馬鹿げた真実(九話)
五百万の人類を生かす? 留美が問うた。
「それどういうこと? 教えてくれるわね?」
マルグリットはうなずいた。
「どうせおしまいなんです人類は。私たちの世代には無関係なことですけれど、人類は月そのものを宇宙船として太陽系から脱出しようとしています」
いったい何を言いだすのか。こいつは馬鹿か。皆それぞれにぽかんとして顔を見合わせ、そのとき亮は、この女は質が違うと感じていた。
マルグリットは留美を見つめて言う。
「どうせ狂ってると思ってるでしょうね。でも違うの。いまからおよそ七十年後、私たちの太陽系は中性子星の引力圏に捕らえられてしまいます。太陽は毎秒およそ220キロの速度で銀河の中を回っている。その行き先に恐ろしい悪魔が待っているということなんです。ひとたびその引力圏に捕まれば惑星の軌道が乱されて地球もおしまい。大気が剥ぎ取られ、大地が引き裂かれ、やがてはバラバラに砕け散って地球そのものが宇宙のゴミになってしまう」
その月面都市の建設にルッツの兄貴が携わっている。亮は思い直してまじまじとマルグリットを見つめるのだった。
マルグリットはさらに言った。
「ムーンシップ計画と言います。月を宇宙船として、乗り込めるのは五百万人。その八割が若い女性で、凍結精子を積み込んで世代交代を重ねながらプロキシマケンタウリへと向かうんです。およそ四光年離れた新しい太陽を求めてね。すべての人種を生かすと説明しておきながら実質は白人優先。しかもそこでは強制受胎よ。いやおうなく子宮に種を植えられて子孫をつなぐ。選ばれた娘たちであっても家畜同然の扱いとなるでしょう」
亮はあらためて思い直した。だからHIGHLYどもはLOWERを減らそうとしているのだし、自分たちに危害が及ばなければ見ぬフリができるのだと。
留美が問うた。
「ひた隠しにしていると?」
「そうです。知られたらパニックになってしまうでしょうし月だって攻撃されかねません。だから私たちでさえが監視下に置かれている。HIGHLY同士であっても危険であれば抹殺される。申し訳ありませんがWORKERやLOWERは人ではありません。HIGHLYであってもそのときには見殺しにされるんです。ムーンシップの旅立ちはおよそ五十年後とされていて、そのとき地球に残った人類は滅亡するしかないのです」
「マジかよ、はじめて聞いたぜ、信じらんねえ」
男たちから次々に言葉ともため息ともつかない声が漏れ、亮は眉を上げながら、裸で座る女を見つめていた。この状況で嘘を言う意味はない。
亮は言った。
「なるほどね、それで奴らはガキどもを集めてやがるってことか。五十年先の優秀な娘へつないでいくために」
「ええ、それもそうです。子供たちといっても本音は白人それによほど優れた知能と肉体を持つ者のみ。男の子であれば優秀な精子を残すためだし、より完全な人間をつくっていくため。それ以外は結局のところ使い捨て。そんな世界が耐えられなくなりました。組織を辞めようとしただけで捕らえられそうになり、それで私は逃げたんです。みなさんもそうですが私たちの世代には無関係なこと。そのとき生きていたら私は百歳なんですよ、どのみちおしまいなんだし、せめて最後の地球人を自由に生きたいと思ったから。私は妊娠できません、自らそういう体にしてしまった」
亮は言う。それは穏やかというよりも淡々とした言いようだった。
「わかったぜ。誰か着るものをやりな、いまそんな気分にゃなれねえだろう」
マルグリットを囲む輪が解けて、留美や女たちが歩み寄る。
留美が言った。
「逃がすわけにはいかないの。ボスはやさしい人だからああ言ったけど、しばらくは裸のままでいてもらう。嵌め殺しの首輪をさせる。許してねマルグリット、あなたは奴隷よ、性奴隷」
