する好ましい者として。私もそうよ、空狐様に守られてる。明江がもし何か気配のようなものを感じるなら、それは空狐様を取り巻く魑魅(ちみ)たちだと思えばいい。魑魅とは山の怪(け)、魍魎(もうりょう)とは川の怪(け)。怪(け)は他にもあるけれど、それらを総称して物の怪(もののけ)と言うのよ。神や仏とは違って下等なものでも私にとっては神様のようなもの。それが呪術を行う者の定めと言えばいいのかしら、そうした物の怪におすがりしている」
 「お母さんはもっと凄いんでしょう?」
 「比べものにならないわ。母の守護神は山の怪、つまりある種の山神様で女性神なの。空狐様はすなわちキツネで山に棲み、山神様のしもべですから」
  不可思議な話だ。空想に迷い込んだようだと明江は思い、紀代美はやはり怖い人だと考えた。

 「ふふふ、それも面白いわね」

  と、ふいにつぶやく紀代美。明江は貌をうかがい見た。
 「何が? それも面白いってどういう意味?」
 「旦那さんよ、明江の。明江の本心はこうだわ。旦那ごときに隷属していたくない。いい人だし可愛いけれど私はあなたの従者じゃない。ありきたりな女の人生なんて嫌。性の自由は私のもの。だから別れるならそれでもいいと考える。妙な呪術師に出会ったばかりに、いざとなればどうにでもなるとタカをくくっているわけで」
  明江は性の雲海から現実に引き戻されて、ちょっとうつむく素振りをする。そう言われると逃げ場がない。
  紀代美は言った。
 「だけどよ」
 「うん?」
 「旦那さんが従者となるなら話は違う。まさに女王。それなら家庭は家庭、外は外と割り切れる。女にはそうした残酷がつきまとうものなのよ。それでいいならやってみる?」
 「彼を操ってみないかって?」
 「そういうこと。それは空狐様におすがりする話じゃない。また別の術がある」
 「そうなんだ? だけどちょっと・・」
  明江は夫の顔を思い浮かべた。愛してくれるやさしい夫。
  明江は言った。
 「ちょっと可哀想かな」
 「そうかしら? いつか捨てるのとどっちが可哀想なんだろうね」
 「彼にも君臨しろってこと?」
 「そうとも言えるけど、試してみたらってことじゃない。術はいつでも解けるものなんだし、ちょっとぐらい虐めてやっても面白いとは思わない?」
 「魔女みたいね私たちって」
  紀代美は眸を丸くした。あなたって、ほんと、わかってないわねと言いたげだ。
 「みたいじゃなく、女は魔女そのものなのよ」

  紀代美は白い裸身を晒してベッドを離れ、たまたまそこにあったメモ用紙とボールペンを手にして戻って来る。
 「こう書いて。『浮気の相手は涼子、あなたはそれを白状せずにはいられない』って」
 「それで問い詰めるってこと?」
 「もう離婚よって言ってやる。ふふふ」
 「う、うん、やってみる」
  言われたように書いた明江。浮気なんてことになれば、妙な術など使わなくてもあの人なら白状するだろうと妻は思った。
  書かれたメモ用紙を一枚ちぎり、それをハサミで蝶型に切って二つに折って置いた紀代美。白い紙のチョウチョである。
 「さあ、お行きなさい」
  そう言って、ふっと息で飛ばした一瞬、紙の蝶は鮮やかなアゲハチョウへと化身して、ふわりと宙に舞い上がり、壁をすり抜けて消えていく。明江は愕然。ふわりと舞い上がって跡形もなく消えた虚空を見たまま声も出せない。
  紀代美は言った。
 「式神と言ってね、旦那さんに取り憑いてニセの記憶を植え付ける」
  このとき明江は良心の呵責を感じてならなかった。なのに一方ではウズウズする高揚感さえ感じている。これで夫の本音が見えてくると考えて。

  四日後の夜のこと。明江は303号に逃げ込むように飛び込んで、紀代美を見るなり舌を出し、キツネにつままれたようだったと告げて笑っていた。
  ドアがノックされたのは、しばらく後になってから。紀代美は友人ということにしてあった。ドアがノックされて紀代美が出た。このときもちろん紀代美は下着をつけて部屋着を着ている。
 「はい?」
 「河原ですが、妻がこちらにお邪魔していませんか?」
  廊下は響く。静かな声。紀代美は明江を振り向き、ちょっと笑ってドアを開けた。

  明江の夫は孝行と言ってIT企業のエンジニア。背丈は男性としては普通、黒髪はショート、色白で細身であり、一見して真面目そうな男であった。いかにもいまふうな気弱なイメージ。世の中の妻たちが、いつか物足りなく感じだす典型的なタイプ。
  部屋に入れ、妻がいるリビングへ通す。明江はそっぽを向いて相手にしない。紀代美は間に立ってとりなすフリ。内心可笑しい。
  孝行は、紀代美に恥ずかしげな眸を向けて妻に言った。
 「な、帰ろう」
 「嫌よ、もういい、離婚です」
 「ごめん。どんなことをしても償うから、よそ様のところでは話もできないし、ご迷惑だろう」
 「紀代美は親友です、迷惑なんかじゃないわ。顔も見たくない、帰って」
  シナリオ通りの展開。そこで紀代美がクッション役をかってでる。
 「ねえ明江、気持ちはわかるけどご主人だって白状なさったんでしょ。シラを切り通すのが普通なんだから」
 「それはそうだけど許せないもん。まだ新婚なのよ私たち。なのにもうって感じだわ」
 「だからさ、気持ちはわかるけど、償うっておっしゃってることだし」

  突っ立ったままの夫に妻は厳しい眸を向けたまま、それもまたシナリオ通りの台詞を切り出す。
 「どんなことをしてもって言うなら、許せるまで奴隷になって。二度と裏切れないよう躾けていくけど、それでもいいの? 私は女王様よ、ついでにご迷惑をかけた紀代美だって女王様。女二人が許せると思うまであなたは奴隷、辛いわよ。それでもいいの?」
  式神はニセの記憶を植え付けただけであり人を操るわけではない。それからは夫の意思しだい。明江はそれで夫がどうするかで先々を見定めようと考えた。
 「私が妊娠しにくいことで落胆したんでしょ? 違うかしら?」
  孝行は懸命に違うと言い、まるで他人の紀代美の前で涙を溜めて謝っている。
  可愛い人だと紀代美は感じ、しかし妻の怒りの演技はおさまらない。
 「いいわ、わかった。私に対して本気なのなら裸になって土下座なさい! 紀代美がいようが、そんなことはどうでもいい。紀代美と二人の共有奴隷、素っ裸におなり!」
  そのとき、そしてそれからの一部始終を紀代美は静かに見定めていた。

  二週間ほどが過ぎた土日のこと。明江は浅里と佳衣子をともなった二日間。紀代美は家に取り残されていた孝行に声をかけてドライブに連れ出した。いいやドライブなどはどうでもよかった。熱海の海が流れていたが、ろくに話さずハンドルだけを握っている。
  ラブホテル。女王としての真紅のランジェリー。大きなベッドにふわりと沈み、服を着たまま突っ立つ奴隷を見据えている。孝行の眸が弱い。
 「いろいろ聞かされてるわよ。毎日責められて泣いてるそうね。脱いで体を見せなさい」
 「はい女王様」
  素直に脱いでいく奴隷。しかしその裸身からは生気が失せて、眸にも光が感じられない。
 「あらあら、ひどいわね」
  男の固い尻や背や、体中に乗馬鞭の青痣。ところどころが黄色くなって見るも無惨な裸身であった。
 「ここへ来て奴隷のポーズ」
 「はい女王様」
  膝で立って脚を開き、両手は頭。奴隷に堕とされた孝行は陰毛さえも処理されて、紀代美の赤い下着に欲情するのか、妙に白いペニスがむくむくと勃起をはじめている。
 「もう大きくしてるのね。私に対して欲情する?」
 「はい、申し訳ございません、女王様はお綺麗です」
  紀代美は微笑み、ラブホに備え付けのビニルスリッパで、上を向くペニスの先をペシと叩く。今日の紀代美は鞭などそのための道具を持ち込んではいなかった。
 「あぅ」
 「痛いわね?」
 「いいえ嬉しいです、ありがとうござます」
  明江から聞かされていた。あれから射精は一度もなし。オナニー禁止。こっぴどく鞭打って平伏させ、細いヒールで踏みにじり、トイレの後のアナルまでも舐めさせる。尿を飲ませるなんてあたりまえ。夫はよく耐えていると。
 「心から反省してる?」
 「はい。許していただけるまで、いいえ、生涯奴隷だと言われていますし、それでもいいと思っています」

 「捧げるってこと?」
 「はい」
 「私にも捧げてくれるわね?」
 「はい女王様、お誓いいたします」
 「そう。いいわ、おいで」
  紀代美は奴隷の手を引いて女王の白い腿に男の体を横たえて、そのとき眸についた背中のヒールの踏み跡を指先で撫でてやる。
 「おまえは」
 「はい?」
 「明江のことは別に、私をどう思ってる?」
 「それは、はい、お慕いしております」
 「そうじゃない。それは奴隷の言葉。女としてどう思うかと訊いてるの」
 「それは・・素敵なお方です」
 「認めてくれる? 女としての私を?」
 「はい、もちろん」
  腿に体をあずけたまま顔を上げて見つめる孝行。やさしい接し方が嬉しいのか奴隷はもう眸を潤ませている。
  可愛い人だと紀代美は思う。明江は本音のところでこの結婚は失敗だったと考えている。抗う力がないからしかたがないと考えていた。けれど反力を得たいま、夫が妻を想うのはあたりまえ。いい気になりすぎ。そしてその力を持たせてしまったのは私だと紀代美は思う。

  しかしそうしたことと、いま目の前にいる男の姿とは話が違う。涙を溜めてまっすぐ見つめてくれる男が可愛い。激情が衝き上げてくるのを止められない。 
 「いい子ね、さあおいで」
  そのまま手を引き、孝行をベッドに上げて、赤く艶めかしい下着姿で紀代美は四つん這い。尻を向ける。
 「よく耐えたご褒美です、パンティ脱がせてお尻の底までよく舐めて」
 「ぁ・・でも」
 「いいから脱がせて。心から奉仕して私を濡らしてちょうだいね」
 「いえ、それでは妻を裏切ることになってしまう」
 「だとしても大切なのは、いまだわ」
 「いま?」
 「いまこのとき私だけを見ていてほしい」
  真紅の布が張り詰める女王のヒップ。孝行は尻のカーブを滑らせて布を巻き取り、白い腿から膝まで降ろし、誇るように突きつけられる女性のすべてを見つめていた。陰毛のない女の性器。けれどそれは少女のような可憐さのない、熟れきった性の花。魔女的な淫ら花。すでにもうじぶじぶ蜜を滲ませて、閉じたリップをわずかに開いてやるだけで軟体動物そのままに蠢き出すようだった。
  孝行の勃起は頂点に達している。妙に白い男の茎に血が満たされて亀頭が青く、茎には幾筋もの血管が浮き立って、針で突けば破裂しそう。笠の張った亀頭の先から透き通った男液が垂れている。
  孝行は、腰を張って開かれる女王の性器とアナルを見つめ、ひくつくアナルにそっとキスをして舌先を這わせていく。

 「あぁぁ孝、いい、感じるわ」
 「女王様、嬉しいです、幸せです」
 「紀代美って呼んで。ねえ孝、私は紀代美、時として男の奴隷になりたくなる女なの。様もいらない、紀代美って呼んで」
 「はい。あぁ紀代美、よく濡れる綺麗な穴だ」
 「嫌ぁぁ見ないで。ねえ舐めて、もっと舐めて」
  突き上げられた尻の双丘を男の手が割り開き、引き攣って歪むアナルへ強い舌を刺していく。
 「あぁン孝ぁン、孝ちゃん可愛い」
 「紀代美」
 「はい、孝ちゃん。あぁぁご主人様、もっと舐めて」
  それが紀代美が持つ、また別の貌だったのだろう。激情が女心をMの側にシフトして、すがりついていられる男性として認識している。
  ラビアを舐められ、花を開かれ蜜が流れ、膣口に牙立つ柔らかな肉の突起が男の舌に屈服して穴をひろげる。紀代美は震えた。いまこのとき男が欲しい。女王から奴隷へ化身した白い女体は、毛穴という毛穴を開いて香しい汗を分泌。背を反らせ獣のよがりを吼えながら尻を振って男を誘う。
  パシパシっと双丘を男手ではたかれて、熱い亀頭が膣を狙って切っ先をあてがって、そのとき紀代美はカッと目を見開いた。

 「あぁぁーっ! あっあっ! 私を見てて、ずっと見てて。可愛い奴隷よ、孝ちゃんの可愛い奴隷なんだもん」
 「うむ、いい女だ」
 「はい、嬉しいわ。あっ、うぅっ! あぁーっイクぅーっ!」
  一途な男の心とペニスの先端に子宮が衝かれ、どうしたことか一瞬のうちにピークが襲う。吼える、吼える! もがく、もがく! こんな男を求めていたと紀代美は感じ、そのときかすかな敵意が蠢きだしていたのだった。
  これほどの人を愛せないあの女はどうかしている。馬鹿よ明江は。そうした思考が白くなって渦を巻き、熱い迸りが子宮口にまき散らされる実感で、紀代美は天空へと飛び立った。わなわな、がたがた、総身を震わせながら、眸を開けているにもかかわらず景色が歪んで消えていく。
  一度の射精で萎えないものが抜き去られ、そのとき紀代美は亀頭の笠の逆立ちを膣壁に感じて声を上げた。
 「舐めて孝! ダメ出ちゃう! おしっこ!」
 「はい女王様」
  性器に唇をかぶせて奔流を受け止めてくれ、飲んでくれる可愛い奴隷。主と奴隷を行き来できるしなやかな男心が嬉しかったし、女王と奴隷を行き来する女の気まぐれが可愛いと感じた孝行だった。

  明江、もうダメ、旦那さんはいただくわ。私は彼を愛してしまった。
  紀代美の中で何かが崩れ、何かが聳えて新たなカタチを成していく。

  尿の迸りがついえたとき、紀代美は素直な奴隷を振り返り、それでもまだ勃起したままだった男の凶器にむしゃぶりついた。
 「むぅぅ!」
 「ふふふ、感じる? 嬉しいの?」
 「はい女王様、ありがとうございます、お慕いします心から」
  紀代美はまじまじと貌を見た。
 「あぁ最高、孝ちゃん最高、あなたが好き!」
  この紀代美の激情がよからぬ者どもへの合図となった。

  まさにそのとき、シティホテルの一室で二人の奴隷を泣かせていた明江。いきなり後ろから、とても抗えない強い力に捉えられ、上下黒の下着が毟り取られていくのだった。
  目眩が襲う。景色が歪む。白い裸身が前に折られて尻を突き出し、とうてい人のモノではない太いものに貫かれる。
 「きゃぁぁーっ裂けるーっ、ああ裂けるぅーっ!」
  突然襲った異変に全裸の浅里と全裸の佳衣子が抱き合って、愕然として見つめていた。
  見えない手が女王の白い乳房を揉みしだき、開かれた股間から潮を噴き、内腿に桜色の破瓜の血を流し、明江はかぶりを振り乱してもがいている。
 「ああそんな、助けて紀代美、助けてぇーっ!」

 「ふふふ、おしまいよ明江、あなたはおしまい」
  心の言葉。にやりと笑って孝行のペニスを吸い立てる紀代美。二度目の射精を喉の奥で受け止めて、紀代美は孝行の腰にすがりついて果てていく・・。

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 十話 磨りガラスの夜

  妻にとっての夫との性。明江にとってのそれは不満があると言えるほど冷えた夜でもなかった。営みが減ったというのも、付き合って一年、結婚から二年を経た夫婦の落ち着きであり、穏やかに確かめ合う夜とでも言えばよかったのだろう。
  妻に対してまっすぐ愛を向けてくれる夫。抱かれていて妻は、この人を捨てていいものかと考える。夫婦としては無難に、もう一人の私として解放されるといった都合のいい関係が私にできるものなのか、と明江は思う。

 「できにくいみたいよ」

 「そうなのか?」
 「お医者が言ってた、子宮後屈ぎみらしいって」
  妊娠ではないとわかった後になって、あえて妊娠かも知れないと夫に告げ、ダメだったと報告する。もちろん嘘。どうしてそんなことをしてしまうのか、明江自身が理解に苦しむ。
 「まあ、しょうがないよ、気にするな」
  やさしい夫。捨てるなんてできそうにない。その夜も夫婦は溶け合った。しかしこのとき明江は避妊薬を飲んでいた。これでもう妊娠しない。そうした思いが裏目に出たのか、その夜の性は久びさ燃えるものだった。

  陽子に対して明江はS女になりきれず、ビアンとしてベタベタというほどでもなかった。陽子との間にも磨りガラスを挟んでいる。陽子は紀代美に委ねておきたい存在であり、私には君臨できる浅里や佳衣子がいる。こちらは狂おしいほど素通しの性。磨りガラスどころか隔てるものは何もなかった。
  隔てるもののない性は燃える。紀代美に対して明江は淫獣。しかし心のどこかに微妙な距離を感じている。そしてそんな明江の胸中を見過ごす紀代美ではなかった。あの子は夫を捨てられず、私に陽子をあてがったつもりでいて、私の前では隷属しようとポーズしている。私の背後に空狐がいるから・・と、計算ずく。

  さて、その空狐の力を得た明江が横倉浅里そして神白佳衣子という二人に対してどういう想いで接しているのか。空狐はすがるものであって利用するものではない。度を過ぎると空狐は怒る。その怖さをあの子は知らず、そうなったとき私の意思ですべてが決まる。紀代美は内心でそう思いながら、それを確かめておかなければならなかった。思いもしない力を得たとき人は豹変するからだ。
  そして翌々週の祭日のこと。K2はもちろん休み。けれど明江の夫は、祭日はほぼ仕事に出ていて、とりわけ今夜は泊まりになる。
  おあつらえ向きの休日。明江は紀代美とともに浅里と佳衣子、二人の奴隷をホテルへ呼んだ。ラブホではない。横浜の高層ホテルのスイートルーム。今夜は泊まるつもりでいる。

  奴隷二人が先に来ていて女王二人を出迎えた。性奴隷は戸口に立つところから素っ裸。浅里にも剃毛が命じてあって熟女二人が揃ってパイパン。それぞれ乳首とクリトリスにステンのピアスが光っていて、二人とも髪をまとめて垂らしている。
  明江は女王、鼻が高い。
 「こちらが紀代美女王様よ。私にとって大切なお方ですからそのつもりで接することね。恥をかかせたら拷問ですから覚悟なさい」
  黒い革のロングソファに二人の女王。今日の明江は黒のランジェリー、紀代美はめずらしく下着を着けて、こちらは純白のランジェリー。奴隷二人は横に並んで一度平伏し挨拶すると膝で立って両手を頭の奴隷のポーズ。二人とも肌は白く、突き出た乳房は形がよく、乳首にピアス。そして飾り毛を奪われた性の谷にもピアスが光って、赤みの強いクリトリスの頭が覗いていた。ピアスをされて敏感になっているのか、クリトリスはすでに充血して飛び出しているようだ。

  明江は言った。
 「ピアスはどう? まだ痛む?」
  浅里が応じた。
 「触れるとまだ少し痛みますけど大丈夫です。可愛い姿にしていただけ、ありがとうございます」
 「よろしい、いい子よ。あれから二人で愛し合ってる?」
  それには佳衣子が微笑んで応じた。横目に浅里を見ながら笑う。
 「はい女王様、お互いいっそういとおしく想えるようになり、それは濃密に」
 「おまえたちにとって、これでよかったということね?」
 「はい女王様」
  二人の声が重なった。
  ほっとできる奴隷の姿。同じ運命を背負った肉体がいとおしく思えるのは紀代美にも理解できることだった。明江はやさしい接し方をしているようだ。奴隷の肌に厳しい傷はなかったし、満たされていることは二人の面色を見てればわかる。
  紀代美は明江に言った。
 「ずいぶん可愛がってるみたいね? 二人ともいい貌してるし」
  明江は眉を上げて首を傾げ、微笑んだ。
 「もちろんです、ふたりともやさしい子たち。急ぐつもりもありませんし」

  女王と見定めた明江が敬う女王。奴隷二人は初対面の紀代美に対して激しい羞恥を感じながらも、それを濡れとして表現し、紀代美に対していきなり思慕の念が湧く想い。
  不思議に微笑ましい光景。紀代美は二人を通じて明江の本質を探っていた。
  紀代美が身を乗り出すようにして二人に言った。
 「嬉しそうで私も嬉しいわ。二人抱き合ってキスなさい」
 「はい紀代美女王様」
  声が重なり、それから二人は互いに微笑み合って見つめながらふわりと抱き合い、どちらもが眸を閉じて絡み合うキスをする。
 「浅里、好き」
 「私もよ、あぁ佳衣子」
  ささやき合う二人を女王明江は見守って、そんな様子を紀代美が見ている。こういうことなら空狐だって許すだろうと紀代美は思った。
  抱き合いながら互いに股間に手をやって慰め合う奴隷二人。明江は言った。
 「さあ二人とも奴隷の姿になりなさい。首輪それに二穴責め、ブラもして」
 「はい!」
  立ち上がった二人。二人の女王の目の前で青い首輪と青い革パンティの浅里の正装、ピンクの首輪とピンクの革パンティの佳衣子の正装。穴開きブラが張り詰めさせる乳房の先で乳首が飛び出すが、ピアスの施術から間がなくて乳首責めは許されていた。
  奴隷二人は青とピンクのスイッチボックスを手にして、ふたたび奴隷のポーズ。
  明江は命じた。
 「紀代美女王様にお渡しなさい。今日は紀代美女王様の思いのまま。わかったわね?」
 「はい!」

