2016年11月28日

レズ小説 デルタ(二話)


二話~三世代


「ふーん、三十二か・・じゃあアレね、ちょうど十歳刻みの三世代ってわけ?」

 店内がおよそアイボリーカラーで統一されて、その中に淡いブルーグレーの大理石調カウンター。カウンターの内側は少し床が低いらしく、流しに向かって前屈みになる美鈴のドレスのVゾーンから、たわわ揺れる白い乳房の谷が覗く。
 女三人の中で明らかに背の低いスリムボディの美鈴だったが、胸はD・・と、麻紗美はそれとなくヌードを探っていた。店にいながら白く薄いサマードレスに白い下着。それもまた性の危険を孕んでいるようだった。透ける白に白は禁物・・この美鈴もそうだし、隣にいておとなしくなってしまった留美も、少々フェロモン過多のようである。

 留美、二十二歳。美鈴、四十二歳。そして麻紗美がどっちつかずの三十二歳。
 たかが十歳違いで三世代とは思わなかったが、言われてみればオンナの意味が変化する十年刻み。そんな気がした麻紗美だった。
 麻紗美はアイスティ、留美がアイスコーヒー、グラスを二つカウンター越しに配りながら、白く妖艶な美鈴は、若い留美へと横目をなげて麻紗美に言った。
「この子、すっかり立ち直ったのよ、可愛くなったわ」
 麻紗美はちょっと眉を上げ、隣りの留美を見ながら応じた。
「立ち直った?」
「失恋よ。最初ここへ来たとき心が泣いてた。いまにも崩れそうだった」
 美鈴の静かな声を聞きながら留美はちょっと笑って視線を伏せた。ひどく寂しそうな姿に思える。
 心が泣く・・エッセイストらしい詩的な表現だと麻紗美は感じた。まさに鈴が転がるような美鈴の声がそう感じさせたのかもしれなかった。

 美鈴が言った。
「この子って、それまで四ツ谷にいたのね。女子大時代の友達が偶然この隣りのランジェリーショップでバイトしてて、その頃からたまにお店を覗いてくれてた。で失恋しちゃって越して来たってわけだけど、すっかり自信をなくしてて・・ふふふ、
私と出会えてラッキーだったね、そうでしょ留美?」
 片眉だけをちょっと上げて意地悪っぽく笑う美鈴に、留美はこくりと首を折ってうなずいた。
 美鈴が言う。
「留美って、もともと演劇部で衣装を着慣れていたようだから、もっとオンナを誇りなさいって勧めたの。セクシーを誇れ。視線を感じて濡れるぐらい牝になれって。そうすれば恋なんてくだらないものは、そこらにいくらでも転がってるって言ってやったわ」
 視線に応えて「はい、お姉さま」と言いながら、留美は麻紗美へと横目を向けた。

 それにしても演劇部・・浅いアッシュ系に染めた髪といい、どことなく芸能チックな雰囲気のある留美の素性がそれでわかった。
「じゃあそれから?」 と麻紗美は留美に問うた。それから露出を・・ということだ。
 留美ははにかんで唇をちょっと噛み、かすかだが横に首を振ったのだった。
「ううん、もともとあたしって露出する服が好きだったし・・ボディコンとかも衣装でも着ましたし自前でも持ってるし・・」
 恥ずかしいのだろう、留美の声が先すぼまりに消えていく。

 美鈴が麻紗美に言った。
「そんなことで私ね、一度ドライブに連れ出したのよ。下着が見えちゃうスカート穿かせて・・それでそのとき・・」
 と小声で話しだしたとき、二組いた男性客が次々に帰って行く。
 美鈴の声が大きくなった。
「留美ちゃん、テーブルお願いね」
「はいママ」
「ちゃんとお尻張って見せなさいよ。ふっふっふ」
 留美は極端なマイクロミニ。その姿でテーブルの奥側を拭こうとすると、前屈みが過ぎてブルーのTバックが分断するヒップが覗く。
 若い娘の性を狙うような美鈴の視線を追いかけて麻紗美もまた留美を見た。
 いよいよ熟れはじめる白桃のような留美のヒップ。
「そうそう、いいわよ見えてる、私好みのお尻だわ、あははは」
「ぇぇー・・嫌だぁ・・もう意地悪なんだからぁ・・」
 腿を締めて身悶えするような留美。そして美鈴は、小声で目の前に座る麻紗美に言った。
「ごらんなさいよ、もうハァハァ・・でも・・なんて言いながら私たちってまだなのね」
 麻紗美はちょっと眉を上げて首を傾げた。
「まだって?」
「エッチはまだってことよ。もっと鍛えてからヒイヒイ言わせてやろうと思ってさ」
 ジョークとも受け取れる意味のあるウインク。ゾッとするほど前戯に満ちた美鈴の眸。近くで覗くとブルーがかったキャッツアイ。カウンターのブルグレーに反射した光線の具合なのだろうが、この眸で迫られたら逃げられないと麻紗美でさえがそう思う。

