十九話


 ラブホテルの大きなベッドで、ウインザーに柔らかな羽根枕を引き上げて、寝そべるように脚をのばして女王が座り、女の尊厳をおびやかされた性奴隷が、女王の乳房に抱かれて幼子のように乳首を吸う。
 すがりついて甘えるサリナを抱いてやりながら、友紀は睫毛を濡らして閉じられた奴隷の眸を見つめていた。
 こうして女王の乳首を与えられ、抱かれて背を撫でられる熟女の気持ちはどうなのだろう。わかる気はするのだが、わかるもわからないも、満たされて甘えるサリナの姿に羨望のようなものさえ感じてしまう。女の性の豊かさに打ちのめされて、夫とのノーマルな営みがセックスのごく一部でしかないことを思い知る。

「恥ずかしかったね」

 サリナは声もなくうなずくと、見下ろす女王を上目に見て、子供そのもののあどけない笑顔を見せる。心が少女へ退行している・・と友紀は思う。
 SMらしいSM・・しかし友紀にとってSMをしたつもりなどはなく、責めに反応してサリナがどうなるかを目撃したような気分でいた。鞭といってもそう激しいものでもなく、縛りといっても厳しいものでもなく。
 友紀に衝撃を与えたのは浣腸だった。サリナほどの美女ならなおのこと他人には見られたくない絶対的恥辱。四つん這いにさせてアナルを晒させガラスのシリンダーで送り込んだ大量のぬるま湯。薬液などなくても大量のぬるま湯はたちどころに白い腹をふくらませ、苦しみ震え、絶望的な結末へと追い詰められる。

 そのとき友紀は、残酷・・可哀想・・そうした感情よりも、日頃目にする愛犬を連れた人たちのやさしい表情を思い浮かべた。散歩の途中で犬は四つ足を踏ん張って尻を下げ、人間の面色を探るように恥ずかしそうな眸を向けて、飼い主はたまらない思いで犬を見下ろす。
 限度を超えた羞恥なのか、ゾクゾクする便意のためなのか、サリナはむしろ青くなり、見下ろす女王に首を振ってイヤイヤしながら排泄した。
 人の原点を見た。人は獣。獣になりきり、重圧でしかないプライドを捨て去れたサリナの解放を想像する。

 感動はまだあった。排泄の恥辱に震えるサリナを寝かせ、顔にまたがって排尿した。ムラムラする衝動的な行為。口を開けてゴボゴボあふれさせながら、懸命に飲もうとする性奴隷。ほくそ笑みながらも母性が騒いでたまらない。私の中に眠っていた魔女が目覚めた・・友紀は実感としてそれを感じ、そしてその瞬間、サリナとのSMが女同士の不思議なセックスに置き換わって不思議な陶酔へと昇華した。
 褒美に与えたのは恥辱のアクメ。がに股に立たせたままディルドを握らせ、踊らせながら自分で突かせて果てさせる。一度や二度の絶頂では許さない。悲鳴のようなイキ声をまき散らし腰が抜けて立てなくなるまで。
 そうして崩れた奴隷の髪の毛をつかんでやってソファに引き寄せ、大きく開いた女王の花園に奉仕させて友紀もまた果てていく。

 嵐のような性が去り、全裸の友紀は全裸のサリナを乳房に抱いて乳首を与えた。心地いい放心を自覚する。
 そしてこのとき友紀は、サリナとこんなことをしはじめる以前から夫に対して感じていた仄かなマゾヒズムは何だろうと考えていた。男女の性で女は受け身。受け身でいたい思いがあって、いやおうなく犯されることを望む気持ちがないとは言えない。

