2016年12月16日

おんな屋あさり(三話)


三 話


「お淑様、ひとつ訊いてもいいでしょうか」
 連れて来られたばかりの三人娘が並んでお淑の元へとやってきたのは、高虎と弥平、お角が顔を突き合わせて話しているときだった。
「そういうときは、お尋ねしてよろしいでしょうか、さもなくば、おうかがいしてよろしいでしょうかと言うんだよ」
「はい」
 行儀を覚えようとする姿が可愛い。お淑の眸はやさしかった。
「で、何だい?」
 お菊、お伸、お駒の三人はどういうわけか見るからに恐ろしげなお淑に懐いていた。いきなり裸にされて女陰を晒し、けれどそれからやさしくなったお淑の姿に頼れる強さを感じたようだ。お淑はお淑で、内心可哀想なことをしたと思っている。くノ一なら当然のことでも娘らはまだ幼い。

 お伸が言った。
「旦那様はお武家様なのですね?」
「そうだよ。お侍なんてもんはとっくに捨てちまったお人だけどね」
 娘らは顔を見合わせてうなずき合った。
 突然やってきた若侍が先生と呼んだほどの男。きっと強いに違いない。武家社会に無縁の町人の娘らには興味があってしかたがない。
 そしてそんな話をお角はお淑に聞かされた。
「そうかい、あの子らがそんなことを」
「すっかり明るくなって、目の色が違うというのか」
「そうだね、いずれわかることだけど、あの子らだけが知らないでは無体な話さ。わかった、ちょっと呼んでくれないか」
 それでお淑が三人を呼びつけて、大広間の奥にある弥平とお角の夫婦の部屋へと三人を引き入れた。

「そこへお座り」
「はい」
 話があると言われて三人は緊張していた。お角は美しすぎたし、町中の女とはどうにも雰囲気が違う。武家の女人・・そんな気がしてならない。
「そなたらだけ知らないでは可哀想さね、旦那様のことをお淑に訊いたようだけど、あたしから話しておくよ」
 と、そこへ、茶を四つ淹れてお淑が入ってくる。
「お淑も一緒に」
「ふふふ、はいはい」
 お角、お淑と居並んで、三人は体を強ばらせ、身を寄せ合うように正座を固めた。そのときお伸は茶がひとつ足りないことに気づき、自分の湯飲みをお淑へと差し出した。そういうことがお角は嬉しい。お淑があたしはいいからと言うようにうなずいて「飲みな」と言った。

「そなたらはいい子だね。けどそれだけに可哀想なことをしました。女陰を改めるなど惨いことをしてしまった。許しておくれね、みんな」
 三人はわけもわからず、それぞれ首を振って、いいんですと言うように。
「そなたらが『おんな屋』はじめての雇い人ってことになる。このお淑は風魔忍びの末裔でね」
 娘らの目が一斉にお淑に向けられた。どうりで強そうだと思った。
「お淑だけじゃないよ、お華は元は甲賀の忍び、あたしとお文は武家の出で、そのほかいずれ会うだろうけど皐月も桐も奈津も三人揃ってくノ一なのさ」
「では・・何かのお役目で?」
 と訊いたのは、お菊だった。
 それに対してお角は嘘をつかなかった。お淑も黙って娘らに微笑んでいる。

「あれは・・もう七年になるかね」
 と、お角がお淑に目をやると、お淑は静かにうなずいた。
 お角が三人娘を見渡して、ちょっとはにかみ、微笑んだ。
「あたしは二十三だった。四だっけ? 忘れちまうほど昔のことさね。あたしは相模の武家の娘だったけど、よからぬ輩に狙われたのさ。嫁にくれとしつこく言われて。家中では上役であり、よりによって家老の倅(せがれ)だったんだけど、虫酸の走る嫌な奴。それであたしは乱心を装って家を出た。そうしなければ家が危うくなるからね」
 娘ら三人、まっすぐ見つめて聞いている。
「それからは伊豆の山に潜んださ。けれど追っ手がかかって追い詰められた。相手は家老、忍びを放って探り当て配下の侍どもを差し向けた。何が何でもあたしが欲しい。手籠めにしたくてたまらない。そしてそのとき、あたしと同じように伊豆の宿に潜んで暮らした、このお淑が助けようとしてくれた。あたしも剣は使うがその頃は未熟でね、お淑は弓は使うが剣では強くない。とても勝てる数でもなかった。相手は六人、しかもかなりな使い手ばかり」
 強いと感じたお淑の弱さを聞かされて娘たちはお淑を見つめる。体は大きくてもじつはやさしい。娘たちは胸が熱くなってくる。

