2017年02月02日

DINKS~フリーランサー(二七話)


二七話


 その夜の友紀は乱れていた。濡れるサリナを突き放すように部屋を出て、電車に乗る前に駅のトイレに立ち寄った。途中の渋谷でふたたびトイレ。激しく濡れていることを自覚して染み出すのが怖かった。
 自宅に戻って九時半過ぎ。サリナの部屋にそう長くはいなかった。部屋を出る前にダイニングのテーブルに明日の責めを支度させた。鞭が二種類、房鞭に乗馬鞭。乳首を責めるステンのクリップ。太いディルド。そしてガラスの浣腸器・・それらが明日どう使われるのかをサリナに妄想させておきながら、今日は特に手を出さずに引き上げた。いまごろサリナは悶々としているだろうがオナニー禁止。可哀想な責めだと思うほど友紀は濡れてしかたがなかった。

 こういうときダンサーという職業はいい。体を動かし汗をかく。気持ちを外向きにリセットできる仕事。デスクワークなら体が疼いて手につかない。夜にはマゾと妄想しながら踊る姿を想像すると、可笑しくもあり可愛くもある。
 サリナの存在が夫を超えてきていると自覚するほど、友紀は夫に対してM性が掻き立てられる。それが激しい濡れを生む。女は濡らしているときが幸せなんだとつくづく思う。
「ただいま。ごめんね、しばらくこんな感じだわ」
 夫の直道はいつもどおりのパジャマ姿。微笑んで妻を迎えた。
「おまえ、なんとなく色っぽいぞ?」
「そう? いつも色っぽいと思うけど。ふんっ」
 横目ににらんでちょっと笑い、そのまま夫の胸へとしなだれ崩れる。
「頭ん中エロだらけ?」
「そうなのよ、方々から原稿があがってきてるでしょ。どれもがせつないまでの女の本性。読んでると濡れてきちゃう」
「まるで当事者だな?」
「ほんとはそれじゃいけないんだけどね。編集者は第三者。でないと眸が曇っちゃうから。ちょっと待ってて、シャワーしちゃう」
「友紀」
「あっ・・ねえ待って・・もう・・」
 抱かれていて夫の澄みきった眸を見つめ、眸を閉ざすとキスが来る。ゾクゾク震える性のキス。Tバックパンティを穿いて、しかも濡れてヌラヌラなんて夫には悟られたくない。腕をふりほどいて浴室へ飛び込んだ。
 カランをひねって熱いシャワー。しかし妻を追うように背後から夫の裸身が絡みつく。雨は裸身を流れていて性の濡れがごまかせる。
 友紀は燃え上がって夫にすがり、すでに勃つ逞しい男性にむしゃぶりついて奉仕した。

「あなた好きよ・・めちゃめちゃにしてほしい」
「ふふふ、激しい・・盛り猫だなまるで」
「フギャーオって・・うふふ、ねえシテ・・ねえ早くぅ」
 雨の下で壁に手をつき尻を上げる。夫の体が奥底に突きつけられて、ノックもせずに侵入した。
「あぅ! ねえイク、ねえねえ・・あぁぁイクーっ!」
 貫かれた瞬間に襲った信じられないアクメ。友紀は裸身を痙攣させてガタガタ震えながら果てていく。
「貫かれて嬉しいか?」
「はい・・嬉しい・・愛してるもん」
「俺ほど理解ある旦那もめずらしいだろ・・ふっふっふ」
 夫の半分ジョークに苦笑しながら、妻はさらに尻を上げて侵略を切望した。夫が応えて突き抜きを速く深く腰を入れる。

 悲鳴のような妻の声がライブな浴室に反響し、そのときはじめて友紀は失禁という醜態を経験する。括約筋を締めてこらえたしシャワーの雨が隠してくれるものだったが、このとき友紀は、『私の性が花となって咲いていく』と実感していた。サリナに与えられた解放。サリナへの愛が深まっていくと身をもって感じていた。
 射精の前に夫は抜き去り、妻は膝をついてむしゃぶりついて、白い迸りを喉で受け止め、躊躇なく嚥下する。
 私のM性が夫に向いて、恋人時代に吐き出していた精液を甘受できる心になれる。私だって淫婦だわ。サリナに育てられる淫らな妻だと友紀は思い、そしたらそのとたんサリナを抱きたくなってたまらない。

 女の性はこうであるべき。恋愛や結婚が束縛しない牝の本能。心の向く相手に対して解放されるべきものだと思うのだった。
 ベッド。やさしく抱かれて眸を閉じて、いまごろサリナはと思うと胸が熱くなってくる。いまごろユウは? いまごろ治子やケイは? それぞれ乱れているだろうと思うだけでほほえましい。

