女の陰影

女の魔性、狂気、愛と性。時代劇から純愛まで大人のための小説書庫。

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 タイムリミット(二九話)


  人類のためにという使命感を胸に、ほとんどの者たちは志願して月へと送られてきている。そのとき若かった者たちはまだしも、当時すでに技術者クラスだった者たちは四十代であり、歳月は老いをつきつける。しかもそれは地球上での老いではない。それでなくても衰えていく肉体に重力が追い打ちをかけてくる。地球の六分の一という重力のもとで長く暮らせば、ほどほどトレーニングを重ねていても筋力は落ち骨からカルシウムが減って骨格が弱くなる。帰還のために船をつくり、その上さらに相当期間のリハビリを経ないと地球の大地で立つことすらできなくなる。コストに見合わないということだ。

  それよりさらに決定的なのはムーンシップ旅立ちまでのタイムリミット。なりふり構わず進めなければ人類は滅亡する。老いた者の処遇よりフレッシュな働き手を送り込むことが先決であり、地球上でのように余生を与えて生かしておく資源の余裕がないのである。食料、水の一滴、酸素そのほかすべての資源を次世代の働き手に集中させたい。事故などで失う資源の損失分を安全係数に加えたとき、順次老いていく数千数万の者たちを生かしておくだけのキャパがない。ムーンシップが旅立った後のことを考えても、おそらくそこは変わらないと思われた。

  海老沢は言った。
 「五年後十年後を考えるとやりきれない。プロジェクトに参加するとき人は老い先のことまで考えない。俺もそうだった。皆もとうに気づいているさ。人類の犠牲となって死んでいく。死んで資源として月に残るんだとね」
  デトレフは暗澹たる思い。唇を噛んで沈黙し、そして言った。
 「いたしかたないのはわかっている。やがてそのときが来るのもわかっている。皆もそうだ、わかっている。しかしそのとき人は健全な精神を保っていられるだろうか。過酷な月で手を携えてやってきた同志を死に追いやる。そんなことに耐えられるものだろうか」
  と、そういうことになるだろうと予測して地球はスパイを送り込んだに違いなかった。地球上でジョエルにできる範囲は限られている。ジョエルそのほかデトレフ配下の数名は、あくまでHIGHLY側の軍部であり、デトレフが月へと送られたとき地球上の動向を探らせる、いわばデトレフ派のスパイであったからだ。管轄外へ必要以上に深入りすればジョエルは殺されることになる。
  スパイが何名いて、男なのか女なのか、いまだに知れない。
  デトレフは言った。
 「人類の未来のために人類は尊厳をもって滅亡するべき。俺はずっと迷っていた。月の皆も地球上の人々も、俺たちの勝手な思想で葬っていいものかと。しかし考えるのはそこではなく、ムーンシップが旅立った後のこと。バージンのまま妊娠を強制される娘たち。不要となった者を葬っていく者たちもたまらない。ムーンシップが完成し拡張しながら旅するとしても、老人に余生を与えるほどの余裕はないに違いない。何人もの子を産んで育てた母たちが、いったいいくつで処理されるのかと考えたとき、そうまでして人は生きるべきではないと思い至る。宇宙の摂理に従って滅亡するのが人間らしい死に方なんだと」

  ムーンアイのコントロールルーム。海老沢、デトレフ、ジョゼットそして早苗が揃う中での密談だった。ジョゼットも早苗も女二人は黙って聞いて、うなずきもしなかった。沈黙の中で早苗が言った。
 「そのタイミングで人体を活用する試みがはじまるでしょうね。薬で安楽死は好ましくない。肉体を汚染できない。ますます残酷なことになる。そのとき人は牛か豚の扱いよ」
  この話はもうやめよう。そうは思ってもそのときのことを考えておかなければならなかった。人員はますます増える。超大型輸送船を連ねてやってくるのは時間の問題。タイムリミットから逆算するなら人員は多いに越したことはなく、新しい力を生かすためにも資源に余裕を持たせておきたいからだ。
  デトレフは言う。
 「スパイが動くのはそのときさ。我々に自浄作用がないと知れば軍が押し寄せて来るだろう。それだけは食い止めなければ」
  早苗は言った。
 「医師として殺す者を選べと言われても私は嫌。カルテはお見せするから勝手に選んでとしか言いようがないからね。どうかしてるわ人間は。文明の末路がこのザマなのよ。何だったのよ人類って」

 「それは俺の決定だ」
  海老沢の声。三人は眸を向けた。やりきれない面色でつぶやくプロジェクトリーダー。すべてを背負う立場にある。早苗もジョゼットもハッとした。責任者は海老沢なのだから。
 「ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの」
  早苗は泣きたい思いをこらえて言った。医師である私がしっかりしないと誰かに背負わせることになる。
 「だけど・・」
  それきりうつむく早苗を責めることはできなかった。いまはまだいい。年長でも五十代半ば。しかし間もなくそのときはくるだろうし、実際に手を下すのは軍以外に考えられない。
  ジョゼットは、早苗そしてデトレフと順に肩に手を置いて、海老沢に向かってわずかに首を左右に振った。どうしようもない現実。

 「地球へは戻せないの?」
  留美の部屋の大きなベッド。ジョエルに抱かれて留美は問うた。
 「数からしても物理的に無理だね。フレッシュ優先、それが地球の意思なのさ」
 「デトレフさんは辛い」
 「大佐だけじゃない、皆がそうだ。誰が決めて誰が実行するのか、そしてそれを指をくわえて見ているだけか。月に地獄がやってくる」
 「それさえも資源なんでしょ?」
 「極限の環境で共食いが起こるのは生命の宿命さ」
  君たちは幸せだと言ったデトレフの声が心に響く。輝ける未来とエゴと地獄が同居するムーンシップ。そのとき私たちは死んでいると考えると、ジョエルの肉体がいとおしく思えてくる。
  腕枕に留美を抱いてジョエルは言った。
 「ずっと先の未来を想像する。そうして幾世代をかけて目指す場所へ行けたとする。仮に惑星プロキシマBだとする。そこがいかに楽園であったとしても地球よりも体重が重くなる星では降り立てない。幾世代の間に人体は月の環境に順応して弱くなる。大佐が言うのは、そのときこそ凍結精子、凍結卵子、もしくはクローン」
 「それでいまの地球人を再生するわけ?」
 「それしかないだろうと考えているらしい。原種の人類なら新しい星で生きていける。ムーンシップの人々は目的地に行き着くまでのオペレーターにすぎないわけだ」
 「虚しいわ」
  ジョエルはそれには応じず、乱れた息の落ち着いた女を抱いて眸を閉じた。
  留美には言えないことがある。地球上ですでに人体を資源とする実験がはじまっていることを。オーストラリア大陸ではなく別の土地のことではあったが、そのとき実験台となったのはLOWERたちであることも。

