2017年02月06日

DINKS~フリーランサー(三二話)


三二話


 あるときふと、開放と解放の違いを考えたことがある。開かれ
 て放たれるのと解かれて放たれるのとの違い。囲われていた
 柵をこえていくのと、縛られて動けなかった辛苦から放たれる
 ことと。よくわからない思考が頭から離れなかった。

 友紀を見ていて私が理想とする女王・・魔女・・そして女神と
 なれる資質を感じる。でもそれは資質であって、友紀自身は
 気づいていないようだし、まっすぐすぎる危うさをともなった
 ガラスのような人でもある。
 開放と解放の違いに悩んだ私と同質の面倒な生真面目さも
 そうでしょうが、女王様と奴隷というイメージに酔う子供っぽさ
 もそのうちで・・。

 三か月だけの性奴隷。私はそれを、私の女王様として君臨
 するための試練を彼女自らが望んでくれたものと理解したい。
 友紀のサディズムは甘いのよ。平穏に生きてきた女らしさを
 そのままに、ただちょっとSっぽいというだけで。
 私のマゾヒズムはそんなものではありません。ゲームじゃない
 のよ友紀。闇の中で見る一条の光。その中に女王様は立っ
 ている。奴隷の私は、どうしたって到達できない眩い光をめが
 けて蠢いているだけの存在。男たちに貸し出されて犯される
 ならそれもいいし、鞭傷の消えない日々ならそれもいい。

 命がけで奴隷を生きたい。そのためには友紀を一度壊して
 やって、あの子の中の恐ろしい魔女を目覚めさせてやらなけ
 ればならないでしょう。
 破滅なんて望んでいない。それどころか女王に愛される素敵
 なレディでいたいと思う。
 友紀は性に奔放なのかもしれないけれど、開放も解放も、そ
 の次元に達していない。どうしていいかもわからないまま激情
 に流されているだけで・・女王未満の多くのS女といまはまだ
 そっくり同じ顔をしています。

 怖いのよ私って。私のマゾヒズムは美しい愛ではありません。


 ちょっと遅く、お酒の匂いをほのかにさせて戻った友紀。私は顔を見つめます。男がいるなと直感したし、そうよ、それでいいのよと、友紀の変化が嬉しかった。そろそろ狡さを知ってほしい。少しぐらいの汚れを身につけて女の性(さが)に苦しんで、奴隷の私に癒やしを求める。それでこそ女王様。だから書いてあげたでしょう。魔女でなければ私の女神様にはなれないって。
 全裸にさせて首輪を与え、友紀が私にしたように、私が用意した夕食を私が噛んで吐き出して与えていく。足下に正座をさせて上を向かせて口を開けさせ、捨てるように食べさせてやるんです。
「美味しいよね?」
「はい、女王様」
 友紀が私にした中でこうしたマゾらしい餌のひとときは、私は好き。身分の違いを思い知って震えます。

 そうして食事を終えて、私は用意したプレゼントを友紀に手渡し開けさせる。白い革の一本鞭。短めで革の強いハードな鞭です。友紀は鞭を巻いて両手に持って、うつむいてしまって唇を噛んでいる。
「どうしたの? 嬉しくない? 顔を上げて」
 泣いているように潤んだ眸。いい眸をすると思って見ている。
「男がいるわね? お酒を飲むなんて、それ以外に考えられない」
 消えるような声で『はい』と応えて小さくなって竦んでいる。
「・・上司です、編集長」
「誰だろうとかまわない。いいわ貸し出してあげます。ただしそのとき、おまえは貸し出された性奴隷。彼に対して失礼のないよう尽くすだけ尽くして犯されてくることね。甘えなんて許しませんよ」

 これで友紀は心が軽い。あの子のことだもの、私に対して浮気のつもりになられては、これからの調教が単なる罰になってしまう。
「だけどあれね、奴隷の体に鞭傷ひとつないようでは私が笑われる。そこに立って手は頭。傷の消えないうちに抱かれてらっしゃい、わかったわね!」
「はい、女王様、おやさしい・・」
 涙を溜める友紀でした。私の想いをちゃんとくんでくれている。賢いし、よく考える人柄が私は好きでたまりません。

