2016年11月28日

レズ小説 デルタ(終話)


終話~デルタな性


 美鈴の心は泣いている。それはそうかも知れない。けれどもこのとき、着衣のままの美鈴に花園をまさぐられ、せつなく喘いだ留美の声に、麻紗美は微妙な違和感を覚えていた。説明できない感情だったが、それは二人のどちらに対しても感じた怒りのようなもの・・かすかな嫉妬だと麻紗美はすぐに理解した。
 卑屈すぎる美鈴にも腹が立つ。年上だというだけで三人の中ではもっとも綺麗で妖艶で、羨ましくさえ感じているのに、なぜそれほどまでに捨てられることを恐れるのか。留美の部屋にも私にかまわず来ればいいのに、ヘンに遠慮して遠巻きに見守っている。
 相手の中へと雪崩を打って崩れていく人。崩れた自分を立て直せずに苦しむ人。だから怖くて近づけない。

 エッセイそのままに壊れたくてならなかった天性の淫婦・・だけどそんなものは女なら誰もが抱える欲望・・。
 年齢を気にし過ぎる卑屈なところも許せなくなる。恋愛世代の留美はともかく、満たされていると言い切れない結婚をした私は、たかが十歳の違いであって、じきにあなたの居場所へ行くわ。十年先のあなたはこうだと言われているような気分になって感情が乱れてくる。素敵な四十二歳でいてほしいのに・・。
 置き時計に目をやって、思い立って麻紗美は言った。時刻はまだ真っ昼間。

「ちょっと出ましょう」
 留美をまさぐりながら抱き合う着衣の美鈴が目を丸くする。
「出るって・・?」
「どこかのラブホ。ここじゃダメ、声が抜けちゃう。ベルを泣かせてみたいから」
 全裸の留美は美鈴に性花をまさぐられ、ぷるぷる尻を痙攣させていた。
 とろんと溶けた眼差しで留美が振り向く。
 ベル・・それは別荘でのシーンの中で留美が不意に言った美鈴の呼び名。
 留美が意地悪くほくそ笑む。
「いいわねそれ。じゃあこういうのは? ベルだけ全裸にロングT、あたしたちはちゃんと着る・・くくくっ」
 留美と麻紗美に残酷な笑みを向けられて、美鈴は引き攣ったような面色だった。

 ハンドルを握りながら、麻紗美はおかしなことを考えていた。
 三人ともにマゾっぽい。
 私にとって留美はミル。美鈴にとっても留美はマゾ。
 留美と二人で美鈴に向かうと美鈴はベルへ堕とされる。
 なのに美鈴と留美が一緒だと私がマゾっておかしくない?
 三人揃うことに変わりはないと思うのだが、妙な空気感がそのときの運命を決めている・・と思ったときに、では留美にとって私や美鈴は何者なのかと思えてくる。
 レズというだけではくくれない何かがあると思えてならない。いちばん年下の留美が従っているだけで、留美の本性だけが未知数のまま・・そんな気がしてならなかった。
 脈絡のない思考がぐるぐる回っていると麻紗美は感じ、若い留美にゾッとする恐怖を感じた。どうしてそう思うのか、答えのない麻紗美だった。

 ホテルなんて、どこでもよかった。火柱を上げて燃える淫欲は麻紗美を激しく濡らしていた。自分でも目眩がするほど。私の中の魔性がついに動き出したと麻紗美は悟った。受け身ではなく私は美鈴を欲しがってると実感できる。
 美鈴の恐怖もそこにあるに違いない。ひとたび魔性が目覚めるとブレーキを失って性の沼へとはまっていく。女にとっての至上の歓びだからこそ、捨てられることを恐れるのだと思い、そのときになって、私には旦那がいて、留美にはリセットする若さがあって、けれども美鈴には何が残る?
 と、そう考えてしまうのだった。離婚できない家族とは妻を閉じ込める檻でしかなかっただろう。

 五階建てのラブホテル。造りが古く、入ってすぐ部屋を選んで、キイを持ってエレベーター。最上階の『鏡の間』を留美は選んだ。平日の昼下がり。部屋はほとんど空いていて、それは人がいないということで・・。
 留美がベルの背を押してエレベーターを降りたとき、責め具を詰めた大きなスポーツバッグを手にした麻紗美が言った。
「ここで脱ぐの。お部屋まで這いなさい」
 ハッハッハッ・・うわずった乱れ息。泣いているように潤う眼差し。
 脱がせたロングTを丸めて手に持って、先を這う牝犬ベルの、あさましいまでに濡らした谷底を見下ろした。白い尻を艶めかしく振り立てて、Dサイズの乳房をたわたわ揺らし、熟れた犬は愛液を垂らしながら這っていく。色素の薄い小さなアナルがひくひく蠢き扇情的だ。

 鏡の間・・天井全面それに壁面の三カ所がミラーウオール。
 部屋に入って不思議な世界がひろがった。鏡の角度が絶妙で、着衣の二人と全裸のベルが・・六人・・九人と倍々に増えていく。
「なるほどね」
 と麻紗美が言って、二人は麻紗美の口許を見つめていた。なるほどって?
「私たちは三枚の鏡だわ」
「鏡・・?」 と、全裸のベルがつぶやいた。
「互いに互いを映し合い・・?」
 と留美が言い、麻紗美はちょっとうなずいた。
「女が三人、デルタに組まれた鏡だわ。レズでありマゾであり、ときとしてサディスティックな光をなげる」
 これとよく似た不思議な光景を、大人の女が三人、知らないわけではなかった。子供の頃に覗き込み不思議でならなかった光の世界・・万華鏡・・筒を回してやるだけで、淫欲は見事な光の模様を描く。

 麻紗美も留美も脱ぎ去った。大きなベッド。ベルを挟んで左右に女体が絡み合う。
 麻紗美がベルの乳首を指先で嬲りながら言う。
「ねえベル・・素敵な四十二歳でいてね・・ずっとよ」
 ベルは意味が解せなかった。
 それから留美へと言葉を届ける。
「留美は・・私のようにならないで。奔放に留美らしく・・ね」
 すると留美は目を丸くして笑って言った。

「そんなのムリです」

「あら、どうして?」 と、麻紗美とベルの声が重なった。麻紗美も美鈴も、若い留美にはそうあって欲しいと願っていた。
 留美は身をずらして麻紗美の花園へと顔を埋め、開かれる中心で濡れるラビアを見つめて言った。

「だって・・それが女の道だもん・・」

 尖らせた留美の唇が麻紗美のクリトリスを捉えたとき、麻紗美の手がベルのラビアを掻き分けて、ベルの手が逆さになった留美のラビアを捉えていた。
 甘美な喘ぎは徐々に声量を増していき、大きなベッドをうねりのように揺らしつつ、もつれ合う白い女体の塊から見事なハーモニーとなって四散した。

 私が育てた淫婦たちが泥沼のように私を責めるの。
 イッてもイッてもキリのない夢の沼へと、私は沈んでいくんです。

 一人はミル。若い若い。とめどなくオツユを垂らす牝犬よ。
 一人は・・あらいけない名前がなかった。実名では可哀想。

 そしてそのとき私はベル。MISUZUの鈴は、透明な牝の音色。

 『ああン、ああン』・・うそばっかり。そんな声は女のポーズで、
 牝の叫びではありません。ガラスをこすった悲鳴だったり、
 吹きそこねたフルートみたいな、ひいひい声・・それからね、
 鞭打たれれば獣のように慟哭し、しゃくり上げて
 オンオン泣くの。それが牝よ。女という生き物の正体なんです。

 デルタに組まれた鏡のように、互いを映して蔑んで、
 互いを映してともに震えて果てていく。女三人、素敵な関係。

 やっと決意できたかしら。離婚。ベルとして二人に捧げながら、
 これよりないステキなアラフォーを生きていく。
 エッセイストBELL。MISUZUは卒業。それが私の近況です。

 私はきっとMではない。私はきっとSにもなれない。
 だけど・・激しい性へ導いてくれないと、私はまた闇の中。

 助けて・・。
 

 その日は儀式の夜だった。美鈴のマンション。
 書き上げた公表できないエッセイを、ベルと麻紗美は抱き合って読み返し、遅れて来る留美を待っていた。今夜ここに麻紗美を呼んだのは留美だった。

 BELLでいたい美鈴のために、留美がプレゼントを考えた。

 遅れてきた留美は、牝犬BELLの性を飾るアクセサリー・・金色の小さなベルが揺れて鳴るリングピアスを三つ、贈った。


~レズ小説 デルタ 完~

レズ小説 デルタ(十話)


十話~独り語り


 エッセイストMISUZUの正体について、書いてみようね。
 
 壊れてみたい願望がありました。壊れてしまう。
 こっぱみじんよ。ちょっとは綺麗なつもりの私の自我が
 跡形もなく壊されていくんです。これは妄想。
 ゲンジツない。ゼッタイないし、あってはならない淫ら夢。
 作風が変わったなんて思わないでね。しつこいようですが
 これって妄想。ヘンタイ的な妄想に濡らす私ですから。

 相手が男じゃダメなのよ。男だと私は女になりたがる。
 怖い人は女です。女ですが、そこらの人ではムリらしい。
 私が育てた淫婦たち。そこへ導いてあげたと言うべきか、
 苦しさのすべてを取り除いてあげた、私が育てた女たち。
 女たちはこう思うわ。解放してくれたのは、MISUZU。
 でもきっと、こうも思うはずでしょう。
 『よくも私を淫乱にしてくれたわ、何よ!』
 愛憎と言いますが、女の愛と女の憎の両方を私に向ける。

 もう逃げられない。私が育てた素敵な女たちに壊される。
 そのとき私はきっと可愛く、でもだから残酷はエンドレス。
 こっぱみじんに壊されてく。露出のような女性美であっても
 いいでしょうし、マゾのような甘美な悲鳴でもかまわない。

 私だけがヌード。それも縄がけされて濡れる花園に縄が
 食い込み、鳥肌の立つ乳房を震わせて、お外で調教。
 シューチだわ。歩けなくて立ち止まると、お尻に鞭がピシ。
 私が育て、サナギから羽化するように見事に羽ばたく女たち。
 慕ってくれて飛び去ろうとはしませんし、導かれて淫婦へ
 堕ちた・・堕とされたことへの恨みははかりしれない。
 私にとって恐怖な毒蝶が、鞭を手にして追い立てるのよ。

 鞭痕が消えないようなひどい責めはされません。それは、
 女たちは私を愛してくれてるからよ。ですけど、だから
 責め手はやまず、悪魔的なピークの淵へと追い詰められる。

 オモチャを渡され・・それはゴムの男性だったり、モーター
 仕掛けの、もっと怖いオモチャだったりしますけど・・。
 泣いたって許してくれない。目眩がし、瞼に流れ星が
 舞い散って、あうあうと赤ちゃん言葉を話すように、私には
 際限ない錯乱が与えられる。もがく。のたうつ。それでも
 私は握り締めたオモチャを使って私自身を追い詰める。

 ちょっとでも逆らえば、やさしいけれど鞭が来る。鞭より怖い
 言葉が聞こえる。『捨てるわよ。もうかまってあげないからね』
 私は泣いて泣いてイヤイヤします。壊されて、捨てられて
 しまうなら、私は狂ってしまうでしょう。壊れた私はもう元には
 戻せない。私は性奴隷の運命を受け取って、その中で
 煌めくしか輝けない。縄や鞭や、あらゆる淫具、あらゆる責めを
 与えられ、二度ともう私からは求めずに、自分勝手に苦しまず、
 与えられる苦悶の中で安らかに生きていく・・だって、
 女の恨みは怖いものよ。許されることがないのですから。

 ああ、そんな・・排泄まで強制されるの? 笑われて・・私は泣く。

 よく耐えたね、よくやったわ・・そう褒められて、そのとき私は、
 心が昇天し、ふわふわと全裸が浮いて・・気を失う。
 どう? MISUZUってヘンですか? 
 ねえ、どうしてそう思う?

 だってそうでしょ、それってあくまで妄想なのです。ゲンジツない
 私のセックス。セックスぐらい好き勝手でいいんじゃない。

 ああイヤよ壊れちゃう・・ねえ・・ねえ壊れちゃう・・壊れていい?

 公開するのかしないのか、昨夜のうちにメールで舞い込んだ美鈴の言葉を、麻紗美は留美の部屋で読んでいた。麻紗美も全裸、留美も全裸で、留美の尻には、できたばかりの鞭痕がうっすらと。
 麻紗美の腕の中で留美は言う。
「・・憎いもん」
「え?」
「美鈴さんです、あたしをこんなにしてくれた・・許せない」
 麻紗美は、いまのいままで痛がって振り立てていた留美の尻を撫でながら、ちょっと笑った。美鈴は妄想だと書いているが、あのとき貸別荘での出来事をそのまま書いたエッセイだった。美鈴のマゾヒズムが覚醒した二泊だった。
 麻紗美が言った。
「それを言うなら私だってよ。美鈴に夢中・・留美にも夢中・・エッチな私にされちゃった」
 留美は溶けた眸で甘え、麻紗美の乳首をそっと含み、けれども鋭い犬歯でカリッと噛んだ。
「あぅ!」
 麻紗美は硬直してブルルと震え、鳥肌がザーッとひろがる。
「ふふふ、痛い痛い・・でも感じる・・」
 麻紗美は、乳首から離れた留美の口許へ、ふたたび乳首を寄せながら言った。
「そうなのよね・・何をされてもイキそうだから」
「あたしも。お姉様のこと好き・・美鈴さんのことも好き・・」

「三人揃ってマゾっぽいこと・・」
 麻紗美は微笑み、全裸の留美を抱きくるむ。
 留美が言った。
「女はそうです・・ステキに壊れていけるなら幸せだもん」
「ステキかしらね、それって?」
「ステキですよー・・あのとき、ほら・・」
「別荘で?」
「そう別荘で。恐ろしいディルドを持たされ、あたしたちに笑われながら、泣いて泣いて自分を犯して果てていった美鈴さん」
「そうね・・白目を剥いて・・女性美なんて捨て去って・・」
「ケダモノでしたね・・だらしなく失禁しちゃって・・」
「だけどその後、目覚めた美鈴は赤ちゃんみたいに可愛かった。十歳違う私にベタベタしちゃって・・妹みたいに」
「二十も違うあたしなのに娘みたいに甘えてた。苦しかったんだろうなって・・可哀想になっちゃって・・だからまた泣かせてあげた・・」
「浣腸よね?」
「そうそう。嫌がって身悶えして、でもあたしが言うとアナルを向けたわ」
「捨てるよって?」
「いちばん怖い言葉だもん・・『捨てるよ。もうかまってあげないからね』って」

 そして留美は言うのだった。
「あたしはそれでしくじったんです」
「彼のこと?」
 留美は、麻紗美の乳首の周りを指先でなぞりながら、目を伏せて悲しげに言う。
「あたしって、こう見えても男性にはSっぽいの・・拗ねはじめると手がつけられない。言うことなんてきいてやらない。一筋縄でいかない・・残酷に放置した」
「男は孤独に弱いから」
「それがわかってて面白がって知らんぷり。何をしたって追いかけてくれると思ってましたし」
「でも捨てられた?」
「振り向いてくれなくなって・・さぞ苦しかったんだろうとわかってて・・それでも素直なあたしに戻れなかった。失ってはじめて自分のしたことがどういうことかがわかったわ。彼の心を壊してしまった。あたしの方が壊れたってつないでおきたい彼の心だったのに・・」
 あのときのシーンを麻紗美は思う。留美がイチジクを手にしたときの美鈴の姿。
「捨てるよ! もうかまってあげないからね!」
 見る間に美鈴に涙が浮いた。お尻を向けて震えていた。美鈴の気持ちはよくわかる。私だって、そんなことを言われたら壊れることを覚悟する・・と麻紗美は思う。

「あぅ!」
「ふふふ、ほうら・・痛いのに声が甘い・・」
 またしても乳首を噛まれ、でもその後、舐められて吸われると、麻紗美の全裸にふたたび甘美な震えがくる。
 麻紗美は仰向けに寝て留美に委ねながら、虚空を見て言う。
「その彼と結婚するって思ってたんだ?」
「ううん、ぜーんぜん。それはない」
 麻紗美は覆い被さる留美の眸を下から見上げた。ギラギラしていてサディスティックに煌めいていた。
「そのときまだ二十一よ。いまでもたいして変わらないけど、結婚を考えだす前の彼だからピュアでいたい・・虐めてやって、苦しむ彼の姿が快感だった・・それでも彼は求めてくれると思ってたのに・・」
 麻紗美の乳房を揉み上げて、乳首を含んで舌先で弾くように舐める留美。
 息の声で喘ぎながら麻紗美は言った。
「あたしにもあるわ、そういうの・・旦那に対して。馬鹿みたいに真面目ですから、面白がって虐めてみたり・・」
 留美の吐息は熱かった。据わる眸で麻紗美を見つめ、キスをせがみながらデルタの淵へと手が降りたとき、部屋のドアがノックされた。
 二人とも目を丸くして息を潜める。

 ふたたびノック。ノックがこの部屋だと確かめる。
 留美は全裸にロングT。ドアに立った。
「はい?」
「私よ」
「美鈴さん・・はいっ、いま開けます」
 嬉しそうな留美の声が響いていた。
「はいケーキ、一緒に食べよっ」
「わぁぁ嬉しいなぁ・・入って入って、麻紗美さんもいるのよ。でもお店は?」
「閉めちゃったの、冷蔵庫が壊れちゃって」
「ありゃりゃ・・冷蔵庫が?」
「明日じゃないと業者が来ない」

