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逃亡者(八話)


  ひとまたぎの流れに板を二枚渡した便所の向こう側は背丈ほどの低木が茂るグリーンベルト。見た目には美しいものだったが毒蛇の棲み家ともなっていた。コネッサがやられたのもそのへんだ。
  そんな緑の中からヒュイという指笛の音が響いたのは翌々日の昼過ぎだった。今日は朝から空が冴えない。雨雲ではなかったものの白い雲に灰色の斑が混じる汚れた色が流れている。
  いつもの音を聴いたホルヘが亮の姿を探したが、そのときちょうど亮はトイレのある川から戻ろうとしているとき。ホルヘに言われるまでもなく笛の音は聞き取っていた。亮の姿を見つけて歩み寄るホルヘに、亮はわかっているとちょっと手を挙げ、ひとまたぎの川を跳んで向こう岸へと消えて行く。
  緑の中には蛇がくねるような獣道ができていて、踏み込むとほどなく、そこだけ森が途切れたゴツゴツとした岩場へと出るのだった。

  グレー迷彩の装甲ジープが遠くに見える。治安維持部隊、つまり警察もどきのクルマであった。
 「よぉ、生きてたか」
  濃茶と薄茶が混じり合う迷彩服。軍傘下の部隊であったから警察と言うよりも軍そのもの。銃身の短かなサブマシンガンを岩に立てかけ、その男は亮に向かってちょっと笑う。
  この男はヒューゴ・ヤンソン。フィンランド系のアメリカ人だった男である。身分としては本来WORKERなのだが、ヒューゴの妻がイギリス人女性でHIGHLY。それでしぶしぶHIGHLY居住区に暮らしている。
  WORKERどもから押収した武器を流してくれるのもヒューゴであり、ルッツのこともよく知っている。今日もまた木箱に入った銃器らしきものを持って来てくれていた。
  亮は軽く手を挙げ、歩み寄って岩に座った。
 「今度は何をしろと言うんだ?」
  ヒューゴは、まあそう言うなと言いながら、足下に置いた大きな木箱を顎でしゃくった。
 「ライフルと弾、手榴弾もあるぜ」
 「うむ、いつもすまねえ」
  ヒューゴは軽くウインクするような面色で微笑んだ。
  ヒューゴは身の丈二メートルほどもある大男で、かつてはベビー級ボクサーだった過去を持つ。しかしすでに齢四十を過ぎていて、いまでは贅肉も目立っている。銀髪の髪を軍隊式の刈り上げにしたシロクマのような猛者である。

  ヒューゴが言う。
 「さて、スネークバレーの一本道と言えばわかるな?」
 「わかるが?」
  ここから数十キロ南へ行った危険地帯。悪い連中が根城としている山岳帯へと続く一本道で、その途中、蛇のようにのたくった浅い谷を越えるのだったが、そこをスネークバレーと言う。
  ヒューゴは言う。
 「三月ほど前の話になるが国連の下部組織にいた女が逃げた。何があったのかはわからんがHIGHLY社会の中枢にいた女だ。俺たちに手配がかかっていて、WORKERどもの中に紛れようとしたんだろうが、とっ捕まったさ。女の名はマルグリット・ブノワ、フランス女で三十歳であるそうだ。引き取って殺せと命じられているんだがよ」
 「なるほど、そいつをかっさらえと?」
 「と言うより、突き出してくる連中がディスポでね、おまえにとってもいい話だと思ったんだが」

  ディスポ。処理や処分を意味するdisposalから、自らディスポと名乗る連中で、まさに何でもアリの悪党ども。手配のかかった者を突き出せばかなりな報償が与えられる。賞金稼ぎのようなものだった。しかし相手の数は多くない。人数ではほぼ互角と言えただろう。
  つまりこういうことだった。引き取れば殺さなければならなくなる。女を殺るのは寝覚めが悪い。またディスポにはほとほと手を焼いているのだが、神出鬼没で追いかけるわけにもいかなかったし、自ら力を行使すれば上に対して面倒な報告をしなければならなくなる。女のことよりもディスポをつぶせと言っているのだ。
  亮は応じた。
 「ルッツにそのことは?」
 「いや、言うにしのびなくてね。どうしたことか店に女がいやがった」
 「女?」
 「黒人のな。店員を雇ったそうなんだが、ずいぶん可愛がってるふうだったぜ」
  アニタだと亮は思った。
 「それでいい、奴は平穏に暮らしたい男だよ」
 「わかってるさ」

