女の陰影

女の魔性、狂気、愛と性。時代劇から純愛まで大人のための小説書庫。

カテゴリ: DINKS


終話


 スリムだが筋肉の芯のある夫の硬い体に抱かれていながら、友紀はDINKSという女の生き方をあらためて整理しようともがいていた。
 友紀は直線的に生きすぎる。そこが線の細いところなのだが友紀自身で気づいていない。ストイックな生き方はそうでない多数派の中で敵をつくり、そこと戦うために、さらなるストイックを疲れた心に要求する。考えだすと突き詰めないと気がすまない困った自分に友紀はもがく。
 女体の中で強がった夫の性器はアスリートのクールダウンのように萎えていき、可笑しくなって握り締めてやりながら、この人は男、私は女、男と女が交差する意味を考える。セックスとは男女の交差。そしてそれをフリーなものにすることこそが結婚というものだろう。

 奴隷のように愛された激しい夜が去っていき、夫の寝息にたま
 らない可愛さを感じながら、ふと女性雑誌の妙なギャップに笑っ
 てしまう。雑誌は対象を絞りきれない。強いて言うなら年齢で斬
 るぐらい。ジュニア層から学生層、社会に出る独身時代、若妻
 の時期を経て熟女の世代。それぞれでテーマは違ってくるので
 すが、欠かせない部分があり、サジ加減が違うというだけで同じ
 テーマを追いかけてる。

 恋や愛、ときめいていたい女心。

 バレンタインの時期にそわそわしはじめ、夏には肌を見せて男
 を誘い、秋には恋人同士の旅の特集、クリスマスには愛の夜と、
 ロマンチックを語っておき、女らしさを表現するファッションだっ
 たりダイエットで綺麗になろう・・ヘヤースタイルで女は変わる・・
 女性らしいインテリアの特集もあれば可愛いペットの特集まで。
 そうやって男とは違う女の世界を提言しておきながら、一方で
 は、不倫、同性愛、SMと、カムフラージュを剥がした肉欲の世
 界を取り上げる。そのへんだけを読みたい女がたくさんいるの
 に、表紙に載せる表題は、そしらぬ顔の綺麗なレディの側面だ
 け。

 長く雑誌づくりに携わり、知らなくていいことを知りすぎた。会わ
 なくていい人に会いすぎた。私にとってのDINKSは、感化され
 てと言わないまでも、そうした中から生まれてきたものではない
 か?
 信念なのかと詰問されると自信が持てない。妊娠限界が迫って
 くると、信念だと思い込んでいたことが揺らいでしまって心が乱
 れる。
 ここしばらくの貪欲なまでの私の性は、その反動ではなかった
 かと思うのです。

 私の性はフリーセックスではありません。心の動く誰かに対して
 セックスを待たない女の生き方。どうあがいたって打ち消せな
 い性欲を、取り繕い、ポーズして、そのじつ待ちわびているよう
 な生き方をしたくない。サリナと出会い、彼女の生き方に感動し
 たとき、私の性のガードが壊れた。壊れたのではなく私が望ん
 でバリヤーを剥がしたんだわ。

 不倫、そのときもし私なら、夫のせいにはしたくない。悪者は自
 分でいい。濡らしていたくて私が仕掛けたセックスだから。
 子供を持たない生き方は寂しさを伴って、けれども視野はひら
 けている。自分の性を見渡して生きる女でいたい。悪女だと後
 ろ指を差されるならそれもいい。凪いだ海に漂っているのなら、
 波濤に揉まれてもがいていたい。
 私にはきっと激しいマゾヒズムが渦巻いていて、いまのところ激
 しいサディズムとなってサリナへ向かって流れていってる。

 女性が好きよ。共感し合えて、果てしない性に溶けていける。
 男が好き。愛欲に熱せられる男の体を打ち込まれ、そのとき私
 は、マゾヒズムを満たすために奴隷となれる。いまのところ夫は
 もちろん、三浦さんもそうではないというだけで、もしもS様と出
 会えたら、そのときこそ私は性獣・・狂うほどのセックスに燃えさ
 かって生きていける・・。
 萎えて眠る夫のペニスをそっと撫で、ほくそ笑んで私は眠りに
 落ちていく。家庭という組織に属さない妻というフリーランサー。
 それが私。その程度のことは考え抜いて選んだDINKS。なのに
 どうして揺らぐのか・・。

 本能があがいていると感じてしまう。

 その頃、サリナと留美の密室では・・。
 彫像のような美しい裸身にうっすらと鞭痕を残したサリナが、今夜は黒のランジェリーに身をつつみ、真新しい鞭痕に肌を染めてフロアに平伏す留美を見据えて座っていた。
 サリナの鞭は手加減されない。手加減は女王の迷い。迷っていては奴隷の心を乱すだけ。サリナは女王になりきった。
「答えは出た?」
 興味本位なら去れ。留美へのやさしさを鞭に込め、サリナの鞭は手加減されない。房鞭の乱れ打ちで留美の裸身は真っ赤にされて、泣いたぐらいで許されない鞭が続いた。留美は崩れ、女王は奴隷の泣き顔を見つめている。
 サリナは言った。
「女王様は私を貸し出すとおっしゃられた。女王として貸し出すから可愛がってやりなさいって。そのために貸し出された私はおまえにとっては女王様よ。私は甘くないからね」
 サリナに憧れて陰毛を処理した留美。留美は出会ったばかりの新しい自分に、解放されていく自分を感じ、サリナの眸をじっと見つめ、それから額をこすって平伏した。

 サリナは言った。
「独り暮らしよね?」
「はい。ずっと寂しくて・・」
「それは私も。友紀様に出会って救われた女だわ。あの方は恐ろしく弱い人。脆いから攻撃し、防御しきれず苦しんで、もがいてもがいて生きている。女の中の女よ、あの方は。だから私は奴隷になれる。中途半端な想いじゃなく身を賭して接していける。私は強い女です。強い自分に嫌気がさして暗闇の中にいた。友紀様が光だった。愛し合えて、でもそうするうちにあの方に危うさを感じたの。馬鹿みたいにまっすぐで生き方が下手すぎる。私の中に少しだけあったマゾヒズムが騒ぎ出し、ほとんどすべてのサディズムを押しつぶしてしまったの。奴隷とはそうしたものよ。憧れなんて甘い世界じゃないんです」
「・・はい」
「よく考えて、私や友紀様のそばにいたいと思うなら、ここで一緒に暮らしましょう。私はおまえが大好きよ。私や友紀様の気持ちに応えるつもりがあるのなら・・わかるわね?」
 留美は大粒の涙をこぼして幾度も幾度もうなずいた。
「今日はもういい、ご褒美です、私をお舐め」

 いつもなら友紀の座るソファに沈み、サリナは両手をひらいて留美を迎えた。奴隷は女王の黒い下着を脱がせていって、同じように陰毛を処理した奴隷らしいサリナの性器に顔を埋めた。
「あぁぁ、いいわ留美、感じるわよ」
「はい・・嬉しいです女王様・・」
「クリトリスを吸って、花奥までよく舐めて」
「はい・・あたし・・」
「うん?」
「中途半端な女じゃ嫌・・燃えていたい・・」
 サリナは穏やかに微笑むと留美の頭をわしづかみ、濡れそぼる肉の花へと押しつけた。
「ンふ・・はぁぁ・・夢のよう・・イキそうよ留美」
 サリナの心の高まりが留美の性器を濡らしていた。

「うわっ、カワイイぃ・・」
 治子が言った
「ほんと・・舐めたいぐらい」
 ケイが言った。
「ママそっくりね、美人になるわ」
 サリナが言った。

 バロン。店の休みに皆が合わせて、友紀、サリナ、留美、治子にケイの五人が顔を揃えた。yuuはすっかりスリムになったが乳房が目立つ。
 生まれて三月が過ぎていて、ボックス席をベッド代わりに寝かせてやって、小さな手足をちょこちょこ動かし笑みをふりまく。子供らしくこぢんまりと整ったyuu生き写しの娘。娘は明江と名づけられた。名づけ親はyuuだった。
「ユウちゃんの生まれ変わりだと思ってる。マゾでもいいからやさしい子に育ってほしい」
 と、yuuが言うと、傍らから男の手が出てママの頭をひっぱたく。
 それが可笑しくて皆で笑った。
 ユウの面影が蘇る。友紀は言った。
「ユウは幽霊のユウだから、いまきっとそばにいるわよ。幽霊でもいいから会いたいよね」
 皆が静かにうなずいた。

 「小説にした」と、一人だけ男の細川がぼそっと言った。妻のyuuはもちろん知っていて、ちょっと笑って小さな娘に眸をやった。
 友紀が言った。
「小説って、ユウのことを?」
 細川はため息にのせるように言う。
「馬鹿みたいにピュアな娘がニューハーフの女王様に出会うのさ。泣きながらも懸命についていく。結婚して娘が産まれて・・ふふふ、これから俺の書くものには・・」
 そこで声を切って友紀を見つめる細川。
「何よ?」
 友紀が訊いた。
「ヒロインはユウ。あの子を幽霊にしたくないのでね」
 女五人が顔を見合わせ、やさしい治子が目頭を押さえていた。

 横浜港を見渡すホテル。
「濡れる・・なかなかいいじゃないか」
「女が誇るべき反応ですもの」
 三浦はうなずき、友紀の裸身をそっと抱いた。
 新しい一冊が印刷に入っていた。
「売れるかどうかなんていいんです。誰かに共感されて、その人なりに濡れてくれれば嬉しいから」
「こうやって?」
 男の指先が女のデルタに忍び込む。
「ン・・あぁぁ・・そうよ、こんなふうに・・」

 愛している。そう感じたときの女にとって、濡れはじめる性器の
 暴走はとめられるものじゃない。夫に濡れ、いまこうして彼に濡
 れ、サリナを濡らして私も濡れて、留美の濡れにサリナと二人
 で濡らしてしまう。
 女の性は束縛されない。女はこうだなんて決めつけられて生き
 たくない。悪女なんて女の素顔よ。だからお化粧するんでしょ。

 怖くない女なんて私じゃないわ。
 私の中の怖い私に貸し出されるから君臨できたり奴隷になれる。
 自分を操れるのは他人じゃない。本音って、そんなもの・・。

 逞しい男の勃起を握り締め、けれども友紀は、すぐにはそれを求めなかった。タイミングを合わせたように部屋のドアがノックされた。友紀は眉を上げて微笑んで、全裸のまま迎えに立った。三浦は何も聞かされてはいなかった。

 黒革のミニスカート、赤いブラの透けるピンクのブラウス。濃いワインレッドのショートヘヤーは、光線を受けて紫色のシルクが絡まる不思議なヘヤー。化粧を整えたサリナは輝くように美しかった。
 しかしサリナは、全裸で迎えた女王の姿に笑顔も引き攣る。背を押されて三浦の待つベッドの前へと追いやられる。
 女王は言った。
「三浦さんよ。この私を奴隷にするほど素敵な人。心してお仕えするように」
「はい、女王様・・ハァァ・・あぁぁ・・」
 息を乱すサリナに微笑み、全裸で寝そべる三浦に向かう。
「奴隷サリナ。私が躾けたマゾ牝です。今日はお披露目、ひとつはここで調教すること。そしてもうひとつは・・ふふふ」
 ゾクとするほど冷酷な女王の笑みにサリナは眉根を寄せてたじろいだ。「自虐のサリナよ。今日から顔を見せていきましょう。生涯マゾ牝の誓いを立てるの。わかったわね!」
「はい、女王様」
「脱ぎなさい!」
「はい!」
 女王がコンパクトなデジカメを奴隷に向けた。

 三浦は友紀とサリナを交互に見て、しかし穏やかに微笑んでいた。
 スカート、ブラウス、赤い上下の下着姿。ブラをはずすと綺麗な乳房の先端にゴールドのリングピアス。パンティを脱ぎ去ると、陰毛のないデルタの底にキラキラ輝くゴールドのピアス。全身にうっすらと鞭痕の残る奴隷の裸身を晒して立つサリナ。
 三浦は友紀の意思をくみとって、やさしく微笑み、両手をひらいた。
「おいでサリナ」
「はい・・あぁぁ三浦様・・」
「ふふふ、可愛い姿だ、さあおいで」
「はい」
 サリナは感激と恐怖で眸を潤ませ、空間を流れていって手を取られ、そのままベッドに引き込まれた。
 そっと抱いてキスを与える三浦。サリナはすでに震えている。
 三浦の手がサリナの乳房をそっとつつみ、そんな二人に寄り添って女王が裸身を横たえた。

「サリナという人生にご褒美よ。二人で可愛がってあげますからね」

 唇に女王のキス・・乳房に三浦の手とキス・・サリナは喜びに涙をためて溶けていく・・。


三九話


 ほんの狭間、言葉を見つけられない友紀に細川は眉を上げてちょっと笑い、カウンターを出るとシャッターを降ろしてしまう。いつもより少し早い閉店。シャッターを降ろしてからバロンのマスターはエプロンを脱ぎ、細川という男となって友紀の隣りへ腰掛けた。
「孤高という言葉があるが」
「・・はい?」
「カッコよく聞こえるだろうが孤高とは独りじっと耐えること。こうと決めたその結果何が起ころうが、ひたすらじっと耐えきるのみ」
「DINKSと決め・・え・・」
 友紀に言わせず細川は友紀の頭に手を置いた。静かな言葉で細川は言う。
「余計なことはいいんだ、友紀ならわかるはずだぞ。人と違う生き方には異論がつきまとう。迷うから賛同を探すような態度は無意味だ、相手に迷いを配ってどうする。やさしすぎる鞭は女王の迷いを配るだけのものだろう」

 ハッとした。主に諭されたような気分だった。

 友紀は椅子を立ちながら細川をそっと抱いて頬に触れるだけのキスをした。
「サリナのところへ行ってきます」
「うむ、よろしくな」
「そう伝えます。ありがとうございました、叩かれた気がします」
 バロンを裏口から出た友紀はメールを二本立て続けに送信した。一本は夫へ。今日はサリナの部屋に泊まります。そしてもう一本はサリナへ。
『逢いたいの、どうしても! 首輪をして待ってなさい!』
 こういうとき夫がサリナの連絡先を知っているのは都合がよかった。女同士。もし回線に電話があったとしてもサリナが出て妻に代われば問題ないし、夫は疑ったりしないだろうと自信もあった。
 電車に乗って間もなくメールが二本続けて入る。夫の直道は『わかったわかった』の常套句で文句は言わず、サリナのメールは弾んでいた。
 バロンに寄ってスタートが遅くなり、サリナの部屋に着いたときには時刻は八時半をすぎていた。
 奴隷サリナは全裸に首輪をしたいつものスタイルで平伏して迎え、女王はいきなり陰毛のない奴隷のデルタの奥底へと指を突っ込む。

 おかしい・・女王の微妙な変化に気づかないサリナではない。
「あぁン・・女王様・・?」
「計画変更よ。でも予定通りにやってちょうだい」
「えっえっ?」
 意味が解せずにサリナは眸を丸くする。
「思い切り誘惑してやって。手を出せば私は奴隷を貸し出しただけ。出さなければそのときは、いつかきっと貸し出してあげるから。結果は一緒」
「一緒?」
「私らしさを貫くだけよ。もう旦那と別れようとは思わない。それからサリナ」
「はい? あぁン痛いぃ・・」
 両方の乳首をつまんでひねり上げる女王。綺麗な乳房が乳首で吊られて奴隷の眸は潤むように輝いている。
「自虐のサリナですけどね・・ふふふ・・」
 女王は微笑む。ギラギラ眸の底が輝く怖い笑みだと奴隷は感じた。
「写真を出していく。性奴隷のサリナの真実の姿をね」
 いつか顔まで晒してやろう・・このとき友紀は自分の中で制御を失っていく激しい想いを自覚していた。

 リビングのソファの前でサリナに奴隷のポーズをさせておき、女王は二つの乳首を弄びながら奴隷の眸を見据えていた。
「留美のことよ考えてるのは。あの子はいま出会ったばかりの新しい性に酔っている。ユウという生き方に打ちのめされて・・それは私やサリナもそうだけど、自分の中に眠っていた女の魔性に戸惑ってるだけなんだわ。あの子はもうすぐ二十八。女の人生で大切な時期にいる」
「はい。結婚ですよね」
「それもあるけど生き方を見据えて動く時期と言ったほうがいいでしょう。マゾヒズムを見つめるならそれもいい。ある日突然好きな人ができて妻への道を歩むなら祝福してあげたいし。私には二人の奴隷は必要ない。だからサリナを留美に貸し出す。あの子の知らないことを教えてあげて」
 どういうことか? サリナは戸惑い女王の瞳を見つめていた。
「わからない? サリナと留美の二人だけの関係をつくりなさい。S女として留美をしっかり躾けておやり。レズがいいならそれでもいいし、私は口を出さないから」
 このとき友紀は、それもサリナへの調教だと考えていた。自分を必要としてくれる若い留美がいてくれる。そして一方、自分を必要とする女王がいて、いつか男に貸し出される日がくる。
 女の性のすべてをサリナに与えたいと友紀は願った。。

