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 逆転する言葉(十三話)


 「これで弟の奴もうかばれるだろう。亮という男には会ってみたいものだったが」

  デトレフからのコールは、その翌日の早朝のことだった。ルッツの声を思い出すように無線機から流れるそっくり同じ兄の声を聴いている。
 「じつは私、ボスの女だったんです。亮という人は山賊のボスだったの」
 「ほう山賊・・そうなのか?」
 「私は人買いに下げ渡された女なんです。面倒なことがあるとLOWER社会に堕として切り捨てる。若い女なら人買いに下げ渡されたり行き先なんて決まってます。亮はそういうことの許せない人だった。人買いや盗賊や悪い輩だけを襲うんです。人買いから解放されたといっても男たちに共有される女には違いない。だけどそのうちレイプはレイプでなくなって、奴隷ではない不思議な自分に変わっていくの。まるで獣ね、牡の群れに引き込まれて一族のようにされていく。亮とのことにしたって愛かと言われると違うと思うし」

  デトレフはすぐには応えず間を空けた。
 「弟の奴が言ってたものだよ、LOWERこそ人間らしいって。それとは形は違っても月だってそんなようなものだから。極限の中で人は本質に還っていくんだろうね」
  やさしい言葉を探してくれたと留美は感じた。
 「そうだと思います。デトレフさんとお話してると、なんか落ち着くな。どんなことでも話せそう。じつはいま戸惑ってることがあるんです」
 「どういうことだね?」
 「次のボスをどうするか。これまで通りにやっていくのか。ボスの女はすなわちボスさって言われてて、だけど『ボスの女』と『女のボス』は言葉が逆転しただけじゃすまないもん。タイパンのボスをつないであります。どうするかを決めなければならなくなるし」

  留美はデスクに置かれた黒い無線機を見つめていた。機械の中にルッツの兄がいてくれて導いてくれるかも。そんな気がしてならなかった。
 「継ぐ者がいないのかな?」
 「いいえ、それはいますけど、引き継ぐ前に私が決めようと思ってて。亮の意思それにルッツさんの意思を受け継がないと意味がないでしょ。タイパンのボスの処遇にしても、戦って傷を負った人たちになお背負わせたくないんです。人を裁くのは怖いわ」
 「ふうむ、いやいや、さすがだと思うね。君なら言葉を逆転するだけで充分やっていけるだろう。ボスというものは自分で決めることじゃない。仲間たちの意思で決まり、だから仲間たちは従うもの」
 「あ、すみません長々と。電話じゃないんだわコレ」
 「うむ。また連絡する」
 「はい、きっとよ」

  独りになれる地下を出ると、気怠い一日がはじまる予感。今朝は空がすぐれない。嫌な雲が覆っている。ほとんどの男たち、それにコネッサは疲れ切って眠っていた。
  昨夜遅くに皆が戻り、それから留美はほとんど眠れず夜をすごした。女たちは皆ほとんど眠れず夜をすごした。亮が死んだことを処理できない。
  キッチンへまわるとマルグリットとキャリーの二人が起き出していて、朝食の支度にかかる前にテーブルについて珈琲を飲んでいた。
  キャリーが言う。
 「珈琲あるよ」
 「うん、もらう。眠れなかった」
 「私たちもよ。辛いね留美も」
 「ちょっとね」
  マグカップの珈琲を持って椅子を引いて座ると、隣りにいたマルグリットが背中をそっと撫でてくれる。

