2016年12月14日

おんな屋あさり(二話)


二 話


「さて眞さん、何も言わず聞いてもらいたい。これは城中、さるお方の望みでもあるのですが・・」

 弥平太こと浅利眞十郎と、お角こと角雪絵の二人が、呉服商鈴屋のお店(たな)のある南本所からなら川向こうにあたる浜町に造られた、鈴屋の別邸に呼ばれたのは、城中でそのような話のあった数日後のことだった。
 その別邸は周囲をぐるりと竹林に囲まれた、まさに数寄屋の趣。時刻は朝の四つ(十時頃)。平素ならひっそりとして人の気配もないのだが、この日に限って竹林を手入れする職人たちの姿がちらほらあった。植木職人にしては皆目つきが鋭い。

 鈴屋の主、鈴屋善右ヱ門は七十九歳。古くから京に店を構える鈴屋の三代目であり、関ヶ原の戦いの折、家康配下の武将に助力したことから徳川との縁が生まれ、その後、尾張藩の御用商人を経て江戸城への出入りを許された、町人ではあっても格の違う大商人。
 尾張藩に仕えた眞十郎の父とはそれ以来の仲であり、放蕩息子とは言え四十をこえた武士たる眞十郎に向かって眞さんと言える者は少なかった。

「家光様の世となって天下安寧であるかのようでも、そのじつ多難。三つあります。ひとつは大御所様亡き後およそ一年、家光様が権勢を手にされたとは言え、いまだ大御所様の影は去りゆかぬ」

 徳川二代将軍、秀忠は、将軍職を家光に譲った後も城内に留まって権勢をふるい続け、城内に将軍が二人いるような二元政治が続いていた。その秀忠が没してわずか一年あまりでは、秀忠派の面々がハバをきかせているということだ。

「駿府のこともあるゆえ、まあ、こちらはこちらで面白くはないでしょう」

 駿府は、将軍職を辞した家康が晩年をすごした土地であり、かつては江戸と並ぶ政(まつりごと)の要として栄えたもの。
 二代将軍秀忠は、世継ぎとして、病弱だった竹千代=家光ではなく、容姿端麗かつ才気あふれる弟の国千代=忠長をと考え、両派の世継ぎ争いに発展した。家光を将軍と定めるべく動いたのは春日局。秀忠への直訴によって家光に決着する。
 そして家光は、実弟の忠長を駿府城主と定めるのだが、寛永八年、忠長が乱心したとして甲府へ蟄居(ちっきょ)を命じ、実質的に駿府を天領として管理しはじめる。後に忠長は寛永十年のこの年の暮れ、切腹を命じられて駿府藩は取りつぶされることとなる。
 すなわち忠長派の面々にしてみれば江戸は仇にも等しいということだし、大権現家康の居城であったことからも、こちらが上だと思っている。

 そこまでを告げると年老いた善右ヱ門は、ふぅぅとため息をつきながら、眞十郎、雪絵の二人を見渡した。総白髪のしわくちゃ顔が苦しそうだ。
 善右ヱ門がちょっと笑って言った。
「そのようなことは知らぬ・・まあそう申されるでしょうが、さて三つ目です、ここが肝心」
 眞十郎と雪絵は互いに眉を上げ合って見つめ合う。
 善右ヱ門は言う。
「その家光様と御台様(御台所=正室)との不仲はご存じでしょうが、大奥から追い出してしまわれたほど。お世継ぎを心配する声があがり、大奥が狙われているのですよ」
「なるほど。嫡子をもうければ家は栄える。どこぞの姫様が押し寄せるというわけか・・」
「左様でございますな。元はと言えば春日様がお気になされてお声をかけられたのがはじまりでもありますが、この機に乗じて徳川に入り込もうとする外様の息がかりの姫君までが・・ま、ご推察のとおりなのですが、城内に不穏の影がはびこるようではいたしかたない」
「しかし爺よ、それを探れと申すなら伊賀もおれば甲賀もおるではないか、何ゆえ我ら・・」
 と言いかけた眞十郎だったが、語尾が消えて、ちょっとうなずく。

「・・表だって動けないということか。ふふん、いかにも公儀らしい」
 善右ヱ門は白くなった眉を上げて首を傾げる。
「いらぬ諍いを起こさぬためにです。姫君の背後にはよからぬ力が働いて、御三家までが目を光らせておるのです。また、それやこれやに乗じて先代秀忠様の一派ならびに駿府派の者どもまでが絡み合って、まさしく闇の中の影といった有様で。城内のことは城内のこととして、それにしても敵味方の争いに巻き込まれて殺される無関係な者たちがいる。諸藩の藩邸に潜む輩、息がかりの大店や料理屋、遊郭などまで、さてどこに潜んでおるのやら・・悪に葬られる善があるということですよ」
「それを我らに何とせよと?」