 お角は、隣りで目を伏せるお淑にたまらない視線を向けた。あのときお淑がいてくれなければ危なかった・・恩ある人への想いを見抜けない娘らではない。
「それでそのとき救ってくださったのが旦那様ってわけなのさ。あたしもね、さっきの高虎様同様に旦那様に剣を習った。お淑もそうさ。あたしら二人、このお方についていこうと決めたんだ。この身を賭しても本望、そう思ってね」
 娘三人、己に降りかかった不幸を思うように揃って涙をためている。お角もお淑も、そんな三人にやさしい目を向けた。
 お角が言った。
「この商いも旦那様が思いつかれたことでね、そなたたちのような身の上の娘や女を救いたい。けれどその傍らで我らには役目が生まれた。そなたたちにはかかわりなきことなれど、世を騒がす悪人どもを許さないというお役目が」

 お菊が言った。
「お尋ねしてよろしいでしょうか?」
 一度の注意でしっかり言える。娘らなりに懸命なのだとお淑は感じた。
「いいよ、お言い」
「それで大奥に手の者を?」
 お角はうんうんとうなずきながら言うのだった。
「それはそなたたちの知らぬこと。知らなくていいことさ」
 なのにお伸が言う。
「おんな貸しますというのも、もしやどこぞに潜り込んで・・忍びみたいに?」
 お淑が怒った。
「これ伸、余計なことは言うでない」
 しかし吊り上がった目が和み、お淑は微笑む。

「まったく言わなくてもいいことを」

 襖が開いて弥平がにやりと笑って入ってくる。
「通りすがりに聞こえちまったい。ふふふ」
 弥平は三人娘の頬をちょっと撫でてやり、お角とお淑の隙間に座った。
「案ずるな、おめえたちにそのようなことはさせねえ。いずれちゃんとした奉公先を見つけてやるから、おめえらはここ出て暮らすがいいぜ」
 言葉を聞く間に娘らは、三人ともに正座をする膝に握り拳をつくってうつむいていた。
 誰とはなしに娘は言った。
「・・嫌です」
「何だと?」
「ここで出るなんて嫌です。ひもじくてひもじくて盗みを働き捕まった。番屋で裸にされて笑われて、尻をぶたれて牢に入れられ・・許されたってどうせまた喰えなくなる・・身を売るしかなくなって、きっとまた捕らえられ・・」

 お菊が顔を上げる気配で、お伸もお駒も顔を上げた。
 お菊が言った。
「救ってくださったのは旦那様です。皆様もやさしくて・・あたし嫌、ずっといたいの。ここにいて姉様たちのお役に立ちたい。どんなことでもしますから」
 弥平は、それ見ろと言うようにお角に目をやって眉を上げて首を傾げた。三人ともに若いのだ。若い想いは一途にはしる。
 お角もちょっと首を竦めて舌を出した。
 弥平が眸をくるりと回して言った。
「ちぇ、これだよ・・あーあ、女がどんどん増えていきやがる。おめえらの心根はわかったぜ。けどな、この役目は命がけ、おめえらにそんな真似はさせられねえ・・とは思ったが。まったくよ・・ふふふ、そうだよな、もし俺でもそう思うだろう。おめえらの気持ちはもらった、嬉しいぜ。よっく考えてそれでもって言うならよ、飯炊き掃除とやることはごまんとあらぁな。その前にまず、皆の言うことをよくきいて早くいっちょまえの女になれや」
「はい旦那様、きっと」 と、三人揃って泣いてしまう。

「はいはい、やめよやめよ、こんな話。今宵から高虎様が加わって夕餉も楽しくなるからさ。よしっ、みんなおいでな、料理も覚えていかなくちゃ」
 お角が手をひとつ手を叩いて立ち上がり、娘三人、泣きながら笑ってついていく。一人残されたのはお淑。お淑はまったくしょうがないと言うように首を振ってほくそ笑む。
 弥平が小声で言った。
「すまねえな、お淑」
「え? 何がさ?」
「おめえだけに嫌な思いをさせちまった。あんなあどけない娘らに、おめえも辛かったことだろうぜ」
 女陰改めをさせてしまった。
「いいのさ、それはあたしの役目」
 弥平はお淑の大きな手を取ってぽんぽんと甲をたたく。
「・・眞さん」
「うむ。あの三人頼んだぞ」
「はい・・ンふふ」

 お淑というくノ一。風魔などとっくに滅びて跡形もなく、遠江(とおとうみ)に逃れた残党の娘だったのだが、町の商家で働いて男に惚れて、けれど相手にされないどころかこっぴどく笑われて、いたたまれず逃げ出した女であった。
 三十六にもなってしまった。男なんて諦めている。しかし弥平の前では女心がしっとり濡れる。
 女の身を思い出させてくれる・・私の心を抱いてくれると思っていた。

 娘三人を連れ出して厨(くりや=台所)へ行ってみると、前掛けをしたお文一人がハス(れんこん)の皮を剥いていた。芋と合わせて煮付けるつもりでいるらしい。
「おや? お華はどこへ?」
 お文は馬鹿馬鹿しいといったように首を振って笑い出す。
「高虎様が、そういうことならはじめての町だから見回ってくるって言ったら、ならあたしも買い出しがあるからって腕を絡めてしなりしなり尻を振って出て行った」
「うぷぷ、さっそく?」
「そ。さっそく」
「あっはっは、それで取り残されてハスを剥いてる? あっはっは! こりゃ可笑しい」
 娘ら三人、泣いたことで目が赤く、お文もおおよそを察していた。
 お角とお文が笑ったことで娘らもようやく笑顔になれている。この穏やかな空気が続けばいいとお文は思った。