  十年後。

  五年後以降にやってきた最初の危機は乗り越えることができていた。年長者には食料の生産や諸施設の管理など老いてできる職務があったし、数も千人規模で転用の範囲内。月にいる人員の総数は十二万人。男性十万、女性が二万という割り合い。
  しかしそれからさらに五年が経って、人員総数二十万人。男性十六万人、女性が四万人。住居モジュールも加速度的に整備され、月に暮らす者たちの住居とは別に五十万人のキャパを持つまでになっていた。ムーンシップ計画がスタートしてから二十一年。計画当初ムーンシップの旅立ちまで六十年。五百万人の旅人の移送にかかるまでおよそ五十年。計画のスタートから二十一年経って、その先三十年を残すタイミング。
  三十六歳で月に送られた海老沢は五十七歳。デトレフは六十を超え、皆それぞれに老いが迫ってきている。その頃すでに四十代の半ばだった数千人の人員は六十代の半ばを過ぎていて、今後ますます老人は増えてくる。
  月へと送られたとき三十五歳だった早苗は四十九歳になっていて、下に若い女医が送られた。
  名をダフネ・メイヤーと言う。イギリス系の白人女性で、あの頃の早苗と同じ三十五歳。背が高く鍛えられた肉体を持つ女性。目配りの鋭さからも明らかに軍医であると思われた。ダフネの派遣は地球の意思。スパイというなら人員の中にも相当数が潜り込んでいると思われ、おそらくすべてが軍関係者。デトレフ部隊にできないなら取って代われということだ。

 「月へ送られて一年の間に私なりに精査しました。老いてなお意欲のある者たちがいる反面、明らかに余剰と言わざるを得ない者たちも多くいる。事故で活用できなくなった者も多い。必要施設も完成したことですし、そろそろ処理を考えないと」
  事務的に言うダフネ。必要施設とは人体を再利用するための実験施設ということだった。そのときホスピタルモジュールの早苗の持ち場に、デトレフと海老沢も同室した。
  ダフネは言う。
 「五百万人の希望をつないでいくために避けては通れない道。私だってもちろん辛い。しかし誰かがはじめないとならないことよ。リストアップは私のほうでやりますから」
  早苗はむしろ無表情な顔を上げてダフネを見つめる。
 「いいえ私がやります」
 「そうですか? 長くともに暮らした同志ですから辛すぎませんか」
 「辛いどころじゃないわ。死神になれというのよ。でもねダフネ」
 「はい?」
 「だからこそ若いあなたに背負わせたくない。そんなことをすれば心が歪む。あなたがあなた自身を愛せなくなってしまうでしょう。ともに生きた同志だからこそ最期は私が決めてあげたい」
  逆に思いやる早苗。ダフネはその真意を探るような眸を向けたが、うなずいて微笑んだ。
 「ありがとう。月の皆は家族のようです。でもだから、それが怖い。家族の中に取り込まれていくのが怖いんです。正しい判断ができなくなりそう」

  デトレフが言った。
 「いずれそうなる。先駆けることを避けたいだけだ。そんなことをすれば人心は乱れ造反が起こるだろう。軍として私はそれを封じる」
  海老沢が言った。
 「老いた者たちは覚悟してるさ。それでも生きようとすれば大勢をリスクに晒すことになる。仲間と未来のために再利用されるなら、それも受け入れることだろう。しかしね、ダフネに問いたい」
 「何でしょう?」
 「そうした先人たちは人類にとって何なのか?」
  ダフネはちょっとうなずいて即答した。
 「英雄です。わかってください、私だって人間なんです。私が老いたとき私もそうなる。覚悟して、いまを生きる。」
  このとき軍配下の警察とでも言うべき組織は百人規模となっていた。軍と併せて二百名。造反が起きたとき潜り込むスパイどもが味方となると思うと複雑な気分であった。
  早苗が言った。
 「よしましょうよ、こんな話。スパイだろうが何だろうが退路のない月に生きる同志です。すべては旅立ちの日のために」
  苦しい解釈。核兵器の廃棄船が戻るまでさらに十年。何としても地球の軍門にくだるわけにはいかなかった。そのとき月にはさらに多くの人員がいて、それらを巻き込み人類は滅亡する。時間差の問題だと言い聞かせておくしかなかった。
  
  ルッツの町は平穏だった。奇跡的とも言える平穏。地球のそこら中でレジスタンスが生まれては抹殺されていく中で、オーストラリア大陸のこのあたりだけが平穏を保っている。町が小さすぎて暴動の拠点になりえない。さらに山賊の棲み家であって、襲う者たちが処理されていく。理由はどうあれLOWERどもを減らしておきたいとする地球政府の思惑と合致した。それだけの幸運だった。
  その歳の夏は暑すぎず過ごしやすい夏となる。温暖化を食い止める施策が功を奏し、平均気温が下がったことでわずかではあったが海面も下降をはじめ、このままなら百年先には地球は元通りになっている。しかしもはやかつての平和な星には戻れない。地球上のいたるところに死体が転がるありさまでは。

  治安維持部隊のヒューゴは六十歳を超えていて、いまではこの地区を統括する立場。治安維持部隊は正規軍配下の組織であって警察と軍の間のような存在。そう度々訪れるものでもなかったし、ヒューゴが前線を離れてから数年ぶりの来訪だった。相変わらずの装甲ジープ。しかし当時のような制服ではなく、ジーンズにジャケットというラフなスタイル。いっとき肥えたヒューゴだったが加齢でむしろ痩せていた。
 「いくつになった?」
 「もう四十二よ、早いものだわ」
 「若い連中も増えてるようだが」
 「増えてるね。人買いどもから女をさらい、噂を聞いた若者が仲間になりたくてやってくる。だけど総勢三十ほど。来ては去るの繰り返し」
 「それでいいのさ、賢いぜ。まとまり過ぎると目にとまる。そうやってレジスタンスになっていく」
 「私たちには無関係だわ。私たちは山賊のまま」
  鉄箱が載った装甲ジープには旧式の武器が山積みされて、めっきり老いたヒューゴは帰っていった。これで最後。留美はそう感じて見送った。

  マリンバも五十七歳。ステンレスの首輪から自由に外せる犬の首輪に変わっていたが、マリンバ自身が首輪をしたがり、つまりは性奴隷でいたいという意思表示。ボディラインが崩れてくれば捨てられると思うのか、マリンバなりに奴隷のプロポーションを保とうとしている。
  皆が集まる円卓にも座りきれない数となってテーブルがさらに増やされ、広かった部屋も手狭になった。
 「今日はマリンバの誕生日。マリンバとなって十六年、十六歳の誕生日を祝ってやりましょう」
  天井のウインチで吊られたマリンバの裸身を皆で見つめ、いまはもう傷さえ消えた白い女体を鑑賞する。スキンヘッド。陰毛さえない奴隷の姿。しかしマリンバは輝いていると皆は感じた。
  マリンバを除いて総勢三十。まず最初に留美が立って黒い乗馬鞭を尻に入れた。パシィーッといい音がして、爪先立ちに吊られた奴隷が身をよじる。
 「痛いわね」
 「いいえボス、感じます、ありがとうございます」
  大きな乳房がさすがに垂れてたわんで揺れる。
  一人一打。二十打をすぎる頃にはマリンバは泣いてしまい、白かった裸身にくっきり痕が点在する。巨体のバート。バートももう四十五歳。それでも野獣であることに違いはなかった。髭と髪の毛の区別がつかない。バートは乗馬鞭を横振りにして、責められ続けて肥大した左右の乳首を狙い打つ。
 「ほうらいい、気持ちいいなマリンバ?」
 「むぅぅ、むぅぅ! はい感じますバート様」
  泣いて訴える奴隷が可愛い。バートは鞭を次の者に手渡すと、隆起するTシャツの胸に抱いてやってキスをする。
 「祝いは俺の部屋でたっぷりと。ふふふ」
 「はい、嬉しいです、あぁぁ感じる、イキそう」
  鞭でイケるマゾ牝。責めは愛撫。幸せな人生なんだろうと留美は思う。

