終話~デルタな性
美鈴の心は泣いている。それはそうかも知れない。けれどもこのとき、着衣のままの美鈴に花園をまさぐられ、せつなく喘いだ留美の声に、麻紗美は微妙な違和感を覚えていた。説明できない感情だったが、それは二人のどちらに対しても感じた怒りのようなもの・・かすかな嫉妬だと麻紗美はすぐに理解した。
卑屈すぎる美鈴にも腹が立つ。年上だというだけで三人の中ではもっとも綺麗で妖艶で、羨ましくさえ感じているのに、なぜそれほどまでに捨てられることを恐れるのか。留美の部屋にも私にかまわず来ればいいのに、ヘンに遠慮して遠巻きに見守っている。
相手の中へと雪崩を打って崩れていく人。崩れた自分を立て直せずに苦しむ人。だから怖くて近づけない。
エッセイそのままに壊れたくてならなかった天性の淫婦・・だけどそんなものは女なら誰もが抱える欲望・・。
年齢を気にし過ぎる卑屈なところも許せなくなる。恋愛世代の留美はともかく、満たされていると言い切れない結婚をした私は、たかが十歳の違いであって、じきにあなたの居場所へ行くわ。十年先のあなたはこうだと言われているような気分になって感情が乱れてくる。素敵な四十二歳でいてほしいのに・・。
置き時計に目をやって、思い立って麻紗美は言った。時刻はまだ真っ昼間。
「ちょっと出ましょう」
留美をまさぐりながら抱き合う着衣の美鈴が目を丸くする。
「出るって・・?」
「どこかのラブホ。ここじゃダメ、声が抜けちゃう。ベルを泣かせてみたいから」
全裸の留美は美鈴に性花をまさぐられ、ぷるぷる尻を痙攣させていた。
とろんと溶けた眼差しで留美が振り向く。
ベル・・それは別荘でのシーンの中で留美が不意に言った美鈴の呼び名。
留美が意地悪くほくそ笑む。
「いいわねそれ。じゃあこういうのは? ベルだけ全裸にロングT、あたしたちはちゃんと着る・・くくくっ」
留美と麻紗美に残酷な笑みを向けられて、美鈴は引き攣ったような面色だった。
ハンドルを握りながら、麻紗美はおかしなことを考えていた。
三人ともにマゾっぽい。
私にとって留美はミル。美鈴にとっても留美はマゾ。
留美と二人で美鈴に向かうと美鈴はベルへ堕とされる。
なのに美鈴と留美が一緒だと私がマゾっておかしくない?
三人揃うことに変わりはないと思うのだが、妙な空気感がそのときの運命を決めている・・と思ったときに、では留美にとって私や美鈴は何者なのかと思えてくる。
レズというだけではくくれない何かがあると思えてならない。いちばん年下の留美が従っているだけで、留美の本性だけが未知数のまま・・そんな気がしてならなかった。
脈絡のない思考がぐるぐる回っていると麻紗美は感じ、若い留美にゾッとする恐怖を感じた。どうしてそう思うのか、答えのない麻紗美だった。
ホテルなんて、どこでもよかった。火柱を上げて燃える淫欲は麻紗美を激しく濡らしていた。自分でも目眩がするほど。私の中の魔性がついに動き出したと麻紗美は悟った。受け身ではなく私は美鈴を欲しがってると実感できる。
美鈴の恐怖もそこにあるに違いない。ひとたび魔性が目覚めるとブレーキを失って性の沼へとはまっていく。女にとっての至上の歓びだからこそ、捨てられることを恐れるのだと思い、そのときになって、私には旦那がいて、留美にはリセットする若さがあって、けれども美鈴には何が残る?
