人間らしさ(十五話)
シャワーを浴びて服を着替える。それだけのことに時間をついやし、ジョアンが戻ったのは小一時間後だった。中途半端に長くバサバサだった黒髪がショートボブに整えられて、化粧まではともかくも見違える娘になっている。そのとき店にいたのはマルグリット、バート、そして留美の三人だった。
ジョアンは気恥ずかしいのかマットに背を押されてはにかみながら現れた。真新しいブルージーンズに子犬がプリントされた厚手のトレーナーがよく似合う。
際立って美しいマルグリットが大袈裟に眉を上げて言った。
「あら可愛い、髪までちゃんとしてもらって」
ジョアンは明るく笑った。あのときのアニタのように、ようやく見つけた安住の地で心がほどけていたようだ。
「コネッサさんが切ってくれました」
バートはチラと新入りへ眸をやると、ちょっと笑って留美を見た。
「そういう女だよコネッサは。ルックスはともかくだが、やさしいさ」
その小声に留美はうなずく。しかしバートが。
「だがなボス、それだけじゃいけねえぜ。その昔の世の中ならよかったものも、いまでは違う。我らは山賊よ。町に暮らすもいいが調子が狂っちまう」
そう言うバートの気持ちもよくわかる。適度の野生がないと人は心が弱くなる。
留美は言う。
「洞穴の暮らしもいいと思うよ、山賊らしくて。その昔、日本には武田信玄という武将がいた」
「ほう、武将?」
「知将として知られ、赤備えと恐れられた戦国時代最強の軍を率いていた」
そういう話は皆にとって新鮮だった。LOWER社会では民族が入り乱れ、生きていくのに必死で懐古している余裕はない。
留美は言った。
「配下の武将どもを集めて言ったそうよ。わしが他国を侵略するは、わしのためであってそなたらのためではない。しかしわしが潤えば、すなわちそれはそなたらが潤うことでもあるだろうと」
バートはうなずく。
「うむ、なるほどね。俺たちは俺たちのために襲うが、結果として皆のためになっているというわけかい」
留美は言った。
「まさにそうだと思うのよ。亮もきっとそうしてやってきた。町に暮らすからといって牙を抜かれるわけじゃない」
キラキラした眸でキラキラとした眸のジョアンに微笑み、留美は亮への回想を振り切るように意識を現実へと引き戻す。
「おいでジョアン、紹介するわ、化け物バート」
「おいおい、化け物だけ余計だぜ」
日本女性の留美と並んで座るバートは大きい。腿など女のウエストほどもあり、冬だというのにワークシャツから袖を毟り取ったようなものを来て、大胸筋が固く張って隆起している。ジョアンはおそるおそるバートに近づき、そうするとバートは座っているのに背丈がほとんど違わない。
ジョアンはちょっと膝を折って頭を下げた。
「ジョアンです、十九歳、ボスに拾っていただきました」
「おぅ、よろしくな。ここでは女はみんなのものよ、そのつもりでいるんだな。聞いたように我らは山賊」
ジョアンは笑う。童顔で目の丸い少女。東洋系の娘は子供に見える。
「おめえ、どうしてここに? 何があった?」
「はい、ずっと西に小さな村がありまして盗賊に襲われました。そのとき母は私を逃がそうとして殺されて、私は隣の家にあったスクーターで逃げたんですがガソリンがつきてしまって。もう半年になりますけどね。それで彷徨っていたら治安維持部隊のヒューゴという人に保護されて」
「どうやって生きてきた?」
バートの強い視線。ジョアンは同性の留美にチラと眸をやり、そして言った。
「体を売ったり盗みをしたり、いろいろです」
「いろいろとは?」
「裕福な家で掃除とかして。でもそれだと結局情婦にされてしまうから」
バートはちょっと笑う。
「ここにいたってそうじゃねえか。男はどいつも獣だぜ。そんなところにどういうつもりで留まるのか」
しかしジョアンは言ってのけた。
「それは違います。ヒューゴさんにも聞きましたが、みなさんはお仲間だということで、あたしみたいな小娘がお仲間に入れていただくからには捧げる覚悟はできてます。あたしはボスを裏切れない」
これには背後に突っ立つマットとマルグリットが視線を合わせて目を丸くしていた。十九歳の娘の言葉ではなかったし、それだけ必死に生きてきた証のようなもの。そしてこのとき留美は、ガレージの人豚の世話をさせてみようと考えていた。凶賊に恨みのある娘。しかしそれは直接的なものではないだろう。