  手渡された二つのスイッチを手の中に紀代美は微笑み、それぞれ一段、スイッチオン。ブッブッブッと間欠する振動音が腹の中から漏れてくる。
 「ぅ、ンっ、感じます紀代美女王様、ありがとうございます」
  佳衣子が先に言い、同じことを浅里も言って、眸色がとろけ、小鼻をひくひくふくらませて二人は喘ぐ。明江はソファを立ちながら言った。
 「足先からご奉仕なさい」
  奴隷のポーズを解いて二人は這って、紀代美の左右の足先にキスをする。床に這って尻が上がると股間のベルトがディルドを食い込ませ、振動も強く感じることになる。
 「もっとお尻を上げなさい」
  乗馬鞭。明江は二人の尻肉を交互に強く一打ずつ。
 「あぁン」と、それもまた鼻にかかった甘い声が重なった。
  明江は笑って紀代美を見つめ、紀代美も笑って、足の指を舐めはじめた奴隷二人を見つめている。紀代美は言った。
 「じゃあもう一段あげましょうか、可哀想だけど。ふふふ」
  ビィィーン。とたんに音が強くなり、奴隷二人は腰を振って無我夢中で紀代美の足を舐め回す。
 「あン、あぁン、アソコが溶けそうです」
 「気持ちよくて?」
 「はい。あぁン、いい、イキそう」
 「ダメでしょ、まだまだ。甘えてんじゃないわよ」
  ピシーッ!
  明江の強い鞭が二人の尻を襲い、悲鳴を上げながら、さらにクイクイ腰を振ってよがる二人。カラーレザーに分断される白い裸身に見る間に汗が浮いてくる。

  おんおん感じてよがりながら紀代美の腿まで這い上がった二人の頬を紀代美は撫でて、甘責めに苦悶する貌を見つめて言うのだった。
 「幸せね?」
  二人は何度もうなずいて、ちょっと笑い、しかしそれはすぐに切なげに歪むイキ貌へと変化していく。
  紀代美は二人を押しのけるように立ち上がると、明江の手から乗馬鞭を取り上げて、奴隷二人に命じた。
 「脱がせてちょうだい、パンティもブラも。くまなく舐めるのよ」
  そう言いながら紀代美はフルスイングの鞭を二人の白い背中に浴びせていき、バイブのスイッチを無造作に最強にセットする。
 「わぅ! あぁぁーっ! イッてしまいます紀代美女王様、あぁーっ!」
 「明江に言われたばかりでしょう! イッたりしたら拷問よ、私は甘くないからね!」
  それは紀代美の豹変だった。
  もしや本物? この女がS女もどきではなく本物のサディストだったとしたら・・明江はなぜかいきなり濡れだした自分の性器が不思議だった。

  明江は思う。もしやそれが私の本質? 私はM? であるならそういう意味でも紀代美に従属することがこの関係を絆に変えていける秘訣なのかもしれない。暗く冴えない女だと思っていた紀代美の凄さを見せつけられたような気分。これで何度こういう気分にさせられるかと明江は思い、紀代美の怖さに震えるような、それでいてたまらない思慕の念を感じてしまう。女の激情は誰にでもあるものだが、紀代美のそれは底知れないと明江は思い知る。

  303号、紀代美の部屋。
  その夜は明江と紀代美、二人だけの夜となった。浅里と佳衣子を巻き込んだ調教シーンから十日ほどが過ぎていて、明江の夫がまたしても今日から三日間の出張。そんなシチュエーション。仕事を定時に終えて戻った七時前。紀代美は夕食を用意して待っていた。
  紀代美は独りのとき全裸で過ごす。キッチンではサロンエプロンだけの姿。対して明江は着衣のまま。しかし裸でいるのは女王のほうといった不思議なムードを感じさせる。
  部屋に着いて明江はシャワー。その夜の明江は裸身にバスタオルを巻いただけの姿で、キッチンに立つ紀代美の背へ歩み寄る。茶色のサロンエプロンが白い紀代美の裸身を適度に隠し、後ろから見る姿がエロチック。明江は歩み寄って後ろからそっと抱き、エプロンの内側から手を回して紀代美の二つの乳房を両手につつんだ。張りのある触感が紀代美の強さを物語るようだった。

  紀代美が言った。
 「あの二人とうまくいってる?」
 「いってるいってる。オフィスではそ知らぬ顔でも佳衣子も浅里もやさしくなった。みんなが驚くぐらいだわ。毎夜毎夜確かめ合っているらしい」
 「愛し合ってるのよ、あの二人」
 「前にも増してベタベタって感じよね。羨ましくなっちゃうくらい」
 「羨ましい?」
 「正直に言うけれど、私だけなのよ、微妙な計算って言えばいいのか、すっきりしない思いがしちゃって」
 「私に対してもそれはそうでしょ?」
 「ないとは言えない」
 「正直なのね」
 「だってそうなんだもん。ときどき怖くなる。陽子とのことにしたって紀代美が握ってるんだし、その気なら浅里や佳衣子、それにウチの旦那にしたって、紀代美次第でどうにでもなるでしょう。そんなことになったら私は寂しい。でもね紀代美」
 「うん?」
 「そのへんポジティブに考えようと思ってるんだ。私は紀代美にすがってるんだって」
 「利用するためじゃなくってこと?」
  明江は紀代美の乳房を揉みながら首筋にキスを這わせ、そして言った。
 「人間なんて本音を言えば利用し合って生きている。そこを一歩超えた関係と言えばいいのか、紀代美のことをまっすぐ見ていたいって思うのよ」

  紀代美は流しを向いたまま振り向きもせず、ちょっと笑って、そして言った。
 「さあできた、おなか空いたし、そっちが先だわ」
 「うん、ありがとう、あなたが好き」
 「わかったわかった、さあ座って」
  体よくあしらわれたムード。裸の女が二人でテーブルに着き、今夜はサンドイッチとスープ。食べながら紀代美は言った。
 「でも、そうよね、明江にとって私は空狐様そのものなんだから」
 「それも言えるし、もしも私がそうなら女としては苦しいだろうなって思うから情が湧いちゃう」
 「苦しさより恐怖が先よ」
 「自制できなくなっていく?」
  その問いかけに紀代美は応えず曖昧に笑っていた。他人の運命に影響する力の怖さに明江は気づきだしている。紀代美は言った。
 「最初に言ったはずよ、私はいいの、MでもSでもビアンでも、相手が男だろうが女だろうが気にするのはそこじゃない。私は受け身。見ていてくれればそれでいいし、利用したいならそれでもいい。他人への期待は失望に終わるから私は多くを望まない。ただただ見ていてほしいだけ」
 「わかる。私だってそうだもん。紀代美に対して私はM」
 「そうなの?」
 「卑怯なのよ私って」
 「旦那のことでしょ?」
  明江はうなずく。
 「私からは決められない。決めきれない。なのに一方、紀代美を優先したい気持ちがあって、旦那が邪魔だと思ったとき、それってやっぱり紀代美にすがることになると思ってしまう。はっきり言って利用しようってことだから自己嫌悪」
  紀代美は穏やかな面色で明江を見ていたが、そのうち眸色が醒めてくる。

  紀代美が言った。
 「逆もあるわよ」
 「逆って?」
  明江は眸を向けたのだったが紀代美は視線を合わせようとはせずに言う。
 「私は奴隷。お慕いする女王様のために身を粉にする。私からすればそっちのほうが気も楽というもので。相手はご主人様でもいいけれど、命じられて術を使う」
 「うん、そうね、それはそうかも」
  互いに責任から逃げていたい。いかにも女々しい女の発想だと互いに思っていながら話している。二人揃ってちょっと笑った。
  話す間に食事を終えて紀代美はテーブルを片付けながら、相変わらず明江を見ずに言い出した。
 「他にも訊いておきたいことがあるんじゃない?」
  明江はどきりとする。けれどいつまでもそれを避けていてはいけないと考えた。
 「空狐様の毛皮って私だけでも成立するもの?」
  紀代美の横顔がふっと笑う。やっぱりねと感じつつ本音を言ってくれたことが嬉しかった。
 「しないと言っておきましょう、明江のためにも」
 「わかった。こんなことを考えてしまう私が怖い。転がり出したら止められない気がするし、そう思えば思うほど紀代美に対してMでいたいと思ってしまう」
 「私は逆だわ、明江に対してMでいたい。愛への責任をかぶせておきたい」
 「本音よね女の」
  明江の声に背を向けて物言わず、紀代美は流しに立っていた。

 「本音だったのよ、それが私の」
 「私だってそれはそう。浅里に言われて何よって思いながらも従って、まるでご褒美のように抱いてくれると嬉しかった。私はMだわ、きっとそうだと思ってた」
  ちょうどその頃、浅里と佳衣子の二人は、東京を少し離れた沼津のホテルをとっていた。インターを降りてすぐのところにあったラブホテル。
  浅里が言った。
 「佳衣子にいろいろ言いながら私はずっと自己嫌悪。従うあなたを見ていて羨ましいって思ってた。明江様に出会えたことで私は変わった。うまく言えないけど肩の荷が下りたって言うのかしら。旦那とのこと、そのほかいろいろ、その中には佳衣子とのことだって含まれてる」
  佳衣子はうなずくだけで笑いもしない。ビアンの関係はピュアである分、裏切りへの恐怖を常に感じている。と、そう浅里は考えていたし、それは佳衣子のほうでもそうだった。どちらかを上にして自分を納得させていたのだが、しかしいつか忍耐を超えたとき、その関係が崩れてしまうと愛は終わる。
  浅里が言った。
 「奴隷同士の高さが心地いいの。すべては女王様のために私たちは互いを高めていけるでしょう」
  佳衣子が言った。
 「もっともっと感じて生きたい。それだってもはや私のためじゃない。支配される充足を知ってしまった」
 「それ言える。明江様をお慕いし、その明江様が慕う紀代美様もお慕いする。自分以外の誰かを慕っていられる私が好き。だから佳衣子のことも前よりずっと愛していられる。紀代美様は怖い人」

  話がなぜかそちらへ向いた。このとき二人は紀代美に特殊な力があるなどとはもちろん知らない。女の直感として紀代美に底知れない何かを感じ、だからこそ君臨されるシーンに満たされる。
  浅里も佳衣子も奴隷の正装。互いに互いのスイッチを持ち合って、揃って一気にマックスまで性器を嬲る。

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九話 新たな土壌で

 その同じ金曜日。明江が佳衣子のマンションに乗り込んだ時刻のこと、福地紀代美はふらりとドライブに出ていた。今夜は明江がいなく陽子もまた旦那が家にいて動けない。このところマンション内で女同士の特異な関係ができていたが、それまでの紀代美は孤独を楽しむように生きていた。
  呪詛という恐ろしい力を持って人心の裏を知ってしまうと、孤独はむしろ解放される時間となるもの。思い立ってふらりと出る。そうやって自分を解き放ってきていた紀代美だった。

  中央高速。行き先は決めず、それほど遠出するつもりもない。相模湖インターあたりで降りて夜の湖を見て帰ってくる。お定まりのコースだったのだが飽きないドライブ。ところがその日、ちょっとした事件に巻き込まれてしまった紀代美。
  高速道路上ですでに異変はあった。中型トラックが暴走車に尻につかれてあおられている。相模湖インターの少し手前で暴走車はトラックの前へ出て進路を塞ぎ、ここで降りろと迫っているのだ。暴走車には男が二人乗っている。それほど改造された車体ではなかったが、あきらかに素性のよくない連中。中型トラックの運転手は五十年配の男で一見しておとなしい。紀代美は先を行く二台の後についてインターを降り、遠巻きに尾行した。

  相模湖のほとりの大きなパーキング。夜のこの時刻、駐車するクルマもまばらで人の気配はまるでない。今夜はところどころに雲が浮き月が隠れてしまっている。 トラックを追い詰めた二人は若く、それぞれに体も大きかった。トラックの男を運転席においたまま、トラックを蹴ったりして脅している。
  運転手に降りろとスゴむ。降り立った男の前後を囲み、前に立ちはだかった若い男がいきなり拳を振り上げた。走り方が気にくわないと因縁をつけられた。そんなところだろうと紀代美は思う。
  前に立つ男が殴りかかり、しかし五十年配の中背の男はボクシングスタイルで身構えると、若者のパンチをかわして逆に顔をぶんなぐる。ところが同時に背後から組み付いたもう一人に柔道技で転ばされ、二人に組み伏せられて殴られる。 紀代美はクルマを降りて駆け寄った。
 「やめなさい、あんたたち! 警察を呼ぶわよ!」
  突然飛び出した妙な女に男二人は顔を見合わせてせせら笑う。
 「てめえ馬鹿か、呼ぶなら呼んでみろ、マッポが来るまで待つわけねえだろう」
  そしてそのとき、男たちの下になって鼻血を出していたトラックの運転手が紀代美に言った。
 「いいからほっといてくれねえか。あんたが危ねえ、逃げろ!」
 「けっ逃がすか馬鹿女」
  男の一人が立ち上がって駆け寄ろうとしたときだった。
  このとき紀代美は部屋着にしているミディ丈のワインカラーのワンピース。裸に一枚着て出てきていた。

  とっさに紀代美は手の平を迫る男に向けて突きつけ、口の中で何やら呪文のような言葉を発した。聞いたこともない言葉。経のような抑揚のあるトーン。しかし若い男はかまわず、ずかずか距離を詰めていく。
  ところがその刹那。ずかずかと間を詰める男の体が、首根っこをつかまれた猫のように浮き上がり、手足をバタつかせ、闇の虚空へ見えない力で引き上げられていくのだった。
 「うわぁぁーっ! 助けてくれぇーっ!」
  さらに一人、運転手にのしかかった男のほうも同じように浮き上がり、闇の中空へ二十メートルほども引き上げられたと思った刹那、吊り上げる力が失せて男たちはコンクリートの地べたに叩きつけられ、悲鳴もないまま肉体を壊されて絶命した。
  トラックの運転手は尻をついて体を起こし、唖然として声もなかった。紀代美は闇の空に向けて、またしても呪文のような言葉を告げて、それからほっと力を抜いて歩み寄る。
 「大丈夫?」
 「え・・うむ、大丈夫だが、あんたいったい何をした?」
  紀代美は微笑んで男の手を取り立たせてやった。鼻血が灰色の作業服の胸元に流れている。
 「言っても信じないから夢だと思って。そのへんのホテルへ。手当てしないと」
  運転手は眸が丸く、見つめたまま視線をそらせない。
 「俺、三島って言うんだ」
 「紀代美です、運がよかったわ、私がいて」
 「まあ、その、そうだな、ありがと」
  男の怪訝な面色。
 「そんな眸で見ないで、魔女じゃあるまいし。私は呪術師、それだけのことよ」
 「呪術師? 陰陽師?」
 「それは映画の見過ぎ。さあ、行きましょう」

  相模湖の畔にはラブホが並ぶところがあり、金曜の夜とはいっても空いていた。 部屋に入って、三島は真っ先に顔を洗って血を流し、出てきたときには特にどうということもない。手当てするほどでもない傷だった。
  胸元に血のついた上着を脱ぐとモスグリーンのTシャツ。三島は特に長身ではなかったし、ハンサムとは言えない男。五十年配でもまだまだ若く、丸刈りが伸びたような素朴な姿が人柄を物語っているようだった。
 「ボクシングを?」
 「若い頃にちょっと。いまはもうダメさ」
  大きなベッドサイドのラブソファに座って紀代美はうなずき、座り直して隣りにスペースをつくって三島にすすめる。
  座りながら三島は言った。
 「助かりました、ありがとう」
 「いいえ。カッとしたのは私だわ、ああゆう輩は許せないもん」
  隣りに座った男が汗臭い。
 「仕事はこれから?」
 「というか往復だ。片道だけじゃ喰えないからね。諏訪湖へ行く途中だった」
 「そう。じゃあ急ぐ?」
 「いいや、そういうわけじゃない」
 「うん、わかった。もう訊かないから私のことも訊かないで。ちょっと汗臭い、どうにかして」
  微笑む紀代美。微笑んで立ち上がり、また男の手を取って立たせていた。
 「しばらく一緒にいよう、いいでしょ?」
 「ああ、俺はいいが。紀代美さんだっけ?」
 「そう紀代美」
 「ありがとうね、嬉しかった」
  実直な男なんだろうと紀代美は思い、手を引いてバスルーム。しかし三島は踏みとどまって動かない。
 「いいからシャワーにしましょうよ。あなたを気に入ったのは私。夢だと思ってもらっていいから」
  動かない三島をそのままに紀代美はワンピースをまくり上げて首から抜いた。下は全裸。三島は呆然としていたが、紀代美の眸を見てうなずいて、着ているものを脱ぎだした。

  シャワーヘッドの下に男と女。丸刈りの頭を洗おうとして両手で掻くと、シャンプーがぴんぴん跳ねて飛び散った。裸になった三島は引き締まって逞しい。紀代美はそんな三島をちょっと笑って見つめていて、手の中にソープを泡立てて三島の背後から筋肉の浮き立つ背中や腰を洗ってやった。
  ふいに三島が言った。
 「わかる気がする」
 「あら何が?」
 「もしも俺なら、そんな力を持ってしまうと苦しくなると思ってね」
 「そうね。その話はやめましょう」
  紀代美は三島の背に裸身を寄せて、背後から手を回し、胸板を洗い、その手をそっと下ろしていった。しかしそこで三島の手が紀代美の手を止め、くるりと振り向いた男は、女の足下に膝をついて紀代美のくびれをそっと抱き締め、下から二つの乳房越しに貌を見上げた。
 「綺麗だ」
 「ふふふ、ありがとう。素敵な抱き方してくれるのね」
  紀代美はこの角度で見下ろす男の眸が好きだった。無毛のデルタにすがるように尻を抱いて見上げてくれる。思慕の想いを表現されているようで男が可愛く思えてくる。
 「生まれつきなの」
 「あ?」
 「パイパン。恥ずかしいけどね」
  三島は微笑むだけで何も言わず、女のクレバスの谷口にちょっと触れるキスをして、それから頬をすり寄せて尻をそっと抱き締める。

  その一瞬、本気で見ていてくれるならそれでいい。向かう気持ちを感じると、こちらから向かっていきたくなる。
  大きなベッド。三島の性は五十代にしては力が漲り、女の手と唇と舌にまつわりつかれて切なげに脈動している。男の裸身に逆さにまたがり毛のない女性を舐めさせて、この瞬間の情を確かめ、それから紀代美は身を翻してまたがり直し、強く勃つ三島を手にくるむと、膣口に導いて、そのまま尻を沈めていった。
 「はぅ、うぅン、感じるわ」
  ぬむぬむと入り込み、子宮口を衝き上げる硬い三島と精液の奔流を楽しんで、紀代美は甘く啼いて果てていく。
  女はこの瞬間のために生きている。夫を見捨てたあのときから、度々こうしてゆきずりの性に溺れてきていた。予感に従う、ただそれだけ。霊や魑魅魍魎の世界を知ってしまうと、だからこそ生きている肉体が哀れに思える。せめていっとき夢を見たい。紀代美は夢の中で泣きそうだった。

  翌日の土曜日。明江が303号にやってきたのは夕刻を過ぎた時刻だった。明江の部屋には夫がいる。けれども明江は家には戻らず、紀代美の部屋にやってきた。
  明江は言った。
 「相模湖で猟奇的な事件があったんですってね?」
 「そうなの? 知らないけど」
 「ニュースでやってた。若い男が二人、湖畔のパーキングで殺されたって。まるでビルから飛び降りたように体が壊れていたそうよ。普通の殺しじゃないでしょう」
 「さあね、そのニュース知らないから何ともですけど、不思議なことってあるものよ。
ところでどうだった、そっちの二人は?」
 「うまくいったわ、今度一緒に調教しましょ。二人とも乳首とクリにピアスをしてやり生涯奴隷を誓わせた。写真もたっぷり。ブログでもやってやろうって思ってる」
 「可愛い人たちみたいね」
 「それはね可愛いよ。女王として君臨するだけで日常の二人を浸食するつもりはないから。ちょっとやりすぎかなって思ったけど、でも、それならそれで徹底しないと彼女らに失礼なんだし」

  紀代美は眉を上げて、それから言った。明江の気持ちもわかったし、そこまで徹底するなら女同士の情交というもので、空狐だって許すと思える。
 「旦那はいるんでしょ?」
 「いると思うけど、今夜はここで寝たい」
 「いいわよ。それでいいの?」
 「わからない、悩んでる。私ね紀代美」
 「うん?」
 「体がヘンなの。胸が張ってる気がするんだ」
 「来た?」
 「どうなんだろうね。欲しいって気持ちが錯覚させてるだけかもだし、だけどそうなると考えちゃう、別れられなくなりそうで」
 「それはそれ、これはこれよ。貌はいくつあってもいいし子供は可愛い」
 「そうなんだけど、あの二人も、陽子もそうだし、それ以上に紀代美と二人のときが幸せなんだと思うのよ」
 「私と結婚するつもり? ふふふ」
 「いいわよ、それでも。だけどそうなると子供が邪魔かな。避妊しておけばよかったって後悔してる」
 「産まれたらたまらないわよ、可愛くて」
 「そう思う。でもだから怖いんじゃない。自由がなくなる。どうしていいか、わからないんだ」

