2017年01月04日

潤な話題(八)


純喫茶バロン

小説DINKSに登場する純喫茶バロンに、僕がやるなら
こういう店をやってみたいという思いをこめた。

いまどき『純喫茶』はないだろうが、酒を扱わない喫茶と
いうことで、その点で言うなら、僕のやりたい店は夕方
からのごく限られた時間だけ、フルーツ酒のみを出して
みたいと思ってるから、お役所区分で言うなら『純』喫茶
ではないだろう。

しかし酔うための酒でなく、大人のセンスとして楽しんで
欲しいわけで、僕はピュアな喫茶だと考えたい。
たとえば、白桃のお酒をソーダで割って、フレッシュな白
桃を切って添えたようなもの。

さて、バロンのスタイルに、僕は僕の発想を込めてみた。
コーヒーではなく『珈琲』であること? 
ローストだけして挽いていない豆を揃えておき、一杯ず
つその場で豆を合わせてブレンドし、ミルで挽いて粉に
する。ネルフィルターのドリップで仕上げていくのだが、
そのコンセプトは、そこらにありがちな演出などではない。

メニューに関して、できうる限り本物であることと、徹底し
て庶民であること。たかが珈琲豆でも、上には上があっ
て一杯2000円も取らないと合わないものまである。
前にも書いたが芸能人格付けチェック。そうした珈琲を
平気で飲める人種が、こっぱずかしくも100万円のワイ
ンと5000円のワインを間違える。
ブランドや雰囲気に引きずられる金ピカ馬鹿など来なく
ていい。

珈琲豆は焙煎して豆のまま置いておき、挽いて粉にして
からは早く飲まないと死んでしまう。高級なストレートで
はなく美味いものを出そうとするから、『ブレンドの妙』な
んですね。

まず豆そのものの種類。同じ豆でもロースト=煎りの深
さで旨味が変わる。
(あくまで僕は)気持ちが沈んでいるとき苦みが強いほう
がいい。静かに考えたいとき少し酸味が強くても美味い
と思う。

そしてそれを客の好みではなく、そのときの僕の直感で
決めて出す。決定権を相手に委ねない。小説の中のバ
ロンのマスターはそうやって一杯の珈琲を出している。

バロンのマスターに惚れてる僕なんです。うん。

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