2016年12月22日

おんな屋あさり(五話)


五 話


「・・それにしても女とは怖いものよ」
 緊張のゆるんだ空気の中で高虎がふいに言い、お華にチラと眸をやった。
 そのお華は、ちょっと唇を噛んでにらんだが、すぐに笑って皐月を見た。
 皐月が言った。
「伏魔殿と言うが、女にはもともとよからぬものが棲んでいて、身の毒を隠して生きるもの。あたしなど逆に生きる力が蘇った思いだよ」
「ほう・・悟りきったようなことを言うな?」
 若い高虎などどれほどこの世を知っているのか・・皐月は目を伏せてちょっと笑い、高虎のそばにいて嬉しそうなお華へと眸をやった。
 そんな皐月を察して高虎は言う。
「すまぬ、女人のことなど俺にはわからぬ、剣のことしか頭になかった」
「いいのさ気にしちゃいない。それだけ若いということ。あたしらだって・・」 と言って口ごもった皐月に、とりわけお菊ら三人娘が目を向けた。
 手練れのくノ一と話には聞いていても、突然やってきたゾクとする美女。棲む世界が違う。興味があってならないのだ。

 皐月は感情を押し殺すように淡々と言った。
「あたしら三人、弥平さんに救われたようなもの。嬉しかったのは、お華ちゃんの顔見知りというだけで迎えてくれたことなんだ」
 皐月ら三姉妹のことは、弥平もお角も、お華を通じて聞かされているだけで、考えてみればそのお華もお淑が知っていたというだけのもの。今度の役目の重みを思うとでたらめな出会いであり、信じる証などないものだった。
 皐月は言う。
「あたしら九頭竜(くずりゅう)は・・ふふふ、もっともそんなものはとうにないが・・」
「毒に長けた忍びと聞くけど?」
 と、お角は訊いて、「言いたくなければ言わなくていいんだよ」と言う。
 皐月はこくりとうなずいて、しかし顔を上げて弥平を見た。
「いいのさ、真のことだ。出会ってまもなくあたしらに役目が与えられ、それも夢のような大奥だった。信じてくれる人がいる。やっと出会えた。そのことだけで涙が出たね。あたしらのことを話しておくよ」
 皆の視線が集まる中、高虎が言った。
「それでハシリドコロと見抜けたか?」

 ハシリドコロは山地にごく普通に自生する野草だが、誤って食べると、目眩やうわごと、幻覚を見て、狂ったようにわめきながら走り回るところから名付けられた毒草。猛毒とまでは言えないが、その汁が目に入ると失明することもある恐ろしいものである。
 しかし皐月は高虎に向かって、『そんなものは毒のほんの入り口さ』と笑うと、弥平に向かって言った。

「あたしら九頭竜は、騨州(たんしゅう=飛騨)に生きた山窩(さんか=山の民)に発する忍び。平家の落人がはじまりらしいが、そんなことまでよくは知らない。ひっそりと山に暮らし、獣を狩って生きてきた。九頭竜はもともと薬の九頭竜。山野は薬草の宝庫であって我らは薬師(くすし)としても知られたもの。山から山へと渡り歩くようになり、隠れ住む武者や捨てられた忍びなんかを迎え入れつつ、山賊どもとの戦いの中で武芸を磨いた。そしてあるとき甲斐と越後の狭間の山深くに迷った若武者と出会ったそうだが、そのとき若武者は慣れぬ山で毒蛇にやられて弱っていた。我らの薬が命を救った。それが後の謙信様」
「上杉謙信・・なるほど、それで越後に?」
 と、弥平が言って、皐月は微笑む。
「その後、景勝様の代となって会津へ国替え。ものの見事に我らは散った。忍びなどもう嫌だ。けどそうなると女なら身を売ってでも喰うのがやっと。あたしの婆様など結局伊達家の家臣に拾われて・・いいや慰み者とされながら毒の忍びとして生きたそうだ。母者もそうだ、童だったあたしら三姉妹を抱えて伊達家を離れ、流れ着いたのが加賀だった。母者はそれは美しく、前田様の家臣に見初められて妾となった。されど、やがて長じたあたしら姉妹は京へと送られ、よからぬ者どもを葬る役目を与えられたが、太平の世となって捨てられたというわけさ。あたしら姉妹は色仕掛けのくノ一だよ。汚れた身をはかなんでいっそ遊郭にでも落ちようとしたときに・・」

