2016年12月13日

おんな屋あさり(一話)


一 話


 江戸幕府がひらかれてより、およそ二百七十年続く徳川時代の礎は、三代将軍家光によって築かれたと言ってもよかっただろう。
 日本橋を基点とするいわゆる五街道の整備と、それに伴う関所の配置。江戸市中に目を光らせる町奉行所の設置。さらには家康以来、諸大名の妻子を江戸に住まわせて人質としたのだが、寛永十二年、参勤交代として制度化していったのも家光であり、江戸城内にあっても、あの大奥は家光の乳母である春日局によって、このころになって整えられたものだった。
 徳川も三代目となり、すなわち家康没後およそ二十五年が過ぎ去ると、天下を平定した家康の威光も薄れつつある。そのゆるみを粛正したのが、徳川の時代指折りの名君として知られる家光だったのだが・・。

 その日の夕刻、暮れの六つ(五時)となる頃、落ち着いたいでたちの年増女が若い娘三人を伴って、ひっそりとおんな屋あさりを訪ねてきていた。
 年増女は武家のようで物静かでも毅然としていたが、若い娘三人は不安でならず様子が落ち着かない。歳のころなら十五~六の娘ばかりで、揃って町人の娘のようだった。背丈も揃って五尺(およそ百五十センチ)そこそこと、おんな屋にいる女たちとは比べものにならないほど小柄で華奢な娘ばかり。
 朝から皆で掃除された古い武家屋敷にはぴーんとした空気が満ちている。
 訪ねて来た四人は、二十畳はありそうな畳敷きの広間に通されて、年増女を前に、背後に三人が居並んだ。
 上座に弥平とお角、傍らには、家の中ではもっとも年上のお淑(よし)が座って向き合った。お淑は女ながらも身の丈六尺(百八十センチ~)はゆうにこえる大女。顔立ちも四角くて目が鋭い。
 こちらが三人、向こうが四人、顔が揃うと、娘らを連れ込んだ地味な着物を着た年増女が言う。

「さっそくではございますが、今日のところは三名ほど」
 弥平はうなずき背後の娘らを順に見た。娘らは上物ではないだろうが一様に明るい色柄の小袖を着せられ、しかし皆が目を伏せている。
 年増女が言った。
「それぞれが町娘で身寄りなき者。よからぬ小商いで捕らえられた者ばかりでございます」
 よからぬ小商いとは、ほとんどの場合は盗み。喰うに困って食べ物などを盗んだところを捕らえられている。たいした罪にはならず、しかし解き放たれても行くところがない。
 年増女が右背後を振り向く素振りをした。

「こちらから、菊、伸(のぶ)、駒(こま)、歳は揃って十五でございます」
 弥平がちょっとうなずいて三人を見渡した。これからしばらくの躾けの後に働き先が与えられるということだ。
「うむ引き受けましょうぞ、ご苦労でしたな」
「いいえ、それではわたしくはこれで。要りようなものなどは追って支度されるはず」
「わかった、すまぬな」
 余計なことは一切言わず、年増女は茶も飲まずに引き上げていく。一見してどこにでもいる女のようだが、その立ち居振る舞いにはスキがなく、ただ者ではないと思われた。

 残った娘三人は今度こそ怖くて顔も上げられない。
 女房のお角は穏やかに微笑んで、お淑は鋭い目を向けて、そんな中で一人だけ男、しかも明らかに歳の違う弥平が言った。
「おまえたちが何をしたかなど問わぬ。すでに許され解き放たれた身ゆえな。身の上なども問わぬ。ここのことは聞いてきたとは思うが、女手ばかりを貸し出す口入れ屋だと思えばいいだろうぜ」
 三人はようやくちょっと顔を上げた。皆がまだあどけない。
「ひとつ言っておく。貸しますとは言っても遊女のごとき真似はさせない。それだけは安心しろ。まあ大店や料理屋の女中奉公だと思えばいいが、その前にここでしばらく行儀を習う」
 そして弥平は隣りに座るお角へと目を流した。
「こなた女房のお角、そっちのおっかねえのがお淑と言って、いろいろ教えてくれるだろうぜ」
 おっかないと言われてお淑はちょっとほくそ笑む。
 弥平に、ではもうよい・・と目配せされて、お淑はさっと立ち上がる。娘三人が圧倒されて見上げていた。
「こっちだよ、ついておいで。おまえたちにはそれなりの着物がある。あたしと風呂で清めて着替えるんだ。まったく色とりどりで・・早いんだよ、おまえたちには」

