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まばゆい月(十九話)


  デトレフに会えたというふわふわとした夢のような感覚が留美の中に残っていた。ルッツの兄。それよりずっと、月面にいるはずの彼が突然現れたことに不思議な感動さえも覚えてしまう。無線機を通して話す。相手が月にいると思うだけで導いてくれる神にも似た存在に思えてくる。実際に会えたデトレフは紳士であり、物腰が穏やかで、しかし恐ろしいほどの気迫に満ちた男だった。HIGHLYイコールひ弱という図式が成り立たない。そうしたギャップのどれもが女心を揺さぶるのだ。
  気もそぞろ。夕食を終えるときミーアは牝豚の餌を手にして立った。牝豚の餌は相変わらず残飯だったが、ミーアはそれらをうまく盛り付け、人の食事らしく仕立て直して運んでやる。そんな餌を見て意識が現実へと引き戻された留美。
  そのとき留美はともに立ち、牝豚の部屋を覗いてみようと考えた。留美は滅多に覗かない。どうしても情が生まれて甘くなる。野蛮な山賊のボスでいなければならないという思いが哀れな牝豚から遠ざける。
  ミーアがドアを開けると、ドアとはつまり監獄の扉。そのドアが開くことで苦痛と恥辱と幸せがやってくる。牝豚にとって生きるすべてがドア越しにやってくる。そんなものだったに違いない。

  壁を左右に分かつ柱に打ち込まれた鉄のフックにチェーンがかけられ、ボルト固定のステンレスの首輪につながれて、けれどもチェーンには長さがあってそれなりに動くこともできたし、ベッドに横たわることもできる。ミーアが先に入ったとき牝豚はベッドの傍らに脚を投げ出して座っていた。季節が熱を持ち込んで薄いロングTシャツのような服を着せてある。寒くはなかった。
  ミーアの顔を見た牝豚は一瞬ほっとしたような面色をしたのだったが、続いて留美が入り込むと正座に座り直して額を擦るほど平伏した。ボスは恐怖。一言で命を奪える女。牝豚にはそれしか思い浮かばない。留美はミーアから餌を載せたトレイを受け取ると、白いスキンヘッドを床に擦る奴隷の前に置いてやる。

 「いいわよ、お食べ」
 「はいボス、感謝いたします」
  それでも顔を上げようとはしない。
 「もういいから顔を見せてごらん」
 「はいボス」
  静かに顔が上がり、そのときロングTシャツのルーズな胸元から豊かな白い乳房の谷がくっきり覗いた。半袖のミニワンピースのような服から出るところに目立った傷はなくなった。牝豚らしい臭気もない。ミーアが面倒をみるようになり清潔に保たれているようだ。
  ブルーの瞳の奥底にかすかな怯えは残っていたが、見違えるように生気に満ちた眼差しを向けてくる。いい顔になったと留美は思う。

 「そろそろもう四か月。終身刑のおまえにすればはじまったばかりですけどね。牢獄より辛い奴隷の日々がまだまだ続く」
  留美は見据える。奴隷はまっすぐ見上げて「はい」とうなずく。
  留美は手をのばしてスキンヘッドを撫でてやり、頬をちょっと叩く素振り。
  そのとき牝豚はかすかに微笑み、それが囚人の哀れを物語るようでもあって、そしてまたそのときそばに立って見守るミーアの目が細くなって微笑んでいる。 マゾヒズムという境地はミーアにはよくわかり、ミーアに言わせるとこうした扱いは至上の喜びなのだと言う。留美はそうならいいがと願うだけ。
 「脱いで体を見せなさい」
 「はいボス」
  と、そのとき横からミーアが言った。
 「隠さず何もかもよ。体を見ていただけるなんて嬉しいよね」
 「はいミーアさん」
  牝豚が静かに笑った。ミーアさんと呼ぶ。様づけまで厳しくしていないことを物語る言いようだった。
  留美はそんな牝豚の笑顔とミーアの微笑みを交互に見て、わずかな混乱を覚えていた。君臨と服従、双方の幸せができあがっていると感じたからだ。

