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 十一話 憑き物

  明江と紀代美の関係の中で、明江にとってのSかM、紀代美にとってのSかM、そして女同士の性関係も、それらは行為ではなく心の置き所の問題だった。あるとき責めて心地よく、しかしあるとき責められて心地よく、あるとき同種の性器に安堵する。心のねじれのようなものを解消しようとする切ないまでの愚行。それは誰にでもあるもので良心の呵責と言ったりする。
  その夜の二人は互いにSとMを交差させるようにもがき合い、狂ったように求め合い、業火が去った後に残る灯火を抱き合って身を寄せ合った。これこそ愛だと確信できる。一つの女心を女二人で分け合う夜。互いにそう感じられるセックスだった。

 「なんだか、何かに取り憑かれてしまったみたい」

  ふと明江が言った言葉に、紀代美はとろりと溶けた眸を向けた。
 「何か気配でも感じるの?」
  明江もまた溶けた眸で紀代美を見つめた。
 「わからない。私のいったいどこにこれほどの情婦が潜んでいたのかしらって思うのよ。浅里に対しても佳衣子に対してもそうだけど貪欲なまでに求めてしまう。相手が紀代美なら、どうされてもいいと思うし」
  紀代美はちょっと笑って、たったいまとろけて乱れたはずの明江の性器へ指をやった。燃えるように熱く、ヌラヌラに濡れそぼり、ちょっと触れるだけで明江はふるふる震え出す。
 「どうしようもなく感じるの。おかしいよ私って、こんなことはなかったのに」
  ちょっと笑いながら明江は言って、差し込まれる紀代美の手を内腿に挟み付けてすがりつく。

  紀代美は言った。
 「それは淫魔というもので女がちょっと油断すると取り憑くものよ」
 「サキュバス?」
 「それもそうだけど、あらゆる憑き物がそうさせる。魑魅魍魎と言うけれど、妖怪、悪霊、付喪神(つくもがみ)、そのほかすべてのよからぬもの。よからぬものではあるけれど時として女を夢へと誘うもの」
 「紀代美にも憑いてる?」
 「もちろんよ、私はそれで生きている、女ですもの」
 「私だって女なのよ。私にも取り憑いてる?」
 「空狐様におすがりしたでしょ。そのことですべての邪悪な者たちが明江に気づいた。明江という女の存在に気づいたでしょうし虎視眈々と狙っている」
 「狙ってるって?」
 「憑依する対象としてね。だけど背後で空狐様が守ってくれてる」
 「守護神としてという意味で?」
 「というか隷属する好ましい者として。私もそうよ、空狐様に守られてる。明江がもし何か気配のようなものを感じるなら、それは空狐様を取り巻く魑魅(ちみ)たちだと思えばいい。魑魅とは山の怪(け)、魍魎(もうりょう)とは川の怪(け)。怪(け)は他にもあるけれど、それらを総称して物の怪(もののけ)と言うのよ。神や仏とは違って下等なものでも私にとっては神様のようなもの。それが呪術を行う者の定めと言えばいいのかしら、そうした物の怪におすがりしている」
 「お母さんはもっと凄いんでしょう?」
 「比べものにならないわ。母の守護神は山の怪、つまりある種の山神様で女性神なの。空狐様はすなわちキツネで山に棲み、山神様のしもべですから」
  不可思議な話だ。空想に迷い込んだようだと明江は思い、紀代美はやはり怖い人だと考えた。

 「ふふふ、それも面白いわね」

  と、ふいにつぶやく紀代美。明江は貌をうかがい見た。
 「何が? それも面白いってどういう意味?」
 「旦那さんよ、明江の。明江の本心はこうだわ。旦那ごときに隷属していたくない。いい人だし可愛いけれど私はあなたの従者じゃない。ありきたりな女の人生なんて嫌。性の自由は私のもの。だから別れるならそれでもいいと考える。妙な呪術師に出会ったばかりに、いざとなればどうにでもなるとタカをくくっているわけで」
  明江は性の雲海から現実に引き戻されて、ちょっとうつむく素振りをする。そう言われると逃げ場がない。
  紀代美は言った。
 「だけどよ」
 「うん?」
 「旦那さんが従者となるなら話は違う。まさに女王。それなら家庭は家庭、外は外と割り切れる。女にはそうした残酷がつきまとうものなのよ。それでいいならやってみる?」
 「彼を操ってみないかって?」
 「そういうこと。それは空狐様におすがりする話じゃない。また別の術がある」
 「そうなんだ? だけどちょっと・・」
  明江は夫の顔を思い浮かべた。愛してくれるやさしい夫。
  明江は言った。
 「ちょっと可哀想かな」
 「そうかしら? いつか捨てるのとどっちが可哀想なんだろうね」
 「彼にも君臨しろってこと?」
 「そうとも言えるけど、試してみたらってことじゃない。術はいつでも解けるものなんだし、ちょっとぐらい虐めてやっても面白いとは思わない?」
 「魔女みたいね私たちって」
  紀代美は眸を丸くした。あなたって、ほんと、わかってないわねと言いたげだ。
 「みたいじゃなく、女は魔女そのものなのよ」

