2017年02月07日

DINKS~フリーランサー(三四話)


三四話


「バロンどうでした?」
 翌日のユウは文章に添える挿し絵の打ち合わせでイラストレーターの事務所へ直行し、二時間ほど遅れて出社した。友紀は友紀で朝から女性誌の編集部で治子を加えて次号の会議。留美一人が孤立するように自社他社の雑誌をひろげてアイデアを練っていた。
 今日の留美は明るいグレーのミニスカートスーツ。受付け嬢だっただけに着こなしも化粧も洗練させる。
 バロンどうでしたとユウに訊かれ、それをきっかけに昼食を一緒にということになる。配属された実質の初日からいきなり一人では心細い。ユウを見て留美はほっとしたような面色だ。
 昼前になって内線電話。友紀は会議が少し長引きそうだからお昼は好きにしてくれていいと言う。

 社からは少し離れたイタリアンレストランのランチ。パスタとクオーターピザのセットを揃ってオーダー。食べながら話していた。三浦と友紀が何度か来る店だったが、そんなことは二人は知らない。
 留美が言った。
「早瀬さん素顔を見せてくれたんだ。サリナさんていう人とのこととか」
「ああ・・友紀さんらしい、堂々として隠さないもん。奴隷してるって言ってたでしょ?」
 留美は眸でうなずいた。
「びっくりしたし、おかげで夕べは悶々だった。サイト見たりしてたから。だけどアレね、家にいてご主人とはどうなのって思っちゃう」
 ユウは心配ないと手をひらひらさせて扇いでいる。
「いま旦那さんは単身赴任中なんだ。三か月いないんですって。だけどそっちはそっちでラブラブだしノープロブレムよ」
「そうなの? ラブラブ?」
「うん大丈夫。週に何度もウフンらしいし、友紀さんて旦那様こそまさにご主人様だって言ってるし。理解のある最高の彼だって」
「ふーん・・だったらなお・・」
 なおさらどうして・・という思い。留美は振り払うように言った。
「まあ、それなら妻としては最高だけどね。端から茶々を入れることでもないだろうし・・羨ましいわマジで」
「留美さん彼氏は?」
 留美はいないと首を振った。別れてしばらく経つと言う。

 ユウが意地悪げにふざけた面色でこそっと言う。
「留美さんて、そっちは?」
「どっち?」
「SとかMとか?」
 と、ミニマムボイス。
「だからそれなのよ、ゆうべ悶々だったって言ったでしょ。私はどっちでもない気がするけど女の子には興味ありかな。このあいだテレビで同性結婚のことをやってて、ちょっと興味アリだった。その矢先の移動だったし、いきなりもうエロどっぷりでしょ」
 と、ミニマムボイス。
「あははは、エロどっぷりはよかったねー、あははは!」
 と、普通の声量。
「馬鹿コノ・・声がデカイって・・」

 ユウはちょっと舌を出して周囲を見回す。店は混んでいてそれなりにうるさかった。
 ユウが言った。
「下のほら、及川さん」
「あ、うん?」
「彼女もレズ」
「そうなの? マジで?」
「マジもマジ、同性結婚を考えてる。お相手はSだし彼女はMだし、ぴったしだもん」
「ぴったしって・・はぁぁ我が国の女たちもそこまでいったか・・」
「けっ、よく言うよ、たったいま羨ましいって言ったばっかじゃん。浮気願望があるから不倫がいいんじゃないかって言ってたくせに」
「まあね・・そこまで脱げれば女は本望・・あーダメだ、ムラムラしてきた」
「あっはっは! おっかしい!」
「しぃ・・声がデカイって・・ふふふ、だけど女の本音なんてそんなもんだなと思ったわけよ。早瀬さんのこと尊敬しちゃう、勇気あるわ」
「それはね、ウチの彼・・じゃなくて女王様も言ってたよ、震えるほどオンナだって。いっそのこと友紀さんに抱いてって言ってみれば?」
「何を言うか・・馬鹿なんだからもう・・そんなことになったら・・」
 留美はちょっと首を傾げて浅いため息。
「どうなるの?」
「うるさい。もう出よ」

