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進化の謎(二二話)


  ルッツが愛した小さな町は、背景となる岩山と間近に点在する岩の丘の狭間にひろがる荒野の中に家々の集まるところ。まさに開拓時代のアメリカを思わせる雄大な景色の中にある町だった。三年の間に増えた家はわずかに三軒。もともとあったルッツの店と裏のガレージ。その裏に最初の一軒が建ち、次に、そちらもまたもともとあった町外れの一軒の奥側にさらに一軒、またその横に一軒加えた全部で三軒。どれもがルッツの店を継いだ山賊たちが建てた家。
  その中でもっとも新しい一軒には、皆が集まれる大きな円卓のある広間があった。家の造りがログハウスで構造的に強いことと、ログハウスは壁が厚くて銃弾が通らないこと。平穏な町ではあったが、いつまた襲われるとも限らないし、道筋に面して町の両端に位置するルッツの店とそのログハウスとの両方で敵の侵入を防ごうということだった。

  その大きな円卓に、ティータイムを口実として、男では客人のジョエル、バートが呼ばれ、女たちからマルグリット、キャリー、コネッサ、ミーアとマリンバ、そしてボスたる留美が席につく。菓子づくりが得意なマルグリットが焼いたビスケットと珈琲紅茶、それだけが並ぶテーブルだ。時刻は遅めの昼下がり。夕食のタイミングではなかった。
  最後にバートが座って皆が揃うと留美は言った。
 「はじめてお迎えするちゃんとしたお客様と言えばいいのかしら。こちらはあのとき救ってくださった正規軍のジョエルさん。いまは大尉となられたそうですけど、ルッツさんのお兄さん、デトレフ中佐の部隊におられる方。今日から非番ということではるばる訪ねてくださったのよ」
  来客を取り次いだコネッサはともかく、皆がジョエルへ眸を流す。あのときは軍服。私服になるとイメージが一変し、三十一歳の若者でしかなかっただろう。ジョエルはとりわけ若く見え、しかし軍人らしい金髪の角刈りと鍛えられた肉体には兵士ならではの覇気が満ちる。バートも元は陸軍兵。ジョエルも長身だったがバートの体躯にはおよばない。
  ジョエルが言った。
 「一言訂正されてもらうならデトレフ大佐」
  バートがわずかに声を上げて笑う。正規軍は装備の点で勝てないというだけで丸腰ならば人対人。単身来るとはいい根性してやがるとバートは内心思っていた。HIGHLY野郎が気にくわない。

 「ということで歓迎のティータイム」
  留美は手をかざしてジョエルにカップを勧めると、自らもティーカップを取り上げた。ジョエルは珈琲。カップを手にして口に運ぶと、皆が席に揃う中で一人だけ全裸のまま留美の横の板床に控えるマリンバへと眸をやった。当然のことながらマリンバだけ飲み物などは用意されない。
  留美は言った。
 「私たちは山賊。人買いどもから女をさらい、共有される牝として犯し尽くし、そうしてずっとやってきた。それはいまも変わらない。まるで一族のようですけれど女は皆の共有物。HIGHLYのモラルなんて通用しない無法世界よ」
  留美はちょっと笑ってジョエルを見た。ジョエルはわずかに眉を上げる。あべこべに試されている。そう思うと可笑しくなって顔がほころぶジョエルだった。
  留美は言う。
 「そしていまジョエルさんも、そんな私たちの中にいる。私たちの流儀にしたがって休日を楽しんでもらおうと思ってね。マルグリットとキャリーは元はHIGHLY、ミーアはマゾ、マリンバは性奴隷、女は他にもいますから、どうぞお一人お選びくださいな。二人三人でもいいけれど。どうしようと思いのまま。ふふふ、さあジョエルさん、ご指名は?」
  バートは苦笑いしながら毛むくじゃらの顎を撫で、いまにも笑うその顔を横に向けてマリンバをチラと見た。他の女たちも皆が眸を伏せて笑っている。意地悪なボス。皆がそう思っていたに違いない。
  そしてジョエルは、そのときチラと円卓から少し離れた天井の太い梁から下がる鉄のフックへ眸をなげた。鉄のワイヤーが巻き取られるウインチになっている。ログハウスは音が通りにくいということで、つまりそういうことのための部屋でもあると察していた。調教室。