「・・激しい女だわ」

 思いがふいに口をつく。サリナはどう理解したのか、女王の裸身を滑り降りて下腹の飾り毛に頬をすり寄せ尻を抱く。

「・・女はそうです」
 女王のデルタの奥底へ言い聞かせるようなサリナの息の声。
「小さかった頃、顔を見ると虐めたがる嫌な男の子がいて・・」
「あるわね、そういうこと」
「だけどその子、遠くへ引っ越していなくなって・・そしたら寂しくなっちゃって・・」
 突進してくるものを待つ想い・・それは私にもあると感じながら、友紀はサリナの頭を手荒く撫でて言った。
「逆さになってまたぎなさい」
 ベッドのウインザーにもたれていて、胸をまたがれ花園を突きつけられると、ちょうどアナルが眸の高さ。陰毛のない女性器はむしろ清楚で、あれほど狂った後なのに何事もなかったように口を閉じ、シャワーで流して乾いている。
 女王が脚をM字に割って、サリナはまたいだ瞬間、女王の性器にむしゃぶりついて舐めていた。

 友紀は女の不思議をサリナの股間に見ていた。ヌラヌラとした欲望を分泌する魔性の穴・・そして都合よく栄養だけを吸い取って便を吐き出す魔性の穴・・どちらもが女の魔性。そんなことを考えて、アナルにそっとキスをする。
 白く綺麗だったサリナの尻に鞭痕が赤くなって残っている。女王の口がアナルに触れた一瞬、サリナは『あぅ』と声を上げ、さらに腰を反らして閉じた性器に高さが合うよう尻を上げる。それでも女王はアナルを舐める。 夫の足下に膝をつき勃起をほおばるときと同じ気持ちになれるのはなぜだろう。SとMは振り子なのか。少しだけSに振れ少しだけMに振れ・・ノーマルな性愛とはそういうものではないかと思うのだった。

 翌々日の火曜日。友紀は朝から元いた女性誌の編集会議につかまった。若い治子だけでは心配だと三浦に言われて席につく。友紀を奪ったことで雑誌の売り上げをいますぐ落とすわけにはいかないからだ。
 人気作家の瀬戸由里子のエッセイが得られそうだと篠塚は上機嫌。集まった連中にも他にこれといったアイデアもなく、そうなると主導は友紀。これまでと何ら違わない進行に友紀も治子も気分がよくない。昼ぎりぎりまで会議は続き、ようやく解放されて揃って社の外に出る。
 空が青い。体から気分というものを取り出して洗濯板でこすってやりたい思いがした。
「・・疲れます」
「よしましょう、そんな話、期待しても無駄なんだから。瀬戸先生のエッセイを看板に不倫妻の心をどう切って盛り付けるか。思いのままにやってみればいいじゃない」
「そうなんですけど・・それにしたって評論レベルで口を出してくるし」
 友紀は苦笑し、パンツスーツの治子の尻をぽんとやって歩きだすと背後から声がした。

 ユウを入れて三人でランチ。今日は友紀もパンツにジャケット。一人ユウだけがミニスカートスタイルで、そう言えばユウは、ここのところスカートばかりを穿いている。
「・・私、ノーパン、ずっとそう」
「ぶ。 よしてよ昼間っから、ふふふ」
 小声であっても、歩きながら突然言いだした若いユウに若い治子が反応した。
 友紀が言った。
「私たちって妙だよね、揃ってそっち系だし、私はSでユウはM、治ちゃんもエッチそうだし」
 治子が笑った。
「ですね。私たちの場合は家猫同士だから、ぐでぇーっとしてる。まさに家猫。天敵のいない世界でエッチ三昧? あははは」
 友紀が笑って言う。
「だいたい女三人で歩いてて何よこの話。ユウはユウでいきなりノーパンなんて言いだすし・・今日ハネたらちょっと行く?」
 ユウが眸を丸くした。
「おろろ、めずらしいこともあるもんダ、友紀さんがお酒?」
「たまにはね。こんな話シラフでできるもんですか」

