九話~虚脱の日々


 麻紗美にとって日常に戻るも何も、美鈴や留美の部屋を一歩出ると、異次元からスリップして還り着いたような見慣れた光景がひろがって、その中を何食わぬ顔で歩いている。
 夢の中の出来事のようだ。SMチックな道具を見せられ、そのうちのいくつかが使われた。私とは自我の違う美鈴や留美に笑われながら私は狂った。狂乱する性に屈服させられ、あのときのミルのように失禁までして気を失った。
 三十二年積み上げてきた人格が崩落したと、そんな自覚が麻紗美にはある。
 電車の中でもオフィスでも、夫がいるすぐそばでも、そのときのことをちょっとでも考えてしまうと、とたんに濡れだす女性器に戸惑った。

 どうして濡れるの? あんなことをして欲しくって濡れるのかしら?

 麻紗美は心が抜け落ちたような気がしてならなかった。そしてそれは、何かの拍子に常識的な妻の思考に戻れたときに、冷や汗が出るほどの恐怖に置き換わってくるのだった。
 あさましくも快楽に憑かれた獣のような姿を写真に撮られてしまった。一枚や二枚じゃない。服従するしか道はない。でもそれは性的に躾けられていくということで・・。
 逃れたいとは思えない。あなたは馬鹿よと言われても、そこから逃れたいとは思えない。麻紗美は自分を見失ってしまっていた。

 長いようで、たった二日。その日は土曜日。妻は休日、夫は仕事で大阪への一泊出張。夫を送り出してから合い鍵で留美の部屋に逃げ込んで、食事の支度を整えていた。自分のネグリジェを持ち込んで、なのにちょっと考えて、全裸に一枚、留美のロングTを着込んでいた。ここへ来れば私は淫乱・・それの許される空間なんだと麻紗美は思う。
 戻ってくる留美は、留美なのかミルなのかも定かでなかった。どうしようもない虚脱が去ってくれない。
 外が暗くなり、時計を見ながらスープを温めようとしていると、玄関に気配がした。
麻紗美がいると知っていて、ノックもせず、留美はキイを使って部屋へと入った。
 今日はホワイトジーンズのミニスカートにブルーのブラウスを合わせ、薄手のジャケットを羽織っている。
 麻紗美はなぜか顔を見るのが怖くなり、流しを向いたまま言った。
「ハンバーグにしたからね。スープが温まったらご飯よ」
 その言葉づかいは何! 女王様に言う言葉! もしもそんな声がしたら、私は奴隷なんだと諦められる・・しかし違った。
「はい、嬉しいですお姉様、ありがとうございます」
「たまにはね・・こういうことがあってもいいでしょ」
 なのに返事がない。気配で着替えていると感じ、料理を並べようと振り向いたとき、グレーアッシュの長い髪をまとめて上げてピンで留め、全裸となった白い体が平伏していた。

 麻紗美は見下ろす。
「ミルでいいのね?」
「はいお姉様、私はいつだってミル、お姉様の奴隷です」
「そう・・じゃあ・・ほら早く」
「はい!」
 麻紗美は流し台に両手をついて尻を上げ、脚をちょっと開いていた。ロングTの下は裸のヒップ。
「シャワーまだだから汚れてるわ、綺麗にお舐めね」
「はい!」
 留美がロングTをまくり上げる。白く扇情的な麻紗美の尻。ミルは開かれた尻の底へとむしゃぶりついた。
 麻紗美はうっとり目を閉じて、なだらかに流れて来る性の波に酔っていた。
 舌先が雌花を捉え、花蜜を誘うように舐め回す。
「お尻もよ、ちゃんと舐めて」
「はい・・嬉しいの・・あたしまた泣いちゃいそう」
 アナルを覗き込まれることに抵抗がなくなったと麻紗美は感じた。どうしてそう思うのかはわからなかった。
 花蜜の流れを舐めさせて、振り向いた麻紗美は、ミルの二つの乳首をヒネリあげて乳首で吊るようにミルを立たせ、それから両手で頬を挟む。

「私も嬉しいのよ、ミルとこうしていられて」
「・・はい」
「私の恥辱をすべて知ってる憎らしいミル。美鈴だってそうだわ、憎らしいし、二人揃って怖い人・・あんな写真を見せられたら破滅だもんね。でもねミル」
「あ、はい?」
「それもいいかと思ったの。あのときのことを思うとどこにいたって濡れちゃうもん。私の素顔を知ってる人が二人いると思うだけで、私は裸になれるのよ。やっと気づいた。女王と奴隷は裏表なんだって」