  かつてルッツと一緒に戦った相手がディスポの前身。その戦いでこちらも仲間が殺られていて、気に入らない連中の筆頭格のようなものだった。件の人買い連中からも獲物が流れていると聞いている。
  ヒューゴは言った。
 「落ち合うのはスネークバレーのちょい向こう、正午ジャスト。つまりな亮、こういうことにしたいのだよ。受け取りに行ってみたら女も含めて皆殺しにされていた。敵だらけの連中だからスジは通るぜ。クルマごと吹っ飛ばせ。現場写真でも撮って帰れば済むことよ」
 「女はどうする?」
 「さあな。そんとき死ぬならそれもいい。面倒はまっぴらだ。ただし逃がすな」
 「なるほどね、いかにも都合のいい話だが、わかったぜ、やってやる」
  亮はちょっと頭を掻いて苦笑したが、敵が敵だけに見過ごせる話ではない。殺された仲間の仇をとってやる。

  木箱の中には、旧式ながらよく手入れされた軍用ライフル三丁と弾丸、それに手榴弾が九発入っていた。箱を開けて眺めながら皆を集めて亮は言う。
 「まずはどこぞでボロ車をくすねて来い。道幅のない一本道だ、スタックさせて足を止める。出てきたところを蜂の巣にしてやるんだ」
  コネッサが言った。
 「女は生かす?」
 「そのつもりだが成り行きってことになるだろう」
 「それはいいけど面倒なことになるよね?」
 「まあな。逃がすわけにはいかなくなる」
  男の一人が笑ってコネッサに言った。
 「そうなりゃおめえ、ひっひっひ、裸でつないでおくしかあるめえよ」
  キャリーが言った。
 「その昔の奴隷だよね」
  亮が言う。
 「さてね、決めつけるのは早いぜ、女次第よ」
  やっぱり亮はやさしいと、留美はそばで聞いていてちょっと笑った。
 「女はともかくディスポだ、生かしちゃおけねえ」
  ホルヘが言って皆がうなずき、亮が言う。
 「そう言やぁ、ルッツがよ、あんときの女を可愛がってるようだぜ」
  留美とキャリーが視線を交差させて眉を上げた。

 「来たぜ、奴らだ」
  二日後の、昼にはかなり前の時刻。軍との接点ということで敵も慎重になっている。様子を探ることもあって約束の時刻よりもかなり早い。年代物のオープンタイプの軍用ジープが先と後に一台ずつ。そしてそれらに前後を挟まれるようにして鉄箱が載った大型の軍用ランドビークル。こちらとほぼ同じ陣容だった。
  オープンタイプのジープに男どもがそれぞれ四人。挟まれて進む鉄箱の中は窓に金網が嵌まっていてはっきりしないが、数人は乗っていると思われた。
  スネークバレーは長さ数キロに渡って連なる地溝帯であり、谷としては浅い方だがそれでも深いところで数十メートルは落ち込んで、引き裂かれたような鋭利な岩が目立つ場所。その谷の北側にかろうじて通れる道筋があって、そこは舗装路なのだが、谷を渡って少し行くと土と砂の道になってしまい、その先に岩山が連なっていて悪党どもの隠れ家が点在していた。
  治安維持部隊として、その程度のことはわかっていても手は出さない。下手に踏み込んで散らしてしまうとなお面倒なことになるからだ。WOEKERに属する治安維持部隊は現代の装備を持っていたが、HIGHLYの目が厳しく、手出しをすれば詳細な報告をしなければならなくなる。
  それでそうしたときに手先となって動いてくれるのが、じつはディスポのような連中なのだ。代わって処理しますぜということで、その名もディスポ。治安維持部隊としては痛し痒しなのだが、そんな中でとりわけディスポは悪かった。被害を訴えられれば対応せざるを得なくなる。