「サリナを見てて思うのよ。おまえは苦痛系のマゾヒズム。泣いて果てて生きていたいタイプだわ」
 サリナは眸を潤ませてうなずいた。自分のことをわかってくれてる。女王への思慕の念がわずかな涙となっていた。
「留美の人生をよく考えて、いいと思う女にしてやればいいからね。わかった?」
「はい、女王様」
「おいで」
「はい・・あぁぁ女王様・・嬉しい・・」
 やさしくひろげられた女王の腕に全裸の奴隷は吸い込まれて抱かれていく。唇が与えられ、喜びにサリナは震え、女王と二人のベッドに誘われて夢の中へと溺れていく・・。

 その日の友紀は及川治子と川上留美を伴って朝から取材。不倫をテーマに二人の人妻に会った後、留美には別件を回らせて、雑誌のために治子と二人でもう一人の人妻の元へと会いに行く。雑誌のほうで不倫は不変のテーマ。レズやSMでは普通の女性には距離がありすぎて敬遠されるということだ。

 船越香代子、四十二歳。すぐそばに家がありながら家族とは別居している。夫は夫で不倫。互いに黙認し合う典型的な仮面の夫婦。しかし訪ねてみると、まさかと思えるほど落ち着いて静かな女性。独り暮らしの小さな部屋は恋する乙女の部屋のように華やいで綺麗にされていたのだった。
 訪ねて来た相手は二人で一方が明らかに若い。香代子は友紀に向かって言う。
「あなたはお子さんはいらっしゃる?」
「いいえ、DINKSですから」
「DINKS・・そういう女の人って増えてるみたいね?」
「どうでしょう、そうは言われますけど少なくとも私の周りにはいませんし。それならシングルの方が楽だって思うのかもしれませんよ」
 香代子は眉を上げてうなずいた。
「ほんとね、そう思う。私には高校生の息子がいますが子供を持ってよかったと思ってましてよ。女の使命は果たしたかなって。ご主人のことは愛しておいでよね?」

 友紀は穏やかに微笑んだ。ちょっと前までならカチンとくる話題。そこだけには触れて欲しくない。琴線に触れる話題だった。
「愛してますよ、もちろん」
 香代子は若い治子と対比するように視線を行き来させて、ちょっと笑った。
「少子化が進むはずよね。女だから本能に従うような人が減ってきてるんだわ。仕事だって楽しいでしょうし、核家族の中で子供を持とうとするとどうしたってつきっきりの時間が生まれる。おなかがせり出し、出産し、乳児の間は目が離せない。だけどそれが女の喜び。子供を持たない女の人って、自分勝手で、すごく利己主義な気がしますけど」

 そばにいて、治子はハラハラして聞いていた。友紀は内心穏やかではないだろうと。しかし友紀はうなずいた。
「そう思います、私なんて女失格、きっとそうだわ。私らしく生きようとすると世間のレールにはのれないなって思ってしまう。どうしようもない女なのかもしれませんね」
「ご主人はそれでいいの? 子供は望まない?」
「ええ、主人とも話した結果の不思議な夫婦なんですよ」
「・・そう。ごめんなさいね、立ち入ったことを訊いてしまって」
「ふふふ、いいえ。それを言うならこちらがそうです、立ち入ったことを伺うためにお邪魔していますから」

 香代子は笑って、治子と友紀を交互に見た。
「発端は私のほうなんですね。夫との夜がなくなって、そのとき息子は中学で母親の手なんて必要としていない。私はもう必要とされないのかしらって思ったときに・・めくるめく出会いがあって、のめり込んでいってしまったの。セックスよりぬくもりだなんて言いますけど、そんなの嘘だわ。求められて濡らしてしまう。後ろ髪を引かれながら、それでも肉欲に勝てなくなった。その頃は私も若くて、この人の子供を産んであげてもいいと思ったし。私は本能に逆らえない。弱い女なのかもしれませんね私なんて」

 友紀は自分のことを強いなどと思ったことは一度もなかった。母親となって我が子だけに眸を向ける自分の姿がしっくりこない。性別よりも人として人生を楽しみたい。そう考えてきただけだった。
 友紀は言った。
「強い女なんているんでしょうか? 私なんて赤ちゃんを育てる自信がないだけかもしれないなって思いますけど・・」
「ふふふ、おわかりよね、きっとそうだわ。無条件に弱い存在に向き合うのが怖いんでしょうけれど・・」

 話し終えて外に出ると、夕刻前の長い陽射しが白い雲の輪郭を赤く染めて美しかった。すがすがしい風を感じる。
 治子が言った。
「ずいぶんはっきり言う人でしたね、ハラハラしちゃった」
「そう? 私が怒り出すとでも思った?」
 治子はちょっと斜めに上目使いで苦笑した。
「いまみたいなこと、ケイとも話すんです。男が嫌いなのに子供のこととなると話は違う。あたしたちってやっぱり女よねってケイも笑うし、あたしだって微妙だし」
「二人ともいつかは結婚?」
「わかりません。いまはまだ歳が歳だからいいんですけど、数年すれば三十なんだし、その頃どうなっているのかなって。ケイとの関係は変わりませんよ。お互い結婚したって適当にやってるって思うんです。ユウのことがあって・・」
 治子は口を閉ざして空を見渡す。
 友紀が言った。
「わかるよ、考えちゃうよね」
「ですね。いつどうなるかしれないなって痛感したし、そのとき女の使命を果たさないまま死んじゃっていいのかなって・・」
 それは留美もそうだろうと友紀は思う。母親になる夢の直前で逝ったユウと、いままさに夢へと向かうyuuとの対比は、若い女心を決定的に揺さぶるもの。
 友紀は言った。
「そう言えばyuuちゃん臨月よね」
「ですね・・早いものです、もうそんな・・」
 yuuを思えばユウを想う。それきり口をきかなくなった治子の背を友紀はそっと撫でてやる。

「そう、女の子・・おめでとうございます」
「じつを言うと腹にいるときからわかってたことだけどね。それがまたyuuそっくり、笑えるほど似てやがる」
「友紀にはそれを?」
「まだだよ。さっき電話を入れたら留守電だった」
 香代子への取材中の出来事だった。
「ところでサリナ」
「はい?」
「おまえが幸せなのは友紀を見てればわかる」
「そうですか? ンふふ・・はい」

 地下鉄の駅へ向けて治子と並んで歩きながら、友紀は携帯をチェックして着信に気づく。着信があったというだけで留守電には残されていなかった。バロンのマスター。ぴんと来た。
 友紀は電話を耳にした。
「へえぇ女の子だった? それでママは元気なんでしょ?」
「もちろん。yuuのヤツめ、泣いちゃって・・」
「うん・・おめでとうパパ、よかったよね無事に産まれて」
 治子はそばで眸を輝かせて聞いていた。
 電話を切って友紀は言った。
「ダブルパンチってことのことだわ」
 DINKSに迷いが生まれたわけではなかったが、考えさせられた直後の話。治子は、今度はあべこべに友紀の背中をそっと撫でた。

 そんなとき別枠で取材に臨んだ留美からの電話が入る。
「終わった? ご苦労様。いまどこ?」
「いま出たばかりですから茅ヶ崎です」
「うん。私は今夜は自宅だから、留美はサリナのお部屋へ向かうのよ」
「サリナさんの? それは・・?」
「可愛がってもらいなさい。それだけ言えばわかるでしょ?」
「はい・・でも、そんな・・二人きりなんですよね?」
「サリナはいい女王様よ、甘えてらっしゃい」
 電話の向こうで息を乱す留美が可笑しい。友紀は治子と眸を合わせ、治子がくすりと笑うのだった。
「あたしも帰ろ・・ケイに逢いたい」
「何言ってるの、毎日一緒にいるくせに」
「じつをいうと、ちょっとマンネリだったんですよ。だけどケイがSっぽくなってくれて・・むふふ」
「・・何だよ、にやにやしちゃって?」
「むふふ・・」
「もういい・・わかったから、とっとと帰りな」
 駅まで一緒で、別れ際に治子の尻をひっぱたいてやり、友紀は途中で行き先の違う電車に乗り換えた。

 いつもより少し早く戻った友紀。戻って早速、ロボット掃除機を這わせておいて夕食の支度に取りかかる。ここのところ取材が続いて忙しいのとサリナのこととで夫とのタイミングがズレている。意識してサリナと二人きりにしてやって、それでどうなるか、夫の変化も気になった。刺激されれば男は変わる。少しぐらい変わっていてほしいと考えた。
 愛していても平穏すぎる時間は馴れ合いを生んでしまう。夫がもしもサリナに心を奪われていたらと考えると、尽くさないと捨てられる・・今夜の友紀にはマゾヒズムが渦巻いていた。
 女の性が燃え上がる。どうしようもなく濡れはじめる感覚に、友紀は女の喜びを感じていた。
「どうしようもない妻だわ・・どうかしてる・・わかってるけどどうしようもないんだもん・・悪い女ね、あたしって・・」
 苦笑しながら、今日は焼き肉。部屋着にしている薄いコットンワンピを全裸で着て、エプロンだけは身につけた。生地が薄すぎて前の毛が透けてしまう・・乳首のツンツンが隠せない・・そんな妻に夫はどう反応するのだろう。独身時代に試したときのような、わけのわからないときめきが生まれていると友紀は感じた。

 支度を済ませ、肉を焼くだけに整えておいて、そしたらそのとき玄関に気配がした。支度を終えてエプロンなんてしていなく、ヌードラインの際立つ姿で迎えに立った。
「お帰りなさい」
「うむ・・ふふふ、どうしたそのカッコ?」
「うん・・ねえ、あなた・・ハァァ・・」
 どうしたことだろう・・そのときサリナのように息が燃えだし、眸が据わっていくのがわかる。
 お願いあなた、命じてちょうだい。ひざまづいてしゃぶれ・・脱げ・・何でもいいから命じてちょうだい・・激しい性欲に衝き動かされる友紀だった。

 だけどそれは口には出せず、背を向けて奥へと歩もうとしたときに、手を持たれて振り向かされて、ひったくるように抱き寄せられて、妻は夫の眸を覗き込む。
 何も言わずに組み伏せて・・唇はキスを待っているし、濡れる性器は陵辱の指先を待っている・・。
 私はどうしてしまったのか・・キスさえまだなのにイキそうになっている。
「サリナはいないようだな?」
「いないよ、どうして?」
 怖かった。おまえなんか飽きたよ・・そう言われたらどうしよう。妻の眸に涙が浮かんだ。

「腹減った、飯にしてくれ」
「はい、支度はできてるから・・ねえ、あなた・・」
「早くしろ、ほら!」
 後ろを向かされ、本気でパァンと尻を叩かれ、妻は身を震わせて夫の胸へとすがりついていくのだった。
 夫に見透かされていると感じていた。
「喰ったら、お仕置きだな」
「うん・・はい・・」
 口だけのことだとわかっていて、妻は夫の愛を確認していた。


三八話


 それから一月、サリナはちょくちょく友紀の自宅を覗くようになる。それでなくてもサリナは週に一度は渋谷で仕事。笹塚にある友紀のマンションを覗くのに不自然はなかった。
 日によって、夫の直道が先に戻り、サリナと自宅で会う約束をしておきながらイレギュラーがあって友紀が少し遅くなる。夫の直道とサリナは二人きり。そんなシチュエーションになるのだったが、それも自然な流れであったことだろう。

 サリナには男を誘うスタイルを命じてあった。そのうちにはサリナに夫を誘わせて間違いぐらいは冒してほしい。関係を疑った妻は興信所を雇って写真を撮らせ、浮気な夫を追い詰めていく・・そうでもして夫には憎まれて別れたかった。別れてあげないと夫は肩身の狭い思いをする。
 サリナの仕事にも変化があった。三十七歳となり、そろそろ現場を離れて管理にまわってほしい。そんなことでサリナは仕事を辞めようと考えていたのだった。日々レオタードを着ていてはサリナだって奴隷に徹することはできない。ハイレッグのレオタードでは鞭痕を隠せないし、仲間たちとシャワーではボディピアスも許されない。サリナは身を捧げた性奴隷。そうして生きたいと願っていた。
 いくつかの条件がぴたりと合って実行に移した作戦だった。

 そしてそれより先に、留美が心の変化を友紀に告げた。M女の幸せを知ってみたい。一心に従うサリナを見ていて心がマゾへと傾倒した。彼のいないいまのうちに知っておきたい。そんな気持ちもよくわかる。留美はこう考えた・・私にはDINKSなんてムリ。結婚したらきっと子供が欲しくなり人並みの暮らしになっていくと。
 友紀を取り巻く二人の女が友紀に女王になれと言っている・・私はやはり子供を持たずに生きていたい。サリナには女王として、三浦には奴隷として・・そんな私が心地いい。もう直道の妻ではいられないと考えた。
「留美が言うのよ、知ってみたいって」
 サリナはちょっと苦笑した。
「そんなものじゃないんですけどね・・気持ちはわかるし、あの子はMよ。それはそうでもMを知ればいつか苦しむ時期がくる。yuuちゃんのように運よくS様と巡り会えるとは限らない。ニセSなんてごまんといるし引っかかるのがオチなんだから」
 夫のことはしばらくおいて留美が先だと友紀は思う。若い激情は道をそれると危険・・教えてやらなければと考えた。

 その気があるなら下の毛を処理していらっしゃい。そこにはサリ
 ナもいるけれど、治子やケイにも見つめられる。
 あのときのサリナのような恥辱の一夜を私は用意してやったの
 でした。

 貸別荘。留美のほかは皆が女王。いいえ、サリナと治子が上位
 にいるもっとも下級の性奴隷。常識ではない性の怖さに尻込み
 させてやりたかった。突っぱねては可哀想。誰もがそうであるよ
 うに、女は思い込むと満たされない欲求に悶々として仕事も手
 につかなくなる・・それだって留美は、ユウのためにも女の心に
 深く切れ込み、いい本にしたいと願っている。
 だから性の世界へ自分を解き放ってみたい。かつての私がそう
 だったように、留美は自分の性をまっすぐ見つめてもがいてい
 る。

 サリナ、治子にケイ・・私を含めた四人の着衣の女にほくそ笑ま
 れ、震えて脱いだ留美を見て、陰毛を自分で処理した覚悟を
 くんだ。
 平伏して留美は言った。服従をお誓いします、四人の女王様。
 いいわよ、わかりました。Mの想いを知るがいいわと私は心を
 決めて留美を見下ろし、私はサリナに、ケイは治子に、それぞ
 れ房鞭を持たせてやる。
 両手で吊られた真っ白な裸身が美しい。飾り毛を失った白いデ
 ルタに、すでに濡れる性器が見えた。
 私とケイがほくそ笑んで見つめています。ケイも治子も三つも歳
 下。しかも治子は仕事仲間。恥ずかしく、怖くなる条件は揃って
 いたはず・・。

「いいわ、たっぷり泣かせてやりなさい」
 と、友紀が言う。
「厳しくね」
 と、ケイが笑う。
 ユウのことがあってからしばらくぶりに観るケイは、すっかり女王の顔をしていた。女は心の置き場で面色までが変わってしまう。そんな中で留美ははたしてどうなるか・・可哀想に、残酷な女四人で試す場になると皆も思うはずでした。

 鞭を持つサリナと治子。とりわけサリナは厳しい鞭を浴びせかけ、吊られた女体がくねりもがいて留美は声を上げて泣きだした。
「泣いてもダメ! まっすぐ責めに挑みなさい!」
「はい、女王様・・痛いです、あぁ痛い・・」
 治子も笑い、革の束を綺麗な乳房に浴びせていく。
「きゃう! あぁン痛いぃ・・」
 サリナの鞭が下から性器を打ち据えた。
「ぁきゃう!」
 見る間に裸身が染まっていき、留美の眸が溶けてきて悲鳴が甘くなっていく。M性が強いと友紀もサリナも感じていた。

 友紀は言った。
「・・マゾよね」
 ケイがくすっと笑う。
「ほんと・・感じてるし、いい奴隷になる子だわ」
 友紀とケイは二人揃って乗馬鞭を手にして立って、サリナと治子と入れ替わる。ケイは前から毛のないデルタの底へ無造作に指を突っ込んで、友紀は後ろから抱いてやって、両方の乳首をつまんで愛撫する。
「ハァァ、ぁン、ハァァァ!」
「ふふふ、いいみたいね?」
 と、ケイが微笑み、友紀は後ろからまわす手に力を込めて乳首を責めた。留美の裸身がしなってもがく。
「ほうら痛い・・可哀想ね留美・・だけどまだまだ許さないから」
「あぁン痛い・・感じちゃう女王様、ありがとうございます、嬉しいです」

 留美の裸身を間に挟んで二人の女王は目配せし、ケイは前で横振りの鞭先で乳首を狙い、友紀は後ろから尻を狙って強い鞭を打ち込んだ。
 きゃうきゃうと泣きじゃくる留美。後ろから友紀が言う。
「ユウを思って必死なんだもんね?」
「はい、女王様」
 前からケイがほくそ笑んで言う。
「サリナさんに憧れてるんだもんね?」
「はい、ケイ様」
 ケイが声を大きくした。
「だったらもっと泣きなさい!」