  前ボタンを上から外し、すとんと落とすと熟した全裸。鞭傷がいくつも残っていたがどれもが古いものばかり。あの頃の怠惰な暮らしで弛んでいたプロポーションも引き締まって本来のラインを描いている。そのことでもまた皆の扱いがうかがえる。
  ミーアが言った。
 「鞭打ちもやさしくなりました。毎日泣いて毎日イカされて、疲れ切って眠るんです。幸せよね?」
 「ふふふ、はいミーアさん」
  笑った。四十歳の牝豚。二十二歳のミーアと二十七歳になったばかりの留美。不思議な隔たりだと思わずにはいられない。
  留美は言った。
 「着ていいわよ、食べなさい」
 「はいボス、心していただきます、ありがとうございます」
  そのときミーアがふいに言った。
 「この子を見ていて思うんです。マダムのことは忘れようって」
  留美は思う。牝豚の存在がミーアの苦悩を消し去ったと。
  留美は言った。
 「すっかりペットね、可愛くてならないんでしょ? 食べさせたら散歩させてやりなさい。向こうの家へ連れていってみんなに遊ばせてやればいい」
  これにはミーアも牝豚も眸を向けた。
 「いいんですか連れ出して?」
 「いい子にしてるようだから。街中では服を着せて、ただしチェーンは外さない。犬だって散歩させないと可哀想なんだもん」
  留美はまた牝豚のスキンヘッドをちょっと撫で、背を向けて部屋を出た。

  そのときバートは町外れの家にいて男たち女たちとくつろいでいた。もう一軒の家のさらに横に真新しいもう一軒。宇宙人の化石が出たその上に建った家。今夜はそちらに集まっていたのである。
  チェーンのリードを手に四か月ぶりに牝豚を歩かせて、帰りはバートと二人になってルッツの店へと歩いて帰る。バートの丸太のような腕が腰にまわり、それだけでミーアは息が乱れていた。
 「決定的だな、これで町は安泰だぜ」
 「そうでしょうか?」
 「軍が来た。まったくタイミングの悪い連中だったがよ、正規軍が乗り込んで蹴散らした。そんなことがひろまってみろ、ここを襲おうなどとは思うまい」
  とは言え今夜も道筋に人の気配はなかった。暗くなると家にこもる。しかしそれも時間の問題で変わってくるとバートは思い、またその反面、胸くそ悪い。軍に守られる筋合いなどないのだから。
 「まあルッツの兄貴だ、それもいいってことにしておこう。ところでミーア」
  名を呼ばれて見つめられ、太い腕がからまって動けない感じがする。
  ミーアはドキドキしてしまい、すでに潤みはじめた女の深部に戸惑った。キスの距離では聞いた記憶のない野太い声でバートが言った。
 「おまえはマゾだな?」
 「はいバート様」
 「ゆえに牝豚をうまく躾けた。俺たちだけではうまくいかない。よくやったぜ」
 「そうですか? よくやった?」
  バートは応えず、ただガツンとミーアを横抱きにして、捕獲した女のようにともに歩む。目眩がしそう。はじめて出会う男の体。それも相手はこの町きっての化け物バート。

 「振り切れたかい、マダムとやらは?」
 「はい、やっと。振り切れたというのか、私の一ページとして胸の奥にしまっておこうと思います」
 「うむ、そうか」
  いつの間にかルッツの店先。表はシャッター。裏から入ったミーアは背を押されてバートの部屋へと連れ込まれる。ドンと閉ざされたドア。
 「ンぐ・・」
  恐怖と期待の交錯する思いにミーアは生唾を飲んでいた。
 「あの、あたし」
 「何だ?」
 「やさしくされると怖いんです」
 「ふんっ、知ったことか。俺はやさしい男だよ」
  ちゃかして言いながらベッドに座るバート。髭面の顎を手で支えるようにして上目に見据える野獣の眼差し。ミーアは部屋の真ん中で突っ立ったまま震えていた。
 「脱げ」
 「ぁ、ンふ・・」
  ミーアは膝を震えを止められない。
 「脱げと言ってる」
  静かな声だったがマゾヒズムを刺激するには充分すぎた。

  ミーアは背が高く細身で乳房も薄い。震える手でジーンズを脱ぎTシャツを脱ぎ、黒い肢体をかろうじてつつむピンクのブラとパンティを脱ぎ去った。黒い鹿を思わせる美しいプロポーション。
 「ここへ来て奴隷のポーズ」
 「はいバート様、はぁぁはぁぁ、んっ、ンぐ・・」
  震える喘ぎ。バートの目の前で、膝で立って膝を開き、両手を頭の後ろに組んで胸を張る。細切れとなる浅く速い呼吸に小鼻がひくひく動き、野獣の眼光を見つめたまま眸がそらせない。乳首がすぼまり勃って全身に鳥肌。
  バートの黒く大きな手が、頬を撫で、首筋へ降りて、胸の中央にそっと這い、乳房を撫でられ、太い指先で尖り勃つ乳首をはじかれて、手はさらに撫で下がり、陰毛のない黒いデルタを撫で回されて、指はついに奥底へと沈んでいく。
 「はぅ、うっうっ」
 「もう濡れてやがる、ふっふっふ」
 「はいバート様、感じます、とても。あぁぁ怖いんです」
  太い指が上向きに曲げられて無造作に突き刺さる。
 「むフぅ! あン! くぅぅ!」
 「いいか?」
 「はいバート様、ああ感じるぅ、いいです感じますバート様」
  屹立する黒い指は静止、ミーアが勝手に腰を振り立て擦りつけて、腰を沈めて奥へと導く。