  女に自由を保証してくれるのは圧倒的な力。願っていても得られないから無難に夫婦をやっていくという夫婦は多いし、それで幸せになれる女は少ない。
  明江は言った。
 「空狐様は絶大よね。浅里に対して許すと言った。性的な奴隷としては許さないけどって言ってやったわ」
 「だったら空狐様はお帰りになられた」
 「そうでしょうね。いつまでも都合よくすがっていたくないから、そうだろうと思ってお帰り願った。人と人は最初の一瞬に魔力がいる。魔が差してブレーキが壊れると、そこからはなし崩し」
  紀代美はうなずいてちょっと笑い、そして言った。
 「怖いわね私たちって」
 「ほんとよ怖い。旦那に対してどうかなんて、いまは言えない。邪魔だって思いだけがふくらんできてるの。私はね紀代美」
 「うん?」
 「紀代美が好きよ。離れたくないって思うから」
  それが本心ならいいのだが、空狐にすがるためだけなら、いつか許せなくなるときが来る。
  明江は言った。
 「もしも私が裏切れば紀代美は怖い人になる。紀代美は私を許さない」
 「さあ、それはどうかな」
  明江は笑って紀代美の膝にすがりついた。
 「そしてそう思ったときに紀代美の気持ちがわかったの。愛や性に保証はない。いまこの一瞬が真剣なのならそれでいい。怖い私になりたくない。自分が怖くてたまらない。だから人を遠ざけるようになっていく。私なんて空狐様を動かす力がないからいいけれど、紀代美はさぞ辛いだろうなって」
 「それを共有する覚悟はある?」
 「ある。紀代美のことが好きだから。利用するみたいでごめんなさい」
  紀代美はしばし明江を見つめて微笑んで、ソファを離れながら言う。
 「コーヒーでも?」
 「うん、飲む」 と微笑みながら、明江はキッチンに向かう紀代美の背を追いかけて、背後から抱きすがり、首筋にキスをした。

  妊娠ではないとわかったのは翌週のこと。子供を願う気持ちがそうさせた。女の体は女心に支配されて生きるもの。明江はあらためて感じていた。
 「さては何かあったな?」
 「別にないよ。このあいだ三人で食事してきただけ」
  オフィスでのこと。
  明江にだけじゃなく小姑のように口うるさかった浅里の態度が変わっている。仕事からの帰り道、明江と沙菜はそんな話になっていた。
  明江は言った。
 「浅里って佳衣子が命なんだよね。旦那とも別れて一緒に暮らすって。嫉妬でしたごめんなさいって謝ってくれたもん」
 「ふーん、そうなんだ? 浅里さんは悪い人じゃないよ。よかったじゃん、これでうまくいきそうね」
 「あの二人を見てると気持ちわかるし、とにかく普通に接してくれればそれでいいから。女だらけの会社だもん、いろいろあるわよ」
  沙菜は微笑んでうなずいて、どことなく様子の違う明江を気にした。
 「残念だったね」
  妊娠ではなかったこと。
 「そうとも言えるし、ある意味ほっとしたって言うか」
 「ほっとした?」
 「旦那と微妙なのよ」
 「うまくいってないんだ?」
 「深刻ではないけどね。どうなんだろ、倦怠期って感じなのかも。とにかくマンネリで、ときめかないって言うのかさ」
 「エッチ減った?」
 「減ったね」

  そんなことを意識して言いながら、友だちに対して離婚の言い訳をはじめていると、明江は自覚していた。
  夫婦の性とはまるで異質な性の中に、それはちょうどタンポポの種が風で運ばれ育つように、明江らしい生き方が育ってきている。もといた土壌で種を飛ばした親タンポポは枯れてしまったと思うしかなかっただろう。

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八話 同性上位

  家にいて陽子を紀代美と共有する。オフィスでは浅里を屈服させ、間もなくそれは佳衣子をも巻き込んだ性関係に発展していく。
  空狐を知って自らを囲む防御柵が消えた女の欲望は抑制するべきブレーキを失った。そんな明江にとって夫との平板な生活に魅力はないと言ってもよかっただろう。子供は欲しい。しかしただそれだけで、できてしまえばそれから先はありきたりな女の末路が待っているだけ。穏やかでやさしいと感じた安心感も、無難の選択でしかなかったことを思い知る。
  妻たちはそれを、あたかも夫が悪いかのように物足りないと表現する。物足りない男を選んだのは女。相手にかぶせて知らんぷりというのが、いかにも女の女々しさで・・と、明江は考えられるようになっていた。夫はつまりサラリーマン。安定を運んでくれて安心できているのだが、独身だった頃の私は男選びを間違えたと思える程度の男でしかない。妻を屈服させるパワーと言うのか、女の口を黙らせる烈火と言うのか、女がときめく何かが欠落してしまっている。
  抱かれていても悦びは浅い。注入される精液に期待を寄せる性なんて悲しすぎる。崩落へ向かって傾きだした感情を明江はコントロールできなくなった。

  しかしだから空狐にすがるのか。そんなことをしてしまえば恐ろしいことになる。紀代美の旦那は廃人にされたと言う。その気になれば誰かの人生を壊してやれると考えることそのものが、明江に恐怖感をもたらした。
  そしてそこから逃れるように、あふれる感情を陽子や浅里に向けている。明江には自覚があった。自覚しながら制御できない自覚である。
  心なしか乳房が張ってきたような。白い双房に浮き立つ血管。もしや妊娠と思いはじめた矢先の五反田、高層マンション。神白佳衣子と浅里の巣に明江ははじめて乗り込んだ。佳衣子はまだ、まさか浅里がそうなっていようとは思っていない。運命は劇的に。女王として口止めしていたからだ。
 「さあどうぞ、入って入って。このところ浅里とあなたがいい感じになってくれて、ほっとしてたところなの」
  その日は金曜。明江は夫に対して会社の旅行だと嘘をついた。
  戻ったとき三人揃ってビジネススタイル。しかし今夜、明江は鮮やかな赤のTバックランジェリーを着込んでいた。
  間取りは4LDKなのだが、LDKが三十畳ほどもある広いもの。ちっぽけな会社にそこまでの売り上げがあったとも思えなかった。離婚している佳衣子、そして離婚目前の浅里、二人で持ち寄ったことは想像できた。
 「綺麗にしてる。さすが浅里とあなたの愛の巣ね」

  はるか歳上の浅里に対して浅里と呼んだことで、佳衣子は怪訝な視線を明江に浴びせた。態度が妙だ。けれども明江は意に介さない。
  明江は言った。
 「さあいいわ、立場をわきまえて行動なさい」
 「はい女王様」
  女王様? 横目をやって微妙に微笑む浅里の姿。佳衣子は、そんな二人のやりとりを呆然と見守って声もない。
 「あのね社長」
 「は、はい?」
 「オフィスはオフィス、ここはここ、それとこれとは別なのよ」
  言いながら堂々と歩み、ダークグリーンのレザーソファに深く座る明江。
  一方、浅里はそんな女王の前に立って脱ぎはじめ、普段の仕事帰りとは違う青い花柄のランジェリースタイルとなると、それさえ脱いで素っ裸。女王の前に膝を着いて脚を開き、両手を頭の奴隷のポーズ。明江は微笑み、そんな浅里の頭を撫でてやって、ソファに座った腿の上へと抱き寄せた。
  佳衣子は唖然。明江は言った。
 「浅里は私に誓ったの、生涯を捧げますって。そうよね浅里?」
 「はい女王様、ふふふ、やさしくしてくださってありがとうございます」
 「うん、いい子よ。さて佳衣子、そこであなたよ」
  若いパートごときに佳衣子と呼ばれ、そんなことより生涯のパートナーだと信じた浅里を奪われた。衝撃が大きすぎ、佳衣子は寒気を覚えている。

  突っ立つ佳衣子をソファに座って見上げながら、明江はちょっと眉を上げて微笑んだ。
 「佳衣子に対して好感を持ってるわ。私を守ろうとしてくれた。あなたと浅里の愛を邪魔するつもりはありません。でもね、私は女王、浅里は奴隷。その奴隷と愛し合っていくのなら、あなただってそうならないと不幸だわ。浅里を奪われることになりかねない。いいこと佳衣子」
 「は、はい?」
 「マゾならマゾらしくなさい。幸せな姿のはずよ。わかったら全裸です」
  毅然として言いながら、膝に甘える裸の浅里の背を撫でて、浅里もそれに甘えきって笑っている。
  いつの間に? どうしてそんなことに? 私には何も言わず?
 「驚いたみたいね? 口止めしたのは私です。劇的運命に翻弄されて幸福を勝ち得ていく。あなたのために浅里だって同意してくれたのよ」
  そのとき浅里が、女王の膝に抱かれていながら背後に突っ立つ佳衣子を振り向く。
 「運命なのよ佳衣子。女王様は素敵なお方。二人でお仕えしていきましょう」
  明江は笑って浅里の頭をちょっと撫で、それから眸色を厳しくした。
 「脱ぎなさい佳衣子、可愛がってあげますから」
  眸は厳しく言葉はやさしい。この子は怖い。本質的にMな佳衣子は身震いする性感が奥底から衝き上げてくるのに戸惑っていた。
  女王の膝に甘える浅里の姿は、平素の私が浅里に甘えるときの姿そのもの。
  その浅里を屈服させるほどの明江なら、さぞかしいいに決まっている。こうして見ても浅里の裸身に傷はなく、それは精神的な充足を意味するもので私自身が追い求めたビアンの姿。一瞬の間に佳衣子の思考はぐるぐる回り、残ったものは浅里への羨望。

 「はい女王様」

  消えそうな声が漏れたとき、佳衣子は崩れていく自我を感じていた。仕事帰りの社長はつまらない。ビジネススーツ。スカート、シャツブラウス、ベージュのブラに灰色の水玉パンティ。パンティのマチは深く、いわゆる無難な下着であった。
  ブラを跳ねるとDサイズある浅里より少し小ぶりな白い乳房が転がり出し、パンティを失うと、浅里よりも少し肉付きのいい熟女の裸身が完成する。飾り毛のないデルタに、くっきりスリットが浮き立っていて、股ぐらに閉じたリップが覗いている。
  浅里と佳衣子は同い年だったはず。佳衣子の方が幾分ふっくらした熟女の体を持っていた。
 「隠さない、両手は頭よ」
 「はい」
 「回ってお尻を見せなさい」
 「はい」
  その場でゆっくり回る女体。尻も張ってエロチック。明江は膝に甘える浅里に言った。
 「どうせエッチなオモチャもあるんでしょうから持っておいで。新しく揃えたものも一緒にね」
 「はい女王様」
  佳衣子を引きずり込めたことが嬉しいのか、浅里はにっこり綺麗に笑って立ち上がる。浅里という重しの消えた体でソファを立って、肩幅に腿を開いて両手を頭の後ろに組んで立つ、佳衣子のそばへと歩み寄る。
 「いい体してるわね、責め甲斐がありそうよ」
 「はい、あぁぁ恥ずかしい」
  明江はにやりと笑って、陰毛のないスリットへ無造作に手をやった。

 「はぅ! あっあっ!」
  佳衣子の眸が丸い。見つめる視線をそらせない。
 「やっぱりね、もう濡れてる。命じられてパイパンなんてマゾだからこそだわ」
 「はい女王様、浅里を失ったら生きていけない」
 「愛してる?」
 「はい、心から」
 「安心なさい、浅里も同じことを言ったわよ。だから揃って私の奴隷」
 「はい、ありがとうございます、とっても感じます」
  まさぐっているうちに愛液が滲み出してヌラヌラに濡れそぼる。そしてそのとき、全裸の浅里が小ぶりの黄色いスポーツバッグと、それとは別の大きな手提げ袋を持ち込んだ。
 「首輪は?」
 「ございます」
  大型犬用のステン鋲がちりばめられた青い首輪とピンクの首輪。手に取って見くらべて、浅里には青が似合うと考えた。
  ピンクの首輪を佳衣子の首にまわしてバックルで固定。青い首輪は浅里が自分で身につけた。
 「乗馬鞭を」
 「はい、それもございます」
  いかにも女心。浅里に選ばせた鞭は真紅の革でできたもの。明江は鞭を手にすると、まず最初に佳衣子の尻を軽く叩き、次に浅里の尻を軽く叩き、二人揃って正座をさせた。

  黄色いスポーツバッグはこの部屋にもともとあったもの。
 「開けてごらん」
  浅里は微笑んでうなずいてバッグのファスナーを解放した。一つずつ取り出しては説明し、カーペットのフロアに並べていく。
 「双頭のディルドです。次にバイブ、ローター付きパンティ、電マ、ペニスベルト、それから黒い綿ロープが少しと、これが浣腸器、最後にふわふわの房鞭と」
 「ふーん、そういうこと」
  と言って明江は佳衣子の顔を見つめてやった。
 「呆れちゃうわ、社長とナンバーツーが夜な夜なそうして慰め合っていたとはね。SMごっこそのままじゃない」
  先に関係のできていた浅里はともかく、いきなり醜態を晒した佳衣子は青くなって声さえない。明江は次に新しく揃えたものを並べさせる。浅里が手提げ袋から取り出して説明しながら置いていく。
 「麻縄、それから二穴責めの革パンティが二人分、前はバイブになっています。次に一本鞭と、先ほどお渡しした乗馬鞭。革の穴開きブラが二人分、乳首責めのクリップ四つ、最後にピアスが二人分で乳首とクリトリスの三つずつ。今回はそれだけです」
  隣りにいる佳衣子が生唾を飲む気配は見透かせた。M性が騒ぎ出す。そんなところだろうと明江は思った。
 「とりあえずはいいんじゃない。さっそく佳衣子に着けておやり。穴開きブラと二穴責めよ」
 「はい女王様、ふふふ、辛いわよ佳衣子」
  佳衣子を横目ににやりと笑う浅里。

  日頃のスタンスがそれでわかる。浅里は上に立っていて、佳衣子の性を牛耳っていたようだ。
  佳衣子にはピンクの首輪。それに合わせて革のブラもパンティもピンクの革。もうワンセットは青い革でできている。
  形のいい佳衣子の乳房が革のブラで搾り出され、円錐に尖った先にしこり勃つ乳首が飛び出すように張っている。濡れる股間を覗き込んで膣とアナルにディルドを打ち込み、Tスタイルのベルトを穿かせて腹のバックルで固定する。佳衣子はすでに息が荒く、発熱する女体を桜色に染めていた。
 「はい、よろしい。浅里は自分でできますね」
 「はい、できます」
  同じようにブラを着け、同じようにディルドを喰わせて青い責め具を穿いていく。浅里はあからさまなよがり貌。ブラに絞られる乳房は佳衣子よりも大きく張って、乳首が痛々しいまでに突出する。その乳房を揺らし、尻肉も内腿の柔肌もぶるぶる震わせて着衣完了。それから浅里はピンクと青の二つのスイッチボックスを女王に手渡し、二人並んで奴隷のポーズ。
  手の中に二つのスイッチを包みこみ、明江は眉を上げて、それぞれ弱くスイッチオン。ブッブッブッとくぐもった振動音が奴隷二人の腹の中から聞こえてくる。
 「ンふぅ、あ、あ、女王様、あっ!」
  声を上げたのは浅里が先。佳衣子は恥辱を噛んで噛みきれず、少し遅れて声を発し、しかし佳衣子の方が女体をしならせよがっている。浅里に開発された佳衣子の方が感じやすくなっているのか。

  可愛いものだと思うと同時に、女とはどうしてこうもあさましいのかと嫌になる。二人揃って腰をクイクイ入れてよがり、どちらもが眸色が溶けてとろんとしてくる。
 「奴隷らしくていいけど、そのままなら果てておしまい、つまらないわね」
  明江は立って、乳首を責めるステンレスのクリップを取り上げた。重量級の洗濯バサミといったところ。小さな鈴がついている。
  鰐口を開いてやって鼻先に見せつけて、醜いほどに突出する佳衣子の乳首を指先で揉んでやって引き延ばし、鰐口をかぶせていく。
 「あぅ、痛い、痛い! 女王様、痛いです!」
 「我慢なさい。パートナーが選んでくれたものでしょう」
 「はい。でも、ですけど、ああぁ痛いぃ」
  眉根を寄せた切なげないい貌をする。眸が潤み、吐息が熱を送風する。
  次に浅里。浅里は待ちわびたように乳首を突き出し、眸を閉じた。佳衣子への対抗心もあったのだろうが、奴隷として上位にいたいという想いもよくわかる。
 「よろしい、いい子よ」
 「はい女王様。ぁ、ぁ」
 「まだ何もしてません。ふふふ」
  鰐口を開いて二つの吸い口をつぶしてやる。くぅ、くぅ、と子犬が訴えるときのような声を出す。しかし痛いとは言わなかった。女の意地。佳衣子には負けたくないというプライドもあったのだろう。
 「さあ、いいわ、しばらくそうしてなさい。二人とも後でそことクリトリスにピアスですからね。奴隷となった身の上を思い知って感じるように」
  二つのスイッチボックスを、それぞれ一段強くする。ブゥゥンという振動音が腹に響いて漏れてきて、二人揃って奴隷のポーズをとったまま、尻を揺すり腰を入れてよがりだす。けれども乳首が揺れると痛みが走り、わかっていても乳首を揺らさず尻は振れない。

 「あぁン、ンっンっ」
  泣きそうな貌で佳衣子が痛みと快楽を訴える。
 「くぅ、くぅぅ、女王様、ありがとうございます、感じます」
  耐えながら悦びを訴える浅里。

  どちらも面白い存在だと思いながら明江は次を命じていた。
 「二人とも立って踊りなさい。いやらしくお尻を振って、おっぱいを弾ませて踊るのよ」
 「はい、あぁ乳首がちぎれそう。許してください、どうか」
  訴えた佳衣子に乗馬鞭を見せつけて明江は言った。
 「泣き叫ぶまで鞭がいい?」
  佳衣子はイヤイヤをして首を振って立ち上がる。両手を頭に置いたまま二人は立って、スイッチをさらに一段。ビィィーンという激震音に変化した。

 「わぅン、いい、ああダメ、イッちゃう、あぁーっ!」

  歳の離れた浅里と佳衣子、熟女が二人、痛みと快楽に歯を食いしばってもがくように踊り続ける。それぞれ肌に脂汗。総身痙攣。あぅあぅとろくに言葉にならなくって、佳衣子が先に膝を着いた。
 「どうかどうか女王様、もうダメです、お願いします。乳首が痛い、痛いぃーっ」
  泣いた佳衣子に対して、浅里は懸命に耐えようとして虚空にすがるように踊り続ける。
  M性では佳衣子、しかし耐性では浅里。佳衣子は心が折れるタイプ。さらにまたビアンとして二人は鏡像のようなもの。面白くなってきたと明江は内心ほくそ笑んで見くらべていた。

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七話 白いM性

  定刻を過ぎて人の気配が失せたオフィスは、小さいながらも整然としていた。それはまるで、その日の清掃を終えた放課後の教室を思わせる。男性の眸のない女ばかりのオフィスは多少乱れていてもいいはずなのだが、横倉浅里が許さなかった。単なる綺麗好きではなさそうだ。几帳面ゆえそうなるのか、オフィスの中での自己主張だったのか、整然と並ぶデスク、その上のパソコン周り、来客のための応接セットも一応は用意され、そのほか小さな流し台からトイレまでどこを見ても綺麗にさせて乱れを許さない。
  そうしたK2の日常にあって、浅里の乳白の女体は突如として現れた淫らの像のように美しく、しかし整然としたオフィスとの激しいギャップを感じさせるものだった。浅里の肌はとりわけ白く、逆三角形にトリミングされて白い下腹に際立つ黒い毛は、レズの相手、社長である佳衣子との関係を連想させて、美しいからいやらしいといった不思議なムードを醸している。
  二十八歳の明江より六つ歳上の浅里だったが、とてもそうは思えない性的な若さに満ちた肉体だ。

 「ここはちっぽけなオフィスビルよ。この階に私たち二人だけ。多少の悲鳴なら気づかれないはず。この意味わかるわね?」
  プラスチックタイルのフロアに素っ裸で立ち竦み、デルタの性毛だけを手で覆う浅里の女体は、恐怖なのか鳥肌が立っていて、Dサイズの白い乳房の二つの吸い口が乳輪をすぼめてしこっていた。
 「はい女王様。でも、どうして私、そんなことって・・」
  浅里は混乱している。口で何を言おうが、そのときどう感じていようが、言われたことに従ってしまう自分が不思議でならない。
  明江はスチールデスクの椅子を引いて座り、足下を指差した。
 「ここに来て正座なさい」
 「はい女王様」
 「両手は後ろよ、体を隠さないこと」
  抜けるように白い肢体には、すでに編み目に毛細血管が浮き立っていて、全身の肌が桜色に染まってきている。浅里が座ると明江は椅子のキャスターを転がして間を詰めて、両手をやって白い乳房の二つの吸い口をつまみ上げる。
  乳首に触れる一瞬、浅里はわずかに切なげに眸を閉じて、すぐまた開けて、それまでちょろい部下だと思っていた明江の不可解な変貌を見つめていた。
 「浅里はレズよね? 社長とはどっちがどっち?」
 「私がタチです」
 「でしょうね。社長はネコでべたべたの関係。社長のこと愛してるんだ?」
 「はい心から。佳衣子は脆くて可愛い人です」
 「Mっぽいしね?」
 「それもあります。私には逆らえない。だから可愛い」