 ケイはふたたび性器を嬲り、友紀は数打の乗馬鞭で血腫れの浮き立つ尻を撫でる。
 ケイが言った。
「どう? マゾは幸せ?」
「はい・・ハァァ・・私はマゾです・・はぅ・・ぁ・・」
 気をやって崩れる裸身。心がイッて気を失うマゾのアクメか、留美は膝が折れて垂れ下がり、友紀とケイとで前から後ろから抱き留めた。
 手首の縄が解かれて板床にだらしなくのびた留美。
 友紀は言った。
「はじめてなのによく耐えたわ。サリナ、可愛がってあげなさい、ご褒美です」
 ケイが言った。
「治子も脱いで! 失禁するまで狂わせてやればいい!」

 友紀とケイはため息をついてソファに沈み、傷のない綺麗な裸身のM女二人に責め具を持たれて嬲られる、全身を鞭で赤くされた留美を観ていた。
 女とはなんと淫らな・・だけどそれが女の魔性・・牝の幸福。
 私はもう夫の妻ではいられないと、あらためて考えた友紀だった。

 濡らす濡れるをテーマとした最初の取材。相手は人妻で、一見してまるでイメージの湧かない貞淑な人だった。
 郊外の戸建てに住んで子供が二人。夫とは冷えていて不倫予備軍といったところ。テーマを決めて公募の告知をした直後にメールをくれた相手だった。友紀と留美で日中自宅を訪ね、夫も子供たちもいない静かな部屋で話していた。部屋は綺麗にされていて、友紀はトイレを借りて探ってみたが、すみずみまで綺麗にされた、妻の人柄を表すような家。

「濡れるというテーマで思いついたのは自慰なんです。妄想というのでしょうか、いろいろ考えて、そうすると濡れてきて・・恥ずかしいんですけど下着の中へ・・」
 頬を赤らめて話す初々しい妻。歳は友紀より二つ上の三十七だが、じきに重ねて八になる。学年ではサリナよりもひとつ上。やさしい体つきの眸の綺麗な人だった。
 友紀は、この取材を留美に任せてみようと考えた。想いの半分も言えないのが普通の女。聞き出すにはこちらから体当たりしなければならなかった。
 友紀は上司としておとなしいパンツスタイル。留美はミニスカートで、ソファに座ると対向の彼女からならパンティさえも見えそうだった。
 若い留美は身を乗り出して言う。

「妄想というとどんな? 私もじつはそういうことがたびたびあって・・女なら誰しもそうでしょうが私の場合はSMなんです」
「まあSM・・?」
「Mなんです私って。女の人にも興味があって、縛られて責められるみたいことを妄想して濡らしてしまって・・」
 横から友紀がフォローする。
「今回のテーマはこの川上が案を出して決まったんですよ。濡らしているときの女ほど美しいものもないって言って」
「あらそう・・私は自分のことをヘンなというのか、飢えてるみたいに思ってて」
 友紀が問うた。
「ご主人とは?」
「とっくです。上が十歳、下が八つ。子供たちはそんなですもん」

 相手は律子と言う女性。律子は普段着ではないスカート姿で取材に臨み、ソファに座ることで少しミニとなっていた。ぴたりと膝を合わせて座っている。落ち着いたムードはいかにも主婦といった感じ。そんな律子が瞳を輝かせて留美に向かった。
「それなら私も・・そういうことも考えたりして、怖いんですけど震えてきちゃって・・」
 留美が言った。
「お道具とかは? バイブとか?」
「いいえ、まさかそこまでは・・日中誰もいませんから、その・・カーテンを閉めてしまって・・」
「ヌード?」
「ええ、それもあります・・裸になるだけでドキドキしちゃって・・だけどますます濡れてしまってたまらなくなるんです。指をやると洪水で・・嫌ですね女って・・おかしくなってしまいそう・・」

 友紀はそばで留美の横顔を見つめていた。
「いいえ、飢えてるなんてそんな。だから女は素晴らしいんです。誰にも見せない姿を誰もが持ってる。私なんて・・ふふふ、自分でイチジクを使って苦しんでみたりして」
「はぁ・・浣腸ですよね?」
「そうですよ。洗濯バサミで乳首を虐めてみたり、もちろん裸ですごしてみたり・・」
「ディルドとかも?」
「持ってます。妄想が妄想を生んでたまらなくて買っちゃった」
「あらそう・・ネットで?」
「それはそうです、まさかショップへ行く勇気もないし・・だって書店でエッチな本を手に取ることもできなかったし・・」

「私は・・街中で素敵な人に声をかけられて、ふらふらついて行ってしまうとか・・そしたらその方がS様っていうのか、ちょっとそれっぽくて犯されるみたいに・・はぁぁ恥ずかしい・・お話してても濡れてくるみたいな気がして・・」
 留美はやさしくうなずいて微笑んだ。
「投稿はもちろん匿名ですから思いつくことをちょこちょこ書いていただいて、メールしてくださってもいいですし・・それでひとつお願いがあるんですが」
「お願い? ええ、それはどんな?」
「多くの女性が共感できる素直な本にしたいんです。ですからせつない想いを綴るつもりで、そのとき濡らして書いてほしいんです。ギャラのためだからって醒めて書かないでほしいんですよ。本づくりに参加して心が潤った・・みたいな感じで濡らしながら素直に書いてくださいね。そうすれば読んだ私もきっと濡れます、女ですもん共感したいし」
 律子は迷いをはらえたような笑顔になってうなずいた。

 外へ出て友紀は言う。
「いいわよ、いまみたいな感じでいきましょう。ただし、得てして同じような話になってしまうから相手を見て誘導してあげないと」
「そうですね、ふふふ、女っていいなと思います。素敵な奥さんなのに旦那って馬鹿だなぁって思ってしまった」
 うなずいて微笑みながら、留美の雰囲気がソフトになったと友紀は感じた。留美にとってのはじめての取材はいいムード。声を引き出すというよりも女同士が曝け出す場になっている。
「これからはときどき別行動ね、私は私で回るから留美は留美でうまくやってちょうだいよ。ユウだって期待してるし、それにほら、治ちゃんのこともほっとけないし」
「はい、やります私、何が何でもいい本にしたいから」
 友紀は留美の尻をぽんと叩いた。
「サリナも言ってたわよ、留美はいい子だって。可愛がってあげるから覚悟してついてらっしゃい」
「はい、女王様ぁ」
「あ、馬鹿ね、人前で言うことじゃないでしょ・・ふふふ、お仕置きするよ」
「はぁい・・ンふふ」
 熱を持ついい眸をする留美。藪蛇になってしまったと友紀はちょっと苦笑した。ユウもあのときモモと出会って生き方を見定めた。留美なりの生き方探しに必死なのだと考える。

 その日の夕刻、久しぶりにバロンを覗いた友紀。しかしそこにyuuはいなく、マスターが一人で店じまいの準備をしているところ。
「あれyuuちゃんは?」
「家にいる。そろそろ腹が」
「うん・・そうよね、早いものだわ」
「まったくだ。ユウちゃんもいまごろはそうなるはずだった」
 ちょっと前まで避けていた話題。いい思い出として話せるようになっている。
「留美ちゃんも治ちゃんも必死だわ。ユウが見てるって今日も残業なんだもん」
 マスターはうなずくと珈琲を支度する。
「ねえマスター」
「お?」
「別れようかって思ってるの、旦那と。DINKSなんて私の身勝手だったのかなって思うしさ・・」
「子供のことか?」
「それもあるけど、サリナが好き・・どんなことでもしてあげたい。私の半分なんだもん」
 細川は珈琲に湯を流しながら黙って声を聞いていた。

「それに上司とも関係ができちゃった。凄い人なのよ、オトコって感じでクラクラしちゃう・・適度にSっぽいし・・」
「はいよ珈琲」
「ありがと」
 友紀がカップを取り上げようとすると細川は小声で言った。
「それこそ身勝手だと思うがね」
「え・・」
 眸と眸が合った。
「先方への気づかいもあるんだろうが子供が欲しいだろうから身を退くなんて、俺が旦那なら怒ると思う。友紀らしくない。あなたの人生をちょうだいって感じでいたほうが、むしろ許せる。愛の量が違う妻を誇るだろう。友紀は何もわかっちゃいない。サリナ、ユウちゃん、治ちゃんやケイちゃんもそうだがウチのyuuもだ。周りの女たちをつつんでやっていることに早く気づけ。旦那だってそうだぞ、好きだから許してる。逃げたらそれこそ裏切りだ」
 友紀は言葉を失って細川を見つめていた。


三七話


 サリナの部屋はLDKが広く、キッチンからオープンカウンター越しに四人掛けのダイニングテーブルが置かれていて、その周囲のフロアはフローリングとされていたのだが、そこからリビングに向かってわずかな段差があってソファのあるリビングが低く、そちらは段差で切り返してカーペット敷き。
 テーブル間近のフローリングにパスタとサラダを盛り付けた大きな皿を置いてやり、全裸の奴隷にテーブルに尻を向けさせ這わせておいて、手を使わずに食べさせる。
 ユウの死から逢えていなかったサリナの裸身からは鞭痕も消えている。性奴隷らしく美しい裸身の奥底までを晒して餌を与えることになる。

 友紀も留美も下着姿。友紀は今日、厚手のシャツで出社したから下着は黒。留美は薄いブラウスに透ける淡いピンクの上下だった。
 女王とゲストが性を感じる姿になると、調教の空気を察して奴隷は濡れる。股間に飾り毛のない奴隷の性器はすでにいやらしく濡れていた。
 まさに牝犬そのもののサリナの尻に横目をやって友紀は微笑み、同じようにしきりに眸をやっては瞳を輝かせる留美を見て友紀は言った。
「もう濡らしてる、いやらしいマゾでしょう」
「ふふふ、ほんとです。でも可愛い」
 留美はオフィスではクールなタイプなのだろうが、こうして観ると母性が強く、サリナが可愛くてならないようだ。やさしい気持ちが透けて見え友紀は胸があたたかい。

「ところでDINKS志望らしいけど、結婚してもそのつもり?」
 なにげに友紀が訊いたことで留美は考える面色をした。
「そうなりたいと思ってますよ。友紀さん観ててもいいなって思いますし、私だって仕事は続けていたいから」
 言いながら留美はちょっと深い息をして、尻を上げて性器を晒すサリナへとふらりと視線を流すのだった。
「この仕事で考えさせられることもあって自由でいられればいいなって思うんですけど・・でも・・」
「でも? 留美って子供が好きなんじゃない?」
「いえ、そういうことじゃなく・・問題は親なんですよ。相手の親だってきっとそうだと思いますし。私は一人娘、そろそろ二十八で、すでにもう早く結婚しろってうるさくって。旦那とはよくてもそういうこともありますからね。孫が抱きたくてうずうずしてるのがミエミエなんですもん、私の母が」

 それは友紀もそうだった。結婚からしばらくして自分の親にも言われていたし夫の親からも子供はまだか・・。友紀の方は娘だから、娘が望まないならしょうがないで済んでいても夫の親はそうはいかない。夫の直道には妹がいたが直道は長男。向こうの親にしてみれば誰が継ぐということなる。直道はきっぱりするタイプで、口を出すなとぴしゃりと言ってあって妻には直接言おうとしないし、直道だって実家の内情を持ち出したりはしないのだったが、陰で何を言われているかと考えると手に取るようなもの。先のある頃ならまだしも三十五にもなろうとすると時間の猶予もなくなってくる。

 留美は言った。
「それとやっぱりユウなんですよ。おなかをさすって嬉しそうにしていた顔が忘れられない。おなかに入るとそんなものかなって思ってましたし。友紀さんて、そのへんは?」
 友紀はちょっとうつむいて浅くうなずいた。
「旦那とも話すわよ、ほんとにそれでいいのって。だけど彼は信念あってのDINKSだって。それは私もそうだからいまのところは文句なし。でもね、向こうの親が何を言ってるかなんて見え透いてる。以前はときどき電話ももらってたんだけど、ここしばらく音沙汰なしよ」
「怒ってるとか?」
「なんて嫁だよって感じじゃない? 私の方もそうだけど古い親たちにすれば、子供がいらないなら結婚しなくていいでしょうってことだもん」
 そして友紀は、四つん這いで食べながら顔を向けたサリナを見た。
「シングルならいいのよ。結婚しないんだからしょうがない。私もね、ユウのことがあって自分の子宮と話したわ、それでいいのって」
「で?」 と、留美は探るような眸を向けた。

 友紀はサリナへ微笑みかけて言う。
「私はいいの。旦那がちょっと可哀想かなって思うぐらい。世間からすれば子供を望まない妻なんて悪妻でしかないでしょう。夫婦納得ずくのつもりでも旦那の周囲がどうかなのよ。妻が嫌がってるみたいな感じ? 子供も持たず好き勝手にやりたがる悪い女をもらっちゃって・・ぐらいにしか思っていない」
 と、留美がちょっと上目づかいに、すまなそうに言うのだった。
「そのへんもじつは・・」
「誰かに何か言われた?」
「私が言ってたって内緒ですよ。じつは及川ちゃんが・・」
「治ちゃんが?」
「ううん、そうじゃなくて。及川ちゃん、下でいろいろ言われてるって言うんです、雑誌の方で」
「何を?」
「いま言ったみたいなこと・・奔放とか悪妻だとか。及川ちゃん、腹が立ってしかたがないって言ってました。仕事をそっちのけに他人のことばかり陰でこそこそ・・」
「なるほどね。出所はだいたいわかるわ、あのへんでしょ?」
「そのへんです。及川ちゃんが言ってたのは、雑誌にしろ本にしろ、女たちに余計なことを吹き込んで扱いにくい女ばかりを増やしてるってことなんですよ。ほら、近頃って飲みに誘ってもいやがる子ばかりじゃないですか。古いんですよ発想が。定時を過ぎたらオフって感覚がないって言うのか」

 そんなことだろうと思っていた。むしろ体質の古い書籍のセクションの方が、かつてなかったことだけに新鮮に受け取られている。
 しかしだから治子は雑誌に留まって見返してやろうとしている。友紀はそう考えた。しかし・・。
「ユウちゃんのことにしたって・・」
 留美の面色が曇っていく。留美が何を言うかは想像できた。ニューハーフを夫に選ぶなんてどうかしている・・そんなところだろう。友紀はその先を聞きたくない。
「とにかく留美」
「あ、はい?」
「治ちゃんをアシストしてあげて私たち三人でどっちもやるって感覚にならないと」
「ですね、そう思います、ユウの分もやらないと気が済まないもん」
 友紀は笑って、飲み残しのオレンジジュースを口へ運んだ。

 ふと見るとサリナは食べ終え正座をしている。
「もう食べちゃった?」
「はい、女王様」
「美味しいわよ、サリナは料理が巧いから」
「はいっ! ンふふ」
 褒められて嬉しそうな全裸の奴隷を二人微笑んで見下ろして、女王は言った。
「お皿の片付けはいいから留美ちゃんとシャワーになさい。ちゃんと舐めて洗ってあげるのよ」
 それから留美にも言う。
「またがって舐めさせてやりなさいね、奴隷なんだから」
「ふふふ、わかりました・・可哀想ねサリナって・・」
 気分を変えて椅子を立った留美は、サリナを立たせて尻を撫でてやりながらバスルームへと消えていく。

 残された友紀は微笑みながらも複雑だった。
 妊娠を拒む性に奔放な妻・・夫の周囲でそんな陰口があるのなら彼に対して申し訳ない。治子のことより夫へのすまなさを感じる友紀。
 並べられた皿を重ねてキッチンに立ったとき、バスルームから留美の甘い声が流れてきた。
「あぁン、サリナ・・可愛いよ・・あぁーン」
 友紀は今度こそ微笑んで流しのカランをひねっていた。

「濡れる・・濡らすか・・」
「そうなんですよ、あの子やる気になってるし、じゃあ具体的にどうするかって話してるところです」
 月曜日。夕刻前の中央高速。
 友紀は三浦のクルマに同乗して大月からの帰路についていた。そこには印刷会社の工場があり、その責任者が代わったということで話に出かけた。時刻は四時過ぎでそのまま直帰ということになる。ユウの死から三浦とも二人きりになれてはいなかった。
 助手席で友紀は言った。
「どうしようもない想いを感じると女は濡れる。そのときって女はもっとも輝くもの。いまの私がそうですし・・」
「うむ・・ふふふ」
「・・私なら時間あります」
 相模湖インターでクルマは道をそれていた。相模湖あたりは都心から近いリゾートエリアでデートスポット。湖畔にはラブホテルが並んでいる。

 黙って動く三浦にどうしようもなく男らしさを感じる。友紀は体が火照っていた。ユウのことがあって出社した朝、デスクにピンクと赤の薔薇を活けた花瓶を置いてくれた心づかいが嬉しかった。繊細でやさしい三浦に友紀は濡れる。
「悪い妻です」
「ふふン、まったくだ」
 友紀は三浦のズボンの前を開けて脱がしながら、半ば勃起をはじめた男性にブリーフ越しに頬をすり寄せ腰を抱いた。三浦はスリムだったが筋肉ができている。
「いい体・・スポーツとか?」
「テニスを少し」
「いまでも?」
「ときどきね。仲間もいるし」
 黒いボクサーパンツが引き締まった腹筋を際立たせ、筋繊維の浮き立つ腿も男らしくて美しい。友紀は上着を脱いだだけで服を着たまま足下に膝をつき、ボクサーパンツを脱がせてやって、はじき出される男性にキスをした。
「ご主人様・・そう思わせてくださいね」
「うむ・・よく舐めてしゃぶれ」
「はい・・ハァァ、好き・・ご主人様・・」

