2016年12月02日

過去からの愛撫(終話)


終話

 家に戻った私は普段通りの時間を過ごして、寝る時刻…ボトルのこ
とは教会に置いてきたと父には言った。

 私から抜け出した透明なセリアが隣りに寝ていて、私を抱いてくれ
ていた。彼女は私を恩人だと思ってくれて、やさしくしてくれるのね。
 透き通ったセリアに唇を重ねられ…体中を愛撫されて達していく。
あの手紙にあったような虹の揺らぐアクメなのです。

 でも…あのときの彼に対する激しい私は、セリアがさせたことなの
でしょうか?

 本気で向かってくるものに女は濡れる生き物です。裏切りなど考え
ず愛に酔って達していくのよ。求めてくれる人だから。だから女は自
分を賭ける気持ちになれるし、燃えるもの。あの激しさは私の中にも
ともとあった本質なんじゃないかしら。裏切ったら殺すと言ったこと
だって女たちの本音だわ。身も心も溶け合いたいと願うものだし、裏
切りなんて、とうてい許せることじゃない。
 だけど私はまだ十九歳の娘なんです。素敵な人には、これからだっ
て出会えるでしょうし…よそ見ぐらい私はいいのよ、だけど彼には許
さない。

 それから一月ほどして、私は二十歳になっていました。誕生日のお
祝いも兼ねて山へ行こうと彼は言ったわ。テントを持って、宿ではな
くて山の中に野営する。原生の森には明かりなんてもちろんなくて、
綺麗な夜空がひろがるわ。南アルプス。登山を知ってる彼と違って私
は山には素人で、それほど険しい場所じゃない。
 下界は夏でも標高が上がっていくほど、すがすがしい風が来る。テ
ントは二人用の小さなもので彼が持ち、私は小さなナップサックを背
負ってた。入山して数時間が過ぎていき、登山ルートを少し逸れたせ
せらぎのすぐそばに、野営の場所を決めたのでした。
 テントを張って、そしたらそれは二人が抱き合ってちょうどいいほ
どしかない狭いもの。夜の激しいセックスを想像させた。ハンサムで
はなかったけれど彼っていい男です。とにかく誠実。山が好きでロマ
ンがあって、将来写真家になりたいと言っていた。ネイチャーフォト
よ。キラキラした目で世界を歩きたいと夢を語る。

 薄暗くなってきて、二人とも裸になって沢の水で汗を流す。若い彼
は勃起して、私も満足そうにそれを握って笑っていました。
「へっへっへ! こんなところで素っ裸かよ!」
「あらあら勃起させちゃって、可愛い子じゃない、あはははっ!」
 山と言っても、このへんまではハイキング程度で来られる場所。山
男ではない者たちも入り込んで来るようです。
 明らかに素行のよくない、男三人、女が一人、突然現れた四人に私
たちは狙われてしまったの。男の二人が裸の私に歩み寄ろうとしたと
きに彼が立ちはだかってくれました。
 だけど負けるわ、女はともかく男三人が相手だし、三人とも彼より
ずっと体格がいいのです。
「何だ君たちは! 女の子には手を出すな!」
「おうおうカッコいいじゃん! てめえはどいてろ! やっちまえ!」
「おおう!」
 そのとき私は…両手で体を抱いて隠しながらも彼のことを見ていた
わ。どこまで私を守ってくれるのか。だけどやっぱり殴られて、倒れ
たところを男たちに蹴り上げられて気を失ってしまったの。顔なんて
血だらけです。

「もういいわ、そのぐらいにしてやって、死んじゃうわよ。許さない
から…」
「ふっふっふ…許さない…ふっふっふ…死ぬがいい…」
 鈴のようなセリアの声が確かにしたわ。だけど記憶にあるのはそこ
まででした。

「な、何なの、この子…きゃぁぁーっ!」

 そして…。
 ハッと気づいたとき、四人の凄惨な死体が転がっていたんです。悪
魔にでも襲われたように、男たちは顔や体が無惨に変形してぐしゃぐ
しゃで、女の子はもっとひどく、裸にされて木の股に片足を引っかけ
た逆さ吊りにされていた。カッと目を見開いて死んでいたんです。
 男たちに陵辱されて死んだセリアの恨みが、五百年の時を超えて四
人を惨殺したのです。