 このころの四谷あたりは、五街道の整備で栄えはじめた宿場町、内藤新宿と江戸城との狭間。武家屋敷や商家などは街道筋に群がって、表をちょっとはずしてやれば草原のうねる広々とした大地。小川のせせらぎが陽射しを受けてキラキラ輝くすがすがしさに満ちている。
 家を出た高虎は町並みに目を光らせながらも、お華に手を引かれるままに歩いていた。濃い紺地の着流しに白い帯。めずらしい青鞘の刀を差して、まさしく錦絵の中の美男。
「高虎様ぁ」
「うむ?」
「ンふふ・・嫌ぁぁん・・」
 見つめられるとくにゃりとしなる女の体。
「どしたい?」
「呼んでみただけ・・ンふふ」
「け。そなた、歳は?」
「二」
「ほほう、三十二?」
「違うぅ! もうっ! ンふふ・・嫌ぁぁん」
 細い腰に手を回されてお華はふらふら。いまにもしなだれ崩れてしまいそう。 お華は女たちの中ではいちばん小柄で五尺(150センチ~)そこそこ。高虎は六尺(180センチ)をこえる長身だから脇の下にすっぽりおさまるようになる。二人はそのまま小川の縁の草むらに腰を降ろして川面を見つめた。

 しかし・・。

 二人同時に異変に気づく。
「囲まれた」
「そのようね」
 相手は数人、気配からして忍びではなさそうだった。忍びなら音のする砂利を決して踏まない。おんな屋が見張られていたのか、それとも物盗りのたぐいなのか。荒れた気配が輪を絞って近づいてくる。

「昼間っから見せつけてくれるじゃねえか」

 浪人どもだ。みすぼらしいナリをした男たちが五人、脚の長い草むらから湧いて出た。皆が三十代の末あたり。高虎はお華を身の後ろへ隠し、わずかに腰を沈めて身構えた。男たちの三人が最初から刀に手をかけている。
「ふんっ色男・・懐さらえて置いていけ」
 殺気・・しかし高虎は動じない。
「失せろクズども」
「何だとてめえ、わしらとやる気か!」
「端からそのつもりだろうに」
「うるさい! 殺れ!」
 五人が一斉に抜刀。それぞれに薄汚れた光らない剣。
 高虎が剣に手をかけて、お華が後ろで身構えた。お華は若くても甲賀のくノ一。槍ではかなりの腕だった。

「女もいただく! 覚悟!」
 前から二人が剣を振りかざして間合いを詰めて、横から三人、中段に剣を構えて逃がさない陣取りだった。
 高虎が言い放つ。
「笑止!」
 前から斬りかかる痩せた剣を、高虎のギラリと輝く剣が一蹴、キィィーンという音が重なった刹那、二人の男の剣が吹っ飛ばされて、倒れ込んだ男の喉元へ高虎の剣先がぴたりと突きつけられる。
 強い! お華は目を丸くした。太平の世にあってこれほどの使い手は滅多にいない。横に陣取って構える三人も、高虎のあまりの強さに身動きできない。
「失せろ、刀のサビだ」
 しかしそのとき、横に陣取る三人が、恐れながらも斬りかかる。先に吹っ飛ばされた男の剣が後ろへ飛んで、お華の足下に転がっていた。お華はとっさに剣を拾うと、横からの敵に対してもんどり打って囲みを破り、高虎との間に封じ込めて身を低く身構える。着物の裾が大きく割れて赤い腰巻きが露わとなり白い腿までが覗く。

「失せな! 死ぬことになるんだよ!」
「退け、退けーっ!」
 小娘だと思った女にまで豹変されて男たちはなすすべなく走り去る。
 高虎がくるりと一度剣を回して鞘に収める。
「ふっふっふ、やるじゃねえか、おめえ忍びだな」
「甲賀さ。けどもう抜けた」
「そうか抜けたか。ふっふっふ、気に入ったぜ」
 高虎にぐいと歩み寄られてお華の腰がくにゃりと崩れた。
「抱いとくれ、怖かったんだから・・はぁぁはぁぁ」
「嘘つけ。はっはっは、腰巻き晒して、なかなかの使い手と見たが?」
「もうっ! ・・ねえ抱いて・・ねえ・・」
「これだよ。だから女は信用ならねえ、あっはっは! さて行くぞ!」
「ええーっ、嫌ぁぁん」
 尻っぺたをパァンと叩かれて、女の影が男に溶けて歩き出す。男の手が女の腰をしっかり抱いた。

「けど妙だ」
 腰を抱いてお華を抱き寄せ、小声で言った。
「妙?」
「物盗りが問答無用で斬りかかるか? 初手から刀に手をかけていやがった」
「誰かに頼まれてってことだね」
「腕試しってところだろう。我らは見張られているということさ」

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