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月という母星(二十話)


  月面の地下に造られた農場とも言うべき食品プラントに、はじめての実りのときがやってきていた。水耕栽培によるホウレンソウやスプラウトなどの野菜類と、タンパク源としてのワーム、つまり食用ミミズやウジ虫、昆虫などの飼育。月面では人の排泄物はすべてがリサイクルされて生まれ変わる。尿は不純物を取り除いて水として再生され、便もまた乾燥過程で蒸散する水分を集めて水となり、乾燥された便そのものは廃棄される紙の下着などと混ぜ合わされて肥料となる。土の中にバクテリアさえが存在しない月面環境では、地球から持ち込んだ菌類を増殖させて分解させるしかないのである。
  そうして造られた肥料は動物性タンパク質を育てるときの飼料ともなる。かつて人の糞便を畑にまいた時代へ逆戻りするようなものだった。
  食料プラントは、人工太陽であるオレンジ色の電球がこうこうと灯る地下の温室と考えればよかっただろう。幾重にも並ぶ栽培ラックに人工肥料と月の土を混ぜた土壌のパレットが配置されて、月を母星として生まれた新しい生命が緑の葉をひろげていた。

 「いよいよ収穫ね。月に農場ができるなんて隔世の感だわよ。最初のあの頃、途方に暮れたものですけれど」
  女医である早苗は青々と葉の茂る広い空間を見渡した。地球のように平面上にひろがる畑地ではない、まさに食品工場。ワームなどもそうだが生命維持に必要なもののすべてを人工的につくらなければならなくなる。これまで食事は地球上でつくられたものをはるばる運んで食べていたし、それはレトルト食品がほとんどであって宇宙食の範疇だった。そうしたことさえ深刻なストレスにつながっていく。サラダ一品であっても人間らしい食が増えれば気持ちも楽になっていく。

  その食品プラントで働く中に、ターニャと言うロシア系カナダ人の女性がいた。長くすればウエーブがあって美しいはずのブロンドヘヤーを思い切りショートにしたアスリートのような髪型。背が高く、シルバーメタリックのスペーススーツが見事な肢体に張り付いている。
  ターニャは農業系の大学を出ていて、この食品プラントのために月に送られた一人であった。月で女性は素顔のまま。化粧品にいたるまでなくていいものは一切持ち込めない。そういう意味でも月面にこそ人類の原点があると言ってもよかっただろう。山賊が暮らす石器時代のような洞穴生活であっても、女たちは化粧ぐらいはできていた。月は人が生きる世界ではないのである。

 「食べてみます?」
  そう言ってターニャは穏やかに微笑むと、地球上で栽培されるホウレンソウより少し葉の小さな青々とした葉をむしって早苗に渡す。隔絶された地下空間は衛生管理が行き届き、洗わなくてもそのまま食べられる。
  鼻先で生命の匂いに触れ、そっと口に入れてみる。新鮮そのもの。
 「美味しいね。信じられない。外に出たら青空がひろがってる気がするわ」
 「そうですね、私もよく思います、地球上でもこうした施設はありますから錯覚しちゃうんですよ。大学でもプラント栽培は知ってますし」
 「頑張って。いつかあなたがたが五百万人を支えることになる。その頃にはチキンぐらいは食べられるようになってるでしょう」

  しかし早苗はそんな話をしに来たのではなかった。プラントのことなど、もののついで。広大とは言えない緑の園を見渡しながら、早苗はささやくように言うのだった。
 「考えたのよ。ターニャの気持ちは嬉しいなって。後でいらっしゃい、私の部屋でお話ししましょ」
  そのときターニャはキラキラ輝くブルーの目を、ちょっと眉をひそめるようにしてうなずいた。かすかな不安と期待の入り混じる面色で。
  ムーンシティ一号館、MC1-L18、早苗の部屋。区画の都合で割り振られた数字は離れていたが、そこはジョゼットのMC1-L1とは通路を隔ててほぼ向かい合う部屋だった。広さは同じ。対角線をものの数歩で歩ききれるスペースでしかない。そのとき早苗は跳ね上げ式のシングルベッドを降ろし、淡いピンクの紙の下着の上下の姿。夕食を終えて、いつもより早く部屋に戻った。
  弱いノック。
 「お入りなさい」
  L字のドアノブが音もなく傾いて、内開きのドアがそっと押し開けられ、シルバーメタリックのスペーススーツを着たターニャが入ってくる。白人の白い頬が火照って桜色。ブロンドのショートヘヤーもまだ少し濡れていた。シャワーをすませてきたようだ。

