2017年01月09日

DINKS~フリーランサー(十一話)


十一話


 肉欲の焔(ほむら)がくすぶったまま二人抱き合ってシャワーを浴びて、少し遅くなった夕食へ街に出ようとエレベーターで降りていく。
 友紀はもちろん仕事続きのスカートスーツ、サリナは仕事帰りのジーンズスタイル。ローライズとまでは言えなかったがベルトラインがヒップにかかり、タイトフットのジーンズ地に形良く締まったヒップが裏から張り付いているようだ。
 一階に降りてフロント前を横切ろうとすると、ビジネスホテルでも一応のロビーがあってソフトドリンクの自販機が置いてある。ついさっきエレベーターに乗り合わせた二人の中年サラリーマンがズボンはそのままにネクタイをはずしたシャツ姿で自販機に向かっている。男たちは背後の通路から歩み寄る二人の女に視線をなげて、さっきの女だぜ・・といったような目配せをし合っている。女と女か・・ふーんといった面色だ。

 友紀は素知らぬ顔で歩きながら、男たちを行き過ぎたところでサリナのヒップを撫でる仕草をする。寄り添って歩くサリナはそんなこととは気づいていない。
 サリナはさりげないタッチに、はにかむように微笑んでエントランスを出たところで腕を絡めて嬉しそう。
 レズカップルであることを誇っていたい。女王と奴隷であることも見せつけてやりたくなる。仕事を計算した関係ではいられない。
 サリナはサリナで、密室を出てもなお関係を隠そうとしない女王に揺るがない信頼を感じていた。ご都合の奴隷ではないと思えるからだ。
「・・うふふ」
「何よ? 可笑しいかしら?」
「・・嬉しくて」
 友紀はサリナの頭を抱き寄せて男女そのものに抱き合うように歩いていた。異世界へ飛ぶと決めた友紀らしい表現だった。
 バロンのyuu、会社にいるもう一人のユウ。私は二人に感化されない。私の性とはどんなものかを見極めてみたい。そう思うと奮い立つ気分になれる。

 時刻は九時。それでも駅へ向かうと人は増える。幹線道路沿いのファミレスがいいだろう。若者が多く、溌剌とした活気がある。そう思って覗いてみるとまさに若い。夕食時を少し外れて店内にちらほら空席が目立ちだしていた。ドアから遠い禁煙席。友紀は軽く食べ、踊りでエネルギーを使ったサリナは肉料理をがっつりと。食べながら話していた。
「ねえサリナ」
「はぁい?」
「自虐的なところがあるって言うけど自分でそういうことはした?」
 サリナはこくりとうなずいて声を絞った。
「それはいろいろ・・乳首を虐めてみたり・・」
「やっぱりね。いつ頃から?」
「高校の頃からそうでしたね。親の目を盗んでネットを見たりしているうちにLEZDOMに惹かれてしまって」
「その頃から女王様派なんだ?」
「もちろん男に征服される妄想もあったけど・・だけど、もともとレズっぽいところがあって、そういうものを見てるうちにますます女王様に憧れちゃって・・相手が男だとガードを捨てきれないというのか」

 眸色が若いと友紀は感じた。三十六歳。二つも上のサリナなのに、いま明らかに少女のような眸をしている。特異な性癖を意識しだした頃に戻ろうとしているように・・甘えてくれていると友紀は思う。
 バロンのyuuも、もう一人のユウも、きっとそうやって自分の性を見つめてきているのだろう。
「私ねサリナ・・」
 サリナは眸をキラキラさせて小首を傾げて聞き入った。好きな人を前にした可愛い女の姿だった。
 友紀は言う。
「私にだってMっぽいところはあって、yuuちゃん見てると憧れちゃう部分はある。だけどきっと、ほとんどSよ、私の成分。職場でもそうだもん。迷わず突っ走るタイプだし、黙って座ってろと言われるとキレちゃう女だと思うのね」
「・・はい、ふふふ」
 でしょうね・・といったサリナの面色。

 友紀は真顔で言う。
「本気になったら怖いかも。心を奪い取ってカラダだけの牝にするかもしれないよ」
 ユウをパクってる・・そう思いつつも苦笑する気にもなれない。
「仕事なんて二の次なのよ。そのぐらい突っ込まないと結局何もわからない気がする。せっかちだし、ほんと面倒な性格だわ」
 サリナは含み笑って、憧れるような眸色で甘える。
 マゾとして生きる覚悟を物語るサリナの想いを、言葉ではなくテーブルの下でそっと添えられた手に感じた。

 翌日は週半ばの水曜日。朝ホテルでサリナと週末の逢瀬を約束して神田のオフィスに行ってみると、木戸優子は直行で原稿を引き上げる仕事があってオフィスにはいなかった。友紀の夫、直道は週末都内にいるのだったが、大手企業のワンフロアそっくりのデータシステムの入れ替えで徹夜の作業になるだろうと言っていた。
 移動二日目。友紀はデスクを離れたくてならなかった。文芸畑の編集部に性的な本のためにヘッドハントされた女。月刊女性生活を女性誌トップに躍進させた女。そしてそれよりDINKSを公言するやり手のキャリアウーマン。周りにいる、どちらかと言えば地味なタイプの同僚たちにしてみれば興味があってならないようだ。なんとなく針のムシロ。
 ユウが戻ったのは十一時になる頃。今日のユウはブルーグレーのミニスカートスーツ。地味なセクションにあって明らかに若く、仕事で友紀のサポートをすると皆は知っていたから、交互に見比べられているような気がしてしまう。

