2017年02月06日

DINKS~フリーランサー(三三話)


三三話


「子供を持たないっていう価値観よね」
 と友紀が言って、ユウがちょっとうなずいた。

 友紀は言う。
「だいたい私は旧姓を名乗ってる。夫は峰岸、正式には私もそう。女は可能性を持って生きるべきだっていうのがもともとですけど、性的な意味での開放もあるなって感じるわ。・・その先はここではちょっと。ハネたらどっか行きましょうか」
 ところがユウが今日は彼と予定があってダメだと言う。
 友紀は留美を横目に見た。
「私ならいいですよ」
「留美ちゃんて、どこに住んでるの?」
「下北です、小田急の」
 下北沢。新宿ターミナルの私鉄沿線。友紀はバロンを思い浮かべた。

「私は笹塚。新宿あたりでいいなら、いいお店知ってるわよ」
「あー、バロンだ」 と、ユウが言った。
「バロン? スナックとか?」
「喫茶店よ。以前に雑誌で取り上げたS様がやってるお店。ちょくちょく寄るんだ」
「S様って・・SMの?」
「もちろんそうよ。知っておいて損のない男性よ。yuuちゃんて奥様がいて彼女はマゾ。赤ちゃんができて入籍したって」
 ユウはもちろん知っていて自分の姿に重ねるようにやさしく微笑む。
 ユウは変わった・・と言うか、ユウらしさを表現できるようになっている。友紀はそんなユウが眩しく思えてならなかった。

 社を定時きっちりに出てバロンに六時半すぎ。ちょうど一組いた女同士の客が帰るところ。妊婦のyuuはおなかを冷やさないようにルーズフィットのパンツスタイルにサロンエプロン。今日のマスターは黒のポロシャツにサロンエプロン。いい感じに夫婦だ友紀は思う。
「お? お連れさんとはめずらしい」
 マスターが言うと留美はちょっと会釈する。カウンターに並んで座る。
「今度チームを組むことになって、加わってくれる川上留美ちゃん、下北ですって住んでるの」
 yuuがちょっと頭を下げて、友紀は二人を紹介した。
「留美って呼んでください、どうぞよろしくお願いします」
 マスターが眉を上げた。
「こちらこそ。シケた店だがちょくちょく寄ってくださいな」

 二人ともブレンド。例によって、その場ブレンドで、留美はめずらしがってマスターの手元を見つめている。
 友紀が誰とはなしに言った。
「まったく困るよね、次って言われてもまたかよって感じだもん。私ってエッチの塊なんだろか」
「あははは、どうしたんですか? 次もまた?」
 yuuが明るく笑って言った。
「そっち系の本を今後もやってくって。ついては私が編集長なんだって」
「わおっ、責任重っ」
「そうなのよ、肩にずっしり・・そんなことでユウちゃんと・・あー、そうだ、そのユウですけどね、おめでたですって」
「ええー、もうなの!」
「ちぇっ、yuuちゃんだってそうじゃない、戻って間もなく・・」
 友紀は、yuuが郷里にいて主と離れていたことを留美に告げた。
「なのによ、ユウめ、子供を持たないDINKSをテーマにすれば面白いかもですって。よく言うよって感じじゃない。自分がそれなのに」
 留美は、いきなり崩れた素顔の友紀を探るようにくすくす笑った。
 怖い人ではないようだ。社の中で跳ねていると思った女。ところが怖くない。ヘンにガードしなくていいと感じていた。

 バロンに誘ったからにはいつか知られる。そういう知られ方を好まない友紀だった。
「バラすね留美ちゃん」
「えっえっ? バラすって?」
「私にとってのDINKSはどんどん性へ向かってる。レズのお相手がいて、彼女は私の奴隷であって、なのにいまは私が奴隷。厳しい人で毎日泣いて暮らしてる」
「・・そうなんですか? じゃあマゾ?」
「そうよマゾ。仕事のためじゃないのよ。女の愛とはこうしたものよって女王様に教えていただき、いつかきっと私は彼女に君臨する・・そのつもりだったんだけどマゾの幸せを知ってしまった。すべてが与えられるもの。ただ感謝して授かって牝として生きること・・もうダメかも私って」
 留美は静かに聞いていて、いつの間にか目の前に珈琲が出されていた。

「まったくいい女になったものだよ」

 そう言ってマスターがちょっと笑いyuuは少しうつむいて微笑んでいる。
「女王様のおかげよ。おそばにいられるだけで濡れちゃうし、抱かれると嬉しくて泣けてくる。しなやかで怖い人よサリナって」
 留美は信じられないといった面色で沈黙している。
「あの頃・・私のつくった雑誌は浅かった。まるで第三者。だからね留美ちゃん」
「あ、はい・・そうですよね、自分のこととして考えないといけませんよね」
「そういうこと。ユウだってモモさんと出会って幸せになってくれたし、人との出会いがすべてだと感謝しないと、いつかしっぺ返しが来るんだから」
「・・はい」
 留美から虚勢が消えたと友紀は感じた。

