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十五話 力ない眸


  そのお栗がお光に連れられて女将の寝所へやって来たのは、その夜、さて寝ようとしたところ。美神はすでに夜具に身を横たえて、けれどまだ火鉢には火があって、油を燃やす小さな明かりも灯っていた。
 「女将さん、よろしいでしょうか、お光です」
 「いいよ、お入り」
  ここへ来て間がないというのにお光は女らしく、また大人の女の言葉を言えるようになったと思う。下働きでもよくやっている。芸者として躾けていっていいのではと、このとき美神は考えた。
  そっと襖が開くと、そこにお光が片膝で据わり、少し後ろにお栗が正座をして座っている。二人ともに、まだ寝間着に着替えてはいなかった。お栗は紅羽に髪を結ってもらい見違えるような娘となっている。幼な顔の残るお栗だったが、こうして見ると愛らしい。

 「どうしたんだい二人揃って?」
  お光は、まるで実の姉となったようにやさしい目でお栗を見つめて言うのだった。
 「お栗がちょっとお訊きしたいことがあるからって」
  ちょうどいい。美神としても邪視という不可思議な力のことを尋ねてみたいと思っていたし、そのことで言っておきたいこともある。
 「かまわないよ、いいからお入り」
 「はい」 と言って、お光はお栗の背をそっと押し、お栗一人を押しやって己は下がって行ったのだった。
  二人きりとなり、すでに寝間着の美神は、布団の上に座り直して綿入れを肩に羽織った。
 「寝間着になっちまったから、このままでいいだろ?」
 「はい、女将さん」
  お栗は布団の際で正座をしている。両手を膝に置いているのだが、どうにも身が定まらないといった様子。綺麗な着物を着せられて髪もちゃんと結ってもらうという暮らしに戸惑っているようだった。
 「何を訊きたいんだい?」
 「女って何だろ?」

 「え?」
 「この艶辰って、どういうところ? それから、あたしが棲んでいいのかって?」
  それきり黙り込んでしまったお栗を見つめ、美神は、この子なりに懸命に考えていると感じていた。
 「どうしてそう思ったんだい?」
 「朝の湯で、虎介の姉様と情介の姉様と湯に入り、けど二人は姉様じゃない。心は女だって言った。あたしより女っぽい。じゃああたしは何なのって思ってしまった。紅羽黒羽の姉様は恐ろしく強いのに、でもやさしくて。お艶さんて呼ばれてる三人もそうだし虎介情介の姉様だって、裸で芸もすれば、その・・抱かれたりもすると言う」
 「それで何が何だかわからなくなっちまったって?」
  お栗はちょっとうなずいて、なおも言った。
 「それもあるし、そんなみんなには役目もあるだろ。鷺羽鶴羽鷹羽の姉様はくノ一なんだし、ここはどういうところって思ってしまった。あたしなんて山猿なのにいていいのかって思ったし、それに・・」

  言いたいことはそこからだと美神は感じた。
 「思うことを吐き出しちまいな、言えばいいから」
 「はい。あたしは黒いし」
 「え? 黒いとは?」
 「ジ様に言われた。おまえの中には恨みの念が燃えているって。それは黒い焔(ほむら)のごとくで恐ろしいことだぞって」
 「うむ、そうだね、そう思うよ」
 「それであたし剣を習った。懸命にやれば強くなれる。けどそうなったときのあたしが怖い。悪人を許せなくなり平気で人を斬るようになるだろう。そのときあたしはきっと鬼。なのにまた女に戻れるものだろうかって」
  案じていたことをお栗自身がわかっている。宗志郎の言葉が思い出される。やがて気づくときが来る。美神はちょっとほっとした。
 「それにあたし・・」
 「まだあるのかい?」
 「あたしの目も怖いんだ。ジ様に言われた。おまえの中にも陰童子が眠っている。陰童子が黒い心を持つと化け物だって。怖くてならない。宗志郎様にも言われた」
 「宗さん、何て?」
 「黒に向かえば己の白に気づくだろうって」
  目をそむけず己を見つめよということだ。
  いきなり棲む世界が違ってしまい、奔流となって流れ込むすべてのものをさばききれない。

  お栗は顔を上げて美神をまっすぐ見つめて言った。
 「けどそれは、あたしが己を律していくこと。わかってるけど自信がない。だからあたし、このままここにいていいのかと思ってしまった。朝の風呂で・・」
  そしてまたうつむくお栗。心が激しく揺れていると美神は思う。
 「朝の風呂でどうしたって?」
 「あの二人は男。知らずに脱いだあたしを囲んで抱いてくれ、あったかくて、あたし震えた。お光の姉様は平気で抱かれ、その・・男のモノを可愛がってやっている。そしたらそれは大きくなって、なのにそれでもお光の姉様は笑ってる。あたしはまだ男を知らない。もう何が何だかわからなくなってしまった。あたしもいつか男を知るのか? そのときあたしは女になれるのかって? あたしの中には妖怪がいるんだよ。それでも女でいられるのかって。片方で人を斬り、なのにもう片方で女でいられるものかって思うんだ」
  うつむくお栗の二つの目が涙で揺れて美神を見つめた。