思いもよらず残酷なことを言う留美。女たちだけでなく声の聞こえた男たちも振り向いて留美を見ていた。
そのとき亮と並んで歩き出そうとしたコネッサが亮の背中をぽーんと叩いた。
「さすがボスの女だよ。あえて辛く扱って向こうの世界を諦めさせようとしてるんだわ」
亮はちょっと眉を上げて微笑んだ。
「俺たちに同情させるためにもな」
「そうね、それもあるわね。賢いよ留美って子は」
コネッサは亮の頬にちょっとキスをして離れていった。
亮は意識して消えるようにその場を離れ、トイレのある岩間の流れの少し上流へと歩み、透き通った流れを見下ろしながら岩に座った。
ルッツはそれを知っていたと亮は思った。かつては一緒になって悪党どもと戦っていたのだが、あの町が静かになってから平穏に生きていたいというように穏やかな男になってしまった。人類には未来がない。未来があると思うから社会を良くしようとするのである。
「亮」
歩み寄る気配は察していた。キャリーだった。
「知らなかったわ、私だってHIGHLYだったのに」
亮はうんうんとうなずいてちょっと笑った。
「途方もねえ話だが作り話じゃねえだろうぜ。これで狂ったこの世が説明できる。
いま子供じゃなくてよかったぜ。七十年後など知ったこっちゃねえからな」
キャリーは傍らの岩に座りながら言った。
「それもあるから公表できないのよ。五十年先の若い娘と言うなら、まだ二世代先のこと。事実を知ったら子供を持って苦労しようとする親はいなくなる」
「そういうことだな。それでなくても向こうでは少子化だ」
「皮肉なものよね、WORKERだって奴隷なんだし」
「それを言うなら俺たちは犬畜生さ」
「だからよ。その犬畜生の中で子供が増えてる。向こうが本来の人間だよなって言うHIGHLYだって多いんだもん」
流れを見つめる亮の横顔がほくそ笑む。
「てめえの人生だけが平穏ならそれでいい。そんなもんよ」
「ここがそうなの。ああそんな・・」
マルグリットの声がしたのはそんなとき。透き通るように白い裸身、長い金髪。ボルトで固定するステンレスの首輪をされて、太いチェーンをリード代わりにバートに持たれ、男たち五人がぞろぞろ後をついてくる。
トイレはここだと言われたマルグリットの声だった。亮もキャリーも、すぐ傍らに現れた白い女にほくそ笑む。男たちはタフだった。地球の終焉など絵空事で実感がない。そんなことより目の前の裸の女を楽しんでいる。
ひとまたぎの流れに渡され二枚の板に足を分けてマルグリットはしゃがみ込んだ。
「どうしたほら、さっさとしねえか、あっはっは!」
「嫌です嫌ぁぁ、お願い見ないで」
ちぇっ、ったく元気な奴らだと亮が言うと、キャリーが笑って背中をぽんと叩いた。
「おぉう糞しやがったぜ、あっはっは、たまらねえケツしてやがる」
「腹にたまったもん、たっぷり出せや。綺麗に洗ってお楽しみはそれからよ、ひっひっひ」
バートまでが声高に笑い、すぐそばにいた亮やキャリーに目を向けた。
板をまたぐマルグリットの裸身が紅潮している。体の震えが豊かな乳房を揺らしているのが見てとれる。野獣のような男たちに前と後ろを囲まれての排泄は高貴な女を壊すのに充分だった。
「すんだらそこの柄杓で水をくんで洗うのさ、わかったかい。出せ出せ、もっと垂れ流せ、あっはっは」
男たちがゲラゲラ笑う。マルグリットの面色は青ざめていて、白い頬に涙が川のように流れていた。
リードを引かれて泣きながら板を降りた白い女を、二メートル近い巨体のバートがリードで吊るように引き寄せて、そしてちょっと亮を見た。
「いただくぜボス」
