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三話 色狂い


 喜世州はつまり一夜の色を楽しむ店。と言って遊郭ほど露骨なものでもなく、呼ばれた芸者たちは客を選んで接していられる。今宵の三人、それに幼子の急な病で来られなくなった一人を加えた四人のお内儀たちは、虎介情介にとっては上客であり、あるところを限度に遊ぶ頃合いを心得た四人であった。
  虎介は二十歳、情介は三つ上の二十三歳であったのだが、色芸者としては虎介の方が姉様格で十八の頃より艶辰に籍を置いた。情介はまだ半年ほどである。
  三人の客の中の姉御格の女は沢という名であったが、喜世州では名など不要。どちらも桜色の湯文字だけにされて、女そのままにくねくね腰を振って踊る男芸者ににんまりしながら、女は丸められた白い紙を高く投げ上げ、虎介情介の二人が肩を突き合ったり押し倒したりしながらきゃっきゃと騒ぎ競い合って紙を拾う。紙は二人の間の背後の方まで転がって、競って取りつこうとするときに桜色の薄い湯文字にくっきり尻の形が透けていた。

 「ほら取ったぁ! 情介の勝ちにございますよー、あははは!」
  客を楽しませるのが色芸者。暗さは微塵もなく、情介は拾った紙を女たちに届けると、ちょっとはにかみ甘えた素振りで姉御格の一人に寄り添う。
  負けた虎介は頬を赤くしながら女たちに笑われながら素肌に残った最後の一枚を脱いでいく。褌などはしていない。下の毛も始末されて一切ない。湯文字を脱げばまっ白な丸裸。馴染みの客たちに可愛がられた覚えがそうさせるのか若い男竿は腹を打つほど勃っている。
 「あぁん、奥様ぁ、恥ずかしゅうございますぅ。こんなに勃ててしまい」
 「そうね恥ずかしい子。でもだめです、腰を振っていやらしく踊りなさい」
 「はぁい。あぁん嫌ぁぁん」
  虎介の若く白い裸身が羞恥に桜色に染まっている。天を衝いて屹立する男竿は血の筋を浮き立たせ、腰をくいくい入れて踊るたびに赤ベコのごとく竿を弾ませ、女たちは目を輝かせて笑っている。
  一方の勝ったほうの情介は、女たち三人に寄り添われ、三方から手が伸びて肌を撫でられ、湯文字の中に手を入れられて、こちらもまた頬を赤くして喘ぎ声を漏らしている。
 「情ちゃんは可愛いねぇ。ほうら心地いい。心地よくて果ててしまいそうだもんねぇ」
 「はぁい奥様ぁ、あぁん、心地いいですぅ、ありがとうございますぅ。情介は皆様をお慕いしますぅ」
 「ふふふ可愛いことを言う。ああたまらない、情介ぇ」
  こちらはこちらで女たち三人に寄ってたかって湯文字を奪われ、抱かれて体中を嬲られながら男竿をびくびく弾ませ甘い声を漏らしている。

  そうして情介を愛でながら、若い内儀の一人が裸で踊る虎介に言う。
 「虎ちゃんはダぁメ、負けたんだから恥ずかしいだけ。果てるなんて許されないんだから」
 「はぁい。ぅぅぅ辛いですぅ」
 「泣いちゃった。うふふ可愛いなぁ。嘘ですよ、さあいらっしゃい、ご褒美に舐めさせてあげようかしら」
  酒の席の裏側に襖で閉ざされる別な部屋が用意してあり、すでに布団がのべられてある。若い内儀の一人が立って丸裸の虎介の手を引いて襖の向こうへ消えていく。
 「さあ虎ちゃん、たっぷり舐めてあたしを果てさせておくれね」
  若い内儀は通(つう)と言うが、通は着物を脱いで襦袢だけの姿になると、布団に横たわって虎介を誘い、大きく腿を割っていく。
 「そんな奥様ぁ、そんなにまで想ってくださるなんて、ああ嬉しい、虎介は幸せ者ですぅ。心からお尽くしさせていただきますぅ」
 「ほらぁ、また泣く・・ああたまらない、なんて可愛い虎ちゃんでしょう」