「違うよ、そうじゃない」

 独り言のように言ってキリとした眸を向けたお華へ、皆の眸が集まった。
「女陰働きはくノ一の誉れ、美しく強くなければ務まらない役目だよ。あたしなんてどうなのさ。伊賀は大きい。主家たる武将どもの寝返り寝返りで味方がいつのまにか敵になり、伊賀同士、仲間だと思った者同士で殺し合う」
「もういい」
「だって・・」
「もういい、言うな」
 弥平が言ってお華の声が消えていく。
「それぞれが昔のこと。さて皐月」
「はい?」
「ご苦労だった、今宵からゆるりと休むがいいぜ」
 皐月は噛み締めるようにうなずいて、お華に対してやさしい眸で微笑んだ。

 そのとき、皐月が『おんな屋』へ帰り着いてから、それでも半刻(一時間)ほどしか経っていなかった。
 皐月と刻を同じくして江戸城を出たもう一人の女は、芝は増上寺そばにある明生院の裏路地を通り過ぎ、さらに南へ、芝高輪との境にある翁屋別邸へと歩き着く。四谷よりもこちらが遠く、刻がかかる。並の女の脚で歩き通せる距離ではなかった。暮れの六つに近づいて宵闇が忍び寄っている。
 女を尾けた二人の男は、行き先を見届けると消えていた。皐月には無事を見届けるため。こちらには行き先を探るため。春日局配下の甲賀衆であったのだろう。

 翁屋別邸。浜町にある鈴屋の別邸もそうだが、町外れの林の中にひっそりと佇む粋人の隠れ家のようなもの。よく手入れされた里山のような緑の中に平屋の数寄屋造りが溶け込んでいる。
 しかし妙だ。猫の子一匹気配がない。静かすぎる。
 女は板戸の門へと歩み寄ると、コツと一度、続けて二度コツコツと戸を叩き、それが合図であるかのように戸が開けられて中へと入る。門番でもないのだろうが町人姿の男がいて、戸を締めつつ外へと厳しい眸を向けて見回した。
 女も無言、男も無言、チラと眸を合わせただけで行き過ぎる。
 履き物を脱いで足音さえなく滑るように歩みだす女・・わずかな廊下を歩ききって奥の間の襖で膝を着き、そっと襖を開けるのだった。

「ふむ、どうやらお見えのようだ。ふふふ、邪魔者はこのへんで・・」
 総白髪、七十歳の翁屋勝太郎が、静かに身をさばいて立ち上がり、襖の外で膝をついて控える女と風のようにすれ違う。瀬戸物屋の老爺にしては気配が薄い。まさに風。あるいは忍びか。
 そのとき女は艶めいて微笑んでちょっと頭を下げると、老爺と入れ替わって部屋へと入る。
 そこは八畳の畳の間で、山水の掛け軸が飾られるほか何も置かれてはいない侘びた部屋。青畳の香りが凜とした和の趣を醸しだす。
 そしてその上座に置かれた大きな座布団に、濃い紺地でつくられた着流し姿の男が座る。男の着物は武士のそれのようで明らかに質がよく・・しかしその男には髪の毛がない。剃髪された坊主頭。それでいて鼻筋の通る細い顔立ち。やや歳はいっていてもすがすがしいほどの美男であった。
「ご苦労だったな、お藤。さぞ歩き疲れたことだろう、脚など揉んでやろうじゃないか」
「いえ、そんな・・ンふふ・・」

 お藤と呼ばれた女は、城務めの堅苦しい着物の帯を解き、肌襦袢ごと脱ぎ去ると、桜色の腰巻きだけの裸身となって、しなだれ崩れるように男の膝へと抱かれていった。
 お藤は皐月と同い年の二十九。総身白く、見目形のいい乳房、しなやかな肢体・・美しい女だったが、腰巻きから下、露わとなる脚線には鍛えられた筋線が浮いている。
 しなだれもたれるお藤の肩に手を回し、男の片手が熱い乳房に、もう片手が桜色の腰巻きを割りひろげて下腹の黒い翳りの中へと没していった。白い女は抱き手に力をこめてすがりつく。
「はぅ・・あぁぁ道秀様ぁ・・」
「ふふふ、いいか?」
「はぃ・・とろけそう・・はぁぁ・・あぅ!」
 くちゅりくちゅりと女陰の喘ぎが指の動きにまつわりついた。道秀はそうしてお藤を嬲りながら、抱きすがってくる唇にわずかに唇を触れて、言う。

