2016年12月02日

枝折れの桜(上)


(上)

 電話でおおよそのことは聞かされていた。
 徳永は、仙台駅に着くと駅構内にある待ち合わせの場所へと急いだ。
 伊達公の像の前に午後三時。それが約束だったのだが、仙台のすぐ
間際まで来ているのにドアの故障であの新幹線が遅れてしまった。
 徳永はJRの対応に不満を持った。遅れるなら遅れるで、どの程度
かかるのかアナウンスしてくれればこちらもスムーズに対応できたも
のを、五分や十分の遅れでいちいち電話をするのもどうかと思い待っ
ていたら、結局三十分以上もかかってしまった。もちろん途中電話を
してはおいたが、連絡を取ったときにはすでに迎えの車が出た後だっ
たのだ。


 私は久しぶりの仙台を楽しもうと思っていた。日頃大学で忙しい日
々を送っていただけに、たまにはこういうこともあっていいと、つい
での牛タンを楽しみに列車に乗った。仙台は妻の郷里に近く、仕事で
も幾度か訪れたことはあった。私にとって今回の話は、学術的にもそ
して趣味の部分でも大いに興味はあったのだが、ガセであることも多
く、騒ぐほどのことでもないだろうとタカをくくっていたのである。

 伊達公の前に、濃紺の制服に帽子を合わせた初老の運転手が立って
いた。一目でそれとわかるので歩み寄ると、その男がにこやかに微笑
んだ。
「徳永教授でいらっしゃいますね?」
「ええ徳永です。教授ではなく助教授ですが」
「そうでございますか、これはどうも。結城様のご依頼でお迎えにあ
がりました」
 このときはまだ結城家がどういう家柄か詳しくは知らなかったが、
結城の家は伊達公の時代よりこの地にあって、領地開拓に尽くした豪
族の末裔であると話好きの運転手に車中で聞かされた。

 ハイヤーは小一時間ほども走って、目前に山の迫る美しい景観の中
に建つ旧家の敷地に乗り入れた。しかし私は少し落胆した。旧家と聞
いていたので、さぞ由緒ある建物に違いないと期待していたのだが、
御影石の苔むす塀とは裏腹に、屋敷そのものは建て直して間のない現
代的な家屋であったからだ。屋根にはソーラー発電システムまでがの
っていた。
 ハイヤーが滑り込むと、その音を聞きつけて、ほとんど同時にお手
伝いさんらしきエプロンをした若い娘が迎えに出てきて、その後を追
うように、痩せて背の高い、この家の主が松葉杖をついて現れた。白
髪が混じっていたものの、歳は五十代のようである。

 車を降りると、主が不自由そうに歩み寄ってきて微笑んだ。
「これはこれは教授、お待ち申し上げておりました。本来なら私がお
迎えにあがるところ、失礼とは存じますがこのような有様ですので車
をお願いしたんですよ」
「いえいえ、どうぞお気遣いなく」
「新幹線では災難でしたな、あははは。それにしてもお若く拝見する。
失礼ですがそのお歳で教授とは立派なものです」
 待ってましたとばかりに早口でよく喋る。助教授ですと言い返すつ
もりもなかった。
 この主、自転車に乗っていてドブにはまり、足を折ったそうなのだ。
旧家の主という重々しい雰囲気はなく、逆に私をほっとさせた。

 家にあがると、広い庭を臨む二十畳はあろうかという和室に通され
た。結城は早くに妻を亡くし、二人いる子供らは東京に出てしまって、
この家に住み込みの家政婦と二人で暮らしていると言った。
 お手伝いさんは、座卓についた我々にお茶の世話だけをすると、主
の目配せでさがって行った。早速本題に入るつもりでいるらしい。
 それと言うのも、外の明かりが入る部屋の片隅に、すでにそれが置
かれてあって、私がそっちに釘付けになっていたものだから前置きは
いらないと思ったのだろう。
「お話の文机とは、それですか?」
「そうです。先生、こんなこと説明がつくものでしょうか?」
「ちょっと拝見いたします」
 私は座を外し、問題の文机に歩み寄った。
 武士の頃からあるという黒く錆びた木肌が美しい、小振りの文机で
あった。食い入るように見回す私の様子をしばらくうかがい、主が言
った。