バートは、ジョアンの背後に突っ立つマットへ眸をやった。
「それで小僧が世話役かい? ふっふっふ、わかったぜジョアン、なかなか可愛い女じゃねえか。さて俺はもう一働き」
ルッツの店の裏の裏の草っ原を男たちは拓いている。
バートは立ち上がりざまに留美の肩に手をやって、まるで当然のように唇を重ねていく。
バートが去っていく後ろ姿を留美はちょっと睨みつけた。
「バートが実質のボスだよジョアン。私だってみんなの女のつもりだからね」
「はい! どうかよろしくお願いします」
と、そこへ、店に並べる男物の服を両手に抱えたキャリーと、雑貨物をボール箱ごと抱えたコネッサがやってくる。コネッサの姿を見るとジョアンは一際笑ってこくりと頭を下げるのだった。
留美が言う。
「コネッサは店長、キャリーとマルグリットでお店をみている」
ジョアンはまた東洋式に頭を下げたが、留美はちょっと考えて、ジョアン、それに若いマットをガレージへと連れ出した。
大陸仕様の大きなクルマが二台横に並ぶガレージには、正面のシャッターのほかに横にアルミのドアがついている。ドアを開けて踏み込むと、駐車スペースの奥側にあるH鋼の柱の下に太いチェーンをリード代わりに牝豚がつながれている。ボルト固定のステンレスの首輪。コンクリートのフロアに捨ててもいいような毛布が敷かれ、冬のいま厚手のロングワンピースを着せられて、さらに薄汚い毛布にくるまる。捕らえられてからの数日で牝豚の眸は死んだ。感情さえないどろんとした眸。疲れ切った体を投げ出していたのだが、ボスの気配に起き出して身を丸めて小さくなる。
ジョアンは残酷な景色を見せつけられて呆然としていた。ちょっと間違えば私だってこうされていたはずだ。性奴隷が売り買いされていることぐらいは知っている。
二人を引き連れて歩み寄った留美は、寒さと恐怖に震える牝豚を見下ろしてジョアンに告げた。
「タイパンと名乗った凶賊のボスだよ。この店にはルッツという人がいて、おまえのように転がり込んだアニタと言う黒人女性と仲良くしていた。タイパンに襲われてルッツはハチの巣、アニタはなぶり殺し。私たちのボスだった人もこいつらとの戦いで殺されたんだ」
マットが言った。
「ぶっ殺してやってもいいんだが、ボスが生かすと決めたんだ」
留美が言う。
「死ぬのは一瞬。それではとても許せない。生涯をかけた極刑なんだよ。牝豚人豚、こんな女に名などいらない。徹底した性奴隷。もがき苦しませてそれでも生かす」
「はい」と小声で応えたまま、ジョアンは、眉毛さえない、けれど美しい白人の女を見つめていた。
留美が言う。
「向こうから逃げ込む者が増えている。LOWER社会を野蛮なものにしておきたい。こいつはHIGHLY、じかに手を下して荒らし回ったというわけなんだ」
牝豚はどろんと濁る視線を下に向けたまま声もない。
「さてそこで。ジョアンとそれにマット」
「あ、へい?」
マットがとぼけた声で返事をする。
「二人に牝豚の世話を任せようと思うんだ」
ジョアンがとっさにマットを見つめた。
留美は言う。
「餌をやって、汚物の処理もあれば体を洗ってやったりもしなくちゃならない。病気にさせても面倒だからね。いいかいマット、ジョアンが飼育係だよ。マットはそれを手伝って」
「へい、それはいいすけど」
いきなり辛い役目ですぜ・・とでも言いたげな面色だった。
「ジョアン」
「はい、ボス?」
「あくまで厳格に、情けはいらない。ちょっとでも抗ったら拷問してやっていいからね。くどいようだけど言っておく。これは極刑だということよ」
それだけを言い残すと、留美はマットの尻をぽんと叩いてガレージを出ていった。
マットがちょっとジョアンの背を突っついた。ジョアンはこの役目の意味を察した。凶賊への恨みはあっても私なら直接的な被害者ではない。
ジョアンは、あまりにも残酷な姿をじっと見つめ、しばらく見据えながら考えて、そして牝豚の前にしゃがみ込む。
「ボスのお心がわかるかい? この中であたしだけがタイパンとは無関係。さらにあたしだって拾われた女でね、餓死してもおかしくない身の上だったんだ。あたしたちが最後の希望なんだよ、わかったね?」
