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 生殖実験(二三話)


  ホスピタルモジュール。それは、それまでに月へ送られた超大型宇宙船を月面地下に埋めた居住モジュールの一画にあった診療所レベルの施設を、まさに月の病院として独立させたものであったのだが、その主たる目的は産婦人科と言えただろう。
  新設された月の病院に居場所を移した早苗のもとにデトレフがやってきたのはホスピタルモジュールが完成したその日のことだった。
 「生殖実験ですって?」
 「すでに宇宙ステーションを発ったそうだ」
  早苗は怒りに満ちていた。月そのものを宇宙船とするムーンシップ計画は、言い方を変えるなら人間牧場。凍結精子による強制受胎。そうやって代を重ねていかなければ人類を新たなる地球へは導けない。人類はいまだ宇宙環境の中での生殖を経験していない。欠かせない実験なのはわかっていても、女性として許せない気持ちになる。
  デトレフは言った。
 「女性の数は白人有色人種を合わせて二十名。HIGHLYかWORKERかのどちらか。それ専門の医師を伴ってやってくるということだ」
 「それはわかるけど女の子は皆が囚人なんでしょう?」
 「うむ、そういうことらしい」
  デトレフは怒りを抑えた即物的な対応でうなずくしかなかった。

  地球上で何らかの罪を犯し、留美のようにLOWER社会に堕とされる囚人たちに人権などはないに等しい。
 「それならせめて避妊せずに・・」 それきり早苗は絶句した。
  重罪を犯した女とは言え、強制されて月へ送られ、まさに家畜として管理される。形はどうあれ男女の悦びの先に出産があるならまだしも、誰のものとも知れない凍結精子を植えられて、牛か豚のように経過を観察されて出産する。産まれた子もまた観察されるということだ。
 「いずれそうなる。でも許せない」
  早苗は医師。医学的見地に立てば必要な実験であることはわかっている。しかし最初からHIGHLYの娘たちがやってくるならともかくも、囚人で試そうとする発想が許せない。
 「失敗してもいいってことよね。ダメなら捨てろってことでしょう」

 「そろそろ反乱を準備する」

  怒りに満ちたデトレフの眸を、とっさに早苗は見つめてしまう。
  デトレフは言った。
 「隕石迎撃用の高エネルギーレーザー砲二門が完成した。有効射程五十万キロ。地球を攻撃できる態勢がとれるということ。さらに核兵器を廃棄する際、水爆級の弾頭を三発、軍船に隠して持ち込んであるのでね」
  そこまで考えていたとは。
 「わかるけどでもそんなことをしたら相手だって」
 「いや地球は月を攻撃できない。ムーンシップは人類の命運そのものだからね。地球は我々の下につくしかないんだよ。月の女神ルナは怒った」
 「女の子たちは守る?」
 「無論だ。生殖観察そのものは、やがてやらなければならないこと。しかし家畜扱いは許せない。どんな医師がやってくるのか。無慈悲な者なら始末する」
  強固な意思が言わせた言葉。

  超大型輸送船の七十番船がその黒い巨体を静かに降ろし、何事もなく月面に着陸した。この船も当初のものに比べれば、さらに大きく、宇宙区間では空気がないため流線型である必要はなく、きわめて即物的な葉巻型につくられている。
  七十番船はほとんどが物資。人員は百名足らず。そしてそれとは別に二十名の若い女性と女医が一人乗り込んでいた。女性の構成は白人十名、有色人種が十名。月面に降りると同時に女たちはホスピタルモジュールに収容されて、派遣された若き女医と早苗そしてムーンシップ計画のリーダーである海老沢とデトレフが同席した会議が持たれた。
  その女医もシルバーメタリックのスペーススーツを着た姿。一見して理知的な顔立ちだった。

