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十一話 美しき裸身


  美神の姿は神々しいまでに美しい。四十二歳。まさかと思わせる若さに悟郎太の目は吸い寄せられて目を切れない。
 「どうしたんだい、女房がいるからかい?」
 「あれは女房じゃねえ。なもん、いねえさ」

  悟郎太はちょっと笑うと美神の裸身を見つめながら脱いでいく。毛の中にあるような顔。全身毛だらけ。まさしく野獣の体躯を持つ風魔の猛者。美神は、そうした体躯が晒されたとき、すでに勃つ悟郎太の武器に微笑みながら、風が流すように寄り添うと、そっと抱かれ、抱かれながらますますいきり勃つ悟郎太に手をやって撫でるように可愛がる。
  最前の話の合間、「そこの女将のように魂を抜かれる女はいるものさ」と言ってまっすぐ見つめてくれた野獣の目に、かすかな諦めのような心根が透けていた。想ったところで高みの花。そんなような諦めであったのだろう。
  そしてそう感じたとたん、たまらなく可愛く思えてならかなった。あたしの女心が揺れた。揺れた心に嘘はつかない。それは男芸者の二人にも、お艶さんの三人娘にも、ずっとそうして教えてきた人の心。

  冬。裸身では寒く、悟郎太は背を押して湯へと誘う。自然のままの岩風呂はところによって背丈よりも深く、そちらに歩もうとすると手を引かれてとめられる。
  透き通った山の湯が陽光を散らしてきらきら輝く。岩を背にどっかと体を投げ出した悟郎太の上に浮くように、美神は男に抱かれていた。
  しかし悟郎太は抱くだけで手を出さない。それもまた男らしいけじめ。見かけの粗暴とはまるで違う筋の通し方も美神を震わせるものだった。
  抱かれていて目を見つめ合い、唇を求めていったのは美神のほう。そっと触れる静かな口づけが、いっそう美神を熱くする。
  しばし抱かれて男と女の凪を楽しみ、それから美神は湯を立って、すべすべとした岩肌に両手をついて悟郎太に背を向けた。膝の少し上ほどまでが湯に浸かり、白く熟れた二つの甘い桃が晒される。美神は腿を弛めて尻を上げた。「女将の名は?」
 「美神。美しき神と書く」
 「うむ、まさに」
  悟郎太は湯に沈み、美神の尻の下から毛だらけの顔を密やかな美花に寄せていく。

 「ぅん、くう、あぅ」

  女陰を舐め上げ、ますます濡れる花弁を吸い立てて、ザッと湯を乱す気配がし、強くなった悟郎太の切っ先が濡れる花にあてがわれた。美神はさらに尻を差し上げ、白い歯で唇を噛み、背を反らせて犬のように上を向く。
 「悟郎太、いい・・すごくいい・・」
 「参った。もはや頭も上がらぬよ」
  豊かに張って、突き上げのたびに揺れる乳房を揉みしだかれ、美神もまた白き獣と化していく。
  声は噛む。噛みきれなくて喘ぎとなって、声の代わりにぶるぶる震える尻肉を振り立てて、美神は達し、しかしそのときもまた悟郎太は女陰から去っていく。
  美神は振り向き、むしゃぶりつくように顔をくるんで口づけをすると、そのまま湯に落ち込んで、そそり勃つ悟郎太をほおばった。
 「ふふふ参った、はじめて知る女よ美神は」
  大きな男尻を抱きながら、吐き気をこらえて喉へと吸い込む美神。
 「ふぅ、むぅ、むうう!」
  男竿に漲る力が白き精を吐き出した。美神は喉を鳴らして飲み込みながら、それでも萎えない悟郎太をむしゃぶり続けた。

  宗志郎は脱ぎ去った。そのとき二人がそばにいたが、黒羽でも鷹羽でもなく、虎介そして情介だった。見た目は女。ここの者らも疑ってはいない。しかしそんなことはどうでもよかった。
  虎も情も首から下は男。なのにどちらも勃ててしまって恥ずかしげに手で隠す。
 「なぜ隠す?」
 「嬉しくて。あたしらを蔑まない」
 「蔑む? おまえたちもいい女だよ」
 「ほんと? ほんとのこと?」
  宗志郎は二人を両手に押しやって、湯に身を横たえて、両側から女二人に抱かれていた。いまもし誰かがやってきても、後ろからだとそうとしか思えなかったことだろう。
  歳は情介より下でも艶辰に長い虎介が言った。
 「庵主様もそう。こういう役目がたまにある。姉様たちが人を斬る。そうすると姉様たちに体を開いて抱いてやり、苦しみを吸い取って、けどそれだけじゃないんです」
 「とは?」
 「斬り捨てた相手のために掌を合わせていらっしゃる。あのお方は観音様。だからあたしら庵主様とお呼びする。あたしらだって抱いてくれ、あたしらは庵主様が達するまで導いて差し上げる。あたしらは震えてる。ちょっと触れていただくだけで達してしまうの。庵主様は笑われて、それがすごく楽しそう」
 「そうか、おまえたちも嬉しいな」
  情介が言う。
 「嬉しい。でもそれはあたしらだけじゃないんです。誰かが沈むと庵主様は寝所に呼ばれ、よしよしって抱いてやり」
 「うむ」
  宗志郎は二人の勃つものを両手にくるむと、同じように二人の手がやってくるのを許してやって、三人抱き合ったまま目を閉じた。

