lez520

十三話 散らかる性

  行為をともなう奴隷としての陽子。心の部分で支配する明江。そして身も心も、行為のあるなしにかかわらず、捧げ、捧げられる相手としての孝行。私の愛が錯乱している。ああ、まただ、また私は化け物になっていく。
  紀代美には、どうしようもないもう一人の自分が蠢きだしている自覚があった。だから私は他人を遠ざけ暗い女と思われていたかった。過去の私と同じ轍は踏みたくない。そうなったときの私は怖いと思いつつ、奥底から噴き上げる女の情念をどうすることもできずにいた。

  時は早い。風のように一年が吹き抜けて、表面上は落ち着いた関係が続いていた。金曜日の夜。今夜と明日の土曜一日、明江は浅里と佳衣子と過ごしている。 ホテル。303号でもよかったのだが、その日の紀代美は日常を離れた世界に浸りたかった。明江たちは伊豆方面。そことは違う空気が欲しくて、むしろ都会の高層ホテル。メガシティの騒乱が煌めくような夜だった。今夜の私はSかMか、そのときになってどちらへ振れるかわからない、そのぐらいの激情が紀代美の中に逆巻いていた。
  チェックインは紀代美が先。シャワーを浴びてバスローブ。窓辺に立って煌めくというだけで味のない都会を見渡している。

  少し遅く仕事を終えた孝行は七時過ぎにイン。夕食はまだ。しかし紀代美は軽く済ませてチェックイン。そのときショルダーバッグに巻いて隠した房鞭を持ち込んだ。
  戸口に立って迎え、男を入れてドアを閉めながら、今夜の紀代美は、スーツ姿の孝行の固く締まった尻を見た。こういうときの私はSっぽい。Mになるとき男の背中にたまらないものを感じて寄り添う。今夜の私はサディズムに支配され、わがままを許してほしいと思っている。
  ああ孝行・・たまらない。あなたが好き。錯乱しだす感情がシャワーを済ませてすっかり乾いた性器をジンジン痺れさす。
 「脱いで体を見せなさい」
  振り向いて、ちょっと笑ってうなずく孝行。今夜の紀代美は女王様。あうんの呼吸で伝わるところに、紀代美の性器は堰を切って濡れだしていた。こんな男はめずらしい。いつか私はこの方の奴隷となって、自由を奪われ、苦しみもがいて夢の奈落へ堕ちていく。そんなことを考えながら、紀代美のサディズムはふつふつと煮立ってくる。

  全裸で奴隷のポーズ。孝行は相変わらず明江に責められているようで、尻や背に青痣が浮いている。負けるもんか。私だって女王です。私の男によくもやってくれたわよ。この世に一人のご主人様なのよ。整理できない女の感情が孝行の裸身に絡みつく焔のように揺らぎだす。
  ホテルのバスローブはちょっと短い。窓際にセットされた丸テーブルと二脚のチェア。座って足を組むとバスローブの前が割れて腿までそっくり露出した。ただそれだけのことなのに若い奴隷は妙に白いペニスを勃たせ、亀頭を振って欲情している。可愛い男だと紀代美は思う。
 「ほらほら、もうそんななの? いやらしい男だわ」
 「はい、女王様はお綺麗ですから」
  青い革の房鞭。女がバッグに隠して持ち込む軽いもの。革が柔らかく痛みの浅いことはわかっている。女王は鞭を見せつけて、バサバサとペニスを嬲り、左右にスイングさせて男茎をはたき打つ。痛みよりも刺激。奴隷は甘く眸を閉じて下腹を突き出し、かすかに呻いて耐えている。

 「打たれてよくなってきた?」
 「はい感じます、ああ紀代美様、素敵なお方です」
 「はいはい」
  紀代美はちょっと笑い、痛くない鞭を奴隷にくわえさせ、手の平でパシパシ亀頭をはたいてやった。笠の張った亀頭の先の小さな口から透き通った男汁が漏れてくる。くっぷりと球をつくり、ツーッと垂れて輝く濡れ糸を引いていく。
 「嬉しいね?」
 「はい女王様、お会いできたことが幸せです」
 「心からそう言える?」
 「はい心から」
  明江と私と、あなたはどっちよ? そんな問いがなかったわけではないが、このとき明江の存在などはかすれていた。
 「いい子だわ」
  微笑みながら、天を衝く勃起に手をのばし、切っ先の濡れを指に絡ませ、握り込んでそっとしごく。
 「あぁン紀代美様、あぁぁ」
 「甘い声よね、ほんと可愛い」
 「はい、嬉しいです、気持ちいい」
  この人にとってどちらが幸せなんだろうと考えてしまう紀代美。SとMの両方を備えていて、その基本に男の強い愛がある。若い体に散らばる青痣がいとおしく、その痣が私にできたらどれほどいいかと考える。
  