  円卓のある広間の窓に三日月の月が浮いていた。マリンバを抱いてやり、尻をちょっと叩いて離れたバート。バートは窓辺に立って言った。
 「二十万人だとよ、いまだに信じらんねえぜ」
  留美はデトレフの姿を思い浮かべた。まだまだ若かったデトレフも六十歳を過ぎている。若かった私が四十を過ぎてしまったように。
  人生は短い。衰えていくマリンバを見ていてもそれは感じる。許された生存。謳歌して生きてやると思うと同時に、地球とは素晴らしい星だったとあらためて感じていた。
  吊りから許され、円卓の足下でしゃくりあげて泣くマリンバ。奥のキッチンからミーアが大きなケーキを運んでくる。マルグリットとコネッサでこしられた特製の丸いケーキ。蝋燭が十六本立てられた。
  マルグリットが笑って言った。
 「いいわねマリンバは。十六歳の女の子。さあマリンバ」
 「はい。私のために誕生日なんて」
  責めに泣いた眸に、嬉しくて流れる涙が重なった。ローソクの火を消してナイフを入れて、最初の一口をフォークで食べる。震えて泣くマリンバに皆の想いはやさしかった。

  増設されたムーンカフェは二百名規模の広さがあって、もはやジョゼットとターニャの二人が揃っても回せない。ジョゼットと同年代となった女たち数人で回しながら、飲み物程度はセルフ。人員が増えて交代制でフル稼働できるようになったとき、ひっそり話そうとすればムーンアイしか場所がなかった。
  ジョゼットが言った。
 「私たちはもう地球人じゃない。それがすべてよデトレフ」
  もはや懐かしくさえある四人だけの空間。そこへあえてダフネを加え、隠すものはないと見せつける。
  ジョゼットは言う。
 「ダフネが工作員だったとしても、そんなことはいいのよ。どれほどスパイがいたって、それもまたどうでもいい。分け合ってやっていかないと、この先まだ四十年あるんだもん」
  ダフネはちょっと眉を上げただけで応じない。見透かされていて認めないというスタンスが月の規律をつくっていくとダフネは確信しているようだ。
  しかしそこで問題なのは、それをいつまでも隠しておけないということだった。ほどなく知られ、そのとき月の皆はどう行動するのだろう。
  そしてどうすればデトレフに負担をかけずにおさめられるか。負担とはすなわち処刑。そんなことになってしまえばますます皆がおかしくなる。
 「公表するつもりよ。何人に対して私は何をしたのか。暗黙の了解では私の気持ちがおさまらない」
  物静かな早苗の声にダフネはうなずくと、ガラスエリアの同じ位置に青く輝く地球を見上げて、祈るように眸を閉じた。

  MC1-L18、早苗の部屋。訪ねてきたのはダフネ。そのとき早苗はダフネの女心を察していた。
  ダフネは言う。
 「そのとき乗り込む四百万の女たちはどうするかって考えるんです。地球の意思は男性本位で決まるもの。論理的かつ合理的。でもそのとききっとムーンシップでは女権社会となっている。科学に基づき男女を見事に産み分けて、当初こそ凍結精子でも、女は恋をし予定にない妊娠を望むようになる」
 「男たちはそのためのペットよね?」
 「おそらくそうなる。可愛がって飼っていく。老いたからという理由だけで女は男たちを手放せない。新しい文明が育っていく。ものの見事にひん曲がった、けれども人間の本質に回帰するような文明が」
 「それは私たちもそうなるだろうって話してる。男たちは女の価値を痛感し、やさしくなって平伏すようになるだろうって。ジャワ原人の昔、牡は牝に従えられて生きていた。きっとそう」
  うんうんと眉を上げながらうなずいてダフネは言った。
 「私はおっしゃる通りの存在です。そのために行けと命令されたとき、私が断れば誰かが背負わなければならなくなると考えて、いずれ私も同じように処理されると考えて、いっそ死にたい、私の命と引き替えに月の皆が守られるならそれでもいいと言い聞かせ」
 「もういい、やめよう。だけど辛いわ」
  ベッドに並んで腰掛けて、自分よりずっと小柄な早苗の肩をそっと抱き、そのとき早苗がふと見ると、ダフネの青い眸に涙が浮いて揺れていた。

 「抱いて早苗」
  ダフネが静かに倒れていって、早苗がそれにかぶさって、二人の裸身が絡み合う。

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 存続の掟(二八話)


  月面都市に、やがては冷酷で非人間的なルールができていくことは避けられない。いまはまだ地球からの補給もあって維持できているものも、ムーンシップが旅立ち補給が断たれると、より厳格なルールを適用しなければならなくなる。
  食料そのほか生命維持に欠かせないもののすべてに限りがあり、無駄が一切許されない。五百万人を乗せて旅立つムーンシップには、ほどなく無数の子孫が誕生し、新しい命を生かす一方で処理しなければならない者たちが生まれてくるだろう。
  都市を拡張しながら旅をするとしても、老いて働けなくなった者たちをどうするか。閉鎖的な環境の中で精神に異常をきたす者、犯罪者をどうするか。蛋白源の確保は食用ミミズや昆虫、せいぜい小動物に頼らざるを得なくなり、そこが不足すると健全な肉体の育成に支障をきたす。
  歳月は思うよりも早く、いま月にいる者たちだけでも、すでに現場作業が辛くなった熟年者が増えてきている。事故があって怪我でもすれば、ただ衣食住を浪費するだけの不要な存在と成り下がる。
  これからの命のために不要を間引く作業がいる。
  さらにそうした者たちは栄養源として再利用されていく。
  地球上ではあり得ない蛮行におよぶ日が近づいてきているのだ。

  生殖実験の副産物とも言える胎盤を栄養素として利用する試みは成功している。いまのところは栄養剤という形に生まれ変わるが、やがて、都市に不要となった人体が食肉となることは避けられない。ムーンシップがいかに整備されようと大型の家畜は存在しないし、太陽の恵みすらも失ってしまう。人類は宇宙空間の遭難者となる。そうした意味でも人類が営々と築き上げた文明は決定的な転換点を迎えることになるだろう。
  イゾルデは言った。
 「暗黙のうちに理解していて、だけど誰もそれを言わない。人生に有効期限をつくること。個人差を認めてしまうと不公平の元になり、そうなると暴動が起きることも考えられる。いったい何歳で不要とするのか。それを誰が決めて、どうやって実行するのか。想像するだけで悪寒がするわ」
  月の保育所が完成した。とりあえずはかつて月面地下に埋められた大型輸送船を改造したもの。ホスピタルモジュールのそばに新しい建物が完成すれば保育所も移転する予定であった。
  二十床のベビーベッドで愛らしく元気に育つ子供たちを見渡しながら、イゾルデは心の闇につつまれていた。

