2016年11月28日

女忍 如月夜叉(十二話)


十二話~それぞれの寝屋


 忍び屋敷の二階に三つ並ぶ、中の六畳。明かりを消した星闇につつまれて、涼風と呼ばれたお涼と、白狐と呼ばれたお菊は、虚空を見たまま眠れない。
 流派の違うくノ一同士が出会うこととなった身の上を考える。それまでなら考えないよう振り切ってきたことだし、考えたところで誰かに言えるはずもないことだった。

「・・あたしは銭のためだった」
 と、薄闇の中でお菊がつぶやいた。
「そりゃぁね、あたしもだよ」 と、お涼。
 お菊が言う。
「食えるだけやると言われた。女の流れ者じゃ苦しくてね」
「ふんっ、同じようなものさ。あたしなんて夜鷹でもやろうかと思ったぐらいだったが、見ての通りの図体さ。旅籠の女中だったんだ。薪割って風呂焚いて。一日やっていくらになるのさ」
「うん・・けど、そんなことより何のための命かなって・・」
「そうだね。あの尼さんもそうだけど、お燕を見てても思うんだ。女っていいもんなんだなって。うまく言えないけど心が洗える気がするさ。あたしだって女らしくすりゃぁ、ちっとはどうにかなのかなって」
「ふふふ・・寝るか」
 お菊は笑って、男のように体の大きなお涼に背を向けて目を閉じた。

 三つ並ぶ、奥の六畳。今宵はなぜか青く見える星明かりにつつまれて、女郎花と呼ばれたお雪は、若いお燕を抱いて寝ていた。可愛くて可愛くてたまらない。お雪の心はあたたかかった。穢れのない娘を抱いていると、よく熟れた豊かな乳房に母心が満ちてくるようだった。お雪は九つ年上だ。
 お雪の胸でお燕がささやく。
「あたしときどき怖い夢を見るんです、それはいまも・・」
「そのときのことかい?」
「おっ父が斬られ、おっ母があたしを逃がそうとして後ろから斬られて倒れ・・おまえはお逃げ、きっと幸せになるんだよって、おっ母は言って、ことりと首を折って死んでくの。隠れていたけど見つかって・・次から次から男たちに・・」
 お雪はお燕の背を撫でて強くぎゅっと抱き締めた。
「おまえは未通(おぼこ=処女)のままさ。そんなことで穢れたと思わないことだね。獣は人にあらずだよ」
「・・はい」

「あたしなんか・・」
 そう言いかけて静かな涙がお雪を襲った。耐えに耐えてきたものが一気に崩れたようだった。
「姉様・・どうして泣くの?」
「重なるものがあるんだよ、いろいろとね。破瓜の痛みを敵の枕で知ったのさ。あるときは腰元、あるときは芸者に化けて、男どもをたぶらかすんだ。抱かれては心地よさに達しておきながら毒を盛って殺っちまう。もがく男の断末魔をにんまり笑って見ていたさ。女陰働きがくノ一の誉れだって? 冗談じゃないよ。どれほどうなされて苦しんだことか・・愛らしく産まれちまったことを呪ったね」
 互いに寝間着越しに抱き合っていたのだが、お雪は自分の帯を解き、お燕の帯も解いてやって素肌を合わせた。お雪の肌は熱かった。ふわりと膨らむお雪のやさしい乳房が母のように娘をつつんだ。

 お燕の手を取り、しっとりとして温かい熟れた女陰へ導いてやる。お燕はされるままに任せていた。女として先を行く女忍たちがすごく遠くにいるようで憧れを抱いているしかない。女なのに剣を使い槍を使い命を張って生きている。自分からは遠い女の世界を知ってみたいと思っていた。
「姉様、あたしにも・・姉様ならいい・・可愛がってくれそうだから」
「・・お燕」
「あたしね、名うてのくノ一が揃うと聞いて、ちょっと怖かったんだ。恐ろしい人たちかなって思ってた。けど違った、みんなやさしい。だから姉様・・いろいろ知ってみたいんだ、あたしだってもう生娘じゃないんだし・・」
 お雪の手がそっとお燕の草むらに忍び込む。そこは熱く、すでに充分潤っていた。
「ぁン・・姉様ぁ、あたしきっと強くなる、姉様たちにちょっとでも近づきたいもん。もうめそめそしないから」
 お燕は、お雪の美しく熟れた乳房を羨んで、乳首をそっと口に含んだ。
 女同士のこういうことが、お燕にはいけないとは思えなかった。忍びの命が灯火であることはうかがい知れた。誰も信じる者がない。せめて仲間同士で抱き合って眠りたい。
 お雪の口づけを震えながら受け取って、肌を這う口づけが嬉しくて、お燕は腿を割って女陰をお雪に委ねていた。

 三つ並ぶ奥の八畳。ここでもまた妙に青い星明かりに照らされて、嵐と江角は眠れなかった。先ほどのお燕の泣き声が耳について離れない。
 心が滾る。お燕を襲った下手人がいまそこにいるのなら叩き斬ってくれる。怒りで気が立ち眠れなかった。
 江角が言った。
「こうは考えられないだろうか」
「おしろい般若か?」
「公儀はすでに素性をつかんでいる。お抱えの忍軍を動かせば難しいことではないはずだ。表立って動けないというが、表に出ないから忍び・・」
「あるいは深みを知ったのか・・だね。黒幕を暴いてみたらとんでもない奴だった・・それは身内、しかもかなりの重臣で」
「そういうことだね。それで瀬田様を動かして他力で排除しようとした」
「敵を知ってなお手を下せないということは・・」
「下手をすれば徳川が割れかねない。それほどの黒幕だということだし、であれば怖いのは・・」
「・・我らは見張られている」
「そうだ。関ヶ原での報償に不満を持つ者、西国に置き去りにされた武将も面白くはないだろう。豊臣方はもちろんだけど身内にだって不平は当然生まれてくる。信任の厚い一握りの懐刀によって江戸が創られているそうだが、それだってよく思わない者は多いと聞く」
「失脚させるところまではいかないにしても江戸が乱れれば重臣たちは苦しい立場に置かれる・・か」
 