 翌日は朝から治子の仕事に付き合った。雑誌のテーマは不倫。満たされない妻たちの声を集めていくのだが、こちらはこちらで書き分けというのか原稿の見極めが難しい。得てして家の中での不満からはじまって、だから不倫は正当だというプロットになりがちだからだ。皆がそうだと異句同文で似たような文章をだらだら読まされることになる。書く相手は素人だからポイントを見極めて角度を変えてやらないとならないのだが、そこが人生のキャリア。若い治子はもがいていた。
 治子が言った。
「瀬戸先生はさすがです」
「それはそうでしょ。こっちにもあがってきてるけど素直にすとんとSMを書いてくれるし、あっけらかんだわ」
「こっちもですよ。書き出しでいきなり『精液って素敵なものよ。男の欲情が私のアソコに向いている。そう思うだけで駆けまわりたいほど気分がいいし濡れちゃってたまらない。内心密かに旦那に言ってやるわよ、てめえこのバカ、他の男にあげちゃうからね』って・・そんな感じであっけらかんなんですもん」
 打ち合わせの取材の狭間にファミレスで話していた。時間がズレて空席の目立つ店内。その分声を絞って話す。

「ところでケイちゃんとはどうなった?」
 治子は、たまりませんよと言うように首を竦めて苦笑した。
「もともとSっぽかったけど、拍車がかかってたいへんです」
「あらそ? やっぱり?」
「ううん、ひどいことはしませんよ。寝かせてまたがって舐めさせられたり、そんな感じかな。だけどちょっとムカつくの」
「ムカつく?」
「それならそうときっぱり徹してほしいんだもん。私ならいいのにって思ってるのに妙な遠慮が気にくわなくて。あのときサリナさんを見てて、どんなにか幸せだろうと思ったし・・」
 ここにもまた同じ想いの女がいた。スタンスが定まらないと女は不安になるもので。友紀はちょっと苦笑した。
「だけどアレね、こんな話ができる関係になっちゃったよね」
「あー、よく言いますよ、悪いのは友紀さんじゃないですかっ」
「うん・・そうかも」
「そうかもじゃありませんっ、おかげでケイがおかしくなった・・ふふふ、ケイらしくていいけれど。ほんと言うと私ね、ケイのSっぽいところが好きになってハマっていったの。私にはない部分。リードされていたいって言うのか、怖いぐらいのあの子が好きで・・あ! そう言えばユウちゃんがね」
「ほ? 何か言ってた?」
「プロポーズしたんですって」
「モモさんに? それをユウちゃんから言ったって?」
「みたいですよ。一生おそばに置いてくださいって。そしたらモモさんに言われたそうです。『そのつもりがあるから調教してるんでしょ、馬鹿じゃない』って。ユウちゃんニコニコでしたもん」

 ユウの想いもよくわかる。性はノーマルを少しはずすと深くなるもの。それでなくても相手はニューハーフ。深い性を共有できれば女は幸せ。若い情熱で心を燃やすユウが羨ましいと友紀は思った。
「それで? ケイちゃんとはギクシャク?」
 治子は穏やかに笑って、そうじゃないと首を振った。
「女王様って呼んであげたの」
「ほぅ? ほいでほいで?」
「そしたらケイ・・あたしの頬を両手に挟んでじっと見て、わかったって・・むふふ、それからはもうねちゃねちゃなんだもん。むふふ」
「あっそ・・ふーん・・よかったじゃん」
 訊くんじゃなかったと友紀は可笑しい。

 時計は回る。
 六時半に新宿西口待ち合わせ。サリナは昨日と同じ黒革のミニスカートにピンクのアミストを合わせていて、濃いワインレッドに紫色のガラス糸が絡んだような不思議なショートヘヤーを整えて、けれども明らかに怯える面色で現れた。大きなスポーツバッグを持っている。中身は昨日指示したとおり。それに仕事で着たレオタードとスポーツタオルを詰めている。
 ホテルまで歩いて数分。シティホテルの広いロビーに点在する応接セットに様々な人たちが散っていた。スポーツバッグを横に置かせて座らせる。七時少し前にyuuがロビーに降りることになっていた。日常の光景に密かにマゾを隠す女が一人・・そんな感じだ。
 サリナは息を殺して苦しそう。唇をちょっと噛んでうつむいて、時折友紀を見つめて泣きそうだった。
 友紀は言った。
「堂々とMでいなさい。堂々とSでいますから」
「はい・・でもちょっと怖くて・・」
 眸でうなずき微笑んで、そんなとき視線を上げたサリナの瞳孔がぱっと開いて黒目が輝く。

 yuuだった。定刻よりもかなり早い。
「お待ちになりました?」
「ううん、ほんのちょっと」
「サリナさんも綺麗です、ほんと素敵よ」
「はい・・yuuちゃん・・はぁぁ怖くて震えてるの・・」
「ふふふ、大丈夫ですよ・・素敵な夜にしてくださいね」