  ともに見守る早苗が言った。
 「この子らへの責任を誰がとるのか」
  イゾルデが言う。
 「それは母となる女たちへの責任もね。一人の女性に何人子を産ませ、母としてリタイアした後どうするか。産まれた子らに、いくつになって次の生殖を課していくのか。凍結精子というマストがあるなら、男たち、産まれた男の子の性処理をどうするのか。次世代また次世代同士の交配は、いつかミュータントを生むでしょう。原種の人類を保っていかないとムーンシップの意味がなくなる」
  早苗がため息混じりに言う。
 「そうなるとクローンよね」
 「そういうこと。だからこんな旅には意味がない。ムーンシップに地球の神を乗せられるなら話は別ですけれど」
 「産まれた女子に、次はいつ?」
 「初潮があって安定する歳。十四か十五。男性という意味でバージンのまま精子を植えていくことになる。その次もその次も、それはムーンシップが旅立った後も永久にそれが続くの」
  そしてイゾルデは、産まれた我が子に母乳を与えるグループの一組の母子を見つめた。
 「授乳さえも実験なのよ。母乳で育つ子、ミルクで育つ子、そしてそれは母親のぬくもりを知って育つ子、そうではない子、精神的な成長までも見極めていかなければならないわ。囚人だからという理由で生体実験が許されていいはずがない」

  地球上と何ら変わらない微笑ましい母子の姿を見つめながらイゾルデに笑顔はなかった。
  早苗は言う。
 「その時代の人生でなくてよかった。私たちには、せめて逃げ場があるけれど」
  イゾルデは苦笑した。
 「そう思うわ。もしも私がその時代の医師だったら、とても正常ではいられない。合理的即物的モラルの中で育ったとき人は無慈悲なものとなる」
  このイゾルデがもっとも悲劇的な使命を背負わされた女性かもしれないと早苗は思い、白衣の背をそっと撫でてやっていた。
  しかしイゾルデは、そんなやさしさを振り切るように早苗の手から逃れると、さらに言った。
 「悪魔の実験がはじまるわ。その指示はいずれ来る」
  人生を何歳でリタイアさせ、栄養源としてどう再利用していくのか。ムーンシップ旅立ちまでには答えを出しておかなければならなかった。
  イゾルデはさらに憂う。
 「間接利用もあるでしょうし」
  食用ワームや食用ウジ、昆虫や小動物の餌として、また野菜を育てるときの肥料としてという意味だ。暗黙のうちに理解はしても、それを言える者は少ないだろうと思われる。

 「警察ですか?」
 「我々の下部組織と思えばいいだろう。人員はますます増え、わずか百名の軍では統制できなくなってくる」
 「なるほど、それでスパイをおびき出す?」
 「それもある。募れば寄ってくるだろう。監視する権限を与え、その者たちを我々で監視する」
  軍船での会話であった。デトレフと部下たち。
  デトレフは言った。
 「閉鎖された世界の中の造反は壊滅を意味する。反動分子は処刑する。そのような者に与える資源はないからな」
  軍人と言えど人。部下たちも一様に嬉しそうにはしていない。
  居住モジュール一棟に千名。およそ八万人で八十棟。新設されるモジュールが次々にできていて、そのほかさらにムーンアイもあれば、原発そのほかいくつもの施設に分散している。かつて地下に埋めた輸送船のほとんどは倉庫として活用され、そこにも大量の食料、薬品、資材から下着までが保管される。
  百人足らずの軍では監視しきれない。デトレフは警察とも言える組織を立ち上げようとした。
 「まあそういうことだ。貼り紙でもつくっておけばいいだろう」
 「了解です、ではさっそく」
  軍船を出たデトレフは海老沢を探したが、遠い現場に出ているらしく見当たらない。早苗は保育所、ジョゼットだけがカフェにいた。いまムーンアイは昼の側で観測不能。こういうときジョゼットはターニャと二人でカフェで働く。

  ムーンカフェは非番の者たちで混んでいた。作業はもちろん交代制だ。カウンターを合わせて八十席程度。このカフェもさらなる増築が必要となるだろう。
 「さっきイゾルデがちょっと覗いて」
  と言いながらジョゼットは満席のカウンターを気にし、微妙な目配せでムーンアイへとデトレフを誘うのだった。ターニャが残ってカフェをみる。
  月面望遠鏡のコントロールルームは、部分的なブロンズガラスから太陽光線を染み込ませ、明かりがなくても充分だった。大きなモニタの置かれるデスクとは別の白いテーブルに二人で向き合う。
 「可哀想にイゾルデ」
  その一言でおおよそがうかがえた。デトレフは眸でうなずき、ジョゼットの白い手をそっと握った。
  デトレフが言う。
 「そのうち指示があるだろう」
 「まだ来ない?」
 「いまのところはないね。しかし時間の問題さ。科学的正論ではあっても許せなくなる」
 「ムーンシップは悪魔の船になるって言って落ち込んでたわ、イゾルデ」
 「どだい無理な話だよ。年齢で線引きできないことがわかっていて、それでもルールをつくらなければならない。未来の軍はそれを強制し、反抗すればこれ幸いと葬っていく。ふざけるなと言ってやりたいが論理的はしかたがないこと」
 「それはそうでも私たちって何様なのよ。ご都合で妊娠させ、古くなったという理由で殺して食料? 畜生にも劣る行いだわ」
 「海老沢も言っていたが、俺もさすがに無理がきかなくなった。五年後十年後ならましてそうだ。食料の確保が急務。いつまでも補充に頼っていては地球の家畜に成り下がると海老沢が言っている」
 「わかるけど、それにはまだ時間がかかる。ライフラインの整備が先決」

  と、そのとき、思いのほか早く海老沢が戻り、ムーンアイへとやってくる。その面色を一目見て二人は眸を見合わせた。海老沢の瞳が輝いていたからだ。
  ジョゼットが言った。
 「どうしたの? 笑いを噛み殺してるみたいよ?」
 「大地にクラックが見つかった。いま地盤調査をさせている」
  デトレフも眸を丸くする。
 「大規模なものか?」
 「ああ、かなりなものでね、亀裂は地平線までのびている」
  月にも地震はあり、月震と言う。昼夜で二百八十度にもなる寒暖差と、地球の潮汐力との両方で大地が歪み地震を引き起こすもの。
  月は楕円を描いて地球の周りを周回している。地球に近いときでおよそ三十五万キロ、遠いときでおよそ四十万キロ。すなわち地球から受ける引力の差が生まれ、それだけ大地が歪むということ。大地が歪めば裂け目ができても不思議ではない。
  海老沢は言った。
 「問題はクラックの深さなんだが、地表のそれは少なく見積もっても径百キロはありそうだった。クラックが深部にまで届いているなら・・ふふふ」
  岩盤の亀裂にありったけの核兵器を埋め込んで爆破させれば、球体から岩盤を巨大なブロックとして引き剥がし、地球に落下させることができる。
  恐竜そのほか生命の大多数を絶滅に追いやった隕石の大きさは、それでも直径十キロ~十五キロほどのサイズであったと言われている。
  海老沢は言った。
 「径二十キロは欲しいところ。海面の上昇具合からしても、それだけあれば地球はおしまい。それより小さなものでも雨あられと落下すればそれでもいい」
  人類滅亡のプランが決まった。