  留美は言った。
 「あの女はおとなしくしてる?」
  それにはキャリーが応じた。
 「ガレージにつないである。おとなしいもなにも毛布に丸まって寝てるさ」
  ふと時計を見ると七時前。留美はちょっと笑うとマグカップを両手にくるんで目を伏せた。
 「そこまでが役目かなって思うのよ」
  二人は留美の姿へ眸をやった。
 「あの女をどうするか。こんなことになってなおバートやコネッサを苦しめたくはないからね。背負うのは私。怖いけど」
  キャリーが言う。
 「そうだね怖い。だからこそそれを背負えるのがボスというものなんじゃないかしら。バートは留美を試してるよ」
 「わかってる、意地悪な男だよ。バートだけじゃなく次をどうするって皆それぞれに探り合ってる。この状況はよくないわ。せっかくこうして落ち着けたのに揺れてしまう」
  ナンバーツーはバート。それが暗黙の了解だった。そのバートがボスは留美だとあえて言う。
  マルグリットは言った。
 「アイラブユーだわ。私にはそう聞こえた。俺もそうだが皆が愛するに値する女になれ。そういうことだと感じたもん」
 「期待してるのよバートは。亮の後を誰に任せればうまくいくか」
  キャリーの言うことも留美にはもちろん見通せていた。

  ルッツの店がふたたび開いた。ルッツの店という看板を掲げたまま。そのとき若いマットとキャリーで店番。男たちの二人は銃創がひどく寝かせたまま。
  そのほか皆がシャッターを閉ざしたガレージに集まった。男六人、女が六人。ガレージは天井の高い鉄骨造りでクルマ二台が横に並ぶ広さがあった。
  その中に亮がいない。皆はそれぞれ口を開こうとはしていない。
  タイパンのクイーンと呼ばれた女ボスは、下着さえも剥ぎ取られた乳白の裸身を晒して正座。首にはボルト固定のステンレスの首輪。後ろ手に手錠。若いとは言えなくても引き締まったいい体。乳房もふっくら張って垂れてはいない。長い金髪。陰毛も産毛までもが金色に輝いて白い肌に映えている。
  女の裸身を一目見て、四十ほどかと思われる歳になって、あってしかるべき妊娠線のないことを留美は見切っていた。
  男女が入り乱れて囲んで座る。男たち野獣の眸がギラギラしている。コネッサはじめ女たちの面色が違う意味でギラギラしている。そして裸にされたこの状況でギラギラしているクイーンの眼差し。
  取り囲む輪の頂点に、パイプ椅子に座る留美がいた。

 「地獄を見せてやってもいいんだよ。心して応えるように」
  女は声を発しない。
 「名も歳も、そんなことはどうでもいい。おまえはHIGHLYだね?」
  女はかすかなせせら笑いを浮かべて言った。
 「それを訊いてどうする。ここにいるたったこれだけの人数でHIGHLYを襲うか。皆殺しにされるだけ。そうなればおまえたちだけじゃない。刃向かえばこうなるぞと見せしめに徹底的に抹殺されることになる。LOWER社会がどうもよさそうだでは困る。逃げ出す者たちが増えているからね」
  マルグリットは、とりわけその意味を噛み締めていた。確かにそう聞く。システム化されすぎたがんじがらめのHIGHLY社会と、その奴隷のようなWORKERに背を向けてLOWER社会に飛び込む者たちが増えている。LOWERなどはクズ。粗野で乱暴な世界だぞと刷り込んでおきたいということだ。
  留美は言った。
 「それだけのことなのか。HIGHLYどもの薄汚い思惑で」
 「どうなりと言うがいいさ。そうやってレジスタンスでも生まれ、この上まだ殺戮が続けばどうなるか。人類の危機なんだ」
 「それだけのために無関係な人々を犠牲にしてまで・・もういい」
 「ふんっ、わかったなら殺せ。こんな時代に未練はないね」
  留美は話にならないと首を振った。

  そのときバートは横目に留美を見つめていた。
  留美は言った。
 「殺さない」
  皆が一斉に留美へと視線を流している。
 「嬲って嬲って嬲り尽くし、血の涙を流してどうか助けてとすがりつくまで許さない。飢えて飢えて草でもいいから喰わせてとすがるまで許さない。その綺麗な髪の毛も陰毛も眉毛もいらない。おまえなど蠢く肉豚だ。さあみんな、どうにでもしてやるんだねと言うのは簡単さ。誰か立たせな」
 「おぉぅ!」
  男たちが寄ってたかり、引っこ抜くように立たせると、肉豚は首輪にロープをかけられて鉄骨造りのH鋼の横の梁に首輪で吊られる。両手は後ろ手錠のまま。顔だけを傾けて裸身は伸びきり、豊かな乳房がたわたわ揺れた。その歳とは思えない見事なプロポーション。