 血管の浮き立つ茎裏を幾度も舐め上げ、舌なめずりして亀頭を見つめてほおばっていく。男の手が女の頭をわしづかみ、強い茎へと引き寄せて、友紀は吐き気をこらえながら応じていく。
「苦しいか、もっとだ」
 友紀はうなずき、強い茎の根元までを喉へと貫きピストンした。脈動するペニスが逞しい。友紀は激しく濡らしていた。
 髪をつかまれて引き剥がされて、三浦はベッドに沈んで腰掛けた。
「脱げ。いやらしく踊るように」
「はい、ご主人様・・あぁン、恥ずかしい・・濡らしてます私・・」

 私は淫婦・・このとき友紀はそう思い込もうとしていた。性にのたうつ淫らな牝・・マゾにだってなれそうな天性の淫ら・・男の突き上げを求めて濡れる性器を感じていたい。
 堕ちていきたい・・友紀は肢体をくねらせ脱いで、パンティの裏地の濡れまで三浦に見せつけ、床に這って尻を振った。

「ここよ、入って」
 その日の夜、友紀は自宅へサリナを誘った。仕事上で出会った女性と夫には言ってあり、原稿の打ち合わせということにした。ゲストはユウとも面識があり、落ち込む私を気づかってくれていると・・。
 サリナは腿がざっくり露わとなる黒革のミニを穿き、プロの化粧は洗練されて美しかった・・。


三六話


 深夜になって、重体だったモモもユウを追うように逝ったと連絡を受け、友紀は独りきりの自宅で眠れない夜をすごしていた。このことはサリナには告げていない。出張先の夜、心を乱すだけでどうすることもできないからだ。

 モモこと桃山祐紀(ゆうき)はひとつ重ねて二十七になっていて、ユウはじきに二十四になるはずだった。モモとユウ、細川とyuu、治子とケイ、そして友紀とサリナ、それぞれの愛に前向きに歩んでいたのに、二人の死は暗雲となって心を覆う。いやおうなく自分の愛のカタチを考えさせられる友紀だった。
 ユウと同時期に妊娠したyuuもおなかが目立ち、母親となる幸せに満たされている。おなかの子と家族三人で旅立ったユウの無念を思うと身を裂かれる想いがした。
 子供を持たない生き方は、それでいいのか・・友紀は考えさせられる。

 翌日オフィスに出てみると、誰より先に三浦が来ていて、ユウのデスクに花瓶が置かれ、ピンクと赤、美しい薔薇が二輪、活けられてあった。
 モモ色と、愛に生きた真紅のユウ。そんなことを考えたのだろうと友紀は思った。地味な仏花では若い二人に似合わない。
「このお花、三浦さんが?」
 三浦はうなずきもせず、薔薇となった若い夫婦を見守っているようだった。
 向かい合わせにデスクの並ぶコーナーに、友紀、留美、そしてユウのデスクが並んでいた。友紀の隣りに留美がいて、その対向がユウ。わずかに遅れた留美は泣き腫らした眸を化粧でごまかして出社した。
 三浦は二人の後ろに歩み寄ると黙ったまま二人の肩に手を置いた。振り向く留美は眸が赤く、友紀は放心したように力がない。

 とそこへ、階下のルームに出社した治子がやってくる。治子はデスクの薔薇を見て「ユウちゃん」と言ったきり目頭を押さえて立ち尽くしてしまっていた。
 オフィスに次々に仲間が集まり、皆がユウのデスクを囲んで掌を合わせた。しーんと静まり返った空間に今日はじめての電話が鳴って、それぞれ自分のデスクに散っていく。
「三人とも、ちょっと出よう」
 ここでは話せないと言うように三浦は言った。

 外はせめても気持ちよく晴れていた。揃って歩き出してすぐ、三浦は空を見上げながら言った。
「ポシェットに手帳があって、君たち三人、それに俺の名刺も入っていたそうなんだ」
 うっ・・と、留美のかすかな嗚咽が聞こえた。
「駆けつけようとしたんだが・・それどころじゃなかったよ。他人の入り込む余地はない。双方のご家族に連絡して・・それしかしてやることができなかった。産休の間に小説でも書いてみるって言ってたんだが・・」
 友紀が言った。
「そうですか私たちの名刺を・・仲間だと思ってくれて・・」
「うむ・・ふぅぅ!」
 三浦の声が震えた。ふぅぅっと、ことさら息を荒くして涙をこらえる三浦。
「こういうとき上司とは辛いものでね、後をどうすると考えなければならなくなった。産休もあってそのうちにはと思ってたんだが、いずれにしろ川上君だけでは厳しい。及川君には雑誌のほうで頑張って欲しいし。一言、口惜しいに尽きる」
 ユウの分まで頑張らなくちゃ・・言うまでもなく同じ思いでいた仲間。

 葬儀は月曜と決まり、その前日、本来休みのバロンに、友紀、サリナ、留美、治子にケイと、皆が顔を揃えていた。それぞれ沈痛。ユウの面影を噛み締めている。
 ボックス席に女たちが揃って座り、マスターだけが今日はエプロンをせずに珈琲を支度する。人数分を配って自分はマグカップ。細川が最後に座った。
 声のない空気を見かねて細川が言った。
「思えば、手記というのか、ここから旦那さんのところへ取りに行ったのがはじまりだった」
 友紀は笑った。哀しい笑みだ。
「最初からだわ。モモさんを一目見てときめいてるのがわかったもん。幸せの絶頂だった。いまごろ天国で仲良くしてる。ここで落ち込んでてもあの子は喜ばない。つきなみですけど一家で外国にでも行ったと思って幸せを祈ってあげましょう」
 皆が声もなくうなずいて、そのときサリナが、同席する留美の背に手をやった。留美は振り向き、泣き笑顔をつくってうなずいた。

 そのサリナが言った。
「あのときと同じだわ。人にはこういうことがある。だから女はそのとき燃えていないと可哀想・・」
 あのとき? 皆は淡々と話すサリナの面色を見つめていた。
「何年か前のこと。劇団にいた私は、若くて注目されてる後輩に役を奪われたことがある。その子は美人で踊りもできて役づくりにふさわしい。だけどもちろん口惜しくて・・だけどそんな矢先、同じような事故で彼女は消えた。死にはしなかったけど復帰できないだろうと言われたの。それでその役が私に戻り、そのとき私はやったと思った。『やった! これで舞台に立てる!』・・ひどい話なんだけど、それがプロというものよ。嫌な景色をさんざん見ながら、それでも笑顔で舞台に立ってる」
 自虐はそのへんの鬱積だろうと、もとより友紀は想像していた。サリナは本質のやさしい人。振り切っていても心の咎めはいつか自分を押しつぶす。

 サリナは言った。
「閃光を放って消えていったユウちゃんと知り合えたことを誇りに思うわ。彼女の想い、ここにいる皆の想いに囲まれて私は生きていられるの。だからね、ユウちゃんだってきっとそう、皆の想いを天国で感じていてくれるでしょうし、若くて綺麗なままずっと笑っていられるんだよ。いつまでも落ち込んでるとユウちゃん怒る・・きっと怒る」
 言いながら声の震えるサリナの手を留美とケイがぎゅっと握った。
 友紀は、あのとき作家の瀬戸由里子が言ったことを思い出す。『奴隷は
女王などよりずっと強い生き物よ』・・サリナこそ誇りだと友紀は思った。

 葬儀のあった月曜の夜に友紀の夫、直道は戻ってくる。昼過ぎのフライトで、そのまま社に顔を出し、普段よりずっと早く家に着く。葬儀を終えて友紀が戻ったとき直道は家にいて、黒いスカートスーツの妻を見て、そっと肩を抱き寄せた。
「喪服じゃないか、何があった?」
 友紀はちょっと夫の眸を見て視線をはずした。
「部下の子が交通事故で消えちゃった。おなかに赤ちゃんがいたのに家族三人揃ってね。彼女って二十三だったのよ」
「・・辛いな」
「ううん、もう大丈夫。皆もちろん泣いてたけど心で笑って送り出してあげたから。遺影の中であの子だって笑ってた。可愛い子なのよ天然で・・あなた・・可哀想で・・どうしてユウが・・」
 夫の強い胸で泣き崩れる友紀。直道はそっと抱きくるみ背を撫でてやっている。

 しばらくぶりに見る夫。少し痩せた気がしていた。
 愛する彼の子を残さなくていいのだろうか・・いまならまだ間に合う。
 ユウのことがなければ振り切れていたことが友紀の中で逆巻いていた。私は悪い妻ではないか・・別れてあげたほうがいいのではないか。そうすれば夫は新しい人と家族をつくっていけるだろう・・抱かれていながら良心の咎めのような感情が衝き上げてくる友紀だった。

「・・ねえ」
「うむ?」
 直道は妻の眸を覗き込み、ちょっと笑って額を小突いた。
「こう考えてるだろ、この人の子供を残さなくていいのかって」
「だって・・」
 直道はガツンと妻を抱き締める。
「そういうときいちばんマズイのは生き方を変えることだぞ。感情に流されて変わっていけばいつかきっと後悔する。信念があってDINKSと決めた。俺はそうだしおまえもそうだ。おまえはいい妻なんだ。俺がそれを求めない限り考えなくていいことなんだ」
「・・はい、ありがと」
 寄せられる唇から妻は顔をそむけて言う。
「喪服だだから着替えちゃう・・お帰りなさい、待ってたよ」
「うむ。明日は休みだ」
「そうなの? 私はダメ、数日仕事が手につかなくて溜まってるし」
 夫の手をするりと抜けて友紀は夫に背を向けた。

 主人に抱かれる。三月の間、私を離れた夫の体が戻ってくる。
 鞭痕の綺麗に失せた白い肌で夫に抱かれ、私は、私に対す
 るサリナの愛を思い知る。ユウのことがあってサリナとも逢えて
 いなかった。いちばんマズイのは生き方を変えること。夫に強
 さをもらった私は、今度こそ愛に生きたいと考えた。

 娼婦のように夫に尽くした。奴隷のように夫の心に応えてあげ
 たい。貫かれてあられもない声を上げ、突き抜けるピークへ向
 けて駆け上がる。ああイクわ・・イッてしまう。主人の想い、主人
 への想いを確かめるようなセックスに、私は満たされる女の性
 (さが)を感じている。

 多淫なのかもしれないと思うのですが、あふれでる女心はとめ
 られない。サリナもそうした女だし、留美なんて、サリナと私に
 自分を貸し出すと言ってくれ、三浦さんへの想いだって燃えて
 いる。ユウを送って泣いてくれた三浦さんを誇りに感じ、妻の
 気ままを許容する夫のことも心から尊敬できる。

 私はきっと濡らし続けて生きていく・・どうしようもない悪女なん
 だと自覚しながら、体の中で下向きに咲く牝花の声に逆らえず
 に生きていく。
 奴隷サリナに君臨する女王の準備はできていた。相手が奴隷
 なら女王に徹し、相手が主人や三浦さんなら奴隷になれる。

 女のセックスとは、なんて素晴らしいものでしょう・・。

「濡らすことをテーマとしたらどうかと思って」
 二人きりの会議室で留美が言った。
「それは?」
「オナニーや妄想でもいいでしょうし、たとえば露出とか、エッセイなんかを書きながら濡らすとか。こういうときに女は濡れるだとか、それがプラトニックなものであってもいいと思うんです、エロ本じゃないんだから」
「せつない想い? ときめきとか?」
「そうです。心が濡れるからアソコが濡れるみたいな、とにかく『濡れる』をテーマとするんです。手記でもいいし、よくある告白ブログみたいなものでもいい。あんな感じで濡れる性器に迫るというのか」
「そうするとタイトルは、たとえば何?」
「うーん、そこまでは・・『花の蜜』とか?」
「うん、それじゃ抽象的すぎるでしょうね。『性に潤う女たち』・・書店に立ってドキリとさせて手に取らせるものじゃないとダメ。読者は女性なんだし濡らしていたい願望を持っている・・ストレートに『女でいたい女たちへ』なんていいかも知れないよ」
 留美がやる気になっていると友紀は思う。階下では治子が燃えていると三浦から聞かされる。ユウへの想いが火柱を上げていると三浦も言った。

 今日は金曜。夫は早速忙しく、今日も泊まりだろうと言っていた。
「雑誌と違って時間はあるから持ち帰って考えましょ。濡れるなんてテーマはいいと思うわよ、具体的に何を取り上げるか、もうちょっと考えてみればいい」
「はい、そうします」
「で留美、今日これからサリナの部屋へ行くんだけど一緒にどう? 自分を貸し出してみる気ある? サリナは休みでお部屋にいるわ」
「あ・・はい・・はぁぁン、息が急に・・」
「ふふふ、馬鹿なんだから・・よければ覚悟していらっしゃいな」
「はい・・ンふ」
 心が性の側へと傾斜して艶めかしく笑う留美。女はこの瞬間が美しいと友紀は感じ、『濡れる濡らす』をテーマとするのはいいと思った。
「サポートはするから思うようにやってごらん。ユウが乗り移ったみたいにがむしゃらに」
 友紀は、ミニスカートで出社した留美の尻をバシンと叩いた。

 奴隷の待つサリナの部屋。ドアに立って友紀は言った。
「サリナさんなんて言っちゃダメよ、呼び捨ててやればいい」
「はい・・ドキドキしちゃう」
 ノックする。
「私よ」
「はい、しばらくお待ちを」
 わずかのタイムラグ。全裸となる時間差でドアが開けられ、紫色の首輪をした白いサリナが平伏して女王を迎えた。
「今日はお客様も一緒よ。さ、入って」
「はい、お邪魔します」
 背後から留美が覗くと、サリナはふたたび平伏して、ところが留美はたまらないといった面色で取りすがった。

「サリナさん可愛い、大好き・・ねえ好きなの・・」
 取りすがって全裸のサリナに抱きついて、キスをねだる留美。友紀は可笑しくなって留美の背中をひっぱたく。
「ちぇっ、これだよもう、やさしい子なんだから」
 留美は舌を出して振り向くと、穏やかに微笑むサリナにむしゃぶりついてキスをした。
「おやさしい留美様・・ありがとうございます、幸せです」

 玄関先に二人を残して友紀はすり抜け、ダイニングテーブルに並べられた夕食の支度を見渡した。大きなボウルに生野菜のサラダが置かれ、キッチンでは大きな鍋が湯気を上げる。
「パスタを茹でればいいだけにしてあります」
「それでいいわ、留美の分もね」
「はい、女王様」
 のびやかな白い裸身に黒のサロンエプロンがよく似合う。留美はダイニングテーブルの椅子に上着をかけると手伝うと言ってきかない。友紀は苦笑してリビングのソファに座る。キッチンから二人の明るい声が流れてくる。

 友紀は言った。
「サリナ! 仲良しなのはいいけれど留美はお客様ですからね。奴隷の体をたっぷり楽しんでいただくのよ」
「はい、女王様」
 そしてそのとき留美は言った。
「嫌ぁぁン、素敵すぎて震えちゃいます。お二人を見てると涙が出そう。羨ましいなって思っちゃうし私もMになりたいなって・・ああダメ、くにゃくにゃになりそう」

「はいはい」
 友紀は可笑しくてちょっと首を振り、ソファにごろりと横たわる。
「そのうちまた別荘でも借りて調教しましょ。治ちゃんケイちゃんももちろん呼ぶし・・」
 ユウ・・それにモモがいればと考えて、友紀は静かに眸を閉じた。


三五話


 きらきらと濡羽黒に煌めくロングドレスのサリナ。このとき留美は、これほどの女性を奴隷にできる友紀の凄さを見たような気がしたのだが、友紀は、そんなサリナを誇らしく思うと同時に、とても私なんかが君臨できる人ではないと考えていた。サリナのフォーマルドレスをはじめて観る友紀だった。君臨するのはサリナだわ・・なのにどうして? 愕然とする思いだった。

 天空の部屋は広く、ゆったりとしたツイン。時刻は三時に少し前。今日は泊まると決めていた。留美は心臓が乱れ打ち、緊張がピークに達して声も出ない。遅れてきた二人を迎えた女王は、はじめて接する留美の肩に両手をやって穏やかに微笑んだ。留美は吸い込まれるように見つめられて眸がそらせない。
「ふふふ、緊張しちゃって・・可愛い子だわ」
「はい・・あ、いいえ私なんて・・そんな・・」
「友紀からいろいろ聞いてるでしょうし、私の方も聞かされてる。バロンのマスターをご存じなら私たちの関係もおわかりのはずよ。緊張なんてしなくていいの、楽しくやりましょうね」
「はい、どうしてもお会いしたくてご無理を申し上げて・・今日はありがとうございました」