 このとき麻紗美はタオルケットにくるまって全裸のまま。美鈴はホワイトジーンにジャケットというラフなスタイル。背を押されて美鈴が覗いたとき、麻紗美は一目で美鈴の恐怖を見抜いていた。
 視線に探りの色が潜んでいる。美鈴の方から訪ねて来るのははじめてのこと。呼ぶのはよくても訪ねることには躊躇する。こうして突然やって来て、拒まれるのが怖いからだ。若い留美と、まだまだ若い麻紗美との関係に、四十二歳の私なんて邪魔なのでは・・と考えているに違いない。女心は想像できた。

 貸別荘での出来事から四日。今日は麻紗美が休みで留美はズル。昼食から一緒にいた二人だった。時刻は昼の二時を過ぎたところ・・。
 美鈴から可愛らしく包まれたケーキの小箱を受け取って、留美は麻紗美にウインクした。ことさら意地悪に笑う留美の黒目がヌラヌラ煌めく。
「ほらケーキだって。可愛い奴隷ちゃんが虐めて欲しくて持ってきてくれたもの・・ふふふ、そうよね、奴隷のベルちゃん・・くくくっ」
 桜色だった美鈴の頬が白くなり、ラビア濡れを物語るように唇がふるふると震えだす。

 そうやって言葉で嬲りながら留美はロングTを脱ぎ去った。麻紗美もタオルケットをはだけてしまい全裸を晒す。
 美鈴の息が激しく乱れ、けれども美鈴はひた隠して息を詰める。
「お脱ぎ、ベル!」
 と留美は言い放ち、美鈴をビクリとさせておき、一瞬後にぱぁっと笑って美鈴にすがった。
「なんてね・・ウソですよ。嬉しいなぁ・・待っても待っても来てくれないし、ほんと言うと寂しかったの」
 着衣のまま美鈴は全裸の留美を抱き締めて、渇かない留美のデルタへ手をさしのべてまさぐった。
「あぁン・・嬉しい」
 美鈴の眸がキラキラ七色に煌めいて、留美の肩越しに麻紗美を見つめてちょっと笑う。

 美鈴の心は泣いていると麻紗美は思った。

レズ小説 デルタ(九話)


九話~虚脱の日々


 麻紗美にとって日常に戻るも何も、美鈴や留美の部屋を一歩出ると、異次元からスリップして還り着いたような見慣れた光景がひろがって、その中を何食わぬ顔で歩いている。
 夢の中の出来事のようだ。SMチックな道具を見せられ、そのうちのいくつかが使われた。私とは自我の違う美鈴や留美に笑われながら私は狂った。狂乱する性に屈服させられ、あのときのミルのように失禁までして気を失った。
 三十二年積み上げてきた人格が崩落したと、そんな自覚が麻紗美にはある。
 電車の中でもオフィスでも、夫がいるすぐそばでも、そのときのことをちょっとでも考えてしまうと、とたんに濡れだす女性器に戸惑った。

 どうして濡れるの? あんなことをして欲しくって濡れるのかしら?

 麻紗美は心が抜け落ちたような気がしてならなかった。そしてそれは、何かの拍子に常識的な妻の思考に戻れたときに、冷や汗が出るほどの恐怖に置き換わってくるのだった。
 あさましくも快楽に憑かれた獣のような姿を写真に撮られてしまった。一枚や二枚じゃない。服従するしか道はない。でもそれは性的に躾けられていくということで・・。
 逃れたいとは思えない。あなたは馬鹿よと言われても、そこから逃れたいとは思えない。麻紗美は自分を見失ってしまっていた。

 長いようで、たった二日。その日は土曜日。妻は休日、夫は仕事で大阪への一泊出張。夫を送り出してから合い鍵で留美の部屋に逃げ込んで、食事の支度を整えていた。自分のネグリジェを持ち込んで、なのにちょっと考えて、全裸に一枚、留美のロングTを着込んでいた。ここへ来れば私は淫乱・・それの許される空間なんだと麻紗美は思う。
 戻ってくる留美は、留美なのかミルなのかも定かでなかった。どうしようもない虚脱が去ってくれない。
 外が暗くなり、時計を見ながらスープを温めようとしていると、玄関に気配がした。
麻紗美がいると知っていて、ノックもせず、留美はキイを使って部屋へと入った。
 今日はホワイトジーンズのミニスカートにブルーのブラウスを合わせ、薄手のジャケットを羽織っている。
 麻紗美はなぜか顔を見るのが怖くなり、流しを向いたまま言った。
「ハンバーグにしたからね。スープが温まったらご飯よ」
 その言葉づかいは何! 女王様に言う言葉! もしもそんな声がしたら、私は奴隷なんだと諦められる・・しかし違った。
「はい、嬉しいですお姉様、ありがとうございます」
「たまにはね・・こういうことがあってもいいでしょ」
 なのに返事がない。気配で着替えていると感じ、料理を並べようと振り向いたとき、グレーアッシュの長い髪をまとめて上げてピンで留め、全裸となった白い体が平伏していた。

 麻紗美は見下ろす。
「ミルでいいのね?」
「はいお姉様、私はいつだってミル、お姉様の奴隷です」
「そう・・じゃあ・・ほら早く」
「はい!」
 麻紗美は流し台に両手をついて尻を上げ、脚をちょっと開いていた。ロングTの下は裸のヒップ。
「シャワーまだだから汚れてるわ、綺麗にお舐めね」
「はい!」
 留美がロングTをまくり上げる。白く扇情的な麻紗美の尻。ミルは開かれた尻の底へとむしゃぶりついた。
 麻紗美はうっとり目を閉じて、なだらかに流れて来る性の波に酔っていた。
 舌先が雌花を捉え、花蜜を誘うように舐め回す。
「お尻もよ、ちゃんと舐めて」
「はい・・嬉しいの・・あたしまた泣いちゃいそう」
 アナルを覗き込まれることに抵抗がなくなったと麻紗美は感じた。どうしてそう思うのかはわからなかった。
 花蜜の流れを舐めさせて、振り向いた麻紗美は、ミルの二つの乳首をヒネリあげて乳首で吊るようにミルを立たせ、それから両手で頬を挟む。

「私も嬉しいのよ、ミルとこうしていられて」
「・・はい」
「私の恥辱をすべて知ってる憎らしいミル。美鈴だってそうだわ、憎らしいし、二人揃って怖い人・・あんな写真を見せられたら破滅だもんね。でもねミル」
「あ、はい?」
「それもいいかと思ったの。あのときのことを思うとどこにいたって濡れちゃうもん。私の素顔を知ってる人が二人いると思うだけで、私は裸になれるのよ。やっと気づいた。女王と奴隷は裏表なんだって」

「え・・あぁン!」

 麻紗美は全裸のミルをフロアに崩し、迷いなく逆さにまたがり舐めさせながら、大きく開かせたミルの股間へ顔を埋めた。69。
「ダメです、あたしもシャワー・・ねえダメです」
「旦那がいないから泊まるね。・・あーあ・・今日ね」
「はい?」
「事務してて69って数字があると気になってならなかった。馬鹿みたいでしょ。ミルや美鈴のことばかりが頭にあって、怖いと思うと濡れてしまう」
 顔の上に寄せられる麻紗美の花園を見つめながら留美は言う。
「それは私だってそうなんですよ。美鈴さんやお姉様のことばかり。今日だって何度トイレに行ったことか。壊れたみたいに濡れてたし・・」

「調教してください、お姉様」
「マゾとして?」
「でもいいですし、愛人としてでも・・どうとでも・・」

 愛人・・そんな古風な言葉を若いこの子から聞こうとは思わなかった。

「あれみんな、こっちにあります」
「あれって?」
「SMの・・バックごと持っていきなさいって美鈴さんが言うんだもん・・羨ましいのは美鈴さんかなって、ちょっと思った・・」

 麻紗美はちょっと考えて微笑むと、そっとミルの雌花を舐め上げた。

 夕食はあのときのリフレイン。麻紗美が噛んで口移しで食べさせていく。深いキスをしながら吐き出して、奴隷が受け取って喉を鳴らして飲み込んでいく。
 キラキラ煌めくミルの眸を覗き込む。
「旦那に言ったのよ留美のこと。二人でどっか行って来るって」
「旅行?」
「そうよ、もちろん。近場の温泉なんかどうかと思って。もちろん美鈴も一緒だわ。あのねミル」
「ええ?」
「美鈴のことよ考えてるのは。彼女のエッセイって、もしや悲鳴って思うのね。悲鳴だわって確信できるの」
 そのときミルは、物思うような面持ちを一瞬見せて言うのだった。
「ずっと前のことですけど、ベルカフェで働きたいって言ったことがあるんです。そのときにはもう美鈴さんに夢中だったし、いつ抱かれてもいいと思ってましたし」
「断られた?」
「そうなんですよ。食べて行けるほどのお給料は出せないって。だけど私なんてフリーターなんだから別の仕事と調整すればいいだけの話でしょ。それでそのとき思ったんです」

 麻紗美はミルの唇に指を添えて黙らせて、ちょっと笑って言った。
「美鈴って、どんどん踏み込んで来るくせに、ある一線を超えて踏み込ませないっていうのか・・」
 ミルの黒目が黒く思えた。それは瞳孔が開くように。
「そうなんですよ、さすがだわお姉様。それで私考えたんです。どうしようなく脆いところのある人かなって」
「ちょっと違うな」
「え?」
「巻き込みたくないのよ自分の人生に。留美を幸せにはしないから。このあいだもそうだったけど、留美に私を責めさせておきながら一歩退くように見てるだけ」
「そうでしたね、ええ」
「あのときほんとは寂しかった。一緒に責めて欲しかったと言えばいいのか。それでふと思ったの。美鈴ってもしや自分を囲って出られない檻のようなものがあるんじゃないかって」
「檻ですか・・でもそれ、わかる気がします。言われてみれば彼女のエッセイって『なんて私はダメなのかしら』って・・その裏返しのようにも思えたり・・」

 麻紗美は、ちょっとほくそ笑んで、ミルの乳房を握りつぶした。
「さあ、甘いのはこれぐらいよ。調教します、道具をここに出しなさい」
 怖がるようなミルの眸色がたまらなく、麻紗美は乳首で引いてミルの体を呼び込んで、唇を重ねていった。

 一月ほどを待たなければならなかった。秋口の小淵沢。森の中の貸別荘。
 東京には夏がへばりついていたけれど、山の森はすがすがしく、季節外れの平日ということで林間に散る別荘は静かだった。
 日頃買い物に使う麻紗美のコンパクトカー。新婚時代に選んだもので真っ赤なボディが近頃ちょっと気恥ずかしい。運転は留美。着いたときには助手席に麻紗美。高速のパーキングに止まるたびに助手席が入れ替わる。学生の頃を思い出すドライブだった。
 ログハウス。カナダ産の丸太を組んだ大きな山荘。一階に暖炉のある大広間と広いキッチン、十二畳の和室。二階には仕切られた部屋が三つあって、それぞれにツインベッドとされていた。丸太を組んだテラスは鬱蒼とした森に向かって開かれている。

 二泊する。麻紗美にとっては結婚以来の解放される時。美鈴も店をはじめてからは久しくなかったオフらしいオフ。留美は失恋のこともあって、こういう旅は避けていた。
 三人とも気楽なジーンズスタイルで、ハウスに入って備えられた浴衣に着替える。
 若い留美は鮮やかなピンクのブラにピンクのTバック。麻紗美は黒の普通の下着。
そして美鈴は純白のブラに純白のTバック。美鈴は白が好きだった。穢れのない少女の自分に戻りたがるよう好んで白を着込んでいる。
 女三人、下着の姿になったとき、前から留美が、背後から麻紗美が、白く美しい美鈴を挟み付けて身を寄せた。
 留美が唇をさらい、麻紗美は後ろから豊かな乳房を両手にくるむ。
 麻紗美は後ろから耳許に顔を寄せ、熱い息を吐きかけながらささやいた。

「愛してるのよ美鈴のこと・・私も留美も。可愛がってあげたくて旅に出た・・ふふふ」
「麻紗美・・あぁ留美・・」
 麻紗美が背中でブラを解放、留美が前からブラを抜き取り、その間麻紗美がしゃがんで白いパンティを降ろしてしまう。何が何だかわからないうちに全裸にされた美鈴。その両手を後ろに取って、用意した手錠・・縄でできたソフトなもので、左右の輪をくぐらせて絞るだけで手錠となるもの。
 そしてその間、前では留美が、二重にした真っ赤なロープをウエストに回して縄尻を通し、そこから縦へと絞り込んで股間の白いパンティに食い込ませながら後ろへ回す。その縄尻を麻紗美が受け取り、後ろ手の縄の手錠に固定する。
 手を動かせば股縄が絞られて性器に食い込む。美鈴は抗う素振りも見せず、青ざめた面持ちでされるままになっていた。
 面持ちは青く、震えていても、真っ白なその女体は激しく火照って血管を浮き立たせていた。Dサイズの豊かな乳房がたわたわ揺れて、小ぶりの乳輪がすぼまって乳首が尖り勃つ。その二つの乳首を前から留美がそっとつまんだ。

 美鈴の息が荒い。
「ねえダメよ・・ねえ・・麻紗美も留美も・・ああダメ、そんなことされたら壊れちゃう。壊れちゃうーっ!」
 留美が乳首を愛撫しながらニヤリと笑った。
「壊れていいのよ、目撃者はたった二人」
 麻紗美が後ろから手を回して豊かな乳房を揉み上げて、耳許で笑う。
「これから二泊、服従なさいね・・ふふふ、さあ留美、外に出ましょう。お散歩するの」
「ふっふっふ・・あははは! 恥ずかしいわよ牝犬美鈴・・きゃははは!」
 留美が用意した真っ赤な犬の首輪。美鈴の首に飾ってやって、スチールチェーンのリードをつける。
「さあ出ましょ! お散歩するのよ」
 ところが、『待って』と麻紗美が言った。
 キッチンからナイフを持ち出して、Tバックパンティのサイドをカット。股縄からボロ布を引き抜いて・・美鈴は全裸。
「これでいいわ、行きましょう。ふっふっふ、いやらしい牝犬ですこと」

「ああイヤぁ・・イヤよーっ!」

 後ろ手を暴れさせると股縄が濡れる花園を蹂躙した・・。
 真っ白な牝犬が乳房を揺すって、尻肉をぷるぷる痙攣させて歩きだす。
 このとき時刻は夕刻前で、森が斜陽に染まりだす。

 裏のテラスから外へ出た。留美がリードで前を歩き、麻紗美は黒い革の尻打ち鞭を手に追い立てる。
「ほら歩いて」
 横振りの鞭先で、ぴしゃぴしゃと尻っぺたをはたいてやる。その都度白い犬の総身がぶるぶる震えた。
「お願いよ、壊れちゃう・・怖いの・・壊れた私が怖いのーっ!」
 留美が振り向いて言い放った。
「泣いてもダメよ! 許さないからねっ!