  一夜と言えども本気で愛される。それが男芸者というものなのだが、虎介情介の二人はとりわけ情に厚く、女たちに贔屓にされていたのだった。いずれ名のある商家のお内儀が体を開くということは男芸者の誉れそのもの。虎介は、すでに濡れる淫らな女陰に迷うことなく舌先を這わせていった。
  ここ喜世州に集まるお内儀たちは、すでに子もあり、亭主との夜が絶えた者ばかり。不満もあり飢えもあり寂しくてたまらない。そうした鬱積を洗い流してやろうとする虎介情介の想いが、客たちには嬉しくてならないのだ。

  その夜の本所深川。永代橋にほど近いところにある置屋の艶辰に、今宵の座敷を終えた芸者たちが次々に戻って来る。
  最初に戻ったのは紅羽黒羽の姉妹。夜の五つ(九時半頃)。格子戸を開けて入ると二人はまっすぐ女将の待つ奥の間へと入って行った。
  四角い火鉢に炭が燃え、その後ろの小机に女将の美神(みかみ)が座っている。美神のさらに後ろには神棚が造られていた。
  姉の紅羽がちょっと腰を折って頭を下げた。続いて黒羽も同じように。
 「庵主様、ただいま戻りました」
  庵主。派手さのない縦縞の着物をまとい、しかし美しく結い上げた女髷。見るからに尼僧でもなさそうなのに、なぜか皆に庵主様と呼ばれていた。慈愛に満ちた観音様であるかのように。
  艶辰の女将である美神は、紅羽黒羽の二人にも引けを取らぬ絶世の美女。四十二歳になるのだったが、その見目形も紅羽黒羽に劣らず若い。かれこれもう八年となるのか、いつの間にかこの地に住み着き、置屋をはじめた女であった。しかし色商いのくだけた感じは微塵もない。どこぞの武家の奥方といった姿なのだが、話すとまるで感じが違った。

 「はいはい、お疲れさんよ。今宵の客はどうだったい?」
  まるで男。意図して色を消しているようにも思える美神。
  紅羽が言う。
 「藤兵衛の親方さんと、それから葉山様って若いお武家様。このお武家様が驚くお人で、人が好いったらありゃしません」
 「ほう、武家のくせにかい?」
 「なんでもお旗本の四男坊とか。己をそのまま出すお人で、この黒羽が寄り添うほど」
  そう言って横に座った妹を横目にすると、黒羽はちょっとうつむいて微笑むのだった。
  美神は言う。
 「ほうほう、そうかいそうかい、黒羽をしてそうなら間違いねえや。そいつはさぞかしいい男。ふっふっふ、よかったね黒羽」
  豪快な物言い。美神には人を虜にする不思議な技があるようだった。
  座敷はいい座敷ばかりとは限らない。口惜しい思い悲しい思いをして戻って来る芸者たちが、戻って美神と話したとたんに明るくなれる。すがりついていられる女将。そんなところから庵主と呼ばれるのか。

  黒羽が言った。
 「あのお方はかなりな使い手。あれほどの刀を見たのは久びさ。ゆえに己に素直でいられる、そんなお人」
  美神は微笑んでうなずくと、わずかだが眉をひそめて真顔に戻った。
 「で、あっちの方は?」
 「いえ、話にも出ませんでしたね」
  と黒羽が言い、美神はうなずくと奥に向けて顎をしゃくった。
 「二人とも湯にしな。のんびりしてるがいい」
  艶辰には大きな内風呂があり、戻った芸者たちがさっぱりできる。
  立ち上がりざまに紅羽が訊いた。
 「今宵はあたしらが先で?」
 「いや、美(みの)も彩(あや)も恋(れん)も奥にいるよ。鷺、鶴、鷹、それに虎と情は出てるけどね」
  と話しているところへ、格子戸の開く音がして、紅羽黒羽は奥へと去った。