  溺愛している。だから社長がちょっとでも他の女に眸を向けるのが許せない。ピュアなレズラブは理解できていたのだが。
  明江は乳首をちょっと強くコネて言う。
 「嫉妬するのは勝手だけど下衆の勘ぐりもいいところ。社長は私に対してそうじゃないし、私だってそうじゃなかった。いままではね。小姑じゃあるまいし、いまどきスカートの長さまでいちいち言われたらたまらない。たかがパートを虐めてどうするの」
  浅里はうつむきがちにうなずいて、こくりと謝る素振りをする。
 「ごめんなさい、つい言い過ぎてしまいました」
  明江は、つまむ乳首をさらに強く揉み上げながら微笑んだ。
 「ぅぅン」
 「痛い?」
 「はい少し」
  明江はちょっとため息をつく。思ったほど悪い女でもなさそうだ。
 「許せないわけじゃない、そんなことはどうでもいいのよ。私の中のS女が騒ぐ。いまはそれだけのことですから。この私に可愛がられるのか、それとも虐待されたいのか。おまえは奴隷、これからずっと。そういう意味では許しませんから覚悟なさい」
  浅里は困惑する丸い眸で明江を見つめ、それでも逆らえずに誓う。
 「はい女王様、どうか末永く可愛がっていただけますようお願いいたします」
  乳首をいじられ続け、浅里の息が落ち着かなくなってくる。鼻筋の通った小さな小鼻がひくひくと蠢いて、眉間に浅いシワが寄せられて、ンふンふと甘みがかった吐息が漏れる。
 「膝で立って脚を開く。手は頭」
 「はい女王様」
 「私の前では常にそうして控えること」
 「はい女王様」
  勝った。奴隷のポーズをとらせたとき明江は君臨できたと実感していた。

 「淫ら毛はトリミングしてる?」
 「はい、いつも綺麗に」
 「自分でするの?」
 「いいえ、佳衣子にさせます」
 「させる? 命じてさせる?」
 「そうです、私はタチであの子はネコ。でもSMではありません」
 「精神的に君臨してる?」
 「そういう言い方をするならそうかも知れませんが、私だってしてあげますから」
 「社長もデルタはすっきり?」
 「あの子はパイパン。私の好みに合わせてくれます」
  明江は思わず笑ってしまった。平素の社長の物腰からも相手が浅里ならそうなるだろうと想像できたからだった。
 「Mよね社長って?」
 「そういうところはありますね。ですけど私がSじゃない」
  トリミングされてしなやかに薄い陰毛を指先でまさぐって、奴隷の眸を見据えながら指先をスリットに這わせていく。浅里の性器はすでに濡れ、リップを少し分けてやるだけで指先がヌルリと膣口に潜り込む。
 「ぁうン あぁぁ感じます女王様」
 「気持ちいい?」
 「はい、ありがとうございます、誠心誠意お仕えいたします女王様。これまでの失礼、心からお詫びいたします」
 「よろしい、いい言葉だわ。出ましょう。どっかホテル。私だってこんなところじゃ落ち着けない。ラブホにしましょ。下着を着けずに服を着なさい」

  オフィスの一角に、送られて来た商品の一部がボール箱におさめられて積んであり、その中に革工芸の商品がある。それはまさに今日届いたもので検品を明江がした。ジーンズベルト。女性用のベルトで革が厚くて細いもの。
  浅里のロッカーを覗いて、花柄のミニワンピースを選んでやり、浅里は全裸に一枚服をまとってオフィスを出た。生地は薄くはなかったし今夜は風がほとんどなかった。渋谷の裏町にあるホテル街まで歩かせて、部屋に連れ込み、ふたたび全裸で平伏させる。仁王立ちの足下に丸まる女体は乳白色。ラインが綺麗で肌に傷は見当たらない。
  真っ赤な革の細いベルトを、手にバックルを握り込んで長さを合わせ、平伏す女体の白い尻に軽く当てる。
  パシッ!
 「ぁぁン、ぁン」
 「ふふふ、いい声だわ。痛みも快楽よ」
 「はい女王様」
  振り上げてリストを使ってフルスイング。パシーッと尻肉に弾けるベルト。
 「ぁぁン! ぁン痛いぃ、女王様」
  甘えの声。こいつもM性が強いと感じる。明江は笑い、ベルトを大きなベッドに投げ出すと、一日仕事だった今日、ありきたりのベージュの下着の姿となって、ふわりと沈むベッドに座る。
 「足からキスよ。指先から腿まですべて丁寧に」
 「はい女王様」
  ふふふ、やったわ。奴隷となって足の指を口に含んで舐め回す浅里を見ていて、明江はこれから先の奴隷像を想像した。
  コンパクトデジカメのレンズを向け、奴隷の素顔にフラッシュを浴びせてやりながら明江は言った
「旦那とはどうなの? 訊くまでもないか」
  浅里は女王の片足を拝み取って足指を舐めながら、もうダメと言うように左右にちょっと首を振った。
 「別れるつもりでいるんです。別れて佳衣子と二人で暮らそうかって。ほとんど家にも帰ってないし」
 「そうなの? 帰ってない?」
 「ほんとにときどき。すでにあの子と同棲状態。主人は外で適当にやってます」
 「なるほどね」

  同じ女として何かを言うなら浅里の気持ちはよくわかる。
  それにしても、明江はこのとき、同じマンションに住む陽子に対してとてもSにはなれないと思っていたのに、相手が浅里や佳衣子なら君臨できると確信し、そんな自分に得体の知れない不気味さのようなものを感じていた。すでにもう空狐の力はなくてもいい。浅里を堕とせば佳衣子だって牛耳れる。私はサディストに変貌していく。そうなるシナリオは描けていた。
 「じゃあ体に少しくらい傷ができても大丈夫よね。乳首にピアスなんて可愛いじゃない」
  浅里は一瞬声を噛む素振りをしたが、すぐにうなずき、むしろちょっと微笑みを浮かべていた。
 「笑える話なの? そんなことになってもいい?」
 「はい、それならそれで宙ぶらりんよりずっといい」
  明江はしばし無言で見つめた。
 「いろいろあったようね?」
 「それは、はい、言えないことはたくさんあります」
  陽子も同じようなことを言ったし、それと共通する何かを浅里に対しても感じる。なのに陽子のときは同情的になってしまい、相手が浅里だと、だったら都合がいいと考えられる。
  明江は無表情で言った。
 「おまえを愛したりはしない。だけど心は受け取るし情だって湧いてくる。私は女王、おまえは性奴隷」
 「はい女王様、お誓い申し上げます」
  腿の根までキスが這い上がり、ムズムズとした性波が明江の奥から痺れを導き出して濡れてくる。
 「もういいわ、下に寝なさい」
  フロアにのびた女体をまたぎ、ベージュのパンティを膝まで降ろしながら、いまはまだ乾いて閉じた肉リップを浅里の鼻先に突きつける。浅里は下から見上げている。
 「シャワーなんてしてませんから。トイレの後ならおまえは紙よ、ちゃんとできる?」
 「はい女王様」

  ねえマジなの? 空狐の妖力とわかっていても、ほんとにそれだけなんだろうかと思ってしまう。浅里はもしや激しい性を望んでいたのでは?
  レンズで自分のデルタ越しの奴隷の顔を切り撮って、明江はそっと腰を降ろした。

 「あぅン、いいわよ感じる、素直になったね」
 「はい女王様、嬉しいです」
  明江と浅里の痴態とそっくり同じ状況が、遠く離れた303号、紀代美の部屋でも再現された。奴隷となって三か月。陽子は独りの夜には決まって紀代美の部屋へやってきて、いまでは調教を生き甲斐の一部分に織り込んでいるようだった。
  全裸の陽子をフロアに寝かせ、顔にまたがり、アナルから丹念に舐めさせて、乳首をツネリ上げてやる。投げ出した下肢が痛みにしなり、けれども陽子は責めから逃げなくなっている。
  呼び出しが深夜なら、一階上の401号から裸のままでやってきて、戸口ですでに濡らしている。残酷なオモチャも揃え、際限ないアクメに錯乱して果てていく。しかし陽子の肌に傷はない。紀代美もそうだし明江だってS女になりきれてはいなかった。言うならばハードレズ。精神的に君臨しながら、従者となった陽子を飼っていく。まさにペット。性的な飢えにもがいていた陽子にとって、それは蜜の味がしたはずだ。
 「惨めよね? お尻の穴を舐めるなんて?」
 「いいえ女王様、捨てないでください。嬉しくてならないんです」
 「マゾにおなりって言っても?」
 「はい。独りはもうイヤ、可愛がられていたいんです」
  可愛いことを言う。尻を抱いてアナルに吸い付く唇を引き剥がし、腰をずらして濡れるリップを与えながら、紀代美は前にそっと倒れ込み、大きく開かれた陽子の性器へ顔をうずめる。ヌラめいて濡れている。女がこれほど濡らすのは相手に慕情を感じるとき。

  奴隷が下の69。陽子は腰を上げてデルタを突き上げ、紀代美の舌先を体に招こうと試みる。
 「あぁン素敵、素敵です女王様、おかしくなっちゃう、あ、あ、ぁぁン」
  小鳥のように震える熟女。こちらも紀代美が三十歳、陽子が三十八歳の逆転主従。苦しんだ時期が長かった分、陽子は格下についてプライドを捨てられる。
 「少し痛いわよ、耐えてごらん」
 「はい!」
  包皮を飛び出すクリトリスを吸い出して引き伸ばし、クリ根の皮膚に犬歯を当ててカリッと噛んだ。
 「わぅ!」
  脚線肉が筋繊維を浮き立たせて締められて、尻の肉もきゅーっと締まり、直後に弛められてブルブル震える。クリトリスの根からうっすら血の味。
 「いい子ね、よく耐えたわ」
 「はい、嬉しいです女王様、どうか私を捨てないでください」
 「そのためにはもっと頑張らないと」
 「はい!」
  孤独の底でもがいていた女の気持ちは紀代美にすればわかりすぎるほど。表向きの夫婦像にすがりついて生きている。私もそうだったと紀代美は思い、復讐の手段を持たない陽子のことが、だからよけいに健気に思えた。
 「ご褒美です」
 「あぁ、はい、嬉しい。あぁン狂っちゃう」
  極太のインサートバイブ。ラバーベロが激しく震えてクリトリスを責めるもの。よく濡れた熟女の膣は太い茎を苦もなくほおばり、クリトリスの位置を確かめて一気に突き込む。スイッチオン。
  陽子はのたうちもがき、上に載る女王の体をリフトアップするように反り返り、快楽の叫びを女王の膣に吸い付くことで紀代美の体内めがけて叫んでいた。

  ベシッ!
  愛液でヌメる性器がベルトの先に襲われる。そのつど浅里は開ききった腿を反射的に閉ざすのだったが、すぐにまた大きく開ききる。逆さになって顔にまたがり股間をくまなく舐めさせながら、長さを合わせた赤い革ベルトでクリトリスを打ち据える。浅里は腰を上げて恥丘を差し出す。浅里の中に眠っていたマゾ牝が目覚めたようだ。
 「ごめんなさいは?」
 「わぁい、ごめんなわぁあぃ」
  膣舐めさせられ声にならない。
  ベシッ!
 「ぐわぁぁ!」
 「ごめんなさいは?」
 「わぁい、ごめんわさぁい!」
  これまでの反省と仕置き。クリトリスが腫れ上がってもかまわない。尻の下で泣きじゃくる浅里。それでいて懸命に舐めようと舌をのばし、泣き声を膣奥めがけて叫んでいる。今夜も明江の家は主人が不在。
  腰をちょっと浮かせて言う。
 「身に染みたよね?」
 「はい心から。許してください女王様」
 「それはダメ、おまえは奴隷よ、許しませんから。SMの道具なんて言わずもがなでしょ。次までに揃えておくように。ピアスもね」
 「はい、誓います、きっと」
  可愛いと感じるほどサディズムが沸騰する。明江は狙いすましてクリトリスへベルト鞭のフルスイング。まともにヒットしたらしく、浅里は尻肉をフロアにばふばふ打ちつけて、のたうちもがく。

  明江は頬を歪めてにやりと笑った。浅里だけじゃ可哀想。佳衣子も餌食よ。二人の女を突き落としてやるからね。エスカレートする想いが止められない。空狐の力なのか私自身の残酷なのか、ふわふわと浮くような不思議な感情が業火となって燃えさかる。

  いまごろきっと・・。
  紀代美は今夜の明江を想像していた。陽子はとっくにくたばって、股間にバイブを突き刺したまま、白目を剥いて動かない。
  紀代美はささやく。
 「いまはいいのよ。あなたの運命を決めていくのは私です。ふふふ」
  超常の力を得たときの私に似ていると紀代美は思う。鬱積したものが多ければ多いほど恐ろしい反動がやってくる。あの子はすでに旦那が邪魔だと考えているだろう。女が夫婦関係にすがりつくのは無力の証。男なんて星の数、女も腐るほどいるでしょう。いい気になりすぎて、いつか気づき、どうしようもない呵責が襲う。 そのときこそ私の出番。後戻りできない世界の中へ引きずり込んでやるからね。紀代美は気絶したまま乳房を揺らして息だけをする陽子を見つめ、その裸身に明江の裸身を重ねて微笑んでいたのだった。

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 六話 恥辱の密室

  女にとって凍るほどの恥辱に満たされたエレベーターが三階を通過した。時刻はまだ夕刻前。休日のマンションには、見た目こそ無人でも人の活動する気配がある。明江は紀代美と眸を合わせてちょっと笑い、通過したエレベーターを追いかけて階段を駆け上がった。階段の開口から覗くとそこがエレベーターホールとなっていて、そのすぐ横が勝呂陽子が住む401号。間取りは4LDK。子供のいない夫婦には無意味な間取りのはずだった。
  エレベーターのグリーンランプが4で停まる。ドアが開いても陽子はすぐには現れず、顔だけ出して廊下をうかがい、素肌の肩が見え、続いて白い乳房を抱くようにして腰を曲げ、せめて恥毛を隠そうとするように内股に腿をこすって箱から出てくる。まっ白な全裸。三十八歳にしては若い肉体。一見して顔色が青かった。
  エレベーターを出ると階段前を通過しないと部屋のドアには戻れない。

 「あらら、とんだ変態だったわけね、素っ裸で何してるの? ふふふ」
  明江が声をかけて嘲笑すると、陽子はさらに身を竦め、すでに泣きそうな貌をしている。あまりの羞恥に頬さえぶるぶる震えていた。
  デジカメのフラッシュが変態女をストロボ照明。陽子はイヤイヤと首を振ってしゃがみ込んでしまう。
 「お顔も撮れたわよ。アソコの毛もくっきりと。おい変態!」
  声量を抑えたつもりでもコンクリートの廊下にはよく響く。
 「私わからないの」
 「何がよ?」
 「どうして裸なのかわからないの。お願いです写真だけは許して。ああ私、生きていけない」
 「そんなことないわよ、変態奴隷としての人生が待ってるわ。さあそこに座って脚をひろげて見せなさい。どうせ使われていないんでしょうけどね」
 「嫌です、え・・え・・どうしてなの、ああ嫌ぁぁ」
  意思に反して裸身が動く。フロアのグレーカーペットに尻を降ろし、両手を後ろについて膝を立て、大きく脚をM字に開く。濃い恥毛の底に裂け渡る淫らの根源が肉厚のリップを閉ざし、貌も乳房も性器もレンズに向かって晒し、陽子は目を閉じることさえできなくなっているようだ。フラッシュの閃光が性器の奥底までを刺し貫いた。

  このまま階段から紀代美の部屋まで歩かせてやろうとも考えたのだが、こんなところを見られては私だって変態だと思われる。
 「いいわ、お入り。旦那さんいないんでしょ?」
 「いませんけど、ああ私どうしちゃったのかしら。ヘンなの、ねえ私ヘンなの」
  陽子はゴミ捨てに出るとき施錠していた。部屋のキーだけを持った素っ裸。長いとは言えない黒髪を後ろに無造作にまとめている。
 「入ったら這いなさい。お尻の穴まで私たちに見せて這うのよ、わかったわね」
 「そんな嫌です、どうか許して」
  と口では言いながら、ドアを開けて入ったところで陽子は這って、これでもかと尻を上げてアナルを晒す。閉じた肉リップが縦のスリットを綺麗に描き、そこは心なしか湿り気を帯びているようだった。カメラは意思に反して奴隷にされる白い女を無慈悲に記録し、陽子は陽子で恥ずかしがって尻は振っても、結局アナルを突き上げて這わされることになる。

  空狐の力を見せつけられた。内心悲鳴を上げたくなるほどの恐怖を感じる。魅入られたらおしまい。紀代美が敵になったら私だっておしまいだと思い知る、そんな陽子の姿であった。
  各階一戸だけの4LDK。戸口から奥まで部屋は綺麗にされている。リビングと一体のLDKにも乱れはなく、それが陽子の本質を物語るよう。
  戸口からリビングまで素っ裸で這わせておきながら、明江も紀代美もはじめて入る住戸の様子を見抜いていた。陽子はきっちりした性格らしい。

  LDKは3LDKの住戸よりかなり広く造られていて、東南に向く明るいガラスエリアを背景に黒革の応接セット。フロアはダークブルーのカーペット。黒革のソファにウッドトーンのセンターテーブルがよく似合う。
  明江は言った。
 「テーブルに上がって脚を開くの。クリトリスを剥き上げてオナニーなさい」
 「お願いします、許して、どうかお許しください」
  見る間に涙が溜まり、それでいて陽子は、空狐に操られて自由がきかず、言われたようなポーズを見せつけて、片手で性器を開きながら、もう片手の指先で飛び出すクリトリスをこすり上げる。
 「ぅ、うっ、ぅぅーっ」
 「気持ちいいんでしょ? ほうらもう濡らしてる、ド変態め。いいならいいって言いなさい」
  そうしながらもレンズは無慈悲に陽子の痴態を切り撮った。涙を流して泣いてしまった陽子だったが、青かった顔色に桜色が差してきて全身ほんのり赤くなる。
 「どうなの! 気持ちいいの!」
 「はい感じます。ああ私ヘンなんです」
 「こんな姿をばらまかれたらどうなるか、わかってるわね、生き恥よ」
 「はい、はぁぁ、うっぅっ、ああ感じる」
  泣き濡れた眸が据わり、鼻孔をひくつかせて熱い息を吐いている。こんなふうにされたなら、逃げようがないと悟れば女は誰だっておかしくなる。

  紀代美は、切なげな吐息を漏らしはじめた陽子を見つめて静かに言った。
 「あなたがいまままで何をしてきたか。私たちを辱めるようなことを散々し、それで私たちがどれほど嫌な思いをしてきたか」
 「はい、ごめんなさい、心から謝りますし二度ともうひどいことはいたしません」
 「それは当然よ。次はもう許しませんからね」
 「はい、誓います」
  紀代美はちょっと笑ってロングソファに並んで座る明江へ横目を流していた。
  明江は言った。
 「誓うと言うなら、これも誓いなさい。おまえは私たちの奴隷です。許せると思うまでは絶対服従、わかったわね」
 「はい河原さん、福地さん、誓いますからどうかお写真だけは許してお願い」
  泣いているのに感じている。そのとき指先で開かれた陽子の性器は蜜をじぶじぶ染み出させ、濡れが流れてアナルにまでまわっていた。
  明江は問うた。
 「どうしてなの? 私や紀代美が何したっていうのよ?」
 「はい、それは」
 「正直におっしゃい。どうしてなの?」
 「私には気持ちがあるのに無視されたような気がして」
 「気持ちって?」
 「仲良くしたいとか、何かしてあげたいとか」
 「それだけじゃないよね? レズっぽいし」
 「寂しくして。主人とはもうとっくにないし、私って臆病だからとても外では遊べないし、それに私は女の人が嫌いじゃないから」
 「あわよくばエッチってことよね?」
 「愛されたい。愛してあげたい。これまでだってずっとそう。気持ちが空回りして、相手に避ける素振りが見えると悲しくて、そのうち腹が立ってきて」

 「勝手な人だわ、いい迷惑よ。愛情には表現のしかたがある。私よりひとまわり歳上なのに説教されて情けないと思わない」
 「はい、でもどうしようもなかったんです。寂しくして抱いて欲しくて、孤独で孤独でおかしくなりそう」
  横から紀代美が言った。
 「ご主人とは険悪?」
 「いいえ、うまくいってます。やさしい人だし愛してくれる。でも夜がないんです。あの人は無精子症」
  明江は言った。
 「それで子がない?」
 「はい。主人は外でつくっていいと言いますが、気持ちを思うと裏切れない。どうしていいかわからない。でもそういうことと体の疼きは違うんです」
 「じゃあちょうどよかったじゃない。奴隷として可愛がってあげるわよ。私たちに尽くすこともできるようになるから嬉しいでしょう?」
 「それは、はい、寂しくて、あの・・」
  明江はオナニーの手を停めさせて眸を見据えた。陽子の目は逃げなかった。
  明江は言う。
 「私たちを怒らせたら捨てるわよ。人生おしまいになるからね。心から反省してついてらっしゃい」
 「はい、ありがとうございます河原さん」
 「違う。明江女王様、紀代美女王様、私はお二人の性奴隷ですって言いなさい」
 「はい誓います、明江女王様、紀代美女王様の性奴隷でございます」