  そんな視線の動きに敏感なのはマリンバだった。責められるなら奴隷。しかしマリンバの眸はキラキラ輝いているようだ。
  バートは横目にちょっと睨む。さあ小僧、どうするつもりだ? それが内心。ほくそ笑む。
  と、そのジョエルが片眉だけを上げて言った。
 「その前に、マリンバにはお茶はないようですね。思いのまま自由にしろとボスは言う。ふふふ」
  留美は眸を細めて微笑みながらうなずいた。
 「どうぞ、ご自由に」
 「うむ。ではマリンバ、おいで」
 「はいマスター」
  一人だけ全裸で毛のないマリンバ。豊かな乳房を揺らして這ってジョエルの椅子の横に控える。ジョエルは大きなビスケットを手の中で割って口に含み、少し噛むと、合わせて珈琲を一口含んで口の中で混ぜ合わせ、マリンバの顎に手を先をやって顔を上げさせ、膝で立ったマリンバにキスするように吐き戻して与えていく。
  マリンバの眸が丸い。驚いて、そして嬉しくてならず眸が笑う。
  それからそっと一度抱いて、スキンヘッドを撫でながら座らせる。
 「ありがとうございますマスター、夢のようです」
 「よろしい、よく躾けられた奴隷だ。・・さて」
  次に顔を上げたとき、見つめるバートの視線とまともにかち合い、ジョエルはその視線にも微笑んで、それから留美の眸を見つめる。

  まさか私?

  ときめくような不思議な想いに支配された留美。ジョエルは言った。
 「でしたら望みはストリップダンスかな。ふふふ、ダンサーはボスということで。いますぐここで」
  これにはバートが声を上げて笑った。これは見物。試したはずの小僧に試されるボス。女たちも皆が双方を交互に見てひそかに笑う。
  留美はちょっと笑って、笑いが退いて真顔となって席を離れた。
  鉄のフックが巻き上げられた真下に立つ。音楽などはなかったが、バートがテーブルを軽く叩いてリズムをとる。サンバ。こういうときにはふさわしい。
  室内でもサンダルを履く文化。留美はリズムに合わせてステップを踏み、腰を振りながら肢体をしならせ脱いでいく。夏のいまミニスカートにTシャツレベル。ジーンズミニのボタンとファスナー、Tシャツ。そのとき留美は鮮やかなブルーのブラとブルーのパンティ。リズムに合わせて乳房が揺れて、ブラから解放されて尖り勃つ乳首までが露わとなる。大きくはないが形の整った綺麗な乳房。
  マリンバは見つめている。人生を奪った女の、女としての意地を見つめる。
  そしてパンティ。
  腰を振りながらセクシーに裸身をしならせて、尻から指先を滑り込ませて降ろしていく。踊る汗がにじみ出し、性的な上気を隠すように全身を桜色に染めていく。
  全裸。もはや忘れ去っていた洞穴での最初のときを思い出す。恥ずかしい。なのに濡れてたまらない。留美は熱を持つ据わった眸をジョエルただ一人に向けたまま、踊りながら黒い陰毛の奥底へ指を突っ込み、まさぐった。

 「ンふぅ、ぁぁ感じる、いい、あぁぁぁ」

  マリンバのスキンヘッドに手を置いて見つめるジョエル。まっすぐな視線。
  ジョエルは立った。立ち上がって踊る裸身に歩み寄り、抱こうとして両手をひろげたのだが、そこで留美はすとんと沈んで、ジョエルのジーンズのジッパーに手をかけた。ジッパーを開放し、手を入れて、すでに半ば勃起する若いジョエルを引きずり出して亀頭にキス。口に含む。ジョエルは仁王立ちで、足下にひざまづく留美の頭をそっと撫でてやっている。
  喉奥への突き込みが深くなって留美は吐き気をこらえて涙を溜め、それでも突き込み、ジョエルがかすかに呻いて射精へいたる。
  ンぐぅ・・飲み込む音が喉にくぐもり、吐き出した勃起に泡立つ唾液がからみついて糸を引く。自分よりはるかに小さな女の裸身を、ひょいと、あのときのバートのような腕力で立たせると、ジョエルは抱き締め、口の周りがヌラヌラ濡れる女の口に唇を重ねていく。
  バートが言った。
 「しまいだぜ、この勝負、五分と五分。ふっふっふ」
  全裸の留美と着衣のジョエル。一度キスを解いて見つめ合い、ふたたび抱き合いキスに溶ける。バートの声など聞こえていないというように。
  亮に似ている。あのときも思ったことだが、留美はジョエルのキスに亮の匂いを嗅いでいた。

  ふと気づくと、円卓はもぬけの殻。椅子の横に寄りそうように、マリンバが涙を溜めて控えていた。

  地球の青い空に半月の月が流れていた。その闇の半分にムーンアイは位置していて、そのときジョゼットだけがコントロールルームにいた。
  太陽の行き先を計算する。どれほどやってみたかわからない。しかし確率に変化はなかった。99パーセントの確率で太陽系は崩壊し、地球は引き裂かれて消滅する。ジョゼットはモニタに映し出される悪魔の星を見つめていた。やや傾いて七色のパルサーを放射する美しい姿ではあったのだが。
 「終わりね、どうしても・・」

