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ボスの女(七話)


  アニタがつくる料理はなかなかのものだった。貧しい家に育ったからか、いまある物をうまく使って見栄えのいい料理に仕立てていく。
  ルッツの店には裏側に住居となる別棟が建っていた。ここらの家はほぼ平屋。拓かれた土地にゆとりがあったから二階を造る必要もなかったということだし、とりわけここは、かつては裕福な家だった。大きなダイニングテーブルにこれまではルッツが独り。だいたいにおいてテーブルなどは物を置く台であり、鍋でつくったものなら鍋からじかに喰うのがあたりまえ。
  しかし今夜からは違う。キッチンも綺麗にされたし、テーブルもすっきり片付けられて差し向かいで食べる夕食。どれぐらいぶりのことだろうと妙な気がしてルッツは可笑しくなった。

 「おぅ、なかなかやるじゃねえか、美味いぜ」
 「ほんと? なら嬉しいけど」
  飛び込んで来たばかりの女。しかしずっと前から知っていたような気がしてならない。穏やかな気持ちになれているとルッツは思ったし、何よりアニタの面色が飛び込んで来たときとはまるで違う。痩せ細った犬のようにびくびくしていた眸の色もずいぶん穏やかになっていた。
  アニタが言う。
 「おなかいっぱい。こんなに食べたのどのくらいぶりだろう」
 「そうなのか?」
 「あたしなんか奴隷みたいなものでした。人間扱いされなかったし、でもいつかそれが普通になって逆に気が楽だったんです」
 「狙われなかったか?」
 「体?」
 「うむ」
 「それは当然。だけどそれだって普通のことになってしまう。苦しさをせめていっとき忘れたい。女はそんなものなんです。寂しくてどれだけ泣いたか」

  そういう社会になってしまった。弱みにつけこまれれば逃げ出すには勇気がいる。それなりに定まった暮らしを簡単に捨てるほどLOWERたちの社会は甘くない。生きることに挑まなければ死ぬしかない。
  ルッツは言う。
 「ここもずいぶん穏やかになったんだぜ。俺はもともと兵士だったし町の者たちもこれではいかんと思ってた。略奪、喧嘩、レイプなんざ普通のことでな。俺はガンを持っていた。そのうち亮たちとも知り合ってよ」
 「さっきのお客さんですよね?」
 「そうだ、あの日本人だよ。奴らは山賊だがクソ野郎どもしか狙わねえ。奴の仲間っつうのがどいつもこいつもハンパな野郎ばかりでよ、亮と出会って生き方が変わった奴らばかりなのさ。俺と奴らでクソ野郎どもを追っ払ったもんだぜ」
 「いいお友だちなんですね」
 「そういうこった」
  ルッツはちょっと眉を上げて首を傾げる素振りをした。
 「ま、しけた話なんぞしたってしゃあない、さっさと片付けて寝ちまえや。ありがとな、明日からも頼んだぜ」
 「はい、もちろんです、私のほうこそよろしくお願いします」

  やさしい言葉をかけてもらった記憶のほとんどなかったアニタ。部屋も用意されて、そこには新しくはなかったものの信じられないほど綺麗なベッドも置かれてある。ドレッサーまでがついている広い部屋。何もかもがシンデレラのようだった。この家には女の気配がまるでない。マスターはずっと独りだったんだと考えた。
  広いキッチンで片付けをすませ、それからまたシャワーを浴びてソープで体中を綺麗に洗う。
 「私じゃダメよね」 と、アニタはぼそりと呟いて部屋へと戻った。
  ルッツの寝室とは一つ間を空けた部屋。ドレッサーの鏡を覗き込む。美人じゃないし私は黒人。堂々とした白人のマスターには似つかわしくない。そう思うと寂しくなって一度は寝た。まっさらなブルーのネグリジェも店にあった商品。何もかもがそれまでの自分とは違う。
  アニタは奮い立った。眸が冴えて眠れない。代償を求められない幸せが怖くなる。

  大きなドアをノックした。怖くてノックが弱くなる。何しに来やがった、失せろと言われそうで怖かった。
 「もうお休みになられましたか?」
 「いんや、まだだ。どした、入れ」
 「あ、はい」
  そっとノブを回すとカチャっと音がしてドアが開く。そのときアニタはネグリジェ姿。真新しいピンクの下着が透けていた。
  ドアだけ開けてみたものの突っ立ったままのアニタ。
 「どした? 蛇でも出たか?」
  ちょっと笑うアニタ。
 「ううん、そうじゃない。ねえマスター」
  ルッツは大きなダブルベッドから上半身をひねって顔を上げた。窓越しに射し込む外の明かりが浮き立たせる恐ろしいほどの胸板。毛むくじゃら。
 「私じゃダメですよね?」
 「どういうことだ?」
 「ブスなんだし胸小さいし、でも一度くらい夢を見たくて」
  女声が詰まり、涙声に変わっていく。
  ルッツは「ふむ」とため息をついてアニタの真意を見極めた。
 「ったく馬鹿な女よ、てめえはよ。さあ来い」
 「はい、抱いてください、怖くて私・・」
  泣いてしまってベッドへ走るアニタ。布団をめくられて飛び込むように潜り込んで、恐ろしい野獣の肉体にすがりつく。
  ルッツは、比べるまでもなく小さな黒い体をそっと抱き、微笑んで眸を見つめた。アニタは眸を反らせない。吐息が熱くなっていく。