  紀代美は白い裸身を晒してベッドを離れ、たまたまそこにあったメモ用紙とボールペンを手にして戻って来る。
 「こう書いて。『浮気の相手は涼子、あなたはそれを白状せずにはいられない』って」
 「それで問い詰めるってこと?」
 「もう離婚よって言ってやる。ふふふ」
 「う、うん、やってみる」
  言われたように書いた明江。浮気なんてことになれば、妙な術など使わなくてもあの人なら白状するだろうと妻は思った。
  書かれたメモ用紙を一枚ちぎり、それをハサミで蝶型に切って二つに折って置いた紀代美。白い紙のチョウチョである。
 「さあ、お行きなさい」
  そう言って、ふっと息で飛ばした一瞬、紙の蝶は鮮やかなアゲハチョウへと化身して、ふわりと宙に舞い上がり、壁をすり抜けて消えていく。明江は愕然。ふわりと舞い上がって跡形もなく消えた虚空を見たまま声も出せない。
  紀代美は言った。
 「式神と言ってね、旦那さんに取り憑いてニセの記憶を植え付ける」
  このとき明江は良心の呵責を感じてならなかった。なのに一方ではウズウズする高揚感さえ感じている。これで夫の本音が見えてくると考えて。

  四日後の夜のこと。明江は303号に逃げ込むように飛び込んで、紀代美を見るなり舌を出し、キツネにつままれたようだったと告げて笑っていた。
  ドアがノックされたのは、しばらく後になってから。紀代美は友人ということにしてあった。ドアがノックされて紀代美が出た。このときもちろん紀代美は下着をつけて部屋着を着ている。
 「はい?」
 「河原ですが、妻がこちらにお邪魔していませんか?」
  廊下は響く。静かな声。紀代美は明江を振り向き、ちょっと笑ってドアを開けた。

  明江の夫は孝行と言ってIT企業のエンジニア。背丈は男性としては普通、黒髪はショート、色白で細身であり、一見して真面目そうな男であった。いかにもいまふうな気弱なイメージ。世の中の妻たちが、いつか物足りなく感じだす典型的なタイプ。
  部屋に入れ、妻がいるリビングへ通す。明江はそっぽを向いて相手にしない。紀代美は間に立ってとりなすフリ。内心可笑しい。
  孝行は、紀代美に恥ずかしげな眸を向けて妻に言った。
 「な、帰ろう」
 「嫌よ、もういい、離婚です」
 「ごめん。どんなことをしても償うから、よそ様のところでは話もできないし、ご迷惑だろう」
 「紀代美は親友です、迷惑なんかじゃないわ。顔も見たくない、帰って」
  シナリオ通りの展開。そこで紀代美がクッション役をかってでる。
 「ねえ明江、気持ちはわかるけどご主人だって白状なさったんでしょ。シラを切り通すのが普通なんだから」
 「それはそうだけど許せないもん。まだ新婚なのよ私たち。なのにもうって感じだわ」
 「だからさ、気持ちはわかるけど、償うっておっしゃってることだし」

  突っ立ったままの夫に妻は厳しい眸を向けたまま、それもまたシナリオ通りの台詞を切り出す。
 「どんなことをしてもって言うなら、許せるまで奴隷になって。二度と裏切れないよう躾けていくけど、それでもいいの? 私は女王様よ、ついでにご迷惑をかけた紀代美だって女王様。女二人が許せると思うまであなたは奴隷、辛いわよ。それでもいいの?」
  式神はニセの記憶を植え付けただけであり人を操るわけではない。それからは夫の意思しだい。明江はそれで夫がどうするかで先々を見定めようと考えた。
 「私が妊娠しにくいことで落胆したんでしょ? 違うかしら?」
  孝行は懸命に違うと言い、まるで他人の紀代美の前で涙を溜めて謝っている。
  可愛い人だと紀代美は感じ、しかし妻の怒りの演技はおさまらない。
 「いいわ、わかった。私に対して本気なのなら裸になって土下座なさい! 紀代美がいようが、そんなことはどうでもいい。紀代美と二人の共有奴隷、素っ裸におなり!」
  そのとき、そしてそれからの一部始終を紀代美は静かに見定めていた。