  MC5-L9、イゾルデの部屋は静かな涙に満ちていた。
  控え目なノックがしたのは寝入る前の時刻のこと。戸口に立ったイゾルデは淡いピンクの紙の下着。
 「はい?」
 「デトレフです、いいですか?」
 「あ、はい、しばらくお待ちを」
  月面に送られて一年半が過ぎていて、その間イゾルデは軍部の誰とも関係を持っていなかった。イゾルデにとって軍は恐怖。地球上で暴虐の限りをつくす軍政の怖さを知っていたからだ。ましてデトレフは月面軍の司令官。歳も離れている。
  イゾルデはシルバーメタリックのスペーススーツを着直して、寝乱れたベッドを折りたたみ、それからドアロックを解除した。
  デトレフは大きく逞しい。スペーススーツの胸板が恐ろしいほど。どきどきしていた。しかしデトレフは一目で泣き顔を見破って、やさしく微笑む。
  イゾルデは言った。
 「地球から指示でもありました?」
 「いや、そうじゃなく。それはまだない」
  ほっとする素振りでイゾルデの重圧がうかがえる。
 「男としてやってきた、それだけさ」
 「ぁ、はい」
  そうではあるまい。デトレフと早苗やジョゼットの仲は聞かされていたし、気づかってくれているのはわかっている。
  そしてまた今夜のデトレフにとって、この女がスパイであるのかどうなのか、そんなこともどうでもよかった。
 「子供たちに罪はない。母親たちにも罪はない。そしてイゾルデ」
 「はい?」
 「君にも罪はないんだよ。もっとも苦しい任務を志願した君を尊敬する」

  デトレフの眸を見つめるイゾルデの瞳が見る間に水没して涙に揺れる。そっと開かれた強い腕の引力にイゾルデは引きつけられて胸に飛び込み、精悍な顔を見つめて濡れる瞼をそっと閉じた。
  見え透いた言葉のないやさしいキス。深くなって舌がからみ、イゾルデは全身の力が抜けていくのを感じていた。
  イゾルデは脱がされるまま。デトレフもされるがまま。やさしく裸身が重なって静かにつながるセックス。イゾルデは溶けるように眠っていった。月へ送られてはじめて穏やかな気持ちで眠りにつけたイゾルデだった。

  翌日の昼過ぎになり、さっそく募集定員いっぱいの五十名がムーンカフェに集められた。男が三十九名、女が十一名。デトレフ以下五名の兵員たちと向き合った。
  デトレフが言う。
 「警察というより監視のためと理解してほしい。軍の下でということでなく人員すべてのガードマンとして見つめてくれたまえ。行動は二人一組。武器など不要としたいのだが警棒程度は必要となるかも知れない。何かあれば軍の誰かに真実を報告する。軍船への立ち入りも必要ならば許可するが、辛い立場になることもあると理解しておいてほしい。反動分子を生かしておく余裕は月にはない。そういう意味でなら警察よりも軍に近い存在だ」
  志願した者たちは、上は四十代から下は二十代の半ばまで。それぞれが真剣な面色で聞いている。
  若い女の一人が問うた。
 「質問はよろしいですか?」
 「うむ、何だね?」
 「もしも現場で何かがあって報告する余裕のないときはどうすればよろしいのでしょう? たとえば不審なシーンを目撃したとか?」
  デトレフはその若い女にちょっとうなずき、志願者全員を見渡した。
 「この計画の意味を考えて行動することだ。ムーシップ完成のため、そして旅立つときのため。取り除くべき者はいたしかたない。その場で取り押さえ、事後こちらで調査する。我々は人類の未来のために生きていると心に刻んで行動すればいいだろう」
  この中にスパイが紛れ込んでいる。月に送られて間のない者たちの中にいるとは言い切れない。すでに潜り込んでいる者もいるとみなければならなかった。それもこれもを含んだ上で、あえてデトレフは放任しようと考えた。
  腰に巻くベルトと電気ショックを与える警棒が支給されて散開した。

  その頃また海老沢は各セクションのリーダーたちに指示を出す。
 「言うまでもなく月でのライフラインとは命綱そのもの。居住モジュールに優先してそちらをさらに拡充したい。月で働く皆に安息をもたらす基本となる食料生産関連、オフタイムを過ごせる施設はムーンカフェの拡張からはじめたいし、子供らの保育所そのほかホスピタルモジュールの付帯施設も早急に整備したい。いま月にいる者たちが不幸では話にならない。地球のそれのように月には月で完結する人間らしい環境がいるからね」
  ハードを受け持つセクションからの質問。
 「製鉄それに樹脂生産、ムーンカーゴの増産そのほか、ハード部分も足りませんが?」
  海老沢は応じた。
 「居住モジュールも含め、それらと並行してということだが、いましばらくは人間周りの設備が優先さ。人員が疲弊しては結局のところ進まない」
  皆は一様にうなずいてそれぞれの持ち場へと散っていく。

  そのホスピタルモジュールで。
  早苗が受け持つ一般診療とイゾルデの産婦人科は基本的には別室であり、地下に埋められた輸送船を改造した新生児室とも言える区画は、その母親二十人の個室を含めてイゾルデが担当する区分に続くスペースだった。
  その接点となる部分に守衛室が設けられ、それまでは軍の管理下にあったのだが、今日から女性の警備員が二人常駐することとなっていた。女たちはどちらもが三十代のベテランで、早苗との付き合いも古く信頼できる相手。
  生殖実験に臨む母親たちは囚人であり、地球上でLOWER社会に落とされる者たちばかりが送られてきている。それぞれに与えられる個室も、部屋とは名ばかりの牢獄のようなもの。第一子を出産し体を休める時期のいまは、全裸に紙のネグリジェが与えられ、母乳で育てるグループでなくとも新生児室を覗けるようにされている。本来ならば施錠される牢獄なのだが、イゾルデがそれを解放した。
  月に送られた女たちのほとんどは地球の終焉を知らないまま連れて来られ、生体実験としての妊娠だと当初は思っていたのだが、それもイゾルデは隠さず真実を話し、納得させた上で精子を植えて妊娠させた。

  しかし、その先に問題があった。母乳で育てるグループとミルクで育てるグループに分けられたことで、論理的にどうであろうが納得できない母親たちが生まれてしまう。軍管轄であれば声も出せない。しかし警備役のしかも女性ということで不満が声となって出はじめる。
  回診に来たイゾルデは言う。
 「聞き役になってあげて。私だってそのつもりですけれど、実験の張本人ですから言いにくいはずよ」
  監視する二人も女性。イゾルデの苦悩も理解でき、しかし一方、母親たちの怒りもわかる。人類のための女神などという見え透いた慰めは通用しない。それが母の情というものだ。そのときも母乳を与えることを許されない一人の母親が看守二人を相手に話し込んでいた。険悪とは言えなかったが、二人が慰め、母親は憤懣やるかたないといった面色。
  担当医のイゾルデが回診でやってきた。悪魔の試験官のようでもあり、その母親はじろりと睨んで沈黙した。
 「回診の時間です、順に回りますからお部屋に戻っていなさい」
  ふんっ。声にせずとも、そんな気持ちは素振りに表れ、看守二人はイゾルデに向かって苦笑するしかなかった。

