2017年01月03日

DINKS~フリーランサー(五話)


五話


「・・でも賑やかね」
「ちょっとね」
「まさにどっと混むだわよ」
「ふふふ、はい」

 三時を過ぎた時刻なら空いていると思ったお好み焼きの店だったが、ようやく寒さの去った陽気のいい土曜日で若者たちがどっと出たのか混んでいた。店そのものもひどく小さい。運良く座る席はあっても若いパワーに圧倒されて声を大きくしないと聞き取れない。大阪といえば関西弁と思いがちだが、なんばのこのあたりは有名どころ。若者たち五人の集団は東京を喋っている。
「今度一緒にマスターぶっ飛ばしてやりましょうよ」
「ですよね、私のどこが跳ね馬なのか、失礼しちゃう」
 跳ね馬のような女だよ・・夫に言われた同じ言葉をマスターは使っていた。そう聞かされて友紀は可笑しい。そうだと思う。馬は走るから馬であって、組織につながれていてはつまらない。

 それにしても、まったくの初対面だというのに友紀はリナにつつまれていると感じていた。口惜しいけれど女としてのキャリアが違う。そんな気がしてならなかった。リナはやさしく、とてつもなくしなやかに私の思いを吸い取るような人だと感じる。
 一瞬にして打ち解けられた。友紀にとってはめずらしい。だいたいは相手が退いて身構えているものだ。リナといると逆にこっちが素直にならないとと思えてくる。リナは取材のことなど頭にない。知人の紹介で探りにやってくる女に対し、まるで無防備に自分を晒す。身構えていたのはこっちのほうだと思えてきて、ちょっと恥ずかしい気分になる。

 と、そのとき、リナが両手を前に、ちょうど手錠をされるときのようなポーズを見せた。
「マスターこれだって」
「えっえっ?」
「縛ってみたい跳ね馬だって笑ってた、あなたのことよ」
 声が出ない。SMの取材でバロンを訪ねたのが最初。スカートの中まで見透かされているようで怖かったことを思いだす。
 わけもわからず火照りだす頬は焼けた鉄板だけのせいではなかっただろう。
 イカ天それに焼きそばをちょっとつまみ、ホテルへ向かう。夕刻が近づいて通りはますます賑やかになっていて、人を縫って歩きながら、けれどもそんな喧噪はほとんど心に届かなかった。

 食べながらあれほど笑って話していたのに、いざ外に出ると、膝が震えるほどの緊張がやってくる。リナからは逃げられない。もっと彼女を知ってみたい。恐怖と興味がないまぜになった・・結局女同士の性的な感情に置き換わってくるのである。
 ホテルはすぐそば。数分としないうちにリナの巣に絡め取られた気分にされた。ツインベッド。使われない一方のベッドは綺麗なまま、もう一方にかすかな寝乱れが残っている。
 友紀は大ぶりのショルダーバッグ。一泊だけだし、着替えといってもたいしたものもいらないのだったが、下着だけは余分にワンセット用意していた。室内は静か。仄かな香水の香りがする。
「そっちいいわよ、着替えちゃおうね」
「あ、はい・・」
 情けないとは思うのだったがきっぱり自覚できるほど膝が震える。友紀は乱れのないベッドに腰掛けて、無造作に着替えをはじめたリナに言った。

「あの・・リナさん」
「はいよ? 何だろね?」
 その言い方と穏やかな微笑みに打ちのめされて、友紀は熱くなる吐息を殺していた。
「ほんと言うと怖いんです。今回ばかりは傍観者じゃいられないって思ってしまって・・せっかくのマスターの紹介なのにって・・記事のためだけに会うなんてもったいないって思っちゃう」
「ふふふ、ありがとう。だったらクルーダウンだと思えばいいわ」
「クールダウン?」
「DINKSだって聞いたときに思ったの。走ってる人だろうなって。真正面から突っ込んでくる人。そんな友紀ちゃんに対して私にできることは休息させてあげること。女同士で話しましょ。すでにもう気に入ってる。思ったとおりの人だった。あのね友紀ちゃん」
「はい?」
「あのマスターって滅多やたらに人を引き合わせる人じゃない。電話をもらったときすでに、あれほどの男が認めた女性を見てみたいと思ったものよ」
 友紀はちょっと唇を噛んでうつむいて、でもすぐに顔を上げて笑顔を見せた。これほど嬉しい言葉はない。

 ベッドを立って互いに背を向け脱いでいく。備え付けのパジャマは爽やかなブルー、前ボタンのワンピースのようなもの。背丈の差でリナはミニに、友紀はそれより少しロングになった。
 だけどそのとき、リナのベッドにチラと眸をやり、白いブラも白いパンティも脱がれてあって、薄いパジャマの下が全裸であることを思い知る。友紀はそこまでできなかった。上下はピンクの下着でガードしている。

