2017年01月13日

DINKS~フリーランサー(十七話)


 十七話


「・・それでね、二人目の方だったかなぁ、うふふ、ちょっと怖いサディストさんでね、でもその方、その頃のあたしよりずっと歳上でいらっしゃり役立たずだったのよ。大きくなってもふにゃりって感じで。あははは」

 友紀と及川治子の二人で揃って、つられて笑っているしかない。
 茅ヶ崎の海を眼前にする古くからある漁師の家を買い取って、女ながら単身、仙人のように暮らす瀬戸由里子。六十九歳。執筆はいまだ手書きで、一貫して女の生き方を書いている。ベテランの友紀でさえが恐縮する大作家でありながら居丈高なところのまるでない、悪く言えばそこらのおばちゃんといった印象。あっけらかんと自身の性を語る。

「それでほら、男って馬鹿だから棒と穴のセックスがセックスだって思ってるでしょ。もちろんそれはキモチよくても違うのよ、女ってそうじゃない。やさしく抱いてくれるだけで愛されてるって感じられる。そこのところでわかり合えなくなっていくから、お外でちょめちょめしたくなるってことでしょう。だったら若いほうがいい。ピンコなんだし楽しめる。だけどそれはいまのあたしだからそうであって、その頃のあたしは、むしろずっと歳上がよかったの。女の気持ちのわからない自分勝手なピンコ勃ちなんて噛み切ってやりたくなるものね。あははは、あたしって淫乱でしょう、あははは」

 治子と顔を見合わせて、なんとなく笑っているしかない。その言い方も軽妙で、聞いていてスカッとする。とてもおよばない女の大先輩。瀬戸が相手なら下手な打ち合わせなど失礼。思うままに書いてもらえばよかっただろう。

「縄で縛られたのよ、嫌ぁぁン、お股ぱっくり。あははは。鞭でお尻をペシペシとか。ナニするだ、このド変態って思ったけれど、泣いたあたしを最後には抱いてくださり、よしよしって撫でられると、くにゃくにゃになっちゃうの。普通のほら、不倫なんて、相手がチェンジするだけよ。だけどSMは違うもの。レズだってそうだけど、そこらの女のセックスとは違うんですもの、イキ過ぎたってしょうがない、だから暴走するわけで。あっはっはっ」
 ひとしきり笑って、しかし瀬戸は静かに微笑む面色へと変わっていく。
「三浦ちゃんに聞いたわよ、早瀬さんてDINKSなんだそうね?」
 友紀はドキリとして眸を見つめた。穏やかに老いた・・と言っても六十代では女そのものの眼差しで見つめる瀬戸。心の底まで見透かされていると思うと怖くてならない。

「はい、可能性を追ってみたいということと、主人は主人で子供より夫婦の暮らしを大切にしたいって人ですので」
「うんうん、いいんじゃない。生殖から逆算するから誰も彼もが同じ末路へ向かうんですから。愛を言い聞かせ、妻を言い聞かせ、母を言い聞かせているうちに孤独のほんとの意味を知る。ああしておけばよかった、こうしておけばもっとあたしは輝けたと思ったところで遅いわよ。せめていまから。それが不倫の正体よ。女は牝。セックスが好きで好きでたまらない。本音のところでそんなものだわ」
 そのとき治子が、ちょっとうつむいて言うのだった。
「私は男の人はちょっと」
「あらレズさん?」
「じつはそうです。恋人いますし結婚してもいいかなって思ってます」
「男性バージンてわけじゃないでしょ?」
「それは一応。ですけどムサイし・・あ、すみません、何と言うのか、心が通わないって言えばいいのか」
 瀬戸は微笑む。大作家でありながら田舎のおばさんそのままのもんぺを穿いたような姿にしか見えない作務衣のいでたち。郷里へ帰って婆と話す心持ちにしてくれる。

