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異星人(十話)


 「親父の奴が生きていたらと思うよ」
  月のカフェに海老沢が戻ったのは、ちょうどそんな話をしているとき。海老沢の父は地球外知的生命体を探すことに生涯をついやした男であった。
  そのときカフェには多くの耳があったので大きな声でそれを言うわけにはいかなかった。こそこそと小声で話す。
  その謎は、地盤調査のために月面車で月の裏側へ踏み込んで五百キロほどを走ったところにあった小さなクレーターのそばで発見された。月の外周はおよそ一万一千キロもあり、真裏ということなら五千キロ以上も離れている。人類はまだSF映画のような飛行する小型船を持てないでいる。最先端の月面車は時速30キロほどで走ることができたが、そのスピードで行ける距離は限られていて、月面都市の建設が進む一方で、いまだ月の真裏に到達できないでいたのである。

  打ち捨てられた廃墟とは言え、まず地表には一切の建造物はなく、直径一メートルの真円の穴が残っていただけ。丸い穴を中心に半径四メートルの地表におよそ四十センチ角の四角く凹む痕跡が円を描くように残っていた。UFOの脚の跡だろうと思われる。つまりUFOが着陸したとして、その裏側の中心にあたるところに直径一メートルの穴が空いているということだ。
  月面車のウインチを用いた昇降機で中へと入った。ライトが照らし出す銀色に鈍く輝く不思議な壁面。床は平らで直径五メートル、天井が半球形のドームとなっていた。その部分が言うならばセンターモジュールであり、三方に向かって直径八十センチの筒状のスリーブが伸びていて、スリーブの先には直径が二メートルジャストの完全な球体につながっている。
  もっか建設中の地下都市をスケールダウンしたようなもの。球体と球体をスリーブでつなぐ工法なのだが、半球形のセンターモジュールを中心に、正三角形を描いて頂点に一つずつ真球の空間がひろがっている。空間の壁面もそれをつなぐスリーブの壁面も、銀色に鈍く輝くある種の樹脂だと思われたのだが、ゴムのような弾性に富んだ感触であるくせに硬度が非常に高く、明らかに人類が持つ素材ではなかった。

  しかし、ただそれだけのものだったのだ。
  中には何一つ置いてなく、また生存するために必要な一切の設備もない。トイレのようなものもない。穴の真上に停船する宇宙船ですべてをコントロールしていたものと思われる。
  あのときの海老沢は興奮していた。父親は間違ってはいなかった。UFOは確かにいたんだと思うと、父を変人扱いした社会の無知さを非難したくなってくる。
 「スリーブのサイズからして五十センチか」
  と、海老沢が言った。異星人の身長の話。スリーブの径が八十センチなのだから、その程度の大きさしかないはずだ。
 「重力が強かったから?」
  ジョゼットが言って海老沢が応じた。
 「あるいはね、大きな体では損だろう。それにしてもあのとき俺は宇宙の中で存在する人類という観点にはじめて立てた気がするよ。論理的にはそうであっても実感なんてなかったからね」
  それには皆がうなずいた。
  有人探査計画であったアポロ以前から、人類は探査機によって月面を見てきたものだが、月には大小無数のクレーターがあり、また直径一メートル程度の穴では宇宙からだと点にしか見えないもの。したがって発見できなかった。

  早苗が言う。
 「古代文明以前の話かと思うと考えちゃうのよ。猿から原始人へと進化していき、あるとき突然文明が花開く。どうしてって思わない? 教授してくれた異星人がいたと考えるとすべてに辻褄が合ってくる」
  デトレフが言う。
 「いまはもう動きがあれば察知できる。ちょっと飛べる船でもあればいいのだが。探せば他にもあるかも知れない。裏側をくまなくあたってみたいものだよ」
  月面都市の建設がはじまって、月の周回軌道にいくつもの探査衛星が浮かんでいる。それでも発見できなかった小さな穴。月には大気がないから飛ぶとなるとロケット噴射に頼らなければならない。酸素がなくても大気さえあればホバークラフトのようなものもできそうだったが、いまのところは月面車。それにしたってソーラーパネルに頼るもので電力をふんだんに使えるほどの余裕はなかった。
 「UMAの情報ってあるじゃない」
  ジョゼットが言って海老沢はうなずいた。人間によく似た小さな生物の目撃情報は昔からあることだ。
 「こうなるとあながちガセとも思えなくなってくる。彼らはすでに地球上にいるのではないかってね、俺もそれを考えたさ。いてくれれば嬉しいし、このプロジェクトを助けてほしいものだよ。広大な宇宙のどこから来たのか。人類などいまだに太陽系を出られないというのに」