  谷を渡った向こう側の道筋に年代物の大型セダンがフロントを脱輪させてスタックしている。間際まできた敵の車列は一旦止まり、前後のジープから男たちが降りて来て、スタックしたクルマにロープをかけて引きずり上げようとしている。
  亮たち十人は、現場が見下ろせる岩陰に陣取った。わずか十数メートル下に敵はいた。
  先頭のジープ一台で上げようとしたのだったがタイヤが空転するだけで動かせない。スタックしたセダンは大きく、いかにジープであっても一台では無理。そこで今度は中に挟まれた大型の軍用車で上げようとしてロープをつなぎ直している。鉄箱からさらに三人の男たちが降り立った。それぞれがライフルを持っていたのだが作業ためにそこらに置いてかかっている。
 「中に女と、後一人」
  双眼鏡を覗いてバートが言い、亮はうなずき、皆が持つ十丁の軍用ライフルが一斉に狙いをつけた。
 「よし撃て!」
  タッタッタッターン! 銃声が重なってさながらマシンガンのような交錯する音となる。敵がバタバタ倒れていき、それでも銃に飛びついた何人かの応戦弾がこちらの岩をバシバシ抉る。
  残った敵は先頭のジープの陰に三人、そして箱の中の一人。
  バートが手榴弾のピンを抜き、先頭のジープの向こう側へと投げつけた。
  ドーン!
 「うわぁぁーっ!」
  炸裂して四方に散らばる破片でやられた男たちがジープの陰から転がり出てきて、のたうちもがく。逃さずライフル弾の餌食。
  鉄箱の中にいる男の一人が叫んだ。
 「撃つなーっ! 降参だ、撃つなーっ!」
  それがボスだろうと亮は思った。

 「クルマを降りろ! 女もだ!」
  それぞれに銃を構え、岩陰から動き出す五人。他の五人を岩陰に残しておいて援護させる陣形だ。
  鉄箱のリアゲートが開いてライトブルーのパンツスタイルの金髪の女が降ろされた。後ろ手に手錠をうたれている。それに続いて明らかに格上の男が一人。でっぷり肥った黒人だった。歳は四十そこそこかと思われる。
  ライフルを構えた四人を援護として歩み寄る、亮。
 「てめえがボスか?」
 「違う、俺は違う、ボスはアジトだ、ここには来てねえ」
 「だろうな。てめえら、まだ仲間がいやがるのか?」
 「いる。五人ほどだ」
 「後ろを向いてクルマに手を置け。妙な真似はするんじゃねえぞ。手錠のキイはどこにある?」
  男はクルマの中へと顎をしゃくった。
  亮はバートに目配せして女を確保させておき、別の一人に手錠のキイを探させる。女の手錠を外してやって男たち二人に左右から腕をつかませ、それから亮は後ろを向いたままの男に言った。
 「すまねえな、生かしておいちゃこっちの面が割れるんでね、あばよ」
  ターン!
  至近距離からの一発で敵は全滅した。

  散らばる死体それぞれにとどめの一発をくらわせて、死体のいくつかを前後のジープに放り込み、亮はそれから女に言った。
 「マルグリットだな?」
  女は金髪のロングヘヤー。色が白く、いかにもHIGHLYといったパンツスタイルでジャケットを着込んでいた。センスがいい。男どもに乱暴された形跡はない。驚くほどの美人だった。
 「脱げ」
 「え・・助けてくれるんじゃないの?」
 「だからだよ、さっさと脱げ。爆破する。女の服ぐらい散らばってねえと話にならん」
  しかしマルグリットはイヤイヤと首を振るだけで応じない。亮は両側から腕をつかむ二人に言った。
 「脱がせろ、パンツ一丁だ」
 「おぅ! ひひひ!」
 「嫌ぁぁーっ、嫌です嫌ぁぁーっ!」
  しかし腕をひねられ、大男に羽交い締めにされながら、着ているものを剥がされていく。下着は目の覚めるレモンイエロー。ブラが剥がされ、パンティだけは許された。豊かに張り詰める若い乳房、綺麗なピンクの乳首も美しい。

  カップの大きなブラジャーを受け取った亮は、そこらの死体から血糊をブラになすりつけ、さらに男たちの中から小柄な一人を選ぶと女の服を無理矢理着させて鉄箱に放り込むと、小型のダイナマイトを荷台に仕掛け、ブラジャーを引きちぎって車外に捨ててその場を離れた。
  最後に残った二人が手榴弾のピンを抜いて前後のジープに座らせた死体の足下へ転がして、走って岩陰へと転がり込む。
  ドォォーン! ドーン! ドーン!
  ダイナマイトと二発の手榴弾。こうしておけば死体の損傷が激しくて女の姿をしていれば女だと写真には写るはず。ヒューゴがうまくやってくれるだろう。