 受け取った一本鞭をひゅんと振り、背中から回し込んで乳房を打った。
ピシーッといい音がする。
「きゃぅ!」
 友紀はあまりの痛さに眸を見開き、イヤイヤをするようにふらふらと首を横に振ったと思えば、乳房を抱いて床に崩れ、沁みるように遅れて襲う激痛に裸身をくねらせもがいている。たった一打で乳房の両方に青痣が浮いてくる。
「立って!」
「はい、女王様」
「これが気持ちよく思えないとダメよ」
「はい!」
 もう泣き声なんだもん。私は熱い想いを胸に二打目をお尻に、三打目をおなかに、四打目をふたたびお尻に、五打目を乳房に・・十打をあびせ白かった裸身を条痕だらけにしてやった・・。

 翌々日、友紀は午後になって打ち合わせに出た三浦に同行し、三浦の運転するクルマの助手席にいた。三浦のマイカー。ミニスカートがたくし上がって腿が露わ。自然にはだけたジャケットの間にブラにくるまれた乳房が誇るように張っていた。淡いブルーのブラウスに合わせて純白のブラを選んだ友紀。
 時刻は四時すぎで二人とも直帰。運転しながら男の左手がそっと女の腿にのせられて、友紀は少し腿をゆるめ、そのときはそれだけで手がすっと退いていき、三浦は黙ったまま、ハンドルがラブホテルへ向けて切られていった。

 広い部屋。大きなベッド。三浦をベッドに座らせておき、友紀は目の前に正座をして顔を見上げた。
 夫への背徳の思い・・けれどそれもサリナの言葉が軽くしてくれている。
「今日のこと、女王様にお話しました。貸し出された性奴隷だとおっしゃられ心を軽くしてくださいました。お心のままに可愛がっていただけますようお願い申し上げます」
 額をすって平伏した。三浦は黙って聞いて、ちょと笑ってうなずいた。
「立ってお脱ぎ」
「はい」
「脱いだら体を見せなさい、這ってお尻を向けるんだ」
「はい・・ハァァ・・んっ、ハァァ」
 サリナそのままのマゾ牝の吐息。ゆっくり時間をかけて脱いでいく。
 ブラをはずし白いパンティを抜き取って、友紀はその場でゆっくり回って裸身を晒し、後ろ向きに膝をついて手をついて、脚を開いて尻を上げた。
 三浦は息を飲む。美しく熟れた女の体に一本鞭の血散りが滲んで黄色くなって、あさましいほど性器が濡れてアナルが蠢く。

 男の手が尻にのって友紀は「ぅン」とかすかな声を漏らして震えた。
「従順ないい奴隷だ」
「はい、ありがとうございます、いやらしいマゾ牝をお楽しみくださいませ」 手がのびて、指先がそろりと濡れた肉リップをなぞる。
「ぅふ・・感じます・・」
「よろしい、こちらを向きなさい」
 這ったまま腰をしならせ振り向くと、三浦は両手をひろげて微笑んでいる。そのまま友紀は流れるように抱かれていった。
 眸を見つめ合い、唇が寄せられて、友紀は目を閉じ、深いキスへと進展していく。白い裸身がアーチを描いてしなって抱かれ、男の手が柔らかな牝尻をわしづかみ、友紀は抱きすがり、キスを受けて溶けていく。
 そっと友紀を手放し男は立った。上着は自分で、腰から下は友紀が脱がせ、そのとき萎えていた三浦の先にキスをして、そっと含んで男の尻をそっと抱く。逞しくなる三浦。そそり勃つ三浦の茎裏を舐め上げて、亀頭を舐め、脈動をはじめた男茎を深く含んで喉へと導く。

 頬をそっと挟まれてペニスを抜かれ、男の微笑みを見つめながら立たされて、抱かれ、そのままベッドへふわりと崩れる・・。

「それから?」
「それからはもう・・やさしくしてくださって・・熱いものが入ってきて・・」
「嬉しくてならなかったでしょ?」
「・・はい」
「それがマゾの幸せよ。女ってね、性欲を自分なりに考えるから苦しくなるの。不倫なんてまさにそうでしょ」
 サリナは友紀の額をちょっと小突くと、全裸の奴隷に床に寝ろと言いつけて、顔をまたいでパンティを下げ、アナルを奴隷に与えていった。