 「禿(かむろ)だなんて思いたくはないけれど」
  黒羽の横の夜具に眠る美神が言った。綺麗にされた部屋であっても、悟郎太ら、男の匂いが漂っている。
  禿は童。童を斬れというのか。
 「もしそうなら吉原あたり」
  黒羽が言った。
  遊女となるため修行をする年端もいかない娘らもまた禿。黒髪を結わず、おかっぱ頭にするから禿。そのような者を隠すなら遊郭が好都合なのだが、童が敵となるなら、これは辛い役目となる。
  紅羽はもちろん鷺羽鶴羽鷹羽の三人もそこにいてそんな声を聞いていた。
  美神は言う。
 「鷺鶴鷹は一足先に戻っておくれ。そのへん探ってみるんだね。宗さんの家を使えばいいだろう」
  江戸までまた三日。しかし忍びの脚なら二日で戻れ、しかも宗志郎の家があるから隠れて動ける。

  その頃また別の家で。
  そこは狭く、宗志郎のほか六人が雑魚寝のありさま。ところがお光がいちばん近く、甘えたがって抱きついてくる。眠っていながら抱きついて振り払うのも可哀想。宗志郎はそっと背中を撫でてやる。
  からくりが見えはじめた。そうした手で拐かした娘らを手なずけて家へと戻し、
あるとき何かの合図を送って狂わせる。しかし誰が、何のために?
  紀州より来た吉宗が将軍となって間もないいま、江戸を騒がせ、紀州と尾張をにらみ合わせる。将軍家の権威は失墜し、同時に徳川の家が揺れる。
  そうなると何が起こるか? 得をするのは誰なのか? 宗志郎はそこを考えていたのだった。
 「嫌ぁぁ・・もう嫌ぁぁ・・」
  寝言。すがりつく手。このお光は十七歳。この子と同じような娘が狙われ、捕らわれたとき呆けていたとしても死罪は免れない。怒りがこみ上げてくる。

  そしてまた別の家では、悟郎太そのほか、むさ苦しい雑魚寝となっていた。悟郎太は眠れない。
 「参ったぜ・・ふふふ」
 「どうしやした?」
  隣りにいた手下の一人が目を開けた。男だらけで寝苦しい。
 「あの女将よ」
 「へえ、なんともいい女で」
 「この俺に挑んできやがった」
 「ほう? 刀で?」
 「馬鹿かてめえは・・けっ・・とっとと寝やがれ」
  悟郎太は夢のような美神の裸身が忘れられない。
  あれは女の勝負だと考えた。身を賭した女の勝負。この俺を男と見込んで仕掛けてきた本気の勝負。
  あの者どもは命がけで働く輩。己の想いに嘘はつけない。そうした思いだったのだろうと考える。
 「和尚か・・まだ生きてやがったか化け物め」
 「ほっといていいんですかい、親みてえなもんでしょう」
 「まあな、かれこれ三年会ってねえ」
  悟郎太はいま三十四になろうとした。江戸に見切りをつけてこの地に戻ったのは数年前。それから二度ほど寺を訪ね、その最後が三年ほども前のこと。江戸にいる頃あの寺を出たり入ったり。思えばふらふら生きてきた。
 「それもまた夢のごとく・・か」
 「へっへっへ、フラれやしたか?」
 「てめえ! 絞め殺すぞ、この野郎!」

  伊豆への旅を終えて戻ったとき、艶辰はひっそりと静まって、戻ったというよりも訪ねてきたといった心持ちがした美神だった。鷺羽鶴羽鷹羽の三人はいなかった。ほんの一足、昨日の夜には戻ったはずだが、たった一日でできることは多くない。
  そしてその頃、永代橋のたもとで皆と別れた宗志郎一人だけが小さな家に帰り着く。夕刻前の刻限でじきに暗くなるというとき。そちらにも鷺羽鶴羽鷹羽の姿はなかったのだが。
  夜も更けて、湯船に浸かる頃になり、妙な気配が忍び込む。鷹羽であった。夜陰になじむ柿茶色の忍び装束。頭巾をした姿であったのだが、それは風呂場の外の景色。鷹羽は床下から畳を上げて戻っていた。
 「宗さん、鷹です」
  風呂の板戸越しに声がする。
 「うむ。戸口に気配なし。どっから入った?」
 「ふふふ床下から」
 「ふむ。さらにまた、どうしてこうした頃合いに」
 「ふふふ、黒羽の姉さんに斬られそう」
 「ほかの二人とここにいたのか?」
 「いえ散っており。我らは忍び、固まるヘマはいたしません」