  下着姿でベッドに座る早苗。日本人の黒髪は切ったばかりで肩ほどまでのショートボブ。ストレートに梳き流し、いかにも女医という知性的なイメージがある。
  入ってきたターニャは恥ずかしそうな面色で早苗の前へと歩み寄り、立ったまま早苗を見つめた。
 「椅子を使って」
 「はいルナ様」
  早苗はちょっと苦笑する。クリニックにやってきたときターニャはすでにルナと呼んだ。月の女神ルナ。私はそんな女じゃありませんと、そのときも早苗は苦笑した。
  パイプ椅子を引いて、両腿をきっちり合わせて座るターニャ。椅子よりベッドが少し低く、同じように座っているのにターニャの目が少し高い。ターニャは長身で伸びやかな肢体をしていた。
  早苗は微笑んで見つめながら言った。
 「考えたのよずいぶん、あなたのことを。私への気持ちをもう一度聞かせてちょうだい。思うことを正直に」
 「はいルナ様」
 「ルナ様ね・・ふふふ、しょうがない子だわ」

  一途な視線が可愛いと早苗は感じた。ブルーの瞳が透けるようで美しい。
 「地球いるとき私はバイセクシャルでした。ビアンというほどでもない。ですけど月へ送られてルナ様をはじめて見たとき、この方だと心に決めて、以来ずっとお慕いしておりました」
 「五万人いて男は四万五千。優秀な人ばかり。それでも私なの?」
 「はいルナ様。毎夜毎夜、お姿を思い浮かべ、苦しくなってオナニーしてしまいます。私は女性に対してマゾ。それもどうしようもない想い。一歩出たら死。いつ死ぬか知れないと思うだけで、怖くて寂しくて。それはきっと皆が同じ。でしたら私はルナ様のおそばにいたいかなって」

  早苗は黙って聞いてうなずきもせず、ただちょっと、ふぅぅと息を細く吐く。
 「怖いのよターニャ。エスカレートしていくことが。男性に対してはほのかなMの心が動くけど、私は逆で女の子にはSっぽくなるところがある。ビアンの経験はないけれど、突き進んで来られると跳ね返せる自信がないの。地球でならともかくもここは違うわ。あなたの言う通り死とは隣り合わせ。何かにしがみついていないと怖くてならない。あなたの気持ちはわかるわよ、私だって女だもん。考えたわ、ターニャとのスタンスを。ダメよそんなことって思う反面、可愛いあなたを泣かせてみたいとも思う。私は私自身がわからない。怖いけどでも進んでみよう。あなたのためなんかじゃなく私のために」
 「はいルナ様、奴隷として心よりお仕えいたします」
 「ターニャを想って心ラプチャーか」
 「はい?」
 「心が張り裂けそうって意味よ、いいわ、脱いで私を気持ちよくして。シャワーしてないからアナルまで綺麗にね」
 「はい!」
  ちょうどそのとき月が揺れた。月震なのだが、突き上げる感じが少し違った。

 「アナルまでよ。シャワーしてないから丁寧に」
 「はいボス」
  板床にじかに仰向けに寝かせた牝豚の顔に留美はロングスカートをひろげてまたがった。パンティは最初から穿いていなかった。夕食を終えた早めの時刻、牝豚がつながれる部屋で、考えてみればはじめての二人きり。
  亮を殺した女。それよりもあのデトレフの兄を殺した女。二人きりになると加虐の心がざわめき立った。
  寝かせた牝豚の顔の上に逆さにまたがり、革の厚い房鞭を握っている。留美の下で牝豚はデルタに毛のない腿を割って脚をM字に立てている。
  パサと性器に鞭をかぶせてやると牝豚の裸身がぴくりと動き、奉仕する舌の動きが速くなる。懸命に尽くして少しでも打撃をやさしくされたい。きっとそうだと留美は思い、牝豚の気持ちもわかると考えた。
  括約筋をゆるめきり、むしろイキんでアナルを突出させておき、牝豚に舐めさせる。ゾクゾクとした性の痺れが骨盤の奥底に虫が這うような感覚をもたらした。

  パサ、パサ・・バシーッ!

 「おおぅ! いいです感じますぅーっ」
  したたかに性器を打たれ、牝豚は一瞬腿を内股ぎみにしたのだったが、すぐにまた、さらに腿をひろげきり、恥骨を上げて性器を突き出す。
  いい奴隷になってくれた。それは肌身に目立った傷がなくなったことでもうかがえる。皆の責めが愛撫の責めへと変化している。しかしやはり二人きりになると留美の心は怒りに支配されてしまうのだった。
 「あらそう感じるの? じゃあもっと欲しいわね」
  バシーッ!
 「きゃぅ! あぁぁ感じますボス、ありがとうございます」
  哀しい。何もかもが哀しい。
  牝豚の奉仕は少しずつ確実に留美の敵意を削いでいく。
 「ンぅ、はぁぁ感じるよ白豚、もっとよく舐めて」
 「はい、んぐぐ、むぐぐ」
  尖らせた舌先は弛めたアナルの内壁までにも入ってきて、甘い刺激を留美にもたらす。フルスイングの房鞭を浅く入れると、そこには剥き出しのクリトリス。
  バシーッ!
 「はぅ! あっ! あぁぁーっ!」
  恥骨を上げて腰を回すように暴れる白い下肢。毛のないデルタは見る間に真っ赤になってきて、黒い房鞭の革にヌラ濡れがからみついて光を放つ。牝豚は鞭でイケるようになっている。