「いかがでしょう、先生?」
「ううむ・・これは・・確かにそんなに古いものなんですね?」
「それはもう。当家が代々受け継いできたもので、二百年以上は経っ
ていると聞いています」
「江戸末期ということですか?」
「そうです、それに間違いありません。その古い机から、なんで今に
なって枝が伸び、葉をつけるのか、まったく恐ろしいとしか言いよう
がないのですよ」
「恐ろしい?」
「いや、それについてはこれからじっくりお話しますが・・」
 よほどのいわれがあると思った。それでわざわざ京都から私を呼び
寄せたのだ。私は大学で植物学を教える傍ら、ほんの趣味で「霊界散
歩」というエッセイを雑誌に発表していた。私に多少の霊感があるこ
とよりも妻にそれが顕著だったことが、私をその研究に走らせたのだ。

 およそ二百年前の文机。桜の木で作られている。
 その枯れきった、もはや古代の木材に、今年になって枝が芽吹き、
瞬く間にするすると伸びて葉をつけたというのである。私は枝の伸び
る机の角を凝視したが、トリックで挿し木をしたようには思えなかっ
た。枝の根本が完全に机の木肌と一体となっている。枝は鉛筆ほどの
太さにまでに育っていて、長さは五十センチほどだっただろうか。机
の下から根が出ているというようなことはなかった。
 しかしいずれにしろ植物学的には考えられない。詳しいことは調べ
てみないとわからないが、もしもこれが事実なら学会をひっくり返す
事件となる。

 現実的な野心はともかく、私には机から枝が伸びるそのありさまが
滑稽に思え、含み笑いをしながら座に戻ったのだった。ところが主は
真顔を崩さない。
「まあお笑いになるのも無理はない。ではお話しましょうかね、その
文机の由来を」
「ええ、ぜひ」
 主はお茶を少し含んで口を湿すと重い口を開くのだった。
「じつは、その机が作られるさらに前のことですので、いまから二百
数十年も昔のことなんですが」
「はい?」
「その頃、この村には当家の他にもう一軒名のある豪族がおりまして
ね。いまでは没落してしまっておりますが当時は当家と張り合ってい
たようなんですわ。伊能家と言いますが」
「伊能家?」
「さようです。で、その伊能の家には、お孝というじつに美しい娘が
おったのですが、その当時のことですので家の犠牲になりましてね。
それはつまり当家と張り合うための策としてと言う意味ですが、仙台
藩の重鎮のご子息との間に縁談がまとめられてしまったわけですよ」
「政略結婚ということですね?」
「いかにも」

 主はまた湯飲みを傾けた。さっきまでとは打って変わった神妙な面
持ちだ。
「さて。それでですね、その伊能の家の庭先にはそれは見事な桜があ
って、花の季節にはまさしく桜吹雪を降らせていた。そしてその木の
枝で、可哀想にお孝は首を吊ろうとしたわけですな。ところが縄を掛
けた枝が折れてしまって死にきれなかった。それからその桜をこの辺
では『枝折れの桜』と呼びましてね。村人たちは桜がお孝を救ったの
だと言ってお孝をしのんだそうですよ。お孝は首吊りでは死ねず、結
局嫁いでいって、それでも先様での暮らしに耐えられず自刃してしま
ったそうなんです」
「なるほど」
「お孝がどれほど伊能の家を呪ったか、想像してやってくださいな。
お孝の死後、伊能の家は災難続きで、あっという間に没落してしまっ
たそうなんです。主もまた狂ったようになり、家に火を放って死んで
しまった。そのときに枝折れの桜も燃えたということです。当時のこ
とですから、お孝の祟りだともっぱらの噂になったそうですが」
「それで燃え残った幹を使ってこの机を作ったというわけですか?」
「おっしゃる通りです。このような机がいくつか作られ、何軒かに配
られたわけですが、現存するのはこれしかない。桜の木をお孝が愛し
ていたことは村人の多くが知っていましたし、お孝が書に秀でていた
ことも衆知のこと。それで机になったわけですが、つまりはお孝の名
残のようなものなんですね」

