2016年12月05日

女の半分(前篇)


前 編


 混乱していました。その日は忙しかった一週間の疲れとほろ酔い気分が合わさって、倒れ込んで寝てしまった。明日から三連休ということで気がゆるんだせいもあってか、眠りに落ち込み、横になってからの記憶もなかった私です。
 次の朝、いつもよりずっと遅く、九時になって目が覚めた。
 さあそれからです、夕べのことを考え出して、また新しい角度の違う混乱に見舞われて、私はふとお部屋の中を見渡した。カルチャーショックという言葉がありますが、私にとって昨夜のことはカルチャーショックというほかなかった。
 いかんいかん、こんなことではいけないわと起き出して、窓でも開けて風を入れ、気分をリフレッシュして連休一日目がはじまったのです。

 ベッドを一度ひっぱがし、シーツを替えるところからベッドメイク。それやこれやを洗濯機に放り込み、さてそれから・・お掃除からはじめようと考えましたね。そう意識してドレッサーを見てみると、なんとなく鏡がすっきり晴れてない。お化粧道具を置いてあるプラスチックのトレイをどけて鏡を拭いた。
「もうっ何よコレ・・」
 アイシャドウの欠けた粉やら髪の毛やら、椅子をどかして下を覗くと、なくしたと思った紅筆までが転がってて、コインが二つ、五円玉と百円玉とで百五円もうけたわ。いつの間にやら綿ゴミと髪の毛がカーペットにまつわりついてしまってる。
 掃除機だわね。これはエライことになると思った。こういうときって、エイ
やぁって一気に大掃除になるもので・・。

 キッチンもそうでした。ステンのシンクが光ってなくて磨きだし、フライパンにこびりついた野菜の化石を見つけたりする。冷蔵庫なんて覗いた瞬間、見なかったことにしようと扉を閉じてしまったわ。
 バストイレ。うわっ、いつの間にこうなっちゃったの。そんな感じで、あっちでバタバタ、こっちでドタドタ・・右往左往しています。
 クローゼットの中なんて・・ま、いいや、また今度と苦笑して、でもせめて整理ダンスの中ぐらいはどうにかしよう。一段ずつ棚を抜いて、パンティからたたみ直してきっちりしまう。ブラもそうだし、パンストなんて洗ったのを縛って丸めて突っ込んであるだけで。

 はぁぁ終わった・・というか、終わったことにしようとして珈琲でも淹れるでしょ。そのまま座り込んでグッタリなのです。せっかくの秋の連休ですもの
ね、お掃除はそのうちまた。疲れ果ててしまっていた。
 結局その日は、テレビでやってた映画を観ただけ・・寝ちゃったわ。

 なんか損した気分の連休二日目、私は一人で渋谷に出ました。ついおととい仕事仲間と飲んだ街ですが、お天気のいい日中は世界が違う。駅を出た私は、フンフンみたいに鼻歌まじりに歩いてた。それで駅前の大きな信号の向こう側のファッションビルに入ります。下着かアクセサリーでも見ようと思った。こういうところへ友だちなんかを連れてくると、振り回されてヘトヘトになっちゃうからね、今日は一人でお姫様気分。
 ふふふ、帰りにスイーツでも食べてと予定のないプランだけはあったのです。
 ビルに入って、まず下着。いいのがあれば買ってもいいかと思ってました。エレベーターで昇って、ドアが開いて降りたとき、「あら」って声がして肩を
ぽんと叩かれちゃった。

「あ、サリーちゃんよね?」
「うふふ、嬉し! 覚えててくれたんだ! うふふっ!」
 可愛いわ。ゾクッとするほどいい女。おととい、この子のいるお店で遊んだばかりです。同僚のスキ者たちに引きずられて、はじめて入ったその種のお店。あなたのせいでカルチャーショックよ、混乱したの・・と内心思いながらも付き合った。

