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ミュータント(二七話)


 「人類はいまとは違う姿になる。そんな気がしてならないの。目指す惑星がプロキシマBだとするなら地球よりもやや大きい。質量にもよるけれど重力も相応して大きいとみなければならないでしょう」
 「月を出られなくなるってことよね?」
 「おそらくそうなる。いまの科学力ではどうにもならない壁があるのよ」
  ホスピタルモジュール。
  生殖実験によって誕生した新生児たちをガラス越しに見守りながら、イゾルデと早苗、二人の女医は語り合っていたのだった。シルバーメタリックのスペーススーツに、それもまた紙でできた白衣の姿。
  イゾルデは言った。
 「いまはまだわからない。月面人とでも言うのなら、この子たちがその初代。この子たちが大きくなって二代三代とつなげていくうち環境の激変で遺伝子は変異するとみなければならないでしょうね。はるかな旅を成し遂げて、それでもし目指す惑星へ行けたとしても順応できるかどうなのか。この計画が無意味に終わる可能性もないとは言えない」
 「そうなると人は未来永劫、月の地底人ということも」
  早苗は、何も知らずにこれからの時代へ追いやられる新生児たちが哀れでならない。

  問題なのは重力だった。いま月面にいる人々は地球の重力のもとに生まれ、骨格も筋力も心肺能力も、身体機能のすべてが地球基準でできた生命体だ。
  それに対して月で生まれた新生児は、6分の1の重力しか知らず、肉体をつくる上でもっとも大切な誕生からの初期段階で体はそれに合わせてできていく。地球育ちの人間ならトレーニングで負荷をかけることはできるのだが、それを新生児に対してどうやって施していくのか。
  旅の目的地である惑星プロキシマBの重力は地球よりも大きいと思える。恒星プロキシマケンタウリのハビタブルゾーンに月を導くまではよくても、結局のところ月を出られず生きていかなければならなくなる。
 「次世代また次世代とつないでいくうちミュータント(変異体)が生まれる可能性が否定できない。光の速度で四年として、はるかに遅いムーンシップなら幾世代? あのエイリアンのような姿になってしまうかも知れないのよ。そこで私はこう考えた」
 「クローン?」
 「そうです。ムーンシップで生殖を重ねた人々とは別に、いまいる人類の遺伝子を持つ細胞を保存しておく。目指す惑星に着いたら、まず人類のコピーを放って、ムーンシップにいる新人類とは別にクローン同士で繁殖させる」
  ガラス越しに小さな手足をバタつかせて笑う子供たちを見つめるイゾルデの眸が、いまにも涙をこぼしそうだと早苗は感じた。

  イゾルデは言う。
 「凍結精子で生まれた子供が二十名、染色体検査で割り振って女の子は十五名、男の子が五名。女の子が生殖可能となったとき私は二つの実験をしなければならなくなるわ」
  いわば第二世代の女性に対して原代とも言える凍結精子で妊娠させるグループと、第二世代同士の男女の交配で妊娠させるグループである。そのために男の子が五人できるように計画した生殖。第三世代が誕生すれば同じことを繰り返す。
  早苗もまた女医であり学問優先の学者ではない。早苗は言った。
 「生命に対する冒涜だわ」
 「地球ではそうは思っていないのよ。知性こそ神だと錯覚してるし、その手先の私は悪魔に従う魔女でしかない」
  早苗はイゾルデの白衣の背をそっと押して新生児室から遠ざけた。ガラスの向こうでは、女たちの中から選ばれた若い二人が白衣を着た姿で子供たちの世話にあたる。二人の面色は母性に満ち、しかし一方、子供を産んだ母親たちは囚人として次の妊娠を義務づけられ、休息していなければならなかった。

  MC5-L9、イゾルデの部屋。
  ホスピタルモジュールで白衣を脱いで、早苗は部屋の前までともに歩き、ドアを開けたイゾルデの背をそっと押した。しかしイゾルデは早苗に背を向けたまま動かず、そして言った。
 「志願なんてしなけりゃよかった。五十年先のことなんて私には無関係だったのに」
  振り向いたイゾルデは大粒の涙を流して泣いていた。すがるように早苗に向かって歩み、早苗はそれを受け止めた。
 「助けて早苗、おかしくなりそう。私はもう人間じゃない、助けて、苦しいの」
 「・・イゾルデ」
 「可哀想で見ていられない、母親も産まれた子らも見ていられない。診察台で私と同じ性器を見つめ、実験台だと即物的に割り切れる私が許せない。私はもう医師じゃない」
  泣き崩れるイゾルデだった。地球人への怒りより、苦しみもがく一人の女が哀れでならない。
  戸口の開口。通路に向かって泣き崩れるイゾルデの体を押し込み、ドアを閉めて抱いてやる。月の皆は見た目に平然としていても精神的は限界ぎりぎり。それをケアする立場の医師が泣く姿を見られたくはなかった。
  早苗の胸で慟哭。早苗の胸中に叫びを吐き捨てるような慟哭だった。
  そしてそんなイゾルデに対し、もしやスパイではと考えてしまう自分が哀しい早苗でもあった。