「ああ勝手にしろ」
男たちが一斉に獣の声をあげた。
リードを引かれてバートの胸板にたぐり寄せられ、さらに吊られて両足が爪先立ち。バートの腕力には抗えない。
バートの黒く太い指が金色の陰毛の奥底へと無造作に突っ込まれる。
「あンっ、あぁーっ!」
男たちが寄ってたかって、乳房を揉み潰し、尻肉をわしづかみ、バートの片腕で吊られながらバートに唇を奪われる。
「むぐぐ、うわぁぁーっ! きゃぁぁーっ!」
嵐のような陵辱。リードをバートから受け取った男の一人が、チェーンを腰に巻くようにして頭を下げさせ、尻を突き出させる。
「そんな嫌ぁぁーっ」
「やかましい! 尻を出して足を開かんかい!」
パシーッとバートの大きな手で尻っぺたをひっぱたかれ、女はぎゃっと声を上げた。腿まで下げたズボン。バートの黒い凶器が屹立し、それは前触れもなく白い尻の谷底へと突き立てられた。
「うわっ! あっあっ! 裂けます裂けるぅーっ! きゃぁぁーっ!」
くびれた腰を黒い両手にわしづかまれ、ぶるんぶるん震える尻を引き寄せられて、腰を使われぶち込まれる。マルグリットはチェーンのリードを腰に巻く前に立つ男の腰にしがみつき、獣の声をまき散らし、総身をがたがた震わせて叫び続けた。
あまりにも落差がありすぎる野獣のセックス。マルグリットはカッと眼を見開いたまま口を半開きに唾液を垂らし、達するなどという境地を超えた限りのないピークへと追いやられていく。
マルグリットの思いはキャリーにはよくわかる。つい数日前に嫌というほど教え込まれたこと。尻が震え、乳房が暴れ、総身に鳥肌が消えなくて脂汗にぬめってくる。恥辱という快楽の沼へ嵌まり込む女体。
「どうだ、いいか女!」
「はいぃ、いい、感じるぅ、ああ狂っちゃうーっ! うわぁぁーっ!」
注挿が速く深くなっていく。マルグリットは長い金髪を振り乱して錯乱した。
バートが果てて、それでも萎えない凶器が抜かれると、マルグリットは気を失ってがっくりと薄い草に崩れ落ちる。
仰向けに寝かされて両方の綺麗な乳首をひねり上げられ、痛みにもがいて目を開けると、Mの字に脚を開かされて次の陵辱。白目を剥いて気を失うと乳房を横殴りにひっぱたかれて目を開けて、頬を叩かれ目を開けて、次から次に犯される。
「わぅなむはぁうーっ!」
「はっはっは、イカレてやがるぜ」
喃語のイキ声。取り囲む男たちがほくそ笑み、射精が一巡するとふたたびバート。白い腿を割り裂いて黒く大きな尻が躍動する。
亮はちょっと鼻で笑い、傍らにいて見つめているキャリーへ目をやる。目と目が合ってキャリーは言った。
「もうダメね、私もそうだったけど、見てるだけで濡れてくるわよ」
「そうなのか?」
「それが女。心のどこかに陵辱を求めるもう一人の自分が棲んでいる。それは魔女でね、あんなふうに犯されると女は魔女の自分に素直になれる」
「あぁダメわぁ! イクぅうーン きゃわぁーっ!」
壮絶な声を聞いてキャリーは亮を見つめて眉を上げた。
「ほらね、よくてよくてたまらない、それが女の正体よ」
亮は、ふむとため息をつきながら言う。
「しかしな」
「そうね、そうやって子を宿しても産む意味がなくなった」
そうしている間にも、男たちの声とマルグリットのあられもない悲鳴を聞きつけて精液フルタンクの男たちがぞろぞろと集まって来る。
その男たちに亮は言った。
「おおい、こっちにもいるぜ、見てるだけで濡れるってよ」
「おおぅ!」
キャリーは半分笑った嫌味な横目を亮へと向けた。
「ひどい人ね、ふふふ」
微笑みながらキャリーは立ち上がり、群がってくる男たちに拉致された。
戻って来た亮を女たちの皆で見て、歩み寄って留美は笑う。