 テントの中で…顔が青く腫れた彼を寝かせ、私は寄り添って頭をそ
っと撫でている。
「み、美月…ここは?」
「テントよ」
「ああ…あいつらはどうなった?」
「わからない」
「わからない?」
「そう。気がついたらみんな死んでた。それより大丈夫? ひどい傷
よ?」
「うむ。なんとか生きてる。ぁうう…」
「いいから寝てて。ありがとう、守ってくれたね」
「というか、覚えてないんだ。あ痛てて…」

 そんなことがあって二年が過ぎて、私の卒業を待って私たちは結婚
したわ。あのときの彼の姿。命がけで守ってくれたことに、私は、こ
の人しかいないと思えたの。セリアは相変わらず私の中に同居して、
毎夜抱いてくれましたが、結婚してからは姿を見せなくなっていた。
彼がいないときなんか…私が独りでいるときだけふわりと抜け出て、
やさしい愛撫をくれるのです。
 男の怖さを知っているセリアが認めてくれた彼ですからね。やさし
いし逞しいし、セックスのときなんて奴隷のように尽くしてくれたわ。
 親の反対を押し切って結婚した二人です。生涯何があっても切れな
い二人でいられるでしょう。
 私の実家のすぐそばに小さな家を借りて暮らしはじめていたんです。
幸せだったわ。彼とセリア、二人に愛されていましたからね…。


 私が、そのとんでもない事実を知ったとき…いくらなんでも遅すぎ
た。筑波の大学にいる彼から突然電話が入ったのです。
「偶然なんですがね、アメリカで超常現象を研究してる友人がいまし
てね」
 背筋が寒くなる話。アメリカ西海岸のある街に住む娘が、偶然海で
ボトルメールを見つけてしまい、中を開けて、人皮とは知らずに手に
持った。そしたらその皮が蠢きだして娘に取り憑き、体に潜り込み、
セリアという霊を同居させる恐ろしい女となった。
 向こうのことだから神父に頼り、悪魔払いの儀式をやって、苦しま
ぎれに抜け出た人皮を取り除き、あの瓶に封じ込め、長い間教会の地
下に隠しておいたと言うのである。
 そのとき日本では文明開化の頃であり、ボトルの時代と符合する。
 その教会は、数年前の火災で焼失。そのときにあのボトルは捨てら
れたのではないかというものだった。数年かけて太平洋を彷徨って、
日本の伊豆で娘が見つけて持ち帰ったということだ。

 結婚して家を出たあの子の部屋を覗いてみて、本棚の陰に隠してあ
ったボトルを見つけた。中は空っぽ。その娘から、妊娠したとの知ら
せが入ったのも、ちょうどそんな頃だった。

「女の子よー、ほらぁー、可愛いでしょう」

 私は二十三になっていました。無事に産まれてくれて、乳首に吸い
つく姿がたまらなく、夫と二人で見ていたわ。そのうち目が開き、そ
れがまたぱっちり丸くて可愛いの。キャッツアイです。透き通るよう
な濃い茶色の眸。光に揺らいで金色に見えたりする。
 あのとき山でセリアに守られて結ばれた私たち。だから私は生まれ
た娘にリアと名付けた。「梨」に「亜」と書いてリアなんです。

 そしてある日…彼が仕事に出かけ、私は乳汁を蓄えて張り詰める乳
房の先を綺麗に拭いて、お乳をあげようと抱いたのです。
 可愛いわ…天使のような娘です。

「だぁぁ…きゃきゃきゃ」
「はーい梨亜ちゃん、お乳でちゅよー、たくさん飲んでねー。うふふ、
可愛い…」
 チュパチュパと乳首に吸いつき、もの凄い力で吸ってくれる。片方
だけではたりなくて、抱き直してもう片方の乳房も吸わせ、おなか一
杯になったのでしょう、やっと乳首を離してくれたわ。

「だぁぁ…」
「おなかいっぱいでちゅかー、おいちかったでしょー。うふふ…ああ
たまらない、可愛いわ、天使よね」

「ふっふっふ…美味しいわママ…ふっふっふ…」

「え…梨亜? あなた喋った?」
 洞穴に響く鈴のような声でした。

「ママ、戻ってきたわよ…ふっふっふ…だぁぁ、きゃきゃきゃ!」

 全身に怖気が走り、鳥肌が騒ぎ立って、私はそのとき凍りつき…だ
けどすぐに笑う娘を見ていて笑顔になれたわ。
 私は、可哀想なセリアを産みなおしてあげたのですから。

 私の女体に同居した透き通ったセリアは、それきり姿を見せなくな
った。

過去からの愛撫(二話)