 瀬戸は言った。
「あたしらの頃はほら、DINKSもそうだけど同性結婚なんて考えられない時代だったでしょ。いまの人はいい。いまの人は素直な自分本位を表に出せる。レズだろうがSMだろうが命を燃やしてアッハンだもの、羨ましいぐらいだわ。あたしのことは知ってるでしょうけど、じつに貪欲な女でね、妻子ある人を愛し、奥さんから奪ってやって、その人の子も産んだ。なのに飽き足らず不倫もしたし、そのうち別れて、そのときよサディストさんに出会ったの。ずいぶん歳の違う変態親爺だったけど、大切なことを教わった。お相手を花だと思う愛はエゴだって。逆ですって。お相手は常に自分を咲かせてくれる根っこなんだと思いなさいって。人は所詮自分が可愛い。だから隠すしポーズもする」
 サリナの言葉を思い出す。女王を咲かせる根でありたい。友紀は泣きたくなる気分になった。
「じつは先生」
「はい何かしら?」
「奴隷のような人がいるんです、レズですけれど・・その子はマゾで、いいえ、いまはまだ奴隷になりがたる段階なんでしょうが、私は厳しいことができなかった。可哀想でやさしくしてあげたくなって」
 瀬戸と、横に座る治子が静かに見つめていた。

 黙って聞いて瀬戸は言う。
「壊したらどうしようって思うのよね? 大切な人だからこそ壊したくない。だけどそれでは浅いわよ。M女こそ根っこですもの。大空に向かってのびていける茎や葉とは違って根には障害がつきまとう」
「障害ですか?」
「そうよ障害。地上を支えるためにのびようとしても硬い土が邪魔するかもしれないし、お水をあげすぎて逆に腐るってこともある。ときどき掘り返してやって石をどけたり腐った根を断ち切ってやる荒療治が必要なもの。根が死ねば地上もまた死んでいく。根は地上のために命がけ、地上は根のために命がけ、それが女王と奴隷の関係だからね。はっきり言うわよ早瀬さん」
「はい?」
 怖かった。逃げ場のない答えを突きつけられると思うから。

「あなたのご都合、ポーズだわ。私は愛に生きる女。感性豊かなやさしい女。どう素敵でしょ。だけどそんなものは体面でしかない。逃げでしかないものよ。思うままに責めておやり。奴隷は女王などよりはるかに強い生き物ですから大丈夫。根が浅いと地上が倒れ、根だって死んでしまうものですからね」
「・・はい、ありがとうございます先生」
 そのとき横から治子の手がのび、友紀の背中をそっと撫でた。

「・・はぁぁ怖かった」
「ですよね、とてもおよばない・・高いもん」
「せっかくだから海見て行こうか」
「ええ。私も愕然としましたね。相手のためなんてエゴ。確かにそうだなって思ってしまった。でも友紀さん」
「うん? 奴隷のこと?」
「ほんとに女王様なんですね」
 友紀は前を見たまま眸を細めてうなずいた。
「せつないほど素敵な女性よ。健気で可愛くて可愛くて、やさしくしてあげたいんですけどね」
「わかります、その気持ち。・・わぁぁ雄大」
 歩いてほどなく太平洋がひろがった。少し風があって白波が幾重にも重なって押し寄せている。
 縄も鞭も、サリナが考えてもいないようなものまで揃えてみようと友紀は思った。

 数日が過ぎていた。ユウと二人でレズカップルへの原稿依頼も終わり、後は仕上がりを待つだけだったし、自分の原稿を書き上げるだけ。女王の視点で見下ろすサリナを描いてやる。友紀は下書きに取りかかった。
 その日の夕刻、社を出て近くの古書店に立ち寄って、そこでユウとばったり会う。
「あらら、どして? 探し物でもあるのかな?」
「ちょっと・・作法の本でいいのないかなって」
「作法って?」
「女らしさって何だろうって」
「ははぁ、さてはモモさんに何か言われたな? いいわ、ちょっとお茶しましょう」
 はじめて入る通りすがりの喫茶店。バロンのように小さな店で若い店主がやっていた。紅茶を二つ、それにトーストを二人で分ける。