「迷ってるんでしょDINKSに? 女の人生これでいいのかって? だから私に会いたくなった?」
「・・はい、おっしゃるとおりです」
 互いに着替えて振り向き合って、友紀はまともに眸が見られない。視線を合わすと崩れてしまいそうだと怖くなる。
「言っときますけどマスターは何も言ってないからね。あくまで私の感じたことよ」
 友紀はうなずき、導かれるままベッドサイドの小さなテーブルに歩み寄る。白い丸テーブルに可愛い白いチェアが二脚添えられてあるものだ。
「お茶でも淹れようね、珈琲買ってあるから」
「それなら私がしましょうか?」
「いいのいいの、私がします。大切なゲストさんだし、すでもう私のマゾが騒いでる。私は母性の化け物なのよ。得られなかった我が子を想う気持ちもあるし、だけど私の人生に悔いはない。私から吸い取るものがあるのなら、どうぞお好きに・・素敵な女王様だわ友紀ちゃんて」

 息が・・吐息がハッハッと乱れだす。
 ああ凄い、とても勝てない人だったと友紀は感じ、嬉しくて涙になる。人生の中でわかり合える同性と出会える幸運はそうはない。この人だと友紀は確信した。愛せる人だと直感する。
「わかりました、お任せします、何もかも・・」
「嬉しい言葉ね。だったら私だって泣いちゃうかも。会えてよかった、よろしくお願いしますね、これからずっと」
 友紀はとんでもないと言うように首を振り、そのとき涙が一雫、目尻を離れて散っていた。
 カップにセットするペーパーフィルター。湯にふくらみ香ばしい香りが流れて来る。
 背を向けてリナは言う。パジャマは薄くてもルーズで体のラインは透かしていない。

「女の人が好きなのよ」
「・・はい」
「相手が女性だとどんなことでも聞いてあげられるし、何て言えばいいのかしら、即座に同化できるって言うのかな」
「共通するところが多いですものね」
「と言うか、見透かせちゃう?」
「・・ええ、それも」
「なのによ、自分を曝けだすという点では相手は男性じゃないとうまくいかない。何かを聞いても同性だったら内心『うだうだ何よ、しっかりなさい』みたいな微妙な思いもあって、私がそうだから相手もそうだろうなって思ってしまって、だから逆に裸になれない」
「わかりますそれ。女同士ってどこかに敵意が潜んでて」
「そうね、そうだと思う。だから男なのよ。最初から別の生き物だと互いに思ってて、私はだから何でも言える。男性に返答なんて求めていない、聞いてくれればそれでいい。・・さあ珈琲できたわ」
 ソーサに載せないカップを二つテーブルに分けて置き、リナは風のように座った。ミニになったパジャマがいっそう詰まって白い腿までが露わとなる。下は裸と考えると友紀はことさらリナの眸だけを見ようとした。

 リナが言う。
「何年前かな・・四年・・そんなに経ってないか・・。ある人を通じて細川さんに出会ったの。彼はSだと紹介されてドキドキしたのと、反面この人なら聞いてくれそうと思ったのと」
「ええ」
「二度ほど通って三度目に・・ほらトイレの前のボックス席」
「ああ、はい」
 そこは店の奥であり、いちばん落ち着ける場所だった。
「お店を閉めた後、二人きりになったとき、わけのわからない激情のようなものが衝き上げちゃって、彼が座る目の前に私は全裸で平伏した。どうしても消化できないもやもやしたものが鬱積していた。苦しくてね」
「・・はい」
 胸の詰まる思いがする。
「そしたら彼ね、私が何を言ってもうんうんて聞いてくれて、真顔なのに眸がやさしく笑ってる。うんうん、そうかそうか・・私やっとほっとできて涙が止まらなくなっちゃった」
「・・はい」
 友紀の声が涙に揺れた。

「それで彼、私にストローを握らせて・・後ろ手で・・離すなって。正座で両手は後ろ。縛られたようなもの」
「はい」と返事をしようとして息を吸ったとき、友紀の喉がヒィと啼いた。
「両手が乳首にのびてきて、そっとつままれコネられる。それだけで私は一瞬にして果てていた。唇までがハフハフ震えて突き抜けるようなピークが来たの。もうね涙ダラダラ。さめざめ泣きながらピークに震えた。だけどそのとき彼には愛奴さんがいたでしょう」
 それなら知っている。優子と言う女性でそのとき二十六歳だった。二年ほど前のSMの取材でも会っていて、しかしそれから一年ほどして彼女は郷里に帰っていった。母親が倒れてしまい父の面倒も見なければならなくなった。いま彼は独りのはず・・そんなマスターとリナとの姿を想像し、リナはどれほど嬉しかったことだろうと友紀は思った。