  そして風呂から出てみると鷹羽は着替え、町女の姿だったのだが、黒髪はまとめて横に流していた。たたまれた忍び装束の上に妙なものが置いてある。
 「なるほどな、そうしたものであったのか」
 「え? 何が?」
 「そいつだよ。人吉とか申す口入れ屋が襲われたとき、幾筋もの引っ掻き傷がある屍があったそうだが、これでわかった」
 「ふふふ、だからあたしは鷹と呼ばれる」
  忍び装束の上にあったもの。それは鉄の板の先が三つに分かれた鷹の爪のような武器。両手の手首にはめ込んで握りを持つと、握り込んだ拳の先に三本の鋭い爪が備わるもの。鷹羽は言った。
 「鷹の爪と言ってね、いまは塗ってないけど先に毒を塗ったりもする。敵の剣も受けられれば、ちょいと引っ掻いてやるだけで泡を噴いて死んじまう」
 「なるほど恐ろしい女だってことがわかる代物」
  宗志郎は微笑んで、恐ろしげな鉄の爪へとふたたび目をやる。
  鷹羽は言った。
 「伊賀の中でも我ら一族だけに伝わる武器さ」
  宗志郎は眉を上げて首を竦めた。
 「鶴羽は甲賀で毒鞭を使い、鷺羽は戸隠で吹き矢の名手。それぞれが散り散りとなった哀しいくノ一」
 「まさに哀しい身の上だ。まあ風呂でも入ってくるんだな」

  鷹羽は、いきなり女となって戸惑った。この小さな家の風呂には脱衣がない。
  鷹羽は言う。
 「棟梁に言ってやるんだね」
 「何をだ?」
 「脱ぐとこぐらい造っとけって」
 「ふふふ、わかった言っておく。背中ぐらいは流してやるぞ」
 「ヤだよ、もう! 姉様が羨ましいさ」
  背を向ける宗志郎を気にしながら脱ぎ去って鷹羽は風呂へと入っていった。

  狭いといっても二人ならゆとりもある。夜具の間を空けて敷き、鷹羽は横寝となって宗志郎には背を向けた。黒羽への羨みが微笑みとなって眠れない。
 「眠れぬな」
 「あたしも」
  闇の中で互いに言って、宗志郎は言う。
 「そなたはどうして艶辰に?」
  しばらく声はなかったものの、そうするうちに衣擦れの音がして、鷹羽が逆向きに寝返って宗志郎を見て言った。
 「いまのお光と同じようなものなのさ。危ういところを救われた。そのとき女将さんと紅羽の姉様が一緒でね、相手はゴロツキどもが六人だった。それぞれが脇差しを持っていて」
 「うむ」
 「あたしは危ないと思った。あたしさえ伊賀の鷹女(ようじょ)に戻れば負けない相手」
 「うむ」
 「ところがだよ、そのとき板戸のつっかえ棒を手にした姉様の強いこと強いこと。
あたしでさえが声も出ない。後になって姉様が言うんだよ」
 「うむ?」
 「そのときあたしがその同じ棒を見る目でわかったって。ただの女中じゃないだろうって察したとき、それをあたしにさせてはいけない、だからあたしが手に取ったって」
 「そうか」
 「それで艶辰に連れて行かれ、そのとき紅羽と黒羽の姉様はすでに芸者。女将さんと三人だけの置屋だった。あたしが鷺羽を知っていて、鷺羽が鶴羽を知っていた。おちぶれたくノ一の末路なんて似たようなものだから。あたしらはさる小藩のお抱えでね。だけど蔵にある槍や鉄砲なんて錆び付いてる。太平の世に忍びなどまして無用」
 「そうか」
 「それでさ、艶辰に連れて行かれて、そしたら女将さんが抱いてくれた。毎夜毎夜、素裸で抱いてくださって、あたしを可愛がってくださった。それであたし三味線も踊りの稽古もさせてもらって芸者になった。いまのお光と同じように気張って気張って働いたんだ。だから宗さん、あのときお光を救ってやった宗さんの気持ちが嬉しくてね」

  しばしの無言。
 「かきつばた」
 「何だよ、ややこしく呼ばないで」
  鷹羽は闇の中で微笑んで、その目はキラキラ輝いていた。
 「そなたらに羽をつけたのは女将さんのようだな」

  鷹羽は急に黙り込み、涙を溜めて、ふたたび寝返り、背を向けた。