『城から出る者は留めらず、その先じゃ』

 眞十郎の背後・・閉ざされた襖の向こうで声がして、お付きの女性(にょしょう)どもによって、襖がさーっと左右に開く。
 煌びやかな金糸の大座布団が敷かれてあって、町中に出るということで幾分おとなしい着物ではあったが、明らかに格の違う年増女・・紫頭巾で顔をすっぽり隠していたが、その尋常ではない気迫には圧倒される。
 鈴屋善右ヱ門も、眞十郎も雪絵もそちらを向き直って高貴な姿を見つめた。

「城内のことはよい、我らとて木偶ではない。されど入り込む者たちには不穏がつきまとい、不穏の影は城を出入りして逐一様子を漏らしておる。先刻存じておってもその先に容易ならぬ者がおるやも知れぬとなると迂闊に手は出せぬのじゃ。大奥から蟻の一穴ということもないとは言えぬ。清廉な姫たちは守らねばならぬゆえな。政略の犠牲となるは常に女人。わらわはそれを恐れるのじゃ」
 犠牲となるは常に女・・その言葉が眞十郎を動かした。
 声が消えてしばらくの沈黙があり、「わらわは・・」と言いながら、紫頭巾に手をかけようとした高貴な女人。眞十郎は手をかざして制止した。
「お待ち召されよ、そこまでは・・」
 女人の手が止まった。眞十郎が畳に手をついて頭を下げた。
「かしこまりました、そういうことであるなら、しばし考えるいとまをいただきたい。こちらとしても備えねばなりませぬゆえ、はたしてそれができるかどうか・・」
「うむ、わかった、よき返事をのぅ」

 といった密談から三月もしないうちにやってきた娘が三人・・弥平は裏庭の見える広間に立って、両手を上げて背伸びをしながら鼻で笑った。
「・・明日には来よう」
 そのそばでお角が言う。
「それにしても女ばかりの中に娘三人・・足手まといといえばそうなんだろうし」
「まったくだ。言い出したのが間違いだった。表向きの顔とは言え・・参った、さっそくこれだぜ、ふっふっふ」
 弥平はお角の細い肩をそっと抱く。
 鈴屋別邸でそんな話のあった後、不遇にもがく女たちを少しでも救えるものならと、鈴屋善右ヱ門に対して『おんな屋』を持ちかけたのは眞十郎であった。この古い屋敷にも手を入れさせ、女たちが暮らしやすいよう、そして二十名ほどなら住めるようにと変えさせた。
 いかつい門戸を取り払い、なおかつ市中で目立つようにと「おんな貸します」の看板を用意した。太平の世にあって人々に注目されれば敵とて手は出しにくい。

 お角こと角雪絵は、かねてより縁(えにし)のあった武家の娘、大楠文(おおぐす・ふみ)を呼び寄せた。お文は二十五と若かったが童のころより兄たちに鍛えられて剣を使う。卑劣にも汚名を着せられて取りつぶされた三河は大楠家の末娘。上にいた二人の兄はその折に戦って殺されている。そのころまだ小娘だったお文は、さる武家にあずけられて育つのだが、その家がお角ゆかりの武門の家柄。お文の剣が磨かれてゆく。

 そのお角は三十歳。六つ歳上のお淑だったが、縁あってお角と出会い、これまで仲良くやってきた。お淑は風魔忍びの末裔であり、元は伊賀のくノ一だったお華をよく知っていた。
 そしてそのお華が、悲惨な定めを背負った三姉妹、皐月、桐、奈津を知っていて、女たちは出会うことになる。
 皐月二十九、お桐二十六、お奈津は二十四。いずれ劣らぬ美女であり、かつてかの上杉家が越後であったころからの越後九頭竜(くずりゅう)忍びの末裔。やがて九頭竜の残党は駿府に潜んだ紀州根来忍びに取り込まれることとなるのだが、三姉妹はその美しさゆえに三人ともに女陰働き(ほとばたらき=色仕掛けで敵を暗殺する殺しのくノ一)を命じられて苦しんでいた。
 忠長の乱心によって駿府に価値がなくなると、九頭竜一派は根来より放り出されて散り散りとなってしまう。食い詰めた三姉妹が色街へと身を落とそうとしたときに、お華を通じて眞十郎に救われた。
 おんな屋の女たちはそうしてできあがった知り合ってまもない者の多くいる関係だった。