  二週間ほどが過ぎた土日のこと。明江は浅里と佳衣子をともなった二日間。紀代美は家に取り残されていた孝行に声をかけてドライブに連れ出した。いいやドライブなどはどうでもよかった。熱海の海が流れていたが、ろくに話さずハンドルだけを握っている。
  ラブホテル。女王としての真紅のランジェリー。大きなベッドにふわりと沈み、服を着たまま突っ立つ奴隷を見据えている。孝行の眸が弱い。
 「いろいろ聞かされてるわよ。毎日責められて泣いてるそうね。脱いで体を見せなさい」
 「はい女王様」
  素直に脱いでいく奴隷。しかしその裸身からは生気が失せて、眸にも光が感じられない。
 「あらあら、ひどいわね」
  男の固い尻や背や、体中に乗馬鞭の青痣。ところどころが黄色くなって見るも無惨な裸身であった。
 「ここへ来て奴隷のポーズ」
 「はい女王様」
  膝で立って脚を開き、両手は頭。奴隷に堕とされた孝行は陰毛さえも処理されて、紀代美の赤い下着に欲情するのか、妙に白いペニスがむくむくと勃起をはじめている。
 「もう大きくしてるのね。私に対して欲情する?」
 「はい、申し訳ございません、女王様はお綺麗です」
  紀代美は微笑み、ラブホに備え付けのビニルスリッパで、上を向くペニスの先をペシと叩く。今日の紀代美は鞭などそのための道具を持ち込んではいなかった。
 「あぅ」
 「痛いわね?」
 「いいえ嬉しいです、ありがとうござます」
  明江から聞かされていた。あれから射精は一度もなし。オナニー禁止。こっぴどく鞭打って平伏させ、細いヒールで踏みにじり、トイレの後のアナルまでも舐めさせる。尿を飲ませるなんてあたりまえ。夫はよく耐えていると。
 「心から反省してる?」
 「はい。許していただけるまで、いいえ、生涯奴隷だと言われていますし、それでもいいと思っています」

 「捧げるってこと?」
 「はい」
 「私にも捧げてくれるわね?」
 「はい女王様、お誓いいたします」
 「そう。いいわ、おいで」
  紀代美は奴隷の手を引いて女王の白い腿に男の体を横たえて、そのとき眸についた背中のヒールの踏み跡を指先で撫でてやる。
 「おまえは」
 「はい?」
 「明江のことは別に、私をどう思ってる?」
 「それは、はい、お慕いしております」
 「そうじゃない。それは奴隷の言葉。女としてどう思うかと訊いてるの」
 「それは・・素敵なお方です」
 「認めてくれる? 女としての私を?」
 「はい、もちろん」
  腿に体をあずけたまま顔を上げて見つめる孝行。やさしい接し方が嬉しいのか奴隷はもう眸を潤ませている。
  可愛い人だと紀代美は思う。明江は本音のところでこの結婚は失敗だったと考えている。抗う力がないからしかたがないと考えていた。けれど反力を得たいま、夫が妻を想うのはあたりまえ。いい気になりすぎ。そしてその力を持たせてしまったのは私だと紀代美は思う。

  しかしそうしたことと、いま目の前にいる男の姿とは話が違う。涙を溜めてまっすぐ見つめてくれる男が可愛い。激情が衝き上げてくるのを止められない。 
 「いい子ね、さあおいで」
  そのまま手を引き、孝行をベッドに上げて、赤く艶めかしい下着姿で紀代美は四つん這い。尻を向ける。
 「よく耐えたご褒美です、パンティ脱がせてお尻の底までよく舐めて」
 「ぁ・・でも」
 「いいから脱がせて。心から奉仕して私を濡らしてちょうだいね」
 「いえ、それでは妻を裏切ることになってしまう」
 「だとしても大切なのは、いまだわ」
 「いま?」
 「いまこのとき私だけを見ていてほしい」
  真紅の布が張り詰める女王のヒップ。孝行は尻のカーブを滑らせて布を巻き取り、白い腿から膝まで降ろし、誇るように突きつけられる女性のすべてを見つめていた。陰毛のない女の性器。けれどそれは少女のような可憐さのない、熟れきった性の花。魔女的な淫ら花。すでにもうじぶじぶ蜜を滲ませて、閉じたリップをわずかに開いてやるだけで軟体動物そのままに蠢き出すようだった。
  孝行の勃起は頂点に達している。妙に白い男の茎に血が満たされて亀頭が青く、茎には幾筋もの血管が浮き立って、針で突けば破裂しそう。笠の張った亀頭の先から透き通った男液が垂れている。
  孝行は、腰を張って開かれる女王の性器とアナルを見つめ、ひくつくアナルにそっとキスをして舌先を這わせていく。