「この水曜日」
「モモさん休みだもんね」
「そうなんですよ。一日一緒にいたんですけど、モモさんに女らしさを磨けと言われちゃって。彼女ってほら、男性にはMになれるけど女にはSだって」
「うん、言ってたね」
「その意味がわかった気がするの。女の子が好きで女になった。だから男性が相手だと異質のものだと思えるからMになれる。女が相手だと、モモさんて女のいいところだけを観てるから、ちょっとでも踏み外すと許せなくなってしまうんでしょうね」
「だからSか・・そうね、そうかもしれない。偶像であっても美点だけを追いかけて、それが彼女の人生だから」
「そうなんですよ。女なんてそうそう女をやってられない。思うほど綺麗なものじゃありませんから。でも私・・」
「もがいてみたいんでしょ、そこを目指して?」
 ユウは強くうなずいた。若い。見定めたものに対して立ち向かおうとする姿がすがすがしくも思えてくる。
「愛しちゃった?」
「はい愛してます。モモさん最高」
「ここにもいたか、思い込みの激しい女が・・ふふふ」
 今日は金曜、明日が土曜で、明後日の日曜に月曜一日休みを足してサリナとドライブに出ることになっていた。通販で揃えたものがそろそろサリナの手に届く頃。

 今夜また夫の帰りが遅くなり、七時半近くになって友紀はバロンを覗いていた。yuuは相変わらずのショートスカート。ストッキングも許されてはいなかった。それにしても客がいない。そのうちつぶれると友紀はちょっと可笑しくなった。
「いやいや、ここのところ混むから夜はいいんだ」
「あらそう? そんなに混む?」
「混むね。コイツの尻が見たくてやって来るんだろう」
「ンふ・・嫌です、ご主人様・・もう恥ずかしい」
 yuuは見るたびいい顔になっている。肌艶がよくスカートからざっくり露わな脚線も白く輝いているようだ。
 そしてそのとき、またしてもショルダーバッグの携帯がジジジと震えた。
「ずいぶん早かったのね?」
「はい、シフトの都合で今日からしばらくこの時間。それより女王様、お荷物が・・ハァァ、お荷物がたったいま届きました。ハァァ、ねえ女王様ぁ、お会いしたい、ハァァァ」

 声が漏れてマスターもyuuも聞き入っている。
「入ってたものと、それでどうして欲しいか、大きな声で言ってみなさい」
「はい。あぁぁ・・ハァァ。これは乗馬鞭です。お尻を打ち据えていただきます」
「お尻だけ?」
「乳房も乳首も・・あぁぁダメ濡れちゃう」
「ふっふっふ、マゾねほんとに・・はい次は?」
「縄です、麻縄。脚を開いて縛っていただき・・嫌ぁぁン・・」
 ふと眸をやるとマスターが首を振って笑っていた。
「それから?」
「バイブでしょ・・これディルド・・ああ泣いちゃう。お会いしたい女王様ぁ」
「まだあるでしょ」
「はい、あります。ちっちゃなディルドのついた革のパンティ・・それからガラスの浣腸器も・・トイレまで見られます・・怖いです女王様ぁ・・ああダメ、イキそう・・」
「あっはっは!」 
 こらえきれずにマスターが声を上げた。

「えっえっ?」
「ふふふ、いまバロンなのよ、細川さんもyuuちゃんも聞いてるわ」
「ええーっ、そんなぁ、意地悪ですぅ」
「いきなり喋りだすからでしょう。ちょっと待って、マスターに代わるから」
 携帯電話が友紀の手からマスターの手へと空中を動く間、『嫌だぁ、ねえねえ嫌ぁぁン』と大きな声が泳いでいた。
 yuuが眸を丸くして笑って友紀の背中をぽんぽん叩いた。
「おいサリナ!」
「はいっ!」
「ベタベタ甘えてどうする馬鹿者が。女王様が揃えてくださったんだ、泣き叫ぶ覚悟で待ってることだぞ」
 それだけ言うとマスターは黙って電話を友紀へと差し出す。

「はいっ! あぁン、イキそう・・」 と、空中を声が流れた。

「けっ・・やってらんねぇ・・」
 電話のこちらは大笑い。向こう側では、サリナはフロアにへたり込んで息もハァハァ。
「じゃあね、じーっと見つめて悶えてなさい」
 電話を切ってマスターと眸が合った。
 友紀はちょっと首を傾げて眉を上げ、『愛しちゃった』 と一言言った。

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