  椅子を立って笑うわけでもなく、その手に細身で長い板切れを持って歩み寄る留美。そんな留美の姿をバートは眸を細めて見つめている。
 「綺麗な体もおしまいだね。死にたければ垂れ下がれば絞首刑。見事に死んでみることだ」
  バシーッ!
 「きゃぁーっ!」
  振り上げた板切れが白い尻に炸裂した。渾身の力。一撃で尻が赤くなり、見る間に青くなってくる。
  バシーッ!
 「ぎゃぅーっ! 殺せぇーっ! 殺せぇーっ!」
 「まだ言うか馬鹿女!」
  留美は右の拳で肉豚の頬をぶん殴る。ゴツと骨に響く音がした。
 「さあ、いいよ、どうにでもしてやるんだね」
 「ああ嫌ぁぁーっ! 嫌よぉぉーっ!」
  留美が退くと男たちより先にコネッサが大きなハサミを手にして踏み込んだ。
 「あきゃぁぁーっ!」
  ザクザクの断髪。そんな悲鳴に留美は背を向け、その場を去った。
  遅れてマルグリットが後を追い、さらに遅れてバートが背に歩み寄り、留美のヒップをぽんと叩く。
  振り向いてちょっと睨む留美。ちょっと笑うバートとマルグリット。
  留美は言った。
 「山賊は続けるし、ルッツの店って名前も変えない」
  バートは間際まで歩み寄ると留美の両肩に大きな手を置いて眸を見つめた。
 「よろしく頼むぜボス」
 「ちぇっ、意地悪な男だよ」
  消えてしまった亮の面影を追うように留美は涙ぐんでいた。

  男の数が減ったことで部屋に余裕ができている。
  その日の夜は留美は独りでいたくなり、元はアニタの部屋だったところにこもっていた。夕食を終えてシャワーも済ませ、ルッツの店で仕入れた薄いブルーのネグリジェ姿。シースルー。明かりをベッドサイドのライトスタンドに切り替えてベッドに寝そべり、ぼんやり虚空を見上げていた。
  コツコツと控え目なノックの音。
 「ノックなんていらない、入って」
  相手は女だと思っていた。ところが若いマットが顔を出す。透けるネグリジェでほとんど半裸の留美を見て、マットは背を向けてしまうのだった。
 「おい馬鹿野郎、どれだけ女を犯したんだよ、いまさらなんだい」
 「いや、その、店の相談をしようと思って」
 「お店の?」
 「仕入れとかもあるしシフトとか、なんとなくじゃなくちゃんとやったほうがいいかって姉さんたちと話してて、じゃあおまえが訊いて来いって」

  ははぁ、マットに対してまんざらでもないことを察していて、慰めようとしたんだわ・・留美はちょっと笑ってしまった。
 「仕入れについては、女周りのものは女たちに任せるとして、それ以外をマットがまとめな」
 「あ、ええ、それでいいなら」
 「おいマット、こっち向け。ふふふ、もう可愛いんだから」
  振り向いて、はにかむような上目使いで歩み寄るマット。留美は身をずらしてベッドに座るよう、クッションを叩く仕草で言う。
  留美はボスの女とされていて、バートやホルヘとの関係はあったものの、そう言えばマットとそうなったことがない。格上の男たちの女には手が出せない・・ということでもなさそうだった。

