2016年11月28日

レズ小説 デルタ(三話)


三話~殺風景


 四階建ての三階角部屋、305号。留美の部屋。ありきたりな白い壁紙を貼ったアパートの造りだったが、フロアは板の間を模したダークトーンのクッションフロア。その部屋は、築二十五年の建物の見栄えよりもずっといまふうにリフォームされていた。
「じゃあいまはもういないってこと?」
「そうなんですよ。ここへ越す前にあの子が越しちゃって。彼が越したからそっちへ行っちゃったんです」
「なのに来ちゃった?」
「友達がいたから来たわけでもありませんし、美鈴さんと知り合えたのが大きかったなぁ・・その頃はまだよく知らない人だったんですけど、何て言えばいいのか、奔放に生きてる女の先輩って感じでベルカフェにいるのが楽しくて・・」
 ベルカフェの隣りにあるランジェリーショップに大学の一年先輩がバイトしていた。てっきりそれがあるから越して来たものと思っていたらそうでもないらしい。

 六畳に加えて四畳相当の洋室が並ぶ留美の部屋。狭い方にシングルベッドと小さなドレッサーが置いてあり、広い部屋には家具らしい家具もなく、小さなテレビがあるだけだった。服そのほか細々としたものは造り付けのクローゼットにしまわれてあるようだ。
 綺麗にされているというよりもガランとした殺風景な空間。それがまるで留美の心の空洞を物語るようだった。麻紗美はそれとなく部屋を見回して言った。
「ずいぶんすっきりしたお部屋なのね?」
「越して来て間もないってこともあるんですけど、そのときは、いつまた越すかも知れないって思ってましたし、前のアパートにいろいろあったものも捨てちゃって。断捨離なんです」
「そうなんだ?」
「ミニコンポとか古いパソコンとかギターとか。大きなベッドもありましたしデスクとかも・・彼の思い出が染み付いちゃってて・・」
「ふーん・・そうよね、そういうことってあるわよ」
 留美の部屋には椅子もなかった。デスクさえないからだ。広い方の洋間にはフロアに丸いカーペットが敷かれてあって座布団で座るようにされている。カーペットに合わせたような丸く白いローテーブル置かれてあり、その前に黒い三段のカラーボックスを横に寝かせて小さな液晶テレビ。テレビまでが新品のようだった。薄くコンパクトなノートパソコンも新しい。

「先にお茶淹れますね」
 キッチンへと背を向けた留美のヒップに目をやった。張り詰めた若いカラダがまぶしい。
「ありがと。留美ちゃんて演劇部だったんですってね?」
「女子大のね・・でも、演劇っていってもそれなりの部活でしかなかったし」
「劇団とかは目指さなかった?」
「気持ちはありましたよ。いまでもないとは言えないけれど、さすがいまは・・しばらくは気持ちが動かないんです。それに劇団なんて甘い世界じゃないんだし、あたし程度の才能では難しいですね」
 留美は、外から戻ったままのスタイルでキッチンに立っていた。日本茶を先に用意して、それからパスタを茹でてソースを温める。麻紗美がすると言っても留美はきかない。細々と身の回りの世話をするのが好きなようだ。