  美神は言った。
 「あたしがもし、おまえの親を殺した者どもに出会ったとする」
 「はい?」
 「鬼となって八つ裂きにするだろう。返り血を浴びて地獄の鬼のごとき姿となるが、振り向いて、鬼はおまえを抱いてやる。刹那、母のやさしさをもってだよ」
 「はい」
 「けどそれはおまえの恨みを晴らすというより、二度とおまえのような娘を出さないため。だってそうだろ、あたしは母ではないのだから、おまえにとっては慰めに過ぎないもの」
 「はい」
 「けど母の心を向けてやりたい。苦しみを吸い取ってやりたい。おまえの中にいるという妖怪の頭までも撫でてやりたい。おまえのままのおまえを守ってやりたいとそう思う」

 「はい」 と応えたその声が涙に揺れた。
 「男芸者はそんな心を客に向け、お艶さんはそんな心を客に向ける。そしてさまざま何かを背負って戻ってくる。いいことよりも口惜しいこと腹の立つことのほうが多いだろう」
 「はい、それはきっと。そう思います」
 「うむ。そしてそれをお光は吸い取ってやっている。それが嬉しくて男は勃てるし、勃ててくれて嬉しいからお光はそれを可愛がる。あたしもそうだよ。この身を投げだし、どうか癒えてほしいと抱いてやる。心と心が響き合うのに男女の別などありはしない」
 「はい、それもそう思います」
 「ならばお栗」
 「はい?」
 「おまえの中の妖怪を、なぜおまえは抱いてやらない? 怖がって遠ざけようとするから妖怪は哀しくなって暴れだす。人が人を抱くとき、じつは己を抱いているんだと思えばいい。川は一筋の流れからはじまって、流れ込む濁流に削られて、やがてゆったり流れる大河となる。削られれば川だって痛いはず。だけど川は逃げたりしない。流れを包み込んでじっと耐える。それが人。ゆえに人は他人の痛みがよくわかる」
 「はい」
 「おまえはいていいのかと言ったけど、皆はいてほしいと思うだろうし、けどあたしはそこがちょっと皆とは違う」
 「違う?」
 「ここにいろと叱ってやりたい。『俺』などと言おうものなら頬を叩いて叱ってやりたい。剣のできないおまえの尻を黒羽がどういう思いで叩いて叱るか、そこをよく考えてみることだね」

  お栗は涙の伝う顔を上げて美神を見つめた。
 「じゃあ、あたし・・」
 「あたしのそばにいてちょうだい。剣で黒羽に勝てるまで」
  うぅぅっ・・襖の向こうでお光の嗚咽。
 「ほらね、お光はね、おまえのことが大好きなんだ。そんなお光を捨て去って、おまえは出て行くって言うのかい?」
 「はい、嬉しいです、はい!」
  美神はお栗の肩越しに襖に言った。
 「お光、入っておいで」
 「はい、すみません、盗み聞きしてしまいました」
  襖を開けたお光。お栗よりずっと泣いてしまっている。

 「やれやれ、あたしまで泣けてくるよ」
  と笑って言うと、美神は二人の目の前で寝間着を脱ぎ去り、白い裸身となって両手をひろげた。
 「おいで二人とも、今宵はあたしを抱いて寝ておくれ」
  涙を溜めたお光に促され、涙を溜めたお栗も脱いで、娘二人が母のような美神の乳房に甘えていった。
  二人の娘を乳房に抱いて美神は言った。
 「明日からお光はお艶さんの部屋へ行く。芸者修行をはじめるよ」
 「はい」 と言ってお光は美神の左の乳房に頬を寄せた。
 「お栗は虎と情の部屋へ行く。思うままに過ごすがいい」
 「はい」 と言ってお栗は右の乳房に頬を寄せ、泣き濡れる目を閉じた。

  そしてその意味をお栗が悟るのは翌朝の剣の稽古の後だった。朝湯。芸者修行をはじめたお光の風呂はお艶さんの三人娘と一緒。お栗だけが虎介情介の二人と一緒。お光のいない場で女が一人。男二人の目のある中で裸になってお栗は赤くなっている。
  情介が言う。
 「お栗は未通女(おぼこ)なんだってね」
 「あ、はい」
  虎介が言う。
 「女らしい綺麗な体、羨ましいよ」
 「はい」
  どんどん声が小さくなってうつむくと、右と左に大きくなった男のそこのところが目に入る。
  かーっと燃えるような女の想いに戸惑うお栗。生唾をごまかして笑おうとするのだが、稽古で痣だらけにされた尻を撫でられ、背を撫でられて抱かれると、女の奥底が疼くような妙な感じに震えがくる。
 「あたしらで遊べばいいさ」 と虎に言われ、お栗はちょっと左右に首を振る。