 そして社が近づいてきたとき、向こうから治子が一人で歩いてくる。今日も治子は濃紺のスカートスーツ。いつ取材になるかも知れず普段着というわけはいかなくなった。
 ユウが手をあげて笑った。
「あれ友紀さんは? 一人だけ?」
「そうなのよ、三浦さんとランチで、そのまま二人で外出みたいよ。瀬戸先生のところだって」
 話しながら治子は留美に会釈した。顔はもちろん知っているし友紀の下についたことも聞かされている。
 ほんとなら治子がいたいポジションだろうと気を回したユウ。感情がすれ違う前に仲良くして欲しかった。
「今宵はいかが? ちょいと行くかね?」
「オヤジかおまえは」
 ユウはおどけて杯の仕草。治子は苦笑して行くと言い、留美もぜひにと応えていた。
 女三人の居酒屋。話題はそれしかなかっただろう。
 けれど留美はサリナのブログの存在には触れなかった。友紀とサリナのどちらに対しても尊敬する想いが強い。

 正体不明の留美を前に治子はいきなり崩せない。観察しようとしたわけではなかったが留美の出方をうかがっていた。
「でユウ、さっきの話・・ほら」
「はいはい、そんなことになったらってヤツかな?」
「そうそう、そんなことになったら私なんて淫乱だわよ、狂っちゃいそう」
 ユウは、いっそ友紀に抱かれたら・・といった、さっきの話の脈絡を治子に告げた。
 留美が言う。
「ゆうべ・・自分でしちゃったんだ」
「オナ3-1? ひひひ」 と、ユウがちゃかす。
「2かよ馬鹿!」 と、治子が頭をひっぱたく。
 しかしそのとき留美一人が神妙な面色だった。二人はちょっと顔を見合わせ、私もそうだったと言うように眉を上げ合う。
 ユウが言った。眩しいほどの新妻の微笑みを身につけたユウ。
「あたしは女王様に出会って、この人しかいないって抜かれちゃった。魂からっぽ。裸で平伏してお願いしたのよね。奴隷でいいからおそばにいたいって。そしたら女王様はやさしくて、抱いてくれて、おまえはいい子だねって言ってくださる。それでも内心どうだろって思ってたけど、結婚しようと言われたときには夢のようだった」

 治子が微笑みながら言う。
「あたしたちもそれはそうかな。Sっぽいケイが好きだったし、泣かされて抱かれると溶けちゃいそうなんだもん。だけどユウ」
「うん?」
「ユウもそうだしバロンのyuuちゃんもそうだけど、二人を見ててケイとも話すんだ。・・あ、ケイって私の恋人ね」
 留美を見た治子。
「あ、うん、ちょっと聞いてる。それで何を話したの?」
 留美に言われて治子は苦笑して言うのだった。
「女はどうしたって赤ちゃんよねって・・本能なんだし背を向けていられるものかって話したのよ。そしたらケイめ・・くそぉムカつく」
「なんだなんだ、言えよほら」
「またちゃかす! いっぺん犯すよ!・・あのね、ケイが言うのよ、あたしを男に貸し出すって」
「ほぉ! なるほど!」
 治子がじとっとした視線をユウに向け、留美も笑って言う。
「できた子を二人の子として?」
「そういうこと。二人のママで育ててみるかって・・ったく、あたしは犬か、種付けじゃなんだから。ひどいと思わない?」
「ケイさんらしいと言えばそれまでだけど、まあ名案ではありそうね」
 ふたたび治子が、今度はユウの露わになった腿をこれでもかとひっぱたく。腿をさすりながらユウは言った。
「友紀さんもきっとどこかで・・」
「そう思うよ。ご主人とはラブラブなんだから、いつか後悔しないといいなって思っちゃうし」

 留美が言った。
「それにしても、早瀬さんに憧れて志願したけど凄い仕事ね・・濡れっぱなしって感じじゃない?」
「それは当然」 と、ユウがふんぞり返り、治子もうなずき、そして言った。
「寄せられる声を読んでると、どうしたって自分に置き換えてしまうんだ。そのへん友紀さんはどうだったって訊いたら、最初の頃はナプキンしてたって」
「わかるよそれ・・せつないし、泣けちゃうほど可愛いもん・・女っていいなぁって思うしさ」
 留美の声を最後に女三人、ため息のタイミングがぴしゃりと合った。
「てか、あたしはため息ついてる場合じゃないけどね」
 ユウが言って、治子が笑う。
「ほんとだよ。彼・・じゃなくて、女王様は親には会わせた?」
「もちろんよ。妊娠の報告と一緒にね」
「そのときモモさん、どんなスタイル?」
「いつもと一緒よ。堂々とした美女だった」
 留美はそばで双方を行き来して見つめていた。ちょっと信じらない世界にいる二人の後輩・・そうだよな、私は先輩だったと思うのだが、女としては複雑だ。治子が言う。
「それでおっけ?」
「そよ。イッパツおっけ。男らしい美女だもん」
「ふふっ、物は言いよう・・」 と、思わず留美は笑い、治子と眸を合わせて信じられないというように首を振った。