 彼女も下着を見に来ていた。しょうがなくて、妙な恥ずかしさを覚えながら花柄の上下を揃え、お店を出たわ。背丈は百六十五センチの私とほとんど一緒。スタイルいいし、色の浅い茶色のヘヤーを、片側さらり、片側をハネて耳のところでピンでとめ。若くてハツラツとした美人であって、ブルーの花柄のミニフレア、ブルーのブラの透けるTシャツ、それに白のジャケット。モデルさん
のように綺麗な子なんですね。

「ねえねえ、よかったら遊びに来ない? あたしん家、すぐそこなんだ」

 そんな・・だって、おとといが初対面で、それも二時間ほど遊んだだけの人ですからね。だけどこのとき、私はなぜかメラメラと・・こういう人の暮らしぶりを観てやろうと思ってしまった。
「いいけど・・ほんとにいいの?」
「うん、いいわよー、今日はお休みだから私は平気、ちょっとおいでよ、すぐそこだから」
 道玄坂を登り切り、歩道橋で大通りを渡るとき、少し下から見上げたわ。ミニスカから綺麗な腿がすらりと伸びてる。ダークブルーのパンストが、むしろ肌の白さを透かしてて、男の子なら目のやり場に困るでしょうね。それぐらい彼女は素敵な人なのです。

 白い小さなマンションでした。都会の真っ只中の白い建物は排気ガスで少し黒ずんでいたけれど、女の子の一人暮らしにはちょうどいい、それは可愛いマンションなんです。賃貸よ。キッチンスペースのほかに十畳ほどのリビングと、もう一部屋、五畳ほどの寝室が別にある。私が入ったとき寝室の扉は開け放たれていて、ライトパープルの可愛いベッドカバーが見えた。
 それにアロマ。ミントかしら、仄かに甘い香りがする・・。

「綺麗にしてるね」
「そうかしら? うふふ、ありがとっ、女の子だもんっ」
 その言葉に私はちょっとムッとした。私だって女です! あなたのおかげ
で昨日一日大掃除になったのよ! 
 ふんっ。あーあ・・ずぼらな私が悪いのですが・・。
 それにしてもすっきりしたお部屋です。床はフローリング。壁は白。白とダ
ークグレーのモノトーンの家具でまとめられ、ベッドカバーと同じライトパープルのカーテンでコーディネイトされている。窓際のサッシの前にプランター。スペアミントを育てています。
 買ってきた下着をとりあえずは袋のまましまうときクローゼットが開けられましたが、中もすっきり。お片づけのお手本にしたいぐらいきっちり整理されている。

 そして私に、スペアミントの葉の浮いた紅茶とお菓子を出してくれ、私をソ
ファに座らせて、自分はローテーブルの下にだけ敷いてある毛足の長いシャギーの上に、正座を横に崩した、しなだれ座りでふわりと座る。その立ち振る舞いも見事なまでに女です。やさしさがにじみ出るようなソフトな印象なんですね。
「来てくれてありがとう、嬉しいわ」
「ええ・・こちらこそ」
「さ、食べて食べて、珈琲もあるから、よければ言ってね」
「ここで独り暮らしなの?」
「そよ。ふふふ」
 ほんのちょっと・・かすかに陰のある寂しい微笑みを向けた先に、ガラスの
フォトフレームに男性とのツーショット。夏の高原の写真です。
「彼?」
「軽井沢なの。別れちゃったけどね、いまは独りよ」
「・・そうなんだ」
「うん、でも平気、泣くだけ泣いたらすっきりしたから」

 はぁぁ・・その言いよう。どこをどう観ても素敵な女性なんですね。

「凉子さんて彼氏は? いるんでしょ?」
「ううん、私もちょっと前に別れちゃった、いまは独り」
「あらそう、かわいそ。でもね、恋ってそんなもんだから!」
 私は笹岡凉子、二十六です。そしてサリーちゃんは、二つ下の二十四歳。
「だけどサリーちゃん、彼氏ということは・・」
「あはははっ! 思ってるコトわかるぅ! あはははっ! そよ、お尻でする
の、アナルセックス」