 「もういい、四つん這いです」
  またいだ顔を離れた留美。ロングスカートを脱ぎ去って、上も脱いでピンクのブラだけ。鞭を乗馬鞭に持ち替えて、白い尻を上げて脚を開き腰を反らす牝豚の性器を覗き込む。ステンレスの首輪が冷たく光り、フックにつながれる太いチェーンがジャラジャラ音を響かせる。
 「肉ビラとクリトリス、覚悟なさい。尻を上げて」
 「はいボス」
  強打を恐れるのか白豚の白い尻肉がブルブル震え、それでも限界まで腰を反らせて性器を晒す。
 「いやらしい豚だわよ、ヌラヌラしてる。許せない」
  ピシーッ!
 「きゃぅーっ! あっあっ! ぎゃぅぅーっ!」
  クリトリス直撃。たまらず白豚は床に崩れ、股間を押さえてイモ虫のようにのたうった。
 「痛ければ舐めな。股ぐらに顔を突っ込んで」
 「はいボス」
  仁王立ちの留美の黒い陰毛の奥底へ、ボスの尻を抱いてすがりながら懸命に舌をのばす白豚。泣いてしまって涙が流れるその顔を留美は見下ろし、毛のないスキンヘッドに手をやって、もっと奥よと押しつけてやる。
 「ぅふ、あぁ濡れるわ、感じるわよ白豚、もっと舐めて」
 「はいボス」
  泣き声で応じる白豚。

 「いいわ、次は奴隷のポーズ。乳首打ちです」
 「はい、あぁぁボス、どうかお情けを」
  膝で立って脚を開き両手はスキンヘッドの後ろ。豊かな乳房の前でヒュンヒュン横に振られる鞭先が、乳房の先でツンと尖る二つの急所を捉えていく。
  ピシピシピシピシ!
  谷越えの打撃に両方の乳首をはたかれて、白豚はくぐもった悲鳴を上げて、それでも乳房を突き出し乳首を捧げる。
  泣きじゃくる白豚。見る間に乳首が腫れていき、声も断末魔の悲鳴のように獣の声へと変わっていった。
  ピシピシピシピシ!
  もうイヤもうイヤと言うように白豚はかぶりを振って涙を飛ばし、留美の腰にすがりつき、おんおん泣き声を上げながら女王の股間の奥へと舌をのばして舐め回す。
 「舐めさせてもらえて嬉しいだろ? おまえは人豚さ、それしか幸せがないんだもんね?」
 「はい嬉しいですボス、あぁぁ女王様、嬉しいです。痛みも生かされているからこそ。毎日犯されて幸せです」
  留美は何とも表現しがたい暗澹たる気分だったが、白豚の頭をちょっと抱いてやり、スキンヘッドにキスをして、驚くような面色で見上げた豚に言ってやる。
 「ミーアに私が言ったと言えばいい。眉だけは許してあげる」

  言い残して留美が出て、ほどなくしてミーアが覗く。飼育を任されたミーアにとって牝豚は可愛い。餌を与えて毎日散歩に連れ出して、町の者たちの目もずいぶんやさしくなってきた。
 「ボスが言ってたわよ、いい顔してるって。可愛がってもらったんだもね」
 「はいミーアさん、おでこにキスしていただけて」
 「うんうん、心は通じる、身に染みてわかったわね?」
  牝豚は泣き腫らした目で微笑んだ。

 「心は通じる。嬉しいのよクリフ、感じるわとっても」
 「はい女王様」
  そのときくしくも、フロアに寝かせた全裸のクリフの顔に逆さにまたがり、ジョゼットはわなわな震える性感に鳥肌を騒がせて酔っていた。そしてそのまま体を倒し、ビクンビクン頭を揺らす奴隷の怒張に口づけし、舌なめずりを一度して亀頭を舐めて、それから熱いクリフをほおばった。オナニー禁止を言い渡されて溜まりに溜まったものが暴発する。
  ジョゼットは口で受け取り、性臭を味わって、体をひねって向き直ると奴隷の口へと授けてやる。嚥下するクリフ。
 「もっとハードなほうが嬉しいんでしょうけど、可愛いのよクリフが。ベルトがお尻に爆ぜるとキュンとしちゃう。可哀想だし可愛いし」