 このとき前後の二人だけが浴衣をしっかり着込んでいた。

レズ小説 デルタ(八話)


八話~リメイク


 麻紗美にとって翌日の日曜日は久々の夫との一日だった。食事をして映画。それだけのデート。とりわけどうと言うこともなかったのだが、夫の愛は確認できて、夫への愛が揺らいでいないことも自覚した。
 留美や美鈴との性愛を知って、むしろしゃしゃり出ず、夫とは深い時を過ごせている。乾きかけた女心に潤いが戻ったというのか、面倒な日々を忘れる時間が女には必要なのだと思い知る。
 それは代償行為であってはならない。女の心を癒やすのはやはり愛であり、性的な渇望をどれほどごまかしても到達できない境地がある。麻紗美は自分の淫欲と素直に向き合えるようになっていた。
 夫に抱かれて深く達する。それさえも新婚時代の歓びとは質が違う気がしてならない。

 月曜日。いつも通りの暮らしがはじまる。いつも通り。日常の中にレズが組み込まれてしまっていると自覚する。今夜もまた夫は帰りが遅くなる。麻紗美は帰り道にフルーツを買い込んで、あたりまえのように留美の部屋へと帰り着いた。
 ドアが開くと、グレーアッシュの長い髪をすでにポニーテールにまとめ、全裸の留美が平伏して出迎える。膝で立って両手は頭の奴隷のポーズを玄関先でする留美に、麻紗美はひどく穏やかな気分になれて微笑んだ。
「よろしい、いい子よ。こうして欲しい?」
 両方の乳首をつまむが、ヒネリつぶさず、そっとコネる。牝犬留美は甘く目を閉じ、荒くなる息を詰めて、かすかに喘ぐ。
「感じます、お姉様・・いまかいまかと待ち焦がれて濡らしていました」
 留美は今日バイトを休んだ。麻紗美はオフィスでその旨のメールを受け取った。
「濡らしてた?」
「はい」
「素直ね」・・と言って頭を撫でながら部屋へと入って、額に入れられて飾られた文章が目にとまる。美鈴へメールで送った、あの言葉。留美を想うエッセイだった。

「ふふふ、なるほど、そういうことか・・もらったの?」
「プリントしてもらってすぐに飾って・・嬉しくてどれほど読んだか」
「そんなに嬉しい? 感動した?」
 こくりとうなずいて留美はもう涙をためてしまっている。
 ここまでピュアに待ち焦がれることができるなら、女はどれほど幸せだろうと麻紗美は感じた。足下に全裸で控える奴隷の留美。麻紗美は頭を抱き寄せて、留美は腰に手を回して抱きすがる。
「先にシャワーさせてね、今日は書類の整理があって汗かいちゃった」
「はい」
 浴室といってもアパートのそれは狭い。ユニットバスでトイレと一緒にされている。
 浴槽も大きくない。留美は脱ぐ麻紗美に付き添うように、浴槽に立った麻紗美の背後に裸身を寄り添わせた。
「洗って差し上げます。でもその前に・・はぁぁ、ぁぁン・・」
 感じ入って喘ぐような息をする留美。留美は後ろから麻紗美の裸身を滑り降り、麻紗美に尻を上げさせて、白い双臀の奥底へと顔を埋めていくのだった。

「留美・・シャワーしてない・・ねえダメ」
「いいの・・ああお姉様・・大好き・・あれをもらって帰って私・・泣いて泣いて読んでいました」
 留美の舌先が閉じた女唇をそろりと舐めた。麻紗美の腰が跳ね上がり、麻紗美は壁に両手をついて口吻をまくり上げるように歯を見せて、少し切った長い髪を振り乱す。
「はぁぁ留美・・いい・・感じるよ・・好きよ留美・・あぁン」
 密やかに閉じていた女の唇を割り広げて舌先が舐め回す。雌花はたまらず蜜を噴き、綺麗なピンクの花奥を見せながら、二つの白い尻がぶるぶる震えた。
 雌花を清めた奴隷の舌が躊躇なくアナルを舐める。
「留美ダメ・・ねえそんなところ・・あっ!」

 なんて子なの・・私はいま感動で震えている。そうはっきり自覚して、体の奥底から噴射するような性欲に乱れている。
 このとききっと、もう一人の私は私を抜け出し、淫らな私を微笑んで見つめていると麻紗美は思った。

「私はミルです」
「え・・ミル?」
「美鈴さんがおっしゃいました。『留美のままだと麻紗美はあなたを愛してしまうよ』って。『私だってそうなんだから、あなたはミルになりなさい』って。そうすれば留美の人格を傷つけずに奴隷にできるって」
 美鈴らしいと麻紗美は思った。ちょっと思いつかない発想だ。留美は留美のままとしておいて、もう一人のミルを躾けていく。
 麻紗美はミルの腕を取って振り向きざまに立たせながら、上気するミルの頬を両手に挟んで目を見つめた。そのとき口許にへばりつく陰毛を見つけ、爪先で取ってやる。
「じゃあミル」
「はい?」
「奴隷ミルにとって私は何? 女王かしら?」
「はい・・嬉しいです女王様」
 
 女王は奴隷の二つの乳首に爪を立ててヒネリ上げた。激痛に呻くミル。涙をぽろぽろこぼしていた。
「ほうら痛い・・こんなこともされるのよ」
「ああ・・女王様ぁ・・ぁっ・・ぁう!」
 ミルの若い裸身が崩れだす。
「・・え」
「私ダメ・・ぁ、ぁ、あ・・」
 ワラをもつかむように両手をひろげて抱きすがる素振りをしながら、ミルの二つの黒目が裏返って白目を剥いて崩れていく。

 シャァァーッ

「そんな・・ウソよ・・」
 失禁した生温かい液体が麻紗美の足に降りかかり、ミルはぷるぷる頬を痙攣させて麻紗美の腕にしなだれ落ちる。
「ミル? ねえミル、どうしたの?」
 軸を失い崩れる裸身を麻紗美は抱き留め、たまらなくなって唇をかっさらう。それでもミルは白目を剥いて動かない。
 天性の淫婦だわ・・すごい・・そうした想いが瞬時に羨望へと置き換わっていくことを、このとき麻紗美ははっきりそう自覚した。
 マゾだけに許される奈落の快楽・・これがそうなのか。
 羨ましい。私には到達できない悪魔的なアクメ・・知ってみたいと麻紗美は思い、ミルがいとおしくてならなかった。

 さらに数日が過ぎていた。
 今日は木曜日でベルカフェは休み。気分で休む。
 留美も休み。それに合わせて麻紗美も午前中で仕事を切り上げ、美鈴の部屋へと急いでいた。美鈴と二人でミルを責める・・そんなシーンしか浮かばなかった。
 ところが・・。
 電車の窓を濡らしだした雨粒が、美鈴の部屋に着く頃には本降りとなっていた。はるか南の海上で巨大な台風が列島を狙っている。折りたたみの傘では風に乗る雨は防ぎきれない。麻紗美はジーンズスタイルだったが、パンツもTシャツも濡れていた。

 ドアが開いて出迎えたのは、真っ赤なブラと真っ赤なTバックパンティだけのミル。
 やってるやってる・・ふふふ。
 嬉しくなって入ってみると、美鈴は純白のブラに純白のTバックパンティ。
 半裸の女たちに出迎えられて、麻紗美のスイッチが入っていた。
 バルコニー側のローテーブルに紅茶と菓子が支度された。これで女二人が着衣ならばどうってことはないのだが、二人はすでに性のスタイル。
 麻紗美はまたしても仕事帰りでベージュの無難を身につけていた。
 美鈴は言った。
「脱ぎなさいよ麻紗美も」
「・・そうね。その前にシャワーさせて」
 そのときミルがソファを離れて麻紗美の手を引き寄せた。
「いいから脱いで。ね、女王様・・ふふふ」
 ミルの笑顔・・ゾッとするほどサディズムに満ちている。麻紗美は呆然とした。
「う、うん、わかった。そうよね、女ばかりよ。脱ぐわ」
 濡れたジーンズ、それにTシャツ、職場続きのパンストも。
 ベージュの上下となったとき、ラブソファで美鈴とミルが身を寄せ合って、にやりと残忍に笑うのだった。

 美鈴が静かに言う。
「ダメよ、それじゃ。今日は麻紗美だけが全裸です」
 ミルが愉快そうに追いかける。
「そうそう、素っ裸よ。ふふふ、そうね・・そこで踊りながらいやらしく脱いでいく」
 美鈴が目を丸くして明るく笑った。
「いいわね、それ。ふふふ、ですってよ麻紗美。早くなさい!」
 その強くした言葉で、ミルさえ眼差しを強くする。
 麻紗美は混乱した。混乱したが、激しく反応しだす自分の女体を意識していた。

「な、何・・どうしたの二人とも・・」

 美鈴が座を立ちながら言った。
「決めたのよ、ミルと私で。ミルは奴隷よ、麻紗美の奴隷。それはいいの。でもね私とミルが一緒のときは麻紗美が奴隷。今日はほら・・いろいろ用意してありますから」
 美鈴の背後で、ミルが黄色いスポーツバックを広げだす。
 黒い綿の縄・・ベルトのような革鞭・・太いバイブ・・恐ろしいディルド・・小さなイチジクまでが揃えられた。
 半裸の麻紗美は震えだす。頬がカーッと赤くなり、膝ががくがくしはじめる。

「ほんとは欲しくてたまらない・・そうでしょ麻紗美・・やさしく可愛がって欲しいなら素直になさい。私たちにではなく麻紗美自身の欲望に素直になるの・・さあお脱ぎ」
 歩み寄られてキャッツアイに魅入られる・・性の波が押し寄せる、どうしようもない気配を悟って・・麻紗美は、あの夜、失禁して果てていったミルの歓びを思い出す。
 そのミルが言うのだった。
「服従なさい・・さもないとおしまいよ。写真に撮ってネットに流してあげようか・・ふふふ・・大好きなのよ、可哀想な女王様・・」
 どっちつかずの三十二歳。私は苦しいと麻紗美はもちろん理解していた。

 フロアに独り、立たされて、麻紗美はブラに手をかけた。身をしならせ躍るように、こぼれる乳房を解放し、つまらないビジネスパンティを脱ぎ去った。
 これだわ・・心が震えてイキそうになっている。
 ミルが言った。
「はいはい、いい子ね・・いいカラダよ・・這っておいで」
 体を丸めてしゃがみ込み、両手をついてほんの数歩。全裸の麻紗美は二人の前に行き着いて、美鈴が頭を撫でて言う。
「奴隷のポーズよ。ミルに命じたポーズをなさい」
「はい・・ぁ・・ぁ・・」
 膝で立って膝は肩幅・・両手は頭の後ろ・・胸を張って乳房を差し出す。
「そうそう、それだわ・・ほうら、もう乳首が尖ってる・・」
 そんなことを言われながら、片方をミルに、片方を美鈴に、両方の乳首をつままれて、麻紗美は錯乱するように、言われる前に腰を振りだす。
 美鈴が笑った。
「あははは、ほらごらん、それが麻紗美の姿だわ。欲しがって欲しがってお尻を振る淫乱奴隷よ」
 そう言いながら二人で乳首を嬲ってコネる。内腿に垂れ流れる愛液を麻紗美は自覚し、火のような吐息を吐いて目を閉じた。

「見られながらオナニーなさい。ああ恥ずかしい恥ずかしい。ふふふ、どうしようもない女よね麻紗美って」
「ほら、こんなものも用意したの」
 ミルの手に青いプラの洗濯ばさみ。左、右と、ミルは乳首を挟み付けていく。
「ぁくく・・ぅっ・・」
「ほうら痛い・・可哀想ね女王様・・イッていいのよ、オナニーして」
「はい・・あぁン・・ダメ・・イッちゃう・・」
 麻紗美は股間に手をやって愕然とした。壊れた蛇口のように愛液があふれ出してしまっている。二本まとめた指先がヌルリと入る。

 カシャ・・カシャ・・

 美鈴の手に、いつの間にかデジタルカメラ。
 怖い・・そんなシーンを公開されたら私はおしまい・・シャッター音がするたびに昇り詰めていく自分の体・・瞼の裏に星が乱舞するアクメが来る。
「ほらほら、もっとよ。もっともっと、いやらしくお尻を振るの」
 棒の先に幅広の革ベルトをつけたような尻打ち鞭を手にとって、ミルが背後へと回り込む。
「ほらもっと!」
 ピシャピシャと撫でるような打撃が左右の尻を揺らす。麻紗美はあられもない声を上げ、錯乱して尻も乳房も振り回し、意識が遠のき崩れていた。

 自我をリメイクした新しい麻紗美が産まれた誕生日・・おびただしく伝う愛液のように、ガラスを雨が流れていた。

レズ小説 デルタ(七話)


七話~苛立つ女


 しばらくぶりの留美の部屋。待ち焦がれる誰かとこうなることを期待するように、いつの間にか増えていた赤いラブソファ。小さなローテーブルには、美鈴に教わったというお手製のホットドッグとコーンスープ。それに綺麗に切って盛られたリンゴはいい香り。
 そんなシチュエーションの中、若い全裸を晒してお座りする犬のポーズで微笑む留美を見ていて、麻紗美は腹が立ってくる。仕事帰りで自分だけがつまらないビジネス下着・・それにもまた腹が立つ。
 自分だけがつまらない女のよう。若いこの子が牝となって輝いているのに、いったい私はどうなんだ・・そうした想いが交錯して、留美が可愛いからなおのこと苛立ちに置き換わってくるのである。

 麻紗美はネットで見たM女たちの姿を思った。あの夜は美鈴が暴走しないよう静める側に回っていた。けれどそれも私自身が打ちのめされてしまわないようガードしたい気持ちの裏返し。麻紗美はそれを自覚していた。レズからSMへと加速していく性への解放が信じられない。

「いいわ留美、わかった。それならそうと私も私を変えなくちゃ。今日の私は怖いわよ」
「は、はい、お姉様」
 ドッグスタイルで半歩さらに歩み寄る留美。グレーアッシュのロングヘヤーはポニーテール。すでに紅潮する若い頬を隠せない。濡れたような留美の二つの眸を覗き込み、麻紗美は右手でちょっと頬を叩いた。目を丸くし、ビクッと引き攣る若い犬。
口惜しいほど綺麗なヌード。
「可愛がってほしければ服従なさい。いいわね留美」
「はいっ、お姉様」
 反射的に留美は言って、とたんに息が乱れてくる。天性の牝犬。眸が据わり、性の波に小鼻がひくひく蠢いて・・。
「そこに膝で立って膝は肩幅。両手は頭の後ろでしょ。奴隷のポーズを覚えなさい」
「はい・・ああ、お姉様ぁ・・怖い・・」
 怖いと言いながらも感じ入った牝の息声。留美は裸身を震わせながら服従のポーズをとった。ふっくらと形のいい乳房の先でしこり勃つ二つの乳首に手を伸ばす。色素が薄い整った乳首。それにもまた腹が立つ。

 つまむ。手荒くコネて、指先に力を入れてヒネリ上げる。

「ぁン! んっんっ!」
「どう? 感じる?」
「はいっ・・ああイキそう・・ぅぅ・・感じます」
 留美はあのときもそうだった。女心が天に昇り、カラダが後追いするような性のピーク。私でさえが知らないものを十歳下のこの子は知っている・・腹立たしいし、羨ましくてしかたがない。
 麻紗美は乳首で乳房を伸ばすように、さらにヒネる。
 うくく・・うぎぎ・・痛いのだろう、声を噛んで耐える留美。せつなげな表情がたまらない。
 十歳違いでこの想いなのだから、美鈴のように二十違えば娘のようなものだろう。可愛くてならない。美鈴の想いと私の想いのどちらもを独占する留美・・そう思うと麻紗美の中にメラメラと燃え上がるものがある。
 サディズムなのか。それもちょっと違う気がした。嫉妬なのかも。

 片方の乳首から指先を離し、右手でいきなり牝犬の深みをまさぐった。二本束ねた指先が苦もなくぬるりと没してしまう。体の中は燃えていた。
 せつない喘ぎが漏れ出した。甘い。腰が揺れる。ありったけの女心を溶かしたような愛液があふれ出てくる。
「あらあら、呆れてものも言えないわ、もうヌラヌラ・・ふふふ」
「は、はい・・ああダメだ、おかしくなりそう・・目眩がする・・」
 麻紗美は、留美から指を引き抜くと、牝犬の両方の乳房を交互にちょっと叩き、微笑みかけて腕の中へと絡め取る。しなりと崩れて全裸の留美は膝に抱かれ、愛液で汚してしまった麻紗美の指をぺろぺろ舐める。
 弱くなった丸い目で見上げる犬を見下ろすと、よほど嬉しいのか、犬の二つの眸に綺麗な涙がたまっていた。

「泣いちゃったね・・可愛いわ、留美ってほんと、たまらない」

 おかしい。なぜだろう?
 攻撃色が瞬時に去って、抱きくるんでやりたい母性だけが騒いでいる。私は女王になりきれない。そんな自分が可笑しかった。
「さ、ご飯にしましょう」
 麻紗美は最初にスープに口をつけると、大きなホットドッグをひとかじり。口に入れてよく噛んで、膝の上で見上げる留美の口許に口を寄せた。留美は伸び上がり、両手を麻紗美の肩に回して口づけをせがむよう。
 口移しに吐き出して食べさせる。あのときもそうだったが、これをすると留美はうっとり目を閉じて、吐かれたものを受け取って食べていく。
「美味しい?」
「はい嬉しい・・お姉様大好き・・泣いちゃうもん」
 泣きべそで笑っている。この子の心の空洞がどういうものだったのかと、顔を見ていて思わずにはいられなかった。
 パンだけ。パンとスープを一緒に。リンゴはそのままつまんで食べさせる。
 膝から離れた留美は犬の姿で一途に見つめたまま・・キラキラ眩しい若い瞳が煌めいて・・不思議な夕食が続いていった。

「あらそう、そんなことがあったの・・それでわかった」
「え、何が? 何か言ってた?」
「ううん、あの子は言わない。言葉じゃなくて目の色が素直になった。お客さんが帰ったテーブルを拭かせると、ほんと自然にお尻を上げて私に見せる」
「そうなんだ?」
「薄皮みたいな戸惑いが綺麗さっぱり消えていた。躾けていくよって私が言うと、あの子、ほんと素直に、はいって答える。いい子になったわ」
 嬉しそうに言う美鈴。

 留美との夕食から二日。今日は土曜日。麻紗美の夫は暗いうちからゴルフに出かけて留守だった。麻紗美はカレンダー通りだったがパソコンショップは年中無休で交代休。土日はとりわけ休めない。
 麻紗美はベルカフェの開く十時には店にいた。穏やかな晴天で、こういう日は得てして暇だと美鈴は言った。ボックスの一つに学生らしいカップルがいたが、お茶だけ飲んでさっさと出て行く。ここで待ち合わせてデートだろう。ベルカフェにはモーニングというものがない。開けるなり忙しくなるのはまっぴらだと美鈴は笑う。

 どうしたことか、お客なし。カウンター越しに麻紗美は言った。
「四つん這いにしてやったの。身体検査よ」
「わお! くくく、ヌラヌラだった?」
「後ろにしゃがんでお尻に手を置いて覗き込んでやったのよ。それだけでイキそうになって喘いでいたわ・・だけどね」
「うん?」
「私と同じ女の根源を見せつけられた気分だった。私だって夫にこうして愛される。留美のことは言えないなってそのとき思った。淫らな私を夫だけは知っている。でもだから安心して素直になれるんだって思ったな」
「女の根源か・・確かにね、私もそうだし」
「あのとき私は私の本質を見てたのかも知れないなって・・羨ましい」
「羨ましい?」
 美鈴は野菜を刻む手を止めて顔を上げた。今日の美鈴は白いドレス。うっすらとだが白い下着が透けていた。顔だけを上げたことで開いた胸元から白い乳房が覗いている。白のブラ。桜色の乳房。

 麻紗美が言った。
「何が羨ましいのかもわからないけど、そこまで素直になれるんならマゾっぽくてもいいかなって思ってしまった。妻のポーズをあの子は知らない」
 それを聞いて美鈴が首を傾げて微笑んだ。
「私なんて、それに加えて母のポーズよ。ほんとの私は家の中にはいなかった。だからこうして別居した」
 母のポーズ。それは麻紗美も知らない女のキャリア。麻紗美はハッと美鈴を見つめて浅いため息を漏らしていた。

「くだけたね麻紗美」
「はい? くだけた?」
「最初はね、そこらの普通の女だなって思ってた。ごめん、気を悪くしないでね。内心いろいろあるくせに何食わぬ顔で取り繕って・・だけどそんなものは臆病の言い訳でしかない」
「そうかしら・・私変わった?」
「変わったよ。性を話せるようになっている。あのね麻紗美」
 切り終わったキャベツを水に晒しながら美鈴は言う。
「はい? なあに?」
「エッセイ」
「あ、うん?」
「私は私と話すために書きはじめた。言葉の中にはもう一人の私がいて、彼女にならどんなことでも話せたの。もちろんそんなものは公開できない。外に出せない文章なんてたくさんあるし、そうやって私は私自身を探っていった。私はどうなりたいのかって文章の私と話していたのね」

 そういうことができるのは羨ましい。麻紗美も学生の頃は似たようなことをしたものだったが、そのうち怖くてできなくなった。現実の自分との乖離を見せつけられるとどうにかなってしまいそう。もう一人の私を封じ込めて生きてきた・・と、そんなふうに意識が内向きに切り替わっていたときに、心にフェードインするように美鈴の声が忍び込む。
 目の前が明るくなった気分だった。
「留美はそれなのよ。私にとっての、もう一人の私。麻紗美にとっての、もう一人の麻紗美。それが留美だし、留美にすれば、その逆ね」
「逆って? あの子が私たちに投影している?」
「そういうこと。もう一人の自分と会話するように私や麻紗美と接している。本音の自分が外にいてくれれば、それこそつまり解放ですもの」
 ちょっと難しい。しかし麻紗美にはわかる気がした。
「書いてみようかな私も」・・と、麻紗美は言って、ため息を。
 美鈴は眉を上げてうなずいた。

 留美、留美、留美っ。

 裸の留美。あなたはヘンです。ぜったいヘン。
 淫らな女心をさらけだし、打ち震えて果てていく。
 インランではなさそうで、ヘンタイでもなさそうで、
 よくわからないジブンを探るように演じてる?