  しかし明江は暗澹たる気分でいた。愛し合っていながらも孤独にもがく妻の姿が、いつか自分にも降りかかってきそうで怖い。
 「わかったわ、これまでのことは許します。紀代美はどう?」
  紀代美もまた裸で泣く妻の姿に共感するものを感じていた。
 「これからのことは陽子次第ですけどね。過去のことはもういい、二度とごめんですからね」
  オナニーの手を停められて陽子は腿を揃えてテーブルに座り直し、下腹に両手をやって毛を隠し、ちょっとうつむいて泣いていた。
  紀代美は言った。
 「下へいらっしゃい。何か着て」
  明江が言った。
 「私たちが許すこととあなたが償うこととは違う。わかるわね」
 「はい女王様、よくわかります」
 「もういい。過去のことはチャラにしたげる。新しい関係をつくっていきましょ」
  テーブルを立った陽子は服を選びに寝室へ入っていく。
  二人になって明江は小声で言った。
 「空狐様はこれで?」
 「許すと言った時点でおしまいよ。これからは明江の力」
  明江はうなずき、じつはほっと胸を撫でていたのだった。とてつもない力があると思うだけで何をさせるかわかったものじゃない。
 「だけど紀代美、考えちゃうね。私だっていつ陽子みたいになるかと思うと」
 「女が誰しも通る道と言ってしまえばそれまでですけど、なんだか哀れで」
 「そう思う。思ったとおりで悪い人じゃなかった」
  それで二人はソファを離れ、奥に向かって声をかけた。
 「先に行ってるから少ししたらいらっしゃい。303よ。私たちも着替えたいし」
 「はい、わかりました」 と声だけしたが姿は見せない。二人は部屋を出て階段からそれぞれの自室へ戻る。明江は着替え、すぐさま303へ。そのとき紀代美もいつも通りの普段着のワンピース。紀代美はお茶を支度して待っていた。
 「ありがとう紀代美。人生が一歩進んだ実感がする」
  紀代美はちょっと笑っただけで、明江を抱いてキスをした。

  そのときノック。陽子は普段着ではなさそうなミニスカートとブラウスの姿。まとめていた黒髪を梳き流し、薄く化粧もしていたが、泣いたことの隠せない目をしている。
  明江は言った。
 「女王様のお部屋では下着姿です。脱ぎなさい」
 「はい、お二人の女王様、よろしくお願いいたします」
  スカートを落とし、ブラウスを脱いだ陽子。ブラもパンティも鮮やかなグリーンで黄色い花の刺繍がされたもの。勝負下着というやつだと二人は感じ、陽子の可愛さと受け取った。陽子のブラはBサイズ。164センチある明江よりいくぶん小柄で、けれども女体は熟れて尻の張りは豊か。化粧を整えた陽子はまだまだ若く、美しい女の部類に入るだろう。
  一人だけ下着姿で女三人ローテーブルを囲み、紅茶と、あり合わせのカップケーキ。このとき二人にSMなどするつもりは毛頭なかった。
  紀代美は三十歳、明江は二十八歳。それに対して奴隷は三十八歳の熟女。女ばかりで囲む不思議なティータイムといった様相。

  紀代美が言った。
 「食べていいから。辛かったわね」
  陽子は明らかに戸惑って、どうしていいかわからない。明江は言った。
 「マゾがいいならそれでもいいのよ。私たち二人で可愛がっていくと決めた。望みがあるなら言いなさい」
 「はい女王様。なんだか私、夢のようで。こんなふうにされるのが夢でした。私は母性が強いから」
 「言われなくてもわかります。私たちだって女だもん、気持ちもわかるわ」
 「はい、あの・・」
  きっちり正座をし直す陽子。平伏して額をこすった。
 「ごめんなさい、心から反省します。どうか可愛がってくださいますよう」
  そのとき手の届くところにいた紀代美が、明江に向かってちょっと笑って、それから平伏す陽子の頭をコツンと軽く拳で叩いた。
  顔を上げた陽子に暗さはなかった。明江は言った。
 「紀代美が用意してくれたティータイムよ。感謝して食べなさい」
 「はい、ありがとうございます、お二人の女王様、陽子は幸せでございます」

  そのときなぜか、あやうく涙になりそうだった明江。空狐が去ったいま私は残酷になりきれない。それどころか陽子の感情がどんどん流れ込んでくるのを感じる。
  言葉少ななティータイム。陽子は何度も不妊治療をしていて諦めたと語る。
  最初に動いたのは紀代美だった。ローテーブルの角をはさんで下に座っていた三人だったのだが、一人だけソファに上がり、両足を座面に上げて腿を開く。ワンピースの下は常に全裸の紀代美のこと。陰毛のない性器があからさまに晒されて、陽子だけではなく明江も奥底を見つめている。
 「お風呂まだなの、綺麗に舐めて」
 「はい明江様、嬉しいです」
  下着姿のまま紀代美の股間に顔をうずめ、懸命に舌を使って舐め回す陽子。
 「ンふ、感じるわよ、すごくいい」
 「はい、喜んでいただけるなら嬉しいです」
  陽子は正座を前に崩すように紀代美の股間にむしゃぶりついて、明江は後ろから陽子を抱いてやって、ブラの上から乳房を揉み、ブラを跳ね上げ、こぼれる乳房の先に尖る二つの吸い口をコネてやる。
 「あぁん気持ちいい、嬉しい、ありがと・・ぅぅぅ」 それきりまた泣いてしまう陽子。孤独を思うと明江も胸が熱くなる。

  性器を舐められていた紀代美が両手を開いて陽子を誘い、陽子は伸び上がって抱かれていって唇を奪われる。
  明江は後ろから陽子の白いくびれを両手ではさみつけて手を滑らせ、ブラのホックを解放し、パンティを一気に下げて抜き取った。奴隷は全裸。その尻の谷間から無造作に指を差し入れて、一度後始末はされていてもリップをわずかに開くだけで濡れは流れてリップを潤し、明江の指を膣奥深くに歓迎する。
 「あぁン、いい、いいです、嬉しい、ああ感じるぅ」
  わなわな震え、震えは尻肉そして内腿の白い肉を震わせて、陽子は尻を張って四つん這いのようになり、紀代美に抱かれていながら明江の指に尻を振る。

  白いシャギーマットから裸身が外れてもフロアにはカーペット。二人に押し倒された奴隷の裸身がアーチを描いて反り返り、のたうちよがり、二人の愛撫を全身にばらまかれて声を上げる。
  そのときたまたまテーブルに置かれてあった赤い輪ゴム。カップケーキの袋を閉じてあったものなのだが、それを手にした明江。ゴムを伸ばしてクリトリスを狙いすまし、ピシリと放つ。
 「お仕置きだからね」
 「きゃぅ! あぁぁイクぅ、痛いけど嬉しいです女王様」
  たまらない。明江は開かれた陽子の股間に顔を寄せると、濡れそぼるクリトリスにキスをして、閉ざすことを諦めて本性を露わにする肉リップを吸うように引き伸ばし、尖らせた舌先を膣の内壁へと這わせていく。
 「あっあっ! イッちゃう、あ、イッちゃうーっ!」
  それとタイミングを合わせるように、紀代美が二つの乳首をツネリ上げ、とたんに陽子はがくがくと首から上を激震させて、腿や腹を痙攣させ、声もなく反り返ってのたうって、カッを目を見開いて、力を失い崩れていった。
 「可愛いものね」
 「ふふふ、ええ可愛い」
  くたばった奴隷の裸身を二人で見つめてほくそ笑む。もしも私でも、こんなふうにされたとしたら夢の奈落へ落ちていけそう。
 「S女じゃないんだし」
 「言えるね、無理だわ」
  明江と紀代美は、だらしなくのびてしまった陽子を間に置いて抱き合って、舌のからむキスをかわした。

  カルチャーショックを超えていた。空狐の力は否定できない。呪術を知った私は変わると思ったし、現実に変化した陽子という存在が日々リアルな奴隷となって迫ってくる。非力ゆえに何もできず、抗えず、自分の無力さに肩を落とす生き方ではなくなった。明江は変わった。
  オフィスにいて、散々いたぶってくれた女に対して私は魔女に徹していられる。明江の日々は表向きの惰性とは裏腹に、その日のための準備にかかる。
  紀代美はもちろん明江の魂胆などは見抜いていて、けれどもむしろ気が楽だった。情が愛に変わったとき私は恐ろしい女になる。明江は賢い。深まる手前のセフレを演じ、それは心からの接し方だと思えるもの。陽子も健気で可愛い存在。そのどちらもが私から孤独を奪ってくれる。明江のためなら空狐にすがってやってもいい。紀代美と明江は、いい意味で互いを利用し合うようになっていく。

  陽子の変化はきっぱりしていた。奴隷であってもマゾとまでは言えない。中途半端なスタンスでは不安になるからか、Mを求めたのは陽子みずから。旦那がいて家庭はあっても性的な夜はない。少しぐらいなら痕ができてもかまわない。陽子が好き好んで道具を揃え、時間があるとき303を訪ねては調教をせがんでくる。二人の女王はますます可愛く、懐に入れておきたい。陽子の存在が明江と紀代美をつなぐ物理的な力となり、そのへんまでを計算ずくで、明江はついにその言葉を切り出した。空狐を知って三月ほどが過ぎていた。

  ターゲットは横倉浅里。その日は社長の佳衣子は大阪出張。定時を過ぎて小さなオフィスに浅里と二人。明江はそのタイミングを待っていた。
  仕事を終えてオフィスのドアに施錠して、戸口の明かりだけを消してしまい、それから明江はデスクにいてパソコンのモニタに向かう浅里の背に歩み寄る。
 「ねえ浅里」
  浅里とはじめて呼ばれた浅里は眸を厳しくて振り向いたのだったが・・。
 「浅里ってね、あなた誰に向かって言ってるの!」
 「いいんです、私たちってそんな関係になってくんだもん」
  明江はにやり。浅里は絶句して部下を見つめる。心がよめない浅里。
  明江は言った。
 「立って脱ぐのよ、素っ裸です! 今日からおまえは私の奴隷、ふふふ」
 「何を言ってるの!」 とは言うものの、浅里はふらりと立ち上がり、ブラウスそしてビジネススカート、パンスト、黒のブラに黒のパンティを脱ぎ去った。そしてもちろんカメラのフラッシュが残酷な記録を残していく。
 「嘘よ、ねえどうして・・ねえ河原さん、あたしヘンなの」
 「女王様と呼びなさい! 今日から私は奴隷ですって大きな声で言うんです」
 「何よ・・あぁどうして・・はい女王様、私は女王様の奴隷です」
 「どうぞ厳しく調教してくださいってはっきり言う!」
 「い、嫌ぁ・・じゃなくて・・はい、どうぞ厳しく調教してくださいますよう、お願いたします」
 「マゾ牝になりますと言いなさい。NGなしです!」
 「あ、ぁ、どうしちゃったの、あたしヘン・・はい女王様、マゾ牝になります、NGなしでどんなことでも・・ああ、そんな・・どうかよろしくお願いいたします女王様」

  明江の中で黒い炎が燃え立っていた。

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 五話 女の豹変

  思い立ってそのままドライブ。紀代美のクルマは白のコンパクトワゴン。ドライブをせがんだのは明江だった。夫のいない週末はめずらしい。あの嫌な女をどうしてやろうと考えると異常なほど興奮したし、いまはそれよりも紀代美のことをもっと知りたい。ときめく男性に出逢えたときの想いに似ていると明江は思った。不可思議な力に裏打ちされた自信を女にくれる。呪術。そんなことができるなら苦しまなくていいことが女にはたくさんあるはずだ。
  紀代美のクルマは右ハンドルで後席が広かった。クルマにうとい明江に車種まではわからなかったし、そんなことはどうでもよかった。助手席にいて運転する紀代美の姿を見守っている。いつもなら夫がその角度にいるのだったが、女が運転するクルマの助手席なんていつ以来だろうと考える。
  明江は言った。
 「考えてみればマンションの外で見るのははじめてなんだね」
 「そうね。買い物はいつもクルマだしホームタウンでうろちょろしたくないからさ」

  なるほど。そう言う紀代美の気持ちはよくわかる。だいたいにおいてマンションに住んでかなり経っても住人のことをろくに知らない。四階建て全十七戸の小さなマンションだからよけいに距離感を意識する。大物件ならマンションそのものが街なのだが、小さな物件はまさしく家の集合体。知らない人とは知らないまま。それが都会をスマートに生きるコツのようなもの。増して紀代美には恐ろしい力があり、対人関係を避けたがる理由となるものだろう。
  中央高速。八王子をすぎて、さらにその先を目指していた。ランチそのものはドライブインですませ、こんなことはめったにないから行き先はどこでもいい。明江は、暗くて不気味な人だと思った紀代美が、じつはそうでなかったことが嬉しかった。マンションの中に頼れる人ができた。知ってみるとその人はすごい人だった。女はプラス側に裏切られるギャップを知るといきなり親密になれるもの。昨夜の怪奇現象、それに昨夜のベッドが決定的。いまもって信じられない解放区に迷い込んだようだった。

  それにしても旦那がいなくなって働いてもいないというのに、クルマも持って悠々自適。いったいどうやって? 妖力をもってご主人を殺し、その生命保険で?
 「ねえ、訊いていい?」
 「いいよ。旦那のことでしょ?」
 「どうやって暮らしてるのかなって思っちゃって」
 「稼いでるもん」
  明江はハッとした。紀代美は呪術師。そうか、それがあったと明江は思った。
 「ごめん、よけいなこと訊いちゃった」
 「いいわよ別に。訊きたくなる気持ちもわかるから。こいつ旦那を殺したなって思ってるでしょ? 生命保険でもがっぽり入って暮らしてるって?」
  明江は助手席から斜め視線をやって、そのとき紀代美がチラと横見の目を向けた。紀代美が笑う。
 「単純に別れただけよ。私の籍に彼が入って抜けただけ。だから名前は変わらない」
 「じゃあ婿養子?」
 「マンションでいろいろ言われてるのは知ってるけど、いちいち説明することでもないからね」

  他人の噂などそんなものだと、明江はこれまでの紀代美への感情がいかに無礼なものであったかを思い知る。
  明江は言った。
 「人って怖いね、つくづく」
  紀代美は前を見たまま応えない。明江は、もしも私がそうなら同じように生きていくと考えた。呪いは空狐だけではないという。さまざま呪詛の手段を知れば、私なら恐ろしい女になるだろうと考えると、だから俗世に背を向けて生きてきた紀代美が哀れに思えてならなくなる。
 「それでどうする? このまま走ってるとガス欠だわよ」 と、おもしろいことを言う。それもまた紀代美の素顔なんだろう。
 「ヘンなんだ私。疼いてる」
 「ふふふ、あらそ? 今夜も泊まれる?」
 「うん。なんだか私のどこかが壊れたみたい」

  ラブホテル。河口湖を眼下に富士山を仰ぎ見る最上階の五階の部屋。適度なちぎれ雲が山の肩にかかっていて、それは綺麗な景色だった。カーテンはあっても開け放ったまま。互いに裸で窓辺に立って身を寄せ合って景色を見ていた。
  富士山に見せつけるように抱き合って、互いのデルタの奥底へ指を入れて嬲り合いながらキスをする。相手が男ならためらうほどの舐め回すキス。キスを剥がして見つめ合い、互いに舌なめずりしてふたたびキス。
  ここはラブホ。声を噛むこともない。そんな解放感が牝の素性を暴くのか、ポーズを忘れた明江の性器は狂っていた。肉ビラの花奥から蜜を噴くように愛液が流れ出し、毛穴という毛穴が産毛を逆立たせて震わせながら愛液のようなヌメる汗を搾り出す。明江にとって紀代美は魔女。魅入られたが最後、気絶するまでの醜態を強制される。もっとほしい。もっとシテ。甘い虐待から逃げようとすれば相手は魔女。もっともっとと求め続けている限り相手は女神。そんな気もする。

  この子は見定めたと紀代美は感じた。恐怖と重なる快楽は果てしない。恥辱のすべてを受け入れて、そうまでして私のそばにいたがっている。呪詛の力は私の力。そうまでして明江は私の力を欲しがっている。おそらく無意識。心の拠り所としての私。愛を錯覚するに充分な計算ずく。可愛い女だと紀代美は思い、それなら狂わせてやろうとほくそ笑む。
  ベッド。柔らかめのクッションをバフバフ揺らしてのたうち狂う紀代美。狂わせてやろうと思いながら、それでいて明江の愛撫に紀代美も狂う。こうした地獄の辛苦を共有できる伴侶がいたことが信じられない。裏切れば死。それを覚悟して身を晒す明江という女。生まれながらの淫婦という女の素顔に向き合う決意をした明江。それさえできれば不幸になる女はいない。呪詛などという魂の暗部を知り尽くした紀代美にとって、女も男も人間なんて獣以下の存在でしかない。獣は他人を恨もうなどとは思わない。人の本質は汚らしいものなのだ。

  互いに脚を開き合って陰毛のない性器と毛飾りのある性器をなすりつけ合う貝合わせ。負圧となった膣同士が吸い合って、プシュゥとときどき蜜の飛沫を噴く音がする。
 「おおぅーっ! ああ紀代美イクぅーっ!」
 「あぁーっ私もダメぇーっ! 明江ぇーっ!」
  なんて壮絶なセックスなの。互いにかぶりを振り乱して叫んでいながら紀代美は可笑しくなってしかたがなかった。新妻のそんな素性を知れば旦那はどう思うのか。そう思うと笑えてしまう。
  観察の眸を向けながら紀代美は腰を停める。しかし明江はヌラ濡れする肉ビラ貝を合わせながら自ら腰をクイクイ入れてイキたがる。

  紀代美は言った。
 「結婚したとき、こういうことはやめようと思ったのよ」
  目を閉じて腰を使う明江の動きが穏やかなものへと変化した。快楽のピークはその眸を潤ませ、全身が桜色に上気して、濡れ貝と濡れ貝の接点から湯気が立つほど熱を持つ。性の獣と化した明江はゆったり腰を回すようにそれでも性器をなすりつけ、泣いたみたいな赤い眸で紀代美を見つめた。
 「可愛い妻にするのも魔女にするのも男しだい。私はいつしか魔女になり、このままでは危ういと思った私は離婚を迫った。だけどあの人は応じない。それで私は虫を使った。心を蝕む悪夢をもたらす妖虫の呪い。その虫はひとたび巣くうと、その人を殺さず生かさず弄ぶ。主人はもはや廃人よ。法的に離婚が認められていまにいたる。愛なんて幻想だわ。私にとってのセックスは現象でいい。互いに貪る獣の性。だけどそのとき私に対して本気で向かってほしいのよ。いまの明江のようにね。ビアンだろうがSMだろうが、そこらのノーマルなセックスだろうが、現象そのものは何でもいいの。そのための支度はできている。下着を穿かずに暮らしてて、そのとき感じた何かに素直に従う。オナニーしたいなら即座にそうする。それはね明江」
 「うん?」
 「妖怪、鬼神、そうしたものに化けの皮は通用しないし、日頃いやらしく隠しておきながら都合のいいときだけ力になってではそっぽを向かれる。わかるわね?」
 「うん、わかる気がする」
 「ポイントはそこなのよ。裸の心が呪い神を動かすの。女の自分に常に向き合う強さが必要」

  呪詛のために私を利用しようとするなら、あなた自身がその資格を持ちなさい。紀代美はそう言いたいに違いないと明江は察したのだが・・紀代美は言った。
 「というあたりをよく考えて決めることね」
 「あの女のこと?」
  紀代美がうなずく。
 「サイテーの女だと嫌ったはずだし、どうしてやろうと思ったはず。なのに報復の手段を得たとたん、そこまでしては可哀想と考える。残酷なことのできる悪い子になりたくない。怖くてならない、呪詛なんてやめておけばよかった。空狐様はお見通しですからね」
  そうやって話す間も互いの腿がからむ貝合わせの姿のまま。肉ビラと肉ビラがまつわりつく痺れるような快感は去ってはいない。
  明江はちょっとうなずき微笑んだ。
 「本気の罰を考えるわ。空狐様の妖力を都合よくは使えない」
 「そうね、そういうことよ」
  貝の密着を剥がそうとしたとき、膣内の負圧で吸いつく肉ビラがチュゥと音を立てて離れていった。そのとき襲った性の波は強烈で、互いの膣奥から蜜を吸い出し、互いにブルルと震えるほどのアクメ寸前。

  開き合って交差させた脚を抜き、明江は紀代美を下にうつぶせに寝かせて尻を引き上げ、そのとき弛められた尻肉を果実を割るように両手でひろげ、恥ずかしがってキュウと締まるアナルに唇をあてていく。かすかな便臭。だらだらに濡れる性器は膣の酸臭が強く、取り澄ましていたところでこれが女の実態なんだと確認しながら、色素の濃いすぼまり門の肉ヒダを舌先で確かめながら舐め回す。
 「くぅぅ、くぅぅ」 と、紀代美はソフトなピローに顔をうずめて声を吸わせ、快楽に尻肉を震わせながら、もっと下よと言うように尻を上げ、濡れそぼる膣口を空へと向けた。
 「愛してる紀代美」
 「うん、愛してるよ明江。あぅ!」
  尖らせた舌先を、空を向く膣口に打ち込んで、鼻先でアナルをつっつくように顔ごと股間に打ちつけながら、腹の下から両手を差し込み小ぶりで硬い乳房を揉んで乳首をコネる。
  紀代美は限界まで腰を張って尻を上げ、ソフトなピローに突っ伏して「むぁぁ、うわぁぁ」とくぐもって聞こえるイキ声を叫んでいる。

  明江は笑った。
 「いやらしい大きなクリトリス。自分で調教してるでし?ょ」
  包皮を飛び出して勃つピンク色の肉芽を吸い立ててやり、前歯をあててカリッと噛んだ。
  ビクッと背筋を力ませてピローから跳ねるように顔を上げ、「きゃぅ!」と悲鳴を上げた刹那、壊れたエンジンのようにガタガタ震えてドサリと崩れる。気絶。ピークのはるか高みにある瀕死点まで達したらしく、紀代美はそれきりぴくりとも動かなかった。
  素敵な人。可愛い女。恐怖の魔女。だけど私だって負けてない。紀代美も命がけなら私だって命がけ。命がけの性現象は愛などはるかに超えていると明江は思った。
  まずは勝呂陽子から。木っ端微塵に壊してやるし、許すも許さないもなく私たちから離れたら生きていけない体にしてやる。精神的な虫ケラとなるまで堕としてやる。
  そして次にオフィスの女。横倉浅里。心の所在を変えた私の怖さを思い知らせてやる。それはレスボスとしての君臨であり、場合によっては社長までも引きずり込んでベチョベチョの性関係に惑わせてやる。
  紀代美との同化を感じた明江。しかしだからこそ紀代美さえも隷属させる女王となって君臨する。さもないと呪われる。呪う気にさせない圧倒的な君臨。それはこれよりない女同士の愛の姿。