「それで彼・・いいえ、そのときだけはご主人様だったけど」
 友紀はちょっとうなずくだけで声が出ない。
「椅子に座る膝の上に握り拳をつくってね、親指だけを上に向けたわ」
「・・ん・・はい」
 生唾が湧いてくる。意味はもちろん直感できた。
「後ろを向いてお尻を見せて、指をまたいで腰を降ろした。濡れて濡れてすごいことになっていて、すんなり指が入ってくるの。叫んだよ。獣みたいに叫んじゃって、錯乱してお尻を振って腰を入れて、良くて良くて狂いそうで」
「・・はい」
「心から思ったわ。これでしばらく大丈夫って。疲れ切った私がすーっとどこかに消えていた。失神しそうな私を膝に抱いてくれてね、子供みたいにわんわん泣いてすがってた。何だろね・・何だったんだろうとは思うんだけど、それがきっかけで劇団も辞めちゃって、いまの仕事を選んでた。夢はもういい、現実の中で生きていこうと思ったの」

 それからしばらく声はなかった。二人揃って酒でも飲むようにチビリチビリと珈琲を飲みきって、リナはふぅぅと息をつき、そして言った。
「それからよ、男性に対して牝になれたし、相手が女性なら母親のように声を聞いてあげられるし、どんなことをされても喜べる私になれた。ここが微妙でうまく言えないんだけど、それってどっちも同じことでね、私なんてサイテー女なんだから、せめて誰かをほっとさせてあげたいなって思えるようになっていた。突き進んでくれるなら受け止めてあげたいなって言うのかな」
 友紀は静かにうなずいて、涙に揺れるリナの姿を見つめていた。
 そのリナの姿が椅子から離れて立ち上がり、パジャマの前ボタンをはずしていく。座ったまま、けれども友紀は今度こそ眸をそらさずに見ていられた。

 しなやかな白いリナ。スリムでいながら鍛えられたヌードに一点の曇りもなく、女らしくて美しい。乳房はBほどで豊かではなかったが、石膏像のような白いヌード。レオタードで踊る仕事柄か陰毛は処理されていて、名残のようにクレバスに添えられた飾り毛になっている。
 剥き出しの性の谷が奥底へと落ち込んで、けれども妊娠しない白い腹に幸せを物語る痕跡が残っていない。三十六歳とはとうてい思えない見事なリナの裸身だった。
 全裸になって友紀の足下に正座をし、それからリナは深く体を折って平伏した。背中からウエストへラインは絞られ、ゾクゾクするほどエロチックに張りだす尻へとカーブを描く。
「ありがとうございます女王様、どんなことでもお応えしますし、どんなことでも・・」
 ダメ。それ以上を言わせてはダメ。
 友紀は無我夢中で『そうじゃない、そんなことはしなくていいの』と言うように横に首を振りながら、椅子からしなだれ崩れてリナを抱いた。

 もはや言葉に意味はない。両脇に手をさしのべてリナを立たせ、抱きすがったままベッドへ押しやり、ふわりと崩れた。
 濡れる瞼をそっと閉じてキスを受け、体が回されて下にされた友紀が脱がされていく。ピンクのブラからCサイズの乳房がこぼれ、ピンクのパンティを奪われて、友紀は抱きすがりながら力を抜いて裸身を委ねた。
 友紀は思った。リナにとってのマスター、私にとってのリナ。沈殿した不純なものが流されていく。感じる。どこにどう触れられようが心が溶けるように感じてしまう。

 口づけが這う。乳房を揉まれながら乳首を含まれ、背が反り返って声が漏れる。口づけは這い降りて、ほんの一瞬抗う力がリナを停めるが、もうダメ崩れる・・手を離し、リナの頭をそっとつつみ、腿を割りひろげて濡れそぼる性花を委ねていく。舌先がクリトリスをつつくように、クレバスを上下に這ってラビアを咲かせ、尖らせた舌先が膣口に沈んでいく。

 ベッドが揺れた。痙攣そっくりの友紀の裸身の引き攣りがふわふわとベッドを揺らし、糖度の高い静かな声が漏れてくる。
 白い友紀は桜色に肌を染め、そのときリナは自分そのまま妊娠線のない女の体に寂しさを感じながら、処理されない黒毛の底に顔を埋めて友紀の蜜を舐めていた。
「私にも・・ねえ私にもさせて」
 リナの裸身が肌を這って逆上がり・・友紀の顔をまたいで激しく濡れる女のすべてを突きつける。友紀は眸を見開いて、子供を産まない哀しい膣を目撃し、涙をためてむしゃぶりついた。
 風の笛を聴くようなリナの喘ぎと肉のぬちゃつく淫らな音が調律されて、同じように重奏する友紀の声と性音階が重なって、溶け合える愛の詩へと変化していく。

 二人のカーブが寄り添いながら高みを目指して駆け上がり、上になったリナが横に崩れて二人揃って横寝となって、互いの性器に頬をすり寄せ動けなくなっていく・・。

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