と、そう考えてしまうのだった。離婚できない家族とは妻を閉じ込める檻でしかなかっただろう。
五階建てのラブホテル。造りが古く、入ってすぐ部屋を選んで、キイを持ってエレベーター。最上階の『鏡の間』を留美は選んだ。平日の昼下がり。部屋はほとんど空いていて、それは人がいないということで・・。
留美がベルの背を押してエレベーターを降りたとき、責め具を詰めた大きなスポーツバッグを手にした麻紗美が言った。
「ここで脱ぐの。お部屋まで這いなさい」
ハッハッハッ・・うわずった乱れ息。泣いているように潤う眼差し。
脱がせたロングTを丸めて手に持って、先を這う牝犬ベルの、あさましいまでに濡らした谷底を見下ろした。白い尻を艶めかしく振り立てて、Dサイズの乳房をたわたわ揺らし、熟れた犬は愛液を垂らしながら這っていく。色素の薄い小さなアナルがひくひく蠢き扇情的だ。
鏡の間・・天井全面それに壁面の三カ所がミラーウオール。
部屋に入って不思議な世界がひろがった。鏡の角度が絶妙で、着衣の二人と全裸のベルが・・六人・・九人と倍々に増えていく。
「なるほどね」
と麻紗美が言って、二人は麻紗美の口許を見つめていた。なるほどって?
「私たちは三枚の鏡だわ」
「鏡・・?」 と、全裸のベルがつぶやいた。
「互いに互いを映し合い・・?」
と留美が言い、麻紗美はちょっとうなずいた。
「女が三人、デルタに組まれた鏡だわ。レズでありマゾであり、ときとしてサディスティックな光をなげる」
これとよく似た不思議な光景を、大人の女が三人、知らないわけではなかった。子供の頃に覗き込み不思議でならなかった光の世界・・万華鏡・・筒を回してやるだけで、淫欲は見事な光の模様を描く。
麻紗美も留美も脱ぎ去った。大きなベッド。ベルを挟んで左右に女体が絡み合う。
麻紗美がベルの乳首を指先で嬲りながら言う。
「ねえベル・・素敵な四十二歳でいてね・・ずっとよ」
ベルは意味が解せなかった。
それから留美へと言葉を届ける。
「留美は・・私のようにならないで。奔放に留美らしく・・ね」
すると留美は目を丸くして笑って言った。
「そんなのムリです」
「あら、どうして?」 と、麻紗美とベルの声が重なった。麻紗美も美鈴も、若い留美にはそうあって欲しいと願っていた。
留美は身をずらして麻紗美の花園へと顔を埋め、開かれる中心で濡れるラビアを見つめて言った。
「だって・・それが女の道だもん・・」
尖らせた留美の唇が麻紗美のクリトリスを捉えたとき、麻紗美の手がベルのラビアを掻き分けて、ベルの手が逆さになった留美のラビアを捉えていた。
甘美な喘ぎは徐々に声量を増していき、大きなベッドをうねりのように揺らしつつ、もつれ合う白い女体の塊から見事なハーモニーとなって四散した。
私が育てた淫婦たちが泥沼のように私を責めるの。
イッてもイッてもキリのない夢の沼へと、私は沈んでいくんです。
一人はミル。若い若い。とめどなくオツユを垂らす牝犬よ。
一人は・・あらいけない名前がなかった。実名では可哀想。
そしてそのとき私はベル。MISUZUの鈴は、透明な牝の音色。
『ああン、ああン』・・うそばっかり。そんな声は女のポーズで、
牝の叫びではありません。ガラスをこすった悲鳴だったり、
吹きそこねたフルートみたいな、ひいひい声・・それからね、
鞭打たれれば獣のように慟哭し、しゃくり上げて
オンオン泣くの。それが牝よ。女という生き物の正体なんです。
デルタに組まれた鏡のように、互いを映して蔑んで、
互いを映してともに震えて果てていく。女三人、素敵な関係。
やっと決意できたかしら。離婚。ベルとして二人に捧げながら、
これよりないステキなアラフォーを生きていく。
エッセイストBELL。MISUZUは卒業。それが私の近況です。
私はきっとMではない。私はきっとSにもなれない。
だけど・・激しい性へ導いてくれないと、私はまた闇の中。
助けて・・。
その日は儀式の夜だった。美鈴のマンション。
書き上げた公表できないエッセイを、ベルと麻紗美は抱き合って読み返し、遅れて来る留美を待っていた。今夜ここに麻紗美を呼んだのは留美だった。
BELLでいたい美鈴のために、留美がプレゼントを考えた。
遅れてきた留美は、牝犬BELLの性を飾るアクセサリー・・金色の小さなベルが揺れて鳴るリングピアスを三つ、贈った。
~レズ小説 デルタ 完~