  透けるように白く美しいマルグリット。鉄箱の軍用車の対面シートの片側に左右を男二人に挟まれて乗せられた。レモンイエローのパンティだけの姿。両手で豊かな乳房を覆って身を丸くして震えている。
  そしてその対面シートの真ん中に亮が乗る。亮はあのときと同じ言葉を裸の女に突きつけた。
 「救われたと思うなよ、おまえ次第だ。俺たちだって山賊よ。おまえには手配がかかっている。引き渡されればどのみち死刑さ。諦めて死ぬのか、喰らいついてでも生きるのかってことだな」
  マルグリットは恐怖に青ざめていて言葉はなかった。
 「ふふん、いい女だぜ、たっぷり可愛がってやるからよ」
  横に座るホルヘが笑う。マルグリットはますます身を丸めて小さくなった。

  HIGHLYの世界とは決定的に違う、あたかも石器時代のような洞穴と岩と緑の世界。根城に連れて来られたマルグリットは、土の上に裸足で立たされ、周囲をぐるりと男や女に囲まれていた。同じ白人のキャリーだけが一歩退いて声もなく見守っている。
  椅子代わりにしている切り株に座る亮、そのすぐ横に座る留美。留美はもうボスの女ということになっていて、女たちでさえが一歩退いて接するようになっていた。
  金色の糸のようなロングヘヤーが風に揺らぐ。マルグリットは美しい。いかにもHIGHLYといった気品がある。HIGHLYにも当然のように格というものがあるのだが、中枢部にいた女だけのことはあると皆が思った。
  留美が言った。
 「脱ぎなさいマルグリット。救われたいと思うのなら忠誠を誓うこと。どのみち同じよ、裸にされて犯される。女ですもの、少しでもやさしくして欲しいでしょ?」
  留美に対して一目置くのはこういうところ。本気で相手のことを思っている。
  男女合わせて二十人ほどに囲まれていて、マルグリットは子猫のように震えていた。金色にシルエットを描く産毛までもが美しい。スリムだが肉付きも女そのもの。乳房もDサイズアップはあって、くびれて張る腰へのラインも彫像のようだった。

  留美が言う。
 「奴隷として犯されたい? 女として抱かれたい?」
  マルグリットは涙を溜めて日本人の女に向かって言うのだった。
 「わかりました、死にたくはありません」
  レモンイエローのパンティはマチが浅く、少しずらすだけで金色の性毛が露わとなった。囲まれた輪の中で、下着は丸まった布となり果てて、足先から抜き取られて一糸まとわぬ白い裸身。亮はちょっとうなずいて見上げながら座れと言った。
  マルグリットは静かに膝をついて、そのまま正座をするようになる。
 「いい尻してやがるぜ、ひっひっひ」
  後ろを囲む男たちが野卑て笑う。マルグリットの目は宝石のようなブルー。金色の長い睫毛が涙に濡れた。
 「そうよね、どうせおしまい、最後の人類を生きるしかないんです」
  小声で言ったその言葉に留美はちょっと首を傾げた。
  亮が言う。
 「いくつだ?」
 「三十歳になります」
 「なぜ逃げた? おまえは向こうの中枢にいたと聞くが?」
 「たまらなかったんです何もかもが。人への扱い、人類への見極め方、誰を生かして誰を殺すか。結局白人ばかりを優先し五百万人を生かす。そのとき乗り込めるのは白人の娘だけ。そんな決定が許せなかったし、だいたいにおいて公表しようともしていない。人権がどうのともっともらしく言っておきながら、着ている服を見透かすような色目で見られ、誘われて断ると敵視される」

  亮が言う。
 「何を言ってるんだ? 五百万人を生かすとはどういうことだ?」
  マルグリットは泣きながらもちょっと笑った。
 「ほらね、誰も知らない。地球上のほんの一部しか知らないこと。だからあの人たちは私を葬ろうとしたんです。機密情報みたいなものですからね」
  それからマルグリットが想像さえできないことを言い出すとは、このとき誰一人思わなかった。