  紀代美は孝行の頬を両手に挟んで見つめて言った。
 「孝を見てると濡れるのよ。どうしてなのかはわからない。孝ってMなの? それともS? そんなことも考えて気がつくと私の中で想いがふくらむ。逢いたいと思い、壊してやりたいとも思うのよ」
 「はい女王様」
 「だけど激情はすぐに裏返って、奴隷になりたい、泣いて泣いて暮らしてみたいと思うようになっている。私は自分がわからない」
 「いまはどちらの紀代美様?」
  まっすぐ見つめる男の眸がキラキラしている。明江は馬鹿よ、この人の良さがどうしてわからないの? 紀代美は言った。
 「どうなんだろうね。どちらであっても私は濡れる。私はね孝」
 「はい?」
 「見ていてくれれば満たされる女なの。それさえあれば濡らしていられる。SだろうがMだろうが、どっちだってかまわないし、愛より情と考える女なの。愛は炎よ、いつか消える。情は地熱、熱は冷めない」
  両手を頭の奴隷のポーズをとったまま孝行はうなずいて微笑んだ。そんな姿に紀代美はなごみ、穏やかなS女へと立場を定めて言いつけた。
 「足から舐めて」
 「はい女王様」
  奴隷のポーズを崩した男の裸身がそばへと寄って、紀代美は男髪に手を置いて撫でてやる。孝行は顔を振って女王の手に頬を擦りつけ、キスをして、それから女の白い足先にキスをする。女王はふたたび房鞭を手にすると、足下にうずくまるようになる奴隷の背中を打ち据えた。音だけとわかっていても男の裸身がしなる姿に情が泡立つ。マグマがふつふつとガスを放つように、女心が泡立って熱気を放って濡れていく。

  足先から這い上がった奴隷の唇が腿の根までやってきたとき、ふたたび紀代美は孝行の頬を両手にはさんで顔を上げさせ、微笑んで唇を重ねていった。そしてそのままカーペット敷きのフロアに崩れ、バスローブが開かれて、女が下、男が上の抱擁に変化する。
  頬からキスが這い降りて、小ぶりな乳房を愛されて、陰毛のないデルタを超えて舌先が侵入し、壊れたような性花の蜜を舐め取られ、リップが咲いて男の切っ先を受け入れていく。
 「熱いわ、あぁぁ、なんて熱いの」
  こういうとき男は黙る。黙ってそっと抱きながら、ヌムリヌムリと穏やかに突き立てる。濡れる膣は自ら蠕動するように笠の張った孝行の切っ先を飲み込んで、子宮口が待ち構える女の深部へと導いていく。
 「もっとよ、もっと深く」
 「ふふふ、はい紀代美様」
 「あぅ! あ、あン、ああ感じるぅ!」
  猛々しい牡へと豹変して躍動する男の肉体は、紀代美のヌードをのけぞらせ、口をパクパクさせるだけのサイレントピークへと女を追い詰めていく。女の鋭い爪が男の尻に食い込んで、大きな男の体をジャッキアップするように腰が上がり、膣の向きを男槍に合わせ、恥骨の打撃をクリトリスが受け止めて、振り子となってアナルを叩く睾丸に可笑しくなって、紀代美は髪を振り乱し、瀕死のアクメへ達していった。
  きぃきぃきぃ。女の声は喉笛を鳴らす風となり、黒目が裏返っていく失神で終焉へとたどり着く。

 『明江とはどうなの? あんな女のどこがいいの?』
  意識の失せかけた脳内で叫ぶ声はしたけれど、それは音にならず消えていく。
  萎えていく孝行が抜けていくとき、紀代美は男の尻をわしづかんで性器に押しつけ・・「ああご主人様、嫌ぁぁ!」・・肌の分離を嫌がった。

  私は女王様の性奴隷。明江は独りきりの岩風呂で、透き通った湯を抱くように乳房を抱いて回想していた。
  浅里と佳衣子は責め抜かれ、疲れ切って倒れていた。惨めで幸福な二人を部屋に置いて岩風呂へとやってきて、あのときの私とは違う居場所の定まった女の安堵を感じている。いまごろ夫は紀代美に責められ、あるいは女王を犯して果てている。妻の私とでは到達できない高みにいるはず・・と、そんなことも考えたりするのだったが、そんなことより私自身、紀代美の手に握られた乗馬鞭でクリトリスを打たれたときの電撃のような悦びが脳裏に浮かぶ。
  私はマゾです。ただし紀代美に対してだけ。夫に対してエスカレートしていくサディズムは止められない。
  ねえあなた、私は妻よ。なのにあなたは紀代美がいいの?
  そう思うと笑ってしまう。女としての紀代美の気迫にはとても勝てない。夫婦ともども紀代美の奴隷。どこで間違えてこうなってしまったのか。返す返すも不思議なことだと可笑しくなる。