  ルーム1から順に回診。肉体の様子を観察し、次の妊娠のタイミングを見極めていくのだが、問題の女はルーム5。囚人ということで母親たちに名前はなく、マザー何号と呼ばれている。立場をわきまえさせておくためにも表向きはそれも必要。わかっていてもイゾルデは辛い。
  ルーム5のドアを開けると、跳ね上げ式のベッドを倒してマザー5号は座る。
 「次は母乳で育てる側よ。それだけは言っておきます。脱いで寝なさい」
 「私たちはモルモットじゃないんだよ」
 「いいえモルモットのようなもの。でも幸せ」
 「え?」
 「月にいる女のすべてに妊娠は許されない。私もそうだし、みんなもそう」
  不満はあっても5号はそれで口を閉ざし、全裸となって横たわる。ベッドのそばへ椅子を引いて、イゾルデは白人の白い肢体を見回した。母となる女たちは皆と同様にショートヘヤー。イゾルデは5号の髪をそっと撫でるが、5号はそっぽを向いて反抗的。
 「許してバーバラ、次にはきっと」
 「嘘じゃないね?」
 「ええ約束よ。やがてあなたのような母親が四百万人生まれることになる。愛もなく即物的に妊娠させられ、でも我が子は可愛い。それが女。あなたの気持ちはよくわかる。でもねバーバラ」
 「わかってる。逆らえないもん。地球にいたらもっとひどいことになる。それもわかってる。だけど先生、乳汁が垂れているのに捨てなければならない母の無念を考えて」

  イゾルデは、診察のためにひろげられた股間を覗き、穏やかに回復した女性器にちょっとキスをした。名はバーバラ。バーバラは驚いたように顔を上げ、そのとき涙を溜める女医の姿に癒やされた気分となれた。
 「泣いてくれるの?」
 「私だって女です。私はねバーバラ、二十人の母親たちとその子らを生涯かけて愛していくわ。だけどそれとこれとは次元が違う。反抗されると処刑しなければならなくなる。わかってバーバラ。私と一緒に家族として暮らしてほしいの」
 「家族? 囚人じゃなく?」
 「そんなふうには思っていません。月の皆は家族です。次にはきっと母乳で育てる幸せをあげるから」
  バーバラは涙ぐんでイゾルデの手を握った。まだ若い二十歳そこそこの母親。その人生に何があったのかイゾルデは知らなかったし、知りたいとも思わない。
  イゾルデが言った。
 「月そのものが牢獄なのよ。地球へ向かって飛び立てる船は軍船だけ。この意味わかるでしょ」
  バーバラは言った。
 「ほんとなのね、地球が終わるって?」
 「99%の確率だそうよ。中性子星の強大な引力で太陽系そのものが壊されてしまうんです。ねえバーバラ」

  言いながらイゾルデは、子を産んで張る乳房をそっと揉んでやる。色素の増えた乳首から白い乳汁がにじみ出す。
 「ムーンシップに四百万の女性を乗せるとして移送に何年かかると思う? 輸送船には物資もあるから一隻千人がリミットだわ。五隻ついなだとしても五千人」
 「十年とか?」
 「もっとかも知れないし、そのときになってみないとわからない。仮に十年として考えたって旅立ちのときに女たちのタイミングを合わせておきたい。この意味わかるかしら?」
 「いえ。どういうことですか?」
 「旅立ちのときに妊娠可能な初期の娘を揃えたい。旅立ちの十年前に十七歳では困るってことなのよ」
 「七つかそこら?」
 「そうなるでしょうね。まだ幼い娘らを十年後の妊娠に備えて積み込んでいく。旅立ち前の便ならば十七歳でもかまわない。それって牧場の発想よ。とても人間のやることとは思えない。まだあるわ。私はいま三十歳。旅立ちのときに老人は不要であり、それを地球へ送り返す無駄をしている余裕はない。あなたもそうだし、いま月にいる人々も皆そうだわ」
 「犠牲になる?」
 「だから私たちは月面人なの。荒廃する地球から離れていられる幸せを謳歌して死んでいきたい。いまちょっと考えてることがあるのよね」
 「それは?」
 「二人目の出産の後、期間を区切って避妊薬を与えるつもり。月に男は大勢いるわ。恋愛しましょ」

  バーバラは呆然として女医を見つめ、明るさの戻った眸で、やさしく乳房を揉んでくれる女医の手を笑って見ていた。

getsumen520

ミュータント(二七話)


 「人類はいまとは違う姿になる。そんな気がしてならないの。目指す惑星がプロキシマBだとするなら地球よりもやや大きい。質量にもよるけれど重力も相応して大きいとみなければならないでしょう」
 「月を出られなくなるってことよね?」
 「おそらくそうなる。いまの科学力ではどうにもならない壁があるのよ」
  ホスピタルモジュール。
  生殖実験によって誕生した新生児たちをガラス越しに見守りながら、イゾルデと早苗、二人の女医は語り合っていたのだった。シルバーメタリックのスペーススーツに、それもまた紙でできた白衣の姿。
  イゾルデは言った。
 「いまはまだわからない。月面人とでも言うのなら、この子たちがその初代。この子たちが大きくなって二代三代とつなげていくうち環境の激変で遺伝子は変異するとみなければならないでしょうね。はるかな旅を成し遂げて、それでもし目指す惑星へ行けたとしても順応できるかどうなのか。この計画が無意味に終わる可能性もないとは言えない」
 「そうなると人は未来永劫、月の地底人ということも」
  早苗は、何も知らずにこれからの時代へ追いやられる新生児たちが哀れでならない。

  問題なのは重力だった。いま月面にいる人々は地球の重力のもとに生まれ、骨格も筋力も心肺能力も、身体機能のすべてが地球基準でできた生命体だ。
  それに対して月で生まれた新生児は、6分の1の重力しか知らず、肉体をつくる上でもっとも大切な誕生からの初期段階で体はそれに合わせてできていく。地球育ちの人間ならトレーニングで負荷をかけることはできるのだが、それを新生児に対してどうやって施していくのか。
  旅の目的地である惑星プロキシマBの重力は地球よりも大きいと思える。恒星プロキシマケンタウリのハビタブルゾーンに月を導くまではよくても、結局のところ月を出られず生きていかなければならなくなる。
 「次世代また次世代とつないでいくうちミュータント(変異体)が生まれる可能性が否定できない。光の速度で四年として、はるかに遅いムーンシップなら幾世代? あのエイリアンのような姿になってしまうかも知れないのよ。そこで私はこう考えた」
 「クローン?」
 「そうです。ムーンシップで生殖を重ねた人々とは別に、いまいる人類の遺伝子を持つ細胞を保存しておく。目指す惑星に着いたら、まず人類のコピーを放って、ムーンシップにいる新人類とは別にクローン同士で繁殖させる」
  ガラス越しに小さな手足をバタつかせて笑う子供たちを見つめるイゾルデの眸が、いまにも涙をこぼしそうだと早苗は感じた。

  イゾルデは言う。
 「凍結精子で生まれた子供が二十名、染色体検査で割り振って女の子は十五名、男の子が五名。女の子が生殖可能となったとき私は二つの実験をしなければならなくなるわ」
  いわば第二世代の女性に対して原代とも言える凍結精子で妊娠させるグループと、第二世代同士の男女の交配で妊娠させるグループである。そのために男の子が五人できるように計画した生殖。第三世代が誕生すれば同じことを繰り返す。
  早苗もまた女医であり学問優先の学者ではない。早苗は言った。
 「生命に対する冒涜だわ」
 「地球ではそうは思っていないのよ。知性こそ神だと錯覚してるし、その手先の私は悪魔に従う魔女でしかない」
  早苗はイゾルデの白衣の背をそっと押して新生児室から遠ざけた。ガラスの向こうでは、女たちの中から選ばれた若い二人が白衣を着た姿で子供たちの世話にあたる。二人の面色は母性に満ち、しかし一方、子供を産んだ母親たちは囚人として次の妊娠を義務づけられ、休息していなければならなかった。