 それにつけても、下に座って視線が下がると、留美のマイクロミニからヒップぎりぎりの白い脚線が露わ。若い。まばゆいボディが想像できる。スタイルがいいと麻紗美は思った。グレーアッシュに染めた長い髪がいかにもいまふうの跳ねっ返りを思わせるのだが、留美はじつはおとなしいタイプの娘のようだ。
 そんな後ろ姿にちょっと眉を上げながら麻紗美は言った。
「癒やされてるんだね彼女に?」
 流しを向いたまま留美は応じた。
「癒やされてますね・・と言うか、それはママがそう言ってくれますし。ママって、それを言うと怒るけど。おばさん臭いからおやめなさいって。ふふふ、可愛い人なんですもん」
「美鈴さんが留美ちゃんに癒やされてるってこと?」
「そうなんですよ。あなたと出会えて嬉しい嬉しいって。いい女よ、抱きたい抱きたいって言ってくれるの。どこまで本気なんだかって最初は思ってましたけど、ママってすごく繊細で、しなやかで・・それでいて嫌味のないストレートって言うのかしら・・どうしようもないセックスを感じるんです。恥ずかしいけど濡れちゃうの。見つめられて微笑まれるとジュンと濡れちゃう・・」
「抱かれてもいい?」
「いいですね。最初は、わぁレズって退いてましたけど、あたしそっくりで淫乱なところが微笑ましくて」
「留美ちゃんも淫乱?」
「きっとそう・・あははは。ママにオナニーしろって言われて、素直に言うことをきいてみようかなって思えてきて・・失恋したときお化粧ものらなくなって最悪だった肌もすべすべに戻ったんですよ」
「・・そんなもんかな?」
「そんなもんです。ドライブに誘われて・・そのときあたしミニフレアだったんですけど、風があってそこらじゅうでパン見せしちゃって・・それもTバック。確かに震えが来るんです。ああ見られてる・・恥ずかしい・・どうしようと思えば思うほど濡れてきちゃって。それでそのとき・・」

 と言いかけたものの、さあできましたよとトマトソースの魚貝のパスタを手に振り向く留美。留美の眸が濡れたように輝いていると麻紗美は思う。ドライブのときのことを思い出しているのだろうか。
 テーブルに置いて下に座ると、マイクロミニは鮮やかなブルーパンティのデルタをまるで隠せなかった。デルタはレースではない。水着のようにあっけらかんとご開帳といった様子。女子大で女ばかりの中にいた留美にすれば当然のことなのかもしれないが。
 麻紗美はパスタにフォークをのばしながら、留美の目を見つめて行った。
「それでそのとき? どうしたの?」
「ああ・・ふふふ、ママがね、スカートの下からお尻をそっと撫でてくれて・・ゾゾーッて震えが来ちゃうほど、あたしは感じた・・でもそれだけ。あのときもしホテルって言われていたら行ってたのにって思うんですよ」

「ふーん・・ねえ、正直に応えてね」
 麻紗美はフォークに巻いたパスタを口に運びながら言った。
「あ、はい?」
「セックスって好き?」
 留美は弱くうなずきなら言う。
「・・好きなんでしょうね、きっと。いっときはもう貝みたいに閉ざしてましたが、ママに刺激されているうちにどんどん女に戻っていける。あたしはそれをママの愛だと感じてます。ママは言うわ、羞恥ってじつは心地いい・・それが女を牝に変えていくんだって」
「SMみたいね」
「そうそう、あたしもそんな気がするんですがママは違うときっぱり言う。『それはね留美ちゃん、あなたの性が同性の私に対しても解放されていくからよ』って。
どういう意味なんだか・・」
「同性にも解放されるか・・エッチするのに性別は無関係?」
「ですね、だんだんそう感じてます。心を向けてくれる相手に対して、あたしだって心を向けたい。いますぐ男性はパスですけど、女のカラダは濡れたがっていますから、同性の方が気楽に心を重ねていられるなってカンジですかね」

 そのときの留美の笑顔はひどく弱く、ひどく淫らな牝の横顔・・麻紗美は内心ハラハラしていた。満たされない想いなど誰もが持つ女の苦悩。私にもある。そしてそれは相手が異性だと妙なプライドもあって見せたくない部分でもあるはずだ。
 若い留美に、麻紗美は自分と同質の本音を感じ、留美の背後に留美を導く美鈴の意思を感じていた。
 この微妙な嫉妬心はなんだろうと、麻紗美はそれとなく留美のスカートの奥へと目をやった。
夫への愛には自信があった。しかし生殖の性では満たされない何かが残る。
 夫婦という関係の中では逆に曝け出せなくなる何か・・快楽に貪欲な牝の本音なのかもしれないと麻紗美は思った。
「・・でもね留美ちゃん」
「はぁい?」
「自分を安く見せることはないんじゃない。ここは三階よ、高層マンションじゃないんだし、街中で見せすぎると危険だわ、怖い人だっているんだから」
 留美はちょっとうなずいて、濡れたように輝く視線を麻紗美へ向けた。
「露出してるつもりじゃないんですよ。自分に素直でいたいと思うだけ。男性の視線にはトキメクし、女性の視線には蔑まれたいと思ってる」
「蔑まれたいですって?」
「だって・・捨てられちゃったし、あたし。それにあたしってそうですもん、セックス好きだしMっぽいところがある・・とりすましていたって内心ドロドロなんだし。女の人たちに蔑まれると、恥辱って言うのか、そういうものを感じれば感じるほど濡れてくるんです・・ふふふ、困ったカラダだと思ってますけど」