 今夜のyuuは鮮やかな青のミニスカートを素足に穿く。髪も整え化粧も整え、細川の愛奴であることを誇るようなスタイルだった。
 ソファを立つとき、サリナの面色は白くなり、膝がかなり震えている。
 yuuに導かれてエレベーター。多くの客が乗り合わせ、サリナはますます萎縮する。男性の中に押し込められて上昇する小さな密室。十二階で降り、左へ少し歩いた1216。そこはツインで、二組の男女が部屋を分けて今夜は泊まり、その一部屋に集まるということらしい。
 友紀も今夜はスカートスーツ。かなりなミニで、よほど気分がいいときでないと普段は着ないものだった。
 ドアに立ってyuuがノック。音もなくドアが開けられて、細川の笑顔がそこにある。友紀は微笑み、サリナはこくりと首を折って赤面する。
「うんうん、相変わらず綺麗だよサリナ」
「はい、ありがとうございます細川様」
「さあ二人とも。皆さん、いまかいまかとお待ちかねだ」
 凍ってしまって足の出ないサリナの背を押しながら友紀が入り、最後にyuuがくぐってドアを閉めた。

 シティホテルの部屋は広い。しかしそれでも八人揃うとさすがに狭く、ざっくばらんというのか、ツインに分かれたそれぞれのベッドに一組ずつがペアで腰かけ、細川とyuuが窓際に置かれたテーブルセットについている。
 友紀が入ると細川が席を譲り、テーブルセットにyuuと友紀。サリナは部屋のほぼ中央に立たされて女王の言葉を待っている。
「おおう・・話には聞いてましたが美しい」 と、男性二人女性二人が顔を見合わせて微笑んでいる。男三人は似たようなコットンパンツのラフなスタイル。
 席を離れた細川がベッドの片方の縁に座って言う。
「友紀ちゃん、それにサリナも、紹介しておこうね。こちらが久住(ひざずみ)さんと可愛い純ちゃん」
 友紀は微笑み、サリナは引き攣り、ちょっと頭を下げて挨拶した。

 久住という男。四十代の自由人といったムードで背が高い。髪の毛は肩ほどまでのロング。彫りの深い日本人離れした顔立ちだった。インテリアデザイナーだということだ。
 そしてその連れが純と言い、友紀とは同年代の三十代の中頃らしく、落ち着いたムードもさることながら、奴隷としてのキャリアを物語るように主の陰にひっそり咲く花のよう。ベッドに座っていることでミニがますますミニになり、ピンクのブラウスに赤いブラが透けている。Cサイズだろうと思われた。黒髪のロングヘヤーで化粧をきっちり整えている。美人と言うより品のいい妻女といった雰囲気からもおそらく人妻・・直感的にそう感じた。
 細川のかざす手がベッドを流れた。
「で、こちらが野上さんと乱(らん)ちゃん。乱は乱れる。愛奴として授けられた呼び名だよ」

 こちらは主が若い。明らかに三十代で、背丈は普通。細い黒縁の丸い眼鏡をかけていて髪もショート。一見してサラリーマンといったムード。眸の涼しいハンサムだった。三浦のムードそっくりだと友紀は思う。
 その連れの乱という女性は歳の頃ならyuuと同じほどか。茶色く染めたロングヘヤーでホワイトジーンズのミニスカート。座ることでパンティまでが見えそうだった。どちらかと言えば童顔で、黄色いTシャツの胸が突き出して大きく、Dサイズアップはあっただろう。丸い眸がキラキラ光り、すでに淫らなムードを醸す。肌が白く、スカートから晒される白い腿に毛細血管が透けて見え、肌がほんのりピンクに染まる。
 娘なのか若妻なのか・・素性の知れない魔性のムードで、サリナを若返らせたような女。一見してMだと直感できるのは乱のほうで、純のほうは、まさかと言った感じ。控えめな治子を年長にしたようなおとなしいタイプであった。

 二組を紹介し終えて、細川がそっちも紹介しようかと訊くように眉を上げて友紀を見た。友紀はその必要はありませんと言うようにちょっと首を横に振り、皆を見渡して静かに言った。
「私は友紀、そして奴隷のサリナです」
 女王の微笑みがすーっと虚空を流れてサリナに向けられ、サリナは震える声で言う。
「友紀様に仕えさせていただいております、私はサリナと申します。今日はお呼びいただきましてありがとうございました。どうかお見知りおきくださいませ」
 友紀は微笑んでうなずきながら席を離れ、サリナの横に置かせたスポーツバッグから紫色の首輪を手にして奴隷の首に巻いてやり、それだけでふたたび椅子へ戻って腰掛けた。

「バッグの中身を言いなさい。それをどう使うかもはっきりと。お集まりの皆さんすべてがS様だと思いなさいね。わかりましたね」
「はい、女王様・・ん・・ハァァ、んっ、ハァァァ・・」
 んっんっと呻くように激しく息を乱すサリナ。十四の眸が奴隷を追い詰め、見る間にサリナの顔色が青ざめていく。

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