 娘らはすっかり怯えて顔色がよくない。立ち上がったお淑は、そこらの男よりも大きくて腕っぷしも強そうだった。
 まずは裸にしてよからぬものを隠し持っていないかを確かめる。それから行儀見習いの身にふさわしい質素な着物が与えられるというわけだ。
 お淑が三人を連れ去ろうとすると、弥平が呼び止めた。
「ちょいと待ちな。お菊、お伸、お駒と言ったな」
 三人は返事をしない。お淑が怒った。
「ほら返事! 呼ばれたらちゃんとしな、仕置きだよ!」
 娘三人、ひぇぇぇ、である。
 そんなお淑にお角が笑って、娘らにやさしく言った。
「ほうら叱られた。ふふふ、いい子になさい、危うい場所ではないんだからね」
 三人は大きくうなずいて弥平を見つめた。弥平が言う。
「ここへ入るとき見たと思うが屋敷には扉なんぞねえんだよ。おまえらの部屋にも鍵なんてもんはねえ。出て行くなら好きにしろ。ここを出て花を散らすならそれもよかろう。引き受けたからには我らは家族だ。よっく考えて励みなよ。なにせこれからの商いだから細かなことは決めてはいないが、奉公といっても月に二度はここへ戻れるようにする。身の売り買いではないからな」
「はい、旦那様」 と三人の声が重なった。
 大きなお淑に背を突かれて連れ去られる。

「・・さっそくかよ、参ったぜ」
「ほんとよ気の早い、何が何でも引き受けさせようって魂胆だね。・・ふふふ、だけど可愛らしい子ばかりじゃないか」
「まあな、その歳で身寄りがねえとは可哀想によ。こうなりゃしょうがねえ、一肌脱いでやろうじゃねえか」
「いよいよだね、楽しみだな・・」
 とそこへ、廊下でお淑に連れられる三人とすれ違って、お華とお文がやってくる。二人ともに浅黄色の小花柄の着物を着て、明るく笑って廊下の奥を見やりながら入ってくる。お角ほどではないが二人とも美しい。
「ふふふ、可哀想に、泣きそうだったよ」
「ほんとだよ、いきなりお淑さんじゃ、あたしだって震えちまう、あっはっは」
 そんな二人を弥平もお角も笑って迎えたが、歩み寄って座るころには皆の面色は引き締まり、見つめ合う。
 弥平が小声で言った。
「さて・・下手に隠すとかえって目をつけられる。それで門戸を開け放ったが、といって油断はならねえ、今宵からは娘らだっているからな。よもやとは思うがしばらくは交代で見張ろうぜ」
 お華とお文が鋭い目でうなずいた。

 大奥ができつつあったこのころ、奥に入りたがる武家の娘は多かった。家命を背負ってやってくる。将軍家光とその正室、鷹司孝子との不仲は有名で婚姻まもなく大奥から追放していたし、世継ぎを心配する声は早くからあがっていた。あわよくば将軍家の嫡子をもうけ生母となれれば家には格別の報償が与えられるし、幕府の深いところへ踏み込んでいける。それを危惧したのは徳川御三家ももちろんそうで、得体の知れないお世継ぎだらけになっても面白くない。
 そんなことから城の内外を問わず不穏な影が蠢きはじめた。そしてそうした不穏の者どもは諸藩の江戸屋敷の奥深くにかくまわれ、くノ一ならば商家や料理屋、果ては遊郭にまで入り込んで身を潜めた・・。