  続いて戻ったのは、紅羽黒羽の姉妹に劣らず贔屓の多い、鷺羽(さぎは)、鶴羽(つるは)、鷹羽(たかは)の三名。それぞれに黒地に錦艶の着物を着込み、黒い羽織を羽織って戻ってくる。そしてやはり戻るなり美神の元へ。
 「庵主様、ただいま戻りました」
 「うんうん、お疲れさんよ。で? そっちはどうだったい?」
  三人は火鉢を囲むように腰を降ろし、中では姉御格の鶴羽が言った。
 「今宵も商家の者ばかり。噂にはなってるようで、しきりに怖い怖いと話してましたね。若い娘のいる家もあるらしく、けどいずれも紀州とは無縁ということ」
 「ふむ、そうかい。まあそうだろうね、そうちょくちょくあることでもないんだし」
  三人の中では若い鷹羽が言った。鷹羽は美しい女だったが、三人の中では眼が鋭い。
 「紀州や尾張とつながる商家と言っても雲をつかむような話。それとなくこちらから振ってみても、とりたたて何も」
 「そうかい、わかったよ。ついいましがた紅と黒が戻ってる。おまえたちも湯にするんだね。
  鶴羽は三十一歳、鷺羽は二十八歳、鷹羽は二十七歳。紅羽黒羽の姉妹と同様、ここまでの五名が辰巳芸者と言える顔ぶれ。芸は売れども色は売らない。
  しかし三者ともに足の運びが違い、気配を感じさせずに歩むことができる。並の女であるはずがなかった。
  そして先ほど、『美(みの)も彩(あや)も恋(れん)もいる』と美神が言った三名は、艶辰が抱える女の艶芸者。美は美介(みのすけ)、二十二歳。彩は彩介(あやのすけ)、二十歳。そして恋は恋介(れんのすけ)、まだ十九歳。この三名は脱いでも湯文字までの裸芸を売りとする女たちで、それぞれに弾むような若さを備え、色気を求めてやってくる者たちを楽しませる。

  それら女が八名に、男芸者の虎介情介を加えた十名を女将の美神が取り仕切る。それが置屋の艶辰のすべてであった。
  紅羽と黒羽の実の姉妹、そして鷺羽、鶴羽、鷹羽の五人の女たちには、また別の顔があり、そのほか五人の艶芸者にはそれぞれに辛い昔がある。
  そして、それもこれもを飲み込んで苦悩のすべてを吸い取るように美神がいる。艶辰とはそうしたところ。ゆえに皆は美神のことを庵主様と呼んでいる。

  その夜、最後に戻ったのは虎介情介の男芸者。顔を見るなり美神は言った。
 「今宵も辛かったね。よくやったよ二人とも、いい子だったよ」
  美神の言葉が女言葉に変わっている。歳は若くても艶辰に長くいる虎介が、ちょっとはにかむように微笑んで言う。
 「いいえ、そうではありません、今宵のお客様はご贔屓さん、それはやさしくしていただけ、可愛がっていただけますので」
  美神は穏やかに微笑んでうなずくと、芸者となってまだ日の浅い情介に向かって言う。
 「情はどうだい? 心を向ければ返してくれる。人とはそうしたもの。わかって来たかい?」
 「はい庵主様、夢のようです、恥ずかしくて泣いてしまうのですけど、あたしのほうから飛び込んでいくと、それはそっと抱いてくださり」
  涙ぐんで話す情介に、美神はうんうんとうなずいて、微笑みかけて言う。
 「二人とも湯になさい。褒美をあげるからあたしの寝所へおいでね」
 「はい、あぁん、はぁい庵主様ぁ」
  二人ともに涙を溜める。美神が好きでたまらない。美神のためなら命を賭しても惜しくない。虎介も情介も想いは同じ。

