2017年01月06日

DINKS~フリーランサー(八話)


八話


 ついさっき見た気がする都会の景色を逆にたどって自由が丘を通過して、その先、菊名。時間を計算して三浦と別れたのだったが、それ以上一緒にいると抜き差しならなくなってしまう気がしていた。
 三浦は男として線の太いタイプ。いかにもエンジニアといった神経質な夫とは魅力の質が違っていた。独身の頃の友紀なら逃げたくなる男だったかも知れない。
 妻をフリーに生きるといっても夫を裏切るようなことはしたくない。遠く離れて一途に主を慕い続けた優子に会った後だけに、女には大切にしなければならないものがあると思う。妻を理解し自由に泳がせてくれる夫に対し私は奴隷でいいと考えるようになれていた。

 それとひとつ、バロンで優子に会ったことをサリナに隠しておくわけにはいかないだろう。いずれわかることだから私の口から告げてやろうと考えた。そしてその発想がサリナへの想いが何なのかを友紀に思い知らせていたのだった。

 駅前のセルフのカフェ。八時少し前に着いたときサリナの姿はまだなかった。アイスコーヒー。冷えた飲み物で思考を冷やしておきたくなる。
 ドリンクを持って窓際の席を選び、なんとなく一口二口飲んだとき、ジムのロゴの入った大きなスポーツバッグを肩にさげたサリナを見つける。ブルージーンに生成りのジャケット。しかし友紀はサリナが髪の色を変えていたことに驚いた。ベリーショート。それは同じでもほとんど銀髪と言ってもよかったグレーアッシュが、不思議な赤に変わっている。濃いワインレッドなのだが光の加減で紫色に煌めいて見える。心に変化でもあったというのか。
 夜の街を風のように流れてきて、カフェに入って友紀を見つけると、ちょっと笑ってウインクする。サリナもアイスコーヒー。
「待ったでしょ?」
「ちょっとよ。それより頭?」
「わかった? そうなのよ、思い切ってイメチェンしてみた。友紀に出会って女心が騒いだみたい」
 微笑んでちょっとうなずき、しかしさっさと飲んでしまうと、びっくりしたような面色のサリナを外へと連れ出す。夕食は互いに済ませていた。

 何かがあった。サリナはもちろん察している。
 サリナのマンションは駅からなら五分ほど。いくつかの遊具が配置された児童公園が下にある五階建ての白いマンション。その五階、506の角部屋がサリナの部屋。賃貸ではない。分譲で見た目にも新しい高級マンション。506号は3LDKだったのだが、LDだけで二十畳を超える広いもので、そのほか、一部屋が七畳ほどの変則空間で寝室、一部屋が六畳ほどで、そこはすべて衣装部屋。残るひとつが八畳ほどで、そこにデスクを置いて書斎のようにされていたのだったが、一方の壁面全面にブロンズミラーが入っていて、ダンスの練習もできるようにされている。踊るのではなく要所のポーズのチェックでもするのだろう。
 大理石調のオープンカウンター越しの広いキッチンは白がベースカラー。入ってすぐキッチンをちらりと見て、LDには多少の乱れはあってもキッチンが綺麗なのに驚いた。女らしい心を物語るようなものだから。

「で、どうしたのよ急に?」
「ちょっとね」
 友紀はLDを見渡して、大きな黒革のソファに浅く腰掛けた。その正面に大きな液晶テレビが置いてあり、ブラックアウトした画面が黒いミラーとなって座った友紀を映していた。
 友紀は言った。
「どうしても逢いたかったの。主人に嘘ついちゃった。急な仕事で帰れないって」
「あらそ・・よほどのことね?」
「・・よほどのこと」
 着替える間もなく言いだした友紀に、サリナは胸騒ぎを感じていたし、そんな様子はもちろん友紀も察していた。

「その前に、もうひとつのよほどのことがあるのよ」
「・・なんだ怖いけど」 と言って歩み寄ろうとしたサリナに、友紀は手をかざして歩かせず、強い視線を投げかけた。
「脱ぎなさい」
「え・・」
「全裸です。脱いだら私の前に正座なさい」
 サリナの喉がいきなりの緊張に『ンっ』と鳴った。
「・・はい女王様」
 ソファに座る友紀に見据えられて脱いでいく。
 ジーンズ、ジムのロゴの入ったTシャツ、下は男性のブリーフのようなスポーツ用のパンティと背中でクロスするスポーツブラ。乱れる息を殺しながら全裸となったサリナは白い彫像のように美しい。
 そっと歩み寄って友紀の足下に正座をする。Bサイズの乳房全体に鳥肌が立っていて、小さめの乳輪をすぼめて乳首が尖り勃っている。
 友紀は素直に服従したサリナに微笑むと、「手は後ろよ」とやさしく言いながら、しこって尖る固い乳首に両手をのばした。それはかつてバロンのマスターにされたのと同じこと・・。

