終話
家に戻った私は普段通りの時間を過ごして、寝る時刻…ボトルのこ
とは教会に置いてきたと父には言った。
私から抜け出した透明なセリアが隣りに寝ていて、私を抱いてくれ
ていた。彼女は私を恩人だと思ってくれて、やさしくしてくれるのね。
透き通ったセリアに唇を重ねられ…体中を愛撫されて達していく。
あの手紙にあったような虹の揺らぐアクメなのです。
でも…あのときの彼に対する激しい私は、セリアがさせたことなの
でしょうか?
本気で向かってくるものに女は濡れる生き物です。裏切りなど考え
ず愛に酔って達していくのよ。求めてくれる人だから。だから女は自
分を賭ける気持ちになれるし、燃えるもの。あの激しさは私の中にも
ともとあった本質なんじゃないかしら。裏切ったら殺すと言ったこと
だって女たちの本音だわ。身も心も溶け合いたいと願うものだし、裏
切りなんて、とうてい許せることじゃない。
だけど私はまだ十九歳の娘なんです。素敵な人には、これからだっ
て出会えるでしょうし…よそ見ぐらい私はいいのよ、だけど彼には許
さない。
それから一月ほどして、私は二十歳になっていました。誕生日のお
祝いも兼ねて山へ行こうと彼は言ったわ。テントを持って、宿ではな
くて山の中に野営する。原生の森には明かりなんてもちろんなくて、
綺麗な夜空がひろがるわ。南アルプス。登山を知ってる彼と違って私
は山には素人で、それほど険しい場所じゃない。
下界は夏でも標高が上がっていくほど、すがすがしい風が来る。テ
ントは二人用の小さなもので彼が持ち、私は小さなナップサックを背
負ってた。入山して数時間が過ぎていき、登山ルートを少し逸れたせ
せらぎのすぐそばに、野営の場所を決めたのでした。
テントを張って、そしたらそれは二人が抱き合ってちょうどいいほ
どしかない狭いもの。夜の激しいセックスを想像させた。ハンサムで
はなかったけれど彼っていい男です。とにかく誠実。山が好きでロマ
ンがあって、将来写真家になりたいと言っていた。ネイチャーフォト
よ。キラキラした目で世界を歩きたいと夢を語る。
薄暗くなってきて、二人とも裸になって沢の水で汗を流す。若い彼
は勃起して、私も満足そうにそれを握って笑っていました。
「へっへっへ! こんなところで素っ裸かよ!」
「あらあら勃起させちゃって、可愛い子じゃない、あはははっ!」
山と言っても、このへんまではハイキング程度で来られる場所。山
男ではない者たちも入り込んで来るようです。
明らかに素行のよくない、男三人、女が一人、突然現れた四人に私
たちは狙われてしまったの。男の二人が裸の私に歩み寄ろうとしたと
きに彼が立ちはだかってくれました。
だけど負けるわ、女はともかく男三人が相手だし、三人とも彼より
ずっと体格がいいのです。
「何だ君たちは! 女の子には手を出すな!」
「おうおうカッコいいじゃん! てめえはどいてろ! やっちまえ!」
「おおう!」
そのとき私は…両手で体を抱いて隠しながらも彼のことを見ていた
わ。どこまで私を守ってくれるのか。だけどやっぱり殴られて、倒れ
たところを男たちに蹴り上げられて気を失ってしまったの。顔なんて
血だらけです。
「もういいわ、そのぐらいにしてやって、死んじゃうわよ。許さない
から…」
「ふっふっふ…許さない…ふっふっふ…死ぬがいい…」
鈴のようなセリアの声が確かにしたわ。だけど記憶にあるのはそこ
まででした。
「な、何なの、この子…きゃぁぁーっ!」
そして…。
ハッと気づいたとき、四人の凄惨な死体が転がっていたんです。悪
魔にでも襲われたように、男たちは顔や体が無惨に変形してぐしゃぐ
しゃで、女の子はもっとひどく、裸にされて木の股に片足を引っかけ
た逆さ吊りにされていた。カッと目を見開いて死んでいたんです。
男たちに陵辱されて死んだセリアの恨みが、五百年の時を超えて四
人を惨殺したのです。
テントの中で…顔が青く腫れた彼を寝かせ、私は寄り添って頭をそ
っと撫でている。
