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タイパンの女王(十二話)


  夏から秋へと季節は流れ、ルッツが殺されてから四月ほどが経とうとしていた。 タイパンと名乗る凶賊の行方は知れなかった。ルッツのいた町は旧オーストラリアの区分で言うならクイーンズランド中部のやや内陸側。亮たちが暮らす洞穴からもそう遠くはなかった。オーストラリア大陸の広さは日本のおよそ二十倍。赤道に近い北部には緑が多かったものだが二十メートルを超える海面上昇で臨海部のかなりのエリアが水没。内陸部にはまさに果てしない乾燥地帯がひろがっていた。そうした特殊な環境と四方が海で脱出しづらいという点でこの大陸そのものがLOWER居住区とされたのだった。
  果てしなくひろがる荒野。ルッツの町から北に向かったという情報だけではどうにもならない。ヒューゴが所属する治安維持部隊はあくまで旧クイーンズランドがテリトリーであり他の地域へ逃げ込まれれば追跡のしようがないのである。

  そのタイパンが動いたという情報がもたらされたのは、諦めムードになりかけたそんなとき。クイーンズランド北部と隣り合わるノーザンテリトリーとの境界に近い小さな町が襲われた。それぞれの治安維持部隊が管理する境界線あたりはテリトリーが重なる部分でどちらもが手を出しづらい。
  そこを突いた凶行だったのだが、そのとき治安維持部隊の網にかかったということだ。ルッツはヒューゴにとってもよく知る人物。しかしそのとき向かったのはノーザンテリトリーを管轄する部隊であった。
  ヒューゴは言う。
 「境界あたりを動いてやがる、賢いもんだぜ。どっちで処理するかでにらみ合ってる状態よ」
 「いかにも役人らしいぜ、面倒はごめんてことかい」
 「まあな、そういうことにしておこう。応戦するならともかくも、いちいち報告書を上げて過剰行動でないことを証明しなければならなくなる。したがってなすりつけ合うわけだよ。HIGHLYとのつきあいは面倒なのさ」
  本音としてLOWERなど処理しておきたいところでも、HIGHLY社会の中にも穏健派もいれば人道主義者も存在する。表向きは法治。それがHIGHLY社会というものなのだ。
  亮はせせら笑って言った。
 「綺麗事だぜ、わかっちゃいねえ」
  ヒューゴは苦笑してうなずきながら亮の肩をぽんとやった。
  このとき亮は、このヒューゴでさえが七十年先の地球の終焉については知らされていないだろうと感じていたし、亮自身いまだに信じられない気分でいた。

  ヒューゴは地図を兼ねた衛星写真を持ち出した。
 「ここだ。入り組んだ岩山の狭間、緑もちらほら、アジトへの道筋は行き止まりってことで、こいつはちょっと厄介だ」
 「確かなんだな?」
  クイーンズランド側との境界線上ややノーザンテリトリー側の山岳地帯に根城がある。
 「人買いどもからの情報よ。目こぼしが見返りっていうわけさ」
 「タイパンは女もやるのか?」
 「やるね、かっさらった娘を売り飛ばす。さてそのタイパンだが、敵の総勢およそ二十名。ボスはクイーンと呼ばれる白人女で白人はそいつだけ。手下に若い女が数人いて、そのほか男。おめえらと同じような陣容だが数では相手が上よ」
  人数が増えている。方々を流して襲うそのときに仲間の一定数をアジトに残しておくということか。
 「クイーンね・・その正体は?」
 「わからん。四十前の女らしいが、これがまたブロンドのいい女だって話だぜ。なぜどうして賊になったか皆目わからん。かなりな武器も持ってやがる。アジトには機関銃さえあるらしい。岩山に銃座までを構えてやがるそうなんだ」
 「ほう銃座とはものものしい。野戦だな」
  ヒューゴはうなずく。
 「敵の中に元は米兵だった野郎が二人いるということで、こいつらがクイーンにへばりついて守ってやがる。手下どもも訓練されていると見るべきだろう。ルッツほどの男が殺られてしまう連中さ、まさに野戦となるだろうな」