 「婦人科医のイゾルデ・ドーレと申します。歳は二十九、名前からご推察のように元はドイツです。雪村さんの名は存じております。どうぞよろしく」
  茶褐色のショートヘヤー。白人女性としては小柄で早苗と背丈は変わらない。
キリリと目の涼しい冷たい印象。先入観だったのか、早苗にはそう思えてならなかった。
  イゾルデは言う。
 「最初に申し上げておきますね。非人道的な試みですが、女性はすべて囚人でありLOWER社会に堕とされて当然の者たちばかり。はっきり申し上げて死刑囚ばかりなのです」
  じろりと睨むデトレフ。しかしイゾルデは言った。
 「この任を言い渡されたとき、その場ではとても言えないことでしたが、囚人というのは地球上での彼女らの立場です。立場をわきまえさせるため、それに暴動など起こさせないよう、当初はホスピタルモジュールの個室に監禁するようなこととなるでしょうが、それも彼女らのためなんです」
 「妊娠させて、それ以降は?」

  早苗の問いにイゾルデは微笑んだ。
 「もちろん経過は観察しますが妊婦として大切に扱います。私は医師であって悪魔ではありません。産まれる子らも月にいる人々みんなの子供たち。囚人とは言え母と子。ですから皆さんにもそのつもりで接していただきたいのです。宇宙での生殖に最初に挑む女性がいてくれなければ、このムーンシップにも意味がなくなる」
 「最初だけは囚人としてということですね?」
  海老沢の問いにイゾルデはうなずいた。
 「そうしなければ強制受胎など受け入れられない。女は家畜ではありません。凍結精子によって妊娠し出産したとき女は母でいられるものか。メンタル面でのテストケースでもあるわけです。彼女らは地球の終焉を知らずに連れて来られた。私は一人ずつに本当のことを話し、実験の意味を納得させた上で処置したいと思っています」
 「産まれた子は母が育てる?」
  と早苗が訊いて、イゾルデはふたたびうなずいた。
 「囚人の子にはしておけないので取り上げて皆に育てさせろということですが、それでは子らが可哀想。子を抱き母に抱かれる幸せまでをも奪いたくない。ただしかし」
  と言って絶句したイゾルデの面色に苦渋の色が滲んでいた。
 「囚人に名はありません。1号2号と呼ぶこととしたい。それも人であることを諦めさせるため。ホスピタルモジュールでは空調がゆき届き、裸の姿にしておける。体の変化もつぶさに観察しなければなりませんしね。そういう意味でも名がないほうが彼女らのためだと思うんです。人は情でつながるもの。そのうち皆が名を呼ぶようになるでしょう」

  イゾルデは辛い。同じ女医として痛いほど気持ちのわかる早苗だった。
  イゾルデは言った。
 「そうまでして人類は生きながらえなければならないのか。宇宙の摂理を受け入れて滅亡してもいいのではと思ってしまう」
  このときデトレフはルッツの町の山賊たちに思い至った。LOWER社会に堕とされて一度は人権を失った留美や女たちが、やがて情でつながって人間らしい暮らしをはじめている。
  デトレフは言った。
 「先々のために、あえて家畜として扱うということだね?」
 「そうです。全裸で監禁されて泣く女たちを、その上責める者はいないでしょう」
  デトレフはちょっとうなずき一人先に席を離れ、それを追うように海老沢もまた席を立った。
  女同士、医師同士、二人きりとなったテーブルでイゾルデは言う。

 「身勝手にもほどがあるのを承知で私も避妊しようと思っています。そうでもしなければやってられない」
  早苗はちょっと微笑んで言う。
 「私ももう三十九よ、イゾルデは若いよね」
 「それも先々のためです。もう地球へは戻れない。娘らを妊娠させ、子が産まれるとまたしても妊娠させ、その産まれた子にも女の子なら生殖可能年齢となったとたんに妊娠させる。そう命令されて来てますからね。ムーンシップは人間牧場そのものだわ。牝に無駄な時間を過ごさせない。論理的にどうであれ許せませんよそんなこと。私が断ればどこかの若い女医が同じ目に遭う。そう思うと拒めなかった」
  目つきの鋭いルックスとは違ってイゾルデはやさしい。
  留美は言う。
 「私たちだって散々話した。そうまでして生きるのか。非道の限りを尽くして宇宙を旅し、そのとき心が壊れていれば生存する意味がないんだもん」
 「まったくそうです。人としての心をなくして生きていたってしょうがない」