 ほろ酔いが留美の頬を朱に染める。
「・・何だろ、この気持ち」 と、留美。
「気持ちって?」 と、治子。
 留美は素顔の『私』になれていることが不思議だった。ベッドをともにした二人といるような気さえする。
「バロンでyuuちゃんて子に会って、早瀬さんにとんでもないことを告白されて・・それで今日こんな感じでしょ。私にだってもちろん願望はあるんだし・・いまのところどんな願望だかはクエスチョンでも、濡れてみたいって思うわよ。独り暮らしなんだし、やっぱりね・・寂しいなって思うことはよくあるし」
「バイブでも買ったら? ひひひ」
「そうしようかな・・」
「は? 冗談なんですけど?」
「ううん、マジそう思うよ。こっそり自分を調教したりして・・尊敬しちゃうよ早瀬さんのこと」
 そのとき治子が言った。
「女は攻めないと。待ってる時代じゃないんだし肉食女子の時代でしょ。不倫なんてまさにそうだもん。柵をこえていかないと夢はないよ。サリナさんてマスターの紹介なんだって。雑誌で『自虐マゾ』って特集をやろうとしたときに紹介されて、友紀さん大阪まで押しかけてホテルで抱かれたのがはじまりらしい」

 間違いない。あのブログはそうだと確信した留美だった。
「攻めるって言ってもどうやって? だいたいその前に整理しなきゃならないものもあるし」
 と、ユウが横から口を挟んだ。
「じゃあ治ちゃん、ケイちゃんに言ってあげればいいじゃんか」
「何をだよ! どうせヘンなこと言うんでしょ!」
「むふふ・・わかる?」
「ったく・・言ってみなさい」
「ケイ女王様にお願いするのよ、マゾな私を留美さんに貸し出してって」
「・・いっぺんコロスよ・・そんなことだろうと思ったわ、ばーか!」
 治子とユウは笑い転げ、けれども留美は心からは笑えない。こうした女たちに囲まれていて自分だけが殻の中では仕事にならない。書けないという意味ではなくて悶々として手につかないと考えた。

 数日がすぎていき、その日またバロンへ向かった友紀と留美。例によって客はなく、留美にすればこれでよくつぶれずにやっていられると思ったものだが、そんなことは二の次だった。
「早瀬さん、じつはちょっとお話が」
「うん? どうしたの恐縮しちゃって?」
「サリナさんにお会いしてみたいんです」
「・・それはどうして?」
「ゆうべも・・自分でしちゃって・・悶々としておかしくなりそう・・私も知ってみたいなって思ったけれど、でもどうやってって考えて・・」
 友紀はそばにいてうなずいているyuuを見て、すっかり萎んでしまった留美を見つめた。友紀がどう言うか、細川ももちろん見つめている。

「じゃあ、こういうことにしましょう。紹介はするけれど、それからのことは女王様にお任せする。約束できる?」
「それは・・はい。このままじゃ私、寂しくておかしくなりそうなんですもん」
 マスターは口を開かず、頼んでもいない二杯目の珈琲を支度した。

 横浜、港の見える高層ホテルに部屋をとる。
 距離の問題でサリナが先に部屋にいて、友紀は留美を連れて追いかけた。土曜日だったが生憎の雨。タクシーで乗り付けたときワイパーがきかなくなるほど降りが強くなっている。
「嵐ね」
 タクシーを降りて友紀が言い、留美は私にとって性の嵐がはじまる日だと考えた。ルームナンバーはわかっている。1722。鳥の視野で港を見渡す部屋だった。
 ドアが開いてサリナが迎える。今日のサリナは普段は着ない黒のロングドレス。濃いワインレッドのショートヘヤーに、窓からの鈍い光で紫色に見えるシルクの糸が絡むよう。化粧も整え、さながら舞台から抜け出た女王のようでもある。友紀はミニスカートにジャケット。留美はチャコールグレーのミニスカートスーツ。留美は緊張しきっていた。
「はじめましてサリナよ。留美ちゃんよね?」
「はい・・こちらこそはじめまして・・あぁ綺麗・・」

 美の次元が違う。それだけに一気に恐怖が押し寄せた。息が細かく分断されて、それが心を震わせる。

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