 その留美が言う。
「ユウちゃんの旦那さんてニューハーフさんなんですって?」
「誰から聞いたの?」
「ユウちゃんから、ついさっき」
 友紀はちょっと眉を上げて、笑い息をつきながらyuuを見て言った。
「心から慕う人と添えれば幸せ。私はまだまだ修行の身ってところかしら」
 留美はしばらく黙って友紀を見て、それから小声で話しだす。
「私もDINKSが夢なんです。単純に仕事は続けていたいし、ときめきをなくして生きるなんてまっぴらですもん。もっともまだ先はあるけれど、たぶん私はDINKS・・もしくはずっと独りかなって。いまはまだ結婚に悩む歳でもありませんけど、いつかきっと悩むだろうし、だいたいそこまで理解ある男性がいるのかどうか。常識的に結婚し常識的に子供ができて女が終わる・・みたいな人生が怖いんですよ。ですから私、早瀬さんに憧れていたんです」
 まさかでしょと言うように友紀が笑おうとする前にマスターが言った。
「だろうね」
 一斉に顔を見る。
「憧れられてますます恥ずかしい・・違うかな?」
「ええ、恥ずかしい。私そろそろ・・戻って女王様にお仕えしたい」
 マスターはうなずいて、留美にも言う。
「あなたも今日のところはお帰りなさい。独りになって素晴らしい先輩のことを考えていればいい」

 外に出て留美は言った。
「感謝っていい言葉ですよね。じゃあ私」
「うん、気をつけて。マジでアイデアたのんます。頭ん中が腐ってきそうなんだもん。ふふふ」
 ぽんと背中を叩いて、そこで別れた。

 電車に乗ってサリナのことばかりがかけめぐる。私に女王なんてムリっ。可笑しくなって流れていく景色を見ている。
 戻って八時前。バロンを覗いておきながら十分ほどしかいなかった。
 サリナの部屋には気配がない。そろそろ戻ってくるはずで。
 友紀は全裸になると紫色の首輪をつけて、そのとき玄関先に気配がした。タッチの差。飛んで出て額をこすって平伏した。
「ご飯は?」
「いいえ、いま戻ったばかりです」
「だろうと思った。忙しい?」
 靴を脱いで上がった女王の足先にキスをして、友紀は今後の仕事の流れを告げた。
「へえぇ編集長に? 三浦さんのお心使いね」
「そうだと思います。ハードルを上げて挑めと言ってくださった」
「そういうこと。お立ち友紀、可愛いよ」
 抱き締められて唇を与えられ、手がのびて花園をまさぐられる。
「あぁぁ女王様・・嬉しいです・・ありがとうございます」
 サリナは奴隷の尻を軽く叩き、夕食は外でと言った。

 下北沢の自室に戻った留美は、シャワーを済ませて全裸でベッドに倒れていた。街中の部屋はカーテンを開けられないものだが、全裸ではまして閉ざされる。
「彼女がマゾ・・嘘でしょう・・」
 思い立ってベッドを離れ、そのときかぶりのネグリジェを着込んでしまって、デスクにつく。パソコン。ネットでその種のサイトを見てみようと思い立つ。SMだとかレズだとか、突然リアルなものとなって迫って来た女の性に、戸惑いよりもときめてしまう自分を感じる。

 DINKSについてもそうだ。漠然と考えていたものが、友紀を前にリアルな夫婦像となって描かれてきている。いまごろ彼女は女王様に平伏して調教されているんだろう。息苦しく体が熱くなる思いがした。
 SMサイトを見渡して濡れてくる。リンクをたどってM女性のブログを見つけ、せつない言葉に震えてくる。バロン。はじめて出会ったリアルなSMカップル。ニューハーフを夫に選んだ歳下のユウ。あらゆる性が押し寄せてくる実感にドキドキしてたまらない。
 いまの私ではとても書けないと思ったときに奮い立つ気分になれるのだったが、それはつまり私自身を解き放てということか・・と、戸惑いとなって襲いかかるプレッシャー。

 しかしだから留美の心は浮き立った。SM、レズ、まずは画像を見渡して、その中に自分の裸身をハメてみる。
「どうなっていくんだろ・・きっと変わる・・」
 私は変わると確信できて、とんでもない仕事だったと、いまさらちょっと後悔した。
 ブラウザを一度消し、ノートを閉じてみたのだったが、SMシーンが鮮烈すぎて焼き付いてしまっていた。
 それでなにげに検索ワードを入れてみる。
『SM マゾ 虐待 奴隷』
 さまざまなサイトがヒットして、そんな中に『自虐』というワードを見つけた留美だった。それはブログ。できたばかりらしくって、記事はまだ数篇しか載っていない。

 タイトルは、『自虐のサリナ』

 私はサリナ。生涯を女王様に捧げたマゾ牝ですけど、
 そんな私が、いまは女王様を調教している。
 女王になりきれない彼女の素敵さを壊してやるため。
 思いやりはマゾにとっては寂しいものです。やさしさ
 なんて世の中にはあふれていて、だから別離を思うと
 怖くなる。

 私は一本鞭で打ち据えて女王様をおんおん泣かせ、
 浣腸して笑ってやって、お顔にまたがって汚れたアナ
 ルを舐めさせて、おしっこさえも飲むことを強要し、その
 ご褒美に立っていられず倒れるまでディルドを使わせ、
 女の本気を見せつけてやっている。

 ああ女王様、なんてひどい奴隷でしょうね。
 どうか厳しいお仕置きを・・。

 これは密かに綴るブログです。いつかきっと女王様に
 お見せして、お怒りをかってお仕置きされることでしょう。
 女王の本気は恐怖です。そう思うと、私の握る一本鞭が
 どんどん強くなっていく・・。

「これは・・早瀬さん?」
 言葉はまだ続いていたが胸が締め付けられてその先は読めなかった。 早瀬さんとサリナと言う女王様のことだと留美は思った。状況からも間違いない。レズであり、奴隷が女王を責めるなんて普通はない。ついさっき別れた友紀の背中が蘇る。
「はぁぁン嫌だぁ・・ダメよ濡れちゃう・・すごすぎだもん・・」
 留美は下着の底に手を入れて、熱を持つ留美自身を慰めた。
 同じ女として感じる羨望に、留美は激しく濡らしてしまっていた。

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