 「野戦ねえ、やってやろうじゃねえか、そっちは俺の専門よ」
  巨体のバートがにやりと笑う。バートもまた元は兵士だった男である。
  亮が言った。
 「クルマで乗り付けてこんにちはって訳にはいかねえし、こっからだといかにも遠い、千キロはあるだろうぜ。さらに敵は二十こっちは十」
 「十? いやしかし」
  と、ホルヘが仲間を見渡した。男の総勢十二名。
  亮が言う。
 「二人は残す。女たちを頼む」
 「そんじゃ、あたしが行くよ。それでこっちは十一さ」
  と、コネッサが言って皆が眸を集めた。
 「ルッツにはよくしてもらったさ。アニタって女のことだって愛してくれたそうじゃないか。あたしだって黒人なんだ、アニタの夢を壊した奴らは許せない」
  亮はちょっと視線を厳しくしたが、言い出したらきかないコネッサ。
 「それに数がちょうどいいや」
  亮はちょっと眉を上げた。どういうことか。
 「残る女が六、男が二で割りきれるじゃないか」
  にやりと笑うコネッサ。亮は可笑しくなってそっぽを向いてちょっと笑った。コネッサは女で唯一ガンが使える。

  亮は言った。
 「そういうことなら言うがヒューゴの野郎が言ってやがった、ルッツの町に来ないかってな。そうなりゃ無線も使えるからよって」
  キャリーと留美、そしてマルグリットが眸を見合わせた。
  亮が言う。
 「町の皆が怖がってる。俺たちにいてほしいと思ってる。ルッツの店もいつでも再開できるように片付けられてあるそうだ。これから冬だぞってヒューゴの野郎が笑ってやがった。女どもが川で尻出しゃあ凍るぞって」
  女たち皆がくすくす笑った。
 「まあよ、雑貨屋やって暮らす山賊ってえのが引っかかるが、みんなの意見に従うぜ、どうするか決めてくれ」
  それにキャリーが応じた。
 「彼の意思を継ぐということ」
  それにコネッサが応じた。
 「アニタみたいな女がきっと来る」
  それにマルグリットが応じた。
 「たまにはちゃんとしたベッドで抱かれたい」
  これには皆が声を上げて笑い、笑いながら亮は言った。
 「ただし山賊は続けるぞ、クソ野郎は許せねえ」
  皆がうなずき話は決まった。
  そしてこのことがルッツの兄、デトレフ中佐との接点になっていこうとは、このとき誰も考えてはいなかった。

  二十数軒の家々が並ぶ小さな町。その中のちっぽけなルッツの店。そこはタイパンの根城への中継点ともなる場所だった。男が十二名、女が七名で乗り付けると町の皆がぞろぞろ集まり歓迎した。店の裏の居住部分にルッツの箱型ジープが眠っている。これでクルマは四台。鉄箱がついた二台とオープンタイプのジープ一台でタイパンの根城へ向かう。その先まだ千キロ近い道のりだったが、残された者たちが気づいたときコネッサの姿がない。勝手に乗り込んでしまったようだった。

  ルッツタウン。キャリーが言い出した名を町の者たちは喝采した。
  さっそく女たち、そして残る男二人の手で、ルッツの店が店らしくなって蘇る。さらにまた町外れで空き家となっていた一軒の家にも手が入れられて、人間らしい暮らしのできる場へと変わっていった。
  夜ともなると冷えてくる。冬は近い。まともなキッチンであたたまるものでもつくろう。女たちが浮き立って料理に向かう、そんなとき、マットと言って男たちの中ではもっとも若い一人が、そのときたまたま地下に降りて声を上げた。
 「留美姉さん、無線! 鳴ってる!」
  留美姉さん、いつ頃からかマットはそう呼ぶようになっていた。男としては小柄で華奢。黒人とアジア系のハーフであった。

  留美は駆け下りて黒い無線機に向かうのだったが、一瞬手が出せずに戸惑った。受話器はつまり電話そのもの。迷いを振り切り取り上げた。
 「はい、こちらルッツさんのお店ですが」
 「ほう出たか」
 「え?」
 「いやいや、いまだに信じられなくてね、出ないとわかっていてもつい。兄貴だよルッツの奴の」
 「あ、じゃあデトレフさん?」
 「そうだ。月面からの無線だよ」
 「はい!」
  いざとなると信じられない。月はやはりそうなっているのかと留美ははじめて実感できた。宇宙にいる人々を。
 「それで君は? どうしてそこにいるのかな?」
  落ち着いた大人の男の声だった。
 「はい、私は留美です、日本人ですが、じつは亮さんの」
 「ああそうか彼の? 恋人かな? それとも奥さん?」