 この子、ニューハーフなんですね。おとといの金曜日、どこから聞きつけてきたのやら、オフィスの女の子たち四人でそういうお店を覗いてみたの。お客さんには普通の男女もいましたが、明らかに女装の男性・・明らかにそれっぽい・・同性愛? そんな感じの人もいた。
 お店の女の子たちはみんな派手で、キャンキャンしてる中にあって、この子だけは控え目で落ち着いてて、立ち振る舞いが女らしくて気になっていたんです。

「でもやっぱり男の子なんだよね」
「それはね。だけど違うの、私は女の子なんですもん。お部屋中探したって男物の服なんて持ってないし・・うん、私って女の子なのっ」
 ほんと混乱してしまう。そう言う姿がそのものまるで女性です。
「おっぱいだって、ほら・・触ってごらん、Cカップよー」
「う、うん・・・」
 Tシャツ越しに透けるブラ。ハーフカップからこぼれるような乳房の膨らみを指先で押してみる。柔らかい。ふんわりしていて、それはほんとにバストなのよね。

「ほんと女の子ね」
「そ、女の子。でもアソコはやっぱり男の子。あははは!」
「じゃあ、そのうちには性転換を?」
「ううん、それはしない。しないけど一生女として生きてくの」
「あ、そう。ふーん・・」
「興味あるでしょ、私の体に?」
「いえ、そういうわけじゃ・・でもよサリーちゃん、もしも相手が私なら、それってつまり・・どゆこと?」
「レズってことじゃん。卵巣がない代わりに睾丸がついていて、クリトリスがない代わりにペニクリがさがってる。それだけのことだもん」

 私はなぜかカーッと体が熱くなるような羞恥を感じていたんです。彼女がそういう言葉を言ったこと。その響きが性的なニュアンスを含みすぎているようで・・。

「ごめんなさい」
「え?え? 何で何で? 何でごめんちゃい? ちっともごめんじゃないじゃない。こうして遊びに来てくれて、ほんと嬉しい。昼間はずっと独りだし、これからもよかったらいつでも来てね」
「うん、ありがとう。でもね、体にそれがあれば・・セックスすれば女は妊娠できるでしょ。なのにレズなの? 同性愛? 相手が男性ならばそうだけど。そっか、サリーちゃんは女の子だから、そっちが普通か・・」
「あははっ、混乱してる混乱してる、あはははっ! そよ、男の子とのベッドは普通のセックス。お尻でするのね。そのときの気持ちは凉子さんと一緒だわ、男が体に入って来るの」
「女とは? 経験ある?」
「ううん、いまのところレズはない。ないけどきっと大きくなったクリトリス
を、そっと体に入れる感じ? よくわかんないけど。でもそれはそれで同性愛よね、女の子として女を愛するわけだから」
「中でイケばできちゃうよ、赤ちゃん」

「それはね・・だけどね」
「うん?」
「人と人が愛し合ってできた子よ。それのどこがいけないの? 男や女や、そんな小さな違いじゃなくて、人として人を好きになる。それこそが命のすべてじゃないかしら」
「心ってことよね?」
「もちろん心。性別なんて小さなことよ、神様がたまたまどっちかに決めただ
け。だから男の愛も女の愛も、どっちも身勝手過ぎるでしょ。駆け引き、ポーズ、それが可愛いうちはいいけれど、得てして打算に終始する。それじゃ嫌なの私って。人として人を愛して、そのときの私のすべてを向けていきたい」
「ピュアなのね」
「てゆーかぁ・・ちょっと違うな。がむしゃら? 必死? 一生懸命? うー
ん、何だろ? とにかくサリーは女の子。そう決めて生きてるだけよ。凉子さんは自分のこと女と決めて生きてるの?」

 絶句しました。考えてみたこともありません。女である自分を当然のこととして生きている。そうね、そうとしか言えないわ。
 キラキラ輝く綺麗な目で見つめられ、なぜか視線を逃がしたくなる私です。

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