 サリナは、そばにいて微笑む友紀へ横目を流して眉を上げ、それから留美をふわりと抱いた。
「あ・・」
「震えてる・・可愛い・・」
 留美は膝が抜けそうだった。くるまれるように抱かれ、仄かなパルファムが香り、いきなり性世界へ連れて来られた処女のよう・・体が反応して溶けていく感覚を自覚していた。
「私は女王、友紀は奴隷・・でも私は奴隷で友紀様は女王様・・不思議でしょ?」
「・・はい」
 わけのわからない涙が衝き上げてくる留美。二人の関係に感動し、そばにいられることに感動する。
「馬鹿ね、泣いちゃって」
 サリナの唇が寄せられて、留美はしなだれ崩れて抱かれながら唇を奪われた。おそるおそるまわした手でサリナを抱いて女王を感じ、強い酒に酔うように意識が揺らめく。
 黒いドレスの下は全裸・・背に手をまわして抱いたとき留美は女王のヌードラインを確かに感じ、忍び込む愛のような気配さえも感じていた。
「仕事のためなのかしら?」
「違います・・お会いできて嬉しいんです・・ありがとうございます」

 これがブログ『自虐のサリナ』を書くサリナさん・・書かれた文章の一字一句が思い出され、留美は体よりも心が震えた。
 そんな留美をそっと抱いて、サリナは留美をベッドへ誘い、ふわりと腰掛けて頭を抱いて引き寄せた。

「友紀、どうしたの、お脱ぎ」
「はい、女王様」
 友紀もまた心が震えた。部下の前で全裸、しかも首輪をさせられ裸身には鞭痕だらけ。息苦しく、けれども激しい濡れが襲ってきて、それさえ部下に隠せなくなる。
 留美はサリナに横抱きにされていながら、一枚を脱ぐごとに晒されていく奴隷の女体をぼーっと観ていた。
 美しく熟れた女体に生々しい鞭の傷・・紫色の首輪をし、全裸となったマゾ牝が足下に来て、膝で立って両手を頭の服従のポーズ・・それもまた夢のようで、留美は息を詰めて見つめている。

「どうかしら、私の奴隷は?」
「はい素敵です・・涙が出ちゃう・・」
 サリナは笑って、こちらもまた羞恥で眸を潤ませる友紀に言う。
「ですって友紀、嬉しいよね?」
「はい、女王様」
 サリナは言った。
「触っておやり、喜ぶから。こうしてやるのよ」
 サリナの両手の白く細い指が奴隷の乳房の先でしこり勃つ乳首をつかまえて、そろそろとコネてやり、友紀は乱れる息をこらえるように胸をふくらませて息を継ぎ、眸がとろんと溶けていく。
「あ・・ぁぁ、はぁぁっ・・」
「気持ちいいわね?」
「はい感じます、ありがとうございます・・あぁぁ・・」
 サリナは横からもたれかかる留美の顔を覗き込んで妖艶に微笑んだ。
「ほらね、いい奴隷でしょ友紀って」
 留美は声にならなくて、ただちょっとうなずくだけ。女王の片手が密生するデルタの毛むらの中へと忍び、牝の渓谷をこするように這い降りて深部へ届く。
「あぁン、女王様女王様・・あぁン!」
「ほら・・よくてよくてべちょべちょよ、ふふふ」
 少し嬲って抜いた指先を留美に見せつけ、サリナは笑う。

「さて留美ちゃん」
「・・はい?」
「立って友紀に脱がされて・・それとも自分で裸になれる?」
「はい・・ハァァ・・んっ・・ハァァ!」
 詰めた息の苦しさの反動で吐息が喘ぎに変わっていく。
 ふふふと密かな息笑いをしたサリナは、留美の脇に手を入れて留美と一緒に立ち上がり、ふたたび両肩に手を置いて眸を見つめた。
 涙に濡れる留美の眸がチラチラと揺れ、荒かった息が静まっていく。
「いいわ脱がせてあげましょう」
 女王の手が上着にかかり、スカートにかかり、濃い紺色のパンストだけは自分で巻き脱ぎ、留美はピンクのランジェリー。女王がブラをはずしてやると細身にしては豊かなCサイズの肉房がこぼれ落ち、真っ白な女体に最後に残ったパンティを女王が下げて、そのまましゃがみ、布地につぶされていた毛むらの底へと鼻先を寄せていき、渓谷の上にチュッと触れるキスをする。

 留美は崩れた。力が入らず膝から崩れ、全裸の肢体を女王が抱いてベッドへ崩して横たえる。
「友紀、やさしくしてあげなさい」
「はい、女王様」
 友紀は微笑みながらベッドに片膝をつくと裸身をまたいでベッドへ上がり、留美の裸身に奴隷の裸身を重ねていった。

「あぁぁ友紀さん・・ぅぅぅ泣いちゃう・・嬉しいです私・・」
「ふふふ、留美ちゃんこそ素敵です、綺麗よとっても」
 そしてそのときベッドの反対側から、ひときわ白く、引き締まった女王のヌードが忍び込み、留美を抱いて乳首を口にそっと含むと、手が滑って毛むらの底へと降りていく。
 そのとき友紀は、もうひとつの乳首を舐めて乳房を揉み上げ、留美の裸身を撫でまわす。
 留美のヌードがしなやかなアーチを描いて反り返り、脚が開かれ膝が立って、女王の指が花奥へと没していく。

「あぅ! ああ、ぁっぁっ・・女王様・・あぁーっ!」

 サリナに対して女王様としか言えない留美。降り注ぐ陽光に滲むような意識の中で、体をまたがられる感触に眸を開けると、陰毛のない綺麗な性器が迫ってきている。肉の薄い花リップは咲いてひろがり、綺麗なピンクの膣口が覗いている。濡れが流れ出して蜜玉となり、煌めいていたのだった。
 女王としか表現できない・・留美は、サリナにも友紀にもとてもおよばない女の深さを感じていた。
 女王の舌が入ってくる・・留美はたまらない気持ちになれてサリナの性花に舌を這わせていくのだった。
 そしてそんな女王のアナルを友紀は舐め、そうしながら留美の乳房を揉みしだく。
「ぅふ・・留美、友紀、夢のようよ・・気持ちいい・・」
「はい」と応じる二人の女声が重なった。
 そしてそのとき、留美の手が友紀の奥底へと忍んでいって、濡れそぼる奴隷の性器をまさぐった。
 ニュアンスの違う三人の女声が隠微なハーモニーとなって漂って、白い牝が絡み合い、声量を上げていき、重なり合って崩れていく。

 ゲストの留美を中に、左にサリナ、右に友紀が寄り添って、静かな余韻の中にいた。言葉はなかった。二人で留美の裸身を撫で合って、女三人が寄り添っている。

「女王様、これを」
「あら、お手紙?」
 鮮やかな赤い蝶の舞う白い封筒。数日して留美に手渡されたものだった。封はされておらず友紀はすでに読んでいた。
 今日の友紀は首輪をされて、けれどもベッドを許されサリナの腕に抱かれていた。

 サリナさん、友紀さん、大切なお二人へ。

 M女でないことが口惜しいほどの素敵な夜をありがとうございます。
 甘い夢は覚めてくれず、お二人のことを思うだけで体が熱く、指を
 忍ばせ心の濡れを確かめて、これまでのように卑屈にならず自分
 を慰め果てていける。それがとっても嬉しいの。

 私の性に私自身が責任を持って堂々と性器を開いていく。私の
 中にずっとあった不倫願望の正体を見た気がしました。
 私は私の性を自分で決めたいと思っている。自分を高みに置き
 たがるポーズの末の結婚では嫌だということ。結婚なんてそんな
 ものだと思っていたから、いつかきっと私が決めた性の中へと浸
 っていきたい。隠しておけない淫女の私となって悶えたい。
 そんな想いだったのだと気づかされた夜でした。

 女王で奴隷のサリナさん、奴隷で女王の友紀さん、よくわからな
 かったお二人の愛の姿もくっきり見た気がします。どちらにして
 も命がけで相手を想う女心。また、心から自分を想う者同士の愛
 のカタチと言えばいいのでしょうか。
 あの夜ご一緒できたことが私の何かを壊してくれた。どちらでも
 ないと思ったことも私はMかもと思えるようになっている。女性に
 抱かれ女性を抱くことにも胸を張っていられそう。それも嬉しい。

 それでねサリナさん、『もう一人の私』って言うじゃないですか。
 私にとってのもう一人の私は女王様。そして私は奴隷ですから、
 自分で自分を貸し出すようなことをやってみたいと思っています。
 ほどよい自虐と言えばいいのかな。
 もう一人の私が私に言います。サリナさん、そして友紀さんがお
 相手なら、いつだって貸し出すからねって。

 アイラブユーをお二人に。愛しています。留美でした。

 サリナは微笑んでレターを折って封筒へ戻していく。
「借りたくなったらどうすればいんだろ?」
「ふふふ、言っておきます私から。きっと喜ぶと思いますよ」
 サリナは腕の中の友紀を見つめて言うのだった。
「友紀の力ね。ユウだって治ちゃんだって、ケイもそうだし次には留美。だいたい私がそうだから」
 友紀はサリナの胸にすがった。
「女王様」
「なあに?」
「主人が二週間で戻ってきます」
「そうね、早いものね、あっという間」
 サリナは友紀を見つめて言った。
「だから何?」
「そうなれば私は女王様。鞭傷を嫌がり陰毛をなくせない奴隷ではいつかきっと破綻する。女王様の想いに応えてあげられない。サリナと離れるなんて嫌。だから二度と手放さないよう私が君臨してサリナを牛耳る。貸し出して留美にも抱かせてやるし相手が男だってかまわない。性奴隷に堕としてやる。死ぬまでそばに置いて泣かせてやるんだから・・愛してるのよサリナ・・大好き・・」
 言いながらどんどん友紀は泣いていく。
 見つめるサリナの眸にも涙が浮かび、サリナは奴隷を抱き締めた。

「・・『自虐のサリナ』・・」
「yuuが見つけた」
 そばでyuuが涙ぐんでうなずいている。

 バロンから小走りに自宅へ戻ってパソコンを立ち上げた。ブログはすぐに見つけられ、友紀は息を詰めて食い入った。
 数日後には夫が戻るという夜のこと。今日からサリナは数日出張で大阪にいる。戻ったときにはサリナは奴隷。そんな想いを抱えてバロンを覗いた友紀だった。
 記事は何ページにもわたっていて、最初の一ページに眸を通し、末尾まで飛ばして書きはじめられた最初から読んでいく。
「凄い・・こんなこと書いてたなんて・・サリナ・・愛してる・・」
 涙があふれた。友紀は震えた。読み進み、ふたたびトップページに戻ってくる。

 これほどの幸せはございません、女王様。
 ハンパなMでは破綻するとおっしゃられ、
 君臨すると宣言された。
 サリナは怖くて震えています。
 嬉しくて嬉しくて震えています。
 どうぞ鞭を。体にピアスを。
 手加減ないお心をサリナに向けてくださいますよう。
 サリナは悲鳴をしぼって女王様にお仕えします。
 嬉しい・・嬉しい・・泣いてしまってもう書けない。

 声を上げて友紀は泣いた。泣きながら電話を取って奴隷を呼び出す。
「サリナ・・ぅっぅっサリナ・・」
「友紀・・女王様? どうなさったんですか?」
「読んだわよ『自虐のサリナ』・・yuuちゃんが見つけて教えてくれた」
「はい・・隠していてすみませんでした。いつかきっとと思ってて」
「もらったからね・・サリナの気持ちはもらったからね! 早く戻って、早く」
「ありがとうございます、三日ほどで戻れますから」
 双方で泣いた電話を切った直後のこと、なぜかうるさく響く電話が入った。

「あら留美ちゃん? どうしたのよ?」
『たったいま三浦さんから電話があって、友紀さんにかけたら話し中だったって私のところへ』
「うん、それで? ・・ぇ・・ユウが・・」
『カーブで対向車線にはみだしてきたトラックと正面衝突らしくって・・モモさんは重体で・・ユウは・・』
 泣き崩れる留美だった。

 ユウが消えた・・即死だそうだ。

 赤ちゃんがいたのに・・目立ちだしたおなかを撫でて笑っていたのに。 友紀は声もなく肩を落とした・・。


三四話


「バロンどうでした?」
 翌日のユウは文章に添える挿し絵の打ち合わせでイラストレーターの事務所へ直行し、二時間ほど遅れて出社した。友紀は友紀で朝から女性誌の編集部で治子を加えて次号の会議。留美一人が孤立するように自社他社の雑誌をひろげてアイデアを練っていた。
 今日の留美は明るいグレーのミニスカートスーツ。受付け嬢だっただけに着こなしも化粧も洗練させる。
 バロンどうでしたとユウに訊かれ、それをきっかけに昼食を一緒にということになる。配属された実質の初日からいきなり一人では心細い。ユウを見て留美はほっとしたような面色だ。
 昼前になって内線電話。友紀は会議が少し長引きそうだからお昼は好きにしてくれていいと言う。

 社からは少し離れたイタリアンレストランのランチ。パスタとクオーターピザのセットを揃ってオーダー。食べながら話していた。三浦と友紀が何度か来る店だったが、そんなことは二人は知らない。
 留美が言った。
「早瀬さん素顔を見せてくれたんだ。サリナさんていう人とのこととか」
「ああ・・友紀さんらしい、堂々として隠さないもん。奴隷してるって言ってたでしょ?」
 留美は眸でうなずいた。
「びっくりしたし、おかげで夕べは悶々だった。サイト見たりしてたから。だけどアレね、家にいてご主人とはどうなのって思っちゃう」
 ユウは心配ないと手をひらひらさせて扇いでいる。
「いま旦那さんは単身赴任中なんだ。三か月いないんですって。だけどそっちはそっちでラブラブだしノープロブレムよ」
「そうなの? ラブラブ?」
「うん大丈夫。週に何度もウフンらしいし、友紀さんて旦那様こそまさにご主人様だって言ってるし。理解のある最高の彼だって」
「ふーん・・だったらなお・・」
 なおさらどうして・・という思い。留美は振り払うように言った。
「まあ、それなら妻としては最高だけどね。端から茶々を入れることでもないだろうし・・羨ましいわマジで」
「留美さん彼氏は?」
 留美はいないと首を振った。別れてしばらく経つと言う。

 ユウが意地悪げにふざけた面色でこそっと言う。
「留美さんて、そっちは?」
「どっち?」
「SとかMとか?」
 と、ミニマムボイス。
「だからそれなのよ、ゆうべ悶々だったって言ったでしょ。私はどっちでもない気がするけど女の子には興味ありかな。このあいだテレビで同性結婚のことをやってて、ちょっと興味アリだった。その矢先の移動だったし、いきなりもうエロどっぷりでしょ」
 と、ミニマムボイス。
「あははは、エロどっぷりはよかったねー、あははは!」
 と、普通の声量。
「馬鹿コノ・・声がデカイって・・」

 ユウはちょっと舌を出して周囲を見回す。店は混んでいてそれなりにうるさかった。
 ユウが言った。
「下のほら、及川さん」
「あ、うん?」
「彼女もレズ」
「そうなの? マジで?」
「マジもマジ、同性結婚を考えてる。お相手はSだし彼女はMだし、ぴったしだもん」
「ぴったしって・・はぁぁ我が国の女たちもそこまでいったか・・」
「けっ、よく言うよ、たったいま羨ましいって言ったばっかじゃん。浮気願望があるから不倫がいいんじゃないかって言ってたくせに」
「まあね・・そこまで脱げれば女は本望・・あーダメだ、ムラムラしてきた」
「あっはっは! おっかしい!」
「しぃ・・声がデカイって・・ふふふ、だけど女の本音なんてそんなもんだなと思ったわけよ。早瀬さんのこと尊敬しちゃう、勇気あるわ」
「それはね、ウチの彼・・じゃなくて女王様も言ってたよ、震えるほどオンナだって。いっそのこと友紀さんに抱いてって言ってみれば?」
「何を言うか・・馬鹿なんだからもう・・そんなことになったら・・」
 留美はちょっと首を傾げて浅いため息。
「どうなるの?」
「うるさい。もう出よ」

 そして社が近づいてきたとき、向こうから治子が一人で歩いてくる。今日も治子は濃紺のスカートスーツ。いつ取材になるかも知れず普段着というわけはいかなくなった。
 ユウが手をあげて笑った。
「あれ友紀さんは? 一人だけ?」
「そうなのよ、三浦さんとランチで、そのまま二人で外出みたいよ。瀬戸先生のところだって」
 話しながら治子は留美に会釈した。顔はもちろん知っているし友紀の下についたことも聞かされている。
 ほんとなら治子がいたいポジションだろうと気を回したユウ。感情がすれ違う前に仲良くして欲しかった。
「今宵はいかが? ちょいと行くかね?」
「オヤジかおまえは」
 ユウはおどけて杯の仕草。治子は苦笑して行くと言い、留美もぜひにと応えていた。
 女三人の居酒屋。話題はそれしかなかっただろう。
 けれど留美はサリナのブログの存在には触れなかった。友紀とサリナのどちらに対しても尊敬する想いが強い。