 あなたを見ていて思うのよ。私だって、こうなりたい。
 素直なキモチ。正直なワタシ。だって、そんなもん
 滅多やたらに見せられるものじゃない。

 うん、わかった。だから苛立つ。妻気分のワタシの真実。
 私のワタシを見せつけられているようで・・ムカつく。
 私はワタシを捨てられないから、きっと留美も捨てられない。

 カワユイよ。カワユクなりたい私なのに、カワユクない。
 そうか、そこに苛立つんだ。
 いまさら何を言ってるの? 32年は何だったん?

 ダメな私を叱るように、私は留美を責めていきたい。

「・・これを麻紗美さんが?」
「こんなんどーってメールで飛んできた。午前中に来て、書いてみようかなって言ってたのよ」
 その日の夕刻過ぎだった。麻紗美は夫が戻って動けなかった。仕事帰りにベルカフェを覗いた留美は、店を閉めたシャッターの裏側で、美鈴と並んでカウンターに座っていた。コンパクトなノートPCを開いて置いた。
 美鈴は横目に留美を見た。今日の留美は露出ゼロのジーンズスタイル。
「どーよ?」
「・・嬉しいな・・あたし泣きそ・・それにすごくお上手で・・ちょっと信じられない気分」
「そうなのよね、ここまで書けるとは思わなかったし、もっとあたりまえの固い文章を想像していた。留美が麻紗美を変えたのよ」
「あたしがですか?」
「そこにあるように、麻紗美は留美に苦しい自分を投影している。最後に責めるって書いてあるでしょ。『愛する』でも『可愛がる』でもなく『責める』って」
「ええ・・そうですね」
「共振よ。女はそれぞれ波長が違う。合わせようとしたってダメ。相手の中に自分を見いだせない間は同調できないものだもん。『愛する可愛がる』には遠慮があるし、どこかに自分をいい子にしておきたい逃げもある。優位に立っていたいしね」

 留美は息を詰めて美鈴をじっと見つめていた。
「それって・・え?」
「わからない? 私はもう逃げませんて宣言じゃない。いまがチャンスよ」
「チャンス? えっえっ?」
「麻紗美のこと調教しましょう。二人で麻紗美を責めてやる」
 
 驚きを通り越し、留美は口を開けたが声が出ない。

「これプリントできます?」
「欲しい?」
「欲しいですっ。最高のラブレターだわ」

レズ小説 デルタ(六話)


六話~白い犬


 美鈴と麻紗美、二人の女にほくそ笑まれて全裸を命じられても、フロアにへたり込んだまま留美は動けなかった。呆然として頭が真っ白。それでいて眉根を寄せる恐怖の面持ち。忍ばせるように息を詰め、しかしその若い頬はいきなり突きつけられた性の予感に赤く染まっている。
 正座から両足を横に開く女の子座りで尻をぺたりとついているのだったが、黒のマイクロミニは腿をすべて曝け出し、スカートの奥の真紅のデルタを惜しげもなく見せている。

「脱げないようね、いいわ、わかった」

 美鈴はグレーアッシュの留美の頭をちょっと小突くと、LDKから寝室へとつながる白いドアを開けて奥へとくぐり、ホワイトジーンズに合わせるような強いピンクの革ベルトを持ち出した。女物で幅はそれほどなかったが革が厚く、使い込まれて柔らかい。
 ベルトのバックルを手の中に持ち、巻いて長さを合わせ、にやりと残酷に笑って留美の前に立ちはだかる。
「せっかくお夕食も用意して麻紗美と二人で可愛がってあげようと思ったのに、言うことがきけないなら鞭よ、それでもいいの」
 穏やかな声だけに恐怖を誘う。ふわりと振ったピンクのベルトが濡れて張り付く留美のTシャツの背をパシリと打った。撫でるような軽い打撃だったが、留美は「ぁン」と甘く声を漏らし、それで女心が覚醒したのか、脱ぎますと小声で言った。

 麻紗美は、美鈴を見習って冷たい目を向けていたが、内心ちょっとハラハラしていた。虐めると言っても口だけで、そうひどいことはしないだろうと思っている。そこまではしたくない。けれどもベルトを鞭にして立つ美鈴の面持ちはSっぽく、麻紗美が見ていても怖いほど。レズラブだけでも目眩がしそうなのにSMなんて・・留美が可哀想に思えてくる。
 留美がふらつきながら立ち上がった。頬を紅潮させ、もはや荒くなる息をごませない。声もなく「んっんっ」と言うように吐息を吐くと黒いスカートに手をかけた。
 美鈴はベルトを握ったまま、テーブルの麻紗美の対向のチェアに腰を下ろす。二人がけの白く小さなテーブル。新婚サイズのダイニングテーブルなのだろう。

 この部屋は1LDKではあっても賃貸向けに造られていて、対面カウンターのあるマンションらしいキッチンではなかった。LDKとは言え十二畳相当しかなく、カウンターを設けると部屋が狭くなってしまうからだ。壁に沿うキッチン。流しに向かうその背後に四角く小さなダイニングテーブルを置き、美鈴は流し台から振り向きざまの調理台としても使っていた。

 それとは別に、LDKのバルコニー側にブルーグレイの革でできたラブサイズソファが置かれ、白い楕円のローテーブル。そしてその対向に白いテレビ台と小さな液晶テレビが置いてある。床はすべてウッドテイストのクッションフロア。
 そしてそのLDKから白いドアを開けて八畳相当のベッドルーム。寝室には天蓋付きのダブルベッドと半円ミラーの小さなドレッサー。置かれているのはそれぐらいで、服や細々した物は寝室の壁面フルに造られたクローゼットにしまってある。
 ここは美鈴の隠れ家。贅沢なベッド以外のすべてが女一人で暮らすようにシンプルにされていた。

 キッチン側のテーブルとバルコニー側のソファとの間に数歩分のスペースがあり、留美はその中央に立たされて、テーブルの左右に座る美鈴と麻紗美にねっとり絡む女の眸で見つめられながら脱いでいく。
 黒いマイクロミニのホックがはずされファスナーが開かれて、張り詰める尻にひっかかる湿った布地を、留美は尻を振るように下げていく。ストッキングは穿いていない。新宿のバイト先を出るときから土砂降りで穿かずにバッグにしまって来ていた。
 濡れたTシャツを下から剥き上げるように抜き取って、真紅のCサイズブラと真紅のTバックパンティ。性に上気した若い肌に血管が編み目のように浮かんでいる。
 下着姿で身悶えするように裸身をしならせる留美。極限の羞恥に息が乱れ、唇がふるふる震えている。
「下着も全部よ・・くくく」
 ほくそ笑みながら美鈴は麻紗美に横目を流した。麻紗美もちょっと微笑んだ。

 Cカップブラから乳白の乳房が転び出て、身をしならせて抜き取られたTバックパンティの裏地では、すでにもうあふれ出す愛液が透き通った糸を引く。
 全身に鳥肌が騒ぎ、形のいい乳房の先が乳輪をすぼめて乳首をしこり勃たせていた。桜色に火照った若い全裸。下腹の淫らな毛飾りは布地から解放されても恥丘にしんねり張り付いている。
「なによ留美、そのパンティ。もうオツユが糸を引いてる。いやらしい子ね・・欲しくて欲しくてならないんでしょ・・ふふふ牝犬め・・」
 美鈴のキャッツアイの底光りは、横顔を見ている麻紗美からもうかがえた。レスボス・・そしてサディズムに煌めく面持ちが熟女の妖艶さを際立たせるようだ。
「い、嫌ぁぁ・・ねえダメぇ・・恥ずかしい・・」
「とかなんとか言いながらトロっトロなんだもんね。イキそうなんでしょ、あははは」
 麻紗美は、自分でも信じられないことを言っていると意識しながら、追い打ちをかけて言葉を浴びせ、美鈴と二人で笑い合う。

 ピンクのベルトを手にしたまま美鈴はチェアを離れると、鞭打ちを察したようで留美は濡れるような弱い視線を美鈴へ向けた。拒む色ではなかった。
 美鈴は留美のヌードをまじまじと見回しながら周囲を歩き、背後に回って、上から頭越しに伸ばしたベルトを裸身に回すと、乳房から白い腹までをベルトでこすり、ちょっと首を絞める仕草をし、ベルトを留美の口許へともっていく。
「噛んでなさい、落としちゃダメよ」
「・・は、はい」
 長いベルトの中ほどを噛ませておいて、フリーとなった両手を背後から回して裸身を抱き、若い性欲がつまったような二つの肉乳をそっとつつみ、指先だけを動かして揉むようにし、尖り勃つ二つの乳首を両手でつまんで、そっとコネる。
「ぅく・・んっ・・はぁぁン」
 子犬の甘い喘ぎのようだ。
 乳首をやさしく責めながら美鈴は後ろから耳許に唇を寄せていき、耳たぶをちょっと噛んで熱い息を吹きかけて、静かにささやく。
「いい子ね留美、可愛いわよ・・ふふふ、乳首コネられるの好きだもんね・・ほうらこうして・・ほうら・・」
「ンふ・・ぁ・・んっんっ!」
「おほほほ、ほうら気持ちいい・・」

 しかし愛撫はそこまでで、声をいつもの美鈴に変えて麻紗美へ言う。
「さあ、お食事にしましょうか」
 麻紗美は今度こそほくそ笑んでチェアを立った。
 そしてそれから、美鈴はふたたび、今度は乳房を揉みしだきながら耳許で言う。
「留美だけが素っ裸・・お夕食なんだと思う? 今日は簡単にしちゃったの。ジャガバターとパンよ。それにサラダもつくっちゃった・・麻紗美のいる向こうとね、私のいるこちらとに半分ずつ置いておく・・あたしたち二人の女王様の間をね・・牝犬留美は・・ふふふ・・いやらしくたらたらオツユを垂らしながら、お尻を上げて這って行き来するんだから・・淫らなところを交互に見られながら・・その度に足先にキスをして、ご褒美に食べさせてもらうのよ・・」
「ああ、そんなぁ・・ああダメぇ狂っちゃう」
 留美の目は据わり、口許から唾液が伝い流れ出す。
「イッちゃいそうでしょ? ほうら、ここはもうヌラヌラよね」
 片手で左の乳首を強くツネリ、右手が腹を滑ってデルタの毛むらをそっと撫で、指先がほんの一瞬、濡れそぼる女の谷へと侵入した。
 尖るクリトリスをこすり上げる。

「ンっふ! ぁ・・」

 息の叫びだったのか。留美は背後から美鈴に抱かれたままで、くにゃりと裸身が歪んで崩れた。ハッとして美鈴が抱き留めて、そっとフロアに横たえてやる。
「ふっふっふ・・あははは!」
 美鈴の高笑いで麻紗美が振り向くと、全裸の留美が体を横に丸めて倒れていて、美鈴が声を上げて笑いながら、留美に寄り添い、乱れて開いたグレーアッシュの髪の毛を撫でつけながら頭を撫でてやっている。
 麻紗美が言った。
「嘘でしょ、イッちゃった?」
「みたいよ・・あっはっは、もうダメだわ、たまらない。ああ可愛い、なんて子なのかしら、マジで淫乱・・あっはっは!」
 留美は性のピークに気を失った。刺激されて刺激されて渇望し、極限の羞恥の中で身悶えし、ほんのわずか与えられたクリトリスへのご褒美で、天へと駆け上がっていったのだった。

 心が達した。心が天上へと突き抜けて、女体が追いかけ、イッたのだと麻紗美は感じた。

「留美、ほら留美、起きなさい・・もう留美ったら!」
 真っ白で丸い尻をパシと叩かれ、留美はビクっと全身を痙攣させて目を開けた。

 女王とはどういうものか。SMとはどういうものか。
 曖昧な記憶にしておきたくなくて麻紗美はネットを覗いていた。露出、緊縛、鞭打ちもあれば器具を使った強制アクメ、薬液で排便を強制される女の泣き顔を動画でも見た。
 女三人の一夜から四日後のこと。平日であり麻紗美は仕事だったが留美は休み。
出張明けの夫は会議もあれば接待もある。オフィスからまっすぐ留美の部屋へ。夕食を留美がしてくれることになっていた。
 電車の中で何食わぬ顔をしていても、あのときの白い牝犬の姿が思い出されてならなかった。美鈴は口では言ってもSMなんてとんでもなくて、恥ずかしがらせただけで、それからは際限ないレズの嵐。美鈴と二人で若い留美が言葉をなくして喃語を話しだすまで狂わせた。器具なんて使わない。それでも留美は悲鳴を上げてイキ狂い、幾度失神しても、気づくとまた性の嵐。腰が抜けて立てなくなった瀕死の留美を抱いて眠った。

 305号。若い子が好きそうなケーキを買って留美の部屋のドアに立つ。
 小さくノックするとドア裏から声がした。あれから留美とは美鈴の店でお茶ぐらい。留美とは深まっていなかった。
「あたしよ」
「あ、はいっ」
 ドアが開けられ、麻紗美は目眩のような感覚に戸惑った。
 ショッキングピンクのTバックパンティだけのフルヌード。グレーアッシュの髪の毛もカットされて少し短くなっていた。
 そんなマゾスタイルの留美が、ほんの少しの段差のある上がり框に平伏して出迎えたからである。
「ようこそおいでくださいましたお姉様、嬉しくて泣きそうです」
「・・留美、あなたね・・」
 説教ぐらいはしてやろうとも思ったのだが、顔を上げた留美の眸は涙をためて、麻紗美の攻撃色を奪っていった。
 マゾというより牝犬の自覚に酔っている・・あの夜の狂乱が若い留美の心の居場所を定めたようだ。

 パンプスを脱いで上がろうとすると、白い犬は足を取り、ストッキングのつま先に目を閉じてキスをする。睫毛が涙に濡れていた。
「よろしい、いい子です」
「はいっ! 嬉しい・・お姉様ぁ。ほんとは全裸でと思ったんですが、お会いできると思うだけで濡らしてしまって座れなくなっちゃうから・・」
「そこらじゅうオツユだらけ?」
「ぁ・・はい・・嫌ぁぁン」
 女王様ぶっていても内心呆れて物が言えない。ただただ可愛い。両手をひろげてやると、涙をこぼしながらむしゃぶりついてくる。

 部屋に入って、ビジネス下着のベージュの上下に、可愛い子猫がプリントされた留美のロングTを借りて着込み、見慣れたローテーブルに合わせたように、いつの間にか増えていた赤いラブソファに腰を下ろす。
 夕食は留美お手製のホットドッグとコーンスープ。極太の粗挽きフランクをフランスパンに挟んだもので炒め野菜と一緒にサンドされる。美鈴に教わったと嬉しそうに留美は言った。
 大きなパンでつくったホットドッグが二本。スープと切ったリンゴがお皿に載った。
「行ったのね美鈴のところ?」
「お店にです。お部屋には呼んでいただけませんし」
「そうなの? 呼んでくれない?」
 テーブルに、なぜか大皿に載せたホットドッグと大きなスープ皿になみなみとコーンスープ。リンゴも一皿にまとめてあって、スープのスプーンが一つだけ。
 食事を並べると留美は、わざと一歩距離を取ってパンティさえも脱いでしまう。裏地に愛液が糸を引く・・あの夜と同じ食事がしたいようだった。