「・・というわけじゃ鈴屋よ。よもやとは思うがの、奥向きで何ぞあってはと気が気でならぬ」
「なるほど、それでは春日様もお心は休まりますまい。そういうことなら、うってつけの者を存じておりまするが」
「うってつけの者じゃと?」
「左様で。名は浅利眞十郎(しんじゅうろう)、歳はまあ四十過ぎと若くはありませぬが、その父親というのが尾張様の配下の者。ところが当人はぷーらぷら。面倒を嫌って尾張などはとうに離れ、いまは江戸に住んでおりまする。曲がったことが大嫌い。鬼神のごとき二刀流の達人であり、平素はお角と称するそれは美しいおなごと、なぜか仲良く夫婦同然にしておりまして」
「おなごのぅ・・」
「はい。名を角(すみ)雪絵と申しまして、こちらも武家の血筋。並みの男では太刀打ちできない剣を使い、どういういわれかお淑と申す大女と仲がいい。してそのお淑でございますが、この者は風魔忍びの末裔であるとかで、とにかく男勝りなおなごであるよし。じつを申さば、眞十郎の父とわたくしめは旧知の間柄でして、信ずるには足りるかと」
「そうか・・なるほどのぅ、影には影をということじゃな・・」

 いまから三月ほど前、城内深くでそうした話があって与えられた武家屋敷。
 その屋敷の湯殿で、若い娘三人は裸にされて恐ろしいお淑に見据えられていた。風呂場ではお淑ももちろん裸。筋骨隆々とした男の体に女の結い髪、甘瓜のように大きな乳と黒々と密生する下腹の翳り、大きな女尻がついていると思えばいい。比べものにならず小さな娘たちは怖くて声も出せない。
「脱いだら一人ずつそこに手をついて尻を向けな。女陰(ほと)を改める。女はソコによからぬものを隠せるゆえな。おまえたちの中に未通女(おぼこ=処女)はおるか?」
 娘らは羞恥に頬を赤くしながらも、それぞれ違うと首を振る。娘ら三人の白い裸身に傷らしい傷はなかった。鍛錬されないおなごの体。

 最初にお駒。檜でこしらえられたばかりの真新しい湯船の縁に両手をついて尻を上げ、脚を開かされる。それでなくても泣きそうなのにお淑は尻肉を両手で開いて女のすべてを凝視する。十六であっても娘らはすでに女。黒い下草も艶っぽく、それぞれに男は知っている。身寄りをなくし、そうやって生きてきたということだ。

 娘の可憐な性花を割り開いて中を見る。
「うむ、おまえはいい。次はお菊」
「はい・・あぁ恥ずかしい」
「このたわけ」
 パァンと尻っぺたをひっぱたく。
「きゃ!」
 熊手のようなお淑の手。
「妙な真似をするわけじゃないんだよ、女同士じゃないか」
 どこが女さ・・娘らは、はじめて見る大きなお淑に鬼の姿しか思い描けない。
「うむ、いいだろう。最後はおまえ、お伸だったね」
「はい、伸でございます」
 伸は素直に尻を上げて脚を開いた。
 娘らはそれぞれに女体ができて肌が白く、男好きしそうな裸身だった。中でも最後のお伸が大きな乳房をしている。湯船に手をつくとき、豊かな乳房がたわんで揺れた。
 両手で尻肉を割られて尻穴を晒し、さらに性花をつまんで開かれて、お伸は唇を噛んで目を閉じた。
「うむ、三人ともいいよ。すまぬな、これも用心のため。おまえたちの中にくノ一がいるとは思わんが、どこぞへ奉公にあがって毒でも盛られたらかなわんのでね。さ、おいで」