  恐怖に竦む眸の色でバートの笑う眸を見つめ、ミーアは腰をクイクイ入れて快楽を求めていた。しかし指は抜き去られ、ベッドを立った巨木のような男を見上げた次の瞬間、切り株でも抜くような怪力で体が浮いて立たされて、衝突そのままの激しさで胸板に抱かれて唇を奪われる。
  ミーアはすがった。とても勝てない野獣の心にミーアはすがった。
  ひょいと持ち上げられて大きなベッドに投げ捨てられて、焦らすように脱いでいく男の姿を見上げている。大きなブリーフから鋼と化した黒いペニスがはじかれて勃ち上がる。
  怖い。とても正視できなくて向こう向きに横寝になると、恐ろしい力で肩をつかまれ、寝返りを強制されて、その刹那、匂い立つような野獣の男臭さが覆い被さってミーアを襲う。
  途切れ途切れの悲鳴は結果として喘ぎ声。舌を入れられる深いキスと、太い指の股間への陵辱が同時に襲い、ミーアの黒い肢体がのけぞった。
  二十二にもなって、いまさらながらのバージン。
  野獣の血流を集中させた肉の切っ先が膣口を捉え、そのときミーアはカッと眸を見開いて声にならない悲鳴を上げ、野獣の肩越しで目眩のように揺らぐ虚空を見ていた。

 「ああっ、きゃぁぁーっ!」

  愛液をあふれさせてまくれあがるラビアが膣の中へと押し込められる感覚。膣壁が怪力でひろげられ、ずぶずぶめり込む灼熱のバート。愛撫で開いた膣は空気を留め、ピストンヘッドの加圧が進むと子宮ごと内臓までが体の奥へと押しやられ、限界を超えたとき空気は出口を求めて逆流し、ブシュっと音を立てて膣液を噴射する。
  内臓ごと壊れそう。抜かれていくと、今度は逆に子宮ごと吸い出されてしまいそうな負圧がかかり、ミーアはかぶりを振り乱して涙をはじき飛ばして悲鳴を上げた。これが男。よりによって化け物バート。
  細く華奢なミーアの女体が化け物バートの巨体をジャッキアップするように反り返り、けれどそれは頭と足先をベッドに沈めるだけの虚しい反抗。
 「うあぁ、ああぁ死ぬぅ! ご主人様、ダメダメ、もう死ぬぅーっ!」
  錯乱する。眼球があらぬ方を向いてしまって焦点を結ばない。口が閉じない。パクパクさせて息を吸うが、吐けなくなってもがくもがく。
 「あぅわ、わむっ、はぅわっくっくっ!」
 「ふふふ、何を言ってやがる、可愛いヤツだぜ」
  眸は見開いているつもり。なのに景色が暗くなって消えていく。反り返った黒い女体が静かに崩れて力のすべてが消え失せた。

  ドウンドウン。 え? 何よこの音? 心音なの?
  気づいたときにはバートの恐ろしい胸板にセミが大木にとまるように抱かれていたミーア。生涯消えないはじめてのオトコの刻印。ミーアは眸を開け、こいつは誰? 正気に戻った意識の中で、私は誰に抱かれたのと懸命に考えていた。 どれほどの時間が過ぎたのか、バートは眠って動かない。滝となって子宮口にぶちまけられた精液の衝撃だけは覚えていた。
  体をからめとる太い腕。重い。かろうじて動かせる手をやって、眠って萎えたペニスをそっと手にくるむ。
 「大きいわ、すごい」