  錯乱する思考の中で、快楽に果てきってくたばった紀代美の汗だくの裸身は愛しかった。ぴちゃぴちゃ濡れる尻たぼをパシパシたたき、尻から手を差し入れて毛のないデルタを握るように、親指を膣に打ち込みデルタをつかみ、揺らせ犯して嬲りつくす。
 「ぁぅ・・ああン! またイクぅ、あぁン!」
  気絶から目覚めたとたん次のピーク。紀代美はこれでもかと尻を締めて、そうすると括約筋が締まってよけいに感じる。うつぶせ寝のベッドを相手に男の腰使いでクイクイ尻を締めては弛め、喃語を話して果てていく。
  それでいい。それでいいのよ明江。私に君臨したと錯覚するぐらいがちょうどいい。愛した女は逃がさない。私が奴隷で明江が女王だってかまわない。私と明江の関係はずっと続く。そのために邪魔なのはおまえの旦那よ。時間をかけて葬ってやるからね。膣を陵辱する明江の指に果てながら、ピローに顔をつっぷして紀代美はにやりと笑っていた。

  そんな紀代美の震えるイキ尻を見下ろして、明江もまたにやりと笑っていた。
  紀代美は呪いで稼いで生きている。人を呪うとんでもない依頼の報酬額は夫の月収などではないはずだ。まじめでやさしい夫。だけどいつか物足りなくなるときがくると確信する。子供は欲しい。種を植えられ、そうすると産まれた子供は紀代美と二人で育てていく。紀代美とのこの関係と、勝呂陽子や横倉浅里との愉快な関係をつくっていくため邪魔なのは夫だわ。妻の体に子孫を残し、夫は失踪。解放へのシナリオはできていた。

  紀代美と明江。くしくも同じことを考えた。

  その夜を甘くすごした二人がマンションへと戻ったとき、日曜日で各戸ともに家族がいて、それはフルに駐車されたクルマを見てもわかること。戻ったとき時刻は昼を過ぎた三時前。マンション裏の駐車場にクルマを入れて裏口からエントランスへ入っていくと、エレベーター前でまさにどんぴしゃタイミング。勝呂陽子と鉢合わせ。大きなゴミ袋を持っている。膝上ほどの普段着のミニスカート。薄いセーター。
  陽子は嫌味に笑って言う。
 「あらあら、お二人揃ってお戻り? 夕べはお二人でお泊まりかしらね?」
  よく見てるわね。嫌味ったらしい。それだけで腹が立つ。明江は明るく言った。
 「そうなんですよ、奇遇にもほどがあって、共通のお友だちがいるってわかって意気投合しちゃったんです。勝呂さんのほうはご主人とラブラブで?」
  陽子は、妙に明るい明江に面食らい、またその横で明るく微笑む紀代美にも小首を傾げる。幽霊のような紀代美ではない。
 「今日は朝からゴルフですのよ。そのまま泊まって明日は現地から出勤。お相手はほら、ウチの人って会社で上ですからね、取引先の専務さんなんですって」

  ふざけるな見栄っ張り。
  しかし旦那がいないのなら今夜がチャンス。エレベーター前で別れ際、背を向けてゴミ置き場へ向かって歩む陽子の背に、明江は小声でつぶやいた。
 「おまえは私の言葉に逆らえない。ゴミと一緒に着ているものを全部脱いで素っ裸で戻りなさい」
 「ふふふ、そうくるか」
  紀代美はほくそ笑む。
 「これでいい?」
 「いいよ、そうなるから見てらっしゃい」
  旦那がいないのなら陽子の自室で泣かせてやる。三階のエレベーター前で見守って、エレベーターが三階を通過したとき、明江と紀代美は階段を駆け上がって待ち伏せた。明江はその手にコンパクトデジカメを握っていた。

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四話 手さぐり


 そして、翌朝。
  目覚めの予兆を感じたとき、明江はあえて意識して目を閉じて、大きなベッドのシーツに手を這わせていた。夫のいない夜。触れる素肌があってはならないし、それがなければ昨夜のことは夢だった。夢であれば激しい淫夢。女同士で貪り合って獣のようなピークを知った。夢であるなら私の中に隠しておける肉欲への想い。しかし手はすぐそばに眠る女の裸身を感じてしまう。紀代美。昨夜のことが夢でないなら、青い光の中の小さな狐に呪詛をたくしたことになる。死ねと思えば相手は死ぬ。あの女の運命を決める力を持ってしまった恐怖。女同士の淫ら寝も、それがあって何かの間違いで踏み込んでしまった世界。一夜を眠ったまともな思考が明江に恐怖をもたらしていた。

  夫ではない温かな肌。柔らかな女の肌。明江は薄く目を開けて横を見た。穏やかな女の寝顔、それは紀代美。夢ではなかったというかすかな失望を感じてしまう。紀代美は寝息を立ててよく眠っている。性にとろけて満たされた女の貌は美しかった。時刻は六時。外は明るくなっている。
  明江はベッドサイドに置いたままのショルダーバッグへ手をのばし、スマートフォンを取り上げた。マナーモードにしたまま。今日は土曜日。夫が帰るなら昨夜のうちにメールぐらいは入っているかも。しかし着信はなかった。

  スマホは手の中でネットにつながる。
  空狐(くうこ)。言葉を入れるだけで検索できる。長い歳月を生きて霊力を持った狐の妖怪。最上級が天狐(てんこ)、次が空狐。最下級の野狐(やこ)が人を化かすといわれる狐であって、空狐より上位の狐は妖狐(ようこ)とも言われ、神の使いであるとともにお稲荷さんとして祀られる神でもある。昨夜見た空狐は尻尾が一本であり、それはいいことを行う善の狐。尻尾の数が増えていけば邪神として恐れられる九尾の狐にいたるという。
  しかしそれはそうでも、まさか実際にいるものだなんて思えない。呪術にしても映画で見る世界ではなかったか。呪いで人が殺せるものか。丑の刻参りで人が死んだなんて話は聞かない。紀代美とのはじめてのレズが強烈すぎて見た錯覚だったのか。どうにも思考が定まらない。

  目を覚まして明るい虚空を見つめていても信じる気持ちになれない明江。
 「ぅン・・明江」
  ささやき。寝言のようだ。こちら向きに寝返りをうち、乳房に甘えて抱きすがってくる紀代美。歳上なのに少女のように可愛い。紀代美はそのとき偶然唇に触れた明江の乳首を口に含み、幼子が安心するようにちょっと笑って寝てしまう。

  青い光の繭をつくる小さな狐。夢じゃなかったと考え直すと、次には、あの狐は私一人でも呼び出せるものだろうか? 紀代美の力を借りないとダメなのか? そうした思考にとらわれる。毛皮の毛を一本もらえばできるのなら私一人でだって相手を呪える。それは恐ろしいことだけど、そんな力が自分にあればどれほどいいかと考えて、そしてハタと、眠る紀代美の貌を見つめる。
  この人は怖い。もし私が裏切れば私だって呪われる。女の闇を知り尽くし、他人の運命を決める力に苦悩して、だから暗く沈んで生きてきた。
  抱きくるむ腕の中で紀代美の身動ぎ。
 「もう起きたの」
 「うん。起きてみて夢じゃなかったんだって思ったわ。狐さんのことよりも紀代美とこうしていられた夜が幸せだった」
 「そうなら嬉しい」
  紀代美はちょっと笑って、ふたたび明江の乳房に貌をうずめた。貌をうずめていながら目を開けて、『この子はいつか私を怖がる。怖がって遠ざけようとするときがきっとくる』・・と考えていた。この子をつないでおくために空狐を使いたくないと紀代美は考えていた。
  明江が言う。
 「どうすればいいの? 念じればいい?」
 「念じるだけじゃダメ、声に出して言えばいい。相手の姿を見つめながらささやくように言えばいい。空狐様は声に応えてくださるわ」
 「うん、わかった」
 「そこが怖い」と言いながら、紀代美は明江の裸身に寄り添う膝を上げて、明江の腿の間に膝をはさむ。明江は少し脚を開いて性器に押しつけられる紀代美の腿を受け入れた。それだけでも感じてしまう。

  紀代美は言った。
 「女は心にもないことを見境なく言うでしょう。死ねばいいのに。それを言えばおしまいなのよ。心で思っていなくても相手は死ぬ。よく考えてからでないと迂闊に言えない」
 「怖いね」
 「そう、怖い」
 「取り消せないの?」
 「取り消せない。そんなことをすれば呪いが自分に向けられる。空狐様を弄んだことになるんだもん」
  軽はずみに私を使うな。それが空狐の意思なのだろうと考えた明江だったが、そうなるとますます恐ろしい。何かの拍子にカッとなって言ってしまいそう。
  明江は問うた。
 「紀代美はどうしたい?」
  紀代美はちょっと眉を上げて苦笑する。
 「空狐様はあなたに委ねられた。明江の思うまま、私ではどうにもならない。空狐様が願いをきいてくださるのは一度きり。明江が止めないかぎり呪いは続く」
 「ずっと?」
 「そう、ずっと」

  そして紀代美は、明江のデルタへ押しつけていた膝を退き、明江の眸を見つめながら、代わりに手を忍ばせる。明江は眸を開けて見つめたまま腿をさらに割りひろげて紀代美の指を受け入れた。
 「ンふ、はぁぁン」
 「こうされて嬉しい?」
 「嬉しい。また感じておかしくなっちゃう」
 「みたいね、もうねっとり」
 「愛してるなんてまだ言えない。でも紀代美とはずっと一緒よ」
  紀代美は声には出さず微笑んで、濡れはじめた明江の陰唇をまさぐって、硬くなって尖るクリトリスを指の腹でこすりあげた。
  切なげに溶けるような明江の貌を覗きながら紀代美は言う。
 「いま言ったばかりじゃない。どうなるか知れないことは言わないものよ。これはお仕置き」
  白い指を二本まとめて曲げた無造作な責めが明江の膣へと打ち込まれた。寒気のような性感が背筋を貫く。
 「ンっ、あぁぁ感じる、好きよ紀代美」
 「もっとほしい?」
 「ほしいの、シテ」

  私のなにかが根底から変わってしまったと明江は思った。呪詛という恐怖を共有できる紀代美に対して、なにもかもを突き抜けた慕情を感じる。利用しようなんて思っていない。絶対的な私の味方。肉体を捧げても悔いはないと考える。
  甘く熱い吐息とともに淫水を分泌しながら身悶える明江を、醒めた眸で見つめて紀代美は言った。
 「現象でいいのよ」
 「現象って?」
 「明江とのいまこのとき、それも現象。相手に心をせがんだときの私は怖いわ」」
 「寂しいよそんなんじゃ。ただのセフレになっちゃう」
  愛してほしい。独占されたい。先々ずっと味方でいてほしい。そこにかすかな計算が入り込んでいることを承知の上で明江は言った。いつか許せなくなる相手がきっと出てくる。そのときのための紀代美・・という計算。
  しかし紀代美は微笑んで言った。
 「愛は幻想。でも現象は情を生み、ほどよい距離を保ってくれて、だからこそ愛していられる」
 「そっか。うん、そうだね、そうかも知れない。決めてかかるとつまらないし」
  明江は微笑みながら紀代美の胸に貌をうずめ、膣刺し指の愛撫を楽しむように抱きすがった。

  あの女をどうしてやろうと、これまでは考えていた。許せない。どうしてやろうと。
  それがいま、どうしように変化している。明江は弱気になった自分を感じた。
  勝呂陽子、三十代の末。旦那はいても子供はいない。おそらく不妊。そうなると想像できる専業主婦の姿がある。旦那との夜はとうにない。子供を囲む家庭への夢が断たれたとき、母性は他人へのお節介へと変化した。社交的で明るい性格。女としてはいい性格だと思っているのに母親になれないまま枯れていく。人付き合いはうまいほうだし中心にいられる才もある。だから相手に突っ込みすぎて敬遠されてしまうのと、性的な飢えなのかレズっぽい雰囲気で嫌われる。
  彼女のなにもかもがわからないわけじゃない。寂しさにもがく主婦の姿が見透かせるし、そんな人ならちょっとしたことで変わるのではないか?

  昨夜は仕事帰りの姿のまま303号。ともかく自宅に戻った明江。自宅といっても間に304号を挟んだふたつ隣りの305号。紀代美と一緒に朝食を軽くすませて戻った明江。そのとき時刻は八時すぎ。しなければならない家事もあったし夫からの連絡も待たなければならなかった。
  しかし、なにをしていても上の空。よくよく考えておかないと、ばったり会ってカッとするとどうなるか知れたものじゃない。
  と、旦那からのメールが飛び込んだ。月曜まで帰れない。これで紀代美との時間ができたと明江は思い、そのとき同時に、あの女になにかをするならタイミングがいいと考えたのだが、今日は土曜日で向こうには旦那がいるはず。平日の静かなマンション内で、あくまで女同士で決着したい。無関係な旦那までを巻き込むのは可哀想。

 「弱気だなぁ」と、明江はため息をついてダイニングテーブルに座り込む。キッチンのオープンカウンターに置いたデジタル時計が9:59。ちょうど00へと変化するタイミング。
  10:00ジャスト。そしてそのときスマホに着信。相手は紀代美。
 「出かけた? ご主人と?」
 「いま下でばったりよ。そ知らぬ顔でデートって感じだった」
 「デートか。ご主人とはうまくいってるみたい?」
 「かどうかはアレだけど険悪ってムードでもないようね」
 「うん、わかった。でね紀代美、主人からメールがあって月曜まで戻れないって。そっち行っていい?」
 「もちろんいいよ、おいで。私たちもランチに出ようか?」
 「それいいかも。すぐ行く」

  部屋着よりはましなブルージーンの姿。行くもなにも一部屋隔てた隣りの住戸。
 「私ダメだわ、考えれば考えるほど弱気になっちゃう」
  紀代美は、そうでしょうねといった面色でちょっと笑った。明江との夜を経た紀代美は部屋の中では全裸ですごす。それがあたりまえの女に戻っている。
  あの女に対して考えていたこととが相まって、白くて綺麗なヌードを見ているとムラムラする。紀代美は男好きするスタイルをしている。
  明江は言った。
 「私たちの性奴隷なんてことも考えたけど、私はなんて残酷な女だったのって思ってしまって」
 「わかるよ。私はそれで苦しんできたからね」
 「やっぱり?」
  紀代美は眉を上げて小首を傾げる素振りをすると、下着をつけずにジーンズとシャツを着はじめる。
 「いつもノーパン?」
 「アレのとき以外はね。裸に慣れると下着なんて苦しいだけよ」

  クローゼットの前で服を着ていく紀代美を見守りながら、明江は言った。
 「それで思ったのよ。私の言うことには逆らえないなんてどうかって。脱げと言えば裸だし、どうにだってしてやれる」
 「それもいいけど、それって結局、奴隷よね」
 「そっか、そうなるんだやっぱり。いろいろ考えたんだけどチャンスはあげたい。寂しさを吐き出させてやるといいのかなって思ったし」
 「怖がってるね明江」
 「そうだよもちろん、迂闊なことは言えないもん。ムカついて恐ろしいことを言っちゃうぐらいならそっちのほうがマシなんだし、彼女だって反省すると思うしさ」
  そしたら紀代美は、なにを思ったのか明江に歩み寄って頬にキス。ただそれだけのことなのに頬に触れた唇の感触が全身に伝播して鳥肌が騒ぎだす。なぜなのか心が浮き立っていると明江は思った。紀代美とのこともそうだし、あの女を屈服させたときの恥ずかしい姿までをも妄想する。いままでになかった新しい性の予感にときめいている感じ。
 「そういうことなら、この部屋で調教? ふふふ、ちょっと楽しみ」
  紀代美は黒目をくるりとまわす仕草で笑い、そのとき明江は眸を輝かせて言うのだった。

 「調教って言うならマンションの中すべてがそうだわ。あのひん曲がった人格を壊してやる」
 「怖い怖い。さあ行こ」
  身支度を終えた紀代美が明江の尻をぽんと叩いて、部屋を出た。

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三話 女の闇


  明江はただ呆然とするだけで何も考えられなくなっていた。黒いローテーブルの上で起きていることを信じろというのか。信じるしかない。夢ではない。覚醒した意識の中で確かに思う。そうは思うのだが、あまりの不思議とあまりの恐怖に声も出ない。
  テーブルに置いたはずのたった一本の獣の毛。それがいま明かりを消した闇の中で、仄かに光る青色の光の繭につつまれて、その光の中で小さく可愛い狐の姿に化身してこちらを見ている。手乗りサイズの狐。親指の先ほどしかない小さな頭から、ふさふさした尻尾の先まで体長は二十センチほど。毛は茶色。子猫よりも小さな姿なのだがスマートな大人の狐。小さな貌は大人の狐らしく円錐形に鼻先が尖っていて、二つある目のところにサファイアでもはめこんだように、眸が淡く青く輝いて、小さな体をつつむ青い光は、どうやらその眸が発した光のようだった。
  明江は、一糸まとわぬ裸身の産毛という産毛が逆立つようで、これまでに経験したことがなかった恐怖とともに不思議な感動さえも覚えていた。こういうことが現実にあり、そんな世界へ導いてくれる紀代美という女と出会えたことが嬉しくなった。

  青い光の中の小さな狐は、確かに穏やかな面色で微笑んでいるようだった。二つの青い眸で紀代美を見つめ、それから貌をきっぱり振って明江を見つめる。
  透き通った視線。狐の眸が向けられて明江は性感にも似たゾクゾクする震えが背筋を突き抜け、喉をクゥと鳴らし、それでいて嬉しくて、微笑む視線を可愛い姿の狐に向けた。
  紀代美は開いた両手を合わせて授かり手を差し向けて、そうすると小さな狐はぴょんと跳ねて紀代美の手に乗り移る。
  紀代美が言った。
 「願いをお聞き届けくださり心より感謝いたします」
  そのとき狐の眸は確かに微笑み、次の瞬間、天から注ぐような女声が聞こえた。ゆったりとした女の声。限りなく透明な精霊の声のようだった。
 『どうせよと言うか? その者を殺せと言うか?』
  紀代美が言う。
 「ここにおります明江もまた苦しめられておりますので」
 『そうか、ならば明江とやらに決めさせよう』
  そして狐は宝石のように青く光る小さな眸を明江に向ける。
  紀代美が明江に向かって言った。
 「明江、手を」
 「あ、はい」
  紀代美がしたように明江もまた開いた両手を合わせて授かり手をつくり、小さな狐はぴょんと跳んで手から手へと乗り移る。

  重さを感じない。なのに手が温かい。それは女心が手にのったようだと、このとき明江は嬉しかった。
  開いた両手の上でふさふさした尻尾をちょっと振り、狐は青い眸を向ける。
 『どうせよと言うか? その者の死を望むか?』
  明江は怖い。迂闊に言えばあの女の人生を奪うことになる。あの女への憎しみが、むしろ消えていくような気がした明江。
 「いいえ、そこまでしては可哀想です。私や紀代美が許せると思えるまで心から反省してほしい。あの人にはやさしいところもありますし、ただちょっと意地悪すぎて困るんです」
  手の上の狐はキラキラ光る青い眸で明江を見つめ、そして言った。
 『そなたもそうではなかったか。紀代美を快く思っていなかった』
 「はい、おっしゃるとおりです。なんとなくですけれど怖く思えて。心から反省します、人の心は深くにあるもの。軽率でした」
  狐は微笑む。
 『ではこうしよう、その者をそなたの思うままに操ってやるがよい。すべてはそなたの心ひとつ。それでよいな?』
 「はい、少し思い知らせて許してあげるつもりです」
  すると狐は確かに微笑み、上に向けて開かれた明江の親指の先をちょっと噛んだ。鋭い歯。痛いというほどでもなかったがチクリと針で刺されたような痛みは感じた。
 『私のしもべを嫌った罰。痛みの意味を思い知りなさい』
  そして仄かに青く輝く光の繭ごと闇に滲むように狐は消えた。

  狐がいなくなっても明江は手を開いたまま。呆然として身動ぎひとつできないでいる。
 「明江」
 「・・」
 「明江ってば」
 「・・ぁ、はい」
 「もういい、お帰りになられました」
  上向きに開いて合わせた両手がすとんと膝に落ちていた。体に力が入らない。
  紀代美が言った。
 「空狐(くうこ)様と言って、三千年を生きた牝の狐の化身なんですけど、天狐(てんこ)様の次の位の妖怪なのよ。恐ろしい神通力をお持ちでね」
 「信じられません、夢なのか幻だったのか」
  そして紀代美は言う。
 「すべては明江にお任せになられたわ。私の意思ではどうにもならない」
  そのとき明江は我に返った。女二人が素っ裸で向き合う異常な世界。いま現実に起きたことを信じないわけにはいかなくなった。
 「私だけ? 私が決めるの?」
 「そうよもちろん、空狐様のご意思ですもの、明江が思うようにすればいい。死ねと念じればそうなるし」