 乳首の両方をそっとつまみ、そっとそっとコネてやる。サリナは乳首にのびてくる手を交互に見つめ、覚悟を決めて、まっすぐ寄せられる友紀の視線を逆に追った。
「ンぅ・・ンふ・・」
 小鼻がひくひく蠢いて、耐えきれずに燃えるような息を吐く。
「気持ちいいよね? 濡れる?」
「はい感じます女王様・・ああ濡れる・・ンっ」
 友紀は淡々と言った。
「バロンでyuuちゃんに会っちゃった」
 サリナの溶けかけた眸が見開かれた。
「少し前にお母さんが亡くなられて、残されたお父さんに縁談があるそうで、それであの子、ご主人様のもとへと戻ってきたのよ」
「そうですか・・よかったわ」
「そう言うと思った。だけどサリナは哀しいね、奴隷志願だったんだから」
 サリナは弱く横に首を振って言う。
「彼のことは夢でしたが・・相手が男性だと私はダメ、きっといつか壊れるときがやってくる。yuuちゃんが戻ってくれれば彼は幸せ。よかったと思うけど・・」

 そうは言っても、私ならいつでもいいのに・・と言っていたサリナ。失意は浅くないと友紀は思う。
「ねえサリナ」
「はい?」
「私は決めた。サリナが欲しい。独占したい。マスターになんて渡すもんですか」
 乳首をつまむ指先にどんどん力がこもっていく。眉間に甘くシワを寄せてサリナの眸は据わり、はぁはぁ熱い息を吐いている。
「相手が私なら溶けていける? 私なら愛し合える? 服従できる?」
「・・それは」
「黙って聞いて。答えなんて求めてない。私は女王様なんてガラじゃないから友紀さんと呼びなさい。私はサリナと呼び捨てる」
「はい、友紀さん」
 手入れされた友紀の爪はクリヤーマニキュアで輝いている。爪先を乳首に食い込ませてツネリ上げる。
「はぅ! んーっ!」
「痛いことも愛よ。わかったわね、サリナは私のサリナ、手放したりしないから」
 サリナがうなずくより早く、友紀は乳首から手を離し、右手で拳をつくって膝に置いて親指だけをピンと立てた。そのときのマスターと同じことをしてやって、けれども相手は私だと体に教えてやりたい。

「前を向いてまたぐの。腰を降ろしてサリナは私に犯される」
「はい友紀さん、お心のままに・・」
 ほんのり赤く上気したサリナの白い裸身が開かれて、陰毛をほとんど処理したクレバスの奥底へと友紀の指が収まっていく。
 サリナはすでに潤っていて、愛液のまつわりつく感触を感じたとたん、細い女の親指がヌルと滑って入っていく。サリナの中は熱かった。
「あぅ、あぁーっ! 友紀さん友紀さん、嬉しい」
「嬉しいのね?」
「はい、ありがとうございます、嬉しいです・・ぁぁ、あぁーっ!」
 しかし友紀はサリナに腰を上げさせ指を抜くと、両手をひろげて崩れてくる白い裸身を抱き締めた。
「好きよ」
「はい」
「本気だからね、ずっと抱き合っていましょうね」
 サリナの肩が震えていた。声のない涙だったが、友紀と二人で泣き合って、抱き合って・・気がつけば寝室の大きなベッドに寄り添って・・互いの肌を撫で合っていた。

「じゃあ、あの本はどうなるの?」
「知らないわよそんなこと、どうにでもすればいい。神尾書房は文芸で名のある出版社よ。エッチで売れる女性雑誌なんてあからさまに下に見られる。そんなところへサリナを出したくないんです。手記やエッセイ、ちゃんとした本になれば読者のレベルも変わってくるし、サリナにはその中で生き様を誇る女でいてほしい」
「・・ありがとう」
「ううん、こちらこそよ。私にとってはチャンスだけど、そんなことより同性の私に一途に尽くす女の姿を読者に見せつけてやりたいの。あのときはじめてサリナに抱かれて感じて感じて、ああこんな私もいたんだって思ったし、これこそ愛だって震えてしまった。その編集長ね」
「ええ?」
「三浦さんて言うんですけど、愛の表現にタブーはない。思うようにやってみろって言ってくれる。そのとき思ったの、サリナと一緒に私の姿も見せていきたい。愛に震える二人の女を見てほしいって。これまでに出会った人たちにも声をかけるし、yuuちゃんにも登場してほしいと思ってる。それでねサリナ、よく聞いて」
「ええ・・はい?」
「奴隷にするわよ。私を感動させるほどピュアな奴隷になれたとき、細川さんに貸し出すつもり。彼への想いは消してはダメ。嘘だもん。せつないまでにふくらんだ思慕の想いをそのとき彼にぶつけてほしい」