 「大きいのね、すごいすごい。おまえはすぐ大きくしちゃう」
  ジョゼットは、可愛いペットに成り下がったクリフを立たせ、後ろから抱いてやって手をまわし、男の小さな乳首をいじりながら脇越しに顔を覗かせて、ビクンビクン頭を振って律動する白いペニスを見つめていた。ペットは全裸、女王もまたフルヌード。
  オナニー禁止を言い渡されて溜まるものが一途に女王を想わせる。それが喜びであることは想像できたし、それはきっと会えない彼を心待ちにする女心にも似たものだろうと思うのだったが、それにしても、こうして焦らされるだけでとろとろと白い樹液を漏らしてしまう情けないクリフが可愛く思えてならなかった。
  両方の乳首に爪を立ててひねりつぶしてやったとき。
 「むぐぐ、うぎぎ」
 「ほら痛い、可哀想ねぇ、ほら痛い」
  クリフは暴発させてしまい、白い粘液の塊を二メートルほども飛ばしてしまう。

 「とまあ、そんな感じよ。どうしても女王にならなきゃダメみたい」
 「可愛いよね」
 「可愛い。たまらないわ。私のどこにSな私がいたのかしらって思っちゃう」
  ムーンカフェの閉店時刻。有料ではないから店ではない。クローズタイム。
  ジョゼットと早苗がカウンターに並んで座って話し込んでいたのだった。
  早苗が言った。
 「私のところにも報告に来るのよ」
 「それは、そうしなさいって命じてあるもん」
 「らしいね、それも聞いた。クリフったら嬉しそうに話すんだもん。もやもやしたものがなくなった。女王様といられるとき、このお方のためなら死ねるって思うんだって」
 「女冥利ね」
 「そう思う。あの子は優秀な技師よ。海老沢さんが太鼓判を捺すぐらいなんだもん。なのにマゾ。人っておかしなものだと思うわよ」
 「心理学とか勉強した?」
 「それはね医師ですから少しはしたわよ。性的倒錯。だけど倒錯なんて屁理屈に過ぎないわ。そこしか解放できる場がない。サディズムは愛情。マゾヒズムもまた愛情。ひん曲がっているけれど。ふふふ」
 「そうなのよ、曲がってるとは思うんだけど、あの子を見てると虐めてやりたくなってくる。焦らして焦らして舐めさせてやると泣いちゃうし。アナルまで舐めるんだから・・あはは」
 「すごい話ね、何てことを話してるのかしら。クリフのことがあってから女の子たちもカウンセリングに来るようになったんだ。レズかマゾがほとんどだけど、そんな中に私を見ている子がいてね」

  ジョゼットは眉を上げて微笑みながら早苗の横顔を見つめていた。やや眸を伏せて笑う早苗の中に、どうしようもない牝の性を見た気分。
  ジョゼットは言った。
 「ビアン?」
 「それとマゾの両方で。ジョゼットにクリフをあてがっておきながら私は逃げるのって思っちゃうんだ。相手は二十五歳よ」
 「若い」
 「うん若い。綺麗な子で体も素敵よ、ボンキュッボン。透き通るような心を持ってる女の子」
 「行くしかないでしょ?」
 「行くしかない。苦しいんです助けてって言われてる」
  ジョゼットはとっさにクリフを思い、とっさにデトレフの強さを考えた。デトレフのいない月面は寂しい。ジョゼットは夢見るように小声で言った。
 「便器にもする」
 「クリフ?」
 「そうそう。ときどきですけどね」
 「ま、月ではそれも同じこと。尿は処理されて飲料水になってるし、無菌ですから問題ない」
 「医者よね、そのへん。言うことが科学的だわ。最初にあの子が言い出したとき、まさかと思ったのよ。そんなひどいことはできないって思ったし、恥ずかしくて私の方が火を噴きそう」
 「でもしてやった?」
 「してやった。なんだか私が辱められているようで腹が立って、勢いで」
 「だけど感動したんでしょ? そこまで忠誠を誓ってくれるのかって?」
 「感動というのか、ただただ呆れて見てたけど、ますますたまらくなってきた。ご褒美に私が自ら体に迎えた。そしたらあの子、子供みたいに泣くんだもん」

 「ふんっ、ガキみたいに泣くんだね。ああ畜生っ、可愛いヤツだよ」
  町外れの家で責められて、男たちに寄ってたかって犯されて、新しくしかし浅い鞭痕に全身を真っ赤に染めて牝豚は泣きじゃくる。
  コネッサは、牝豚の両方の乳首を手荒くひねり上げておきながら、泣き顔を微笑んで見つめていた。
 「とっくに許してるんだよ! でもね、許せないんだよ、どうしても! わかるかこの気持ち! ええいクソっ、可愛いヤツめ」
  皆それぞれにうなずいている。もういい。古い心を抜き取って新しい心と入れ替えた。そんなことはわかりきってる。HIGHLYどもに命じられ、それがいつか君臨する錯覚となって暴挙が過ぎた。そんなことはわかっていた。
  コネッサは、泣きじゃくった白い同性の全裸の両肩に手を置いた。
 「答えろ。いっそ殺してやろうか?」
  牝豚はイヤイヤと首を振る。
 「うん、わかった、じゃあ生きよう」
  そしてコネッサは、眉さえない不気味な白豚を抱いてやる。
 「よく耐えたね、よく耐えて生きてきたさ」
 「はい、心からごめんなさい、ごめんなさい」
  消えそうな白豚の声。そのときその場にいた女たちは皆がちょっと視線をそらして涙をこらえた。もしもこの場に亮がいたら。亮なら許すと皆は思う。