 一月が過ぎていた。友紀の裸身から鞭傷が消えることはなく、女王と奴隷の夫婦のように暮らしていた。その日は久びさ定時に退社。自宅に戻る途中、バロンを覗く。
 yuuの様子が妙だった。笑いを噛み殺しているようだ。
「・・何よ? 隠してないで言いなさいよ気色悪いなぁ・・」
「わかります?」
 yuuはカウンターの中にいるマスターへ横目を流し、溶けるように笑うのだった。
 ピンときた。
「もしかして赤ちゃん?」
「むふふ・・はい、三か月・・一昨日検査して確定ですって」
 友紀はぱっと顔を崩してそばで立つyuuの下腹をそっと撫でた。
「それと入籍したんですよ、ご主人様と」
 ここにもいた女の性(さが)・・しかし友紀は動じなかった。DINKSと見定めて牝として生きていく。
「おめでとうyuuちゃん、マスターもよかったね」
「む・・まあ・・珈琲でいいか?」
「うん、その場ブレンドで適当に」
「適当ではない、失敬な」
 口の中に酸味が残るライトテースト。こういうときに飲みたい味。

 そんなことがあった次の日、今度は三浦に呼ばれた友紀。会議室にユウがいた。チャコールグレーのミニスカートスーツ。腿までざっくり露わだった。
 ユウはちょっとすまなそうに・・けれども恥ずかしそうに笑っている。三浦が眉を上げてユウへと顎をしゃくり、それで直感できていた。
 三浦が言う。
「やってくれたよ早々と」
「・・まさか赤ちゃん?」
「ンふふ・・わはは」
「書き言葉で笑うな馬鹿・・そうなの? もう?」
「みたいです、検査で確定。三か月目に入るそうで」
 まったくあっちもこっちも・・友紀は可笑しくてならなかった。
「まいったな・・ユウちゃんまでそれじゃ私独りってことじゃない」
 そしたら三浦が言う。
「まあまだ先の話だが、ということになった以上、次をどうするってことで、一人つけようと思ってね」
「及川ちゃん?」
「違う。彼女とも話したんだが、しばらく向こうでやってみたいってことだった。いまの私では足手まといになるだけだって。彼女なりに雑誌をつくってみたいらしい。そこで・・」
 と言って三浦は電話を取り上げて、ユウが一礼して出て行った。

「まあ座って」
「はい」
 二人きりになると溶けるようなベッドシーンを思い出す。
 三浦がテーブル越しの向かいに座る。
「女の人の想いの凄さを思い知ったよ。俺などダメだ、女の気持ちがどうにもわからん」
「そんなことない、素敵ですよ」
 ドアがノックされたのはそのときだった。小さな会社の玄関を入ってまず出会う顔。受付けにいた女性であった。社の中で数人だけが着る制服のようなライトブルーのスカートスーツ。スカートの丈が半端で、思い切りのない社の臆病さを物語るようでもある。
「あら受付けの?」
 三浦がうなずく。
「川上留美と言ってね、二年越しに転属願いが出されていた。編集をやってみたい、ついては君の下にいたいって言うもので」
 社内で友紀は注目される。留美はちょっと頭を下げて友紀を見た。
 受付けの女性はルックスで選ばれることが多いもの。古い体質の小さな会社にあってはましてそうで、美人というより愛くるしいタイプ。スタイルももちろんいい。大学で国文を学んだと聞かされた。友紀も国文。出版社を希望する者が多い学科である。

「それですぐに?」 と、友紀が訊くと三浦は言った。
「じつは話は他にもあって、女性の性のありよう、性に寄せた女性の生き様というのか、そういうものを取り上げる書籍を今後もやっていきたいと考えている。そっちは早瀬君に任せたい」
「・・任せるとは?」
「そっち系の編集長ということさ。君にリードしてほしい。統括として僕も観るが基本的には君がリーダー。そんなことで今後は下に何人かつけていきたい。木戸は木戸で産休はするだろうが退社はしない。木戸は変わった。同じように川上君も育ててやって欲しいんだ」