 浅黒い大きな裸身が仁王立ち。娘ら三人は大木にすがるように抱かれていった。太い両腕に三人をかためて抱きつつお淑が言った。さっきまでとは目の厳しさが違う。穏やかに微笑む大女。
「人はそれぞれ抱えるものさ。おまえたちに行儀ができれば、うまくすれば腰元にだってなれるやも知れぬ。男に見初められるってこともあるだろう。三人とも盗みだね?」
 娘らはこくりとうなずいてお淑の目を見上げた。
「もういい忘れろ。困ったことがあったら言いな。あたしらは家族だって言われたろ。姉ちゃんだと思えばいい」
 母ちゃんの間違いでは・・とは思ったが、三人それぞれ、ちょっとは安心したようで、大きな湯船に揃って入って肩を並べた。早ければ十五~六で嫁に出る時代。三十六のお淑であれば母親とそう歳は違わないし、体の大きさを見比べれば自分が童に戻ったような気さえする。

 娘らとお淑が四人揃って湯を出て、娘らには青鼠縞柄の地味な着物が与えられた。しかしそれぞれに顔色はよくなって、お淑にまつわりつくように広間へとやってくる。
 床の間の前の上座に座布団が敷かれて弥平とお角、部屋の口から遠い左側にも座布団が敷かれ、お淑、お華、お文と年嵩順に並び、下座にあたる右側に娘ら三人は畳にじかに正座する。
 それぞれに膳が配られて、今日は少々早いが夕餉だった。尾頭付きの焼き魚に野菜の煮付け、それに菜っ葉の味噌汁がつく贅沢とは言えない夕餉。それでも苦しかった娘らには驚くような膳である。炊きたてで湯気を上げる白い飯などどれぐらいぶりだろう。
 はじめての席にかちんかちんの娘らに、お淑が何かを言おうとしたが、お角が目配せで黙らせた。

「さあ、いいからおあがり。飯はあるから、たんとお食べね」
 娘ら三人は揃って「はい」とうなずいて、一人だけ男の弥平が箸を取ったのを確かめて、それからそれぞれが言うのだった。
「いただきます、夢のようです、ありがとうございます」
 身寄りがないとは言え、そこは誰ぞによって選ばれた娘たち。しっかりしていると皆は思った。
 飯を一口運びながら弥平が言った。
「お角(すみ)とお淑(よし)は覚えただろうが、こっちの二人だ。お華(はな)が二十二、お文(ふみ)が二十五。そのほか三人、皐月(さつき)、お桐(きり)、お奈津(なつ)と言うべっぴん三姉妹がいるんだが、いまはお城へあがってここにはいねえ。大奥だ、女中として励んでいる」
「・・大奥でございますか」 と、お菊が目を丸くして思わず訊いた。
 お角が微笑んでうなずいて、弥平が言った。
「つまりなんだ、ここはそれほど怪しいところじゃねえってことよ。一度は道を外したおまえたちだが、おまえたちは若ぇぇ、性根を入れ替えて励むことだぜ」
「はい旦那様、きっと」
 娘三人が顔を見合わせてうなずいた。若い眸がキラキラしている。大奥と言えば身元の定かでない者が入れるところではない。御公儀にも通じる口入れ屋と知って娘らは今度こそ安心できた。

「・・美味しい」
 野菜の炊き合わせを口に運んで、お駒がしみじみ言った。
 それにお淑が笑って言う。
「今宵は女将さんとお華の手料理さ。張り付いて教えてもらうんだね。お文だって料理はできるし、あたしは縫い物が得意だよ」
「はい? 縫い物?」 と思わず、お菊が言ってしまう。
 嘘つけ・・そんな目で娘らはじっと見る。
「畳だよ縫うのは・・あっはっはっ」
 弥平が声を上げて笑い、皆が笑い、お淑一人がじろり弥平をにらみつける。
 このときお角は娘らが箸をちゃんと使えることを見逃さない。育ちが悪いわけではなさそうだ。

 おんな屋あさり。ろくに聞かされないまま連れて来られた。怖くて竦んでいたのだったが、娘たちに娘らしい笑顔が戻った。
 皆はほっとして顔つきも穏やかだった。

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