  マットが座ると留美は言う。
 「はっきりして、私が欲しい?」
 「ぶっ。バートにぶっ殺されますぜ、なんてのは冗談で、姉さんのことボスだと思ってますから」
 「いい迷惑だわよ、気にしないで脱いでおいで。今夜は一緒に寝てちょうだい」
  マットは向こうを向いてちょっとうなずき、一度立ってトランクスまでを脱ぎ去って、先にベッドに潜り込んだ留美の横へと寄り添った。
 「まったく、すでにピンコなんだもん。あーあ、私もどうかしちゃったなぁ。平気で触れるようになっちゃった」
 「姉さんのこと好きでした」
  思いもしない静かな声。留美は大袈裟に眉を上げてマットを見つめた。
 「嬉しいよマット。それで、どうするってお店?」
 「はい、店長はどうするってなったとき皆はボスだって言うんですが」
 「それはよくない。分配しないと」
 「そうなんですよ、俺もそう思うからみんなに言ったんです、順繰りにやったらどうかって。最初はコネッサがいいかと思うんで」
 「それでいいわ、考えてるんだね意外に」
 「まあそれなりに。服についちゃ男物でも姉さんたちに任せておいて、男はほら工具だとかそっちを見てればいいのかなって。それとカフェです」
 「カフェ? お店でカフェも?」
 「せっかくガラス張りなんだし、町の人たちも遊びに来られるかなってキャリーが言って」
 「いいわね、あのときもそうだった」
  キャリーもそう思って言ったことだろうと留美は感じた。

 「あのときって?」
 「アニタがお店に来たときよ。カフェでもあれば入りやすいでしょ。全権一任だわマット君、思うままにやってごらん」
 「わかりました。じゃあ店長はコネッサ、カフェはマルグリット、なんて言いながら結局寄ってたかってやるんでしょうけどね、へへへ。だったら男どもは畑でもやるかって言ったらバートが笑って言うんすよ、山賊はどうするって」
 「ふふふ、それ言える。でもね、昔の日本には忍者ってものがあり、忍びの里では田畑をやるのが普通だった。そう思うなら町の開拓。土地をひろげたり、道を直したり、できることはあるんじゃないかしら。ルッツのいた町はこんなに立派になりましたってデトレフに見せつけてやりたいよ」
 「あの無線の人ですよね?」
 「そうそう、月面都市をつくってるお兄さん」
 「すげーな、信じられねえ、マジだもんなぁ」
 「兄弟揃って男の中の男だわ。あなたとは違います。ふふふ、抱いてマット」
  石器時代を思わせる洞穴での暮らし。ここでは違う。ベッドに寄り添い抱かれていくというあたりまえの世界がここにはあると、やさしい愛撫に震えながら留美は思った。

  亮の肉体を忘れようとまでは思っていなかった留美だったが、若いマットの思いもしないやさしさに、まじまじと顔を見てしまう。
  そっと口づけを交わしながら、そっと髪を撫でつけてくれ、乳首の周りで騒ぎ立つ産毛までも、なだめるようにそっとそっと舐めてくれる。
  亮とも違う。荒々しいバートとも違う。マットは日頃はやんちゃな小僧。そのつもりでいたのだったが、さざ波のような心地よさが心を溶かしていくのだった。
 「やさしいねマット、感じるわよ、すごく」
 「ふふふ、はい姉さん」
  触れるか触れないかのキスが肌を這い降り、黒く密生する飾り毛を掃くように分けられて、やさしさの驚きに濡れて勃つクリトリスを舌先でつつかれる。
 「あぅ、うぅン、震えちゃう、嬉しいよマット、嬉しい」
  M字に立てひろげた女の体の中心を、股間に降りて尻を抱きながら、そっとそっと、毛の濡れさえも舐め取るように愛撫される。
 「マゾっぽいねマットって。アナルでも舐めてくれそう」
 「はい」
 「え・・うそ・・あン、そこダメ!」
  あのマットがまさか・・けれどもそんな思考を、しだいしだいに荒波となってくる快楽が押し流す。
 「はぁぁぁ来て、ねえ来て、可愛いよマット」
  亮の体の記憶が消えていくのを、このとき留美はどうしようもなく感じていた。

 「きゃぅ」
  かすかな悲鳴。痛みではなく、いきなり襲った頂点に腰が暴れ、逞しい若者の肉体をジャッキアップするように女体は反った。