  風呂で清め、結い髪を下ろして横にまとめた虎介情介は二人ともに寝間着の姿。襖を閉ざしてひっそりと静まった廊下を歩き、女将の部屋の前で膝をつき、
 囁くように言う。
 「虎介です」
 「情介です」
 「うんうん、お入り」 と中から声がし、二人はそっと襖を開けて忍び込むように寝所へ入って襖を閉ざす。
  美神の寝所は八畳間。その真ん中に、普通の布団の倍ほども幅のある大きな布団がのべられてあり、美神はそのまた真ん中にうつぶせとなって寝そべっている。
 「さあ、あたしを癒やしておくれ。さあおいで」
 「はい、あぁぁ庵主様、心よりお慕い申し上げますぅ」
  二人の声が重なって、二人ともに寝間着を脱ぎ去り丸裸。大きな掛け布団をめくってみると、一糸まとわぬ美神の白い裸身が横たわる。
 「あぁぁ天女のごとき・・」
 「お綺麗です庵主様ぁ・・」
  このとき虎介は涙を溜め、情介はすでに泣いて涙が伝う。
  二人は、まさしく美神(びしん)のような白い裸身にそっと寄り添い、背を揉んで、足先から揉んでやり、それぞれ肌に唇を這わせていく。
  美神の白い手が、最前あれほど精を放って萎えたものが、ふたたび漲り、切なげに勃つ二人の男竿へと伸びていく。
 「ふふふ、熱い」
 「はぁい、あぁん心地いいです庵主様ぁ」
 「いい子・・さあもっとあたしを癒やしておくれ」
  うつぶせに寝そべったまま、美神の白い尻が開かれて少し上げられ、二人は泣きながら女の深い谷底へと顔を寄せる。

  そしてその頃、部屋を隔てた鷺羽、鶴羽、鷹羽の寝所の布団にくるまれ、鷺羽に彩介、鶴羽に恋介、鷹羽に美介と、女同士の一夜があった。
  彩介恋介美介にとって鷺羽鶴羽鷹羽は姉。その鷺羽鶴羽鷹羽にとって紅羽と黒羽は姉も同然。そしてそれは虎介情介の男芸者もそうなのだが、男二人にとって女はすべて姉も同然。女将の美神はすべての者の母も同然。それが艶辰のありようだった。
  命など灯火に過ぎず、それもそれぞれに通じる想い。心の向くまま肌を合わせ一夜の幸を拠り所に強く生きる。人としてあるべき姿で生きていたい。切ないまでの想いであった。
  
  紅羽と黒羽の姉妹には女将の美神同様に八畳間が与えられ、鷺羽鶴羽鷹羽の三人にはそれぞれ別な四畳半。彩介恋介美介には三人一緒の八畳間、そして男芸者の二人には二人一緒の六畳が配られた。一夜を明かすに寝所は自由。それも艶辰の夜である。
  今宵の紅羽黒羽は二人一緒で静かな夜。夜具の間を少し空け、互いに闇の虚空を見つめていた。
 「ふふふ、末様か・・」
  と黒羽がささやき、姉の紅羽がくすりと笑う。
 「気になるのかい?」
  黒羽はちょっと鼻で笑って言う。
 「さあ、どうだろう・・されどあの剣」
 「うむ、相当な業物と見たけどね」
 「あやつは使うよ。それだけに震えてしまう。男のやさしさは怖い。けどあやつのそれは少し違う」
 「そう思う。やさしいのではなく曝け出す。ゆえに怖い。突き進んで来られると退けなくなる。女とはそうしたもの」
 「ふふふ、さてね、どうだろう・・」
  それきり声が消え失せて、黒羽は目を閉じ、なのにちょっと微笑んだ。