 ソファのそばで正座をして両手をついて顔を上げる。犬の『待て』のポーズ。Cサイズの乳房の先端で若い乳首がしこり勃ってしまっている。眸が一途で綺麗だと感じていた。
「それでいいのね留美は?」
「え? それでいい?」
「マゾでいたい?」
 そのときの留美のはにかむような笑顔は麻紗美の女心に突き刺さった。重荷のない素直な牝の面持ち。エロスを放射して煌めいているようだ。
「それはお二人のお気持ち次第・・私はもう考えたくない。独りぽっちでいると余計なことばかり考えて、苦しいし寂しいし、泣いたって何も得られないし。私だってマゾは怖いわ。でも、私やっと独りじゃなくなった。もう嫌よ、哀しいもん・・」

 静かに語る留美だったが、このとき麻紗美の中に、怒りにも似た感情が噴き上がってきたのだった。
 四十二歳の美鈴は女のキャリアを経て境地に達した。
 三十二歳の私は結婚が遅かった。嬉しくて抱かれているのに妊娠できない。私は妊娠したがってる? この人の子でいいの? このまま母になって枯れていくの?
 職場で麻紗美は男性の視線を感じていた。夫より素敵。結婚なんて先着順よ。だいたい不妊は私の責任? 夫の実家からも子がないことを言われていた。女とはそういうもの。薔薇色の結婚なんてどれほどあるのか。そうやって答えのない問いに苦しめられて生きるものだし、私自身がいま苦しくてもがいている。

 なのにこの子は・・十歳下の若さゆえの弱さに立ち向かおうとしていない。肉体を犠牲にして都合よく愛だけを得ようとしている。
 老いのカケラもない若い女体が羨ましい。若さという揺らぎのない熟女の女体が羨ましい。なんて可哀想な私なの。
 ああ私はどうかしている。自覚しながら奔流となって心を乱すサディズムに、麻紗美は掻き乱されてしまっていた。

 可愛いわ留美・・激情が恐ろしい熱を放ち、麻紗美を錯乱させようとしていた。

レズ小説 デルタ(五話)


五話~肉体愛


 天蓋付きの大きなベッドが置かれ、まさしく愛の園のようにも思える白くふわりとした空間で、美鈴に抱かれ、美鈴を抱いて、麻紗美は上質のワインにほろ酔いするような心地よさを感じていた。蒸留酒の強さのない、それでいて醸造酒の臭気に満ちた女同士の抱擁・・素材の葡萄がほどよく醗酵した女臭さにくるまれている。それが麻紗美の心を浮き立たせた。

 胸板は厚く、腕は強く、腰や尻は硬く・・屹立する獣欲・・そんな性の異物を感じて歓びにもがくのが女の性だと思っていた。
 はじめて知る同性のカラダ。しなやかで柔らかく、昂まりに火のように熱くなり・・と、夫は私を抱いてこういうふうに感じているのかと思えるような女の感触。抱き合っているだけで陶酔の淵へと引き込まれる。それはワインの酔いと表現するのがふさわしい、なだらかでいて途切れることのない海原に浮くような快感。
 しかしなぜか美鈴はそれ以上を求めようとはしなかった。素裸で抱き合っているだけで・・。

「ドレッサーが壊れたの」
 麻紗美の乳房に頬を埋めて、ふいに美鈴が妙なことを言いだした。
「え・・?」
「ドレッサーが壊れて鏡だけが残った。これはホントよ。下に置いてまたがった。夫もいない子供もいないお部屋の中で。パンティなんて穿いてない。またがってしゃがみ込み、すっかり渇いた女の根源を見つめていた。小さなアナルがひくひくしていた。ラビアは縫われたように閉じたまま開かない。涙がバーッとあふれてきたんだ」
「・・そう」
「そう。声がしたのはそのときだった。私の声が私に命じた。濡らせ。オナニーしろ。自分が可哀想だとは思わないのか。・・そしたらね」
「ええ?」
「鏡にしゃがんで泣いていた私の顔が鏡の中で笑っているのよ」
「笑ってる?」
「私そっくりの女王様が私のアソコを見つめて笑ってる。こう言うわ『欲しいくせにすましてるんじゃないわよ淫乱』て。そしたらそのとき私の底から言葉があふれてきたの。女をもっと表現したい。濡れる私を言葉にして吐き出して、いつかきっと、淫らな私を叱ってくれる誰かにお仕えしたい・・」
「・・女王様?」
「いいえ主様でもいいと思ったわ。私はそう思ったけれど、私に文章を書かせるのは女王様で、常に私を支配している。本心の私は同性を求めていると悟ったの」
「私のこと女神様って言ったけど・・?」
 美鈴は麻紗美の乳房の谷から顔を上げてちょっと笑った。

「こんな私を見てくださるお方はすべて女神様よ。留美だってそうだしね。私は私を捧げることでしか誰かを愛せない。だから留美をイジメてる。愛されようとして愛しても、そんなものは偽りだわ。私を慕い、捧げてもいいと思えたとき留美は強くなれるのよ。退路がなくなる。進むしかなくなれば崩れてる暇なんてないものよ」
 そういうことかと麻紗美は思い、いまベッドインのときに私を女神様と呼んだこの人には抗えないと思い知る。
 美鈴の手が麻紗美の背をすーっと滑って尻へと降りて、やおら前に回って、すでに濡れていた麻紗美の女陰へ差し込まれる。
「ぁン!」
「私をもっと慕いなさい。そうすれば私はあなたの女神になれる。いいこと麻紗美、女神とは女王様よ」
 麻紗美は声を噛み、一度は腿に挟んだけれど、力を抜いて美鈴の指を許してやった。

「ほうらクチュクチュ・・ふふふ。でもね麻紗美、精神愛だなんて思ってないのよ。同性愛こそ肉体愛。たまらないカラダを慈しみ、無条件に感化されて昇華する愛だと思うのね」
「感化される?」
「麻紗美の濡れに共感する・・共振もする・・私だってもっと濡れたい貪欲な性への欲求・・だけどそれは異性愛では到達できない昇華した愛へとつながる前奏曲よ。精神愛の極みですけど心から育つ愛じゃない。肉体を貪り合うところから自分と同じ女の性(さが)に感動し、恥ずかしいほどの淫水を見て安心して同化して、性の高みへ駆け上がっていくのよね」

 それもわかるような気がしていた。
 『求められるから与えるぐらいの度量がないと』・・と書いておきながら、美鈴は一途に私を求めた・・甘えて甘えて私を求めた。求めていたいと思うのが女。求められて嬉しいのも女。与えているつもりが、いつの間にか求めている自分に気づく。
 捧げ合う。互いに捧げて互いに与える・・それがレズラブかもしれないと、美鈴の穏やかな愛撫に酔いながら麻紗美は思った。
 見定めたら無条件に慕う少女のような美鈴。四十二歳と三十二歳の十年の開きなどに意味はなく、美鈴の心は少女のまま固定され、澄み切った女心をまっすぐ向けて愛してくれる。女神と慕われた麻紗美は、歓びに震え、小鳥のように囀って、だけど気づいたときには奴隷のように美鈴の花園に奉仕していた。
「もっとよ麻紗美、もっと淫水をお嘗めなさい・・ふふふ・・私にもちょうだいね」
「あっ、ぁぁーっ」

 異性愛のような陵辱的な波は来ない。快楽のうねり。乱れた息づかいがおさまってきているのに、互いに互いを撫で合っていて、しこり勃つ乳嘴(にゅうし)は解けていかない。抱き合ったまま大海のうねりにふわふわと漂っているようだ。
 その乳嘴を唇で噛むようにしながら美鈴は言った。
「このまま泊まれる?」
 麻紗美は黙ってうなずいて、白い女神の尻を撫でた。
 麻紗美がささやく。
「慕うってことがどういうことか、少しわかったみたい」
「そ? 私も慕うよ。女神様の海を泳ぐように私は麻紗美の奥へと潜り込むの」
「綺麗な言葉・・じゃあ私は美鈴さんの海を泳ぐ?」
「そうね、それもいいわね・・愛液の海かしら・・牝同士のエゴに満ちた海でもある」
「エゴなんだ?」
 美鈴はにやりと、ほどよい残酷さをたたえた眸で笑う。

「気持よくシテ。それだけよ。エゴそのもの。でもね・・」
「ぅくっ!」
 美鈴の白い細指が麻紗美の濡れ谷へと滑り込む。麻紗美は濡れそぼる眸を薄く開けて、いたずら好きな白い女神に微笑みながら、腿をゆるめて愛を捧げた。 Dサイズの白い谷に頬を埋めて抱きすがり、ふたたび訪れそうなうねりに熱い息を吐いたとき、額にキスしながら美鈴はささやく。

「気が変わったわ、あの子を呼びましょ」
「留美?」
「こんなことって滅多にないから・・ちょっと待って」

 ベッドを抜け出るしなやかな肢体・・美しい・・綺麗な背中・・可愛いヒップ・・どう見ても歳には思えない。留美は逆だ。十歳下の小娘だと思っていたいのに、カラダは熟れて、それでいて女豹のようなバネを感じた。
 私はどちらにも勝てないだろうと感じていた。美鈴ほどのエロスも持たず、留美ほどのセクシーもきっとない。三十二歳・・心の定まらない女の時期を生きていると思えてならない。
 ベッドを抜け出て携帯を手にした美鈴。留美は仕事中。メールでよかった。
  
  帰りに寄ってね。
  お店じゃないよ。
  知ってるでしょ、お部屋。
  狂う夜へ・・うふふ。

「って、どーよ?」
 手の中の小さなモニタに打ち込んだ言葉が並ぶ。ちょっと意地悪にキラキラ笑う美鈴を見ていて、麻紗美は美鈴こそが性の女神だと感じていた。
 女神は奔放、そして女神は恐怖・・女のすべてを持ち合わせて生きるもの。
「ふふふ、ちょっと可哀想かも・・」
「ほんとよ、可哀想なことになる・・はい送信っ! くくくっ!」
 ああ、たまらない・・この少女のような四十二歳はどうだろう・・私はいつの間にか疲れていたと麻紗美は身にしみて実感できた。

 送信ボタンを押しながらベッドに添い寝をしてくる美鈴のヌード。麻紗美はいまにも泣き出しそうな想いで、抱き寄せて、乳首に甘えた。
 美鈴が髪をつかんで顔を上げさせる。
「私のこと慕う? 慕いなさい!」
「・・勝てない・・はい女神様・・あなたが好き・・」
「嬉しいわ、この私を女神だと言ってくれる・・麻紗美が好きよ」
 女神の指先が、渇かない女陰に刺さる。
「またぁ・・溶けちゃう・・」
 そしたらそのときメールの返信。

  はい行きますっ!
  ダメかも・・感じてきちゃった。
  くにゃくにゃしてる、、、

「・・だってさ」
「・・ね。ふふふ、可愛いなぁ」
 、、、と、点を三つ連ねる若い表現。顔を寄せ合って画面を覗き、そのまま見つめ合って溶けるようなディープキスへと進展していく。

「ここへ呼ぶのははじめてなのよ」
「私だってそうです」
「そうよね、うん、そうよ、はじめてなんだわ・・」
 キッチン。美鈴は部屋着にしているピンクの起毛地のロングT。麻紗美は同じようなレモンイエローのロングTを借りてテーブルにくつろいでいた。
 美鈴がキッチンに立って夕食を支度した。女三人、サンドイッチ程度で充分だったし、麻紗美は体の芯が溶けたようにふわふわしていた。
 二人ともルーズフィットのロングTの下はパンティだけ。そんな姿で出迎えてやれば、留美は一瞬にして、これからはじまる性夜に狂いだしてしまうだろう。
 ただ残念なのは横殴りの雨であること。マンションのバルコニーはずっと広く、晴れていれば露出ぐらいはさせてやれるのに、雨はますますひどくなっている。

 テーブルに肘をついて頬を支え、麻紗美はキッチン越しにリビングのサッシを見て言った。洗車機の中にいるようだった。
「どのみち帰れないみたい」
 向こう向きのまま美鈴が応じた。
「直撃じゃなさそうなのにね」
「大きいもん。列島すっぽりなんだもん。それに動きが遅い。これからなのよ」
「旦那無理そうね」
「ぜんぜんダメでしょ。そんなつもりじゃなかったのに・・」
 流しを向く美鈴の背中がちょっと震えて笑っているよう。出張のその日が休みで、降りしきる雨。台風の前奏曲。独りでいてもつまらなく、ベルカフェを覗いてみた・・それが発端。
「ねえ美鈴さん」
「その言い方イヤ。さんはいらない」
「じゃあ、お姉さま?」
「それもイヤ。レズっぽ過ぎちゃうし、それは留美にあげた言葉だもん」
 不思議なことを言う。麻紗美はエッセイストMISUZUの新鮮な言葉を思い出す。少女のような熟女・・まさにそんな人と成り。天真爛漫にして淫乱、淫乱にして淑女・・女王であって奴隷・・素敵な女のギャップをたくさん備えた人だと、後ろ姿を見つめていた。

「・・美鈴」
 小さな声で呼んでみる。
「はい・・ああダメ、燃えてきちゃう・・それでいいわ、美鈴でいい。なあに女神様?」
 心の溶けだすような言葉、そして鈴が転がるような声・・麻紗美は肉欲の虜にされていくプロセスを拒めなかった。
「・・奴隷にされそう」 と麻紗美は言った。
「あら私なんてすでに奴隷よ」 と美鈴は言って、ちょっと振り向きウインクした。
 馬鹿みたいにやさしい夢・・愛液を泳ぐような女同士の遊泳がたまらない。
「このサンドイッチ、あの子には餌だわ」
「餌?」
「下にお皿を置いてやって裸にして食べさせる・・そうね、私たちが噛み込んだものを口移しに与えてやるなんてどうかしら?」
「そんなことしたら、あの子マゾになっちゃうよ。美鈴のこと心から慕ってる。大好きだって言ってるもん」
 黙ってうなずき、ちょっとため息をつくようにして美鈴は言った。

「・・私はいいのよ、それでも」

「どういう意味?」
「奴隷だろうが女王だろうが女神だろうが・・麻紗美や留美が私のことを見ていてくれる。心からの感謝は身を捧げることでしか表現できない。寂しかったの。寂しいからエッセイを書きだした。そしたら留美が現れた。失恋してボロボロで、奴隷のように私を慕って服従した。そんなあの子に私はなんでもしてやりたい。麻紗美もそうだわ、抱いてくれて夢をくれた。人なんて所詮は独りよ、独りぽっち。孤独から逃れるためなら私は捧げる。だって・・」
「・・だって?」
「私だけが若くないし」
 響いた。感動した。女としてのキャリアが美鈴を強くし、弱さに素直な女性にしている。
「美鈴」
「はい?」
「もう一度言うね・・あなたが好き・・素敵よ美鈴」
 美鈴は、ふふふと向こう向きのまま笑い、ありがとうと小声で言った。

 ハムと焼き卵のサンドイッチ。レタスにセロリ、それにパセリ・・グリーンボウルのようなサラダを置いて、紅茶を飲んでくつろいだ。
「結婚が早すぎたの」 と美鈴が言った。
「四十二なのに息子は二十歳よ。結婚から二年遊んで妊娠した」
「じゃあ十九で?」
「十六で男を知って、その頃モテて・・とっかえひっかえ・・」
 そうだろうと麻紗美は思う。その頃の美鈴は天使のような娘だったに違いない。
「騙して遊んで・・遊ばれてもあったけど、どうしようもない女だったわ。淫乱だって思ってた。旦那は真面目過ぎて、だけどそこが新鮮だった。できちゃった婚なんですけどね、じつは旦那の子かどうか・・」
「そうなんだ?」
「なんてね・・ははは、それはないよ。じつは遺伝子調べてるから。間違いなく夫の種よ。だけど男たちが重なっていたからね、実感というのか確かに旦那の子だと確信が持てなかった。そのうち冷えていき、息子は旦那が好きだから私を責めるようになっていく。いまさら男なんてまっぴらだったし、ほんとの愛を知ってみたくてたまらなかった。それでお店をはじめて、あるとき妙な女に出会ってね」
「レズだった?」

「違う。プロの女王様」

「SMの?」
「もちろんそうよ。お店のお客さんだったけど、いまは大阪に越しちゃった。それからよ隠れ家を持ったのは。当時彼女は三十歳で私は四十。ちょうど麻紗美と私の関係だったの。彼女は言ったわ。捧げてほしくば捧げろって。純愛に性別は無意味。性別の前に心があり、焼きつくされる性があるって教えられた」
「抱かれたの?」
「抱かれたね・・そのとき私は奴隷の覚悟で裸になった。そしたら彼女が女神様って私を呼んだ。愕然とした。愛を与えてくれる者は神だって教わった。女にハマった最初の出来事」
「ふーん・・わかるなぁ・・」
「女は女に対して女神と奴隷を行き来する。だけど男に対しては決して奴隷になってはいけないと」
「・・どうしろって言うの?」
「女王と母を行き来しろって言われたわ。男は異物よ。無条件に強いか無条件に許すかのどちらかだって」

 そのへんが美鈴の引力の根源だろうと考えた。
「無条件に許すなんてできないもんね」と言いかけたとき、玄関のチャイムが鳴った。美鈴はパッと目を見開いて妖艶な笑顔を咲かせた。つくづく性女。これでもかと女を表現して生きている。
「ここにいて」 と、ウインクして美鈴が立った・・。