 川上留美。雰囲気のある女性で、男好きするルックスもそうだが笑みが深く、この子には何かあると思わせるムード。曲者だと直感する。
 三浦は言う。
「今度の本はほぼまとまってるから次からだ。企画からやってみるがいいだろう。木戸は浮かれてメロメロだが、まあ川上君も入れて協議してみればいいだろう」
 それから三浦が川上に眸をやった。それを受けて留美が言う。
「川上留美です、二十七になります。編集ははじめてですから、よろしくお願いいたします」
 友紀は笑顔で応じながら、ちょっと横目を三浦へなげた。どうも重荷をありがとう・・ふんっ。三浦は察して、くすっと笑った。
「そういうことだ、川上君は私服に着替えてくるように」
 これが三浦。明日からなんて話ではない。即座に行動。

 着替えて編集部を覗いた留美は、ブルージーンにジャケット姿。長い髪は濃い栗毛。受付けでは浅いカラーは許されない。友紀はさっそくユウにも声をかけて三浦の席のすぐ後ろの小さな会議室へと連れ込んだ。
 そのときすでに三浦はいない。ホワイトボードに直帰とマーカーで書いてある。
 自己紹介し合って、友紀が言った。
「今度の本は瀬戸先生の手記を枕に、レズ、SM、不倫と総花的に取り上げた。予定してないことで、さあ次と言われても何だかなぁって感じなんだけど、なんかアイデアある?」
 真っ先に留美が応じた。想像したとおり留美は自己主張のはっきりするタイプらしい。
「それを分けてしまうと雑誌と変わらないってことになりません? レズ特集で、そうじゃない人たちは買わないでしょうし、それをやるとしたら不倫あたりが中心かと思うんですよ」
 さらさら言葉がつながって、しかも強い。歳下のユウなど気圧されてしまっている。友紀はちょっと可笑しかった。若い頃の私に似ていると感じたからだ。

「どうして不倫が中心?」
 留美は、それにも即答した。
「私にも願望はありますし女ってそうなんじゃないかしら。結局男に期待できなくていろいろやっちゃうものでしょう。SMとかもそうだと思うし。元はと言えば男を見る目がなさすぎなんですけどね。やさしいだけの弱い男を選んでおきながら後になって物足りないって話になる」
 友紀はユウへ横目をやってちょっと笑った。
「確かにそれはそうかもね、不倫は気を惹くテーマではある。見る目がないっていうのはちょっと違うと思うけど、いわゆる適齢期と、女として成熟する時期がズレている。そのときのベストを選ぶんでしょうけど、そのうち男に求めるものが変わってくるのよ」
 それには二人ともうなずいた。

 友紀は留美を見て言った。
「その前に、文芸出版として取り上げるからには、男の人をあしざまに言ったり、たとえばSやMの心理分析みたいな話は違うと思うのね。読者は共感したくて本を買う。いわゆるハウツーだったりSM心理みたいなものなら氾濫してる。エッセイだったり手記だったり身につまされる読み物になっていないとダメでしょうね。それとね留美ちゃん」
「はい?」
「私もユウちゃんも自分の性を見つめてる。雑誌のように投網を投げて捕まえてライターに書かせておしまいではいられない。それって結構辛い作業よ。仕事のためじゃなく留美ちゃん自身の性を見つめていかないと取材が第三者で終わってしまう。あなたもスキねで終わっては、後になって推敲することもできなくなる。作り話じゃないリアルな女性が文中に生きていないと読者もつかない」
「そうですね・・はい、頑張ります私・・」

 そのときユウが言った。
「DINKSをテーマに加えても面白いんじゃないかって思うんですよ」
 とっさに留美は友紀を見た。友紀はDINKSを公言していて、社内の皆が知っている。
 ユウが言った。
「結婚の意味が変わってきてると思うんですよ。適齢期なんて発想そのものがママになるタイミングからの逆算でしかない。もはや陳腐化しはじめてる。結婚しない男女も増える一方ですし、『結婚と女』というのか『妻の意味』というのか、そのへんて共感できる女は多いと思うんですね」
 友紀は深くうなずいて眸を伏せた。
 三浦とのベッドが思い出され、夫への背徳の想いがチクリと刺さる。

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