しかし牝豚はうなずきもしなかった。心が壊れて感情が失せている。
返事ぐらいしろとマットが声を荒らげたが、ジョアンは手で制して黙らせた。
そしてジョアンは、髪の毛のない頭にまである打撲の傷をそっと撫でた。そのとき肌に触れられたことで恐怖が蘇ったのか、牝豚は身をさらに縮めて顔を振ってイヤイヤをする。すがるような眸の色が痛々しい。
「餌は日に一度。そのほか水だけ」
マットの声に顔を上げて微笑んでジョアンが言った。
「だったら牝豚さん、あたしの情が動けばパンの切れ端ぐらいは喰えるだろうし、マットの情が動けば飲み残しのジュースぐらいは飲めるかも知れない。わかったら返事なさい」
「はい」
まっすぐ見つめる静かな返事。
「うん、それでいい」
このときマットは驚いてジョアンの横顔を覗いていた。若い自分よりもさらに若い小娘だと思っていたらそうではなかった。あのときの留美に似ている。とっさにマットはそう感じた。女は凄い。女の中にある母の心にはとても勝てないと感じていた。
「甘いんだよボスは。ちぇっ、これであたしら手が出せなくなっちゃったじゃないか」
店に戻った留美に向かってコネッサが嫌味を言う。嫌味なのだが内心ほっとしたというように微笑んでいる。
キャリーが言った。
「それだけじゃないでしょ。マットはあの子にホの字だわ。若者同士がくっつくように。そうよねボス?」
「なるほどね、さすがだよ、お見それいたしやしたっと。ふふふ」
そうコネッサが笑って言って、留美は応じた。
「それもこれも二の次だと思うのよ。ジョアンなりの仕事をやらないと」
コネッサは声を上げて笑った。笑いながら、とても勝てないというように首を振って、店に商品を並べていく。
ルッツタウンとも言える町の噂は近隣にひろがって、よその町からも客が来るようになっている。いまどき美女ばかりでやっている雑貨屋などあり得ない。ものめずらしくてやってきて、口伝てにさらにひろがり人を呼ぶ。
しかしHIGHLYは、LOWER社会での勝手な移動を禁じていた。レジスタンス化するのを警戒して可能な限り分散させておきたいからだ。
だから町や村が襲われることとなる。
数日が飛ぶように過ぎていき、曇天の空の下、バートを先頭とする男たちにボスの留美まで加わって、荒れ野の岩陰に身を隠して待ち受ける。今年は暖冬らしい。風がぬるく、枯れ果ててもいいはずの下草にわずかだったが緑が残る。
亮たちと暮らした洞穴にも近い場所。男たちにとっては知り尽くした景色であった。
人買いどもの車列が来る。先頭に軍からの下げ渡しのオープンタイプの迷彩ジープ。それに時代物の護送車。クルマ二台でやってくる相手。
こちらはいまだ怪我の癒えない男二人を町に残す、男七名、ボスが一人。オープンタイプのジープが二台に鉄箱の載った大型の軍用ジープ。留美は自動小銃というものをはじめて手にした。
双眼鏡を覗くバートが言う。
「ジープに三人、護送車に三人、うち一人は後ろで女を見てやがる。女は二人のようだがな。まだだ引きつけろ」
岩陰の男たちは銃を構え、バートの号令を待っていた。道筋から二十メートルほど離れた岩の丘のくぼみ。留美はバートのそばにいて、はじめて触れる軍の銃を見よう見まねで構えてみる。
「ふふふ、まるでオモチャだな。銃じゃなくてボスがだよ、可愛いぜボスちゃん」
「うるさい化け物。これで打てる?」
「おぅ、トリガーを引くだけよ。まあしかし弾が無駄になるだけで。ふっふっふ」
「亮もこうやって撃ったの?」
「そうだ。軍人でもねえのに先頭に立って戦った男だよ。さて無駄口はいい、そろそろだ」
男たちの銃口が一斉に向けられる。人買いを殺すことではなく女二人を奪うこと。人買いそのものは見て見ぬ振りで違法ではない。皆殺しというわけでもなかったし、何より下手に打って女に当たっては話にならない。
「よしボス、いまだ。ジープの運転席を狙え」
バートは一発でいいから留美には撃たせておきたかった。戦闘というものを体験させたい。山賊のボスへの登竜門のようなもの。
留美は狙うが銃には照準器などついてはいない。岩の上に銃を置き、息を整えて運転席のガラスを狙う。周囲の男たちは皆にやにやして見守っていた。
ターン!