 『いいや違う』

  ハッとした。確かに聞こえた不思議な声。それは鼓膜を通さず心に響いた天空の声のよう。
  ジョゼットはとっさに室内を見渡して、真っ先に背後のテーブルに置かれた木箱を見つめ、まさかと考え直して、窓という窓を見渡した。
  脚が震えた。大気がなく夜にはマイナス170℃、そんなところに生命は存在しない。やはり木箱か。ジョゼットは気を取り直してテーブルに歩み寄り、木箱の蓋を静かに開けた。
  デトレフがルッツの町から持ち帰ったエイリアンの化石。黒くツヤツヤ光る、まさに石の骨格だ。エイリアンは喋らず、ぴくりとも動かない。期待する私が馬鹿よ。そう思って蓋をしようとしたときだ。

 『我々が存続させる』
  ジョゼットは今度こそ慄然とした。テレパシー。それも化石となって朽ち果てたエイリアンの意思だというのか。神の声に思えてならないジョゼットだった。

 「人類は滅びないとおっしゃるのですか? お願いです応えて。私たちは必死なんです、どうか教えて」
  動かない化石を見つめてジョゼットは祈るような心持ち。
 『我々は飼育している。かつての原人。おまえたちがジャワと呼ぶ以前の猿どもを』
  進化の空白と言われるジャワ原人以前の時代。それは地球に人類らしい人類が登場した頃である。
 「ではいまから二百万年・・いいえそれ以前の地球人を?」
 『捕獲して連れ去った。知恵を授けて育てている』
 「人類が滅びても地球生命は生き残る、そういうことですね? 人類に知恵を授けたのもあなたがた? 遺伝子を操作して猿から人をつくってくれた?」
  それには声は応えなかった。
 『正しい選択を見届けて我らは去った』
 「人類を終わらせろと? それが正しい? お願い応えてください。地球はもうダメですか? 中性子星は避けられない? お願いですから、どうか応えて」

 『運命だ』

  それきり声はしなくなる。
  ジョゼットは木箱の中の小さな骨格の額にそっとキスをしてやった。
 「ありがとう」
  ジョゼットは泣いた。迷いを払う言葉をくれた。心が軽くなっていく。
  そしてそのとき海老沢がムーンアイへとやってきて、木箱に顔を突っ込むおかしなジョゼットを目撃する。
  振り向いたジョゼットは川のような涙を流して男の胸に飛び込んでいく。
  計算違いであってほしいと願う天文学者の想いが聞かせた、あるはずのない神の声。そう考えて海老沢は抱いてやるしかなかった。
  しかしこれで辻褄は合う。進化の空白としてなぜか化石の出ないジャワ原人の謎が解けた。海老沢はジョゼットが聞いた声を否定しない。
  海老沢は言う。
 「胸のつかえがおりた気分だ、楽になったよ」
 「そうね、ほんとにそうだわ。愚劣な種を解き放ってはいけない」
  二人で見つめるモニター画面にパルサーを放って輝く中性子星が映し出されたままだった。

  瞼の裏に星が舞う至上の快楽。マリンバだけが見守る中で、留美は円卓に両手をついて尻を上げ、ジョエルの強張りを子宮に感じて吼えていた。一度のピークでジョエルは萎えない。熱の勃起。下腹の奥底が焼かれるような女の夢に留美は狂い、白い尻を振り立てて吼えていた。
  ピークが来る。幾度となく追い詰められて、子宮口を洗うような射精が来る。
  ジョエルは放ったそのとき一刺し深く突き込んで、衝撃に波紋を伝える白い尻をパァンと叩くと一気に抜き去り、マリンバに命じた。
 「おまえの出番だ、よく舐めて後始末」
 「はいマスター」
  男の体と入れ替わったマリンバは、テーブルに両手をついていまにも崩れそうになる白い逆V脚の尻の底に顔をうずめ、下から手を回して腰を抱いて留美を支えた。
  白く泡立ってあさましい女の性器。マリンバはむしゃぶりついて舐めまわし、膣からとろける男の樹液を舐め取って嚥下した。
  おおぅマリンバおおぅと留美は吼え、背を反らして頭を上げて黒髪を振り乱し、そのまま力が抜けてマリンバの上にしなだれ崩れた。二つの女体がもつれあってフロアに崩れ、マリンバは留美を抱いてやって豊かな乳房にボスの顔を受け止めた。