 「嬉しいんです、あたし。夢のようだし。夕べだって女将さんが裸で抱いてくださって」
  情介が言う。
 「うんうん、よかったね。あたしらもそうなのさ、女将さんが抱いてくれ」
  その後を虎介が言う。
 「嬉しくて勃ててしまうと、そっと握って可愛がってくれるんだよ」
 「えぇー、そうなの?」
  虎が言う。
 「心地よくてあたしは喘ぎ」
  その後を情介が言う。
 「あたしも喘ぐ。女将さんは女陰を晒し、そしたらとろりと濡れていて」
  その後を虎介が言う。
 「あたしらで舐めて舐めて」
 「えぇー」 え? という言葉の言葉尻がのびていき息の声に変わっていく。信じられないというように、お栗は左右の姉様の顔を交互に見た。
  情介が言う。
 「お乳にも甘えてね、女将さんの体が震えてしなって達していくと、あたしらは嬉しくなって出してしまう」

  耳を塞ぎたい言葉。よくも言えたものだと思いながら、言葉だけで濡れはじめる己を感じてたまらない。
  虎介が言う。
 「ここへ来たとき、あたしらは役立たずにもほどがあり、女将さんに叱られて物差しでお尻をぶたれ、でもそうするうちにたまらなくなって勃ててしまう」
  その後を情介が言う。
 「勃ったものを笑われて、手でパシパシぶたれるとビクンビクン、それだけで出してしまうんだ。嬉しくて嬉しくて、このお方のためなら何でもできると思うようになっていき」
  その後を虎介が言う。
 「心がどんどん童に戻っていくんだよ。赤子に戻って、それでも小さくなっていくと人は女陰の中へと戻るだろ」
 「う、うん」
  息が乱れる。はっきり己で感ずるほどに濡れてくる。お栗はそっと左右で勃つものへと手をのばし、そっと触れてみて、握ってみる。
 「熱い。硬い。あたしといて嬉しいから?」
 「そうさ嬉しいから。お栗のこと大好きだよ」
 「うん。はぁぁ、ん、はぁぁ」
  女はこうなるものなのか。吐息が燃えるようだし生唾が湧いてきてたまらない。胸がドキドキ。寒気のような波に襲われ裸身が震える。女将さんはひどいと思った。こんなことが続いていくと、あたしはどんどん女になる。

  虎介が言う。
 「お光の女陰を可愛がってやるだろう」
 「は、はい?」
  情介が言う。
 「お光は濡れて愛らしい女となって」
 「はい、んっ、はぁぁ」
  虎介が言う。
 「お光が手でしてくれて、あたしらだって濡れてくる。心がさ」
 「はい、あぁん嫌ぁ、あたしヘン」
  虎が言う。
 「濡れたかい?」
 「う、うん。はぁぁ、泣きそう」
  笑われて抱かれながら、お栗は二人の勃つものを両手に握って嬉しかった。
  お栗の中に女としての小さな自信が生まれていたのかもしれなかった。

  その手を二人に取られて動かすことを教えてもらう。そうするものか。ドキドキしながらしごいていると、二人の息が熱くなり、虎介も情介もうっとり目を閉じ甘い声を漏らしだす。
 「はぁぁ、お栗」
 「いいよぉ、お栗」
 「あたしは女? ねえそうなの?」
 「いい女さ」
 「ほんとよ、お栗はやさしい女」
 「うん」 と小声で言いながら、熱い息を吐く姉様二人を交互に見る。
  虎介が少し早く、遅れて情介が、
 「あぅ!」
 「むぅ!」
  勃つものの先から白い粘りを弾かせた。お栗は目を丸くする。
 「これが出るってこと? 心地よくて出すってこと?」
  虎介が言った。
 「そうだよ、ああ嬉しい。これが女の中に入ると子ができるのさ」
 「えぇぇ、そうなの? 子ができるの?」
  何も知らない生娘。男女の意味をはじめて知って、あたしがそこへ導いてやれたことが嬉しくなる。お栗は十五。生娘のまま嫁にいくのがあたりまえの時代のこと。

  朝湯を終えて出て来たお栗を一目見て、宗志郎は、見違えるほど女らしい目をしていると感じていた。
 「おまえら、何かしたか?」
  二人揃って居並ぶ、まさしく女の虎介情介に耳打ちした宗志郎。
 「んふふ、それは内緒ぉ、んふふ」 と、しんねり色目の虎介。

  ゾワとする。訊くんじゃなかった宗志郎。