 麻紗美に向かって顔を寄せて囁くように美鈴は言った。
「教えてるのよ性愛を。ピュアな肉欲は素直な性表現に宿るもの。思うがままに解放なさいって」
 それから美鈴はハッとするように目を丸くして麻紗美を見つめた。子供っぽいびっくり笑顔に思え、それがまたエロスに満ちているようだった。
「あらら、初対面の方に言う台詞じゃなかったわね。ですけど麻紗美さんも私のエッセイがお好きならおわかりになるはずよ。女には肉体の理解者が必要なの。一切のガードをはずして溶け合える誰か・・相手が女だってかまわないし、むしろ同性の方が素直になれるときがある」
「それは・・ええ、わかります、そうだと思うから・・」
 そのとき留美がグラスやカップをトレイに載せて歩み寄り、カウンターにそっと置いた。
「ありがと。やさしいカラダが素敵よ、いいオンナだわ留美って」
 ちょっとうつむき、上目で笑う留美が可愛いと麻紗美は思う。
「はい。嬉しいな・・あたし、ここへ来ると自信が湧いてきて・・」

 そうだろうと麻紗美は感じた。女とはそういうもの。女にとって無条件に女の部分を認めてくれる相手がいれば性を誇って生きていられる。しかも相手は憧れのアラフォー美女。

「・・私自身が行き着いた境地なのよね」 
 と、ふいに夢見るように言う美鈴を二人で見つめた。
「夫がいて息子もいるわよ。だけど苦しい。仮面が苦しい。もう何年もそうだったし、そんな中で淫夢をエッセイに書きはじめた。私のセックスを文章にしたかった。苦しいもののすべてを剥ぎ取った私らしい牝として誰かに抱かれる・・抱かれたいし、いつだって見ていてほしい。濡れていたい。露出だって私もしたし留美にも勧めた。男たち女たちの視線のどちらもが賛否それぞれ私を見ていた。濡れたわよ恥ずかしいほど。疼いて疼いてオナニーした。そしてそのうち、ああ私は女だったと自覚できるようになっていた。不倫だろうがレズだろうが、誰がどう言おうが、私は私のカラダを幸せに導いてあげたいの」

 それから美鈴は留美を見つめた。二人の視線がまともに溶け合い、若い留美の眸の瞳孔が開き、性的に据わっていくようだった。小鼻がひくひく震えている。
「苦しかったこの子が解放されていく姿を見るのが嬉しいの。慕ってくれるし可愛くてたまらない・・もっと淫らに楽しめるオンナに育ててやりたくて。だからいまは刺激するだけ刺激して放置する」
「・・はい・・ンふ・・お姉さまぁ・・」
 留美の吐息は熱かった。とっくにカラダが潤っているだろうと麻紗美は思い、人生の中でそんな相手に出会えることがどれほどあるのかと考える。

「留美にも言うんだけど、女ってね、突き抜けて賢くなると馬鹿になれるものなのよ。賢い馬鹿は楽しいわよー」

 それが麻紗美にとって決定的な言葉となった。しかしこのときはまだ、それは美鈴と留美との秘め事であり、女同士の素敵な関係・・けれども自分の棲む世界ではないと思っていた。

 ずいぶん話し込んだようでも三十分ほどしか経っていない。学生らしい女の子の六人連れがなだれ込み、それを合図に二人で立った。エッセイストMISUZUは、若い子たちの間でも評判になっている。
 外へ出た。雲が覆って星はなく、闇に閉じ込められた熱気でいきなり汗が滲んでくる。並んで歩き、駅の雑踏を抜けて向こうへ出ると、広い通りに人はまばら。
 麻紗美が言った。
「彼女のこと好きなんでしょ?」
 留美は口許に手をやってクスっと子供っぽく笑う。
「それはどうだか・・よくわからないんです」
「わからないって? どういうこと?」
「あたし恋愛対象はもちろん男性ですし、それは美鈴さんだってそうなんですよ。レズだってエッセイでは書いているけど、ほんとなのかどうなのか。それは妄想でじつは男好き・・バイなのかも知れないし。でも・・」と言いかけたとき麻紗美の携帯がバッグの中で震えだす。化粧道具に触れていたのかビリビリとプラスチックの震える音がした。