「あらあら濡れネズミじゃない」
「はい、すごぉい雨なんだもン」
「待ってたのよ、私と、それから・・」
「え」
 玄関先で声がする。甘え声の留美の様子が目に浮かぶ。麻紗美は笑いを殺して雰囲気を探っていた。

 背を押されて留美が覗く。今日は黒のマイクロミニ、淡いブルーのTシャツ。Tシャツが濡れて赤いブラがくっきり透けてしまっている。
「あっ、麻紗・・お姉さんもいるんだ、わぁぁ」
 嬉しさをストレートに表現する留美。キラキラ若い女の眸だった。
 美鈴が言った。
「そうよ、今夜はお泊りしていくの。留美もよ、いいわね」
「あたしも? ほんとに!」
「嬉しいでしょ?」
「うン、嬉しい! 嘘みたい!」

 そして美鈴は、無造作にマイクロミニの下から手を入れて、ビクリと戦慄する留美を見据えて言うのだった。
「私たちのスタイル見てわかるでしょ。今夜は二人女王様よ、わかるわね。わかったらご飯にするからお脱ぎなさい。おまえは全裸、いますぐです!」
 眉根を寄せて声もなく、留美はX脚に膝を寄せ、そのままヘタリと女の子座りに崩れていく。マイクロミニから真っ赤なデルタが覗いていた。
 救いを求めるような視線を麻紗美に送る留美・・しかし。
「どうしたの留美、女王様のご命令よ、さっさとお脱ぎ!」
 美鈴と視線を合わせて、二人は厳しい眸で留美を見下ろした。

 留美は吐息を熱くした。可笑しい。麻紗美は意識して意地悪く笑い、留美に言う。
「もうたまらないんでしょ? ハァハァよね? 濡らしてるでしょ!」
 そしたら留美は泣きそうな顔で二人を見上げた。
「そんなぁ・・ああダメ、イキそう・・」
 消え入りそうな吐息声。美鈴と麻紗美、二人は声を上げて笑った。

レズ小説 デルタ(四話)


四話~性衝動


 同性愛なんて私の愛の姿じゃない。考えたこともない。麻紗美ははっきりそう自覚しながらも、なのに突然噴き上げた湯気のような性衝動に翻弄されていた。
 それに、この怒りにも似た思いは何なのか。キラキラ若く、スタイルもよく、性格だってじゅうぶん可愛いと思うのに、自分を貶めるような行為をしたがる留美に対して、ちょっとは考えなさいよと叱ってやりたくなる想い・・それが裏返ったかすかなサディズム・・そうとも思うのだったが、ほんとのところは違うだろうと、それもはっきり自覚していた。
 レズラブへ惹かれていく。抜き差しならなくなっていく。
 そのときに少なくとも十歳下の小娘に対しては優位に立っておきたい。留美のペースに引き込まれると美鈴までを巻き込んだ入り乱れた淫欲に支配されかねないと思うのだった。

 夫と出会った頃、それまでの彼と性の重なる一時期があった。朝、目覚めると隣りで眠る夫に戸惑ったことがある。前の恋を精算しきれず新しい恋に果てていく夜が続く。
 麻紗美は自分の中に淫欲へと堕ちていく牝の存在を自覚していた。夫と眠って起きてみたら隣りに留美がまつわりつく。それは美鈴へ発展していくかも知れない愛欲のベッド。レズラブへ、ぎりぎりの瀬戸際に来ていることを認めなければならなかった。留美のせつないまでの女心がぐいぐい迫り、私の女心とひとつになって多重する・・男性が相手ではあり得ない、ひとつの女心を共有する関係。それでなくても麻紗美は、美鈴のエッセイに魅惑的な同性愛を見出していた。心のどこかで美鈴を同一視し、解放されることへの羨望を感じている。

 そうした何もかもがいきなり眼前に迫ってきているのである。
 こんなことで、どうして私が苦しまなければならないの!
 整理できない感情が怒りとなって留美に向けられているのだろう・・そして、弱く可愛い留美を知れば、怒りは母性に置き換わってたまらなくなっていく。留美の中にある私そっくりな女心に取り憑かれてしまうだろう。
 合唱した両手をマイクロミニの腿の間に挟み付けるようにして、頬を赤く紅潮させ眸を潤ませる留美・・いい気味だわ・・とっくにもう濡らしてしまって息を乱す淫乱娘め・・母性を燃料に燃え上がるサディズムが、いまにも愛に置き換わろうとしていた。
 留美は固まって動けない。
「どうしたのよ? 恥ずかしい思いがしたいんでしょう?」
 唇をちょっと噛んで丸い眸を向ける留美。なんて可愛い。
「ここのバルコニーの向かいが寝室なのよ、私たち夫婦のね」
「・・はい、そうだろうと思ってました」
「見られてると感じてた?」
「・・だってカーテンが揺れるから」

 やっぱり・・麻紗美はちょっと可笑しくなった。
「でしょうね、気づいてるって思ってた。キャミの下はノーブラ、Tバックでノースカート。ハラハラして見ていたわ。露出狂だと思ったけど・・だけどなぜか私もキュンとしていたの。いいカラダだわ・・可愛い子だって思ってた。私だって美鈴さんのエッセイ好きだし・・そうよね、オンナの性欲ってそんなものだと思って読んでいた。それで留美と出会い、美鈴さんの実物を知って、ますます胸が苦しくなった」
「それは私もです。オナニーしろ、もっと恥ずかしい思いをしろって刺激されているうちに、素直にあたし感じてきちゃって、そんな自分が嬉しくなって・・彼に捨てられてもがいていたのに、癒やしてくれたのは同性だった」

 麻紗美はちょっと両手をひろげながら微笑んだ。留美は、はいと言って、流れるように麻紗美の腕の中へと吸い込まれた。麻紗美は言った。
「・・夫と寝るでしょ」
「ええ・・はい?」
「愛してるし感じるセックスが嬉しいのよ」
「はい」
「だけど明け方、ふと目を覚ますと、違う人が隣りにいる気がするのよね。性別は不明・・違う人影が隣りで寝てる。現実なのか夢なのかもわからない幻覚みたいなものかしら」
「それあります、あたしにも・・あたしの場合は美鈴さん。あれほどよがり悶えた人なのに女神のような姿で眠っている・・そんな夢を見るんです。ああ可愛いなって思いますし、あたしそっくりって思いますし・・」

「ンふ・・お姉さん・・」
 膝抱きにされていて、両方の脇の下から手を差し込んで麻紗美の肩を抱き、顎先をわずかに上げて目を閉じる留美。キスをせがむ。長い睫毛が愛液に濡れるように輝いていて、若い性欲がそうさせるのか小鼻がひくひく蠢いている。
「可愛いわ・・いい子よ留美」
 唇が重なった・・麻紗美の手がマイクロミニから惜しげもなく晒される腿の間へと滑り込む・・留美は腿を割って従順に応じながら、ふるふると小鳥のように震えていた。
「お姉さん、シャワーさせて・・」
「一緒に入りましょ」
「はい・・嬉しい・・あたしやっと独りじゃなくなった・・寂しかったの・・」
 白い頬に大粒の涙が伝った。この子は弱い。恋にすべてを賭けて生きる女の姿がいとおしく、私だってそうだったと自分の過去へとつながっていく。

 美鈴より先に留美を抱きたい・・抱かれたいし抱き合いたい。私は私の心を抱いているのであって淫らなセックスなんかじゃないんだし・・。
 熱く降るシャワーの雨の下で麻紗美は留美と重なった。最初に求めたのは留美の手だった。すでに濡れる女の底へ落ち込む若い手を麻紗美は許して腿をゆるめた・・。

 その数日後。仕事が休みだった麻紗美は昼下がりになってベルカフェを訪ねていた。今日は雨。はるか南で列島を狙う台風の影響でしばらく雨が続くだろう。
 留美は仕事。その日は久びさ、麻紗美は心が軽かった。
「あらあら、こんなときに沖縄なの?」
「そうなんですよ。今日から二日の予定なんですけど帰りはちょうど台風になりそうで」
 夫が出張。その日に合わせたわけではなかったけれど、麻紗美は休みをとっていた。パートではじめた仕事だったが頼りにされて実質的には社員扱い。仕事中心にしたくなく、ときどきこうしてズル休み。
 土砂降りの日のベルカフェは空いていた。こういうときはランチタイムを外すと同じマンションの住人ぐらいしかやってこない。まだひどくはなかったが雨が巻き上がって下から降ってくる感じ。店のガラスエリアにワイパーが欲しいほどの目隠し雨となっている。

「アイスコーヒーを」
「はいはい。ふふふ、留美ちゃんが言ってたわ」
 と、美鈴は艶のある微笑みでカウンターに座る麻紗美に眸を向けた。吸い込まれそうなキャッツアイ。やさしく激しい性の視線が放射されるようだった。
「麻紗美お姉さんてサイコーって、あの子、それは嬉しそうにしてたわよ」
「そんなことを?」
「私のことをわかってくれるって、にこにこしてた」
 性関係のことまで言っているのだろうか・・とは思ったものの、そのへんは大人同士、言うまでもないだろうと麻紗美は思う。
「はいアイスね」
 青みがかった白い大理石調のカウンターにそっと置かれたグラスがコツと硬質の音をさせた。

 今日の美鈴は明るめのワインカラーのサマードレス。胸元がボートネックでうつむくと黒いブラにつつまれた膨らみが露わとなった。谷が深い。Dサイズアップの白い乳房が美しかった。
 対する麻紗美は普段着、それもこの雨だからジーンズスカートに青いTシャツ。
ストッキングを穿かずローヒールのサンダルで出かけて来ている。

 グラスのストローに気を取られていると、カウンターの向こうで声がした。視線を上げると、そのとき美鈴は背中を向けて、そしたらその薄いドレスのバックスタイルに、ダブルホックの黒いブラ、そして明らかにTバックスタイルの下着のラインが透けていた。美鈴の背丈は157センチ、麻紗美は163センチ。なのにブラは美鈴がDで麻紗美はB。ちょっと口惜しいと考えて笑みが漏れた。
「ちょっとイジメておいたから」
「はい? イジメておいた?」
「今度ね、私たちであの子をドライブに連れ出しましょうよ」
「ははぁ・・露出させる?」
「ふっふっふ、そうそう全裸露出。行く先々でイジメてやって、その後ホテルへ引きずり込むの。どう?」

 どう? と、イタズラっぽい熟女の艶目。

「二人でイジメる?」
「うんうん。そしたらあの子、そんなことされたら狂っちゃうってハァハァ言ってた。あははは、可愛いんだもん。性の花がいままさに開花をはじめた、それが留美だわ」
 そして美鈴は外を見渡し、眉を上げた。
「今日はおしまいにしようかな。ねえ麻紗美」
「あ・・はい?」
 麻紗美・・ネトと絡むような視線で呼び捨てにされたとき、何を言うかは想像できた。
「お店閉めるから、ちょっと上へ来ない?」
 やっぱり・・美鈴はこのマンションに部屋を持っている。
「もう閉めちゃう?」
 かすかな焦り。あのとき留美と呼び捨てて上に立とうした思いが、そっくり逆転し、美鈴に上に立たれてしまった。
「閉めちゃう。いろいろ知り合っておきたいし」

 来た来た・・こうなると思っていたし、じつは今日、ちょっと期待する気持ちもあってベルカフェを覗いた麻紗美。美鈴の人と成りを知ってみたいと思っていた。
 女性誌の最新号が昨日出た。そこに美鈴は『若い獲物』というタイトルで留美への想いを書いている。

 ~若い獲物~

  獲物って言うと、私がまるでハンターのようですけれど、
  獲物なんだからしょうがない。二十も歳の違う娘さん。
  慕ってくれるよ。慕ってくれるから可愛いし、私はね、
  一度そう思うととことん鍛えてやりたくなる女なんです。
 
  でも鍛えるって何を? あらヤだ。

  女は脆すぎるといけませんもん。性は捧げるものじゃない。
  ほしがるから与えるぐらいの度量がないと、
  いつかきっと性に泣く女になるわ。え~ん、え~ん。
  それではダメ。みっともないったらありゃしない。

  あの子のセックスを鍛えてる。身悶えする羞恥を教え、
  満たされない飢餓を教え、それが与えられたときの
  めくるめくアクメをあの子の記憶に刻みつけていくんです。

  愛のために抱かれるなんて小娘の夢物語。そんなの浅い。
  ほしがって濡れる。肉体の声なんだよ、黙れと言っても無駄。
  淫欲のために抱かれる。愛なんてワードでごまかさない。
  全裸露出をさせてやろう。トロトロに伝う愛液の意味を
  これでもかと教えてやりたいし、この私をもっと慕え、
  もっと慕って夢中にさせて、それからあの子をサナギに変える。

  おぞましく美しい性の蝶が生まれるはず。強い女。強いから
  愛に対して奴隷になれるし、しなやかな牝になれるんです。
  女の花は乾かないし、涸れないし、だから蜂を呼び続ける。
  カラダを尖らせて突き刺す蜂は、いつしか濡れる花に心を
  刺されて、気づいたときには花の奴隷へ堕ちていく。

  そろそろなのよ。あの子の渇望に愛撫を与える時期がくる。

 その部屋は、エッセイストMISUZUの隠れ家だった。
 ベルカフェの裏口から階段で上がった角の部屋。1LDK。女の独り暮らしには充分なスペースで、店同様にアイボリートーンで統一された、女らしくシンプルな部屋だった。チリひとつ落ちてはいない。美鈴に好感。
「さあ、こっちよ」
 広いLDK、その奥が広い寝室になっている。天蓋付きのダブルベッド。クローゼットの扉を開き、ぼーっとして立ち尽くす麻紗美に背を向けて、美鈴はドレスを脱いで漆黒の下着姿。Tスタイルパンティ。アラフォー美女。白くしなやかなヌードだと麻紗美は思う。

「口先だけ・・ポーズばかり・・私だってそうやって生きてきた。女の保護膜なんだもん。だけど、もうイヤ。私は牝よ。ぬくもりがないと生きていけない」

 美鈴は背を向けたまま言うと、一人先に大きなベッドに潜り込む。
「お話しましょ・・抱き合ってお話しましょ・・おいで麻紗美」
 試されていると感じた。あなたも口先だけポーズだけの女なの? そう言われた気がしていた。
 今日の麻紗美は黒を選んだ。もしや・・という想いもあって、そのときに私を隠しておきたいと無意識に選んだ黒かも知れなかった。

 Bサイズブラ・・Tまで飛べない人妻のパンティ。

 ベッドにいて、脱いでいく麻紗美をキラキラ輝く眸で見つめる美鈴。
「嬉しいわよ、私をわかってくれそうね・・でもね・・」
「はい?」
「私を慕って。慕いなさい。慕って慕って私を抱くの。ねえ麻紗美、そう思うなら全部脱いで」
 麻紗美は震えた。同じようなことを留美に言ったが、意味が違うと本能的に感じていた。美鈴の性は昇華した牝のセックス。わけもわからずそう感じ、そしたらそのとたん、裸身が震えだして淫花が激しく反応しだす。

「ふふふ・・なんて隠微なヌードかしら」
「美鈴さん、言わないで・・」
「さあ、おいで」
 魅入られた奴隷のようにベッドに忍び込んだ麻紗美。そのとき美鈴の二つの眸が濡れていた。大粒の涙だった。
「抱いて麻紗美、嬉しいの・・ああ女神さま・・」

 女神さま?