二話

 父親からボトルを託された美月は、二階にある自室に持ち込んで、
デスクの明かりをつけて眺めていた。五百年ほども前の女の情念が封
じ込められている。時代が変わっても女は女。切ないまでの文章だと、
美月は胸が苦しくなった。

 ママ 私はもう狂ってしまう 死にたいわ
 男たちに犯されて 犯されて
 このままでは性の化け物にされてしまう
 七色の光が舞うほど達してしまうの
 さようならママ 愛しています 淫らなCelia

 この時代の隆々とした男たちに囲まれて、裸にされて泣き叫んで犯
されて…その中で彼女は自らの死を悟り、運命を受け入れるしかなか
ったのだろう。手紙は母親に宛てて書かれている。ママもこうしてパ
パに抱かれ、悦びにのたうって、それで私ができたのね…だったら娘
の私だって女です。せめて男たちに求められて死んでいきたい…そん
な想いが込められていると思うのだった。
 きっと他にも娘らはいて、酷く責められ死んでいった。その皮を剥
いでまで母親に女の性(さが)を伝えようとしたのだろう。感じて感
じて、せめても幸せですと言いたかったに違いない。そんな想いをめ
ぐらせながら美月はボトルに向き合っていた。

 ボトルをデスクの真ん中に置き、鉢植えのパンジーをそばに置く。
紫色の綺麗な花が咲いていた。
「セリア、見えるでしょ、可愛いお花よ」
 ボトルの肌を撫でてやり、デスクの明かりを消して、美月はベッド
に横になった。部屋の明かりはリモコンで暗くできるもの。窓からの
ちょっと青い星明かり。そのまま美月は眠ってしまった。

 しかし…。
 真夜中にカタカタと、ほんのかすかな硬い音。
 美月はうっすら目を開けて、けれども瞼が重くなり、また沈むよう
に眠りかけた。もぞもぞとパジャマの中に何かが滑り込んでくる感じ
がする…夢かしら? 美月は不気味なものを感じながら目を開けた。

 違う、夢じゃない!

 美月はとっさに枕元に置いた明かりのリモコンに手を伸ばし、スイ
ッチを入れた。パパッと瞬いて蛍光灯が発光した。
 真っ先に目に入ったのは、すぐそばのデスクに置いたセリアのボト
ル。ビニルをかぶせて蓋にされた、そのビニルが、破れてしまって、
まくれ上がっているのである。
 ザーっと全身に鳥肌…そのときだった、パジャマの内側のおなかと
胸の間のあたりに、へばりつく何かを感じた。美月はパジャマの上を
まくりあげて体を見た。

 声が出ない。ボトルの中の巻き皮が、ひろがって、もぞもぞ蠢いて
白い肌にへばりつき、剥がそうとしても貼りついて剥がれない。
「い、嫌ぁ…セリアなの…ねえ嫌ぁ…」
 褐色の人の皮は、それから見る間に美月の体に吸われるように消え
ていき、次の瞬間、ゾゾゾーっとする震えが来た。彼に抱かれたとき
のあの感じ…快楽の波のような感覚だった。
「ぁ…あ、あ、はぁぁ…」
 このとき美月は仰向けにベッドに寝ていて、その美月の体から幽体
離脱をするように、透き通った女の輪郭が、美月の姿からズレて起き
上がり、そのうちそれが人の顔となって美月を見つめた。
 ふわふわとカールした金髪の長い髪。綺麗な子。ルノアールの絵に
あるような幼顔の美女であった。

「ふっふっふ…ミツキ…ふっふっふ」

 洞穴に鈴が響くような美しい女声であった。

「セ、セリア?」
「ふっふっふ、ありがとう、救われたわ。ふっふっふ」

 透き通った手が、パジャマを胸までたくし上げ、乳房の両方を一度
にわしづかみにするように揉み上げられて、乳首をつままれ、愛撫さ
れ…美月はもちろんはねつけようと抗ったが、体がぴくりとも動かな
い。恐ろしい力だった。パジャマの上をむしるように脱がされて、下
のズボンもピンクのパンティと一緒に抜き取られ、立てた膝頭が見え
ない力に開かれていくのだった。