 それから、どうしたことか主が身を乗り出してきて小声になった。
よもや聞かれるようなことがあると困ると言ったそぶりである。
「それですね先生。お話はこれからでして、じつは机が芽吹いたのは、
あの子がウチに来てからなんですよ。半年ほど前だったか・・」
「あの子とおっしゃいますと?」
「さっきの家政婦です」
「ああ彼女が?」
「ええ。あの子ね、くしくも孝子と言いましてね、実家は青森なんで
すが、もしやお孝の末裔ではないかと思うんですよ」
「お孝に子供が?」
「女の子ばかり二人産んだと聞いております。それもあって嫁ぎ先で
うまくいかなかったわけですよ。女じゃ跡継ぎになりませんからね」
「ふうむ・・そうするとつまり、お孝の魂が入った桜の木の机が、そ
の血を受け継ぐ娘が来たことで生き返ったとおっしゃりたいわけです
か?」
「まさに、その通りです。私の方でも手を尽くして孝子の家系を探ら
せましたが、なにせ二百年も前の平民のことですので追いかけようが
ありません。ですがそう考えるしかないんですよ私としては」
「孝子さんはどうしてこの家に?」
「新聞の求人です。なんでも東京の大学は出たものの、この就職難で
戻って来たということらしい」
「なるほど、そうですか。お話はよくわかりましたが、それがもしそ
うだとしてもですよ、伊能の家ならともかくも、こちらの結城家にと
って差し障りとなるようなことが起こるいわれにはならない気がする
んですがね?」

 主は浅く溜息を漏らして言う。
「いや、それがまだちょっとあるんですわ。じつを言いますとお孝は
当時のこの結城家の息子、隆太郎とできておりましてね。それで首を
吊ろうとしたのですが、結城の家としては、もはやお孝を引き受ける
わけにはいかなくなった。伊能の家に逆らって、さらに藩の重鎮のご
子息を袖にして当家に来たとあっては、いくらなんでもうまくない」
「要するに、見放したわけですね?」
「そういうことになるでしょうな。見放したというよりも引き裂いた
と言うべきか。ともかくそういうことがあるものですから、孝子が来
て喜び勇んだように生き返ったその机におぞましいものを感じるので
すよ。よもや孝子がそれを承知で当家に来たとまでは思いませんが」
「それで何か直接的な災いでも?」
「ええ、じつはそうなんです。私の体調もここしばらくすぐれません
し、骨折もそうでしょうし、東京に出た当家の子供たちのうち、特に
妹の方にはここのところ不運が続いておるのですよ、病気やら怪我や
らと。いまはまだその程度なんですが、そのうち何か恐ろしい事が起
こるような気がしてならんのです。それで先生にお越しいただいたと
言うわけですわ。先生のお書きになられる霊界散歩を愛読しておりま
してね。年月は人にとっては長くても霊にとっては一瞬でしかないと
お書きだったでしょう」
「そんなようなことを書いた記憶はありますけれど・・それで私にこ
れからどうするべきかをお尋ねになりたいわけですね?」
「そうです。お礼はいかほどにもいたしますから、なんとか当家を守
っていただければと思いまして」

 と言って頭を下げられても困ってしまう。
 私にも少しは霊感があるつもりだが、こうして机を見ていても何も
感じないし、考え過ぎもいいところだとこのときは思っていた。
 私は、ともかく机を調べてみようと考えた。当初は大学の研究室で
じっくりと思っていたが、持ち出してもらっては困るとのこと。あく
まで内聞にということらしい。私はすぐさま大学に連絡を入れ、ちょ
っとした道具を送るよう手配した。

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