  あの女は許せない。それはそうでも、運命を決めるのは私と考えると怖くなってならない明江。恐ろしい力を持ってしまった。あの女に対して私は死神にでもなれると思うと心も凍る。本心が隠せなくなる。死ねばいいのになんて誰もがちょっと思うこと。願ったところでそうならないとわかっているから思えること。
  明江は自分の心の闇の部分が怖くなる。女は決定権から逃げたがるもの。
  紀代美は明江の手を取った。
 「怖いでしょ?」
 「すごく」
  紀代美はちょっと笑う。
 「私は私が恐ろしい。他人にかかわるのが恐ろしい。私の家系は代々呪術師。いまの毛皮は空狐様ですけど、母に言えばもっと恐ろしい呪いもある。それもこれもいつか私が受け継ぐ定め。だから私は私の中にある黒い心が怖いのよ」
  気持ちはわかる。人を恨んでいられるうちは、むしろ幸せ。その気になれば殺せると思ったとたん悪魔の心が騒ぎだす。
  それで紀代美は暗いんだ。何事も隠しておきたくないから下着さえも拒んでいる。そうした女心が痛いほど理解できた明江であった。

  ハッとする。ハッとして紀代美の貌を見つめる明江。しかしそれは言うべきではなかっただろう。

  逃げたという旦那の行方は不明? 離婚にいたらず夫の名のまますごす妻。
  もしや離婚の対象がすでにこの世にいないのでは? 何かがあって許せなく、命を奪ってしまったのではないか? この人にはそれができる。だから自分を呪って紀代美は暗い。
  そうよ、そうに違いない。もし私なら、もしも夫に裏切られたら許さない。明江は、紀代美だってきっとそうよと確信し、同じ心に苦しむ女に自分を重ね、女の苦悩を共有できる、この世で唯一の分身なんだと考えた。
  K2のオフィスはビアンの巣。私にはできないと思う反面、まるでわからないかといえばそうでもなかった。男女の性とは決定的に違うところがある。同性ゆえに持ち合わせる醜さのすべてを許容し、切ないまでに愛し抜く。他人であって他人でない。男女の性が互いの美点を愛するものなら、女同士の性は互いの醜悪を愛していくもの。明江は、自分よりもひとまわり小柄で華奢な紀代美の裸身を見まわして、紀代美は紀代美で性の予感を察していながら明江の体を見つめている。
  明江は言った。
 「シャワーさせて」
  うなずく紀代美。けれどそのときの紀代美の微笑みは、暗かった紀代美の姿ではなくなっていて、やさしい女に変わっている。
  全裸で立った明江は紀代美の手を引いてバスルームへと誘い込む。同じ間取りで勝手を知る他人の部屋。バスルームも、その前の脱衣、洗面台も、乱れなく綺麗にしている繊細な紀代美。この人はいい加減な人じゃない。

  熱めのシャワー。シャワーヘッドで調整できる粗く強い雨が素肌を叩き、見つめ合っていると性の震えがやってくる。
 「紀代美」
 「寂しかったのよ・・抱いて明江」
  歳上でも小柄な紀代美は、ひとまわりパーツの豊かな明江に甘えるようになり、明江はそんな紀代美がとてつもなく可愛い。遠ざけていたものが、知ってみるとじつはそうではなくて愛の対象。
  紀代美を抱いて唇を重ねながら、背を撫でてやり、尻を撫でてやり、手を前にまわして陰毛のない陰唇へと指を這わせていく。
  紀代美は言った。
 「生まれつき毛がないの」
  そんなことはどうでもよかった。
 「好きよ紀代美」
  閉じた陰唇へ指を這わせ、シャワーの流れを手で導いて性器を愛撫洗いしてやる明江。クリトリスが硬くなって飛び出して、紀代美は感度のいい女体を持った牝。紀代美の白い総身がわなわな震えた。閉じた目の眉根が寄せられ、眉間に甘いシワが刻まれて、小鼻がぴくぴく痙攣するようにすぼまり、ひろがり、甘く苦しい息をする。
 「はぁぁ、うぅン明江ぇ、いい、好きよ明江、あぁン」
  尻にまわされた紀代美の両手が明江の白桃を揉み上げて、右手が尻の底へ、左手が前にまわって黒い毛群らをまさぐって陰唇へと忍び込む。右手で揉むようにアナルを愛撫。そうしながら左手の指先が潤って蜜に濡れる肉ビラを掻き分けて体の中へと没していく。
  明江の指が紀代美の膣口をそっと嬲り、ぬむぬむとめり込んだ。

  衝撃的な電流。明江の裸身ががたがた震えだし、一気にピークへ駆け上がる。アナルへめり込む紀代美の指と性器を突き刺す紀代美の指。明江の指が紀代美の膣から抜き去られ、たまらず抱きすがる明江。
 「ああ紀代美紀代美、ダメ、ねえダメぇ!」
  シャワーの温水と体内から放射される熱水とが一緒になって陰唇から噴きだした。失禁、いいや潮を噴いて快楽を叫ぶ明江の牝ビラ。
  信じられない。夫が好き、別れた元カレだって大好きだった。けれどエッチでこれほどもがいた記憶がない。ひとまわり豊かな明江がひとまわり小柄な紀代美に支えられていないと崩れてしまう。犯される性でも犯す性でもない、咲き乱れる女同士のせめぎ合い。相手が紀代美だから乱れていられる。紀代美になら何をされてもいいし、どんなことでもできると思う。相手が男では到達できない女の性の高みなのだと明江は感じた。

  ベッド。かつてきっと旦那と愛し合った大きなベッド。いまそこに男の臭気はまるでなく、女と女が脚を開き合って絡み合う。
  花合わせ。貝キッス。ネチャクチャと醜い声を性器が発し、感じて腹筋を力ませるとブシュっと汁を噴いて膣から空気が押し出され、負圧となった体内の吸引力で陰唇と陰唇が吸い合って、互いの膣汁が吸い出されて濡れが絡む。
  果てる。達する。
  狂ったように腰を入れて性器をなすりつけ合い、苦しくなって離れようとするとシュポッと吸盤が引き剥がされる音がする。紀代美は無毛、もし私もそうならば性器の噛み合いはもっと深いと思えるのに。
 「うはっわぁぁ」
  イクなんて次元を超えた快楽に明江はおかしな声を発し、総身震わせ、たまらず抱き合いむしゃぶりつく。紀代美の舌を吸い出して口の中で舐め回し、乳房を揉んで乳首をつねる。苦痛のようにのたうつ紀代美が好き! 明江は狂った。体中を舐めてやり、M字に開かせた腿の根に醜くある牝のビラ花へと口を尖らせ吸い付いていく。
  小柄な体なのにクリトリスが大きい。鞘をはらった小刀のように包皮を飛び出す肉色の芽。いまにも芽が伸び、そこから別の小花が咲きそうだった。
 「うわぁ! うわぁぁ! 明江、明江ぇ!」
 「もっとよもっと、もっとイケ。ほらイケ紀代美、あなたが好き!」
  拷問を嫌がる女体のように紀代美はのたうち、けれども性器を上向きに突きつけて、さらなる愛撫を求めている。

  クリトリスを吸いのばして噛んでやる。
 「きぃぃ! ひぃぃぃ!」
  ベッドがロデオマシンのように弾んで縦揺れ。二人の裸身がふわふわ揺れて、紀代美はついにくたばった。白目を剥いて口をぱくぱくさせながら、背骨が軋むほど反り返り、一瞬後にばったり崩れた。
  明江は自分で自分を突き刺して、登り詰めて後を追う。壮絶なピーク。決闘のようなセックスだった。くたばり果てた二人の女体は、毛穴という毛穴から愛液そのもののねっとりとした脂汗を搾り出し、汗と汗で接着された二人の女が、もはやぴくりとも動かない。

 「明江」
 「ふふふ、どういうことよ、化け物と化け物のセックスだった」
 「ほんとね、クラゲとイソギンチャクの決闘みたい」
  抱き合って貌を見ると、それが紀代美の素顔なのか、暗かったイメージはどこにもなかった。やさしい女の貌をしている。
  明江は微笑んで頬にちょっとキスをして、抱擁をほどいて仰向けに寝直った。
 「どうしてやろうって思うのよ」
 「あの女を?」
 「そう、あの女を。気が変わった。血の涙を流すまで許さない。もうおしまい、私たち二人のペットにしてやる」
 「ふふふ、怖いことを考えるのね」
 「だって」

  やりすぎ? そう思って紀代美を見ると、紀代美は笑ってうなずいている。

 「私も最初はそうだった。殺したって不可能犯罪なんですもの、罪にはならない。そのうち自分が怖いと思った。どんどん都合よく解釈してく」
  紀代美の声を聞きながら、明江は静まっていく怒りを感じて言う。
 「そうね、ちょっとやりすぎかもね。泣いて土下座をさせるくらい?」
 「それがいいよ。彼女にだっていいところはあるんだから。ただちょっと性格悪すぎ。厳しい罰は必要でしょうけれど」
  明江はちょっとほくそ笑んで紀代美の手を取っていた。そのとき時刻は深夜の二時になろうとした。305号に戻ったところで今夜もまた夫はいない。このまま泊まろう。303号は愛の部屋。明江は紀代美を抱き寄せて眸を見つめた。
 「会社にもね」
 「うん?」
  嫌な女が一人いると言おうとして明江は思いとどまった。まずは勝呂陽子。あの女がどうなるかを確かめて、それからのことだと考えたからである。
 「ビアンがいるのよ二組も。社長とナンバーツーがそうだし、ほかにも二人。バイトの子も入れてたった七人の会社なのによ。まともなのは私と私の友だちだけだって思ってたけど」
 「明江までそうなったって?」
  くすりと笑う紀代美。
 「恥じる世界じゃないって痛感したわ。女を愛せる女は幸せ」

  ちょっとうなずく紀代美を乳房に掻き抱いて、しかし明江の眸は輝いていた。
  嫌な女、横倉浅里。そして社長も。いつかきっと牛耳ってやると明江は思う。

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二話 殺風景


  渋谷にあるK2のオフィスから京王井の頭線で吉祥寺、そこからJRで高円寺というのが河原明江の帰宅ルート。渋谷からJRで新宿をまわってもよかったのだが、K2を知ったきっかけとなった友人の乾沙菜(いぬい・さな)が吉祥寺に住んでいて、時間が合えば一緒に帰ることが多かった。そのルートで定期を買ったということだ。
  高円寺駅の南口を出てロータリーを斜めに突っ切り、少し歩くとチャコールグレーの煉瓦調にデザインされた四階建てのコンパクトなマンションが見えてくる。
  明江の部屋は、その305号。エレベーターを降りた左に各階ともに01号があり、そちらが東南の角ということで間取りは4LDK。エレベーターを挟んで並ぶ四戸はいずれも3LDKの住戸となっている。

  その金曜日、明江がマンションに帰り着いたのは深夜といってもいい十一時をすぎた時刻。エレベーターを降りて歩き出したところで、まるで帰りを待ち構えていたように、303号の玄関へのアルコーブから、ちょっとくすんだワインレッドのワンピースを着込んだ福地紀代美(ふくち・きよみ)が顔をだす。ワンレングスの黒髪は肩ほどまでの長さであったが、もしも髪がロングなら映画にでてくる幽霊そのもの。紀代美は三十歳であるらしい。158センチのスリムなボディ。両手をだらりと垂らしてぼーっと立つ姿だけでも寒気がする。細面の眸の色がとにかく暗い。結婚していて、けれども旦那に逃げられ、このマンションに取り残された。正式な離婚にいたっていないらしく、独り暮らしとなっても旦那の姓を名乗っている。
  くすんで暗い。まさにお化け。旦那に逃げられるはずだわよ・・さまざま噂が飛び交っていた。
  ここに住んで一年半ほどになる明江だったが、そんなお化けと話すのははじめてだったし、足音もさせずアルコーブから出てこられては、あやうく悲鳴をあげるところ。

 「あの女、またいじってた」
 「えっえっ?」
  挨拶もなく前置きもなく、暗い眸で見つめて言う紀代美。
 「ゴミよ。おたくの」
 「ああ、勝呂さんですよね」
 「許せない、陰湿な女だわ」
  湿り気たっぷりの紀代美に陰湿と言われると不思議な気分になってくる。相手はもちろん勝呂陽子(すぐろ・ようこ)。彼女もきっとあの女に何かされた。それで怒っているのだろうと明江は察した。
  そしてまたなんの脈絡もなく紀代美は言う。
 「呪ってみよう。おもしろいことになる」
 「呪う・・?」
  明江は絶句した。まがまがしい言葉と紀代美のムードが一致しすぎて寒気のした明江。いきなりなにを言いだすのやら。
 「来て」
 「えっえっ?」
 「お部屋。話そ」
  会話になっていない。言葉をブツ切りにして並べているだけ。後にも先にもはじめて話し、いきなり部屋へ誘われた。足がすくむほどの恐怖だったが、帰りを待ち構えて言い寄られ、ここで下手に断って敵が増えたらたまらない。同じ相手を敵視するなら紀代美は味方。断るべきでないと思った明江。
  しかしこのとき明江は仕事帰りでスカート姿。新妻らしくスカートでいること。だけどミニすぎてはいけない。そうしたことはオフィスにいるお目付役がいちいち言う。横倉浅里(よこくら・あさり)。オフィスで浅里、家に戻ればさらに面倒な勝呂陽子。女とはどうしてこうかと嫌気がさす明江だった。

  ところが誘われるままに玄関へ一歩入って、明江はハッとして紀代美の横顔を覗き見た。サンダルや靴がきっちり整理されて置かれていて玄関先がすっきりしている。ストーンタイルのフロアにもゴミひとつ散ってない。明るめのワインレッドの玄関マットもきっちり敷かれて曲がっていない。
  この人は几帳面な人。むしろ私の家の方が散らかっていると思ったとき、まんざら悪い人でもなさそうだと思ってしまう。それは明江の母親の口癖だった。玄関を見ればその家の内が知れる。思春期の頃、学校から戻ったときに靴を脱ぎ散らかして怒られたものだと明江は思った。
 「あがって」
 「はい、お言葉に甘えてお邪魔します、遅くにすみません」
  ローヒールのパンプスを脱ぎ、しゃがみ込んできっちり揃える。そんな明江の様子を紀代美は黙って見つめている。違う意味でも怖い。紀代美という女は細かなことに気づく人。迂闊なことはできないと思うのだった。

  あがってすぐ、少しの廊下。カウンター越しの対面キッチンのあるLDKは造りが同じ。部屋を覗いて明江はますます紀代美を見つめた。
  一見して殺風景。呪うなんて言葉とはほど遠い、すっきり整理された無機質な部屋。大理石調のシステムキッチンにも汚れはなく、ガスレンジに置かれたステンのケトルにも指紋ひとつついてはいない。リビングは十二畳ほどのスペースなのだが、フロアにダークグレーのカーペット、白の革張りソファ、それとセットの黒いローテーブル、そのほか白いリビングボード、黒いテレビ台に大きな液晶テレビと、そのどこを見ても乱れは一切感じられず、女性の部屋にありがちな可愛いものも一切ない。一見して殺風景と思える洗練されたインテリア。紀代美という女の素性を物語るようだった。
  明江は言った。
 「綺麗になさってますね。ウチなんてしっちゃかめっちゃかで恥ずかしいぐらいです」
  紀代美は声もなくちょっと笑って、深夜のゲストにソファをすすめた。
 「ジュース飲む?」
 「あ、はい、じゃあいただきます」
  またしても声もなく、にこりともせず、うなずくだけ。紀代美には言葉が足りない。これで普通に話してくれれば理想的な妻だと思う。

  紀代美がカウンターの向こうへまわって、その隙に明江は室内を見まわしたのだが、男の気配も一切ない。逃げたという旦那のこともそうだが、部屋に男を入れている形跡がないのである。紀代美は仕事をしていない。一日家に閉じこもり、いったい何をしてるのだろう。どうして暮らしていけるのか。持ち家だから家賃はなくても、よほどの資産家でもないかぎり働かないとやっていけないはずなのに。
  そのとき気配。ハッとして顔をあげると、いつの間にかテーブルにグラスが置かれてオレンジジュース。お菓子のカゴにカップケーキが積み上げられる。
  明江をロングソファに座らせておき、自分はローテーブルの下に敷かれた白いシャギーマットにじかに横座り。ミディ丈のワンピでもそうやって座ると白い腿まで露わとなる。スリムな紀代美。脚線も細くて肌艶がいい。こうして近くで見ると不健康な印象はしなかった。

  紀代美は言う。
 「わかってるわよ」
 「えっえっ?」
 「ここで私がどう思われて、あなたがどう感じているかもね。不気味、お化け、亭主に捨てられるはずだわよって」
  はじめての長文。会話になった言葉だった。どうやら人見知りが激しいようだ。
 「あなたは河原明江、明江と呼ぶから」
 「あ、ええ、どうぞ」
 「私は紀代美よ、紀代美と呼んでいいからね」
 「え・・あ、はい」
  声が暗いし面色も暗いのだけど、やさしくないわけじゃない。不思議な人。それが紀代美に対する印象だった。
 「見せたいものがある」
  と、そう言って、紀代美はフロアに座ったままの体をひねって、すぐ横に置かれたリビングボードの引き出しを開ける。そしてそのとき部屋着にしているミディ丈のワンピースが尻に張り付き、明江は眸を丸くした。
  ヒップラインにあるはずの下着のラインがまったくない。背中を見てもブラのくびれがまったくない。全裸でワンピ? そうとしか思えなかった。
  本能的な性への緊張。息を潜めていると紀代美は引き出しから何枚かの紙を取り出してテーブルに置くのだった。雑誌のページを破いたものだったりしたのだが。
 「これは・・」
 「あの女よ。ウチの郵便受けにときどきね」
  性器の修正されない裸の女の写真であり、しかもどれもがSM写真。明江は一瞬見て、しかし眸を反らしていた。とても正視できるものじゃない。

  紀代美が言う。
 「捨てられないでしょ、いろいろ」
 「ええ、私もやられました。下着を捨てたら物色されて自転車置き場に」
 「それ私も。捨てたパンティを郵便受けに入れられたり、こんな写真だったりね。私って独りで身を持てあましてるでしょ。飢えてるに決まってる。得体の知れない変態女って、そう言いたいに決まってる。ねちねちした眸で私の体を見まわしてるし、飢えてるのはおまえだろって言ってやりたい」
  明江はうなずいた。
  共通の敵、勝呂陽子は、一階上の401号、4LDKに住む主婦であり、三十八歳だったのだが、ちょっと老けて見えるタイプ。旦那はいても子供のない夫婦。社交的で明るい女なのだが、ソリが合わない相手に対して陰険そのもの。
  明江は言った。
 「越してきたときお世話になって、でもそのうちヘンな眸で見られるようになったものですから」
 「レズっぽくでしょ?」
 「そうなんですよ。ゴミを出せば物色されるし、ほかの奥様方にもいろいろ吹聴されてるしで嫌になって、それで私、その頃はまだ専業主婦だったから友だちの誘いにのってパートに出ることにしたんです」

  紀代美はうなずいて言う。
 「私もそうだった。主人がいた頃からねちねちした眸で見られたし、私って暗いから、悩みがあるなら打ち明けなさいって言ってくれたのはよかったけど、そのうち主人がいなくなって、部屋に入りたがってしょうがない。いっぺん入れたら迫られちゃって」
 「迫られた?」
 「熱を持つ据わった眸でジトッと見つめられ、私はもちろんはねつけた。そしたらどうよ、ゴミは漁るわ、こんな写真は入れられるわ。私も最初はゴミ袋だったのよ。袋が薄くて透けるから、わざわざ見せつけるようにSMの本なんかを外に向けて入れられる。まるで私が捨てたみたいに」
  ゴミ置き場には出入りしても他人が捨てた袋までは凝視しない。そんなことがあったなんてはじめて聞いた明江だった。

  話してみると、ごくあたりまえの感覚を持った女性。明江は味方ができたと思ったのだが、紀代美は言う。
 「レズでもいいのよ」
 「え?」
 「それを悪いこととは思わない。真心があるのなら嬉しいことだし」
 「まあ、それはそうかも」
  淡々と話す紀代美。やはりどこか、そこらの女性とは違う感じがする。
 「あの女は違う。あの女は怖い。どうしようもない淫乱なんだし相手かまわず誰でもいい。脈がありそうだと思うと言い寄ってくるからね」
 「脈がありそうって、じゃあ私もそんなふうに思われて?」
 「もちろんそうよ、明江はやさしいし可愛いから。私とはそこが違う。私の場合は暗くて変態的なところがある。レズだってSMだって私はいいのよ、お相手が心からそうしてくれるんだったら濡れちゃう体を持っている」
  こんどこそ息苦しくなってくる。ストレートと言えばいいのか、女同士の気安さもあって会話がナマになってくる。
 「あの女は陰湿、狡猾、傲慢、ありとあらゆる女の嫌なところを備えてる。一方的に想われたってダメなんだし、心には伝え方があるはずよ。あなたが好きを素振りの端々に見せてほしい。その先にベッドがあるなら私は歓迎。ところが違う。誘ってるんだから応えたらどうなのよみたいな傲慢さがたまらない。思うようにならないと嫌がらせは平気でするし」

  確かに。それはそうだと思いながらも、このとき明江は、まるで生気のないお化けのような存在だと思っていた紀代美の中に女の情念を感じ取り、人は付き合ってみないとわからないとつくづく思った。常識的で人一倍女らしい神経を持っていて、ただちょっとムードが暗い。
  明江は言った。
 「わかってくれる人って少ないですからね」
  試してみようとあえてそう言ったとき、紀代美の眸がキラキラ輝く。
  繊細すぎる。臆病すぎる。自分を隠していないと怖くてならない。そんなタイプの人ではないか。どうせわかってもらえないと諦めているような。旦那に逃げられてそうした負の感情が決定的なものとなってしまった。
  きっとそうだと明江は思う。
 「紀代美さんとはお友だちになれそうです」
 「ありがと。そう思ってくれるんだったら『さん』はいらない、呼び捨てて。私は三十」 と、自分の歳を言って眉を上げて尋ねる素振り。
 「二十八です」
 「うん。じゃあ歳も近いし他人行儀にしてほしくないんだよ」
 「はい、じゃあ紀代美って呼びますね」
 「そのほうが安心できる」
  思うよりずっといい人だったと、ほっとして、それだからか緊張の反動で明江は弛んだ。