「ひどいことになってるでしょ?」
「なってるね。キャリーまでが加わったさ」
「亮はいいの参加しなくて?」
「それどころじゃねえだろう、心ここにあらずだよ」
「うん、そうも思うけど、なんだかね・・」
「うむ? なんだかねとは?」
「人権がどうの平等がどうの。そんな女って可愛いものかしら?」
「だから向こうは少子化なんだろ」
留美はうなずく。
「いい時代に生まれたのかなって思うのよ。地球の最期を見なくていいでしょ」
「いい時代に生まれたもんだぜって笑ってたさ」
「弟さんが?」
「うむ。なんでも女が居着いたそうだ」
「女の人が? 恋人なのね?」
「さあね、職を探して飛び込んできたらしい。アニタという黒人の女性だそうだ」
月面ベース。
そのとき地球からは三日月だったのだが、その夜の側に月面望遠鏡ムーンアイが据えられたモジュールは位置していた。
そのコントロールルームと背中合わせにある月のカフェ。カウンターの中にはすっかり女マスターとなってしまったジョゼットがいて、カウンターを挟んだ席にデトレフと女医の早苗が並んで座る。このとき海老沢は地下の建設現場に出向いていた。広いとは言えないカフェにはカウンターの他にもボックス席が四つほどあり、その三席に男や女が座っている。天井横には丸いガラスエリアの窓が鳥の目のように飛び出していて、半月ならぬ地球の上半分が青く輝いていたのだった。
早苗が言う。
「弟さんは知ってるの?」
「とっくに言ってある。笑い飛ばしてやがったさ、俺には関係ない話だってね」
ジョゼットがちょっとうなずき微笑んだ。
「そうなのよね、私たちには無関係。でも哀しい」
デトレフは言う。
「知らない方がいいことはあるものさ。ルッツの野郎も、そんなこと言ったって誰も信じやしねえよって笑ってら」
「あのことは知らせてる?」
そう言ったジョゼットにデトレフは首をちょっと横に振った。知らせてはいなかった。
月面の開発が進むうちに当然のように地球からは見えない月の裏側へと人の手がのびていく。
「愕然としたぜ、まさか先客がいようなんて、それこそ言ったところで信じる者はいないだろう」
月の裏側に、かなり以前に打ち捨てられたと思われる地下空間を発見した。どれほど前のものなのかは見当もつかない。銀色の不思議な樹脂で固められた壁面を持ち、しかし中はがらんどうで何一つ置いてはなかった。それほど広いものではないし天井も低かった。モジュールとモジュールをつなぐパイプも人が這って通り抜けるほどのサイズしかない。宇宙からの来訪者は小さな生命体だったと思われる。
そしてそれを知るのは、ここいるメンバーの他にほんの数人。そのとき月面車で探査に加わった軍の数人だけだった。極秘として地球には報告しない。そう決めていたのである。
ジョゼットは言う。
「地球上には理解に苦しむものがいろいろあるけど、それらの説明がついた気がする。人類ではとても勝てない文明を持つエイリアン。五十年後には私たちだってエイリアンになるのですからね」
早苗は言った。
「会ってみたい気がしない?」
デトレフが応じた。
「むしろ来てほしいぐらいだね。あれほどの技術があるなら分け与えてほしいもの。どんな動力を備えたどんな宇宙船でやってきたのか。どうして月を捨てて去ってしまったのか。いまいったいどこにいるのか。地球を救う手立てはないものか。訊きたいことはたくさんある」
ジョゼットは言う。
「弟さんには会いたくないの?」
デトレフは両手をひろげて首を竦める仕草をした。
「さあね、会ってあいつの人生を羨むのはまっぴらだし」
ジョゼットと早苗がカウンター越しに目を合わせ、そうかもしれないと言うように互いに目配せで笑っていた。