  その同じ夜のこと。町外れに古くからある家。新しい家とは別棟とされていて、今夜は皆が新しい家に集まっている。
  そんな静かな家の一室にマルグリットとパナラットが一夜を明かす。ここはパナラットに与えられた部屋だったが、ほぼ毎夜マルグリットがともにいる。ここに連れて来られた当初はパナラットも共有される女だったのだが、マルグリットとのいい関係ができていくと男たちは遠慮した。マルグリットは美しい。男たちは一目置いて思うがままにさせている。
  パナラットは二十七歳。大柄ではなかったものの女らしい体をしていて、性格がやさしい。マルグリットもやさしい女。二人はなぜか溶け合って、そのせいでマルグリットもまた男からは距離を置く。
  ビアンとしてならネコ同士。むしろパナラットが快活だった。透けるように白いマルグリットを寝かせておいてパナラットが逆さにまたがり、よく濡れる性の花を見せつけながら乳白の股間に顔をうずめる。
  マルグリットは快楽の苦悶をごまかすようにパナラットの両腿にすがりつき、漏れだす甘い声をパナラットの膣口に埋め込むように性器を求めた。
 「うぅン、お姉様ぁ、震えちゃう」
 「私もよパナラット、あなたが大好き」
 「私も好き、あぁぁ舐めてもっと」

  マルグリットの脳裏に、あの化石の姿が浮き立っていた。同じことを人類はしようとしている。宇宙への旅。凍結精子による強制受胎という非道。そうしてまで生きようと願う生命体の本能。命は一度きり。ましてLOWER社会で生きなければならくなって、マルグリットは野生に生きようと決めていた。人がその時代の都合で生み出したモラルなどはどうでもいい。ミーアはマゾ、牝豚も性の錯乱に生きている。もしもあのとき人買いから売られていればどうなっていただろう。そう思うとこの世界は夢そのもの。
  あの化石。どうやって宇宙を超えてやってきたのか。宇宙船の中で生殖を重ね、新しい惑星を探していたとしたら? 地球へ降り立ち、役目を終えて死んでいったエイリアン。あれは女なのか、男だったのか、せつないまでに生きた命の証を見せられて、性の奥行きを思ったときに、私は淫婦、誇らしい生き方だと思えるのだった。

  パナラットの女体がしなり崩れて果てていく。うっすら眸を開け、同性のアクメに微笑んでマルグリットもまた果てていく。この瞬間が女の幸せ。あさましく濡れて膣穴までもぱっくり開くパナラットの性器を見つめ、私もそうだと素直に思える。
  クリトリスにそっと口づけ。ぴくり震えるパナラット。気怠そうに身をずらして乳房に甘えてくる可愛い子。パナラットはピークを過ぎて硬化のゆるんだマルグリットの乳首に吸いついて、ちょっと眸を上げ鼻筋にシワを寄せてくすっと笑う。
 「おかしくなっちゃいます私。セックスセックスなんだもん」
 「ほんとね、おかしくなっちゃう。向こうにいた私はもういない。化石の人と同じなのよ。ここは新しい世界だわ。生まれ育った地球じゃない」
 「そう思います。求められれば花は濡れる、それが女」

  もしも彼が求めてくれれば私は狂える。誇らしく胸を張って、ひぃひぃ喘いで果てていけると留美は思う。
  今夜はめずらしく独りのベッド。デトレフの姿が消えてくれず、留美は眠れず悶々としていた。
  ダメだわ眠れない。
  起き抜けた留美は窓際に立ってみる。
  半月よりも少しふくらむ月が浮く。あそこに行ったきり彼はもう戻らないと、なぜかしら考えてしまう自分がいることを否定できない。
  そのとき月の中で亮が笑った気がした留美。人格を否定されたレイプだったが彼がいてくれて幸せだった。熱い体の記憶があって、留美はネグリジェの上からブラをつけない乳房をそっと手につつみ、亮が笑ったまばゆい月を見上げていた。