  MC5-L9、イゾルデの部屋。
  ホスピタルモジュールで白衣を脱いで、早苗は部屋の前までともに歩き、ドアを開けたイゾルデの背をそっと押した。しかしイゾルデは早苗に背を向けたまま動かず、そして言った。
 「志願なんてしなけりゃよかった。五十年先のことなんて私には無関係だったのに」
  振り向いたイゾルデは大粒の涙を流して泣いていた。すがるように早苗に向かって歩み、早苗はそれを受け止めた。
 「助けて早苗、おかしくなりそう。私はもう人間じゃない、助けて、苦しいの」
 「・・イゾルデ」
 「可哀想で見ていられない、母親も産まれた子らも見ていられない。診察台で私と同じ性器を見つめ、実験台だと即物的に割り切れる私が許せない。私はもう医師じゃない」
  泣き崩れるイゾルデだった。地球人への怒りより、苦しみもがく一人の女が哀れでならない。
  戸口の開口。通路に向かって泣き崩れるイゾルデの体を押し込み、ドアを閉めて抱いてやる。月の皆は見た目に平然としていても精神的は限界ぎりぎり。それをケアする立場の医師が泣く姿を見られたくはなかった。
  早苗の胸で慟哭。早苗の胸中に叫びを吐き捨てるような慟哭だった。
  そしてそんなイゾルデに対し、もしやスパイではと考えてしまう自分が哀しい早苗でもあった。

  ノックした。MC1-L1、ジョゼットの部屋。こんなことの言える相手はジョゼットしかいなかった。
  時刻が遅く、今夜のジョゼットは一人で寝ていた。
 「どうしたの?」
 「イゾルデと一緒だった。めちゃめちゃにしてやったわ」
 「え? めちゃめちゃ?」
 「ビアンよ。気絶するまでイカせやった。ねえ、今夜いい?」
 「いいわよ」
  早苗は淡いピンクの紙のパンティだけの姿になると、ぬくもりを満たしたジョゼットのそばへと身を横たえる。
 「疲れたわ、抱いて」
 「ねえ、どうしたの?」
  早苗は一部始終を話して聞かせた。
  ジョゼットは言った。
 「入れ違いなのよ早苗と」
 「海老沢さん?」
 「そうそう。ちょっと前に帰って行った。独りで考えたいって。ムーンカーゴでデトレフと話したらしい。戦略核クラスの水爆が三発隠してあるでしょ」
 「うん?」
 「それだけあれば月の引力と相殺しても直径数キロの岩盤を落とすことができるだろうって」
 「地球に?」
 「廃棄された核を待たなくてもそれだけあれば地球を壊滅させられないかってことなのよ。彼も言ってた。これ以上生命を冒涜したくない、生殖実験なんて悪魔の所業だって。産まれた子らを見ていられない。もう地球が許せないって」
 「決行するって?」
 「いいえ、決定打とするなら核が足りないそうよ。直径十数キロの岩盤が必要だって結論になったらしい。水爆ミサイルを南極に落として氷を解かし一気に水没って方法もあるけれど、それだと迎撃されてしまうだろうって。軍船で攻めても勝ち目はないって」
 「そっか。この先まだ二十年こんなことが続くのね」
 「デトレフが地団駄踏んでいたそうよ。誰だって許せないよ、苦しいのはイゾルデだけじゃない。みんなだって、モルモットじゃないんだぞって怒ってる」
  それはそれとして早苗は言った。
 「イゾルデが危ういわ。揺れちゃってる」
  ジョゼットはうなずくと、疲れ切った早苗を抱いてやる。母の乳房に戻れたように早苗はそれきり動かず眠りについた。

  海老沢は言った。
 「クローンね」
 「そうしないと、いずれミュータントが生まれるだろうって。宇宙の中で遺伝子変異は避けられないってイゾルデは考えてる」
 「そういうこともあるだろうな。俺たちだってもはや地球には戻れない。十年以上も過ぎてしまえば地球では立つことさえできなくなる」
  そのとき月面都市は昼の側に位置していて、月面輸送車ムーンカーゴに海老沢とジョゼットが乗っていた。現場視察というよりもドライブだった。
 「ムーンシップでの幾世代の間に科学はクローンを生み出すでしょう。新しい惑星に降り立って原種とも言える人類を再生するならそれ以外にないだろうって。凍結卵子と精子を試験管で合わせるという手はあっても肝心の母体が変異していては難しいらしいのよ」
 「当然だろうね。だいたい愛というプロセスが欠落した生殖には意味がない」
 「廃棄船は戻せない? 信号を送るとか?」
 「それをすると察知される。最初からそう考えてプログラム以外では動かせないよう設計した。いまの我々にできることはイゾルデ、それに実験台にされた女たちと子供たちをケアしてやる以外にないだろう。あの二十人こそ女神だよ。生まれた子らは天使。月は月の民のもの。最後の一瞬まで幸せに満ちた世界にしてやりたい」
  眸の潤む海老沢にジョゼットはそっと寄り添った。
  月面都市の整備はさらに進み、生存と、その後の発展に欠かせないすべてのものが形になりはじめている。しかしミュータントが生まれるなどとは思っていない。そう考えるとムーンシップ建造は無意味なものだが、いま月に生きる者たちにとって幸福の拡張であることに違いはなかった。
 「そうなると保育所がいるな。母子が顔を合わせていられるところを造らないと」

 「HIGHLY社会ではますます少子化。なりふりかまわず子供たちを集めていて、WORKERやLOWERからの提供に対する対価も上がっている」
  ジョエル。久びさのあの円卓を、留美そのほかと囲んでいた。ジョエルは全くの私服。あのときと同じような三日間の休暇で訪れている。
  円卓には留美、コネッサ、マルグリット、バート、そしてテーブル下に首輪だけの裸のマリンバがつながれている。ジョエルの椅子の間際に全裸のマリンバ。ジョエルはマリンバのスキンヘッドを撫でてやって微笑んでいる。
  バートが言った。
 「実質的に子らを買い取る。HIGHLYどものモラルとは何か」
  ジョエルは哀しげにうなずいた。
 「ここらの人買いとやってることは変わらない。HIGHLYの中にもレジスタンスはいないわけじゃなく、いっそ上をつぶしてしまえという動きもあるのだが波は小さい。人権保護団体などは粛清された。もはや悪魔。HIGHLYなど名ばかりさ」
  そう言いながら可愛がるようにマリンバの眸を見てやさしいジョエル。留美は言った。
 「よろしければ責めてやって。マリンバは嬉しいわ」
  ジョエルは微笑み、しかし首を横に振る。
 「月ではさらに悪魔の所業」
  生殖実験のその後を告げると、皆は声さえなくしてしまう。
  ジョエルは言った。
 「保育所から整備すると言っていた。二十人の母こそ女神、子らは天使。月に送られたことを幸福としてやりたいと言ってね」
  留美は言う。
 「許せないでしょうね地球人が」
 「向こうは月面人。生きるのは地球のためじゃない。新しい文化をつくっていく。ただしかし補給なしでやっていけるほどできあがってはいないのでね」