  そんな海老沢の言葉に、デトレフがちょっと鼻で笑った。
 「うむ? 何だよその笑いは?」
 「いやね、たったいま弟の話をしてたから」
 「ああ。オーストラリア大陸にいるんだったな」
 「そういうことだが、奴は言ってる、こちとら西部劇だっていうのに兄貴は月かよって」
 「西部劇か、なるほどね」
 「治安がよくないどころか、まさしく西部劇で、そこらじゅうに死体が転がってるらしいんだ。それもまた人間だよって奴は言う。だけど俺はこっちの方が気が楽だって言ってやがる」
  早苗が言う。
 「それはそうかもよ、私だってそう思うもん、人類の存続なんて私たちの世代には無関係なこと。どうせだったら地球上で最後の人生を楽しみたいなって。宇宙服より水着がいいかなって思っちゃうし」
  隣りに座るデトレフが早苗の背をそっと撫でた。

 「・・とまあ、そういうことだ」
  シロクマのようなヒューゴの大きな手が亮の背にそっと置かれた。マルグリットが加わって三日ほどが過ぎていた。その日、治安維持部隊のヒューゴがやってきたのは夕刻に近い時刻。斜陽に大平原が赤く染まる。
  亮は言った。静かな声だが声が震える。
 「苦しまずにか?」
 「ハチの巣だ、即死だぜ」
 「アニタは? 女がいたろ?」
  ヒューゴはちょっとうつむいて言葉が重い。
 「そっちはなぶり殺しだ。裸にされて逆さに吊られた」
  ルッツの店が襲われた。
  店だけでなく町の方々で略奪が行われ、多くの者が殺されたと言う。
 「ディスポじゃねえぜ、聞き込んだところ十人ほどのグループで、白人の女がボスだったと言うんだよ」
 「女がボス?」
 「よくはわからん。タイパンと名乗ったそうでマシンガンを持ってやがった。まったく新手の輩が次々に出てきやがる。この大陸はデカイからな。流してやがるに決まってら。北へ向かったってことだった」

  タイパン。コースタルタイパン。オーストラリア大陸を代表する猛毒を持つ蛇のことである。
 「クルマが三台。うち軍用ジープのボンネットに黄色のストライプのあるヤツが混じっていたらしい」
 「わかった、わざわざすまねえ」
 「なあに、ルッツの野郎はダチみたいなもんだった。俺としても目は光らせておくからよ」
 「こっちが先に見つけたら?」
 「かまわん、ぶっ殺せ」
  ヒューゴはまた銃器の入った木箱を持ち込んでくれている。
 「年代物だがサブマシンガンが入ってら。手榴弾もあるぜ。ディスポの件、万事おっけよ、すまなかったな」
  そしてヒューゴは亮の肩に手を置いて去って行った。

  木箱を運んで、亮は指笛で男たちを呼び集める。いつにない怒り狂ったボスの様子に女たちまでが顔を見合わせた。マルグリット一人だけが掘っ立て小屋の柱にチェーンのリードでつながれて全裸のまま。がっくりうなだれて長い金髪が顔を覆ってしまっている。
 「どうした? 何があった?」
  巨体のバートが亮の横顔を覗き込む。
 「ルッツの店が襲われた」
 「えっ!」
  声を上げたのはキャリーだった。留美と、それから女たちの皆が顔を見合わせている。女たちの服のほとんどがルッツの店で揃えたもの。その人柄も知っている。
 「ルッツはハチの巣、女の方はなぶり殺しにされたそうだ」
  つい先日飛び込んできたばかりのアニタ。あのときの姿が浮かぶキャリーと留美であった。声もない。
 「タイパンと名乗ったそうで白人の女がボスらしい」
 「女がかよ?」
  ホルヘが言って亮がちょっとそちらを見た。
 「流しだな?」
  バートが問うた。
 「そうらしい。数は十人ほどらしいんだがボンネットに黄色のストライプのある軍用ジープが混じってたそうだ。マシンガンを持ってやがる。町中かなり殺られたそうだぜ。北へ向かったってことだった」

  とそう言いながら、亮は木箱を開けて銃を手にした。二丁のウジーサブマシンガン。もはや骨董品だが手入れがよくて使えそうだ。
 「明日から手分けしてあたる。先にこっちで見つけたい。よくもやってくれたもんだぜ、皆殺しにしてくれる」
  淡々とした言葉だっただけに亮の怒りはすさまじいと皆は感じた。
  そして亮は遠目に裸の女へと目をやると、皆を見渡した。
 「マルグリットはどうだ?」
 「素直なもんだぜ、マジで気をやってイキやがる、可愛いもんよ」
  バートの言葉に留美がうなずく。
  亮は言う。
 「もういいだろ、首輪もいらねえ」
  いまそんなことは二の次だった。静かに立ち上がって歩み去るボスの背を追う者はいなかった。
  一人だけ全裸のままで犯し抜かれたマルグリットのもとへキャリーとコネッサが歩み寄る。コネッサの手にしたスパナがステンレスの首輪をはずし、キャリーが両脇へ手を入れて女を立たせる。マルグリットは支えがなければ歩けないほど消耗していた。白い肌が泥で汚され乾いている。川へ連れて行かれて体を洗わせ、体格のよく似たキャリーのワンピースを与えられる。