 さて翌日の朝のこと。おんな屋あさりに一人の若武者が訪ねてくる。そのときも門戸のない門のまわりに人だかり。
 玄関先でまだあどけない小娘三人が掃除をしていて、その男を一目見て、三人揃ってぼーっとする。
 月代を剃り上げない浪人髷。そこだけは弥平そっくりなのだが、紺地の着流しに白い帯、見たこともない青鞘の刀を腰に、身の丈六尺はこえてすらりと細く、その顔立ちは錦絵を見るように整っている。
 玄関先で放心したように動きを止めた娘らに気づいたお華が顔を出す。
 若くても少しは話のわかる女と見切ったように男が笑った。

「ふっふっふ、『おんな貸します』とは、なんとも面白き看板よ。拙者は上月高虎(こうづき・たかとら)と申す。眞十・・いや弥平太様はおいでか?」

 お華でさえが二の句を告げない。男に美しいなど妙な話だが、美男としか言えない若侍。そうするうちにお淑までが顔を出してぼーっとする。
 そのときたまたま奥から男の足音が近づいて・・。
「おおう、久しいな、虎!」
「はい、先生も変わられず何よりです」
「あったりめえよ、変わるもんかい。てめえ、どこにいやがった?」
「仙台に」
「ほう仙台? そりゃまた遠い」
「寺を借り家としておったのですが妙な男どもがやってきましてな。ありゃ忍びだ。うん忍び。江戸は四谷の『おんな屋あさり』を訪ねよと。先生がお呼びだと聞いて、これはきっと一大事とすっとんで参った次第」
「うむ、話は中で、まあ入れ、ご苦労だったな」

 この屋敷にもう一人、弥平太の弟子が来るとは聞かされていた。しかしまさかこれほどの若侍だとは思わない。
「あら高虎様じゃござんせんか、お久しぶりね」
 女の中ではお角一人が旧知の仲。今日もまた明るい草色縞の着物がよく似合う。
「はい姉者、なにとぞ、よしなに」
 姉者と言ってはるか格上のように慕う、そんな姿が女たちには好ましい。

 この上月高虎は、二十七歳。太平の世にあって一刀流の剣士であり、諸国を旅して武者修行に励んでいた。
 いまから二年ほど前、眞十郎が駿河あたりに暮らした折、妙な二刀流の噂を聞いてどうしても一手と挑んだものの子供扱い。以来しばらく弟子となって鍛えられ、その後ふたたび武者修行に諸国を歩いた男であった。
 高虎の居場所を突き止めたのは甲賀衆。春日局の指図であったのは言うまでもないことだ。

 上がり框にどっかと座って旅草履を脱ぐ高虎。立ち上がって振り向くと、お華も、いつのまにかそこにいたお文までが、キラキラした女の眸色で見つめている。
「おぅ、よろしくな、べっぴんさん方」
「はい・・ンふふ・・嫌ぁぁん・・ンっふ」
 お華はめろめろ。隣りに立つ大きなお淑にこれでもかと尻をひっぱたかれる。
 今朝方から行儀を習いはじめたばかりの小娘三人が、顔を見合わせてクスっと笑った。

「・・なるほど、それでその三人を城内に?」
 皐月以下、三姉妹のことである。
「そういうこった、春日様お付きの下女として送り込んであるんだが、なにせまだ半月と経っちゃいねえ」
「なのにもう娘が三人・・てことなのよ」 と、お角が玄関へ目を流す。
 広間に、弥平、お角、高虎の三人で顔を突き合わせて話していた。
「ああ、玄関先の娘らで? どうりでくノ一にしてはあどけないと思いましたよ。うん。なるほど口入れ屋か・・送り込めば探り出せる。うん」
 弥平が言った。
「あの三人はともかくも、いずれはそうなるだろうぜ。それにつけても手が足りねえ。女ばかりに男が一人じゃ身が持たねえし・・あ痛っ! はっはっは、すまんすまん」
 お角が横から二の腕をツネリ上げてじろりとにらむ。
 高虎はちょっと笑い、うなずく素振りをして言った。
「そういうことなら喜んで。政略の犠牲になるは女人・・うん、まさにですな」

 これでちょっとは息が抜けると弥平は思った。男二人のどちらかが屋敷に留まる。女ばかりでは守り切れない敵がいる。

 言葉の端々に『うん』がつく。身勝手に納得するような話し方も変わっていないと、お角は再会が嬉しかった。

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