 「葬ることが正しい選択だと神に言われているんです」
  イゾルデは、思ってもみないことを言い出した早苗の面色をうかがった。苦笑するような早苗の微笑み。どういうことか?
 「月にはエイリアンが棲んでいた」
 「え?」
  眸の丸いイゾルデ。早苗は言った。
 「人類がジャワ原人だったはるか昔に地球を訪れ、知恵を授けて猿から人間へと進化させてくれた宇宙生命。その死体を私自身が解剖もしましたし地球上でも化石が見つかっているんです」
 「それが月に生きていたと?」
 「地球からは見えない月の裏に棲み着いていたようですけど、棲み家を爆破して去って行ったわ。類人猿の頃の地球人を別のところで育てていると言い残して」
 「別のところで育てている? では地球生命は滅びない?」
 「そういうことだわ。愚劣な種は滅ぼせという趣旨のことを言い残して彼らは去った。彼らにとって私たちは失敗作。そう思うと可笑しくなってね。生きているいまがすべて。だから月の皆は抱き合って本能のままに生きようとしているの」
 「そのことを地球には? はじめて聞きましたけど?」
 「報告なんてしてないもん。下手に言って干渉されたくないでしょう。セックスフリーを私が言い出し、女としては夢のような時間を過ごしてきたわ。地球の終焉なんて私たちには無関係。人類最後の人生を楽しんで死んでいきたいと思ってね」
  それでもまだイゾルデは怪訝な面色。
 「エイリアンの化石を見てみたいならムーンアイに寝かせてあるから。子供みたいな可愛い姿よ」

 「生殖実験ですか」
 「そういうことだよ。連れて来られた囚人は二十歳そこそこの娘らばかり。おなかがふくらみ母となる準備をしている。そのとき女医さんは一人一人に納得させて処置をした。いまでは月の皆が我が事のように見守っている。月にいる七千あまりの女性の中で妊娠を許されたたった二十名であるからね」
  イゾルデが月に派遣されてから半年ほどが過ぎていた。無線。デトレフの声は相変わらず穏やかで留美をほっとさせるものだった。
 「そのすべてが凍結精子で?」
 「もちろん。それでなければムーンシップ計画に役立たない。およそ七千名いる女性たちにてんでに妊娠されても月には育てる環境がないのでね。ほとんどが避妊薬を飲んでいる。連れて来られた娘らだけは別ということ」
 「そうですか。なんだかこっちとは違う意味で非道です。私たちも女はみんな妊娠しません。治安維持部隊に親しくしてくれる人がいて避妊薬を流してもらってますからね。こんな時代に子供はまっぴら」
 「うむ、哀しいことだ。さて話題を変えよう、ところでそちらは? ジョエルの奴は覗いてるのか?」
 「ときどきですね、ごくたまに。HIGHLYが恐れるのは同じHIGHLYの造反ということで、頻繁に出入りしていると町が危ないとおっしゃって」
 「なるほど、それはそうだろう。ジョエル一人ならいいのだろうが、それにしても目立ってしまっては勘ぐられる。山賊らしくいたほうが安心というものさ」
 「そう思ってます。ねえデトレフさん」
 「何だね?」
 「それでその二十名の娘らは、いまでも囚人?」
 「違う。命をつなぐ使命を背負った女たちだよ。いまでは皆が親身になって面倒をみているし牢獄のような暮らしでもなくなった。地球にいるより幸せだと言ってるよ」
 「そうですか、よかったわ」

  ふたたび冬。
  かつてルッツの部屋だった広い空間にマリンバはいたのだったが、いまでは人並みに古着の着衣が許されて、ステンレスの首輪こそそのままでも、つながれることはなくなっていた。スキンヘッドはそのまま。陰毛も許されない。それは留美が決めて譲らないことだった。
  あくまで性奴隷。しかしもはや誰もが情を向けて接している。すべてを許して女に戻せばどうなっていたかと思うと、月と地球で同じことをしていると思えてならない。これでよかったと留美は思い、ベッド下の足下に正座をさせるマリンバを見据えていた。かすかだったがマリンバの面色から微笑みが失せなかった。
 「私ももう三十一か。マリンバは?」
 「四十六になります」
 「でも綺麗。おまえは美人だし体も綺麗よ。皆に可愛がられているから衰え・・」
  と言いかけたときノック。カルロスだった。カルロスも一つ歳を重ねて三十歳。いまではすっかり溶け込んで信頼される存在になっている。
 「またマリンバ?」
 「いけませんかね? 今夜は向こうでたっぷりとと思ったもので」
 「いいわよ連れてお行き。すっかりお気に入りね」
  このカルロスがマリンバを気に入って、しょっちゅう連れ出しては遊んでいた。歳上の女が好み。マリンバも嬉しいらしく、カルロスの顔を見ると面色が明るくなる。