 「私じゃダメみたい、相手にしてくれない」
 「奴らがそう言ったのか?」
 「おまえはボスの女だ、そっちへ行けって」
  洞穴の奥の亮のねぐら。横穴。留美はちょっと笑いながら歩み寄ると、ルッツの店で選んだばかりの青い花柄の下着姿となって亮の寝床へ身を横たえた。
 「キャリーはどうしてる?」
 「男たちが連れてった」
  亮はうなずくと留美を胸板に抱き寄せて肩を抱く。留美とキャリー、二人の女を好きにしろと男たちに委ねて独りになったのだったが、留美だけが追いやられて戻ってきたということだ。
 「キャリーが少し変わったみたい。あそこでほら、無惨に捨てられた死体を見て運命を悟ったんじゃないかしら」
 「おまえもな」
  留美は声もなくうなずくとトランクスだけで横たわる亮の体に女の白い手を這わせていった。
 「私ならいいのにね。ボスの女にされちゃった」
 「ボスだなんて思ってねえよ」
 「だからよ。亮がそうだからみんなはボスだと感じてる」
 「おまえが日本人だからだよ。ここらで日本の女は見かけねえ。日本語で話せる相手がいいだろうと奴らはそう思ってる。母国語で話せる相手。生まれ育った国への想いはそれぞれにあるからな」
 「ひどい世の中」
 「そうかな。俺はちょっと違うふうに考えてるぜ。こっちで人は人のままでいられるんだって。生き方を制約されない。と言うか、もはやそれさえも考えない」

  亮の肉体に触れているうち、留美は何もされていなくても濡れていた。下着を取り去り、亮のトランクスも取り上げて、体にまたがり尻越しに手をやって、硬くなって熱を持ちだした亮を自ら膣口に導いていく。
 「ぅン・・」
  ヌルリと侵入するものを楽しむように留美は静かに腰を使った。
 「感じるの、怖いほど感じるわ。キャリーを見てても思う。取り繕ってなんていられない。人は獣。脂汗にぬめるようなセックス、もがいて吼えるようなセックスなんて向こうにはないものよ。あのときキャリーは陵辱に感じてしまう自分自身を呪っていたはず。殺せ殺せと叫びながら、お尻を振って快楽を甘受していた。こんなのおかしい、私はそんな女じゃない。ひどいわ、ひどい。だけど次から次に犯されて、体はそれを快楽と受け取って可哀想な私じゃないと思っていたい・・」

 「生きること。それしかなかったんです。LOWERなんて呼ばれる前から底辺でした。だから私にとっては何一つ変わらない。私はきっとマゾではないけど、心よりも体が快楽なんだと錯覚する。それが陵辱だとしても、せめてものセックス。蔑まれて犯されていても、そのとき感じることだけが悦びだったんです」
  激しい性波は去っていた。おぅおぅと雄叫びを上げて達していく。黒い肌から淫水のようなイキ汗を搾り出して果てていく。夢のようなセックスだったとアニタは思い、ルッツにまたがり強い胸に身を委ね、ささやくように話していた。
 「雇ってもらえた恩返しというわけでもあるまい?」
  ルッツの視線は直線的に女の心に刺さっていく。
 「違います。夢の記憶さえあれば生きていける。性奴隷でもかまいません。マスターのために生きていたいと思ったから。だからマスター」
 「何だ?」
 「お願いですからやさしくしないで。怖いんです」
  ルッツは眉を上げてアニタを見つめ、黒い裸身の両肩をわしづかむと軽々とひっくり返してベッドの上に組み伏せた。
  そして、わかったと言うようにうなずくと毛むくじゃらの顔を寄せて唇を奪っていく。アニタは震える。たったそれだけのことなのに心が感じてアクメへと追い立てていくようだった。