 パパ! ママ! 美香! 助けて! 
 叫ぼうとしても声が出ない。

「あ! ああん! ああん!」
 透き通った手が、指先を少し曲げて、いきなり美月の中に没してい
った。意識の白くなるほどの快楽。クリトリスをこすられて膣に指を
入れられて、ピークが一気にやってくる。
 逆らえば何をされるかわからない。それに美月は、すでにヌラヌラ
濡らしていた。

「セリア…わかったわ、やさしくして。可哀想なセリア…」
「ふっふっふ…いい子ねミツキ…」
 五百年も前の女霊に美月は抱かれ、目眩のするアクメの世界へと導
かれていったのだった。

 翌朝。ボトルの中に人皮はなく、それが夢でなかったことを思い知
る。朝シャワーを浴びる美月は、裸身を鏡に映してみた。そのときに
はもう父親は出かけていなく、母親と妹はいたのだったが、あまりの
ことに、それを言うどころではなかった美月。セリアは美月に溶け合
っていたのである。
「セリア、いるんでしょ?」
 鏡に映る若い乳房が、見えない手につつまれて指先を動かすように、
むにゅむにゅと波打ちながら蠢いた。いるわよとセリアが言っている。
「ぁぁ感じちゃうから、いまはやめて。夜まで待ってね。これから学
校だから」
 ぴたりと動きがなくなって、怖気や悪寒や、そんなものも一切ない、
いつも通りの美月に戻れていた。

 あたりまえに授業を終えて、学校を出ようとしたとき、美月の携帯
にメールが入った。彼からだった。一つ上で付き合いだしたばかり。
エッチはキスまで。体に触らせてもいなかった。
 大学から少し離れたカフェで逢って、そしたら彼が部屋に誘いたが
っている。付き合いだして間もなくて、いきなりそこまではと、美月
は二度ほど誘いを断っていた。
「いいわよ、そんなに時間ないけど」
 彼は嬉しい。美月にすればタイプというほどもなかったが、猛烈な
アタックで、誠実な若者だった。大学のワンゲル。これから夏山シー
ズンで、それにも誘われていた美月だった。テントを持って二人で行
こうと。
 二人は電車の向きが一緒だった。JRの途中駅で別れ、それぞれ私
鉄に乗り換える。

 六畳一間のワンルームマンション。もちろん賃貸で、狭いなりに綺
麗にされた好感の持てる部屋だった。紅茶を飲みながら音楽を聴き、
いいカンジになったとき、男手がそっとスカートに伸びてきた。
「本気?」
「もちろんだ、好きだ!」
「ぁン」
 シングルベッドにもたれて下に並んで座っていて、横抱きに崩され
て唇が重なった。奪うようなキスだった。若い男のパワーに満ちたキ
スだった。顔が離れて、美月が下で彼が上…そしてそのまま見つめ合
い…。
「ほんとに本気ね? 私って怖い女かも知れないよ?」
「本気さ。好きなんだ、愛してる」

 そのとたん、美月の中のセリアが黙っていなかった。

 上になった彼をあべこべに下に組み伏せて、唇を貪って、あべこべ
に脱がせていった。
 Tシャツ、ジーンズ、トランクス…男を素っ裸にひん剥いて、美月
ももちろん脱ぎ去って、顔をまたいで腰を降ろし、性器を見せつけて
キスをせがみ、勃起する男性をングング飲み込み、女性器を舐められ
て腰を振る美月…あっという間に口の中に白濁が飛び散った。青臭い
精液だ。もちろん飲んだ。だけど若い彼は一度では萎えなかった。白
く美しい全裸の美月は身を翻して勃起の上にまたがって、美月自ら手
を添えて導いて、ヌラヌラ濡れる女性器に突き刺した。

「はぁぁー、もっと突いて、ねえもっとよもっと! 裏切ったら殺す
から…はぁぁン、ああ感じるぅ、いい! イクぅ! ねえもっとー!」

 呆然としていた。彼もそうだが美月自身も。格闘するセックスだっ
た。意識が飛ぶほど気持ちよく、狂ったように腰を振り立て乱舞する。
 美月はバージンではなかったが経験はそれほど多くもなかったはず
だ。