  ノックした。MC1-L1、ジョゼットの部屋。こんなことの言える相手はジョゼットしかいなかった。
  時刻が遅く、今夜のジョゼットは一人で寝ていた。
 「どうしたの?」
 「イゾルデと一緒だった。めちゃめちゃにしてやったわ」
 「え? めちゃめちゃ?」
 「ビアンよ。気絶するまでイカせやった。ねえ、今夜いい?」
 「いいわよ」
  早苗は淡いピンクの紙のパンティだけの姿になると、ぬくもりを満たしたジョゼットのそばへと身を横たえる。
 「疲れたわ、抱いて」
 「ねえ、どうしたの?」
  早苗は一部始終を話して聞かせた。
  ジョゼットは言った。
 「入れ違いなのよ早苗と」
 「海老沢さん?」
 「そうそう。ちょっと前に帰って行った。独りで考えたいって。ムーンカーゴでデトレフと話したらしい。戦略核クラスの水爆が三発隠してあるでしょ」
 「うん?」
 「それだけあれば月の引力と相殺しても直径数キロの岩盤を落とすことができるだろうって」
 「地球に?」
 「廃棄された核を待たなくてもそれだけあれば地球を壊滅させられないかってことなのよ。彼も言ってた。これ以上生命を冒涜したくない、生殖実験なんて悪魔の所業だって。産まれた子らを見ていられない。もう地球が許せないって」
 「決行するって?」
 「いいえ、決定打とするなら核が足りないそうよ。直径十数キロの岩盤が必要だって結論になったらしい。水爆ミサイルを南極に落として氷を解かし一気に水没って方法もあるけれど、それだと迎撃されてしまうだろうって。軍船で攻めても勝ち目はないって」
 「そっか。この先まだ二十年こんなことが続くのね」
 「デトレフが地団駄踏んでいたそうよ。誰だって許せないよ、苦しいのはイゾルデだけじゃない。みんなだって、モルモットじゃないんだぞって怒ってる」
  それはそれとして早苗は言った。
 「イゾルデが危ういわ。揺れちゃってる」
  ジョゼットはうなずくと、疲れ切った早苗を抱いてやる。母の乳房に戻れたように早苗はそれきり動かず眠りについた。

  海老沢は言った。
 「クローンね」
 「そうしないと、いずれミュータントが生まれるだろうって。宇宙の中で遺伝子変異は避けられないってイゾルデは考えてる」
 「そういうこともあるだろうな。俺たちだってもはや地球には戻れない。十年以上も過ぎてしまえば地球では立つことさえできなくなる」
  そのとき月面都市は昼の側に位置していて、月面輸送車ムーンカーゴに海老沢とジョゼットが乗っていた。現場視察というよりもドライブだった。
 「ムーンシップでの幾世代の間に科学はクローンを生み出すでしょう。新しい惑星に降り立って原種とも言える人類を再生するならそれ以外にないだろうって。凍結卵子と精子を試験管で合わせるという手はあっても肝心の母体が変異していては難しいらしいのよ」
 「当然だろうね。だいたい愛というプロセスが欠落した生殖には意味がない」
 「廃棄船は戻せない? 信号を送るとか?」
 「それをすると察知される。最初からそう考えてプログラム以外では動かせないよう設計した。いまの我々にできることはイゾルデ、それに実験台にされた女たちと子供たちをケアしてやる以外にないだろう。あの二十人こそ女神だよ。生まれた子らは天使。月は月の民のもの。最後の一瞬まで幸せに満ちた世界にしてやりたい」
  眸の潤む海老沢にジョゼットはそっと寄り添った。
  月面都市の整備はさらに進み、生存と、その後の発展に欠かせないすべてのものが形になりはじめている。しかしミュータントが生まれるなどとは思っていない。そう考えるとムーンシップ建造は無意味なものだが、いま月に生きる者たちにとって幸福の拡張であることに違いはなかった。
 「そうなると保育所がいるな。母子が顔を合わせていられるところを造らないと」