  恋人それに妻・・そうしたこれまでのあたりまえが壊されてしまった地球を感じずにはいられない。留美は言葉に戸惑った。
 「いえ、あの、友だちなんです。亮さんを中心とする仲間たちがいましてね、ルッツさんのお店を再建しようということで準備をはじめたところなんです」
 「そうなのか? 奴の店をまたはじめる?」
 「はい。だってこの町にお店はここだけ。ないと皆が悲しむでしょ。ルッツさんが命がけで守ったお店なんですもの。アニタさんのこともそうですし」
 「うむ、そうだね、うむ。まさか無線がつながるとは思っていない。嬉しいよ、ありがとう。奴の意思が受け継がれる。これほど嬉しいことはない」
  デトレフの声が震えている。留美まで胸が熱くなる。
  このとき留美はルッツの姿にデトレフを重ねていた。声が似ている。話し方も堂々として、いかにもルッツの兄らしいと感じていた。

  受話器が言う。
 「ところで亮君は?」
 「いえ、いまちょっと出かけていて。仕入れとかいろいろあるもので遠くまで」
  とっさに出た嘘。心配をかけたくなかった。
  デトレフは言った。
 「うむ、それはいいが君たちは武器は持つのか?」
 「それは、はい、少しですが備えはあります。こっちは無法地帯ですから」
 「ならばいいが、どうせ旧式なものばかりだろう。何かあれば言いなさい、私の部下たちが軍にいる。二度ともう弟の二の舞はごめんだ。チャンネルはそのままに送信ボタンを押しなさい、私につながる。そこであればブリスベンに部下がいるから蹴散らしてくれるだろう」
 「はい、ありがとうざいます、町の人たちも怖がっちゃって」
 「だろうね。いいかね、きっとだよ、何かあれば即刻無線を。戦闘ヘリで駆けつけるだろう」
  
  受話器を置いて留美は呆然としながらもルッツの姿を思い浮かべていた。そばにいるマットがうわずった声で言う。
 「ブリスベンて、ヘリならすぐそこだぜ」
  留美は毅然とした面色に変化していた。
 「だけどルッツはそれをしなかった。兄貴なんかにすがるものか。それが意地だったのよ彼の。誰がHIGHLYなんかにすがるものかって」
 「LOWER社会はLOWERで創る?」
 「そういうこと。私たちだって向こうに捨てられた身ですからね、気持ちはわかるわ。いまさらすがるつもりもない。意思を継ぐってそういうこともあるんじゃないかしら」
  マットはちょっと笑ってうなずいて、しかし言った。
 「だけどルッツは間違ってた」
 「あら、どうしてそう思う?」
 「アニタのことだって守れたかも知れないだろ。町の人たちも」
  留美は、ちょっと意外というように眉を上げてマットの眸を見つめた。日頃はやんちゃなマットである。
 「マットは私のことどう思ってるの? 私だけじゃなくキャリーやマルグリットのことも。私たちは性奴隷?」
 「違うよ」
 「じゃあ何?」
 「一族さ」
 「一族?」
 「ボスだって言ってるぜ、犯したからには守るんだって」
  留美は若いマットの手をとって抱き寄せた。
 「濡れる言葉だわマット、ありがとう」
  唇を重ねていき、今度はマットが留美を強く抱き締めた。

  その夜、店の裏にいくつかある部屋と、空き家だった一軒の家に散った八人。
  留美はマルグリットと二人の夜をすごしていた。そこはアニタの部屋だった。ドレッサーまでついたその部屋には、クローゼットにアニタの服が残されていたのだった。
  それほど広いとは言えないベッドに二人は肌を寄せ合って、キスを交わし愛撫を交わす。女同士の熱い夜がすぎていき、二人は抱き合って動かない。
  マルグリットが微笑んで言った。
 「何でもアリなんだもん」
 「ふふふ、そうよねセックス三昧。ちょっと信じられないわ。私は勝手にボスの女にされちゃって少しは穏やかだったけど」
 「バートが言ってた。留美には震えるって。惚れちまうって言ってたよ」
 「あら嬉しい、あのねマルグリット、さっきマットが言ってたんだよ」
 「マットが何を?」
 「あたしたちは一族ですって。犯したからには守るんだって。性奴隷なんかじゃないって本気で言ってた、可愛いんだから」
 「ほんとね、あの子って可愛いもん」