 「あぁぁ孝、いい、感じるわ」
 「女王様、嬉しいです、幸せです」
 「紀代美って呼んで。ねえ孝、私は紀代美、時として男の奴隷になりたくなる女なの。様もいらない、紀代美って呼んで」
 「はい。あぁ紀代美、よく濡れる綺麗な穴だ」
 「嫌ぁぁ見ないで。ねえ舐めて、もっと舐めて」
  突き上げられた尻の双丘を男の手が割り開き、引き攣って歪むアナルへ強い舌を刺していく。
 「あぁン孝ぁン、孝ちゃん可愛い」
 「紀代美」
 「はい、孝ちゃん。あぁぁご主人様、もっと舐めて」
  それが紀代美が持つ、また別の貌だったのだろう。激情が女心をMの側にシフトして、すがりついていられる男性として認識している。
  ラビアを舐められ、花を開かれ蜜が流れ、膣口に牙立つ柔らかな肉の突起が男の舌に屈服して穴をひろげる。紀代美は震えた。いまこのとき男が欲しい。女王から奴隷へ化身した白い女体は、毛穴という毛穴を開いて香しい汗を分泌。背を反らせ獣のよがりを吼えながら尻を振って男を誘う。
  パシパシっと双丘を男手ではたかれて、熱い亀頭が膣を狙って切っ先をあてがって、そのとき紀代美はカッと目を見開いた。

 「あぁぁーっ! あっあっ! 私を見てて、ずっと見てて。可愛い奴隷よ、孝ちゃんの可愛い奴隷なんだもん」
 「うむ、いい女だ」
 「はい、嬉しいわ。あっ、うぅっ! あぁーっイクぅーっ!」
  一途な男の心とペニスの先端に子宮が衝かれ、どうしたことか一瞬のうちにピークが襲う。吼える、吼える! もがく、もがく! こんな男を求めていたと紀代美は感じ、そのときかすかな敵意が蠢きだしていたのだった。
  これほどの人を愛せないあの女はどうかしている。馬鹿よ明江は。そうした思考が白くなって渦を巻き、熱い迸りが子宮口にまき散らされる実感で、紀代美は天空へと飛び立った。わなわな、がたがた、総身を震わせながら、眸を開けているにもかかわらず景色が歪んで消えていく。
  一度の射精で萎えないものが抜き去られ、そのとき紀代美は亀頭の笠の逆立ちを膣壁に感じて声を上げた。
 「舐めて孝! ダメ出ちゃう! おしっこ!」
 「はい女王様」
  性器に唇をかぶせて奔流を受け止めてくれ、飲んでくれる可愛い奴隷。主と奴隷を行き来できるしなやかな男心が嬉しかったし、女王と奴隷を行き来する女の気まぐれが可愛いと感じた孝行だった。

  明江、もうダメ、旦那さんはいただくわ。私は彼を愛してしまった。
  紀代美の中で何かが崩れ、何かが聳えて新たなカタチを成していく。

  尿の迸りがついえたとき、紀代美は素直な奴隷を振り返り、それでもまだ勃起したままだった男の凶器にむしゃぶりついた。
 「むぅぅ!」
 「ふふふ、感じる? 嬉しいの?」
 「はい女王様、ありがとうございます、お慕いします心から」
  紀代美はまじまじと貌を見た。
 「あぁ最高、孝ちゃん最高、あなたが好き!」
  この紀代美の激情がよからぬ者どもへの合図となった。

  まさにそのとき、シティホテルの一室で二人の奴隷を泣かせていた明江。いきなり後ろから、とても抗えない強い力に捉えられ、上下黒の下着が毟り取られていくのだった。
  目眩が襲う。景色が歪む。白い裸身が前に折られて尻を突き出し、とうてい人のモノではない太いものに貫かれる。
 「きゃぁぁーっ裂けるーっ、ああ裂けるぅーっ!」
  突然襲った異変に全裸の浅里と全裸の佳衣子が抱き合って、愕然として見つめていた。
  見えない手が女王の白い乳房を揉みしだき、開かれた股間から潮を噴き、内腿に桜色の破瓜の血を流し、明江はかぶりを振り乱してもがいている。
 「ああそんな、助けて紀代美、助けてぇーっ!」

 「ふふふ、おしまいよ明江、あなたはおしまい」
  心の言葉。にやりと笑って孝行のペニスを吸い立てる紀代美。二度目の射精を喉の奥で受け止めて、紀代美は孝行の腰にすがりついて果てていく・・。