  コネッサが言った。
 「留美を悪く思っちゃダメだよ。男たちが情を寄せてる。可哀想だと思ってるんだ。ここでは皆にそう思われない限り仲間にはなれないんでね」
 「はい、そう思うことにします」
 「うん、辛かったね」
  体を洗って花柄の服を来たマルグリットは、むしろさばけた面色だった。
 「狂うかと思ったわ。はじめて私は牝になれた気がします。ケダモノめと思いながら、どうしてなんだかだんだんよくなっていく。感じて感じて錯乱しちゃって、欲しくてならなくなっていく。ああ私はこんな女だったんだと思いましたね」
  キャリーはちょっと微笑んで、マルグリットの肩を抱いてやる。
 「あたしだってそうだった。あたしもHIGHLY、ケダモノめ、野獣、ひどいわよと思いながら、よくてよくて狂ってしまうと感じたわ」
 「ふふふ、そうね、向こうの世界の女たちはいい気になりすぎ」
 「だと思う。本能から離れることを誇りのように錯覚している。愛がすべて。そんなのウソよ、ごまかしだわ」
  コネッサが言う。
 「一緒に生きよう」
 「はい、ずっと一緒に。死にたくない。せめて楽しんで終わりたい」
  歩きながら話し、皆のそばへと戻ってくると、一人だけ留美が目をそむけた。
  しかしマルグリットの方から歩み寄り、ちょっと微笑む。
  留美は言う。
 「振り切れた?」
 「ええ何もかも。私は性奴隷、それもいいかと思ってしまって」
 「奴隷じゃねえよ」 と、横からバートが野太い声で言う。マルグリットはちょっと笑ってうなずいた。

  翌日は小雨が続いた。亮とバート、それにキャリーの三人でやってきたルッツの店は、見る影もないほど穴だらけにされていた。ルッツはもちろん応戦した。しかし多勢に無勢はどうにもならない。店の中、それから住まいの側も血だらけだった。二人の遺体は町の者たちによって葬られ、家のすぐ裏に丸太で組んだ十字架が二つ並んでいる。
  亮の姿を見つけると町の者たちが集まって来る。
 「金目の物をごっそりやられたよ」 と、おばさんが言う。
 「ウチは娘が犯された。よってたかってなぶりものにされたんだ」 と、年老いた親爺が言う。
  亮はうなずくこともできなかった。町中の家々が銃弾を浴びて穴だらけ。二十数軒の家が並ぶ街並みがぼろぼろにされている。
 「女が二人、白人と東洋系で白人の女が指図していた。男どもは十二人、黒人と東洋系だったんだ。いきなり襲われてルッツとアニタが戦った。敵の四人を倒したんだぜ。町の者は武器を持たない。見ているしかなかったんだ」
  十四人いて四人が倒れた。残りは十人ということなのだが、流しているうち仲間は増えていくもので。

  許せない。店にあった商品がほとんど持ち去られてしまっている。住まいの側に倉庫のような地下があり、かろうじてそこには仕入れたばかりの品物がボール箱に詰められたまま残っていた。
  そしてそこに、錆びたスチールデスクの上に載った黒い無線機。ボール箱を開けてみて、そしたらそれは女の下着と服が少し。キャリーに見させて視線を外したときだった。
  ピィピィピィ
 無線が入った。亮はしばらく見つめていたがコールは鳴り止まない。
 「おいおい遅いぞ、早く出ろや」
  ドイツ語だった。
 「ルッツの店だが?」
  こちらは英語。とたんに相手が英語に変わった。
 「うむ? 君は? 弟を出してくれないか」
 「じゃあ兄貴か? デトレフって言ったっけ? 月からなのか?」
 「そうだ。君は誰だね、なぜそこにいる?」
 「俺は亮、日本人でルッツのダチさ」
 「ああ君か亮と言うのは。話だけは聞いてるよ」

 「冷静に聞いてくれ、ルッツが殺られた」
 「何だと・・」

 「一昨日のことだ。賊に襲われて殺された。一緒にいた女とともに戦ったそうだが」
 「アニタもか? アニタも死んだ?」
 「名まで知ってるとは」
 「聞いてるさ、もちろん」
 「そうか。揃ってさ、二人揃って殺された。店はハチの巣。知らせを聞いて駆けつけたんだが店の裏に十字架が二つできていた。町の者たちが葬ってくれたんだ」
  デトレフは絶句した。もしもいま地球にいたらと思うと、兄としてやりきれない。
  亮は言った。
 「仇は俺がとってやる。ルッツには世話になった。いい奴だったよ。許せねえ」
 「・・わかった、弟を頼む」
 「うむ、もちろんさ。兄貴のことを愛してた、これだけは言っとくぜ」