 正体不明の留美を前に治子はいきなり崩せない。観察しようとしたわけではなかったが留美の出方をうかがっていた。
「でユウ、さっきの話・・ほら」
「はいはい、そんなことになったらってヤツかな?」
「そうそう、そんなことになったら私なんて淫乱だわよ、狂っちゃいそう」
 ユウは、いっそ友紀に抱かれたら・・といった、さっきの話の脈絡を治子に告げた。
 留美が言う。
「ゆうべ・・自分でしちゃったんだ」
「オナ3-1? ひひひ」 と、ユウがちゃかす。
「2かよ馬鹿!」 と、治子が頭をひっぱたく。
 しかしそのとき留美一人が神妙な面色だった。二人はちょっと顔を見合わせ、私もそうだったと言うように眉を上げ合う。
 ユウが言った。眩しいほどの新妻の微笑みを身につけたユウ。
「あたしは女王様に出会って、この人しかいないって抜かれちゃった。魂からっぽ。裸で平伏してお願いしたのよね。奴隷でいいからおそばにいたいって。そしたら女王様はやさしくて、抱いてくれて、おまえはいい子だねって言ってくださる。それでも内心どうだろって思ってたけど、結婚しようと言われたときには夢のようだった」

 治子が微笑みながら言う。
「あたしたちもそれはそうかな。Sっぽいケイが好きだったし、泣かされて抱かれると溶けちゃいそうなんだもん。だけどユウ」
「うん?」
「ユウもそうだしバロンのyuuちゃんもそうだけど、二人を見ててケイとも話すんだ。・・あ、ケイって私の恋人ね」
 留美を見た治子。
「あ、うん、ちょっと聞いてる。それで何を話したの?」
 留美に言われて治子は苦笑して言うのだった。
「女はどうしたって赤ちゃんよねって・・本能なんだし背を向けていられるものかって話したのよ。そしたらケイめ・・くそぉムカつく」
「なんだなんだ、言えよほら」
「またちゃかす! いっぺん犯すよ!・・あのね、ケイが言うのよ、あたしを男に貸し出すって」
「ほぉ! なるほど!」
 治子がじとっとした視線をユウに向け、留美も笑って言う。
「できた子を二人の子として?」
「そういうこと。二人のママで育ててみるかって・・ったく、あたしは犬か、種付けじゃなんだから。ひどいと思わない?」
「ケイさんらしいと言えばそれまでだけど、まあ名案ではありそうね」
 ふたたび治子が、今度はユウの露わになった腿をこれでもかとひっぱたく。腿をさすりながらユウは言った。
「友紀さんもきっとどこかで・・」
「そう思うよ。ご主人とはラブラブなんだから、いつか後悔しないといいなって思っちゃうし」

 留美が言った。
「それにしても、早瀬さんに憧れて志願したけど凄い仕事ね・・濡れっぱなしって感じじゃない?」
「それは当然」 と、ユウがふんぞり返り、治子もうなずき、そして言った。
「寄せられる声を読んでると、どうしたって自分に置き換えてしまうんだ。そのへん友紀さんはどうだったって訊いたら、最初の頃はナプキンしてたって」
「わかるよそれ・・せつないし、泣けちゃうほど可愛いもん・・女っていいなぁって思うしさ」
 留美の声を最後に女三人、ため息のタイミングがぴしゃりと合った。
「てか、あたしはため息ついてる場合じゃないけどね」
 ユウが言って、治子が笑う。
「ほんとだよ。彼・・じゃなくて、女王様は親には会わせた?」
「もちろんよ。妊娠の報告と一緒にね」
「そのときモモさん、どんなスタイル?」
「いつもと一緒よ。堂々とした美女だった」
 留美はそばで双方を行き来して見つめていた。ちょっと信じらない世界にいる二人の後輩・・そうだよな、私は先輩だったと思うのだが、女としては複雑だ。治子が言う。
「それでおっけ?」
「そよ。イッパツおっけ。男らしい美女だもん」
「ふふっ、物は言いよう・・」 と、思わず留美は笑い、治子と眸を合わせて信じられないというように首を振った。

 ほろ酔いが留美の頬を朱に染める。
「・・何だろ、この気持ち」 と、留美。
「気持ちって?」 と、治子。
 留美は素顔の『私』になれていることが不思議だった。ベッドをともにした二人といるような気さえする。
「バロンでyuuちゃんて子に会って、早瀬さんにとんでもないことを告白されて・・それで今日こんな感じでしょ。私にだってもちろん願望はあるんだし・・いまのところどんな願望だかはクエスチョンでも、濡れてみたいって思うわよ。独り暮らしなんだし、やっぱりね・・寂しいなって思うことはよくあるし」
「バイブでも買ったら? ひひひ」
「そうしようかな・・」
「は? 冗談なんですけど?」
「ううん、マジそう思うよ。こっそり自分を調教したりして・・尊敬しちゃうよ早瀬さんのこと」
 そのとき治子が言った。
「女は攻めないと。待ってる時代じゃないんだし肉食女子の時代でしょ。不倫なんてまさにそうだもん。柵をこえていかないと夢はないよ。サリナさんてマスターの紹介なんだって。雑誌で『自虐マゾ』って特集をやろうとしたときに紹介されて、友紀さん大阪まで押しかけてホテルで抱かれたのがはじまりらしい」

 間違いない。あのブログはそうだと確信した留美だった。
「攻めるって言ってもどうやって? だいたいその前に整理しなきゃならないものもあるし」
 と、ユウが横から口を挟んだ。
「じゃあ治ちゃん、ケイちゃんに言ってあげればいいじゃんか」
「何をだよ! どうせヘンなこと言うんでしょ!」
「むふふ・・わかる?」
「ったく・・言ってみなさい」
「ケイ女王様にお願いするのよ、マゾな私を留美さんに貸し出してって」
「・・いっぺんコロスよ・・そんなことだろうと思ったわ、ばーか!」
 治子とユウは笑い転げ、けれども留美は心からは笑えない。こうした女たちに囲まれていて自分だけが殻の中では仕事にならない。書けないという意味ではなくて悶々として手につかないと考えた。

 数日がすぎていき、その日またバロンへ向かった友紀と留美。例によって客はなく、留美にすればこれでよくつぶれずにやっていられると思ったものだが、そんなことは二の次だった。
「早瀬さん、じつはちょっとお話が」
「うん? どうしたの恐縮しちゃって?」
「サリナさんにお会いしてみたいんです」
「・・それはどうして?」
「ゆうべも・・自分でしちゃって・・悶々としておかしくなりそう・・私も知ってみたいなって思ったけれど、でもどうやってって考えて・・」
 友紀はそばにいてうなずいているyuuを見て、すっかり萎んでしまった留美を見つめた。友紀がどう言うか、細川ももちろん見つめている。

「じゃあ、こういうことにしましょう。紹介はするけれど、それからのことは女王様にお任せする。約束できる?」
「それは・・はい。このままじゃ私、寂しくておかしくなりそうなんですもん」
 マスターは口を開かず、頼んでもいない二杯目の珈琲を支度した。

 横浜、港の見える高層ホテルに部屋をとる。
 距離の問題でサリナが先に部屋にいて、友紀は留美を連れて追いかけた。土曜日だったが生憎の雨。タクシーで乗り付けたときワイパーがきかなくなるほど降りが強くなっている。
「嵐ね」
 タクシーを降りて友紀が言い、留美は私にとって性の嵐がはじまる日だと考えた。ルームナンバーはわかっている。1722。鳥の視野で港を見渡す部屋だった。
 ドアが開いてサリナが迎える。今日のサリナは普段は着ない黒のロングドレス。濃いワインレッドのショートヘヤーに、窓からの鈍い光で紫色に見えるシルクの糸が絡むよう。化粧も整え、さながら舞台から抜け出た女王のようでもある。友紀はミニスカートにジャケット。留美はチャコールグレーのミニスカートスーツ。留美は緊張しきっていた。
「はじめましてサリナよ。留美ちゃんよね?」
「はい・・こちらこそはじめまして・・あぁ綺麗・・」

 美の次元が違う。それだけに一気に恐怖が押し寄せた。息が細かく分断されて、それが心を震わせる。


三三話


「子供を持たないっていう価値観よね」
 と友紀が言って、ユウがちょっとうなずいた。

 友紀は言う。
「だいたい私は旧姓を名乗ってる。夫は峰岸、正式には私もそう。女は可能性を持って生きるべきだっていうのがもともとですけど、性的な意味での開放もあるなって感じるわ。・・その先はここではちょっと。ハネたらどっか行きましょうか」
 ところがユウが今日は彼と予定があってダメだと言う。
 友紀は留美を横目に見た。
「私ならいいですよ」
「留美ちゃんて、どこに住んでるの?」
「下北です、小田急の」
 下北沢。新宿ターミナルの私鉄沿線。友紀はバロンを思い浮かべた。

「私は笹塚。新宿あたりでいいなら、いいお店知ってるわよ」
「あー、バロンだ」 と、ユウが言った。
「バロン? スナックとか?」
「喫茶店よ。以前に雑誌で取り上げたS様がやってるお店。ちょくちょく寄るんだ」
「S様って・・SMの?」
「もちろんそうよ。知っておいて損のない男性よ。yuuちゃんて奥様がいて彼女はマゾ。赤ちゃんができて入籍したって」
 ユウはもちろん知っていて自分の姿に重ねるようにやさしく微笑む。
 ユウは変わった・・と言うか、ユウらしさを表現できるようになっている。友紀はそんなユウが眩しく思えてならなかった。

 社を定時きっちりに出てバロンに六時半すぎ。ちょうど一組いた女同士の客が帰るところ。妊婦のyuuはおなかを冷やさないようにルーズフィットのパンツスタイルにサロンエプロン。今日のマスターは黒のポロシャツにサロンエプロン。いい感じに夫婦だ友紀は思う。
「お? お連れさんとはめずらしい」
 マスターが言うと留美はちょっと会釈する。カウンターに並んで座る。
「今度チームを組むことになって、加わってくれる川上留美ちゃん、下北ですって住んでるの」
 yuuがちょっと頭を下げて、友紀は二人を紹介した。
「留美って呼んでください、どうぞよろしくお願いします」
 マスターが眉を上げた。
「こちらこそ。シケた店だがちょくちょく寄ってくださいな」

 二人ともブレンド。例によって、その場ブレンドで、留美はめずらしがってマスターの手元を見つめている。
 友紀が誰とはなしに言った。
「まったく困るよね、次って言われてもまたかよって感じだもん。私ってエッチの塊なんだろか」
「あははは、どうしたんですか? 次もまた?」
 yuuが明るく笑って言った。
「そっち系の本を今後もやってくって。ついては私が編集長なんだって」
「わおっ、責任重っ」
「そうなのよ、肩にずっしり・・そんなことでユウちゃんと・・あー、そうだ、そのユウですけどね、おめでたですって」
「ええー、もうなの!」
「ちぇっ、yuuちゃんだってそうじゃない、戻って間もなく・・」
 友紀は、yuuが郷里にいて主と離れていたことを留美に告げた。
「なのによ、ユウめ、子供を持たないDINKSをテーマにすれば面白いかもですって。よく言うよって感じじゃない。自分がそれなのに」
 留美は、いきなり崩れた素顔の友紀を探るようにくすくす笑った。
 怖い人ではないようだ。社の中で跳ねていると思った女。ところが怖くない。ヘンにガードしなくていいと感じていた。

 バロンに誘ったからにはいつか知られる。そういう知られ方を好まない友紀だった。
「バラすね留美ちゃん」
「えっえっ? バラすって?」
「私にとってのDINKSはどんどん性へ向かってる。レズのお相手がいて、彼女は私の奴隷であって、なのにいまは私が奴隷。厳しい人で毎日泣いて暮らしてる」
「・・そうなんですか? じゃあマゾ?」
「そうよマゾ。仕事のためじゃないのよ。女の愛とはこうしたものよって女王様に教えていただき、いつかきっと私は彼女に君臨する・・そのつもりだったんだけどマゾの幸せを知ってしまった。すべてが与えられるもの。ただ感謝して授かって牝として生きること・・もうダメかも私って」
 留美は静かに聞いていて、いつの間にか目の前に珈琲が出されていた。

「まったくいい女になったものだよ」

 そう言ってマスターがちょっと笑いyuuは少しうつむいて微笑んでいる。
「女王様のおかげよ。おそばにいられるだけで濡れちゃうし、抱かれると嬉しくて泣けてくる。しなやかで怖い人よサリナって」
 留美は信じられないといった面色で沈黙している。
「あの頃・・私のつくった雑誌は浅かった。まるで第三者。だからね留美ちゃん」
「あ、はい・・そうですよね、自分のこととして考えないといけませんよね」
「そういうこと。ユウだってモモさんと出会って幸せになってくれたし、人との出会いがすべてだと感謝しないと、いつかしっぺ返しが来るんだから」
「・・はい」
 留美から虚勢が消えたと友紀は感じた。

 その留美が言う。
「ユウちゃんの旦那さんてニューハーフさんなんですって?」
「誰から聞いたの?」
「ユウちゃんから、ついさっき」
 友紀はちょっと眉を上げて、笑い息をつきながらyuuを見て言った。
「心から慕う人と添えれば幸せ。私はまだまだ修行の身ってところかしら」
 留美はしばらく黙って友紀を見て、それから小声で話しだす。
「私もDINKSが夢なんです。単純に仕事は続けていたいし、ときめきをなくして生きるなんてまっぴらですもん。もっともまだ先はあるけれど、たぶん私はDINKS・・もしくはずっと独りかなって。いまはまだ結婚に悩む歳でもありませんけど、いつかきっと悩むだろうし、だいたいそこまで理解ある男性がいるのかどうか。常識的に結婚し常識的に子供ができて女が終わる・・みたいな人生が怖いんですよ。ですから私、早瀬さんに憧れていたんです」
 まさかでしょと言うように友紀が笑おうとする前にマスターが言った。
「だろうね」
 一斉に顔を見る。
「憧れられてますます恥ずかしい・・違うかな?」
「ええ、恥ずかしい。私そろそろ・・戻って女王様にお仕えしたい」
 マスターはうなずいて、留美にも言う。
「あなたも今日のところはお帰りなさい。独りになって素晴らしい先輩のことを考えていればいい」

 外に出て留美は言った。
「感謝っていい言葉ですよね。じゃあ私」
「うん、気をつけて。マジでアイデアたのんます。頭ん中が腐ってきそうなんだもん。ふふふ」
 ぽんと背中を叩いて、そこで別れた。

 電車に乗ってサリナのことばかりがかけめぐる。私に女王なんてムリっ。可笑しくなって流れていく景色を見ている。
 戻って八時前。バロンを覗いておきながら十分ほどしかいなかった。
 サリナの部屋には気配がない。そろそろ戻ってくるはずで。
 友紀は全裸になると紫色の首輪をつけて、そのとき玄関先に気配がした。タッチの差。飛んで出て額をこすって平伏した。
「ご飯は?」
「いいえ、いま戻ったばかりです」
「だろうと思った。忙しい?」
 靴を脱いで上がった女王の足先にキスをして、友紀は今後の仕事の流れを告げた。
「へえぇ編集長に? 三浦さんのお心使いね」
「そうだと思います。ハードルを上げて挑めと言ってくださった」
「そういうこと。お立ち友紀、可愛いよ」
 抱き締められて唇を与えられ、手がのびて花園をまさぐられる。
「あぁぁ女王様・・嬉しいです・・ありがとうございます」
 サリナは奴隷の尻を軽く叩き、夕食は外でと言った。

 下北沢の自室に戻った留美は、シャワーを済ませて全裸でベッドに倒れていた。街中の部屋はカーテンを開けられないものだが、全裸ではまして閉ざされる。
「彼女がマゾ・・嘘でしょう・・」
 思い立ってベッドを離れ、そのときかぶりのネグリジェを着込んでしまって、デスクにつく。パソコン。ネットでその種のサイトを見てみようと思い立つ。SMだとかレズだとか、突然リアルなものとなって迫って来た女の性に、戸惑いよりもときめてしまう自分を感じる。

 DINKSについてもそうだ。漠然と考えていたものが、友紀を前にリアルな夫婦像となって描かれてきている。いまごろ彼女は女王様に平伏して調教されているんだろう。息苦しく体が熱くなる思いがした。
 SMサイトを見渡して濡れてくる。リンクをたどってM女性のブログを見つけ、せつない言葉に震えてくる。バロン。はじめて出会ったリアルなSMカップル。ニューハーフを夫に選んだ歳下のユウ。あらゆる性が押し寄せてくる実感にドキドキしてたまらない。
 いまの私ではとても書けないと思ったときに奮い立つ気分になれるのだったが、それはつまり私自身を解き放てということか・・と、戸惑いとなって襲いかかるプレッシャー。

 しかしだから留美の心は浮き立った。SM、レズ、まずは画像を見渡して、その中に自分の裸身をハメてみる。
「どうなっていくんだろ・・きっと変わる・・」
 私は変わると確信できて、とんでもない仕事だったと、いまさらちょっと後悔した。
 ブラウザを一度消し、ノートを閉じてみたのだったが、SMシーンが鮮烈すぎて焼き付いてしまっていた。
 それでなにげに検索ワードを入れてみる。
『SM マゾ 虐待 奴隷』
 さまざまなサイトがヒットして、そんな中に『自虐』というワードを見つけた留美だった。それはブログ。できたばかりらしくって、記事はまだ数篇しか載っていない。