 「紀代美っていま」
 「うん?」
 「ワンピの下」
  紀代美はちょっと微笑んで言う。
 「そうだよ裸。いつもそう。それが私の生き方だから」
 「生き方? どういうこと?」
 「私はあるものに守られてる。いまは明江がいるからあれですけど、お部屋の中ではいつも全裸。私を隠すと失礼ですから」
  明江は絶句して紀代美を見つめた。
 「言っても信じないと思うから。それで今日、明江の帰りを待ったのよ。明江がもし私を信じてくれるなら、あの女を懲らしめてやれるから。私だけでもできるけど、それでは効果は私に対してだけですからね。明江の噂もまわってる。もう許せない。だから明江次第なの。私を信じてくれるかしらって思ってね」
  意味が解せない。二人で呪うということなのか。

  紀代美は言った。
 「私は呪術を心得てるの。だけどそれは怖いこと。明江なら助けてくれると思ったから」
  マジ? こんどこそ貌を見る。真剣な面色だったし、やはりちょっと狂っているとは思うのだけど、言うことを聞いてみようとも思えてくる。紀代美には不思議な魅力がありそうだった。
 「よくわからないけど、どうすればいいの?」
 「こうすればいい」
  紀代美はそっと立って明江の目の前でワンピースを脱ぎ去った。白く細身の全裸が美しく、紀代美には陰毛がなかった。処理されていたのか、もともと無毛なのかはわからない。白いデルタに亀裂が覗き、くびれて張って、乳房はBサイズで乳首も小さい。
  明江はとっさに身を固くしたのだったが、だからビアンということでもなさそうだった。

  全裸となった紀代美は、またリビングボードの別の引き出しを開けて、何やら毛皮の切れ端のようなものを手にし、テーブルにそっと置く。褐色で毛足の長い獣の毛皮。毛に艶があって美しい。
 「これよ。これが私の守り神」
 「守り神?」
 「女王様とも言えるわね」
  ああダメだ、狂っている・・とは思うのだったが、独りだけ先に全裸となって見つめる眸が透き通って美しい。
 「私を信じて裸になって。このままお呼びすると女王様は明江を祟る。着衣は心を隠すもの。すべてを晒して平伏す者に女王様は寛容です。あの女を懲らしめてやりましょう、明江と私で」

 「わかりました。じゃあ先にシャワーさせて」
 「必要ない。それだって偽る行為よ、ポーズですもの。女王様はお怒りになられます」
  どうしていいかわからない。
  けれど帰宅を待ってまで呼んでくれた紀代美一人に恥をかかせるわけにはいかない。信じてみよう。そう思えた明江だった。
  今夜の明江は仕事帰りで黒のブラに黒のパンティ。紀代美より背が高く164センチ、ブラはCサイズ。ひとまわり大柄な明江。紀代美に見つめられていながらすべてを脱いで、長い髪に手ぐしを入れて撫でつけて、黒いローテーブルに置かれた不思議な毛皮に向かって裸の女二人で正座。レモンイエローのカーテンが閉ざされたリビングルーム。明かりを消して、カーテン越しに染み出す夜の薄明かり。
  支度がすむと紀代美は毛皮を両手に拝み取り、ふさふさした毛を一本爪先でつまみ上げて抜いてしまう。毛皮そのものはリビングボードの引き出しに戻してしまい、テーブルに茶色の毛が一本。テーブル下のシャギーマットに二人並んで正座をし、明かりが消えたことで、そこにあるのかないのかわからない一本の獣の毛に向き合った。

  紀代美が両手をついて体をたたみ、平伏して土下座をする。明江が真似る。そうしなければ怖いことが起こると、なぜか直感できたからだった。
 「空狐(くうこ)様、紀代美でございます、どうかお姿をお見せくださいませ。今宵はこのように明江もそばでお願いしております。私たちは心より隠すものなどございません。どうか私たちの願いをお聞き届けくださいますよう平伏してお願い申し上げます」
  この人、何を言ってるの? どういうこと? わからないのに怖くてならない。

  と、紀代美が言葉を言い終えたとたん、テーブルの上から青い光が射してくる。仄かな青い光の揺らぎが二人の女の裸身をくるむように照らしてくれる。
  ゾッと全身に寒気、いいや怖気。産毛が逆立ち、息が震え、平伏す裸身の底にある女の性花が本能的な恐怖を感じて疼きだす。
  そっと面を上げる紀代美。そっと面を上げる明江。
 「ああ、嘘よ、そんな・・」
 「空狐様ですよ。ごらんなさい、やさしい面色でごらんになっておいでです」

  まさか、そんなことが・・明江は紀代美が持つ神秘的な力を否定できなくなっていた。

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  一話 ランチタイム


『黙って聞いて適当に応えてちょうだい』・・と、携帯への着信でした。

  電話を取るなり一方的な早口で、目下の私の儀礼的な言葉を遮った。
  相手は社長。小さなオフィスには耳があり、そのときあの嫌な女もいたことだし、悟られたくない話というわけで・・。

 「あー、はいはい。ごめん、いま仕事中なんだ、手短にね」
  そう言って周りの人たちにちょっと笑うと、案の定、あの嫌な女が嫌味な視線を向けている。
  それが横倉浅里(よこくら・あさり)、三十四歳。このオフィスのナンバーツー。陰湿、意地悪、自分中心でないと気がすまない女ですけど、どこにでもいるタイプとも言える人。個性的な美人と言えたかもしれないけれど。

  気にせず電話。
 『今日はランチ一人でしょ?』
 「うんうん、それでいいんじゃない?」
  私はわざとピントをずらして喋っていた。
 『道玄坂の左に楽器屋さんがあって角を入ったところにカフェがあるから、ちょっといらっしゃいな』
 「あらそ? なんだよソレ。はいはい、わかったわよ、今度また教えてあげるから。じゃあね」
  聞こえよがしというわけではありません。もちろん小声で話していても、なにしろオフィスが狭すぎる。午前中早くに外出した社長が外から電話を入れてきた。ランチタイムの三十分ほど前でした。

  渋谷。
  駅から公園通りへ向かう道すがら、脇道へそれたところにある九階建ての古いビルにオフィスがあります。五年前に起業したネット通販ベンチャー、K2。
  そのケイツーという社名もいかにもベンチャーぽくてスマートなんでしょうが、それにしたって社長の姓名、神白佳衣子(かみしろ・けいこ)の頭文字を並べただけ。社長も含めて社員たった五名。私はパート。ときどきバイトの子が一人いる。ひっくるめたって七人ばかり。
  社長は、もともと郊外にある団地に住んでいて、つまりは団地妻だったそうですが、その頃に同じ団地の奥様たちが手作りするバッグそのほか小物さまざま、いわゆるハンドメイド商品をネットに載せたのがはじまりだったと聞いている。そのうちサイトで扱う商品を募集して日本中から品物が送られてくるようになり、ちょうどその頃の離婚とも重なって会社組織にしたのだとか。
  そんな感じで五年やって会社はこの規模。社長という人には経営の才がなく、会社を大きくしようなんて野心もない。小さいながらもいまの規模で安定させたのはナンバーツーの手腕。それが横倉浅里。実質のボスとも言える人だから取り扱い注意なわけですよ。

  小洒落たカフェ。
  ランチタイムで街中は混んでいても、ここは珈琲専門店。パン料理がちょっとあるぐらいでしたがお昼なんて何でもよかった。
  私が覗くと社長は先に来ていて奥のボックスに座っている。ブレンド珈琲一杯千五百円。静かで落ち着けるはずの店。
 「明ちゃんあなたイジメられてるでしょ。ごめんね、私がよけいなこと言ったばかりに」
  私は河原明江(かわはら・あきえ)、二十八歳。
 「いいえ、それって私だけじゃないみたいですし。いろいろ聞きますから」
 「そうなのよ、困ったものだわ、悪い人じゃないんですけどね。明ちゃん辞めちゃうんじゃないかって心配で。せっかくウエブのわかる子が来てくれたのに」
 「いえいえ辞めるなんてそんな。私はパートなんだし沙菜もいますから」
  社員の一人、乾沙菜(いぬい・さな)、私よりひとつ上の二十九歳。私とは学生時代からのサイクリング仲間で、沙菜の紹介でK2を知った。私はかつてIT企業でウエブサイトの社内デザイナーをやっていました。通販サイトを外注せずにいじれる私だったんです。
  社長は気弱な眸を向けた。
 「そう? だといいけど、ほんとごめん」
  社長はやさしい性格というのか、おとなしくて気が弱く、ごく普通の主婦が何かの間違いで会社をはじめてしまったような人。企業を動かすタイプじゃない。
  私は言った。
 「女ばかりってむずかしいこともありますし前のところでもいろいろありましたから、気にしないようにしています」
 「そうなの? やっぱりあった?」
 「ありましたね、もちろん。私ってイジメやすいタイプみたいで」
 「そんなこともないでしょうけど、それにしたってちょっと・・」
  それきり社長は曖昧に笑っている。

  K2でパートしだして五か月たちます。パートといっても一時間おそく出勤するというだけで連日ラストまでのフル勤務ですから実質的には社員のようなもの。待遇もそれなりのものはもらっていました。
  私が入って一週間ほどして歓迎会のようなことがあり、その席で私はお箸をごくあたりまえに使いこなした。お座敷で食べる、かなり値の張る和食のお店。そのとき社長がちょっと口を滑らせたのです。
  お箸を綺麗に使う~美味しそうに食べる~育ちのいい素敵な新妻さんだこと~と、その程度の褒め言葉だったのに、あの女は気に入らない。

  社長バツイチを筆頭にウチには結婚で幸せになった女がいない。そんな思いもあるのでしょうし、アイツは箸さえまともに使えない。
  だけどアイツの敵意はそうしたものとは質が違った。
  社長は言った。
 「ひどいようなら言ってねって言いたいところですけれど、いまのウチがあるのはあの子の力。私一人じゃずるずるになるだけなんだし」
  それだけですか? 白状なさいよ社長さん、とは思いましたが、まさかそこまでは言えません。
 「いろいろあった人なのよ、元は舞台女優でね、ちょっと言えないようなひどいこともあったみたいで」
 「ええ、それなら少し」
 「あら聞いてる? 沙菜ちゃんから?」
  社長のそういうところが憎めないのですが、三十八歳にもなって子供だと思います。いまこの場で話の出所を名指ししてどうするのよって思ってしまう。
 「旦那は舞台の演出家なんですけど、ほとんど家にいないのよ。公演で飛び回っているでしょう」
  それも違った。旦那という男は、そこら中に女だらけのチャラチャラ野郎で、つまりは仮面の夫婦。そのぐらいのことは知っていました。
 「そんなこともあって性格が曲がっちゃったって本人もわかってる。少し大目に見てやって、お願いだから」
 「はい、ですから気にしないようにしてますので。でもストッキングの色までいちいち言われると癇に障るところもありますし、まあ・・」
  話すうちにムカついてくる。言わなければよかったとは思いましたが、社長らしくない彼女の物腰についつい私も弛んでしまった。

 「ウチを会社にしたことを後悔した時期があってね。私に経営なんて無理だもん。ちょうどその頃、浅里と出会って、一緒にやろうかってことになった」
 「そうらしいですね」
 「当時の私は離婚して精神的にもどん詰まり、浅里も似たようなものだった。お互い孤独にもがいていたの。それであるとき・・」
  と、彼女は上目使いに私を見つめて眉を上げて微笑みます。
 「気づいてるとは思うけど、私たちってそうだから、よけい言いにくくて、仕事のことでも任せっきりになっちゃうし」
  もういいわよ社長さん。アイツのことは横目に見ておき、あなたに免じて許してあげるとこのとき思った。
  社長と浅里はべたべたのビアンです。誰もが知っていて誰もが話題にしないこと。アイツは社長がほかの女を褒めると嫉妬する。それだけのことなんです。

  さらにビアンと言うならもう一組。奥山梨香(おくやま・りんか)、三十三歳。彼女は、かつては劇団にいたダンサーらしく、離婚するまではジャズダンスのインストラクターをやっていた。梨香もバツイチ。そしてその教え子に、まだ学生の坂田裕美(さかた・ゆみ)がいて、裕美はバイトでK2を覗いている。裕美はいま二十歳。芸大生でミュージカルダンサー志望。芸術畑だからか性にはオープン。バイトでヌードモデルを平気でやる子。梨香が性的ペットを呼び寄せたということです。

  さらにさらに、もう一人。女の愛憎どろどろのややこしいオフィスに、梅野はるかがやってきた。こちらは二十四歳、未婚で彼はいないと言いますが、性的に砕けた感じで、浅里が気にする素振りをしている。
  業績が伸びてくるとオフィスに女ばかりが増えていく。社長も浅里も梨香もビアンですから気になるわけです。
  どうでもいいや、かかわり合いになりたくない。嫌なアイツのことも社長が気にしてくれているとわかるとちょっとは気楽でいられそう。

  その日は金曜日。明日明後日と休み。定刻よりも少し早く社を出た私は、今日風邪で休んだ沙菜の部屋へと向かっていました。沙菜が休みだったからランチで私が一人になると社長は電話をくれたのです。
  私は新婚二年。主人は二つ歳上で、前の会社で社内恋愛。結婚して私が退いたということで。大企業を相手にするIT関連ベンチャーの企画開発セクションに所属して、技術のわかる営業として飛び回っている人ですから。
  昨日からまた出張でしばらくは戻って来ない。私たちの住まいは高円寺にあるマンションでしたが、主人がいないと独りきり。オフィスにいるより頭を抱えることがあったもので帰りたくない。沙菜は吉祥寺に住んでいて帰りに寄るにはちょうどよかった。
  十月中旬。今年は秋晴れが続かない。私は結婚でやめていましたが沙菜はバツイチ独身で子供なし。未婚に戻った彼女はサイクリング復活。急な雨で風邪をひいてしまったということで。

 「あらそう? 社長が気にしてくれてるんだ?」
  部屋を覗いてみると沙菜はもうすっかり元気。声が明るい。若い頃からスポーツで鍛えた体は強いもの。ちょっと熱っぽくて寝てはいても、さっと起きてお茶の支度をしてくれます。
 「だけどおもしろい会社だなって思うわよ。いわくつきの女ばかりでビアンの巣」
 「ほんとよね、あたしも含めて男には懲り懲りなんだし」
 「あら沙菜も?」
 「は? 違う違う、あたしはオトコよ、いまのクラブにいいのがいるの」
  サイクリングクラブのことです。
 「あそ? カッコいいんだ?」
 「むふふ」
 「あ、ばーかコノぉ、想像してんじゃないわよ。進んでる?」
 「こんど二人で走ろうって。いい人なんだわこれが」
 「キスとかは?」
 「まだ。そのうちそうなる」
 「はいはい。心配して来てバカくさくなってきた」
  オフィスにいて、まともなのは沙菜一人。学生の頃から仲良しでしたし、沙菜には幸せを見つけてほしいと思っていました。

  沙菜は言います。
 「加えて、はるかよね」
 「言える」
  梅野はるか。入社して一月ちょっと。こいつがまたルーズな感じで、浅里が手ぐすね引いて狙っている。
  沙菜は言った。
 「梨香と食事に行ったみたいよ」
 「そうなんだ? 浅里が狙ってるのに新たな火種か」
 「ところがそうでもないみたい。これがさあ、ふふふ」
  沙菜は呆れたというような面色で眉を上げてほくそ笑む。
 「どういうこと?」
 「ドMなんだって。行為そのものじゃなく、ほら、浅里ってちょっと怖いでしょ」
 「高圧的で」
 「そうそう。睨まれると怖いんだけど、お姉様って感じになって、まんざらでもないみたい。梨香はビアンだけどS女じゃないわ」
  そのとき私は、社長たる神白佳衣子はどうなのだろうと考えてしまいます。浅里はいかにもSっぽく、佳衣子はなすがままといったタイプ。
 「まさか社長もMってことはないでしょうね?」
 「あり得るわよそういうことも。だから浅里に頭が上がらないってこともある」
  私は眉を上げて沙菜を見た。
 「凄いところに誘ってくれたわよ、ふんっ」
  沙菜は他人事のように笑ってくれる。沙菜に誘われたからK2に入った私です。

  私は主人とのノーマルな日々に不満はなかった。平均的な女を生きて、結ばれて、子供がほしいと考えている。
  なのに私の周囲では、あっちもこっちも出戻り組で、ビアンべたべた、加えてMっぽい子が来ればどうなっていくのやら。
  さながら女子校の様相です。赤裸々が常。危険性の持ち主ばかりに囲まれてしまっている。危険なセックス。ゆえに危険『性』ということで。
  そして沙菜が話の向きを変えてきた。
 「こっちはともかく、そっちはどうなの? 相変わらず?」
  そのとき私は、首を横にちょっと振って、深いため息をついたと思う。

  私と主人が新居に選んだマンションのこと。高円寺にある四階建て全十七戸のコンパクトな物件で、戸建ての並ぶ低層住宅街とは路地を隔てた立地。築十年とそれほど古くはなかったし、チャコール煉瓦で造られた可愛いマンションだったのです。私はその305号。いまから一年半ほど前ですが、私の姉夫婦が暮らした家を譲ってもらった。姉の旦那はアメリカ人。向こうへ移住してしまったからです。
  都心型の設計で、一階にエントランスとビジタールームが造られて、その奥に住戸が二戸。そしてその階上にそれぞれ五戸ずつで全十七戸なんですが、その小さな空間にオフィスにいるより深刻な問題があったのです。
 「最悪だわ。旦那がいないと帰りたくない感じ」
 「あらま。いまでもゴミとか漁られる?」
 「どうなんだか。だけど捨てられなくて困るのよ」

  引っ越したとき、一階上の奥様によくしてもらった。勝呂(すぐろ)さん。最初のうちは遊びに行ったり来たりで交流はあったのですが、そうするうちにネトっとした眸の色が不気味に思えて距離を置きたくなったんです。明らかな性的誘惑。明らかなレズ視線。その頃の私は専業主婦で家にいて、それもあって沙菜に相談したところK2へ来ないかってことになる。
  よくしてあげたのに逃げたと思われ、それは憎しみに変わっていく。向こうは子供じゃありません。四十歳ぐらいでしょうか。何食わぬ顔で接していながら、ねちねち虐める。
  最初はゴミでした。一階裏にゴミ置き場がありますが、ゴミ袋が物色されて、捨てた私の下着が引っ張り出されてコンクリートフロアに晒されていた。主人との愛のために私を飾った赤いパンティ、ブラもあったし。
  まあいやらしい新妻だこと。夜な夜なあられもなく悶えてるみたいよ。なんて噂が回っていると別の人からそれとなく聞かされた。

  問題ありな、もう一人、福地(ふくち)さん。こちらはただただ不気味な女。同じ階の302号の住人ですが、彼女はいま三十歳であるらしく旦那に逃げられて取り残された女だとか。
  とにかく暗い。ひょろっとスリムで存在感がない感じ。たまに見かけてもにこりともせず、こちらが挨拶したって暗い眸でじっと見据えられ、黙ったままちょっと頭を下げて幽霊みたいに去って行く。いつも決まってミドル丈のワンピースを着込んでいて、ぼーっと陰が滲むように立っている。ワンレンの黒髪は肩ほどまでの長さですけど、もう少し長くしたらまさしく映画で見たお化けのよう。昼間でも廊下はそれほど明るくない。ばったりかち合うと、ヒッと喉に悲鳴がこもるほどのムードなのです。
  ただ、この福地さんという人は、私に嫌がらせをする勝呂さんとは犬猿の仲らしい。そういう意味では、敵の敵は味方と言えなくもないのですが。

  小さなマンションほど人間関係は微妙なもの。面倒にはかかわらないのが都会の生き方ですからね、なんとなく私だけが孤立してしまったような気にもなり、と言ってそう簡単に出るわけにもいかない。賃貸にしておけばよかったと思っても、若干三十歳の主人にすれば、その歳で持ち家ですから会社にいたって鼻も高いはずですし。
  沙菜の部屋でさんざん時間をのばしにのばし、しょうがないから帰ることにしたのですが、戻ってみるとあのお化けにでっくわす。
  四階建てでもエレベーターはちゃんとあり、降りたところは三階フロア。エレベーターの向こうに301号、エレベーターを挟んで部屋が住戸が四つ並ぶ造りですが、まるで私の帰りを待っていたように303号のドアへのアルコーブから、滲むように現れたワインレッドのワンピース。そのとき時刻は十一時で、もはや夜中。
  ゾッとして寒気がはしった私です。

  つっけんどんに彼女は言います。
 「あの女、またいじってた」
 「えっえっ?」
  挨拶もなくいきなり何だよ、とは思ったのですが。
 「ゴミよ、おたくの」
 「ああ、勝呂さんですよね」
 「許せない、陰湿な女だわ」
  あなただって充分湿ってますけどね、とは思いましたが、いままで声をかけてくれたことなんてありません。彼女もきっと何かされた。それで怒っているのだろうと思ったのです。
  そしたら彼女、私をじっと見据えて言う。
 「呪ってみよう。おもしろいことになる」
 「呪う・・?」

  おいおい何だよこのマンション。ホラーじゃんと思ったとたん、こんどこそ寒気がした私です。

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