留美が放った一弾が見事に運転席に命中し、ガラスに蜘蛛の巣が走った次の瞬間、血しぶきが飛び散ってフロントガラスが赤くなる。
「おおう! やったじゃねえか!」
男たちが驚いて歓声を上げ、それからは一斉射撃で威嚇。雨のように襲う銃弾に相手はろくに反撃もできないまま手を上げた。ものの五分でカタがつく。
岩陰から躍り出て斜面を駆け下りる男たち。
「おい逃げるぞ!」
「そりゃないぜ、ボス!」
オープンタイプのジープから飛び降りて走り去る二人。一人は若く、一人は明らかに中年。後ろにつけた護送車の中に手下と女二人を残したまま。
これに怒ったのは留美だった。仲間を見殺しにするなど許せない。走り去る右の中年男に向けて、仁王立ちで銃を構える留美。バートも皆も見守った。
その距離三十メートル、三十五メートル、相手は見る間に離れていく。
ターン!
右の男は脚を撃たれて転がって、それでも脚を引きずり逃げていく。弾はかろうじてかすっただけ。
バートそのほか、こちらの男たちは舌を出して笑っていた。当たっただけでも奇跡に近い。
これが留美が正真正銘ボスとなった瞬間だった。
護送車から降り立ったのは三十前の男が一人と、東洋系そして黒人の娘が二人。女はどちらも囚人服。東洋系の女は二十代で投獄されたときに黒髪を中途半端に切られている。黒人のほうは背が高く、さらに若いと思われた。黒人特有の縮れたショートヘヤー。
降り立った男が銃口に囲まれて膝をつく。汚れたジーンズ、ワークシャツに毛皮のベストを着込んでいた。
巨体のバートがギラつく眸で見据えて言った。
「女はもらうぞ、失せやがれ」
しかし男が首を横に振って応じた。黒い髪と褐色の肌。汚らしい無精髭。ホルヘに似ていると留美は感じた。
男はバートに向かって言うのだった。
「失せろと言われても行くあてもねえんです。あんたらもしや、あのタイパンを殺ったって連中なんで?」
残虐さで知られるタイパン。バートがチラと留美を横目に言う。
「だってよボス、どうする?」
小銃の銃口を降ろして歩み出た留美。男は眸を丸くした。
「へ? ボスは女で?」
「女で悪かったねクソ野郎」
「あ、いや、すんません、そんなつもりじゃ。俺はその、喰えなくなって」
「たいがいそうだよ。そんな中でも選ぶ仕事はあるはずだ。殺されたくなかったらとっとと失せるんだね」
それでも男は、ただじっと留美を見つめた。
「俺はカルロスって言いやす。国はブラジルだがメキシコ人だ。歳は二十九になりやす。助けてくれてって言うより仲間になりてえ。あのタイパンを殺ってくれた。すげえ連中がいるって評判になってまさぁ。タイパンなどクソ野郎もいいとこで」
クソ野郎が何を言うかと留美は鼻で笑ったのだが、男の眸の色が輝いていると感じていた。仲間を三人失って男手が足りない。
「喰えるだけでいいんだね? 真面目にやるかい?」
「へいボス、何でもします、どうかお仲間に」
「どんな悪さをしてきたんだ?」
「いや、悪さっつうか、その、盗みとかそんなもんで誓って人は殺しちゃいねえです。アマゾンで獣を狩って生きてきた家のもんですから」
留美はため息をつきながらも、それもいいかと考えていたし、バートもうなずいて任せるよとそのゴツい顔に書いてある。
「わかった、しばらくは下っ端だよ。女たちを連れてクルマに乗りな」
カルロスという新入りと、東洋系そして黒人の娘二人をクルマに向けて追いやると、バートや他の二人が留美を囲む。
「立派なボスだぜ、山賊が似合ってやがる」
「まったくだ、銃の扱いも見事でしたぜ」
留美はバートをちょっと睨みつけて、そっぽを向き、男たちが眉を上げてにやにや笑う。