 そして…揃ってアクメに倒れたとき、美月はだらりと伸びた睾丸を
わしづかみに握り潰しながら言ったのだった。
「もう一度言うわ、裏切ったら殺すからね。私への貞操を誓いなさい。
さもないとほんとに握り潰すわよ。わかった!」

(ふふふ、やり過ぎよセリア…可哀想に、びっくりしちゃって青ざめ
てたもん)

 帰り道…美月は心の中で、体の中のセリアと笑って話して歩いてい
た。

過去からの愛撫(一話)


一話

「はい瀬川です…ああ、これは博士…いえいえ、こちらこそお世話に
なります。何かわかりましたか? うむ…え…何ですって、人皮? 
人の皮だと言うんですね? ええ…それも大航海時代に書かれたもの?
まさかそんな…ええ…えっ、なのに瓶が違う? 明治初期のボトル?
そうですか…とにかくこれからそちらにお伺いいたします」

 愕然として電話を切った。私は瀬川文宏。東京の大学で考古学を研
究したが、持ち込まれたそれは私がテーマとするメソポタミア文明の
時代よりはるかに新しく、知り合いの若い博士に鑑定をお願いしたも
のだった。
 驚くべき報告だったが、しかし妙だ。大航海時代に書かれた手紙が、
なぜ明治の頃のボトルに入れられ大海を彷徨っていたのか。ともかく
私は彼のところへ向かうことにした。彼は筑波にある大学で、これか
らの科学捜査の元となる鑑識および画像解析技術を研究している人物
だった。弱冠三十七歳と若いのだが、その道にかけては名の知れた男。
 その彼が言うのだから間違いないのだろうが、それにしても人の皮
に書かれた手紙とは…。

「ねえ、お父さん、ちょっとコレ」
「うむ? ずいぶん古い瓶のようだが…」
「そうなのよ、巻いた皮みたいなものが入ってるでしょ」
「うむ。開けてみたのか?」
「ううん、気味悪いもん。もしかしたら大発見かもって思って持って
きちゃった」

 それを持ち込んだのは娘だった。私には娘が二人いるが、その姉が
大学の仲間たちと伊豆へ出かけ、海で遊んでいて見つけたものだった。
 医局にある薬瓶のような薄い緑色の広口瓶なのだが、ガラスには気
泡がぷつぷつ入り混じり、いまどきの技術ではない。コルクで栓がさ
れていたが、それも長い間の漂流でコルクの角が崩れてしまって指を
かけて開けることができなかった。瓶の中には、明らかに巻紙のよう
に巻いた動物の皮のようなものが入っていたが、それがまた…鑑定に
よれば人皮であるそうで、五百年ほども前の大航海時代に書かれたも
のだと言うのである。

 そして夕刻、慢性的な渋滞をくぐり抜けて彼の研究室に飛び込んだ
私は、さっそく大きなモニター画面を覗き込んだ。丸められた皮は、
どういった技術なのか、平らにされてひろげられていたのだが、歳月
が白いはずの人皮を斑な焦げ茶色に変色させて、その肌には汚れこそ
あれ文字らしきものは読み取れない。手の平二つ分ほどのいびつな形
の薄い皮。背中か腹か、ちょうどそれぐらいの大きさなのだ。
 検体がそんなものなのに、コンピュータに取り込まれて処理された
画像には、うっすらと英文字が浮かんでいる。それだけでも凄い技術
だと感心する。

「まず、これは白人の人皮に血で書いた手紙です。DNAを調べれば人皮
の性別ぐらいは判定できると思いますが、事件性もなさそうですから
僕の方ではそこまではしていません」
「ええ、それで結構です。それにしても血で書いた手紙とは…」
「まったくですね。それでほら、ここに、1542.may17とありますね」
「1542年…十六世紀?」
「そうです。それで文面は英語の走り書きで内容は可哀想なものです
よ。横にタイプしておきました」

 ママ 私はもう狂ってしまう 死にたいわ
 男たちに犯されて 犯されて
 このままでは性の化け物にされてしまう
 七色の光が舞うほど達してしまうの
 さようならママ 愛しています 淫らなCelia