 「HIGHLY社会ではますます少子化。なりふりかまわず子供たちを集めていて、WORKERやLOWERからの提供に対する対価も上がっている」
  ジョエル。久びさのあの円卓を、留美そのほかと囲んでいた。ジョエルは全くの私服。あのときと同じような三日間の休暇で訪れている。
  円卓には留美、コネッサ、マルグリット、バート、そしてテーブル下に首輪だけの裸のマリンバがつながれている。ジョエルの椅子の間際に全裸のマリンバ。ジョエルはマリンバのスキンヘッドを撫でてやって微笑んでいる。
  バートが言った。
 「実質的に子らを買い取る。HIGHLYどものモラルとは何か」
  ジョエルは哀しげにうなずいた。
 「ここらの人買いとやってることは変わらない。HIGHLYの中にもレジスタンスはいないわけじゃなく、いっそ上をつぶしてしまえという動きもあるのだが波は小さい。人権保護団体などは粛清された。もはや悪魔。HIGHLYなど名ばかりさ」
  そう言いながら可愛がるようにマリンバの眸を見てやさしいジョエル。留美は言った。
 「よろしければ責めてやって。マリンバは嬉しいわ」
  ジョエルは微笑み、しかし首を横に振る。
 「月ではさらに悪魔の所業」
  生殖実験のその後を告げると、皆は声さえなくしてしまう。
  ジョエルは言った。
 「保育所から整備すると言っていた。二十人の母こそ女神、子らは天使。月に送られたことを幸福としてやりたいと言ってね」
  留美は言う。
 「許せないでしょうね地球人が」
 「向こうは月面人。生きるのは地球のためじゃない。新しい文化をつくっていく。ただしかし補給なしでやっていけるほどできあがってはいないのでね」

 「まあ、そう言うな、所詮は囚人。君たちだってそうだ、補給なしにやっていけるほどでもあるまいに。我らの意思に従っていればいいのだよ」
 「それは当然です、私は軍人、月は地球の従者ですので。しかしそれとこれは少し話が違います。あまり非情に扱うと同情は規律を乱す元ともなるもの」
 「わかっておる。その上で、生殖実験は欠かせない犠牲だよ、ふっふっふ」
  犠牲と言い捨てて笑える奴ら。デトレフは怒りに震えながら交信していた。地球にいてぬくぬく暮らす軍上層部との無線。国連支配とは言え、国が崩壊したいま国連も何もなく、つまりは緊急事態を名目とする軍政下にあると言ってもよかっただろう。
 「まあよい、保育所そのほか教育施設もやがては必要。テストケースとしてやってみたまえ。ダメなら捨てろ、囚人の娘などいくらでもおるからな。君は規律を守らせることが任務。蟻の一穴とも言う。不穏は葬れ」
 「了解しました。いまのところは平穏ですのでご心配なく。都市の建造も順調ですし」
 「そうか、ならばよい。ときにレーザー砲はできたと思うが?」
 「二門が完成。小隕石でもあればと思っていますが、そちらもいまのところ平穏なもので」
 「そうか。発射実験はしておくべきだが、ゆめゆめ地球へ向けようなどと思わないことだな、はっはっは。ではまた」
 「了解しました、これで無線を終わります」
  軍船の司令室。スピーカーから流れる会話を部下の何人もが聞いていた。
  無線を終えたデトレフは沈黙して声を発しない。発しなくとも上司の怒りは見透かせるし、相手が牽制していることもうかがえる。レーザー砲が怖いのだ。

  今回ジョエルが訪ねて来たのは夕食時を過ぎた頃。それから円卓。話すうち、そろそろ落ち着いて体を休めたい時刻になる。
  留美は言った。
 「お休みになりますか? それとも誰かお好みは?」
  最初のときは軍服でデトレフと一緒。二度目は留美と過ごしたジョエル。
  その二度目のときからコネッサが気にしていることを見過ごす留美ではなかった。ジョエルはまさに人種が違い、精悍そのもの。それで留美はあえてそう問うたのだ。ここでは男女を独占しない。ボスの問いにコネッサはちょっと横を向く。黒人で身分の低い私を選ぶはずがない。同じ黒人のバートも、さて誰を選ぶのかと注目している。
  ジョエルが言った。
 「ベッドに来てくれると嬉しいのですが」
  まっすぐコネッサを見つめるジョエル。これには留美もバートも眉を上げて互いを見た。コネッサは留美の一つ歳上で三十三歳。ジョエルに対し、ルッツの兄に気に入られた留美を目当てに来ていると考えていたのだが。
  コネッサは挑戦的な眼光の黒豹のような女。
 「はあ? あたし?」
  と、とっさに言ったコネッサが戸惑っている。ジョエルは微笑んでうなずいた。
 「はい。じゃあ私のお部屋へ。散らかってますけれど」
  とたんに態度が変わって言葉までが女らしくなっている。
  手を取って歩み去る二人を見送ってバートは笑った。
 「HIGHLY扱いされたくないのとボスの立場を考えたとの両方さ。気に入ったぜ、あの野郎」