  ボスの部屋を出るときに首輪にチェーンがかけられて奴隷として引き立てられる。形だけそうであっても、マリンバにとって夢のような一夜になるのはわかっていた。
  マリンバがいなくなった一人の部屋。それを見計らったようにミーアが恥ずかしそうに顔を出す。ミーアは留美がお気に入り。しかしいまバートの部屋にいるのが普通のこと。
 「あらバートは? 行っていいって?」
 「はい。いいも何も、いけないとは一度も言われてませんから。マリンバが来て、そしたら私に行ってこいってお尻を叩かれ」
 「あらそ」
  留美はちょっとため息をつく。
 「おまえにも困ったものだわ、どうしてもマゾ。男には普通なのにどうして私の奴隷になりたいかしらね? いいわ、脱いで奴隷のポーズ。早くなさい」
 「はい! 嬉しいです女王様」
  留美は呆れて見つめている。冬のいまジーンズにセーター。立たされて脱ぐときは恥ずかしがり、けれど脱いでしまうと大胆な奴隷となるミーア。足下に膝で立って両手は頭。脚を開いて乳房を張る。

  留美はいつものように二つの小さな乳首をつまんでコネてやる。それだけでミーアは潤い、甘い吐息を漏らしだす。
  女王と見定めた同性の眸を見つめて視線を逃がさず、時折うっとりと眸を閉じて喘ぐ奴隷。黒人特有の引き締まった裸身が鳥肌を立てて震える様は可愛いもの。
  留美は一度立って、それもまたいつも通りに乗馬鞭を手にして座り直す。ミーアは乳首打ちを望むように乳房を張り、いじられて尖る乳首を突き出してくる。
  ヒュンヒュン横振りされる鞭先が寄せられて乳房の谷越えで乳首を打たれ、ミーアは感じ入った悲鳴を上げる。
 「ンっンっ、女王様痛い、あぁン痛いです」
 「でも濡れちゃう?」
 「はい。感じます、嬉しいです、もっとください、もっと」

  暗澹たる気分。それを癒やしてくれるのは性奴隷ターニャであった。
  早苗の部屋。無機質な空間に二人きり。奴隷のポーズで同じように膝で立ち、金色の陰毛の奥底を嬲られて腰を振って喘いでいる。どこまでも無抵抗。素直になすがまま。
  しかしこのときの早苗は苛立っていた。囚人として連れて来られた娘らに母となるチャンスがあって、どうして私にないのだろう。本能の苦悩とも言うべき孤独感に苛まれ、だからよけいに女王となって君臨したくなってくる。
  淹れたばかりのホットティ。早苗はスプーンを浸して先を熱し、それを見せつけるように鼻先に突きつけて、それから濡れる股間へ降ろしていった。
 「なんだか苛立ってるのよ」
 「はい」
 「悲鳴を聴かせて。熱いわよ」
 「はい女王様」
  脚をさらに開いてクリトリスを突き出すターニャ。金属のスプーンの背がクリトリスをつぶすように押しつけられた。
 「きゃぅ! うぐぐ!」
 「熱いわね。可哀想ね。でも耐えて」
 「はい、嬉しいです。はじめて本気で責めていただけました。ありがとうございます女王様」

  愕然とした。私はこれまで本気にはなりきれない。ターニャはそれでは満たされない。女の性の不可解を見せつけられた気分だった。
 「わかったわ、乳首をお出し、このマゾ牝」
 「はい!」
  微笑むターニャが可愛い。早苗はエスカレートを止められないと考えた。
 「どうなっても知らないから」
  早苗はささやき、両方の乳首に鋭い爪先を食い込ませていくのだった。