 「まあ、そう言うな、所詮は囚人。君たちだってそうだ、補給なしにやっていけるほどでもあるまいに。我らの意思に従っていればいいのだよ」
 「それは当然です、私は軍人、月は地球の従者ですので。しかしそれとこれは少し話が違います。あまり非情に扱うと同情は規律を乱す元ともなるもの」
 「わかっておる。その上で、生殖実験は欠かせない犠牲だよ、ふっふっふ」
  犠牲と言い捨てて笑える奴ら。デトレフは怒りに震えながら交信していた。地球にいてぬくぬく暮らす軍上層部との無線。国連支配とは言え、国が崩壊したいま国連も何もなく、つまりは緊急事態を名目とする軍政下にあると言ってもよかっただろう。
 「まあよい、保育所そのほか教育施設もやがては必要。テストケースとしてやってみたまえ。ダメなら捨てろ、囚人の娘などいくらでもおるからな。君は規律を守らせることが任務。蟻の一穴とも言う。不穏は葬れ」
 「了解しました。いまのところは平穏ですのでご心配なく。都市の建造も順調ですし」
 「そうか、ならばよい。ときにレーザー砲はできたと思うが?」
 「二門が完成。小隕石でもあればと思っていますが、そちらもいまのところ平穏なもので」
 「そうか。発射実験はしておくべきだが、ゆめゆめ地球へ向けようなどと思わないことだな、はっはっは。ではまた」
 「了解しました、これで無線を終わります」
  軍船の司令室。スピーカーから流れる会話を部下の何人もが聞いていた。
  無線を終えたデトレフは沈黙して声を発しない。発しなくとも上司の怒りは見透かせるし、相手が牽制していることもうかがえる。レーザー砲が怖いのだ。

  今回ジョエルが訪ねて来たのは夕食時を過ぎた頃。それから円卓。話すうち、そろそろ落ち着いて体を休めたい時刻になる。
  留美は言った。
 「お休みになりますか? それとも誰かお好みは?」
  最初のときは軍服でデトレフと一緒。二度目は留美と過ごしたジョエル。
  その二度目のときからコネッサが気にしていることを見過ごす留美ではなかった。ジョエルはまさに人種が違い、精悍そのもの。それで留美はあえてそう問うたのだ。ここでは男女を独占しない。ボスの問いにコネッサはちょっと横を向く。黒人で身分の低い私を選ぶはずがない。同じ黒人のバートも、さて誰を選ぶのかと注目している。
  ジョエルが言った。
 「ベッドに来てくれると嬉しいのですが」
  まっすぐコネッサを見つめるジョエル。これには留美もバートも眉を上げて互いを見た。コネッサは留美の一つ歳上で三十三歳。ジョエルに対し、ルッツの兄に気に入られた留美を目当てに来ていると考えていたのだが。
  コネッサは挑戦的な眼光の黒豹のような女。
 「はあ? あたし?」
  と、とっさに言ったコネッサが戸惑っている。ジョエルは微笑んでうなずいた。
 「はい。じゃあ私のお部屋へ。散らかってますけれど」
  とたんに態度が変わって言葉までが女らしくなっている。
  手を取って歩み去る二人を見送ってバートは笑った。
 「HIGHLY扱いされたくないのとボスの立場を考えたとの両方さ。気に入ったぜ、あの野郎」

  コネッサの部屋は町外れにもともとあった家の隣にできた家の奥の間。円卓のある新しい家の隣であり、外廊下でつながっている。
  充分広い部屋に導き、コネッサは燃える想いに戸惑っていた。HIGHLYの中の、それもエリート。ドキドキしてたまらない。
  黒いブリーフだけとなったジョエルは白い彫像。そのとき、そうなるとは思っていないコネッサはベージュのつまらない下着でいた。脱いでしまったほうがましというもの。全身黒豹となったコネッサは頬が燃えてたまらない。大きなベッドの隣へそっと忍び込み、手がのびて触れられるとぴくりと震えた。
 「ねえ、どうして私なの?」
  ジョエルはちょっと首を傾げて微笑むと、眸を見つめて唇を重ねていく。やさしい抱擁。反応する男性器を肌に感じ、コネッサはそっと手にくるんでみる。
 「あぁ熱い」
  ジョエルは笑い、無駄口を言わせぬようにコネッサの唇を唇で塞いでいく。
  舌のからむ深いキス。小ぶりで張りのある乳房をくるまれ、キスが這って首筋をなぞり、唇は硬く締まる乳首をとらえ、そのとき片手が降りて開かれた腿の底へと差し込まれる。

  愛撫はそれだけではすまなかった。唇が肌を這いつつ片手で乳房を揉まれ、降りていく体に応じて腿を撫でられ、しなる女体が開かれて、ジョエルのキスが濡れる性器にたどり着き、クリトリスを舐められ吸われ、黒いバラのようなラビアを舌先で割られて膣へと届く。
 「あぅン、あぁジョエル素敵、感じちゃう。ねえ感じるの、ぁぁーっ」
  信じられない。やさしい愛撫と、そして・・。
 「あぅ! ジョエルジョエル、あっあっ!」
  逞しく燃える硬いジョエルがぬむぬむと押し入り、コネッサはデルタを突き上げてより深い侵入を求めていた。それだけでも意識がかすれる。歓喜する性器。愛液があふれ、ジュクジュク音を立ててペニスを迎え、コネッサは錯乱した。
  シーツをわしづかみ、どうしようもなくなってジョエルの背を抱き締めて、どうしようもなくなって尻をベッドに叩きつけ、どうしようもなくなって甘泣きするようなイキ声を発散させる。
 「嬉しいジョエル、あぁイクぅ、ねえねえ、あたしイクーっ!」
 「コネッサ、抱きやすいいい体、抱きやすい可愛い心」
 「うそ? ねえ、ほんと? 嬉しい、きゃぁーっイクぅーっ!」
  こんな気持ちになれたことがどれほどあったか。コネッサは瞼の裏に彗星が飛び交うような夢の空へと舞い上がる。意識が白くなっていく。あぅあぅと口がパクつき声にならず、息が吸えても吐けなくなって、全身にオイルのようなイキ汗が噴き出して、ジョエルの体を乳房で持ち上げ、ガタガタ震えた一瞬後に、薄闇の部屋を見渡す肉眼の明かりが失せて暗くなる。

  どれほどかの失神。おそらく数秒。気づいてそのときコネッサは、もがくように抱擁を引き剥がすと、萎えきっていなかった白いペニスにむしゃぶりついた。
  狂ったように舐め回し、太い亀頭を喉の奥へとねじ込んで、吐き気の涙と悦びの涙を置き換えようと試みる。女心が震えている。どうにでもして。素敵なペニスを食いちぎって食べてしまいたい。錯乱していた。こんなセックスをはじめて知った想いがする。
  のたうっているうちにジョエルをまたいだシックスナイン。アソコはもう汚れてしまった。ジョエルに失礼。逃がそうとするのだが、ものすごい力で腰を抱かれて引き戻されて、精液の流れ出る性器に舌をのばされ、唇をかぶせられ、コネッサは今度こそ天空へと舞い上がる。
  背を反らして超常的なアクメを一度吼えて訴えて、思考回路が遮断されてブラックアウト。二度目の射精を喉の奥に受け止めながらコネッサは気を失った。

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