2017年01月19日

DINKS~フリーランサー(二十話)


二十話


 治子にユウを加えた三人の集まりは友紀にとってはじめてのパターンだった。二人ともに二十代前半で友紀とは一回り世代が違い、どちらも結婚を身につまされる問題として考えだす以前の歳。結婚とは、自分でどう思っていようとそのうち周囲の声がうるさくなるもの。治子は同性結婚を考えているようだし、ユウはモモのことで頭がいっぱい。若いっていいと友紀は思う。
 楽しくて話し込んだ。店を出てマンションへ戻ったとき時刻は九時半を過ぎていた。友紀の夫、直道は、少し前に戻ったらしくシャワーを済ませたパジャマ姿。リビングのロングソファに寝そべって妻がつくる女性雑誌をひろげていた。編集する当事者としてバックナンバーはもちろん揃えてあったし、そのほとんどが夫とは別の妻の個室に置いてあっても何冊かは家の中に散っている。
 妻が戻って顔が合うと、直道はひろげた雑誌をちょっと持ち上げる仕草をして笑うのだった。

「なかなか面白いじゃないか、売れる理由がわかるよ」
「女ってそうなのよ。すましていても内心は穏やかじゃいられない。身の安全が保証されるんだったら乱れてみたい。不倫それからレズなんて取り上げようものなら売れるのよ」
「なるほどな」
「それよりご飯は済ませてきたでしょ?」
 直道はうなずいて、また雑誌に視線を戻している。
「あたし先にシャワーしてくる」
 そして背を向けながら友紀は言った。
「まだ先の号ですけど瀬戸先生が寄稿してくれることになってるの」
「瀬戸って、あの瀬戸?」
「そうよ瀬戸由里子。恋多き女で知られているけど、不倫、SMといろいろ体験なさってて、いいこと言うのよ」
「ほう、会ってきたのか?」
「もちろん。SMについてなんですけどね、M女は根ですって。地上で主を咲かせるために地中に根を張るものだって言うのよね。素直に理解できちゃった」

 シャワーを浴びてパンティだけを穿き込んでオレンジ色のバスローブ。丈がなく腿がかなり露出する。妻はそんな姿で夫の寝そべるソファのそばにオレンジジュースを持って座る。生乾きの洗い髪がシャンプーの香りを漂わせている。直道は読んだ雑誌を閉じてローテーブルに置き、横寝になって意味ありげな視線を友紀へと向けた。

「それを言うなら夫婦もそうだな、互いに根となり支え合う」
「ふふふ、そうね。だけどそのうち旦那が根の役割を放棄すると妻は外へ眸を向ける」
「逆もあるしな」
「あるね。あたしもそのうちかなって思っちゃった。仕事にかまけて電子レンジでチンばっか」
 直道はちょっと微笑み眉を上げた。
「そんなふうに思ってるのか?」
「だって女としてはそうでしょ、合理的過ぎてもね・・」
「いいんじゃないか、それはそれで」
「え?」
「そのとき俺は根、しかしおまえがいるから外で俺にも花が咲く。そのためのDINKSでもあるんだし」

 このとき友紀は、衝動的なマゾヒズムに衝き動かされてパジャマ越しの夫のペニスに頬をすり寄せた。穏やかに萎えた男性の感覚にほっとできたし、この感覚にひたっていられる幸せも感じていた。
 あのときサリナのアナルにキスをしたのと同じような不思議な陶酔。わずかにあるマゾヒズムへの心地いい錯覚とでも言えばいいのか。
 根と花は振り子・・男女は振り子・・それが夫婦でいる意味なんだと考えた。

 翌日は水曜日でモモが休み。ユウは定刻前にそわそわしはじめ、いつの間にかデスクから消えていた。ほほえましい。
 友紀は少し残って原稿の下書きをはじめていた。サリナへの想いとSMという表現手段を整理して、いきなりではなく断片を書いていく。サリナはサリナで思うままを書き連ね、両方の言葉を織り交ぜて仕上げていく。文章の中で二人はもちろん名無しだったし、下書きのレベルではA子B子で充分だった。

 どこか孤島の足跡のない白い砂。
 B子の裸身を見つめてそう感じ、私は鞭を握ります。
 女王の想いを奴隷の肌に刻みつけてく。
 サディズムが白波を立てて押し寄せる。渇いていた
 奴隷の心を濡らしてやるため・・鞭を振るう。
 つんざく悲鳴が聞こえるわ。裸身をしならせB子はもがく。
 それでもなお押し寄せる白波は波頭を奴隷の尻へと
 叩きつけていくのです。少しぐらい泣いたって、
 少しぐらい濡れたって、女王の鞭は終わらない。
 壊してやる。この鞭が激しい愛に火をつけて
 業火となって奴隷の身を焼き尽くすまで耐えなさい。
 私の中の恐ろしい魔女が性器を濡らして垂らすまで・・。

 サリナに逢いたい。行間にサリナの悲鳴や喘ぎ声が確かに聞こえ、友紀は胸が熱くなる。
「ふむ、なるほど」
 いつの間にか背に三浦。友紀はモニタを隠そうともしなかった。
「君が女王ってことだな?」
「ええ。私の想いと奴隷の言葉を合わせてみたくて。女王は詩的に、奴隷は感じたままを綴っていく」
「うむ、まあ楽しみにしてるから」
 三浦は友紀の背をぽんと叩いて歩み去る。
 小一時間デスクに留まり、社を出ると、バロンのオーダーストップにタイミングが合うはずで。

