聴き耳


ホッホッ・・ケキョケキョケキョ・・

スピーカーの中に枝から枝へと飛び回るホトトギスが生きていた。
俺にとってのバードウオッチングは、穏やかな野山を歩き、
森のディーバたちのさえずりをこっそりいただくことだったのだ。

渓流釣りの仲間の一人がたまたま野鳥の会にいたのがきっかけで、
のめり込んだ趣味だったが、ベテランの彼らとは違い、自然の中に
いて滅多に姿を現さない野鳥の撮影は私には難しかった。金の
かかる機材をいきなり揃えるわけにもいかず、画像を編集するにも
技術がいった。

その点、声を録って楽しむだけならマイクを向ければそれでいい。
録音そのものも小さなレコーダーで充分だったし、それに小型の
マイクを加えるだけの軽装で身軽にどこでも入って行けた。
マイクの性能がもう少しよければと思うことはあったけど、デジタル
録音なら、音をパソコンに取り込んでノイズを消すこともできたので、
はじめたばかりの俺には、とりあえずは充分だった。

しかし、物事うまくなると欲が出てくるもので、どうしてもノイズを
拾ってしまう安物のマイクに満足できなくなってくる。
そんなとき、放送局に勤める友人の世話になり、その世界で
ガンマイクと言われる高性能マイクを譲ってもらった。
ガンマイクぐらいは知っていたが、それも市販レベルの物では高い
ばかりで話にならない。その点コイツは、さすがにプロ用機材で、
周囲の音をほとんど拾わず、かなり離れたところから狙った鳥の声
だけを録ることができた。嬉しいことに放送の第一線からお払い箱に
なっていた、つまりは廃品だったのでタダ同然に安かった。

そうやって俺は、休みの度に方々へ出かけて行って野鳥の声を録り
だめていたのだが、初夏のある日、ほんの出来心からマイクを人に
向けてしまった。会話を盗む悪趣味という趣味が加わった。
そしてそれが、聴かなくてもいい声を聴いてしまった者の恐怖の
はじまりとなっていった・・。


ここに3枚のMDがある。声の主は、富士山麓の公園にいたカップル
だったり、俺の住むマンションの向かいにあるアパートの住人だったり、
会社の社員旅行で行った貸し別荘での社員同士の会話であったりする
のだが、それらのMDには恐ろしい共通項が潜んでいたのだ。

一枚目。富士山麓にいたカップルなのだが、バイクに二人乗りでやって
きたらしく、ベンチにヘルメットを置いて喋っていた。彼が彼女に
プロポーズをし彼女がそれにイエスと答えた。ただそれだけの内容なの
だが、ベンチを立ってバイクに乗り、走り出した直後、猛スピードでカーブに
突っ込んで来た車に跳ね飛ばされた。目の前で起きた事故だった。後に
なってニュースで知ったのだが、彼は重体、後席の彼女は即死であった。

二枚目。俺の住むマンションの向かいのアパートに一人暮らしのOLが
いたのだが、週末になるとやはり彼氏が訪ねて来ていた。こちらの二人は
別れ話で、男の方が一方的に激高していた。殴ったのか蹴ったのか
部屋の中まで覗くことはできなかったが、騒ぎが静まったと思ったとたん、
救急車がやってきた。そして、それからしばらくしてアパートを警察車両が
取り囲み、平和な街で殺人が起きてしまったと町内が大騒ぎになっていた。

三枚目。社員旅行で行った貸別荘に一晩泊まった次の朝、俺は早くに宿を
出て、裏の森で鳥の声を追っていた。そのときにたまたまカーテンが開け
られた、女子社員の泊まる部屋の窓を狙ったものだ。部屋の中では、
一人が頭が痛いと訴えて、他の何人かが騒いでいた。そしてその直後の
こと、彼女は脳出血で倒れてしまい、数日後に帰らぬ人となっていた。


偶然とは言え、女の死ぬ直前の声を三度も聴いたことになる。
そのことがあまりにショックで、それら三枚のMDを繰り返して
聴くうちに、俺はとんでもない共通項に気づいたのだ。

 ぅぁおぅあ・・わぁおおう・・おぁお・・ぐぅはふぉ・・

人の声の背景に、かすかだが、地の底で呻くような何かの音が重なって
いるのである。

それに気づいた俺は、三枚それぞれの音をパソコンに取り込んで分析した。
人の声やテレビの音など、素性のはっきりした音を波形上ですべて削除し、
残留音だけを別のMDに録音し直す。そしてその三枚を聴き比べると、
それらの音はほぼ同じ帯域だったのだが、相変わらず何の音かは
わからない。
そこで俺は、再生のスピードを調整してみたのだった。無段階調整の
ツマミをある位置まで回したとき、不気味な音が恐ろしい声へと変化した。

 さあ女よ・・わたしと行こう・・死の国へ・・
 おまえはもう死者なのだ・・ぐっふっふっ・・

俺は・・死神の声を聴いてしまった・・。