「え・・あぁン!」

 麻紗美は全裸のミルをフロアに崩し、迷いなく逆さにまたがり舐めさせながら、大きく開かせたミルの股間へ顔を埋めた。69。
「ダメです、あたしもシャワー・・ねえダメです」
「旦那がいないから泊まるね。・・あーあ・・今日ね」
「はい?」
「事務してて69って数字があると気になってならなかった。馬鹿みたいでしょ。ミルや美鈴のことばかりが頭にあって、怖いと思うと濡れてしまう」
 顔の上に寄せられる麻紗美の花園を見つめながら留美は言う。
「それは私だってそうなんですよ。美鈴さんやお姉様のことばかり。今日だって何度トイレに行ったことか。壊れたみたいに濡れてたし・・」

「調教してください、お姉様」
「マゾとして?」
「でもいいですし、愛人としてでも・・どうとでも・・」

 愛人・・そんな古風な言葉を若いこの子から聞こうとは思わなかった。

「あれみんな、こっちにあります」
「あれって?」
「SMの・・バックごと持っていきなさいって美鈴さんが言うんだもん・・羨ましいのは美鈴さんかなって、ちょっと思った・・」

 麻紗美はちょっと考えて微笑むと、そっとミルの雌花を舐め上げた。

 夕食はあのときのリフレイン。麻紗美が噛んで口移しで食べさせていく。深いキスをしながら吐き出して、奴隷が受け取って喉を鳴らして飲み込んでいく。
 キラキラ煌めくミルの眸を覗き込む。
「旦那に言ったのよ留美のこと。二人でどっか行って来るって」
「旅行?」
「そうよ、もちろん。近場の温泉なんかどうかと思って。もちろん美鈴も一緒だわ。あのねミル」
「ええ?」
「美鈴のことよ考えてるのは。彼女のエッセイって、もしや悲鳴って思うのね。悲鳴だわって確信できるの」
 そのときミルは、物思うような面持ちを一瞬見せて言うのだった。
「ずっと前のことですけど、ベルカフェで働きたいって言ったことがあるんです。そのときにはもう美鈴さんに夢中だったし、いつ抱かれてもいいと思ってましたし」
「断られた?」
「そうなんですよ。食べて行けるほどのお給料は出せないって。だけど私なんてフリーターなんだから別の仕事と調整すればいいだけの話でしょ。それでそのとき思ったんです」

 麻紗美はミルの唇に指を添えて黙らせて、ちょっと笑って言った。
「美鈴って、どんどん踏み込んで来るくせに、ある一線を超えて踏み込ませないっていうのか・・」
 ミルの黒目が黒く思えた。それは瞳孔が開くように。
「そうなんですよ、さすがだわお姉様。それで私考えたんです。どうしようなく脆いところのある人かなって」
「ちょっと違うな」
「え?」
「巻き込みたくないのよ自分の人生に。留美を幸せにはしないから。このあいだもそうだったけど、留美に私を責めさせておきながら一歩退くように見てるだけ」
「そうでしたね、ええ」
「あのときほんとは寂しかった。一緒に責めて欲しかったと言えばいいのか。それでふと思ったの。美鈴ってもしや自分を囲って出られない檻のようなものがあるんじゃないかって」
「檻ですか・・でもそれ、わかる気がします。言われてみれば彼女のエッセイって『なんて私はダメなのかしら』って・・その裏返しのようにも思えたり・・」

 麻紗美は、ちょっとほくそ笑んで、ミルの乳房を握りつぶした。
「さあ、甘いのはこれぐらいよ。調教します、道具をここに出しなさい」
 怖がるようなミルの眸色がたまらなく、麻紗美は乳首で引いてミルの体を呼び込んで、唇を重ねていった。

 一月ほどを待たなければならなかった。秋口の小淵沢。森の中の貸別荘。
 東京には夏がへばりついていたけれど、山の森はすがすがしく、季節外れの平日ということで林間に散る別荘は静かだった。
 日頃買い物に使う麻紗美のコンパクトカー。新婚時代に選んだもので真っ赤なボディが近頃ちょっと気恥ずかしい。運転は留美。着いたときには助手席に麻紗美。高速のパーキングに止まるたびに助手席が入れ替わる。学生の頃を思い出すドライブだった。
 ログハウス。カナダ産の丸太を組んだ大きな山荘。一階に暖炉のある大広間と広いキッチン、十二畳の和室。二階には仕切られた部屋が三つあって、それぞれにツインベッドとされていた。丸太を組んだテラスは鬱蒼とした森に向かって開かれている。