  一度の射精で萎えるほど蓄積は少なくなかった。尻の後ろへ手をやって、それでも漲る力を感じると、ジョゼットは自ら手を添え、狙いを定め、濡れそぼる膣口へとあてがって、そっと腰を沈めていった。ぬむぬむと入り込む。
  よほど嬉しかったのだろう、クリフは涙ぐんで女王の中の熱を感じ、そっと抱かれて甘い声を漏らしていた。
  そんなとき、突き上げる感じがいつもとは違う月震が固いフロアに伝わった。
 「揺れたね」
 「そうですね、かなり強い。隕石の落下でしょう」
  かなり大きな隕石だとジョゼットは思ったが、いまはそれより体内で静かに動く男の熱感に喘いでしまう。

  地下空間に警報が響いたのはそんなとき。ジョゼットの甘く溶けた眸が輪郭を持って厳しくなった。枕元に置かれたインターフォンから声がした。
 「ジョゼットさん、いますぐムーンアイへ」
  相手は軍の若者らしい。クリフと肉体をつなげたままジョゼットは送話ボタンに手をやった。
 「何かの異変? いまの月震も?」
 「わかりかねます。ただ月面から何かが飛び立った」
 「えっ!」
 「そうとしか言えないんです。衝撃があって、その直後、レーダーが飛び去る飛行体を捉えたんです。おそらくは月の裏側から」

 「何だと月の裏? 確かなのか!」
 「間違いありません、いますぐムーンアイへ。飛翔体は・・あぁそんな!」
 「うん? おいどうした?」
 「消えました! 一瞬にしてレーダーから消えたんです!」
  月面に一隻しかない飛び立てる船、軍船は、デトレフを乗せて飛び立ったまま戻ってはいなかった。その間ムーンアイのあるモジュールが軍の居場所。電子施設が集中していて動きがあれば察知できる。
  ジョゼットへの通報とほぼ同じタイミングで海老沢の部屋にもコールが飛び込む。さらにまた女医のルームナンバーにも。そのとき海老沢は単身自室にこもっていて寝ようとしたところ。
  海老沢はベッドを幾度も拳で叩いた。この同じ月面にエイリアンはいた。人類の進出を知って息を潜めていたはずだ。
  そして月を見捨てて去って行った。もっと早く出会えていれば。海老沢は渾身の力でベッドを叩き、吼えるような声を上げた。
 「助けてくれ、頼むーっ!」
  これで終わったと海老沢は肩を落とした。

  ムーンカフェ。とっくにクローズしたカフェのカウンターに、海老沢、ジョゼット、そして早苗が居並んだ。静かな空気が沈滞している。明かりはカウンターを照らすライトだけ。
 「見捨てられたと思ったね」
  海老沢の声に力はなく、ジョゼットがそっと男の背中に手をやった。
 「彼らはずっと地球を見守り、人類の愚行を見ていたはずだ。救うべき生命種なのか。もしも彼らが知恵を授けたものであれば人類など失敗作」
 「そうかも知れない、見放したんだわ」
  早苗が言って、かすかなため息をついていた。
 「一瞬にしてレーダー波さえも振り切る宇宙船を持つ文明。我々とすればまさに神そのもの。光速を超えて飛ぶ船など人類には夢のまた夢。タイムリミットは確実に迫っている」

  いまごろデトレフはどうしているか。三人はそれを考えずにはおれなかった。  国連が押収した破滅的な量の核兵器は廃棄しない。そのためにデトレフは旅立った。しかしそれは最後の手段。宇宙の中で生存を許される生命種でありたい。けれどそれが水泡に帰したとき、人類の未来に幕を引く。
  天文学者のジョゼットは緻密な軌道を計算した。超大型廃棄船は太陽風を受けて飛ぶソーラーセイルを備えている。核兵器は宇宙ステーションに集められ、起爆装置を取り去って宇宙へ捨てられるはずだった。
  コントロールシステムの故障に見せかけ、海老沢がつくったプログラムに則って、核兵器は月をめがけて戻って来る。ソーラーセイルが壊れれば動力を失って太陽の引力に逆らえない。したがってその帰路は比較的容易なものとなるはずだ。そしてデトレフはその起爆装置を持って帰って来る。
  けれど問題はその先だった。人類を生かすのか、自滅の道を選ぶのか。
  いずれにしても終焉まで七十年。滅ぼすなら自滅の選択。ムーンシップで旅立つ前に決着をつけておきたい。

 「寝ようか」
  海老沢がつぶやいて三人揃って椅子を離れた。