  留美はマルグリットの濡れる性器へ手をやった。
 「レディの仮面を奪われて残ったものは牝の私」
  マルグリットは留美の額をちょっとつついてくすくす笑った。
 「わたくしだって信じられませんわ、おほほ・・みたいな言葉を使ってた私はどこへ行ったのやら。まさか取り囲まれて排泄まで見られようとは思いもしない。恥辱に震えているのにどうしようもなく濡れてくる。恐怖に泣いてるくせに、そのうちどんどんよくなって、お尻を振ってる私がいる。何だったのモラルって。貞操って何なのよ。そう自分に問いかけても潮を噴いてイッちゃうんだからしょうがない」
 「私はねマルグリット」
 「うん?」
 「そういうことならいいかなって思うのよ。一族だって思ってくれてるなら捧げてもいいかなって」
 「どうせなら燃えて燃えて死んでいきたい。凍結精子で強制受胎なんて絶対に嫌だわ。そうまでして生存する意味がどこにあるのか・・馬鹿な人類」
  そしたまた抱擁を強くして性の波にもまれていく夜となる。

  タイパン狩りに出て行った者たちが戻ったのは四日後の深夜だった。男たち十人に女のコネッサを加えた十一人で出て行って、戻って来たとき、タイパンの女ボスが加わって十二人。
  しかし、ホルヘの他にロバートと言う若者が一人、そして亮が変わり果てた死体となって戻って来たのだ。
  生きて戻った何人もが脚を撃たれ腕をやられて血だらけの状況だった。巨体のバートは弾丸が頭をかすって血の滲む包帯をターバンのように巻いている。
 「亮が死んだ・・そんな」
  留美は放心、女たちの皆が呆然として血まみれの亮を見つめていた。
  バートは静かに言う。
 「すさまじい戦いだった。亮の奴は頭にくらって即死だった。もうどうにもしてやれねえ」
  バートは唇を真一文字に結んだまま、口惜しそうに眸を伏せた。
  そしてクルマから降ろされたタイパンの女ボスは、一人だけシルク地の赤いロングドレスを着たままで、後ろ手に乳縄がうたれ、縄をギャグ代わりに猿轡をされていて、歩み寄った巨体のバートに長い金髪をわしづかみにされて床に放り出されたのだった。
  透き通るようなブルーの眸に怒りの色が燃えている。四十少し前と思われる、それは美しい女であった。

  タイパンのクイーンを見下ろしながらコネッサが言った。
 「ぶっ殺してやろうと思ったさ。けど妙だ、この格好はなんだってんだい、どう見たってHIGHLYじゃないか。からくりを吐かせてやろうと思って連れてきた」
  留美はうなずいてちょっと笑った。
 「コネッサが無事でよかったよ」
  そして留美はバートに向かって言う。
 「この女のこと任せてくれない? ルッツやアニタや亮たちのお墓の前でひざまづかせてやらないと気が済まない」
 「ああいいぜ、ボスの思うままにすりゃあいい。亮の女はすなわちボスだよ、なあ留美よ」
  密かに想っていたはずの亮の変わり果てた姿を目の前に、留美には涙さえもなかった。この女は凄いとコネッサでさえがそう感じた。

  留美は言う。
 「女のことは後回しだよ、素っ裸にしてつないどきな。ステンの首輪、それと手錠も」
  皆が呆然として動かない。
 「マット、さっさとしな」
 「へ、へい姉さん」
  若いマットはとっさにバートを見つめたが、バートは留美だけを見つめている。
  そしてその留美は、場違いなドレスを着た高慢そうな女をまともに見据えた。
 「おとなしくしないとなぶり殺しにしてくれる。性奴隷とはおまえのことだよ、地獄を見せてやるからね」
  バートは声もなく留美を見つめて胸の内を察し、そしてかすかに笑みを浮かべるのだった。