  湯が熱い。のぼせる。出ようとして立ち上がり、岩の上に立ったとき、明江は見えない力に拘束された。後ろから羽交い締め。かぶりを振って叫んでも圧倒的な力には逆らえない。
  両足をつかまれて裸身が浮き上がり、逆さにYの字に吊られていって、悪魔的なザラつく舌に女の秘部を舐められる。
 「きゃぁーっ! ああンいい、感じます、あぁぁいい! もっとください、お捧げします」
  これはきっと紀代美の仕業。彼女は夫を愛してしまった。私が邪魔。
  でも紀代美、私だってあなたに捧げた女です。お願い紀代美、やさしくして。
  錯乱する渦のような感情と快楽に、明江はYの字に吊られたまま噴水のごとく失禁し、のたうちもがくアクメに苦しみ果てていく。
  嬉しいわ、こうされるのが夢だった。ねえ紀代美、愛しているのよ。

 『ねえ紀代美、愛しているのよ』

 「・・わかってるわよ」
 「うん?」
 「あ、ううん、ちょっとね。抱いて、もっと抱いて」
  抱き合ってシャワーの雨に打たれていた。明江の声は心に届く。明江の人生は私次第。そう感じ、明江と孝行がどうすれば幸せになれるのかを考える。二人が壊れてしまえば私との関係にも影響する。夫婦のどちらもを牛耳っていたい。陽子もそうだし、浅里や佳衣子のことだって、その気になればどうにでもなる。
 「ねえ孝ちゃん」
 「うむ?」
  孝ちゃんと呼んだとき孝行という男と紀代美という女のノーマルな姿に変化している。孝行のそうした柔軟さがたまらない。明江を葬り独占したい。いいえ、そこまでしてはダメ。両極の感情へと紀代美の振り子は振れ幅を大きく揺れていた。
 「私とこうなる前のこと」
 「うむ?」
 「暗い女って思ってた? 不気味だった? 何度か会っていたでしょう」
 「いいや、違う意味で予感はあった」
 「予感? こうなる予感?」
 「確かにあった。背後にただならぬ気配を感じた。いつか俺はとりこまれる。それは不倫とかという次元ではない不思議な運命なんだろうと思っていたよ」

  紀代美は孝行の胸を両手で押して抱擁を引き剥がし、背の高い男の眸を見据えていた。この人にはそれを感じる力がある。そんな人がすぐそばにいてくれたことが嬉しかった。
 「私に何かを感じてた?」
 「よくはわからないが、たとえばそれは愛の渦のようなもの。渦は引力を持っていて引き込まれたらそれまで。明江が捕まり次が俺、きっとそうなると思ってね」
  紀代美は声もなくして男を見つめる。
  孝行はちょっと首を傾げて苦笑した。
 「女の念にはとうてい勝てない。明江と出会い、紀代美と出会った。それが俺の運命なんだろうと思ったさ」
 「それで運命に従った?」
  そしたら孝行は笑って言う。
 「夢を見たのさ。青い光にくるまれた女二人の絡み合い。一人は明江、一人は君だ。二人は妖しく絡み合い、揃って俺を見、微笑んだ。不思議な夢だが、なぜかほほえましく思えてね。あの明江にそういうところがあったんだと思ったとき、女とは素晴らしいと感じたよ」
 「・・孝行・・ううん、ご主人様だわ、やっと巡り会えたご主人様」
  孝行は穏やかに笑んでうなずいた。
 「明江のこと、よろしくね」

  ああ、この人は大きい・・。

  紀代美の女心からSな想いが消えていった。その夢は空狐様が見させたもの。空狐様は私たち三人を等しく見渡して、二人の女にはおまえが必要なんだと孝行に告げたのだろう。こんなことはこれまでなかった。紀代美はふたたび孝行をまじまじ見つめ、足下に静かに膝をついて穏やかに萎えたペニスに頬ずりした。男の尻を抱き締めて、そうしたら涙があふれてならなかった。
 「寂しかったね紀代美」
 「はい・・お捧げします、愛しています」
  孝行は微笑んで紀代美の濡れた髪を撫でつけて、両肩に手をやって立たせると、そっと抱いてキスをした。ただそれだけのことなのに、紀代美は一瞬にして昇り詰めたように震えていた。