  コネッサの部屋は町外れにもともとあった家の隣にできた家の奥の間。円卓のある新しい家の隣であり、外廊下でつながっている。
  充分広い部屋に導き、コネッサは燃える想いに戸惑っていた。HIGHLYの中の、それもエリート。ドキドキしてたまらない。
  黒いブリーフだけとなったジョエルは白い彫像。そのとき、そうなるとは思っていないコネッサはベージュのつまらない下着でいた。脱いでしまったほうがましというもの。全身黒豹となったコネッサは頬が燃えてたまらない。大きなベッドの隣へそっと忍び込み、手がのびて触れられるとぴくりと震えた。
 「ねえ、どうして私なの?」
  ジョエルはちょっと首を傾げて微笑むと、眸を見つめて唇を重ねていく。やさしい抱擁。反応する男性器を肌に感じ、コネッサはそっと手にくるんでみる。
 「あぁ熱い」
  ジョエルは笑い、無駄口を言わせぬようにコネッサの唇を唇で塞いでいく。
  舌のからむ深いキス。小ぶりで張りのある乳房をくるまれ、キスが這って首筋をなぞり、唇は硬く締まる乳首をとらえ、そのとき片手が降りて開かれた腿の底へと差し込まれる。

  愛撫はそれだけではすまなかった。唇が肌を這いつつ片手で乳房を揉まれ、降りていく体に応じて腿を撫でられ、しなる女体が開かれて、ジョエルのキスが濡れる性器にたどり着き、クリトリスを舐められ吸われ、黒いバラのようなラビアを舌先で割られて膣へと届く。
 「あぅン、あぁジョエル素敵、感じちゃう。ねえ感じるの、ぁぁーっ」
  信じられない。やさしい愛撫と、そして・・。
 「あぅ! ジョエルジョエル、あっあっ!」
  逞しく燃える硬いジョエルがぬむぬむと押し入り、コネッサはデルタを突き上げてより深い侵入を求めていた。それだけでも意識がかすれる。歓喜する性器。愛液があふれ、ジュクジュク音を立ててペニスを迎え、コネッサは錯乱した。
  シーツをわしづかみ、どうしようもなくなってジョエルの背を抱き締めて、どうしようもなくなって尻をベッドに叩きつけ、どうしようもなくなって甘泣きするようなイキ声を発散させる。
 「嬉しいジョエル、あぁイクぅ、ねえねえ、あたしイクーっ!」
 「コネッサ、抱きやすいいい体、抱きやすい可愛い心」
 「うそ? ねえ、ほんと? 嬉しい、きゃぁーっイクぅーっ!」
  こんな気持ちになれたことがどれほどあったか。コネッサは瞼の裏に彗星が飛び交うような夢の空へと舞い上がる。意識が白くなっていく。あぅあぅと口がパクつき声にならず、息が吸えても吐けなくなって、全身にオイルのようなイキ汗が噴き出して、ジョエルの体を乳房で持ち上げ、ガタガタ震えた一瞬後に、薄闇の部屋を見渡す肉眼の明かりが失せて暗くなる。

  どれほどかの失神。おそらく数秒。気づいてそのときコネッサは、もがくように抱擁を引き剥がすと、萎えきっていなかった白いペニスにむしゃぶりついた。
  狂ったように舐め回し、太い亀頭を喉の奥へとねじ込んで、吐き気の涙と悦びの涙を置き換えようと試みる。女心が震えている。どうにでもして。素敵なペニスを食いちぎって食べてしまいたい。錯乱していた。こんなセックスをはじめて知った想いがする。
  のたうっているうちにジョエルをまたいだシックスナイン。アソコはもう汚れてしまった。ジョエルに失礼。逃がそうとするのだが、ものすごい力で腰を抱かれて引き戻されて、精液の流れ出る性器に舌をのばされ、唇をかぶせられ、コネッサは今度こそ天空へと舞い上がる。
  背を反らして超常的なアクメを一度吼えて訴えて、思考回路が遮断されてブラックアウト。二度目の射精を喉の奥に受け止めながらコネッサは気を失った。