 「弟さんが・・」
 「仲がよかった友だちが駆けつけてくれていた。偶然話すことができたんだ」
  デトレフに涙はなかった。月へと送られたときすでに地球を諦めた男。けれども力ない言葉が兄の想いを物語る。
  ムーンアイ。そのときジョゼットが観測室にこもっていて、早苗にも海老沢にも知らせてはいなかった。オンタイムでそれぞれに仕事があり、とりわけ早苗は怪我をした者の手術中。
  そしてそのとき月面望遠鏡ムーンアイが捉えた悪魔の姿が大きなモニタに映し出されていた。軸が右斜めに傾いてパルサーを放射する中性子星の姿である。
  ジョゼットはモニタの電源を落とすと立ち上がり、放心して座り込むデトレフの横に座って大きな背中を撫でてやる。
 「いいんだ、それが弟の選んだ道だよ。可愛がった女と一緒に死ねて幸せだったと思う。仲のよかった友だちも仇はとると言ってくれた」
 「うん、そうなのね、うん」
 「ああそうだ。これでもう今度こそ未練はない。地球は終わる、いずれにしても」
 「そうね、うん、そうよね」
  涙を噛むデトレフの姿が心に刺さった。地球など終わればいい。くだらない。何もかもがどうでもいいとジョゼットは思うのだった。

  と、そんなとき、シルバーメタリックトーンのスペーススーツを着込んだ若い兵士が飛び込んで来る。
 「探しましたよ中佐、いますぐ船へ、ジョセットさんも」
 「私もですか?」
 「はい、海老沢さんもお待ちですので、とにかくすぐ」
  月へと送られたあのときのまま停泊する軍船のことである。
 「何があった?」
 「工事現場で大変なものが出たんです。このくらいの」 と言って、兵士は両手を横に開いた。
 「異星人と思われるものの死体が出たんです」
 「何だと、死体が?」
 「もはやミイラです。すごく小さい。そして細い。身長は五十センチほどかと。現場は大騒ぎになっています」
 「わかった行こう」
  ガツンと立ち上がったデトレフに、ジョゼットは軍人の強さを感じていた。

  軍船。兵士百名と武器を搭載する最先端の宇宙船だったのだが、あのとき着陸してから微動だにしていなかった。ダークグレーの船体がいかにも軍船というイメージであり、兵士以外を近づけないため、いまだに宇宙服で外に出て月面車に乗らなければならなかった。
  船に着き、呼吸できるチェンバーで宇宙服を脱ぎ去ると、気密ドアのすぐ外に海老沢が眸を輝かせて立っていた。
 「出たよ、信じられない」
  海老沢はデトレフそれにジョゼットを交互に見て興奮を隠せないといった面色でいる。父親が生涯をかけて探したものについに出会えた。
  狭い通路を行くと、医務室に出る。その硬いスチールベッドの上に、干からびたミイラ、まさにミイラとなった小さな体が横たわっているではないか。

  兵士が言った。
 「妙な樹脂でできた空間を発見したんです。そしたらそこに、この死体が」
  デトレフはうなずいた。
  異星人の死体は骨と皮。大人の手で握れてしまう体の細さ。全裸なのか、ザラザラした肌が剥き出しで着るものは一切身につけない。頭だけが少し大きく、頭蓋骨は額の部分が目立って大きい。小さな目が二つ、丸い耳も二つ、しかし鼻がまるでなく、小さな鼻孔だけが一つだけ穴となって空いている。
  胴体に比べて手足は長く、手も足も指は二本。蜘蛛のような細い指がのびていた。そして性器は、股間に小さな縦の亀裂。干からびた胸に乳房があったのかどうなのかまではわからなかったし、乳首のようなものはないようだ。

  しかしなぜ裸なのか?

  ジョゼットが言った。
 「これは女の子よ。処刑されたのではありませんか、裸なんておかしいし」
  海老沢も同じ見解だった。
 「ベースを放棄するとき裸にされて置き去りにされたんだ。処刑とみて間違いはないだろう。しかしジョゼット、デトレフ」
  デトレフがうなずいた。
 「やりましたね海老沢さん、ジョゼットも。ついに人類は異星人と出会ったんだ。それにしても小さい」
 「身長は四十七センチです。大人なのか子供なのか」
  と、若い兵士は興奮気味に言うのだった。

  裸の女を置き去りにして殺す。異星人は好戦的な種ではなかったかと、このときデトレフは考えていた。