 三人揃って定時で社を出て、わざと少し遠くへ歩き、見つけた居酒屋に飛び込んだ。三人揃って飲み屋などというものはほとんど知らない。火曜日の今日、まだ週のはじめで飲み屋は空いていた。
「お飲み物を先に」
 店員に促されて三人それぞれメニューを見渡す。
「とりあえずジンジャエール」 と友紀が言った。
「あたしもそれで」 と治子が言った。
「じゃあ・・うーん・・ウーロン茶」 とユウが言った。
 店員が去っていくと三人顔を見合わせる。
「カフェでよかったみたい?」
 治子が言って揃って笑う。首をすくめて笑いながら友紀は言った。
「ノーパンて、モモさんに言われて?」
 ユウは恥ずかしそうにこくりとうなずく。
「身のこなしがダメだ、ちょっとは意識しろって言うんですもん」

 友紀はバロンのyuuを思い浮かべた。混み合う店の中でノーパンミニ。気の抜けない思いをすればするほど、それが主への想いとなってふくらんでいく。
「SMっぽい」 と、治子がにやり。しかしユウは違うと首を振る。
「よくやってるって褒めてくれます。お会いすると真っ先に平伏して、女王様のお尻を抱いて甘えるの」
「素っ裸?」 治子が眸を丸くする。
「もちろんです。女王様のお部屋で服なんて許されません」
「わぉ・・」 と言って、治子はちょっと眉を上げた。
「あたしらなんて女同士で・・まあそうね、だいたいが下着だし、夜なんてすっぽんで絡み合ってテレビ見てるし、ほんとグダグダ・・厳しさのカケラもないわ」

 飲み物が運ばれて、そのとき料理をオーダーし、ウーロン茶を一口飲んでユウが言う。
「でも・・モモさんてやさしい人です。抱いてくれて撫でてくれて、それだけで溶けそうなほど濡れちゃうの」
「でもお相手はニューハーフなんだからエッチはつまりノーマルエッチよね?」
 ユウはたまらないといった女の面色で微笑んでいる。
「心は女性、お体は・・ふふふ、なのに胸はCカップ、下着はすべて女物だし・・」

「イカレたねユウ」 と、友紀が振るとユウはうなずく。

「こんな気持ち、はじめてです。女なのに男性・・両方のいいところをお持ちのような気がしてしまって」
「SMにはならないの?」
 治子が訊いた。
「なりますけどちょっとだけ。私ってすぐ泣くから、そしたらもうすぽーんと抱いてくれて、よしよしって・・それで私はよけいに泣いて・・何なんでしょうね、この甘え・・ンふふ」
「知るか・・笑うなっ」
 治子はちゃかすように言って、それから真顔に戻っていく。

「レイプされたのよ」
 友紀とユウの二人の眸が流された。
「私じゃなくケイがね・・あ、景子って言うんですけど、高二のときに合コンみたいなことがあって、大学生だった男たちにマワされるみたいなことがあったのね。それでもあの子、彼氏がいたこともあったんだけど、これがまた気持ちの通じないクソ野郎。そんなとき私と出会った。私は最初からそっちだったし・・ま、以来腐れ縁てところかしら。結婚しようって言われたよ」
「向こうから?」 と、友紀は言い治子がうなずく。
「私はいいのよ、だけどウチの会社ってどうなんだろ、ぶったまゲーションでクビになるのがオチでしょう」
「・・ぶったまゲーション・・あははは、及川さんて面白いんですね、見た目には知的なのに」
「・・ほっとけ」
 つられて友紀まで可笑しくなった。女同士はこんなもの。女ばかりで温泉にでも行こうものなら素性丸出し。この中にサリナを入れてみたいと考えた。雑誌と違って今度の本の締め切りはゆるい。いい原稿にするためにも一度顔を合わせていいと考えた。

「よしっ、温泉でも行くかっ?」
 友紀が言うと二人が見つめた。
「連れておいでよ、そのケイちゃん。私のほうでは二人呼ぶ。もちろんユウもよ。ただし今回は女性軍のみ。私の奴隷をお披露目するから」
 治子とユウが目を見張って見つめ合う。
 友紀は言った。
「あーあ・・ここのところずっとだけど、頭ん中エロだらけ・・」
 おどけた友紀の仕草に三人揃って笑う。