「あ、うん・・会議? まだやってるんだ・・うんうん終電近く? わかった、気をつけてね」
 諦めムードのため息をつき、麻紗美は携帯をバッグにしまう。
「旦那よ、聞いたとおり。銀行員なんだけどいろいろあるみたい。仕事だって言ってるけど、さてどうだかって感じだわ」
「まさかですよね?」
 浮気ではない。仕事で遅くなっていると言い切れる自信が麻紗美にはある。
「大丈夫よ、浮気なんてできる人じゃないんだもん。まっすぐな人だから」
 留美は安心したように微笑んでうなずいた。麻紗美が言う。
「で? 何の話してたっけ?」
「美鈴さんのエッセイです。レズなんて妄想で・・とも思うんですが、ある言葉が刺さってしまって、それから感情がどんどん向いていくんです」
「ある言葉?」
「女が相手なら自分勝手に愛せばいい。男はそこが面倒で、愛させるよう仕向けていかなきゃならないわって。素直に同感て感じでしたね」
「なるほど・・ポーズも必要ってことだわね」
「ポーズって言うか邪念ですよね。言われてみれば確かにそうで、美鈴さんが相手だとよけいなことを考えなくていいかなって・・だんだん好きになってく感じなんです・・いつか抱かれてもいいかなって思ってるし」

「まるで女王様ね」
 と、麻紗美が笑うと、留美はカラカラ声を上げて笑った。
「それは違うからねって言われてます」
「違う? そんなところまで話してるんだ?」
 留美は嬉しそうにうなずいた。長い髪が風に流れた。
「性を教授してるのであって支配しようとは思っていないって」
「ドライブ誘われたんでしょ? そのときホテルとかには?」
「そのうちねって通りすぎておしまいでしたね。伊豆の海を見に行って」
「伊豆?」
「私がね、彼との思い出の場所があるって言ったら、じゃあそこへ行きましょうって。砂に降りて・・そしてそっと抱いてくれて・・悲しみの半分はもらうからって言ってくれて・・私は泣いて・・」
「それでキス?」
「ううん、ですからそういうことは一切なし。美鈴さんてヘンなんですよ。私ほどイヤラシイ女はいない・・エロの塊みたいな牝で、四六時中どろどろしてるって言うんです」
「エッセイにもそんなようなことが書いてあったね」
「ありましたね。オモチャを使ってオナニーするとか・・だけどあたし、そのとき美鈴さんの顔を見ていて思ったの、あたしと同種の淫欲にあふれた人なんだって。あの人は一切隠さない。あたしにもオナニーしろって言うんですよ・・それも真剣に言うんだもん」
「・・素敵な人みたいね?」
「素敵です。女王様でもいいかなって思えるほど、あたしそっくりの淫乱女。だんだん好きになっていく。ママ好みに躾けてほしいと思えるほど」

 麻紗美は素直に留美の想いに共感できた。悶々としたものを吐き出せずに苦しくなるのが女というもの。曝け出して許されるなら、許す相手を慕ってしまう。

 と、留美が足を止めた。小さなスーパーの前だった。
「ねえお姉さん、よければお部屋に来ませんか? 夕食あたしがしますから」
 そう言えばちゃんと食べていない。夫が遅くなるとわかっているとき麻紗美は食欲が退いてしまう。独りだと面倒になる。帰ってトーストでも焼けばいいと思っていた。独り暮らしの留美の部屋にも興味はあった。
「何にする?」
「うーん・・ゆっくりお話したいから、パスタとか? 茹でるだけだし」
「いいわね、私がしたげる、任せなさい」
 そのとき留美は、またしても上目使いの可愛い仕草。女が甘える眸を見せた。

 それがこの子の本質だろうと麻紗美は感じた。やさしくてしなやかな・・悪く言えばどうしようもない女々しさで・・だとしたら失恋の痛手は深いはず。
 美鈴が癒やしたのだろう。痛手を癒し、それどころか、女のいいところだけを引き出してやっている。なぜそう感じるのかなんて説明できなかったが、直感的に読み取れる留美の色香は素直だった。
「留美ちゃんて可愛い人ね」
 ふと思ったままを言った麻紗美。
「・・そんな・・嬉しいな・・あたしなんだか・・」
「うん?」
「お姉さんのこと好きになりそう・・」
「はいはい、わかったわかった。さあお買い物するんでしょ」・・と、なにげにミニスカートの尻を叩くと、留美は小さく「あっ」と言って尻を締める仕草を見せた。

「あ、あたしちょっと・・おトイレ・・」
「やだ、エッチなんだから」
「だって・・ンふ・・」
 スーパーに入ってすぐ右の化粧室へ駆け込む留美の、若くプリプリしたヒップを見つめる。
 カラダが女性反応・・心が女になっていると麻紗美は思い、同時にこの子をそう変えた美鈴の凄さを思わずにはいられなかった。

 女は性を守るもの。けれどガードを超えて突き進んで来てほしいと思う女心も備えている。ガードなんて意にも介さず迫る相手に、女は牝となって反応する。
 牝の淫欲を曝け出していいのなら女は気が楽なのだ。

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