  浅里や佳衣子を裸にしてやり、責め抜くほどに可愛くなって、そう思えば思うほど紀代美に対して独占されたい想いがつのる。独占されれば私はもっと可愛くなれる。独占、そのために、夫だけのことではなくて陽子さえも邪魔になる。浅里や佳衣子に眸が向くことも許せない。明江の中で情念が刃となって鋭く尖り、邪魔な誰かに向けられていくのが止められない。
  激しい自己嫌悪。だから罰するように陵辱されるとほっとする。悪霊なのか魔物なのか。あるいは夫の怒りなのか、それでもなければ紀代美の生き霊?
  いやおうなく襲う見えない力は何なのか? 空狐様の戒めなのかとも思うのだったが、錯乱しだした欲情をどうすることもできなかった。

  なのに日常の中で紀代美との距離ができていく。それは女の勘のようなもの。これまで通りの間合いに不信がつのっていくというのか、なんとなくすっきりしない日々が続く。
 「え・・事故」
  そのとき明江は303号に紀代美と二人。孝行は帰りが遅い。オフィスから戻ってすぐの電話だった。
  佳衣子と浅里がタクシーで移動中に交通事故。今日は外出先から直帰の予定だった沙菜からの電話であった。予定が狂って一度社に戻ったタイミングで警察から電話があったという。そのときオフィスに沙菜だけ一人。
 「・・死んだ・・二人ともなの?」
  相手は暴走する大型トラックで、二人即死であったと沙菜は言う。
 「わかった、すぐ行く」
  明江は呆然として電話を終えて、横目で紀代美をチラと見た。

  まさか紀代美、術を使って何かした?
  まさかよね明江、悪霊でも操って?

  互いにもしやと、とっさに思う。もちろん紀代美に覚えはなく、明江にも覚えはない。そのとき時刻は八時前。明江は一度自室へ戻って着替えをすませ、すぐさま会社に向かって部屋を出た。
  さらにその直後のこと。303号に陽子が憔悴しきって顔を出す。病院から戻ったその足で303号を覗いたということだ。
  夫の容態が深刻だと陽子は肩を落として言うのだったが、紀代美には、陽子の背後にも忍び寄るよからぬものの気配が気になる。
 「いいから入って」
 「え?」
 「いいから早く!」
  いつにない紀代美の様子に陽子は気圧され、何が何だかわからぬ間に連れ込まれる。陽子は着衣のまま正座をさせられ、紀代美は合掌した手に白い骨でできたような妙な数珠をかけ、何やら呪文のような言葉を言う。
  その刹那、陽子は重かった肩がすっと軽くなる感覚を覚えていた。暗雲が晴れていくように気分がよくなる。
 「やっぱり何か憑いてたんだ? なんだか軽くなった気がするけど?」
 「何かどころじゃないわよ、ほっとけば危なかった。もう大丈夫、祓ってあげたからね」
  恐怖と、それに夫の容態と。打ちのめされた陽子はしなだれ崩れて紀代美にすがった。
  だけどどうして? 地の底に蠢く悪霊どもが動き出したか?
  佳衣子も浅里も、葬ったのは錯乱する明江の情念。おそらく無意識に取り引きのようなことをしたに違いない。陽子までがこのザマだと孝行も危ないと紀代美は思った。
 「私が悪いのよ、はっきりしなかったから。私の手には負えなくなりそう」

  何を言ってるの? 陽子は意味がわからず、紀代美に抱かれていながら顔を上げた。紀代美はそんな陽子を押しのけて、白い紙にハサミを入れて小鳥のような切り紙細工をこしらえる。
  そしてそれをローテーブルの上に置き、口の中で呪文を唱えると、紙飛行機のようでもある小鳥がふわりと舞い上がる。
 「母さんのところへお行き。私たちを助けてって」
  白い紙の小鳥は羽ばたいて舞い上がり、そのままコンクリートの天井を素通りするように消えてなくなる。陽子は愕然。紀代美は笑って陽子を抱いた。
 「驚いたでしょ? これが私よ、私は呪術師。でも母は格が違う」
 「それじゃお母さんも?」
 「当家の血よ。私はまだ修行が足りない。弱すぎる。君臨するだけの覚悟がなかった。明江を化け物にしたのは私だわ」
  それでも意味の解せない陽子。
  このとき陽子は、紀代美に対して底知れない女の怖さと、そして女王となるにふさわしい女の魅力を感じていた。