「み、美月…ここは?」
「テントよ」
「ああ…あいつらはどうなった?」
「わからない」
「わからない?」
「そう。気がついたらみんな死んでた。それより大丈夫? ひどい傷
よ?」
「うむ。なんとか生きてる。ぁうう…」
「いいから寝てて。ありがとう、守ってくれたね」
「というか、覚えてないんだ。あ痛てて…」
そんなことがあって二年が過ぎて、私の卒業を待って私たちは結婚
したわ。あのときの彼の姿。命がけで守ってくれたことに、私は、こ
の人しかいないと思えたの。セリアは相変わらず私の中に同居して、
毎夜抱いてくれましたが、結婚してからは姿を見せなくなっていた。
彼がいないときなんか…私が独りでいるときだけふわりと抜け出て、
やさしい愛撫をくれるのです。
男の怖さを知っているセリアが認めてくれた彼ですからね。やさし
いし逞しいし、セックスのときなんて奴隷のように尽くしてくれたわ。
親の反対を押し切って結婚した二人です。生涯何があっても切れな
い二人でいられるでしょう。
私の実家のすぐそばに小さな家を借りて暮らしはじめていたんです。
幸せだったわ。彼とセリア、二人に愛されていましたからね…。
私が、そのとんでもない事実を知ったとき…いくらなんでも遅すぎ
た。筑波の大学にいる彼から突然電話が入ったのです。
「偶然なんですがね、アメリカで超常現象を研究してる友人がいまし
てね」
背筋が寒くなる話。アメリカ西海岸のある街に住む娘が、偶然海で
ボトルメールを見つけてしまい、中を開けて、人皮とは知らずに手に
持った。そしたらその皮が蠢きだして娘に取り憑き、体に潜り込み、
セリアという霊を同居させる恐ろしい女となった。
向こうのことだから神父に頼り、悪魔払いの儀式をやって、苦しま
ぎれに抜け出た人皮を取り除き、あの瓶に封じ込め、長い間教会の地
下に隠しておいたと言うのである。
そのとき日本では文明開化の頃であり、ボトルの時代と符合する。
その教会は、数年前の火災で焼失。そのときにあのボトルは捨てら
れたのではないかというものだった。数年かけて太平洋を彷徨って、
日本の伊豆で娘が見つけて持ち帰ったということだ。
結婚して家を出たあの子の部屋を覗いてみて、本棚の陰に隠してあ
ったボトルを見つけた。中は空っぽ。その娘から、妊娠したとの知ら
せが入ったのも、ちょうどそんな頃だった。
「女の子よー、ほらぁー、可愛いでしょう」
私は二十三になっていました。無事に産まれてくれて、乳首に吸い
つく姿がたまらなく、夫と二人で見ていたわ。そのうち目が開き、そ
れがまたぱっちり丸くて可愛いの。キャッツアイです。透き通るよう
な濃い茶色の眸。光に揺らいで金色に見えたりする。
あのとき山でセリアに守られて結ばれた私たち。だから私は生まれ
た娘にリアと名付けた。「梨」に「亜」と書いてリアなんです。
そしてある日…彼が仕事に出かけ、私は乳汁を蓄えて張り詰める乳
房の先を綺麗に拭いて、お乳をあげようと抱いたのです。
可愛いわ…天使のような娘です。
「だぁぁ…きゃきゃきゃ」
「はーい梨亜ちゃん、お乳でちゅよー、たくさん飲んでねー。うふふ、
可愛い…」
チュパチュパと乳首に吸いつき、もの凄い力で吸ってくれる。片方
だけではたりなくて、抱き直してもう片方の乳房も吸わせ、おなか一
杯になったのでしょう、やっと乳首を離してくれたわ。
「だぁぁ…」
「おなかいっぱいでちゅかー、おいちかったでしょー。うふふ…ああ
たまらない、可愛いわ、天使よね」
「ふっふっふ…美味しいわママ…ふっふっふ…」
「え…梨亜? あなた喋った?」
洞穴に響く鈴のような声でした。
「ママ、戻ってきたわよ…ふっふっふ…だぁぁ、きゃきゃきゃ!」
全身に怖気が走り、鳥肌が騒ぎ立って、私はそのとき凍りつき…だ
けどすぐに笑う娘を見ていて笑顔になれたわ。
私は、可哀想なセリアを産みなおしてあげたのですから。
私の女体に同居した透き通ったセリアは、それきり姿を見せなくな
った。