  ドウンドウン。マリンバの心音は驚くほど強かった。遠くなって消えかけた意識がその心音で引き戻されて眸を開ける。女二人で見つめ合い、それからほぼ同時にジョエルという猛々しい牡を見上げる。
 「最高の休日だ、負けたよ留美、マリンバにも」
 「今日はどうされるおつもり? 一緒にいられる?」
  立とうとして腰が抜けて崩れる留美をジョエルは受け止め、床から抜くように立たせると、笑って言った。
 「できるなら」
 「泊まれる?」
  ジョエルはうなずき、留美が思ってもみなかったことを言う。
 「最後の楽園、そんな気がする」

 「最後の楽園は月にある。せめてもの救いは月の女神といられることだ」
  早苗の部屋。跳ね上げ式のベッドを上げて、できた空間に二脚の椅子を置いてテーブル越しに見つめ合う。二人揃ってたったいま部屋に入ったばかり。デトレフは座るなりそんなことを言い出した。
  早苗は笑う。
 「どうしたのよ詩人みたい? 地球へ行っておかしくなった? ふふふ」
 「地獄を見たさ」
 「遺体でしょ?」
 「南極に打ち捨てられた累々たる凍った死体を百体単位でプレスして積みやすいキューブを造り、積み込んでいく。写真を見せられて寒気がしたよ。こんな星は終わればいいとは思うのだが俺は神ではないのでね」
  早苗は浅くうなずいて、そのときちょうど弱いノック。ターニャであった。
  ビアンでマゾ。ターニャもまた心の闇に苦しむ一人の女。
  デトレフは笑わず見据えた。早苗がターニャとそういう関係であることは知っていても、こうして密室に顔を揃えたのははじめてだった。
  ターニャは性の予感に心が震える。戸口を入ったまではよかったものの、立ち竦んで声も出せない。
 「男の人がダメみたいよ。ビアンでマゾ。でも可愛い女の子」
  言いながら早苗は立って跳ね上げ式のベッドを倒しターニャ一人を座らせた。

  早苗は言った。
 「女王様を抱ける男性はマゾにとってどういう人?」
  ターニャは白い頬を赤くしてうつむいたまま、消えそうな声で言う。
 「ご主人様です」
  早苗はちょっと微笑んだ。
 「かどうかはともかくも、責めたくなって私は呼んだ。脱ぎなさい」
  ターニャは怯えに揺れる眸を早苗に向けて唇を噛んでベッドを立った。
  シルバーメタリックのスペーススーツの下は皆が同じ。ピンクの紙でこしらえたブラとパンティ。脱ぎ去った白い裸身の乳房を抱くようにしてターニャはふるふる震えている。ブロンドのショートヘヤーが男っぽくて逆に美しく化粧などしなくてもターニャは美人。金色の陰毛では隠しきれない裂溝が毛の中に透けている。
  デトレフは微笑みをたたえて見つめているだけ。女王は早苗なのだから。
 「ベッドに座って足を上げ、奴隷の欲情をお見せしなさい」
 「・・」
 「ターニャ!」
 「はいっ女王様」
  デトレフにとって、ターニャの体の底よりも、S女となって命じる早苗に心が揺れる。女が生まれ持つ情欲の魔女の横顔を見せつけられた気がしていた。

  留美の部屋の大きなベッドでジョエルと留美は溶け合って、そのまま静かな夜は訪れた。逞しい胸に頬を寄せて漲る心音を聞きながら、穏やかに眠った男の根源をそっと握る。
 「こうした暮らしを末端などと言うつもりもないが月は間違いなく最先端だ」
 「末端だわよ。そうなるよう仕組まれた末端ですけどね」
 「その両極で同じことが起きていると思ってね」
 「どういうこと?」
 「月にいる一割が女性。月では女たちのほとんどが避妊薬を口にし、性の自由を楽しんでいるそうだ。それを言い出したのは日本人の女医らしい。多くの男たちが疲弊している。男たちが苛立ってきて、このままではいつか壊れる。私は男たちを抱いてやりたいと言ったそうなんだ」
 「母性よね」
 「それもそうだが内なる声に素直なのさ。男は子供、女は母。この図式は本能的なものなのだろう。マリンバがそうだ。子供たちの暴虐に母は身を捧げて耐えている。タイパンへの恨みなどもはやあるまい。哀れで可愛い性奴隷。子供たちは自らの愚行に気づいていて母に対してすまないと思っている。マリンバや、もちろんルミも、女たちのすべてが野獣をつなぐ力となる」
 「それで月はやさしくなった?」
 「一割の女たちだけがHIGHLYさ」
 「なるほどね、わかる気がする」
  ピロートーク。
  あれからも責められ抜かれ、ベッドの脚にチェーンでつながれ疲れ切って眠るマリンバには聞こえない。