  幾度もそこへ追い立てられて、白目を剥いて気を失うまで犯され抜いたキャリーは、男の一人が裸身を担ぎ、もう一人の男が着ていたものを丸めて持って、コネッサがねぐらとしてる横穴の中へと捨てるように置いていった。
  そのときコネッサのねぐらにはリンという東洋系の女も一緒で、亮のねぐらにもあるようなシングルベッドから引っ剥がして持ち込んだクッションの上で抱き合っていた。
 「ふふふ、ちょっと可哀想かな」
  捨てられた白人の裸身を見て、リンは笑い、だらしなくひろげたままの腿の間に懐中電灯の明かりを浴びせる。
 「どれほどやられたんだか、精液が流れ出してる。綺麗なアソコだよ白人のアソコは」
  リンとコネッサで脂汗にまみれた体を拭いてやり、血の滲む性器の周りも綺麗にしてやる。そのときキャリーが眸を開けた。
 「壊れちゃう。こんなことが続いたら狂っちゃう」
  リンが言う。
 「感じたかい?」
  キャリーは苦笑してまっ白な裸身をくねらせて起き上がった。
 「口惜しいのよ。どうして感じちゃうのか。レイプどころじゃないんだよ、次から次から。なのに私はよくてよくて吼えている」
  リンとコネッサが顔を見合わせてほくそ笑んだ。
  キャリーの棲む穴は決まっていない。ルッツの店で揃えた服はコネッサのねぐらに置いてある。キャリーは綺麗にされた自分の体を見回して、二人にありがとうと言うと、ロングTシャツのような寝間着を着込む。体に鉛を埋められたように動きが重く、腰が抜けて平らな岩の上に敷いたカーペットに崩れて座る。

  リンは小柄だったが肉付きはよく、いかにも女といったように乳房も張っていい体をしていた。
 「あたしはリンだよ、コネッサは知ってるね?」
  キャリーはうなずく。
  リンが言う。
 「ルッツのところに女が飛び込んだそうじゃないか。あたしも似たようなものだったんだ。あたしは香港。元はWORKER。職場で嫌な野郎にセクハラされて上に訴えたら、面倒だからって捨てられた。職探ししてる女は腐るほどいるからね」
 「それで人買いに?」
 「そうだよ、あんたと一緒さ。若い女はだいたいそうだよ、連れて来られて違う道を歩かなければならなくなる。リッチな変態野郎のところへ連れて行かれ、ひどい仕打ちを受けたんだ。隙を見て逃げたまではよかったけどさ、外はもっとひどかった。金がないだろ。何かして稼ごうとすると体を売り物にしなければならなくなる。ちっとはまともな連中を相手にしててもそうなんだ。だからまた逃げ出して彷徨った。賊に襲われて嬲り殺しにされそうになったとき、ここの皆に救われた。
ここの連中だって野獣だよ。けどね、犯され抜いて気づいたときには守られていた。よそから舞い込んだ牝を牡どもは蹂躙するが、仲間と認めると牡たちは守ってくれる。まさに獣の群れなのさ」
  コネッサが笑って言った。
 「あたしも気づいた。泣きわめいているのに、どうして感じるんだろうってね。もういい、逆らうのはやめよう、逃げたってもっとひどいことになる」
  リンが言う。
 「干からびた裸の女の死体を見たんだ。平原の隅っこに忘れ去られるように捨てられて乾いていた。東洋系の肌の色。こうはなりたくないと思ったものだよ」

  キャリーは言う。
 「私はHIGHLYだったけど、いまは憎い。WORKERでさえHIGHLYたちの奴隷みたいなものだから。人権だとかどうだとかきれい事を並べておきながら、不要となったら捨て去って知らん顔」
  リンが言う。
 「つまりは何一つ変わらないってことじゃんか。上は上、下は下」
  コネッサはキャリーの面色を黙って見ていた。諦めの眸の色を見透かした。しかし見定めた者の覚悟が見えはじめている。
 「もう死にたいなんて言わないだろ?」
  キャリーはこくりとうなずいてから、かすかな笑顔に変わって顔を上げた。
 「生きてみる。留美が言ってた。どのみちそうなら私は男たちが欲しがる女でいたいんだって。あの子は強いわ、信じられない」
  それにはリンもコネッサも眸を合わせてうなずいていた。
 「じゃ行くわ」
  リンが立った。乳房の谷も見事な下着だけの姿。Tシャツを着てジーンズを穿き込んで、いつの間にか消えていた。

  入れ替わりに狭い寝床に横たわり、黒いコネッサに抱かれる白いキャリー。
 「ここではビアンはNG?」
  コネッサは笑う。
 「何でもアリさ。明日死ぬとも知れないからね。怖いのは人だけじゃない、あたしは毒蛇にやられたんだ。いまではずいぶん少なくなったけど、うっかり草葉に踏み込むとヤバイのさ。血清が用意してあったから助かったようなもの。そのときひどい熱が出てね、そしたら男どもが川で冷やした体で次々に抱いてくれた。ああそうなんだと思ったもんだよ」
 「そうなんだ?」
 「男の情さ。愛なんておチャラけたもんじゃない。冷たくて気持ちよくて涙が出てきた。好きよ愛してるで結婚して、どんだけの夫婦が仮面なんだよ向こうでは。こっちは違う」
  キャリーは何も言わずにコネッサの乳房に顔をうずめてすがりつく。跳ね返すような弾力のある黒い乳房。キャリーはその乳首を探して吸いついて、静かに涙を溜めて眸を閉じた。