 タイトルは、『自虐のサリナ』

 私はサリナ。生涯を女王様に捧げたマゾ牝ですけど、
 そんな私が、いまは女王様を調教している。
 女王になりきれない彼女の素敵さを壊してやるため。
 思いやりはマゾにとっては寂しいものです。やさしさ
 なんて世の中にはあふれていて、だから別離を思うと
 怖くなる。

 私は一本鞭で打ち据えて女王様をおんおん泣かせ、
 浣腸して笑ってやって、お顔にまたがって汚れたアナ
 ルを舐めさせて、おしっこさえも飲むことを強要し、その
 ご褒美に立っていられず倒れるまでディルドを使わせ、
 女の本気を見せつけてやっている。

 ああ女王様、なんてひどい奴隷でしょうね。
 どうか厳しいお仕置きを・・。

 これは密かに綴るブログです。いつかきっと女王様に
 お見せして、お怒りをかってお仕置きされることでしょう。
 女王の本気は恐怖です。そう思うと、私の握る一本鞭が
 どんどん強くなっていく・・。

「これは・・早瀬さん?」
 言葉はまだ続いていたが胸が締め付けられてその先は読めなかった。 早瀬さんとサリナと言う女王様のことだと留美は思った。状況からも間違いない。レズであり、奴隷が女王を責めるなんて普通はない。ついさっき別れた友紀の背中が蘇る。
「はぁぁン嫌だぁ・・ダメよ濡れちゃう・・すごすぎだもん・・」
 留美は下着の底に手を入れて、熱を持つ留美自身を慰めた。
 同じ女として感じる羨望に、留美は激しく濡らしてしまっていた。


三二話


 あるときふと、開放と解放の違いを考えたことがある。開かれ
 て放たれるのと解かれて放たれるのとの違い。囲われていた
 柵をこえていくのと、縛られて動けなかった辛苦から放たれる
 ことと。よくわからない思考が頭から離れなかった。

 友紀を見ていて私が理想とする女王・・魔女・・そして女神と
 なれる資質を感じる。でもそれは資質であって、友紀自身は
 気づいていないようだし、まっすぐすぎる危うさをともなった
 ガラスのような人でもある。
 開放と解放の違いに悩んだ私と同質の面倒な生真面目さも
 そうでしょうが、女王様と奴隷というイメージに酔う子供っぽさ
 もそのうちで・・。

 三か月だけの性奴隷。私はそれを、私の女王様として君臨
 するための試練を彼女自らが望んでくれたものと理解したい。
 友紀のサディズムは甘いのよ。平穏に生きてきた女らしさを
 そのままに、ただちょっとSっぽいというだけで。
 私のマゾヒズムはそんなものではありません。ゲームじゃない
 のよ友紀。闇の中で見る一条の光。その中に女王様は立っ
 ている。奴隷の私は、どうしたって到達できない眩い光をめが
 けて蠢いているだけの存在。男たちに貸し出されて犯される
 ならそれもいいし、鞭傷の消えない日々ならそれもいい。

 命がけで奴隷を生きたい。そのためには友紀を一度壊して
 やって、あの子の中の恐ろしい魔女を目覚めさせてやらなけ
 ればならないでしょう。
 破滅なんて望んでいない。それどころか女王に愛される素敵
 なレディでいたいと思う。
 友紀は性に奔放なのかもしれないけれど、開放も解放も、そ
 の次元に達していない。どうしていいかもわからないまま激情
 に流されているだけで・・女王未満の多くのS女といまはまだ
 そっくり同じ顔をしています。

 怖いのよ私って。私のマゾヒズムは美しい愛ではありません。


 ちょっと遅く、お酒の匂いをほのかにさせて戻った友紀。私は顔を見つめます。男がいるなと直感したし、そうよ、それでいいのよと、友紀の変化が嬉しかった。そろそろ狡さを知ってほしい。少しぐらいの汚れを身につけて女の性(さが)に苦しんで、奴隷の私に癒やしを求める。それでこそ女王様。だから書いてあげたでしょう。魔女でなければ私の女神様にはなれないって。
 全裸にさせて首輪を与え、友紀が私にしたように、私が用意した夕食を私が噛んで吐き出して与えていく。足下に正座をさせて上を向かせて口を開けさせ、捨てるように食べさせてやるんです。
「美味しいよね?」
「はい、女王様」
 友紀が私にした中でこうしたマゾらしい餌のひとときは、私は好き。身分の違いを思い知って震えます。

 そうして食事を終えて、私は用意したプレゼントを友紀に手渡し開けさせる。白い革の一本鞭。短めで革の強いハードな鞭です。友紀は鞭を巻いて両手に持って、うつむいてしまって唇を噛んでいる。
「どうしたの? 嬉しくない? 顔を上げて」
 泣いているように潤んだ眸。いい眸をすると思って見ている。
「男がいるわね? お酒を飲むなんて、それ以外に考えられない」
 消えるような声で『はい』と応えて小さくなって竦んでいる。
「・・上司です、編集長」
「誰だろうとかまわない。いいわ貸し出してあげます。ただしそのとき、おまえは貸し出された性奴隷。彼に対して失礼のないよう尽くすだけ尽くして犯されてくることね。甘えなんて許しませんよ」

 これで友紀は心が軽い。あの子のことだもの、私に対して浮気のつもりになられては、これからの調教が単なる罰になってしまう。
「だけどあれね、奴隷の体に鞭傷ひとつないようでは私が笑われる。そこに立って手は頭。傷の消えないうちに抱かれてらっしゃい、わかったわね!」
「はい、女王様、おやさしい・・」
 涙を溜める友紀でした。私の想いをちゃんとくんでくれている。賢いし、よく考える人柄が私は好きでたまりません。

 受け取った一本鞭をひゅんと振り、背中から回し込んで乳房を打った。
ピシーッといい音がする。
「きゃぅ!」
 友紀はあまりの痛さに眸を見開き、イヤイヤをするようにふらふらと首を横に振ったと思えば、乳房を抱いて床に崩れ、沁みるように遅れて襲う激痛に裸身をくねらせもがいている。たった一打で乳房の両方に青痣が浮いてくる。
「立って!」
「はい、女王様」
「これが気持ちよく思えないとダメよ」
「はい!」
 もう泣き声なんだもん。私は熱い想いを胸に二打目をお尻に、三打目をおなかに、四打目をふたたびお尻に、五打目を乳房に・・十打をあびせ白かった裸身を条痕だらけにしてやった・・。

 翌々日、友紀は午後になって打ち合わせに出た三浦に同行し、三浦の運転するクルマの助手席にいた。三浦のマイカー。ミニスカートがたくし上がって腿が露わ。自然にはだけたジャケットの間にブラにくるまれた乳房が誇るように張っていた。淡いブルーのブラウスに合わせて純白のブラを選んだ友紀。
 時刻は四時すぎで二人とも直帰。運転しながら男の左手がそっと女の腿にのせられて、友紀は少し腿をゆるめ、そのときはそれだけで手がすっと退いていき、三浦は黙ったまま、ハンドルがラブホテルへ向けて切られていった。

 広い部屋。大きなベッド。三浦をベッドに座らせておき、友紀は目の前に正座をして顔を見上げた。
 夫への背徳の思い・・けれどそれもサリナの言葉が軽くしてくれている。
「今日のこと、女王様にお話しました。貸し出された性奴隷だとおっしゃられ心を軽くしてくださいました。お心のままに可愛がっていただけますようお願い申し上げます」
 額をすって平伏した。三浦は黙って聞いて、ちょと笑ってうなずいた。
「立ってお脱ぎ」
「はい」
「脱いだら体を見せなさい、這ってお尻を向けるんだ」
「はい・・ハァァ・・んっ、ハァァ」
 サリナそのままのマゾ牝の吐息。ゆっくり時間をかけて脱いでいく。
 ブラをはずし白いパンティを抜き取って、友紀はその場でゆっくり回って裸身を晒し、後ろ向きに膝をついて手をついて、脚を開いて尻を上げた。
 三浦は息を飲む。美しく熟れた女の体に一本鞭の血散りが滲んで黄色くなって、あさましいほど性器が濡れてアナルが蠢く。

 男の手が尻にのって友紀は「ぅン」とかすかな声を漏らして震えた。
「従順ないい奴隷だ」
「はい、ありがとうございます、いやらしいマゾ牝をお楽しみくださいませ」 手がのびて、指先がそろりと濡れた肉リップをなぞる。
「ぅふ・・感じます・・」
「よろしい、こちらを向きなさい」
 這ったまま腰をしならせ振り向くと、三浦は両手をひろげて微笑んでいる。そのまま友紀は流れるように抱かれていった。
 眸を見つめ合い、唇が寄せられて、友紀は目を閉じ、深いキスへと進展していく。白い裸身がアーチを描いてしなって抱かれ、男の手が柔らかな牝尻をわしづかみ、友紀は抱きすがり、キスを受けて溶けていく。
 そっと友紀を手放し男は立った。上着は自分で、腰から下は友紀が脱がせ、そのとき萎えていた三浦の先にキスをして、そっと含んで男の尻をそっと抱く。逞しくなる三浦。そそり勃つ三浦の茎裏を舐め上げて、亀頭を舐め、脈動をはじめた男茎を深く含んで喉へと導く。

 頬をそっと挟まれてペニスを抜かれ、男の微笑みを見つめながら立たされて、抱かれ、そのままベッドへふわりと崩れる・・。

「それから?」
「それからはもう・・やさしくしてくださって・・熱いものが入ってきて・・」
「嬉しくてならなかったでしょ?」
「・・はい」
「それがマゾの幸せよ。女ってね、性欲を自分なりに考えるから苦しくなるの。不倫なんてまさにそうでしょ」
 サリナは友紀の額をちょっと小突くと、全裸の奴隷に床に寝ろと言いつけて、顔をまたいでパンティを下げ、アナルを奴隷に与えていった。

 一月が過ぎていた。友紀の裸身から鞭傷が消えることはなく、女王と奴隷の夫婦のように暮らしていた。その日は久びさ定時に退社。自宅に戻る途中、バロンを覗く。
 yuuの様子が妙だった。笑いを噛み殺しているようだ。
「・・何よ? 隠してないで言いなさいよ気色悪いなぁ・・」
「わかります?」
 yuuはカウンターの中にいるマスターへ横目を流し、溶けるように笑うのだった。
 ピンときた。
「もしかして赤ちゃん?」
「むふふ・・はい、三か月・・一昨日検査して確定ですって」
 友紀はぱっと顔を崩してそばで立つyuuの下腹をそっと撫でた。
「それと入籍したんですよ、ご主人様と」
 ここにもいた女の性(さが)・・しかし友紀は動じなかった。DINKSと見定めて牝として生きていく。
「おめでとうyuuちゃん、マスターもよかったね」
「む・・まあ・・珈琲でいいか?」
「うん、その場ブレンドで適当に」
「適当ではない、失敬な」
 口の中に酸味が残るライトテースト。こういうときに飲みたい味。

 そんなことがあった次の日、今度は三浦に呼ばれた友紀。会議室にユウがいた。チャコールグレーのミニスカートスーツ。腿までざっくり露わだった。
 ユウはちょっとすまなそうに・・けれども恥ずかしそうに笑っている。三浦が眉を上げてユウへと顎をしゃくり、それで直感できていた。
 三浦が言う。
「やってくれたよ早々と」
「・・まさか赤ちゃん?」
「ンふふ・・わはは」
「書き言葉で笑うな馬鹿・・そうなの? もう?」
「みたいです、検査で確定。三か月目に入るそうで」
 まったくあっちもこっちも・・友紀は可笑しくてならなかった。
「まいったな・・ユウちゃんまでそれじゃ私独りってことじゃない」
 そしたら三浦が言う。
「まあまだ先の話だが、ということになった以上、次をどうするってことで、一人つけようと思ってね」
「及川ちゃん?」
「違う。彼女とも話したんだが、しばらく向こうでやってみたいってことだった。いまの私では足手まといになるだけだって。彼女なりに雑誌をつくってみたいらしい。そこで・・」
 と言って三浦は電話を取り上げて、ユウが一礼して出て行った。

「まあ座って」
「はい」
 二人きりになると溶けるようなベッドシーンを思い出す。
 三浦がテーブル越しの向かいに座る。
「女の人の想いの凄さを思い知ったよ。俺などダメだ、女の気持ちがどうにもわからん」
「そんなことない、素敵ですよ」
 ドアがノックされたのはそのときだった。小さな会社の玄関を入ってまず出会う顔。受付けにいた女性であった。社の中で数人だけが着る制服のようなライトブルーのスカートスーツ。スカートの丈が半端で、思い切りのない社の臆病さを物語るようでもある。
「あら受付けの?」
 三浦がうなずく。
「川上留美と言ってね、二年越しに転属願いが出されていた。編集をやってみたい、ついては君の下にいたいって言うもので」
 社内で友紀は注目される。留美はちょっと頭を下げて友紀を見た。
 受付けの女性はルックスで選ばれることが多いもの。古い体質の小さな会社にあってはましてそうで、美人というより愛くるしいタイプ。スタイルももちろんいい。大学で国文を学んだと聞かされた。友紀も国文。出版社を希望する者が多い学科である。

「それですぐに?」 と、友紀が訊くと三浦は言った。
「じつは話は他にもあって、女性の性のありよう、性に寄せた女性の生き様というのか、そういうものを取り上げる書籍を今後もやっていきたいと考えている。そっちは早瀬君に任せたい」
「・・任せるとは?」
「そっち系の編集長ということさ。君にリードしてほしい。統括として僕も観るが基本的には君がリーダー。そんなことで今後は下に何人かつけていきたい。木戸は木戸で産休はするだろうが退社はしない。木戸は変わった。同じように川上君も育ててやって欲しいんだ」

 川上留美。雰囲気のある女性で、男好きするルックスもそうだが笑みが深く、この子には何かあると思わせるムード。曲者だと直感する。
 三浦は言う。
「今度の本はほぼまとまってるから次からだ。企画からやってみるがいいだろう。木戸は浮かれてメロメロだが、まあ川上君も入れて協議してみればいいだろう」
 それから三浦が川上に眸をやった。それを受けて留美が言う。
「川上留美です、二十七になります。編集ははじめてですから、よろしくお願いいたします」
 友紀は笑顔で応じながら、ちょっと横目を三浦へなげた。どうも重荷をありがとう・・ふんっ。三浦は察して、くすっと笑った。
「そういうことだ、川上君は私服に着替えてくるように」
 これが三浦。明日からなんて話ではない。即座に行動。

 着替えて編集部を覗いた留美は、ブルージーンにジャケット姿。長い髪は濃い栗毛。受付けでは浅いカラーは許されない。友紀はさっそくユウにも声をかけて三浦の席のすぐ後ろの小さな会議室へと連れ込んだ。
 そのときすでに三浦はいない。ホワイトボードに直帰とマーカーで書いてある。
 自己紹介し合って、友紀が言った。
「今度の本は瀬戸先生の手記を枕に、レズ、SM、不倫と総花的に取り上げた。予定してないことで、さあ次と言われても何だかなぁって感じなんだけど、なんかアイデアある?」
 真っ先に留美が応じた。想像したとおり留美は自己主張のはっきりするタイプらしい。
「それを分けてしまうと雑誌と変わらないってことになりません? レズ特集で、そうじゃない人たちは買わないでしょうし、それをやるとしたら不倫あたりが中心かと思うんですよ」
 さらさら言葉がつながって、しかも強い。歳下のユウなど気圧されてしまっている。友紀はちょっと可笑しかった。若い頃の私に似ていると感じたからだ。

「どうして不倫が中心?」
 留美は、それにも即答した。
「私にも願望はありますし女ってそうなんじゃないかしら。結局男に期待できなくていろいろやっちゃうものでしょう。SMとかもそうだと思うし。元はと言えば男を見る目がなさすぎなんですけどね。やさしいだけの弱い男を選んでおきながら後になって物足りないって話になる」
 友紀はユウへ横目をやってちょっと笑った。
「確かにそれはそうかもね、不倫は気を惹くテーマではある。見る目がないっていうのはちょっと違うと思うけど、いわゆる適齢期と、女として成熟する時期がズレている。そのときのベストを選ぶんでしょうけど、そのうち男に求めるものが変わってくるのよ」
 それには二人ともうなずいた。

 友紀は留美を見て言った。
「その前に、文芸出版として取り上げるからには、男の人をあしざまに言ったり、たとえばSやMの心理分析みたいな話は違うと思うのね。読者は共感したくて本を買う。いわゆるハウツーだったりSM心理みたいなものなら氾濫してる。エッセイだったり手記だったり身につまされる読み物になっていないとダメでしょうね。それとね留美ちゃん」
「はい?」
「私もユウちゃんも自分の性を見つめてる。雑誌のように投網を投げて捕まえてライターに書かせておしまいではいられない。それって結構辛い作業よ。仕事のためじゃなく留美ちゃん自身の性を見つめていかないと取材が第三者で終わってしまう。あなたもスキねで終わっては、後になって推敲することもできなくなる。作り話じゃないリアルな女性が文中に生きていないと読者もつかない」
「そうですね・・はい、頑張ります私・・」

