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序章 お猿の弁士


 あ、さてさて。このお話、まずはお猿の弁士のあっしの口から言わせ
てもらう。

 時は享保(きょうほう)元年(1716年)、名君と誉れも高き八代将軍、
吉宗様が将軍となられし、その年よ。
 江戸は本所深川、だいたいそのへん。夜ともなれば辰巳芸者の行き交
う町に、艶辰なる置屋(おきや)があった。置屋の女将は美神と言うが、
なぜか人は庵主様と呼んでいた。歳の頃なら四十ちょっとの、それはそ
れはいい女。柿を見てみろ、腐る手前がいっちゃん美味え。

<登場人物①>
 艶辰(つやたつ)の女将 美神(みかみ)=庵主様。四十二歳。素性
 は不明。艶辰一門の総差配。君臨する美しき女帝といったところ。

 さてその艶辰、囲う芸者は合わせて十名。その中で、ひときわ色濃い
姉妹がいたさ。姉は紅羽、妹が黒羽と名乗る。わけあって武家を離れた
実の姉妹は、どちらも剣客。歳の頃なら姉三十二、妹三十ちょっきりだ。
どっちもどっちで見目麗しく、しかし剣を抜けば般若のごとく。とりわ
け黒羽の剣は鬼の舞い。今宵一夜の夢を見たくも、芸は売っても身は売
らねえ辰巳芸者の心意気っ。

<登場人物②③> 
 辰巳芸者 
 ②姉が紅羽(べには)で③妹、黒羽(くろは)。姉が三十二歳、妹は
 三十歳。武家の出で実の姉妹。瓜二つで双子のよう。すらりと中背、
 美しい。どちらも剣客、とりわけ黒羽の剣は恐ろしい。

 さて次だ。芸者としては妹分のようでもあるが、別な女が三人いる。
鷺羽、鶴羽、鷹羽だよ。鷺羽は耳を役目とし吹き矢を使う。鶴羽は毒鞭、
鷹羽はその名のごとく毒の爪を武器とする。三人揃って夜な夜な忍ぶく
ノ一で、剣でももちろん強いんだ。

<登場人物④⑤⑥>
 辰巳芸者
 ④鷺羽(さぎは)二十八歳。身軽であり、忍んで聞く並外れた耳を持
 つ。吹き矢の名手。
 ⑤鶴羽(つるは)三十一歳。切っ先に針のある毒鞭の使い手で自白に
 追い込む名手。
 ⑥鷹羽(たかは)二十七歳。毒爪を武器とする。
 揃って中背、それぞれもちろん美しい女忍者三人衆。芸者としても引
 っ張りだこ。

 まだいるぜ。艶芸者三人衆。美介、彩介、恋介の面々だ。男相手の裸
芸を得意とし、ときとして身を賭して敵に取り入る。この三人はぴっち
ぴちの娘っ子。それぞれ悲しい昔があって美神に拾われた娘らさ。武器
といえば匕首と毒針ぐらいで剣は持たねえ。

<登場人物⑦⑧⑨>
 艶芸者
 ⑦美介(みのすけ)二十二歳、⑧彩介(あやのすけ)二十歳、⑨恋介
 (れんのすけ)十九歳。脱いでも湯文字までの裸芸を得意とし、邪な
 男どもに取り入って探る役。元はいずれも町娘。

 そんで最後に、ちょっと吐きそな二人のことも話しておこう。男芸者
の虎介と情介だ。成りは女そのもので女形のようでもあるのだが、こい
つらは客が女ばかりのときに働く者ども。裸踊りも得意とし、枕芸者と
してだって女の寝所に入り込む。艶辰の女将にぞっこんで、美神のため
なら命もいらぬ下僕ども。女に虐められるのが大好きで、そのまた妖艶
な声と言ったらたまらねえ。

<登場人物⑩⑪>
 男芸者 ⑩虎介(とらのすけ)二十歳、⑪情介(じょうのすけ)二十三
 歳。くノ一三人衆に鍛えられ、毒を使う名手でもある。

 今回は登場人物が複雑ゆえ、前もって書いておかねえとならねえだろ
う。そんで作家の野郎が弁士のあっしを呼んだってことなんだ。以降あ
っしは二度とふたたび登場しねえ。
 弁士、猿飛ばす佐助とは俺のこと。これをもって、さようなら。