 友紀はデスクを離れてユウの肩をそっと叩いた。
「これからの予定は?」
「いえ特に。と言うかぁ、これから早瀬さんの部下ですしぃ」
 隣のデスクの中年女子が、そっぽを向いて笑っている。天然を部下にして、さぞご苦労なことでして・・と言わんばかりだ。
「じゃあ早めにお昼して出ましょうか。手記を書いてもいいって言ってくれてる人がいるから打ち合わせ」
「はーはー。へへへ、面白そぉかも」
「・・わかったわかった。支度しといてね、ジャスト十分で出るから」
 ユウの肩をふたたび叩くと、友紀はルームの奥の三浦のデスクへ歩み寄る。しかしあと一歩というところで三浦が顔を上げてうなずいた。
「聞こえてるよ、了解した。逐一ことわらなくても、そっちに集中してもらってかまわない。それにしても・・」
 と、三浦はユウの席へと横目をなげた。
「採用基準をどうにかしないと・・ったくタコが大きな声で・・」
「ふふふ、言えてる。じゃあ出てきます。木戸さんとのすり合わせもありますし」

 昼少し前に社を出た友紀は、ます中央線で新宿に向かった。待ち合わせは新宿で二時の約束。バロンのある向きとは逆の東口から地下を抜けて靖国通りの側へ出る。待ち合わせは歌舞伎町のカフェだった。その前にランチ。昼など何でもよかったがユウは眸の色が違う。社内にあって早瀬の名は思うよりずっと注目されていたようで、若いユウにとって憧れの存在だったのか、社を出てずっと足取りが弾むようだ。
「なんだか楽しそうね?」
「ドキドキしてます。これからどんな人に会えるんだろうって。ずっと妄想の世界だったし。それに早瀬さんて見習いたい女性だし」
「あたしのどこをよ?」
「カッコいい」
「だから、どこが?」
 ユウは生意気に眉を上げて微笑むだけ。友紀もつられて眉を上げて、ため息を漏らすだけ。ランチは道すがらの成り行きでパスタ。女同士でいると重い店は敬遠するもの。下手に油料理の店を選ぶと着ている服や髪の毛に匂いがついてしまうからである。

 揃ってスープパスタとパンのランチ。昼時で混み合う店の小さなテーブルで差し向かいで食べながら、友紀はそれとなくユウを観察していた。
 小柄で華奢なスタイル。白く小さな手、細い指。仕事をちゃんとわきまえてクリヤーマニキュア。背筋を正し、パンを小さくちぎって小口で食べ、テーブルマナーもいいと思う。喋らせたときとのギャップが不思議なほどユウはしっかりした女性だった。
 カッコいいと言われて問い返したときのゾクとする大人の微笑み。なのにどこかが抜けている。不思議な子だと友紀は思う。

「Mは妄想なんだね?」
「いまのところはそうですね。自分で虐めてみたりしてるだけ。二十三なんですよ、下手コクと怖いんだし」
「・・下手コクと・・ふふふ、なるほど」
「言葉ですよねヘンなのは。ちゃんと話せるのに意識して天然しちゃう。怖くてダメです。踏み込んだら行くところまで行っちゃいそうで」
「そういうことってタイミングよ。タイミングと運命のいたずらかしら」
「ですよね、そう思います。女って適当に卑怯だから・・」
「どういうところが?」
「やさしい男を見て、この人となら穏やかな家庭が築けそうだと計算し、子供ができて手が離れると、やさしいだけじゃ物足りない・・最初からそうなるってわかっていたはず。横並びの女性像を突き抜けていくのが怖いだけ。私もきっとそうなるって思ったときに、それってはたして私なんだろうかと考えてしまうんです」
「・・わかる。私の歳だと周囲はそうよ。友だちで不倫する人多いから。例外なく言うわよね『やさしい旦那に物足りない』って」

 食べ終わりを見計らって食後の珈琲が運ばれて来る。
 ユウは、ちょっと窓の外へと眸をなげて、切り替えるようにして言った。
「それで今日会う人ってどんな?」
「うん、以前に雑誌で取材した人なんだけど、モモちゃんて言って綺麗な子よ。ある意味バイなんですけど、その子ってニューハーフなの」
「わぉ・・ニューハーフ?」
 ユウの眸がランランと輝いた。
「その世界の人もいろいろでしょうけど、あの子はカンペキ女の子。性転換はしないって決めて、女の自分と本気で向き合ってる子なんだよ。電話でぜひってお願いしたら書いてみるって言ってくれた」
「いくつぐらいなんですか?」
「あの頃で二十五だから、いまは六かな。七になったかも。それがね、彼女は自分で着せ替え人形だって言ってるの」
「着せ替え人形・・ふーん」
「愛した人の好みでどんなスタイルにもなれるって」
「相手が男性でも女性でも?」
「性別なんて意識にないね。彼って言うのか彼女って言えばいいのか、ほんと不思議な人なんだ」

 火の粉のように次々に特異な性が降りかかってくる。あの頃仕事として割り切れたものが、いまはたしてどうだろう。全裸のサリナ・・全裸の夫が脳裏をよぎった。

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