「して?」
「はい、いまのところ見かけは静か。なれど春日は穏やかならず・・」
「それでよい。やがてどこぞの姫様が死すようなことあらば、推挙した諸侯は怒り、女どもさえまともに守れぬ公方(将軍)などすげ替えろということになるだろうぜ」
 男の巧みな指さばきが牝花をさらに濡らし、花を回してひろげるように、女陰深くへ突き抜かれる。
「あぁーっ道秀様・・あっあっ!」
「可愛いものよ、お藤は可愛い」
「あぁン嬉しゅうございます・・お逢いしたくて・・」
「駿府だ尾張だと的外れなところを探っておればよいのだ・・ふふふ、春日め、ほどなく家光の世は終わろうよ」
「それは明生院も的外れ・・ンふふ」
「まさに。道秀が二人おるなど、誰しもよもや思うまい」
 道秀の指先が女陰を抜けて女の口許へと見せつけられて、お藤はあまりの恥ずかしさに指をしゃぶってヌラ濡れを舐め取った。
 そうする間にも腰巻きの紐が解かれていって、はらりと女身を離れ、一糸まとわぬ美しい牝とされる、お藤。

「道秀様ぁ・・ご褒美を・・ご褒美を・・」
「欲しいか」
「はい、あぁぁ・・とろけてしまう・・」
 女を裸にしておいて座を立った道秀。女の手が帯にかかり、もどかしそうに脱がせていって・・褌姿・・白い晒し布の前を掻き毟るようにして、そそり勃つ男茎を引きずり出し、とろけた眸で見つめ・・それから女は茎の先の赤黒い笠を舐め上げて、喉の奥へと迎えていった。
 男は両手で女の髪をつかんで顔ごと黒い毛の中から怒り勃つものへと打ち付けていく。女は吐き気に涙目となりながらも拒まない。
「もうよい、向こうを向け」
 唾の泡立つ女の口から勃つものを引き抜いて、女を向こう向きに這わせておいて尻の底まで晒させて・・怒りの肉頭を濡れ花にあてがってヌムリヌムリと犯し抜く。
 あられもない声を上げ、背を反らしてさらに尻穴を上へ向け、円錐に垂れる綺麗な乳房をたわたわ揺らして女は悶える。

 腰のくびれを大きな両手でわしづかみ、白く豊かに張る尻を見下ろしながら、白肉の右左をパシパシ叩く。
「むぅぅ、お藤・・むうう!」
 最後の一突き、腰を入れて突き立てて、男の尻がきゅっと締まって精を吐く。
 女は総身ぶるぶる震え、あぅあぅと童のごとき声を発して、四つん這いとなったまま、がっくり首を折って果てていく。

 それにしても・・道秀が二人いるとはどういうことか。駿府や尾張が的外れとはどういうことか・・。
 お藤にせよ明らかにくノ一。そのくノ一を女に変える道秀とは何者なのか・・。

 その頃、四谷のおんな屋では、たっぷり湯を満たした大きな檜風呂に、それは美しい白き裸身が沈んでいた。身の丈五尺と少し(百六十センチ弱)と、さして大柄ではないものの、乳房が張って腰がすぼみ、小ぶりでも豊かな尻へと張り出していく。下腹の翳りはつつましやかで、天女のごとき肌身に人身の色欲を飾るようなもの・・脚線は細くしかし鍛えられた筋線が浮いている。
 皐月は生き返った心地だった。色仕掛けのくノ一として好きでもない男どもに身を開き、毒を盛って殺ってきた。己は鬼だと思っていた。けれども大奥に潜んでいるうち、身分のある女どものうわべの美麗、じつはどろどろとした妖怪どもの姿に接し、己など綺麗なものだと思うようになっている。

 ひょんなことから半信半疑で弥平そしてお角と出会った。仏が授けた一度きりの夢だと思う。主家を失った忍びは無残。朽ち果てた九頭竜など悲惨。信じるものが何もない。死にたいと思ったものだ。

「・・姉様」
「うん?」
 湯殿の脱衣で消えそうな声がした。お菊だった。
「ご一緒させていただいてよろしいでしょうか?」 と、お駒が訊いた。
「いいよ、おいでな」
「はい」 と、お伸が応えた。
 いかにも若い三人娘が入ってくる。それぞれが汚れのない裸身。
「ふふふ、揃ってどうした? 誰かに言われたのかい?」
 お菊が応じた。
「お背中を・・と女将さんに訊いたら、姉様がいいならかまわないよって」
「そうかい、ならかまわない、一緒に入ろ」
「はい。あのう・・」
「何だい? 大奥のことでも訊きたいか?」
「いえ・・女陰働きって・・」
「・・うん?」
「それは辛いお役目だと思います。姉様はすごいなって・・」
「ふふふ、なるほどね、慰めに来てくれたってわけだね?」

 生きる力が湧いてくる・・ここには人のぬくもりがあると皐月は思った。
「お華ちゃんに礼を言わなくちゃ・・黒雲が去った心地だよ。さあ三人ともおいで」
「はいっ」
 羨ましい・・三人揃って心が白いと皐月は感じる。ちょうどその歳の頃、己ははじめて男を殺った・・。

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