 サリナはうなずきもせず涙をためて友紀の乳房に顔をうずめた。友紀はそんなサリナの尻を撫でてやりがら言うのだった。
「私、yuuちゃんに会ってくる」
「どうして?」
「SMって何かを教えてもらう。マスターじゃ嫌、サリナを裏切ることになるからね。yuuちゃんに責められて泣いてみたい。そうじゃないとサリナに対して失礼だわ」
「・・凄いよ・・友紀さんて凄い」
「とんでもない。サリナの人生を左右することになる。怖くてならない。私の立ち位置を決めておかないと怖くてダメ・・」
「・・女王様だわ」
「え?」 と友紀は見つめたが、サリナは黙って抱きすがり、奴隷の心をもって友紀の濡れる性器に奉仕した。

 そして翌日。こんなことになろうなんて思っていない友紀は下着の替えを持たずに来た。サリナのパンティだけを借りて穿いて出たのだったが、そのとき差し出される新しいものでなくサリナが穿いて洗濯されたものをあえて選んだ。性器と性器が触れ合っている。そのことに震える思いを感じていたかった。

 いつものように出勤し、さっそく友紀は篠崎に呼ばれて次回の企画を見直すように言われたのだが、午後になって事態は変わった。
 月刊女性生活のオプションとして発刊するはずだったエッセイ集が三浦傘下の文芸出版部に奪われて、それに伴って友紀の移動が通達された。
「ええー嘘だぁ。早瀬さん凄いよ、それって社が本気になったってことじゃない」
 仲のいい後輩の女子たちが友紀のデスクを囲み、篠崎はじめ雑誌のスタッフは顔面蒼白。売り上げを伸ばしてきた企画でできた人脈はすべて友紀の手中にあって、ドル箱をそっくり持って行かれるようなもの。篠崎が全体会議で余計なことを言ったからだと皆は察し、そうなると篠崎は板挟み。低迷していた雑誌が一度躍進し、ふたたび下降すれば、その責任は編集長にあり、社内で調査すれば誰と誰が妨害したかなんて隠しておけるものじゃない。
「・・やってくれたよ三浦の野郎・・どうすんだよ、これから」
 篠崎の手下のような頭の固い連中の声が聞こえてくるが、友紀にはまるで響かなかった。

 そんな中、しょんぼりしている女子がいる。及川治子(はるこ)、二十四歳。大卒で入社してから友紀の下でやってきた。友紀にとっては右腕のような存在であり、じつは治子もレズである。学生時代からの恋人と続いていて同性結婚を本気で考えている。そのことを知っているのは友紀一人。
 友紀は治子を外へと呼び出した。社を出てすぐの高級喫茶。店内は広く静かで、ソファそのものの落ち着ける家具が置かれてある。
「雑誌をつくるって発想と女の叫びを届けたいって発想。根本が違うんですよね」
 友紀はうなずく。若い治子を置き去りにするわけにはいかない。
「ちょっと待ってね、三浦さんに掛け合ってみるから。治ちゃんがいてくれないと独りじゃ辛いし」
「ほんとですか? 抜いてくれます?」
「そのつもりよ。篠崎さんだって、そのへんわかってるでしょうからガードしてくると思うけど、まあ適当にあしらっておいてちょうだい。古い人たちをぎゃふんと言わせてやりましょうよ。女をナメるんじゃないよって。ふふふ」
「うまくいくといいなぁ」
「頑張ってみる。いきなり無理でもそのうちそうなる。あのね治ちゃん、次の企画で」
「自虐マゾ?」
「それよ。そのためってわけじゃないけど、恋人ができちゃった」
「ええー恋人?」

「相手は女性よ。繊細で素敵な人でね、あなたも知ってるバロンのマスターの紹介なの。はじめて女に抱かれたわ。私のことを女王様って呼んでくれる」
「へええ・・SMなんですね?」
 さすがに大きな声では言えない。治子はSMと思わず訊いて周囲にチラリと視線をやった。
「そんなつもりじゃないけどね。行為じゃなくて心のMと心のSって感じかな。それでその企画を向こうで本にすることになったとき、私も出ようと思ったの」
「友紀さんが? じゃあ、お二人で手記を?」
「そういうこと。女の激情から逃げたくない。彼女のほうはともかくも私は実名でもいいと思ってる」
「愛してるんですね?」
「心からね。彼女だって奴隷になりますって言ってくれてる。震えるのよ感情が。どうしようもなく震えてしまって、愛のきりもみ」

「愛のきりもみ・・友紀さんらしい言葉だわ」

「そっちは? うまくいってる?」
 治子は嬉しそうにうなずいて、ちょっと上目がちに言う。
「じつは引っ越したんです私たち。双方の親のこともありますから同棲するわけにもいかず、同じアパートの二階と三階にお部屋を持って実質の同棲ですけどね」
「幸せね?」
「ですね。毎夜毎夜くたばるまで抱き合ってる」
「ま! ふふふ、はっきり言う」
 女はもう男の手下を生きていない。それは優子だってそうだと思う。ご主人様の奴隷といっても、それは自ら飛び込んだ他人とは違う愛のカタチ。女は女の意思でのみ性を選んで生きていく。

 そしていまそこに悩む多くの女性に私たちの背中を見せてあげたい。
 友紀は奮い立っていた。

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