その帰路だった。
ルッツの町へのルート上に亮と暮らした洞穴の棲み家があった。皆で立ち寄った懐かしい場所。ここで犯されたときのことを留美は思い起こして見回した。もはや住めたものではなかったが、女たちが食い物を作った掘っ立て小屋も、洞穴の中の部屋として使っていた横穴もそのままで残っている。
岩と緑に囲まれた土床の広場。周囲の景色が風を遮り、どうしたことかぽかぽかと暖かい。連れて来られた女二人は男たちに囲まれて立たされる。居並ぶと黒人の女が頭一つ背が高い。
岩に座り込んで留美が言う。
「あたしらは山賊だよ、救われたと思わないことだね。おまえたち次第。面倒なら捨てるからね」
女二人はどちらも若く、それぞれに二十代だろうと思えたのだが、どちらもが怖くて震えている。
あのときの私もそうだった。しかしここで甘い顔は見せられない。
「二人とも囚人服なんか脱いで女に戻りな、パンティだけは許してやる」
亮を想う一方で、今日を境に亮のことは忘れようと留美は思った。
ところがそのとき、ひょろりと背の高い黒人の女が思いもしないことを言い出した。
「言わせていただけますかボス?」
留美はとっさに小首を傾げた。
「いいよ、言ってごらん」
「はい、ありがとうございます。わたくしはバネッサと申し二十二歳でございます」
妙だと感じる。見た目に反する礼儀正しい言葉を使う。躾がいい。
「わたくしは虐げられるのは好きですので脱ぐのはかまいませんが、一つだけ、どうしてもお願いがあるのです」
何を言うのか、留美は目を細めて聞いていた。
「じつはわたくしはビアンでマゾヒスト。親はスペイン系のカナダ人でしたが、早くに死に別れ、さるマダムに躾けられて育ちました。愛称はミーアと申します」
「ミーア?」
「はいボス。ひょろりと立ってきょとんとしているところがミーアキャットそっくりだということでマダムにつけていただいたお名前で。そのマダムが四十六歳で亡くなられ、残されたご家族がマダムをあしざまに言うもので、カッとして突き飛ばしてしまったのです。たいしたこともなかったのに傷害罪で投獄されて、つまりはご家族に捨てられたということで」
留美は言った。
「ちょっとお待ち。おまえはビアンでマゾ。つまりそのマダムの奴隷だった?」
「はい、そうでございます。けれどもわたくしはマダムを心より敬愛しており、マダムへの誓いを破りたくはないのです。わたくしは女の方にのみ仕える性奴隷。決して男の人とは交わらないと誓いました。いつまでもとは申しません。マダムへの想いに整理がつくまで」
留美は言った。
「死んだマダムに、それでも忠誠をつくしたいと言うんだね?」
「はいボス。その代わり女の人には奴隷です。どんなことでもいたしますし、厳しく躾けていただければ幸せなのです」
よく躾けられた奴隷だと感じる。普通に考えれば混乱するだけなのだが、そこまで人を想える女心には心が動く。
「ですからどうか、いましばらくの猶予をください。男の方々には申し訳ない気持ちはありますが、どうか」
横からバートが言った。
「女というならボスだけじゃねえ。寄ってたかって可愛がってくれるだろうぜ」
「はい、それならわたくしは幸せでございます」
バートが片眉を上げて留美を見て、留美は言った。
「そのマダムはHIGHLYか? どこに住んでた?」
「いえ、それは申せません、ご迷惑がおよびますので。マダムとの思い出を壊したくないのです」
感心する。いまどき見定めた主にそこまでつくせる者はいないだろう。
「やれやれ、また妙なのを抱え込んじまったぜ」
男の誰かが小声で言った。