 麻紗美は心をわしづかみにされたようだった。ケガレのない美鈴の想いが白い肌を透過して流れ込んでくるようだ。
 十歳下の麻紗美に向かって晒された美鈴の花園は、芳しい蜜を流して濡れていた・・。

レズ小説 デルタ(三話)


三話~殺風景


 四階建ての三階角部屋、305号。留美の部屋。ありきたりな白い壁紙を貼ったアパートの造りだったが、フロアは板の間を模したダークトーンのクッションフロア。その部屋は、築二十五年の建物の見栄えよりもずっといまふうにリフォームされていた。
「じゃあいまはもういないってこと?」
「そうなんですよ。ここへ越す前にあの子が越しちゃって。彼が越したからそっちへ行っちゃったんです」
「なのに来ちゃった?」
「友達がいたから来たわけでもありませんし、美鈴さんと知り合えたのが大きかったなぁ・・その頃はまだよく知らない人だったんですけど、何て言えばいいのか、奔放に生きてる女の先輩って感じでベルカフェにいるのが楽しくて・・」
 ベルカフェの隣りにあるランジェリーショップに大学の一年先輩がバイトしていた。てっきりそれがあるから越して来たものと思っていたらそうでもないらしい。

 六畳に加えて四畳相当の洋室が並ぶ留美の部屋。狭い方にシングルベッドと小さなドレッサーが置いてあり、広い部屋には家具らしい家具もなく、小さなテレビがあるだけだった。服そのほか細々としたものは造り付けのクローゼットにしまわれてあるようだ。
 綺麗にされているというよりもガランとした殺風景な空間。それがまるで留美の心の空洞を物語るようだった。麻紗美はそれとなく部屋を見回して言った。
「ずいぶんすっきりしたお部屋なのね?」
「越して来て間もないってこともあるんですけど、そのときは、いつまた越すかも知れないって思ってましたし、前のアパートにいろいろあったものも捨てちゃって。断捨離なんです」
「そうなんだ?」
「ミニコンポとか古いパソコンとかギターとか。大きなベッドもありましたしデスクとかも・・彼の思い出が染み付いちゃってて・・」
「ふーん・・そうよね、そういうことってあるわよ」
 留美の部屋には椅子もなかった。デスクさえないからだ。広い方の洋間にはフロアに丸いカーペットが敷かれてあって座布団で座るようにされている。カーペットに合わせたような丸く白いローテーブル置かれてあり、その前に黒い三段のカラーボックスを横に寝かせて小さな液晶テレビ。テレビまでが新品のようだった。薄くコンパクトなノートパソコンも新しい。

「先にお茶淹れますね」
 キッチンへと背を向けた留美のヒップに目をやった。張り詰めた若いカラダがまぶしい。
「ありがと。留美ちゃんて演劇部だったんですってね?」
「女子大のね・・でも、演劇っていってもそれなりの部活でしかなかったし」
「劇団とかは目指さなかった?」
「気持ちはありましたよ。いまでもないとは言えないけれど、さすがいまは・・しばらくは気持ちが動かないんです。それに劇団なんて甘い世界じゃないんだし、あたし程度の才能では難しいですね」
 留美は、外から戻ったままのスタイルでキッチンに立っていた。日本茶を先に用意して、それからパスタを茹でてソースを温める。麻紗美がすると言っても留美はきかない。細々と身の回りの世話をするのが好きなようだ。

 それにつけても、下に座って視線が下がると、留美のマイクロミニからヒップぎりぎりの白い脚線が露わ。若い。まばゆいボディが想像できる。スタイルがいいと麻紗美は思った。グレーアッシュに染めた長い髪がいかにもいまふうの跳ねっ返りを思わせるのだが、留美はじつはおとなしいタイプの娘のようだ。
 そんな後ろ姿にちょっと眉を上げながら麻紗美は言った。
「癒やされてるんだね彼女に?」
 流しを向いたまま留美は応じた。
「癒やされてますね・・と言うか、それはママがそう言ってくれますし。ママって、それを言うと怒るけど。おばさん臭いからおやめなさいって。ふふふ、可愛い人なんですもん」
「美鈴さんが留美ちゃんに癒やされてるってこと?」
「そうなんですよ。あなたと出会えて嬉しい嬉しいって。いい女よ、抱きたい抱きたいって言ってくれるの。どこまで本気なんだかって最初は思ってましたけど、ママってすごく繊細で、しなやかで・・それでいて嫌味のないストレートって言うのかしら・・どうしようもないセックスを感じるんです。恥ずかしいけど濡れちゃうの。見つめられて微笑まれるとジュンと濡れちゃう・・」
「抱かれてもいい?」
「いいですね。最初は、わぁレズって退いてましたけど、あたしそっくりで淫乱なところが微笑ましくて」
「留美ちゃんも淫乱?」
「きっとそう・・あははは。ママにオナニーしろって言われて、素直に言うことをきいてみようかなって思えてきて・・失恋したときお化粧ものらなくなって最悪だった肌もすべすべに戻ったんですよ」
「・・そんなもんかな?」
「そんなもんです。ドライブに誘われて・・そのときあたしミニフレアだったんですけど、風があってそこらじゅうでパン見せしちゃって・・それもTバック。確かに震えが来るんです。ああ見られてる・・恥ずかしい・・どうしようと思えば思うほど濡れてきちゃって。それでそのとき・・」

 と言いかけたものの、さあできましたよとトマトソースの魚貝のパスタを手に振り向く留美。留美の眸が濡れたように輝いていると麻紗美は思う。ドライブのときのことを思い出しているのだろうか。
 テーブルに置いて下に座ると、マイクロミニは鮮やかなブルーパンティのデルタをまるで隠せなかった。デルタはレースではない。水着のようにあっけらかんとご開帳といった様子。女子大で女ばかりの中にいた留美にすれば当然のことなのかもしれないが。
 麻紗美はパスタにフォークをのばしながら、留美の目を見つめて行った。
「それでそのとき? どうしたの?」
「ああ・・ふふふ、ママがね、スカートの下からお尻をそっと撫でてくれて・・ゾゾーッて震えが来ちゃうほど、あたしは感じた・・でもそれだけ。あのときもしホテルって言われていたら行ってたのにって思うんですよ」

「ふーん・・ねえ、正直に応えてね」
 麻紗美はフォークに巻いたパスタを口に運びながら言った。
「あ、はい?」
「セックスって好き?」
 留美は弱くうなずきなら言う。
「・・好きなんでしょうね、きっと。いっときはもう貝みたいに閉ざしてましたが、ママに刺激されているうちにどんどん女に戻っていける。あたしはそれをママの愛だと感じてます。ママは言うわ、羞恥ってじつは心地いい・・それが女を牝に変えていくんだって」
「SMみたいね」
「そうそう、あたしもそんな気がするんですがママは違うときっぱり言う。『それはね留美ちゃん、あなたの性が同性の私に対しても解放されていくからよ』って。
どういう意味なんだか・・」
「同性にも解放されるか・・エッチするのに性別は無関係?」
「ですね、だんだんそう感じてます。心を向けてくれる相手に対して、あたしだって心を向けたい。いますぐ男性はパスですけど、女のカラダは濡れたがっていますから、同性の方が気楽に心を重ねていられるなってカンジですかね」

 そのときの留美の笑顔はひどく弱く、ひどく淫らな牝の横顔・・麻紗美は内心ハラハラしていた。満たされない想いなど誰もが持つ女の苦悩。私にもある。そしてそれは相手が異性だと妙なプライドもあって見せたくない部分でもあるはずだ。
 若い留美に、麻紗美は自分と同質の本音を感じ、留美の背後に留美を導く美鈴の意思を感じていた。
 この微妙な嫉妬心はなんだろうと、麻紗美はそれとなく留美のスカートの奥へと目をやった。
夫への愛には自信があった。しかし生殖の性では満たされない何かが残る。
 夫婦という関係の中では逆に曝け出せなくなる何か・・快楽に貪欲な牝の本音なのかもしれないと麻紗美は思った。
「・・でもね留美ちゃん」
「はぁい?」
「自分を安く見せることはないんじゃない。ここは三階よ、高層マンションじゃないんだし、街中で見せすぎると危険だわ、怖い人だっているんだから」
 留美はちょっとうなずいて、濡れたように輝く視線を麻紗美へ向けた。
「露出してるつもりじゃないんですよ。自分に素直でいたいと思うだけ。男性の視線にはトキメクし、女性の視線には蔑まれたいと思ってる」
「蔑まれたいですって?」
「だって・・捨てられちゃったし、あたし。それにあたしってそうですもん、セックス好きだしMっぽいところがある・・とりすましていたって内心ドロドロなんだし。女の人たちに蔑まれると、恥辱って言うのか、そういうものを感じれば感じるほど濡れてくるんです・・ふふふ、困ったカラダだと思ってますけど」

 失恋が自信を奪い自虐的になっている・・と麻紗美は思う。
 もういい話題を変えよう・・としたのだったが。
「パスタ美味しかった、ごちそうさま」
「いいえ。いつでもいらしてください、あたしはいつも独りなんだし。独りぽっち」
 せつない言葉、寂しい眸・・可愛いわ・・母性が動くと、このとき麻紗美は自覚した。
「あなたさっきスーパーで・・ほら、私がお尻を叩いたとき」
「ああ・・ンふ」
 恥ずかしそうな伏し目。鼻に抜ける吐息のような笑い声。サラリと垂れた長い髪に嬉しそうな微笑みを隠している。
「ベルカフェの帰りって、あたしいつも欲情してます。美鈴さん意地悪だし。お姉さんと知り合えてこうして話せることも嬉しくてたまらないし、お尻を叩かれてあたし、大きなものにやさしく叱られているような気分になって・・そしたら・・」
「濡れちゃったんでしょ?」
「・・トロリって」
「あらあら正直な子ね、そんなに濡れた?」
「はい・・寂しいの・・ほんと言うと寂しくて壊れそう・・」
「・・ごめん」
「ううん、いいんです、あたしのこと嫌わないでくださいね」
「嫌ったりするもんですか、好きよ留美ちゃん。立ち向かってるもんね女の自分に。逃げてない」
「違いますよー、立ち向かってるのは美鈴さんです。あたしは大きな力に引っ張られているだけだから・・弱いからあたしって・・」

 ゆったりとした食事を終えても時刻は九時過ぎ。夫の戻る終電までには時間が余る。麻紗美は小さな丸テーブルの上に置いた留美の手をそっと握った。留美はちょっと驚いたように、笑う目を丸くする。ピュアな少女の瞳のようだ。
「私ね、いま留美ちゃんに性欲を感じてる。だけどそれってものすごく怖いことよ。攻撃的になってるわ。Sっぽい目であなたを見ている。私に近づくと危険かもよ」
 そしたら留美の二つの瞳がますます潤んで輝いて・・涙が浮かんでくるように。
「嬉しいです。ママにも同じことを言われました。SMではないけれど・・支配とかではないけれど独占したい想いがあるって・・あたしに性欲を感じるって言うんだもん」
 麻紗美はそっと白い手を撫でて言う。
「本心よ私の。留美ちゃんが好き。でもね、留美ちゃんが私にはできそうもないことをしようとしていることには腹が立つ。嫉妬しちゃうの、私はそこまで曝け出せない。怖いのよ。ガードを崩したらおしまいみたいな気がしてね」
 留美は頬を上気させてちょっとうなずく。それは性の餌食を覚悟した女の表情のようだった。

 激しい性衝動を麻紗美は覚えた。自分の世界ではないと感じたレズラブが波濤となって押し寄せてくる。かすかなサディズムも感じる。この子を組み伏せて征服したい。胸の内へと取り込んでやり、抱き締めてやりたいと感じていた。
「ねえ留美」
 呼び捨てにされて、留美は直線的な視線を向けた。目がそらせないといったように・・若い眸が据わっている。
「は、はい」
「恥辱に濡れるなら壊してあげようか」
「ぇ・・」
 留美の白い頬が見る間に赤くなってきて、息使いが荒くなり、留美はそれを息を止めて隠している。
「パスタのお皿を洗いなさい。全部お脱ぎ。恥ずかしい姿におなりなさい」

 ますます身を竦める若い留美を、優越に満ちた見下す視線で見つめていて、麻紗美は、激しく反応しはじめる三十二歳の女の性器に戸惑っていた。

レズ小説 デルタ(二話)


二話~三世代


「ふーん、三十二か・・じゃあアレね、ちょうど十歳刻みの三世代ってわけ?」

 店内がおよそアイボリーカラーで統一されて、その中に淡いブルーグレーの大理石調カウンター。カウンターの内側は少し床が低いらしく、流しに向かって前屈みになる美鈴のドレスのVゾーンから、たわわ揺れる白い乳房の谷が覗く。
 女三人の中で明らかに背の低いスリムボディの美鈴だったが、胸はD・・と、麻紗美はそれとなくヌードを探っていた。店にいながら白く薄いサマードレスに白い下着。それもまた性の危険を孕んでいるようだった。透ける白に白は禁物・・この美鈴もそうだし、隣にいておとなしくなってしまった留美も、少々フェロモン過多のようである。

 留美、二十二歳。美鈴、四十二歳。そして麻紗美がどっちつかずの三十二歳。
 たかが十歳違いで三世代とは思わなかったが、言われてみればオンナの意味が変化する十年刻み。そんな気がした麻紗美だった。
 麻紗美はアイスティ、留美がアイスコーヒー、グラスを二つカウンター越しに配りながら、白く妖艶な美鈴は、若い留美へと横目をなげて麻紗美に言った。
「この子、すっかり立ち直ったのよ、可愛くなったわ」
 麻紗美はちょっと眉を上げ、隣りの留美を見ながら応じた。
「立ち直った?」
「失恋よ。最初ここへ来たとき心が泣いてた。いまにも崩れそうだった」
 美鈴の静かな声を聞きながら留美はちょっと笑って視線を伏せた。ひどく寂しそうな姿に思える。
 心が泣く・・エッセイストらしい詩的な表現だと麻紗美は感じた。まさに鈴が転がるような美鈴の声がそう感じさせたのかもしれなかった。

 美鈴が言った。
「この子って、それまで四ツ谷にいたのね。女子大時代の友達が偶然この隣りのランジェリーショップでバイトしてて、その頃からたまにお店を覗いてくれてた。で失恋しちゃって越して来たってわけだけど、すっかり自信をなくしてて・・ふふふ、
私と出会えてラッキーだったね、そうでしょ留美?」
 片眉だけをちょっと上げて意地悪っぽく笑う美鈴に、留美はこくりと首を折ってうなずいた。
 美鈴が言う。
「留美って、もともと演劇部で衣装を着慣れていたようだから、もっとオンナを誇りなさいって勧めたの。セクシーを誇れ。視線を感じて濡れるぐらい牝になれって。そうすれば恋なんてくだらないものは、そこらにいくらでも転がってるって言ってやったわ」
 視線に応えて「はい、お姉さま」と言いながら、留美は麻紗美へと横目を向けた。

 それにしても演劇部・・浅いアッシュ系に染めた髪といい、どことなく芸能チックな雰囲気のある留美の素性がそれでわかった。
「じゃあそれから?」 と麻紗美は留美に問うた。それから露出を・・ということだ。
 留美ははにかんで唇をちょっと噛み、かすかだが横に首を振ったのだった。
「ううん、もともとあたしって露出する服が好きだったし・・ボディコンとかも衣装でも着ましたし自前でも持ってるし・・」
 恥ずかしいのだろう、留美の声が先すぼまりに消えていく。

 美鈴が麻紗美に言った。
「そんなことで私ね、一度ドライブに連れ出したのよ。下着が見えちゃうスカート穿かせて・・それでそのとき・・」
 と小声で話しだしたとき、二組いた男性客が次々に帰って行く。
 美鈴の声が大きくなった。
「留美ちゃん、テーブルお願いね」
「はいママ」
「ちゃんとお尻張って見せなさいよ。ふっふっふ」
 留美は極端なマイクロミニ。その姿でテーブルの奥側を拭こうとすると、前屈みが過ぎてブルーのTバックが分断するヒップが覗く。
 若い娘の性を狙うような美鈴の視線を追いかけて麻紗美もまた留美を見た。
 いよいよ熟れはじめる白桃のような留美のヒップ。
「そうそう、いいわよ見えてる、私好みのお尻だわ、あははは」
「ぇぇー・・嫌だぁ・・もう意地悪なんだからぁ・・」
 腿を締めて身悶えするような留美。そして美鈴は、小声で目の前に座る麻紗美に言った。
「ごらんなさいよ、もうハァハァ・・でも・・なんて言いながら私たちってまだなのね」
 麻紗美はちょっと眉を上げて首を傾げた。
「まだって?」
「エッチはまだってことよ。もっと鍛えてからヒイヒイ言わせてやろうと思ってさ」
 ジョークとも受け取れる意味のあるウインク。ゾッとするほど前戯に満ちた美鈴の眸。近くで覗くとブルーがかったキャッツアイ。カウンターのブルグレーに反射した光線の具合なのだろうが、この眸で迫られたら逃げられないと麻紗美でさえがそう思う。

 麻紗美に向かって顔を寄せて囁くように美鈴は言った。
「教えてるのよ性愛を。ピュアな肉欲は素直な性表現に宿るもの。思うがままに解放なさいって」
 それから美鈴はハッとするように目を丸くして麻紗美を見つめた。子供っぽいびっくり笑顔に思え、それがまたエロスに満ちているようだった。
「あらら、初対面の方に言う台詞じゃなかったわね。ですけど麻紗美さんも私のエッセイがお好きならおわかりになるはずよ。女には肉体の理解者が必要なの。一切のガードをはずして溶け合える誰か・・相手が女だってかまわないし、むしろ同性の方が素直になれるときがある」
「それは・・ええ、わかります、そうだと思うから・・」
 そのとき留美がグラスやカップをトレイに載せて歩み寄り、カウンターにそっと置いた。
「ありがと。やさしいカラダが素敵よ、いいオンナだわ留美って」
 ちょっとうつむき、上目で笑う留美が可愛いと麻紗美は思う。
「はい。嬉しいな・・あたし、ここへ来ると自信が湧いてきて・・」

 そうだろうと麻紗美は感じた。女とはそういうもの。女にとって無条件に女の部分を認めてくれる相手がいれば性を誇って生きていられる。しかも相手は憧れのアラフォー美女。

「・・私自身が行き着いた境地なのよね」 
 と、ふいに夢見るように言う美鈴を二人で見つめた。
「夫がいて息子もいるわよ。だけど苦しい。仮面が苦しい。もう何年もそうだったし、そんな中で淫夢をエッセイに書きはじめた。私のセックスを文章にしたかった。苦しいもののすべてを剥ぎ取った私らしい牝として誰かに抱かれる・・抱かれたいし、いつだって見ていてほしい。濡れていたい。露出だって私もしたし留美にも勧めた。男たち女たちの視線のどちらもが賛否それぞれ私を見ていた。濡れたわよ恥ずかしいほど。疼いて疼いてオナニーした。そしてそのうち、ああ私は女だったと自覚できるようになっていた。不倫だろうがレズだろうが、誰がどう言おうが、私は私のカラダを幸せに導いてあげたいの」