 格子戸にガラスがはまったバロンの扉。ぽつぽつ降りだした雨のせいか店に客の姿はなくて、いつものようにカウンターにyuuが座る。しかし今夜は扉を開けるとチリンと鳴った。
「あらベル? 替えたんだ?」
 マスターがちょっと笑ってyuuへと顎をしゃくった。
 カウンターを離れたyuuは今日もまた素足にミニスカート。サロンエプロンがワンピースに見えるほど短いスカート。長かった髪をすっきり切って、サリナほどではないにしろざっくりショートに変わっていた。
「あたしが言ったんです、ブラブラしてるだけじゃ情けないって」
 友紀がカウンターに歩み寄ると、どうにも打ち合わせができていたらしく
yuuがシャッターを降ろしにかかる。
 そのときyuuは、しゃがむことでさらに詰まるスカート丈を、膝を合わせて両脚を横に振り、女らしい身のこなしで見せないようにガードした。
 バロンに戻ってからyuuは見るたび綺麗になっていく。ほほえましくて友紀はマスターに向けちょっと笑って首を傾げた。

「私で最後?」
「雨だもん。それに電話してくるとき話がある。いつもそうだろ」
「わかる? じつはそうなの」
「珈琲?」
「はい、お手製のその場ブレンドでお願いします」
 友紀はマスターの手元を追った。焙煎の浅い豆をほんの少しと焦げ茶がかった深入り豆を合わせて挽いて、ネルフィルターにセットする。苦みの強い一杯を淹れるつもりでいるようだ。今日はそんな気分でいた。さすがだと友紀は感じた。
 コーヒーケトルの細口から湯が注がれ、のの字を描いて褐色の一杯ができていく。香ばしいいい香り。ここに来るとほっとする。

「じつはねマスター、yuuちゃんをお借りしようと思って来たのよ」
 友紀はマスターを見つめ、マスターはチラとyuuに眸をやって、そのyuuは友紀の横顔を見つめていた。
「女ばかりで温泉するの。おそらく土曜日、一泊よ。部下が二人と、その片割れのレズのお相手が一人、yuuちゃんを入れて五人でしょ。その中にサリナを呼ぶ。サリナのお披露目ってコトなんだ」
「ふっふっふ、そういうことなら・・」
 主がどう言うかなどyuuにはわかりきっている。
「はい、私でしたら喜んで。お会いしてみたかった・・サリナさん」
 サリナはyuuの存在を知っていても、どうやらyuuは初対面?
「ありがとね。決まったら早めに連絡するから楽しみましょう」
 細川は友紀の想いなど見透かしている。
「幸せなヤツだ・・ほれ珈琲」
 細川はサリナを思い浮かべている。

 差し出されて置かれた珈琲がやさしい香りを立ち昇らせる。ブラックで一口つけて、ミルクを流しながら友紀は言った。
「ある方がおっしゃるの。M女は根、花を咲かせるために地中でもがくものなんですって。こうもおっしゃる、『思うままに責めておやり。女王などよりはるかに強い生き物だから大丈夫』って。サリナを見ててもそう思う。健気だし可愛くてならないもん」
 細川はちょっと笑ってそれきり口を閉ざしてしまった。
 そしてそんな主の姿を、yuuはたまらないといった女の面色で見つめている。いいムード。私もサリナとこうなりたいと友紀は思った。

 翌々週の土曜日。
 友紀はサリナに何も告げずに連れ出した。女ばかり六人だとラブホというわけにはいかない。伊豆にある貸別荘を治子が手配。治子と景子の二人がときどき使う宿らしい。小高い丘に建っていてはるか眼下に伊豆の海が一望できた。しかし空が怪しい感じ。いずれ雨になりそうだった。
 朝遅めに発って、昼食を二人で済ませて宿へと向かう。こちらはチェックインタイムの二時ジャスト。少し遅れてケイのクルマで四人が追う。打ち合わせはできていた。
 別荘は大きめのログハウス。一部が二階建てで、平屋部分には天井がなく太い丸太の梁がクロスしてはしっていたし、二階部分を支える磨き丸太の太い柱が独立して立つ・・つまり縄を使える造りであった。
 中を見渡し、治子もやるなと友紀は可笑しい。SMにちょうどいい建物だったし、そこまでちゃんと計算している。

「脱ぎなさい、今日は覚悟することね」
「はい、女王様・・ハァァハァァ・・」
「もうハァハァ・・嬉しくてならないみたい・・」

 いきなり全裸。紫色の犬首輪を与えられ、サリナは板床に平伏した。
 そしてそのタイミングで坂を登るエンジン音。別荘の前でクルマが停まってドアの音がドンドンと忍び込む。
「ふふふ・・ほうら皆さんお見えだわ」
「え・・ぁ・・」
「マゾ牝サリナのお披露目よ」
 サリナの貌から血の気がすーっと退いていく。
「私がお迎えします、そこに平伏してなさい」
「はい・・あぁぁそんな・・ハァァ・・ハァァ・・」
 眉間に戸惑いジワを深く寄せ、それでいて眸の据わった淫婦の面色。天性のマゾだと、このとき友紀はあらためてそう感じた。

「ジャストね、さあ入って。治子からよ」
「はぁい!」
「それから景子ちゃんははじめまして」
「こちらこそです、お噂は治子から」
「次はユウ! モモさんにしっかり調教してもらってる?」
「はい、それはもう・・嫌ぁぁン」
「最後にyuuちゃんも! マスターに何か言われた?」
「はい、素晴らしいマゾ牝のお披露目だって聞いてます」
「あらそ? マスターも誘ってあげればよかったかしら!」
 揃ってわざわざ大きな声で・・木と板でできた建物は声が響き、サリナの居場所まで距離はない。大声で話しながら五人揃ってくすくす笑う。

 独り全裸のサリナだけが顔色を失って震えていた・・。

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