 徳川家康は、関ヶ原の以前より東国である駿府に居を構えていた。かつては甲斐武田の城であったものが、武田家滅亡の後、家康の居城となったもの。
 関ヶ原の後、一度は江戸に入った家康だったが、わずか五年で将軍職を秀忠(ひでただ)に譲り、駿府に隠居。
 徳川の世が安定したのは、さらに後の三代将軍家光となってから。この頃の勢力図にはどちらに転ぶかわからない危うさがあったのだった。
 家康の配下の中で、とりわけ本多正信は、家康、二代将軍秀忠と続く側近中の側近であり、その理路整然とし過ぎる豪腕に異を唱える者どもも多かった。

 嵐が言った。
「動きが筒抜けになりかねない。見張られていると思ったほうがいいだろうね」
 そして嵐は寝返りをうって横寝となって江角に向き、さらに言う。
「けど、そうなると百合花様だよ、そのへんどうお考えなのかと思ってね。そのあたりのことは承知だろうし、その上であたしらを集めたということになる」
「そうだね、あたしもそれを考えた。あるいは瀬田様のため。三男坊ゆえ冷遇される想い人に尽くすため。あたしらが探りを入れだせば敵の動きは止まるだろうし、それだけでも手柄だよ。敵を見つけ出して討ち取ればさらに手柄。公儀の手を借りずにやり遂げたとなれば瀬田様の大手柄となるからね。惚れ抜いた男に出世して欲しい。女なら考えることだよ」
「ふふふ、案外そうかも知れないね。だから私を呼び寄せた。姉妹のようなものだから・・けど江角」
「うむ?」
「もしそうならどうするつもりさ? そんなことのためにこの役目を続けるかい?」
 江角は声もなく微笑んで言う。
「深みは知っても考えない。忍びは主家あっての身の上だ。そのへんもやもやしていては動けないから考えてみたまでさ。主家を失った惨めさは、みんなだって骨身に沁みてる。それにお燕も。あの子のような娘を一人でも減らすためにあたしらはいるんだよ。おしろい般若はその最初に過ぎないんだ。女の敵は女が葬るって言葉がすべてだよ」

 嵐は、そっと布団を抜け出て、わずかな間を空けて敷いてあった江角の布団に滑り込んだ。
 嵐が自分の帯を解き、気配で察した江角もまた帯を解く。
 互いに手練れのくノ一同士。動くとなれば命などは蝋燭のごとし。忍びの定めを知り尽くした二人の女が情を交わした。

 その頃、お雪とお燕の寝屋で・・激しい性のうねりの去った静かな闇の中で裸身を絡め合ったまま、お燕がささやくように言う。
「夢のよう・・ねえ雪様」
「よしとくれよ様なんて。こうして情を交わしたんだ、あらたまったことはいいんだよ。何だい?」
「はい・・あのときあたし・・尼寺へ連れて行かれて・・」
「うん?」
「死にたいって泣いたら、庵主様が毎夜こうして裸で抱いてくださって、あたしは乳を口に含んで・・庵主様はこうおっしゃいました。『私に抱かれるということは、すなわち御仏に抱かれることだと思いなさい。御仏はそなたが大好き。そなたの涙も御仏が吸い取ってくださいますよ』って。・・それからね・・」
「うん? 何て?」
「私がそなたの母になりますって言ってくれた。あたし嬉しくて嬉しくて、その頃十四のあたしは毎夜こうして乳をせがんだ。そしたらお乳が・・ほんとにお乳が」
「出たのかい?」
「気のせいじゃないと思う。そのときあたし女人の凄さに打ちのめされた気持ちになった。瀬田様もそうだった・・二日と空けずお菓子や花やと届けてくれて、
お燕お燕とそれは可愛がってくれたんです。男は怖い。けど瀬田様だけは違った。兄者のように甘えて甘えて・・」

 お雪は思い出し笑いをして言った。
「庵主様に叱られたそうだね、瀬田様」
「それ聞きました? 誰に?」
「瀬田様さ。あのお方は隠さない。あれほど可愛い人も滅多にないさ」
「ふふふ、そうなんですよ。その頃の瀬田様はぷらぷらするだけ・・しっかりしないか、それでも武士かって、庵主様に・・ふふふ。そしたらその後・・」
「瀬田様、何か言ったか?」
「観音様だ・・惚れちまった・・そう言って、ぼーっとしてた」
「うぷぷ・・可愛いじゃないか」
「ほんと・・ふふふ。あたし見ちゃった」
「何を?」
「お寺の裏で・・泣いちゃって・・」
「瀬田様が?」
「そう。毎日毎日やってきて・・しんねりしたいのに庵主様は拒まれて・・そしたら瀬田様が童みたいにぽろぽろ泣いて・・くくく」
「そうかい、そんなだったかい・・いい男だ」
「あたしが見てても可愛くて・・瀬田様の背中をぽんぽんされてなだめておられた・・」
「よしよしって?」
「そう」
「うくく・・あははは! こりゃ可笑しいや、あははは!」
「しっ、声が・・。内緒だからね、ねえ姉様、内緒だからねっ・・あははは!」

 襖を隔てた隣りで、お涼とお菊。そのまた隣りで、江角と嵐。声は襖を突き抜ける。
「・・ったく・・部屋割りが悪かったか・・」
 と、お涼は言って布団をかぶった。

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