 文面は、人皮の横にタイプした活字にされてモニター画面に映って
いた。
「淫らなセリア…」
「ええ、セリアという娘さんが書いたものでしょうが、この時代のこ
とですから、おそらくは海賊か敵兵かに捕らえられ…」
「でしょうね。それで? 皮や血と彼女との関係は?」
「そこまではわかりません。彼女自身のものなのか、あるいは…まあ、
こうして手紙を書いているわけですから、少なくとも皮は彼女のもの
とは考えにくい」
「うむ、娘らは他にもいて、責め殺された者たちのということですか
ね?」
「充分考えられますね。しかし、これがボトルメールであったかどう
かは不明です。瓶が違いますし、人づてに持ち出されたものかも知れ
ない。そしてその瓶ですが、ガラスの質や加工技術の点から言って明
治初期のものである可能性が高いのですが、これもまた、これほどあ
りふれていて、かつ古いとなると割り出しようがないんです。ただ…」
「何か?」
「コルク栓なんですが、ワインボトルのようにボトルの中にめり込ん
でガラスに守られるようになっているならともかくも、これほどの広
口瓶の栓ですので、ボトルともども明治のものであったとしても、そ
の頃から海を漂っていたとは考えにくい。栓が壊れて沈んでしまう。
漂っていられるのは、せいぜい数年かと思われます」
「数年ですか…五百年前のものが、どういう経路か人手に渡って、明
治の頃のボトルに入れられ、つい数年前まで何者かに所蔵されていて、
しかし海に捨てられた…?」
「そういうことです。発見場所が伊豆だとしても数年もあれば世界中
の海から流れ着くでしょう。いずれにしろタイムカプセルですよ、大
昔からのメッセージですからね。それで博士、これらをどうなさいま
す? こちらで勝手に処分というわけにもいきませんので」
「大学の資料室に展示するもいいでしょうが、その前に教会か…」
「そうですね、そうされた方がよろしいかと思いますよ。供養してあ
げないと可哀想ですからね」

 それで私は、ふたたび巻かれて瓶に戻された哀れな娘の言葉を持ち
帰ることとなったのです。コルク栓は壊されて、ビニルをかぶせて紐
で縛ってありました。
 帰りのクルマを操りながら、私は、セリアという娘らの凄惨な陵辱
シーンを思い浮かべていたのです。この頃のヨーロッパは、海賊は横
行し、それでなくても日本の戦国時代のように戦いに明け暮れていて、
こういう悲劇は多かったことでしょう。
 しかし私はショックだった。おそらくは同じ年頃の娘を持つからか、
そのセリアは、酷くも犯されながら虹が浮かぶほど達すると言い、性
の化け物にされてしまうとまで言っている。女の性(さが)を感じて
しまう。セリアに私の二人の娘の姿が重なって、いたたまれなくなっ
てしまうのです。

「美月、ちょっと」
「うん」
 八王子の山裾に構えた小さな家に戻った私は、上の娘を呼びました。
上は美月、下は美香と名をつけた。
 持ち帰ったボトルと、あのときのモニター画面をそっくり印刷した
ものの両方を、私は隠さず娘に見せた。
「へぇぇ、1542年…アメリカができるさらに二百年以上も前のもの?」
「そうらしいよ。それも人の皮を剥いで血で書かれた手紙でね」
「ひどい…」
「うむ。しかしおまえが見つけてあげたから、この子も少しはうかば
れる。明日にでも教会へ持って行こうと思ってるんだ」
「うん。でも、わかるなぁ…」
「わかる?」
「だって…女ってそうなのよ、拒めば殺される極限の中にいても、こ
れは運命…愛だと信じていたいもの。せめてもの気持ちが入るから感
じるのよ。じゃないと生まれてきた意味がないでしょう」

 どきりというのか、ハッとしたというのか、子供だとばかり思って
いた娘が、いきなり女の情感をみせたのです。娘はもうすぐ二十歳に
なる。もちろん男女のことも知っていると思っていたし。
「いいわ、お父さんはいい。いろいろありがと。教会へは私が行く。
見つけたのは私だから天国へ送ってあげたいの。可哀想だもん」
「うむ、そうしてやりなさい」
 ちょっと目を潤ませている娘のやさしさに安心し、ボトルを娘に委
ねてしまった。

 それが異変のはじまりだったのです…。