 それから美鈴は留美を見つめた。二人の視線がまともに溶け合い、若い留美の眸の瞳孔が開き、性的に据わっていくようだった。小鼻がひくひく震えている。
「苦しかったこの子が解放されていく姿を見るのが嬉しいの。慕ってくれるし可愛くてたまらない・・もっと淫らに楽しめるオンナに育ててやりたくて。だからいまは刺激するだけ刺激して放置する」
「・・はい・・ンふ・・お姉さまぁ・・」
 留美の吐息は熱かった。とっくにカラダが潤っているだろうと麻紗美は思い、人生の中でそんな相手に出会えることがどれほどあるのかと考える。

「留美にも言うんだけど、女ってね、突き抜けて賢くなると馬鹿になれるものなのよ。賢い馬鹿は楽しいわよー」

 それが麻紗美にとって決定的な言葉となった。しかしこのときはまだ、それは美鈴と留美との秘め事であり、女同士の素敵な関係・・けれども自分の棲む世界ではないと思っていた。

 ずいぶん話し込んだようでも三十分ほどしか経っていない。学生らしい女の子の六人連れがなだれ込み、それを合図に二人で立った。エッセイストMISUZUは、若い子たちの間でも評判になっている。
 外へ出た。雲が覆って星はなく、闇に閉じ込められた熱気でいきなり汗が滲んでくる。並んで歩き、駅の雑踏を抜けて向こうへ出ると、広い通りに人はまばら。
 麻紗美が言った。
「彼女のこと好きなんでしょ?」
 留美は口許に手をやってクスっと子供っぽく笑う。
「それはどうだか・・よくわからないんです」
「わからないって? どういうこと?」
「あたし恋愛対象はもちろん男性ですし、それは美鈴さんだってそうなんですよ。レズだってエッセイでは書いているけど、ほんとなのかどうなのか。それは妄想でじつは男好き・・バイなのかも知れないし。でも・・」と言いかけたとき麻紗美の携帯がバッグの中で震えだす。化粧道具に触れていたのかビリビリとプラスチックの震える音がした。

「あ、うん・・会議? まだやってるんだ・・うんうん終電近く? わかった、気をつけてね」
 諦めムードのため息をつき、麻紗美は携帯をバッグにしまう。
「旦那よ、聞いたとおり。銀行員なんだけどいろいろあるみたい。仕事だって言ってるけど、さてどうだかって感じだわ」
「まさかですよね?」
 浮気ではない。仕事で遅くなっていると言い切れる自信が麻紗美にはある。
「大丈夫よ、浮気なんてできる人じゃないんだもん。まっすぐな人だから」
 留美は安心したように微笑んでうなずいた。麻紗美が言う。
「で? 何の話してたっけ?」
「美鈴さんのエッセイです。レズなんて妄想で・・とも思うんですが、ある言葉が刺さってしまって、それから感情がどんどん向いていくんです」
「ある言葉?」
「女が相手なら自分勝手に愛せばいい。男はそこが面倒で、愛させるよう仕向けていかなきゃならないわって。素直に同感て感じでしたね」
「なるほど・・ポーズも必要ってことだわね」
「ポーズって言うか邪念ですよね。言われてみれば確かにそうで、美鈴さんが相手だとよけいなことを考えなくていいかなって・・だんだん好きになってく感じなんです・・いつか抱かれてもいいかなって思ってるし」

「まるで女王様ね」
 と、麻紗美が笑うと、留美はカラカラ声を上げて笑った。
「それは違うからねって言われてます」
「違う? そんなところまで話してるんだ?」
 留美は嬉しそうにうなずいた。長い髪が風に流れた。
「性を教授してるのであって支配しようとは思っていないって」
「ドライブ誘われたんでしょ? そのときホテルとかには?」
「そのうちねって通りすぎておしまいでしたね。伊豆の海を見に行って」
「伊豆?」
「私がね、彼との思い出の場所があるって言ったら、じゃあそこへ行きましょうって。砂に降りて・・そしてそっと抱いてくれて・・悲しみの半分はもらうからって言ってくれて・・私は泣いて・・」
「それでキス?」
「ううん、ですからそういうことは一切なし。美鈴さんてヘンなんですよ。私ほどイヤラシイ女はいない・・エロの塊みたいな牝で、四六時中どろどろしてるって言うんです」
「エッセイにもそんなようなことが書いてあったね」
「ありましたね。オモチャを使ってオナニーするとか・・だけどあたし、そのとき美鈴さんの顔を見ていて思ったの、あたしと同種の淫欲にあふれた人なんだって。あの人は一切隠さない。あたしにもオナニーしろって言うんですよ・・それも真剣に言うんだもん」
「・・素敵な人みたいね?」
「素敵です。女王様でもいいかなって思えるほど、あたしそっくりの淫乱女。だんだん好きになっていく。ママ好みに躾けてほしいと思えるほど」

 麻紗美は素直に留美の想いに共感できた。悶々としたものを吐き出せずに苦しくなるのが女というもの。曝け出して許されるなら、許す相手を慕ってしまう。

 と、留美が足を止めた。小さなスーパーの前だった。
「ねえお姉さん、よければお部屋に来ませんか? 夕食あたしがしますから」
 そう言えばちゃんと食べていない。夫が遅くなるとわかっているとき麻紗美は食欲が退いてしまう。独りだと面倒になる。帰ってトーストでも焼けばいいと思っていた。独り暮らしの留美の部屋にも興味はあった。
「何にする?」
「うーん・・ゆっくりお話したいから、パスタとか? 茹でるだけだし」
「いいわね、私がしたげる、任せなさい」
 そのとき留美は、またしても上目使いの可愛い仕草。女が甘える眸を見せた。

 それがこの子の本質だろうと麻紗美は感じた。やさしくてしなやかな・・悪く言えばどうしようもない女々しさで・・だとしたら失恋の痛手は深いはず。
 美鈴が癒やしたのだろう。痛手を癒し、それどころか、女のいいところだけを引き出してやっている。なぜそう感じるのかなんて説明できなかったが、直感的に読み取れる留美の色香は素直だった。
「留美ちゃんて可愛い人ね」
 ふと思ったままを言った麻紗美。
「・・そんな・・嬉しいな・・あたしなんだか・・」
「うん?」
「お姉さんのこと好きになりそう・・」
「はいはい、わかったわかった。さあお買い物するんでしょ」・・と、なにげにミニスカートの尻を叩くと、留美は小さく「あっ」と言って尻を締める仕草を見せた。

「あ、あたしちょっと・・おトイレ・・」
「やだ、エッチなんだから」
「だって・・ンふ・・」
 スーパーに入ってすぐ右の化粧室へ駆け込む留美の、若くプリプリしたヒップを見つめる。
 カラダが女性反応・・心が女になっていると麻紗美は思い、同時にこの子をそう変えた美鈴の凄さを思わずにはいられなかった。

 女は性を守るもの。けれどガードを超えて突き進んで来てほしいと思う女心も備えている。ガードなんて意にも介さず迫る相手に、女は牝となって反応する。
 牝の淫欲を曝け出していいのなら女は気が楽なのだ。

レズ小説 デルタ(一話)


一話~淫夢へ


 まぶたに焼きつく若い留美のセミヌード。
 それは錆の浮いた鉄のフェンスに生々しく映えていて、
 私の中に淫らが蠢く気配を感じた。
 いいえ、そのときはむしろムッとした。
 街中なのよ、あなたっておかしくない?
 こちらの窓に身を潜め、声も出せなかった私。
 この私をときめかせたことに腹が立っていたのです。

 その日の私は暗いうちに目が覚めた。新婚だったあの頃、
 甘い夜に溶け合って、二人とも裸のまま抱き合って眠っていた。
 ふと彼に触れたりすると、たまらなくなってそっと握り締めて
 あげたりしたわ。ところがいま、夫婦を隔てる薄い布を感じるだけ。
 愛していても激しい熱は去っている。そんな気がする。

 こちらの北側・・寝室のカーテンをわずかに開けた。
 夫は隣りで眠っている。静か。朝から雨になるはずでした。
 片側一車線の道路を挟んだ向こうの三階、南側のバルコニー。
 サッシが開け放たれていて、若い娘がフェンス際に
 置いた緑葉にお水をあげている。街は白みだしていたんです。
 
 住宅街のこの時刻は人が動き出すには早かった。
 それにしたって白いキャミは極端に丈がなく、
 ノーブラ・・そしてノースカート。
 艶めかしい白い腰に鮮やかな青のTスタイルパンティ。
 半裸。そんな姿でバルコニーに出ています。
 その部屋は空き部屋だったはずなのに、いつの間に・・。
 都会では他人の変化に気づかぬフリで生きているのが好都合。

 才賀(さいが)留美、二十二歳。私とは十歳違う。
 新宿のパソコンショップに勤めるフリーター。
 ちょっと前まで四ツ谷のアパートに住んでいて、失恋をきっかけに
 この街に越して来ていた。それがいまから一月ほど前。
 四年制の女子大時代は演劇部で、歌劇で男役が多かった。
 164センチ、ブラはC。エキゾチックな個性派美人。
 サラサラの長い髪を浅いグレーアッシュに染めている。
 
 だけどそのとき、もちろん名前なんて知りません。

 留美とまともに出会ったのは、その七日後の夜でした。
 新宿からの私鉄、調布駅。時刻は七時を回ったあたり。
 ラッシュのピークは落ち着いて、それでも電車は混んでいた。
 降りてホームに立ったとき、数人先をあの子が歩く。
 グレーアッシュのサラサラヘヤーで一目でわかった。
 階段に立てばとても隠せないタイトフィットのマイクロミニ。
 ふんっ・・フェロモン過剰のヘンな子だと思っていた。

 階段にさしかかり、惜しげもなく晒される脚線が
 男たちを惹き寄せた。まったく男ってしょうがない・・とは
 思いましたが、彼女も彼女で隠そうともしていない。
 Tバックで仰角だと下着が消えてヒップが覗いてしまうはず。
 露出狂だわ・・羞恥を楽しんでいるようです。
 だけどそのとき、私は説明できない性の乱れに胸が苦しい。

 かすかな羨望・・でもどうして?

 私はもう三十二歳、夫のある身。人目をはばかるスタイルが
 クローゼットの隅へ隅へと追いやられていくようで・・。
 若いって、いい。そんな嫉妬を重ねていたのかもしれません。

 朝夕、見かけるようになる。通勤時間が重なっていたからです。
 気になってならなくなった。痴漢の餌食になりそうなスタイルばかり。
 そしてそんなある日、職場のデスクでマウスの調子がおかしく
 なって買いに出たのね。新宿駅前のパソコンショップ。

 なるほどね、ごく普通なパンツスタイルのユニフォーム。
 あの子の方でも一目見て、ちょっと笑って会釈をくれたわ。
 同じ駅から同じ時刻、同じ街へと通っている。車内で見覚え。

 三森麻紗美、三十二歳、163センチでブラはB。それが私よ。
 結婚から二年ほどしてノーキッズ。どういうわけだか授かりません。
 実家は沼津、夫は小田原。夏の伊豆で知り合いました。
 夫は三つ上の銀行員。横浜に住んでいましたが夫の転勤で
 調布の街に越して来た。ちょうど半年前のことでした。
 2LDKの賃貸マンション。大きな物件は団地みたいで好きじゃない。
 五階建ての401号。新宿のデパートで、パートで商品管理の
 事務をしていた。それまでは横浜の商社で営業事務です。
 エクセルをいじらせたら負けませんし。

 ウチの裏の北西側、道路を越えて留美のいるアパート。
 向こうは四階建てで彼女は三階、305号で角部屋なんです。
 留美の南と私の北が見合うカタチ。バルコニーと私の寝室が。
 道路を挟むとはいえ、この距離ではノーブラの胸が透けるほど。
 あの子の方からだって、かすかに動くカーテンぐらいは察するはずよ。
 カマをかけてみようと思った。

 「あら?」と、眉を上げて笑ってみたのね。
 「あ、はい、電車でお見かけしますね。ウイング調布の・・?」
 それ、ウチのマンションの名前。やっぱりね、気づいてた?

 それが話しだした最初のシーン。そのとき私はパソコンショップの
 ユニフォームにくるんで隠した若いヌードを透視していたんです。
 そのときはそれだけ。なのに帰りの駅でもバッタリでした。
 フリーターだと聞かされた。どうりでね。パートの私と同じように、
 正社員とは通勤時間が少し違う。遅く出て早く戻る。
 行きに会うのは十時すぎだし、帰りは駅に着いて七時前後。

 八月半ば。調布はひどく蒸していました。
 タイトフィット、マイクロミニな白いワンピは下着のラインを透かしてる。
 夏の白は怖いもの。薄いし裏地さえも透けますからね。
 駅を出ても南へ南へ、歩く方角は一緒です。
「ねえ、セクシーなのは素敵ですけど痴漢されない?」
「されますね、たまにですけど・・」
 なにげに横に並ぶ彼女に言って、そのときの煌めく視線にドキリとした。
 牝の色香・・性的な臭気を放つ眸の色だった。
「危険だと思わない?」
「ええ・・でも見られるの好きですから。トキメクし震えるし・・」
「感じちゃう?」


 ゾクリとするほど妖艶な笑い顔で留美は言った。
「ふふふ・・はい。大学の頃・・あたし女子大だったんですけど・・あ、よければお茶しませんか? 駅向こうにいいお店を知ってるんです」
「そう? じゃあちょっとだけ。主人きっと遅いと思うし・・」
 感じるかと訊いて、はいと応じた若い娘に、三森麻紗美は女の素直な感情を読み取った。性的に奔放でも、いい子だろうと想像できた。
「私は麻紗美よ」
「はい、お姉さん。才賀留美です、二十二なんですよ」
 お姉さん・・不思議に心地よく、いまこのシーンの中ではふさわしい言葉だと麻紗美は思った。
「才賀・・ずいぶん古風ね?」
「先祖が甲賀の出らしくって、なんだか忍びだったらしいんです。実家は埼玉ですけどね。うふふ」
 うふふ・・と笑む。
 『笑う』ではなくオンナが笑むニュアンス。性を発散するような、けれど明るい笑い方。可愛く思えた麻紗美だった。

 麻紗美は、越して来たのが半年前。二月ほどが過ぎたとき、子供ができないことで夫と一緒に受診しようと考えた。そのとき書店に立ち寄って、不妊の本を見ていくうちに一冊の女性雑誌を手に取った。
 不妊に悩む人への記事と一緒に、キュンとするエッセイが載っていた。女のセックスをあっけらかんと、性欲に素直に、そしてちょっとレズっぽく書いてある。

 MISUZU=みすずというペンネーム。それから三月の間に三冊買って、四冊目がそろそろ出る頃だった。

 新宿からの私鉄~距離は遠くなく~近くに多摩川~暮らしの周囲を書いたくだりを読んでいて、このへんだろうと思っていた。
 『ベルカフェ』という名の小さな喫茶店をやっている。ネットの公募に出したエッセイがたまたま入選。それから雑誌に寄稿しだしたエッセイスト。

 留美と二人で引き返し、駅を抜け、北側へ出る。同じ駅でも生活圏が違う。こちら側には滅多に来ない。駅前から少し離れ、そしたらそこに白亜の大きなマンションが建っていて、一階部分に店舗が三つ並んでいた。
 ケーキの店、ランジェリーショップ、そして・・。

「ベルカフェ・・へええ、ここなんだ?」
 留美の笑顔が咲くようだった。
「ご存知なんですか? 私はここで下着を買うから来たんですけど、そのとき見つけて驚いちゃった。私もMISUZUさんのファンなんですよ」
 白一色の内外装、全面ガラスエリアの明るく小さな喫茶店。気取らず『ベルカフェ』とカタカナで書いてある。カウンターに五席、四人がけボックスが三席だけの店だった。

 滝本美鈴、四十二歳、154センチでもブラはC。黒いショートヘヤーで首から上はボーイッシュなイメージなのだが、ソフトシルエットのワンピースは純白でドレスのよう。上品な薄化粧の中にゾクとするセクシーアイ。
 もちろん既婚で息子もいたが仮面の家族。住まいは近くても実質の別居。美鈴は店のあるこのマンションの三階に1LDKの隠れ家を持っていた。

 そのときそんなこととは麻紗美は知らず、しかし一目で美鈴に惹かれた。赤裸々にセックスを綴るエッセイストにふさわしい性のイメージ。一見してアラフォー。スタイルのいい美女である。

「あら留美ちゃん、今日はお二人?」
 くるりと瞳の回る美鈴の笑顔に探りの意味がこめられる。
「そうなんですよー、あたしのお部屋の向かいのマンションの奥様なのね。今日はじめてお話できて、そしたら麻紗美さんも美鈴さんのエッセイを・・」
 濡れるように黒目が輝く美鈴。
「あらそ? それは嬉しい。やさしそうなお姉さまじゃなくて・・どうぞ、こちらへ」
 と、美鈴は初対面の麻紗美に妖艶な視線をなげてカウンターへと導いた。
 このとき店内には、カウンターに客はなく、ボックス席二つにそれぞれ二人ずつ男性客がついていた。

「今日もエッチだわ、パンティラインが透けちゃってる・・ふっふっふ」
 美鈴の意地悪な言葉で男性客の二人が留美を振り向く。カウンターの白い椅子は、座面と背もたれとの間に隙間があって、座って張るヒップが際立つ。
「ええー・・ママ嫌だぁ・・ンふ」
 甘い鼻声・・この子ってもしや・・?
 麻紗美は、美鈴と留美の性関係を想像した。美鈴はエッセイの中で私はレズだと公言している。
 二十二歳の弾むセクシー、そして四十二歳の息苦しいエロスを前に、三十二歳の人妻は胸騒ぎに揺れていた・・。