 二泊する。麻紗美にとっては結婚以来の解放される時。美鈴も店をはじめてからは久しくなかったオフらしいオフ。留美は失恋のこともあって、こういう旅は避けていた。
 三人とも気楽なジーンズスタイルで、ハウスに入って備えられた浴衣に着替える。
 若い留美は鮮やかなピンクのブラにピンクのTバック。麻紗美は黒の普通の下着。
そして美鈴は純白のブラに純白のTバック。美鈴は白が好きだった。穢れのない少女の自分に戻りたがるよう好んで白を着込んでいる。
 女三人、下着の姿になったとき、前から留美が、背後から麻紗美が、白く美しい美鈴を挟み付けて身を寄せた。
 留美が唇をさらい、麻紗美は後ろから豊かな乳房を両手にくるむ。
 麻紗美は後ろから耳許に顔を寄せ、熱い息を吐きかけながらささやいた。

「愛してるのよ美鈴のこと・・私も留美も。可愛がってあげたくて旅に出た・・ふふふ」
「麻紗美・・あぁ留美・・」
 麻紗美が背中でブラを解放、留美が前からブラを抜き取り、その間麻紗美がしゃがんで白いパンティを降ろしてしまう。何が何だかわからないうちに全裸にされた美鈴。その両手を後ろに取って、用意した手錠・・縄でできたソフトなもので、左右の輪をくぐらせて絞るだけで手錠となるもの。
 そしてその間、前では留美が、二重にした真っ赤なロープをウエストに回して縄尻を通し、そこから縦へと絞り込んで股間の白いパンティに食い込ませながら後ろへ回す。その縄尻を麻紗美が受け取り、後ろ手の縄の手錠に固定する。
 手を動かせば股縄が絞られて性器に食い込む。美鈴は抗う素振りも見せず、青ざめた面持ちでされるままになっていた。
 面持ちは青く、震えていても、真っ白なその女体は激しく火照って血管を浮き立たせていた。Dサイズの豊かな乳房がたわたわ揺れて、小ぶりの乳輪がすぼまって乳首が尖り勃つ。その二つの乳首を前から留美がそっとつまんだ。

 美鈴の息が荒い。
「ねえダメよ・・ねえ・・麻紗美も留美も・・ああダメ、そんなことされたら壊れちゃう。壊れちゃうーっ!」
 留美が乳首を愛撫しながらニヤリと笑った。
「壊れていいのよ、目撃者はたった二人」
 麻紗美が後ろから手を回して豊かな乳房を揉み上げて、耳許で笑う。
「これから二泊、服従なさいね・・ふふふ、さあ留美、外に出ましょう。お散歩するの」
「ふっふっふ・・あははは! 恥ずかしいわよ牝犬美鈴・・きゃははは!」
 留美が用意した真っ赤な犬の首輪。美鈴の首に飾ってやって、スチールチェーンのリードをつける。
「さあ出ましょ! お散歩するのよ」
 ところが、『待って』と麻紗美が言った。
 キッチンからナイフを持ち出して、Tバックパンティのサイドをカット。股縄からボロ布を引き抜いて・・美鈴は全裸。
「これでいいわ、行きましょう。ふっふっふ、いやらしい牝犬ですこと」

「ああイヤぁ・・イヤよーっ!」

 後ろ手を暴れさせると股縄が濡れる花園を蹂躙した・・。
 真っ白な牝犬が乳房を揺すって、尻肉をぷるぷる痙攣させて歩きだす。
 このとき時刻は夕刻前で、森が斜陽に染まりだす。

 裏のテラスから外へ出た。留美がリードで前を歩き、麻紗美は黒い革の尻打ち鞭を手に追い立てる。
「ほら歩いて」
 横振りの鞭先で、ぴしゃぴしゃと尻っぺたをはたいてやる。その都度白い犬の総身がぶるぶる震えた。
「お願いよ、壊れちゃう・・怖いの・・壊れた私が怖いのーっ!」
 留美が振り向いて言い放った。
「泣いてもダメよ! 許さないからねっ!

 このとき前後の二人だけが浴衣をしっかり着込んでいた。