 そのときユウが言った。
「DINKSをテーマに加えても面白いんじゃないかって思うんですよ」
 とっさに留美は友紀を見た。友紀はDINKSを公言していて、社内の皆が知っている。
 ユウが言った。
「結婚の意味が変わってきてると思うんですよ。適齢期なんて発想そのものがママになるタイミングからの逆算でしかない。もはや陳腐化しはじめてる。結婚しない男女も増える一方ですし、『結婚と女』というのか『妻の意味』というのか、そのへんて共感できる女は多いと思うんですね」
 友紀は深くうなずいて眸を伏せた。
 三浦とのベッドが思い出され、夫への背徳の想いがチクリと刺さる。


三一話


 それから二週間、女王様より私の方が忙しく、また夫の仕事が
 単身赴任のための引き継ぎで他へまわり、夫に時間ができて
 家にいる。妻としてできるだけのことはしてあげたい。それや
 これやで、女王様にお会いできない日々が続いていた。

 お部屋から夫が消えた。たった三月とわかりきっているのに
 寂しく感じ、なのに耐えに耐えた女王様への想いが噴火の
 ように衝き上げて、その日の私はクルマで女王様を郊外のホ
 テルへお誘いします。
 夫のいない三月の間、奴隷としてお仕えする誓いのために。
 緑豊かな山裾のホテルの三階、それで最上階。はるか眼下
 に伊豆の海が穏やかに凪いでいましたね。

 今日の女王様は純白のランジェリー。広いルーフバルコニー
 に降り注ぐ陽光がガラスを透かし、その中で全裸となった私は
 額をフロアにこすりつけて、これから三月の性奴隷を誓います。
 「三月だけ? ずっとかもよ?」
 それでもいいと思っていました。
 「はい、どうぞお心のままに」
 怖かった。突き進む私の性格からして、一度M性に火がつけ
 ばSに戻れなくなりそうだったし、私の中の魔性がいよいよ
 暴れ出して止められなくなってしまう。多淫ではないつもりが、
 狂ったようにお尻を振る女に堕ちていきそうで・・。

 膝で立って両手は頭の奴隷のポーズ。
 「いいわ、足にキスなさい」
 「はい、女王様」
 このときすでに奴隷の乳首にはステンレスのクリップが揺れて
 いて、屈むだけで乳房が揺れて乳首が痛い。私は激しく濡ら
 してしまい、激しい責めを期待して、激しい目眩に襲われて
 いる。

 おみ足の先からキスを捧げ、白い指を残らず舐めて差し上げ
 て、そうすると頭をちょっと撫でてくださり、つぶれてしまった
 乳首の責めを許されますが、そのときこそ激痛で、痛い乳首
 を女王様はつままれて、丸みが元に戻るようにコネ上げられる。
 「くぅぅ! くぅぅ!」
 悲鳴をこらえた淫獣が呻くような声を上げ、微笑まれる女王様
 を見つめていると、奴隷とは幸せなものだと実感できる。
 女に生まれた私ですもの。セックスを貪るように生きてみたい。
 持ち前の激情に衝き動かされて、私は乳房を張って乳首を差
 し出し、めまぐるしく左右に振れる乗馬鞭の先を見ている。
 ビシビシ乳首が跳ねられて、きゃぅきゃぅと悲鳴を上げて苦しめ
 ば苦しむほど、女王様はやさしく微笑んでくださいます。
 きゃうきゃうと、どうしても悲鳴が出ちゃう。しばらく休む時間を
 くださって、ふたたび乳首に鞭がくる。
 痛いんです女王様・・ありがとうございます。

 「いい子よ、次は性器打ち。四つん這いでお尻を上げて」
 「はい、女王様、ですけど今日から・・」
 「そうよね、少しぐらいの痕ならいいもんね」
 「はい!」 と、どうしてなのか鞭を求めるお返事をしてしまう。
 「立ちなさい」
 両手を頭に脚を少し広く開き、震える息、湧き上がる生唾を飲
 み下し、鞭を待つ。
 黒い革の乗馬鞭です。怖い。怖いです女王様。
 「五十ほど数えなさい」
 そんなに・・ああ私、泣いてしまう・・。
 ビシーッと本気のスイングがお尻に炸裂し、ぎゃッ! そんな
 ような声を上げたわ。お尻の肉が激痛に痙攣してぶるぶる震
 える強い鞭です。

 「ひとぉつ」
 ビシーッ!
 「十五ぉ・・ぅぅぅ痛い・・ぅぅぅ」
 「泣いてもダメ! お尻を出して!」
 「はい、女王様」
 二十をすぎる頃には号泣でしたし、三十をすぎる頃には打た
 れるたびに走るように飛び跳ねて、床に崩れてのたうちまわり、
 だけどすぐに立ち上がってお尻を差し出す。

 鞭打ちはそれでは終わりません。房鞭に持ち替えられて背中
 も乳房もお尻や腿も革の束が往復するようなめった打ち。
 サリナ様の本気がどれほどのものかを思い知り、満たしてあげ
 られなかった私の弱さを思い知る。
 立っていられず倒れると、容赦なく前から後ろから性器やアナ
 ルを打たれます。ああ女王様、壊れてしまう・・嬉しい。
 考える回路が壊れ、ただひたすらに痛みだけを実感し、恥辱
 の姿を思い知り、なのに濡れそぼる牝の肉欲を思い知る。
 立ちはだかられて笑われる女王様。私は弾かれたように綺麗
 なお尻を抱き締めてすがりつく。子供みたいに甘えてる。子供
 みたいに心をからっぽにできている。
 下着の上から鼻先を腿の間に突っ込むと、女王様も激しく濡
 らしておいでなのです。

 「舐めたいの?」
 「はい、ご奉仕させてください女王様」
 「いいわよ。でもその前に狂ったダンスを見せてちょうだい」

 ベッドに座る女王様に見つめられて、奴隷は立たされたまま、
 激震するバイブを性器に突っ込み、おおぅおおぅと陰獣そのも
 の、ものすごい声を発してイキ続ける。
 失禁をまき散らし、それでも許されない奴隷のアクメ。悪魔の
 ような快楽に、いよいよ私は倒れてしまう。意識が消えて、そ
 れでいながら胸をバクバク膨らませて息をする。心臓が壊れ
 てしまいそう。
 「上を向いて寝なさい、ご褒美です」
 嬉しくて涙が出ます。またがれた女王様の性器が天から降り
 るように与えられ、奴隷はベロベロ舌を回して舐め上げる。

 「ぅン・・いいわ、とってもいいわよ・・いい子ね友紀」
 「はい、お慕いします、女王様ぁ」
 マゾとはこういうものだった。yuuの想いがやっとわかった。治
 子もそうだしユウだって、こうしてオンナを燃やして生きていた
 い。私だって燃えていたい。
 「おしっこ」
 「はい・・愛しています女王様・・大好きです」
 「うんうん、可愛いマゾになっていこうね。こんなもので知った
 つもりでいちゃダメよ」
 「はい!」

 サリナはこんなふうになりたいのだと、このとき私は身をもって
 知りました。
 お体から捨てられる温かい迸りをいただいて、汚いなんてもち
 ろん思わず、女王様とひとつになれた歓びだけを考えていた。

 私の性器が大輪の花となり、とめどなく蜜を垂らして性を誘う。
 サリナ様はおやさしく、それからはベッドを許してくださって、
 果てても果てても際限ない愛を奴隷に与えてくださるの。
 ピクとも動けなくなるまで・・あなたを女王様と見定めて、ピクと
 も心が揺れなくなるまで・・奴隷は悲鳴を上げて果てていく・・。


 なんて子だろう。こんな女は素晴らしい。いまのあなたは私の
 行きたい世界にいるのよ。わかってる? 心でそう思い、こん
 な私を受け止めてくれるあなたに愛を覚えた。
 痛いでしょうね、苦しいでしょうね、でもダメよ、私のために耐
 えてみせて。サディズムが湧き上がり、それが私自身のマゾヒ
 ズムと溶け合って、私は魔女のように振る舞える。

 ごめんなさいとあなたは言うけど、謝ったりしなくていいのよ。
 嬉しくてなりません。まさかこれほどの愛がこんな私に向けら
 れるなんて、夢だとしても幸せよ友紀。心からの感謝を込めて、
 ちょっとぐらい泣いたって許しませんから。私を癒やすというの
 なら、これの何倍、もっともっと、耐えて泣く姿を見せなさい。

 そのとき私は生涯の奴隷となれるでしょう。友紀様だけを想い
 続けて、これよりない幸せの中で老いていける。
 私はダンサー。でもね友紀、私はじきに三十七です。
 引退を考える踊り子は苦しいわ。若いダンサーに勝てなくなる。
 ついさっきできたことができなくなって、若かったあの頃、主役
 を取りたくて鬼になれた心も失せる。

 残ったものは孤独。もうダメ、枯れていく・・男なんて、いまさら
 まっぴら。男女の汚れを嫌というほど見て来た私。男なんて許
 せない。
 だからって、汚れた私も許せない。自虐の正体はそのへんに
 潜んでいると思うのね。私自身の卑劣に眸をつむって得たも
 のを失って、そのときやっと眸が開き、汚れきった私の姿を思
 い知る。
 激しい気性に嫌気がさして、奴隷となって平伏していたくなる。

 友紀。女王様はあなたなのよ。三月と言うならわかりました。
 私はもう一度魔女となって友紀を鍛えてあげますからね。
 私にとって、素敵な魔女こそが、かけがいのない女神様なの。
 そして友紀、女が下着を替えるように黒い愛の似合う人になっ
 てちょうだい。奴隷として私は友紀を崇拝します。私から苦悩
 のすべてを奪ってくれた。
 嬉しいわ。ほんとよ友紀。ありがとうございます女王様。

 心より、もっと鞭を・・サリナ。


 サリナの書いたメッセージを向こう三月の奴隷を誓った三日後に、友紀は自分の部屋で読んでいた。メール。出来すぎなほど見事な文章。素晴らしいと感じ、あのときの私の想いとこの文章の二つを合わせたものを私たちの声にしようと考えた。
 そのとたん激情が衝き上げて、簡単な荷造りをして部屋を出た。女王様の部屋で暮らそう。夫のいないいましかできない。家畜として飼われてみたい。Mな友紀が加速して、いてもたってもいられなかった。

 電車に乗って小一時間。仕事から自宅に戻っての切り返しで、サリナの元へたどり着いたときには時刻は十時に近かった。ドアに立ってノックする。突然の押しかけはお仕置きだろうと覚悟した。
「どなた?」
「私です」
「友紀? ちょっと待って、いま開ける」
 サリナはネグリジェ。寝ようとしていたところのようだった。
「もうお休みなんですか?」
「今日はちょっと疲れちゃった。それよりどうしたの、そのバッグ?」
 キャスターの付いたトラベルバッグ。
「メール拝見させていただきました。そしたらもうたまらなくて飛んで来ちゃった。飼ってください女王様」
 サリナは眸をキラキラさせてくすくす笑う。

 部屋に入って奴隷は全裸。サリナのための紫色の首輪を借りて、けれどもサリナはそっと抱いてキスをする。
「ちょうどいいわ、マッサージでもしてもらおうかな」
 それでベッド。サリナはネグリジェを脱いで全裸でうつぶせ。友紀は女王のヒップにキスをして、それから腰を揉みはじめる。
「読んでどう? 使えそう?」
「使えます、私の想いと合わせて仕上げてみようかなって」
「そうしてくれれば嬉しいけど。ああ・・気持ちいいわよ、ここのところ踊りすぎ。メールにも書いたけど、こういうところが昔と違う。衰えてるなって感じるし」
「寂しいですよね」
「悲しいと言った方がいいかもよ。ミラーに映る動きだって微妙に昔とは違う気がするし。まあダンサーの宿命よ、口惜しいけれどしょうがない。それより友紀」
「はい?」
「私といたい?」
「はい、離れていたくありません。週に一度は戻らないとなりませんが」
「毎日調教? 辛いことになるわよ?」
 ときめいている。友紀はキュンとする思いを実感していた。yuuの気持ちはこういうものか。ユウもそうだし治子もそうだし。サリナとのシチュエーションが変わるたびに誰かの想いが理解できていく。

 腰から腿へ、背中から首筋へ、友紀の手が揉みほぐし、サリナがくるりと裸身を回して上を向き、膝を立てて腿を割った。
「舐めなさい」
 友紀は微笑んでうなずくと、開脚の股下に降りて女王の両腿を下から抱いて、静かに閉じた花のリップへ舌をのばす。
「ぅぅン・・友紀・・感じる・・」
「はい」
 閉じた花をそっと舐め、花を割って綺麗なピンクの膣ひだを舐め、谷上に尖る肉の芽を吸い立てて舐め弾く。女王の裸身がアーチを描き、頭をわしづかみにされて濡れだした性器へと押しつけられる。
「逆さになって」

 友紀は羞恥に襲われる。レズとしてではなく奴隷として女王をまたぐ恥ずかしさ。不思議な羞恥心は何だろう。逆さになっても女王の花を舐め続け、女王の指に乳首をつままれヒネられて、ゾクゾクする甘い痛みを感じている。
「いやらしいわね、周りの毛までヌラヌラよ」
「はい・・あぁン、見ないで女王様ぁ」
 私って三十四の女なのよ。どうして子供に戻れるのか、それも不思議でならなかった。
 チュッと触れるキスがくる。電流のような快感が背骨に沿って伝播して、ちょうど猫が毛を逆立てて震えるような、痺れにも似た感覚に総身鳥肌が立ってくる。

 乳首に爪を立てられてコネられながら、鋭い痛みと、女王の舌のご褒美との両方で奴隷は一気に駆け上がる。
「はぁぁイクぅ・・女王様、イッちゃう・・」
 体を強ばらせて快楽と戦おうとし、そのとき腹圧が上がって蜜がとろりと膣からあふれた。
「嫌ぁぁン、出ちゃう・・流れ出ちゃう・・ああイク、女王様、お許しください」
 痙攣が襲い、わなわな震えて達していく友紀。サリナは乳首の責めを許してやって、濡れる友紀に舌を這わせた。
 おおぅ女王様おおぅ・・友紀は吼え、がっくり裸身を女王にかぶせて崩れていった。

「ふむ・・それにしても、これが早瀬の素顔か・・」
「驚きました? そうなんです、ドキュメンタリー」
「ドキュメンタリーね・・ふっふっふ、まあそういうことだろうが言葉がちょっとふさわしくない・・いい女だ」
「ほんと?」
「うむ、ちょっと行くか?」
「はい、少しなら私も」
「ほう・・酒を?」
「三浦さんとならいいかなって」

 次の日の夕刻、友紀は三浦に誘われて飲みに出た。このところ友紀はミニスカートでとおしている。私はマゾ、恥ずかしさも調教だと思っていたし、そうなさいとサリナに命じられていたからだ。
 ジャズの流れる小さな店。造りが古く、学生街のジャズバーといったムード。三浦はバーボンでロック。友紀はそれの薄い水割り。普段ほとんど飲まない友紀は頬が赤く、眸の色が溶けてくる。

 そのジャズバーは店が小さく店内は暗く、覗いたときにはほぼ満席でカウンターの隅しか空いてない。そこはL字カウンターの短辺で二人掛け。 友紀が奥、三浦が手前で隣の男性との間に入る。雰囲気のいいポジションだった。
「サリナさんは宝だな」
 友紀はうなずいて言う。
「私のすべて。・・いいえ、サリナと主人と・・それから・・」
 友紀の手がカウンターの下でそっと三浦の膝に触れた。
 三浦は黙って微笑み、友紀の手を許している。
「惹かれていました、三浦さんに」
「浮気者め・・ふふふ」
「そうでしょうか。女の性はひろがりに満ちている。でも若さには限りがあって・・いまがそのとき」
「友紀らしい・・激しい人だ」

 友紀と呼ばれて胸が騒ぐ。
 三浦の手がそっと友紀の腿にのる。友紀はちょっと唇の角を噛んでうつむいた。ほろ酔いの頬がますます赤く、眸が溶ける。
「いい眸をしている」
「嬉しい・・私の魔性・・どうしようもないんです」
 三浦はうなずくとグラスを傾け、ストッキングに張り詰める友紀の腿に手を置いて、膝へと向けてそっと撫でた。
 友紀は眸を閉じ、手を拒もうとはしなかった。
「・・感じちゃう」
 それにも三浦は応えずに、そっと手を退いて去って行く。
「時間はあるのか?」
「ううん、今日はもう遅すぎます・・女王様のおそばへ帰らないと・・明後日なら一度家へ戻りますから・・ねえ三浦さん」
「うむ?」
「ドライでいいのよ、重くなるから。でも・・そうなるのなら、そのとき本気でいてくださいね・・」
 三浦は応えず、カウンターの中へリクエスト。
「タイムアフタータイム、マイルスで」
 店員なのか、いいや、おそらくマスター。五十年配の男性がちょっとうなずき、CDをチェンジした。

 気怠くかすれるトランペット・・友紀の好きな曲だった。こういうところでもセンスが合うと嬉しくなる・・。

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