 失恋が自信を奪い自虐的になっている・・と麻紗美は思う。
 もういい話題を変えよう・・としたのだったが。
「パスタ美味しかった、ごちそうさま」
「いいえ。いつでもいらしてください、あたしはいつも独りなんだし。独りぽっち」
 せつない言葉、寂しい眸・・可愛いわ・・母性が動くと、このとき麻紗美は自覚した。
「あなたさっきスーパーで・・ほら、私がお尻を叩いたとき」
「ああ・・ンふ」
 恥ずかしそうな伏し目。鼻に抜ける吐息のような笑い声。サラリと垂れた長い髪に嬉しそうな微笑みを隠している。
「ベルカフェの帰りって、あたしいつも欲情してます。美鈴さん意地悪だし。お姉さんと知り合えてこうして話せることも嬉しくてたまらないし、お尻を叩かれてあたし、大きなものにやさしく叱られているような気分になって・・そしたら・・」
「濡れちゃったんでしょ?」
「・・トロリって」
「あらあら正直な子ね、そんなに濡れた?」
「はい・・寂しいの・・ほんと言うと寂しくて壊れそう・・」
「・・ごめん」
「ううん、いいんです、あたしのこと嫌わないでくださいね」
「嫌ったりするもんですか、好きよ留美ちゃん。立ち向かってるもんね女の自分に。逃げてない」
「違いますよー、立ち向かってるのは美鈴さんです。あたしは大きな力に引っ張られているだけだから・・弱いからあたしって・・」

 ゆったりとした食事を終えても時刻は九時過ぎ。夫の戻る終電までには時間が余る。麻紗美は小さな丸テーブルの上に置いた留美の手をそっと握った。留美はちょっと驚いたように、笑う目を丸くする。ピュアな少女の瞳のようだ。
「私ね、いま留美ちゃんに性欲を感じてる。だけどそれってものすごく怖いことよ。攻撃的になってるわ。Sっぽい目であなたを見ている。私に近づくと危険かもよ」
 そしたら留美の二つの瞳がますます潤んで輝いて・・涙が浮かんでくるように。
「嬉しいです。ママにも同じことを言われました。SMではないけれど・・支配とかではないけれど独占したい想いがあるって・・あたしに性欲を感じるって言うんだもん」
 麻紗美はそっと白い手を撫でて言う。
「本心よ私の。留美ちゃんが好き。でもね、留美ちゃんが私にはできそうもないことをしようとしていることには腹が立つ。嫉妬しちゃうの、私はそこまで曝け出せない。怖いのよ。ガードを崩したらおしまいみたいな気がしてね」
 留美は頬を上気させてちょっとうなずく。それは性の餌食を覚悟した女の表情のようだった。

 激しい性衝動を麻紗美は覚えた。自分の世界ではないと感じたレズラブが波濤となって押し寄せてくる。かすかなサディズムも感じる。この子を組み伏せて征服したい。胸の内へと取り込んでやり、抱き締めてやりたいと感じていた。
「ねえ留美」
 呼び捨てにされて、留美は直線的な視線を向けた。目がそらせないといったように・・若い眸が据わっている。
「は、はい」
「恥辱に濡れるなら壊してあげようか」
「ぇ・・」
 留美の白い頬が見る間に赤くなってきて、息使いが荒くなり、留美はそれを息を止めて隠している。
「パスタのお皿を洗いなさい。全部お脱ぎ。恥ずかしい姿におなりなさい」

 ますます身を竦める若い留美を、優越に満ちた見下す視線で見つめていて、麻紗美は、激しく反応しはじめる三十二歳の女の性器に戸惑っていた。

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