女の陰影

女の魔性、狂気、愛と性。時代劇から純愛まで大人のための小説書庫。


(上)

 電話でおおよそのことは聞かされていた。
 徳永は、仙台駅に着くと駅構内にある待ち合わせの場所へと急いだ。
 伊達公の像の前に午後三時。それが約束だったのだが、仙台のすぐ
間際まで来ているのにドアの故障であの新幹線が遅れてしまった。
 徳永はJRの対応に不満を持った。遅れるなら遅れるで、どの程度
かかるのかアナウンスしてくれればこちらもスムーズに対応できたも
のを、五分や十分の遅れでいちいち電話をするのもどうかと思い待っ
ていたら、結局三十分以上もかかってしまった。もちろん途中電話を
してはおいたが、連絡を取ったときにはすでに迎えの車が出た後だっ
たのだ。


 私は久しぶりの仙台を楽しもうと思っていた。日頃大学で忙しい日
々を送っていただけに、たまにはこういうこともあっていいと、つい
での牛タンを楽しみに列車に乗った。仙台は妻の郷里に近く、仕事で
も幾度か訪れたことはあった。私にとって今回の話は、学術的にもそ
して趣味の部分でも大いに興味はあったのだが、ガセであることも多
く、騒ぐほどのことでもないだろうとタカをくくっていたのである。

 伊達公の前に、濃紺の制服に帽子を合わせた初老の運転手が立って
いた。一目でそれとわかるので歩み寄ると、その男がにこやかに微笑
んだ。
「徳永教授でいらっしゃいますね?」
「ええ徳永です。教授ではなく助教授ですが」
「そうでございますか、これはどうも。結城様のご依頼でお迎えにあ
がりました」
 このときはまだ結城家がどういう家柄か詳しくは知らなかったが、
結城の家は伊達公の時代よりこの地にあって、領地開拓に尽くした豪
族の末裔であると話好きの運転手に車中で聞かされた。

 ハイヤーは小一時間ほども走って、目前に山の迫る美しい景観の中
に建つ旧家の敷地に乗り入れた。しかし私は少し落胆した。旧家と聞
いていたので、さぞ由緒ある建物に違いないと期待していたのだが、
御影石の苔むす塀とは裏腹に、屋敷そのものは建て直して間のない現
代的な家屋であったからだ。屋根にはソーラー発電システムまでがの
っていた。
 ハイヤーが滑り込むと、その音を聞きつけて、ほとんど同時にお手
伝いさんらしきエプロンをした若い娘が迎えに出てきて、その後を追
うように、痩せて背の高い、この家の主が松葉杖をついて現れた。白
髪が混じっていたものの、歳は五十代のようである。

 車を降りると、主が不自由そうに歩み寄ってきて微笑んだ。
「これはこれは教授、お待ち申し上げておりました。本来なら私がお
迎えにあがるところ、失礼とは存じますがこのような有様ですので車
をお願いしたんですよ」
「いえいえ、どうぞお気遣いなく」
「新幹線では災難でしたな、あははは。それにしてもお若く拝見する。
失礼ですがそのお歳で教授とは立派なものです」
 待ってましたとばかりに早口でよく喋る。助教授ですと言い返すつ
もりもなかった。
 この主、自転車に乗っていてドブにはまり、足を折ったそうなのだ。
旧家の主という重々しい雰囲気はなく、逆に私をほっとさせた。

 家にあがると、広い庭を臨む二十畳はあろうかという和室に通され
た。結城は早くに妻を亡くし、二人いる子供らは東京に出てしまって、
この家に住み込みの家政婦と二人で暮らしていると言った。
 お手伝いさんは、座卓についた我々にお茶の世話だけをすると、主
の目配せでさがって行った。早速本題に入るつもりでいるらしい。
 それと言うのも、外の明かりが入る部屋の片隅に、すでにそれが置
かれてあって、私がそっちに釘付けになっていたものだから前置きは
いらないと思ったのだろう。
「お話の文机とは、それですか?」
「そうです。先生、こんなこと説明がつくものでしょうか?」
「ちょっと拝見いたします」
 私は座を外し、問題の文机に歩み寄った。
 武士の頃からあるという黒く錆びた木肌が美しい、小振りの文机で
あった。食い入るように見回す私の様子をしばらくうかがい、主が言
った。

「いかがでしょう、先生?」
「ううむ・・これは・・確かにそんなに古いものなんですね?」
「それはもう。当家が代々受け継いできたもので、二百年以上は経っ
ていると聞いています」
「江戸末期ということですか?」
「そうです、それに間違いありません。その古い机から、なんで今に
なって枝が伸び、葉をつけるのか、まったく恐ろしいとしか言いよう
がないのですよ」
「恐ろしい?」
「いや、それについてはこれからじっくりお話しますが・・」
 よほどのいわれがあると思った。それでわざわざ京都から私を呼び
寄せたのだ。私は大学で植物学を教える傍ら、ほんの趣味で「霊界散
歩」というエッセイを雑誌に発表していた。私に多少の霊感があるこ
とよりも妻にそれが顕著だったことが、私をその研究に走らせたのだ。

 およそ二百年前の文机。桜の木で作られている。
 その枯れきった、もはや古代の木材に、今年になって枝が芽吹き、
瞬く間にするすると伸びて葉をつけたというのである。私は枝の伸び
る机の角を凝視したが、トリックで挿し木をしたようには思えなかっ
た。枝の根本が完全に机の木肌と一体となっている。枝は鉛筆ほどの
太さにまでに育っていて、長さは五十センチほどだっただろうか。机
の下から根が出ているというようなことはなかった。
 しかしいずれにしろ植物学的には考えられない。詳しいことは調べ
てみないとわからないが、もしもこれが事実なら学会をひっくり返す
事件となる。

 現実的な野心はともかく、私には机から枝が伸びるそのありさまが
滑稽に思え、含み笑いをしながら座に戻ったのだった。ところが主は
真顔を崩さない。
「まあお笑いになるのも無理はない。ではお話しましょうかね、その
文机の由来を」
「ええ、ぜひ」
 主はお茶を少し含んで口を湿すと重い口を開くのだった。
「じつは、その机が作られるさらに前のことですので、いまから二百
数十年も昔のことなんですが」
「はい?」
「その頃、この村には当家の他にもう一軒名のある豪族がおりまして
ね。いまでは没落してしまっておりますが当時は当家と張り合ってい
たようなんですわ。伊能家と言いますが」
「伊能家?」
「さようです。で、その伊能の家には、お孝というじつに美しい娘が
おったのですが、その当時のことですので家の犠牲になりましてね。
それはつまり当家と張り合うための策としてと言う意味ですが、仙台
藩の重鎮のご子息との間に縁談がまとめられてしまったわけですよ」
「政略結婚ということですね?」
「いかにも」

 主はまた湯飲みを傾けた。さっきまでとは打って変わった神妙な面
持ちだ。
「さて。それでですね、その伊能の家の庭先にはそれは見事な桜があ
って、花の季節にはまさしく桜吹雪を降らせていた。そしてその木の
枝で、可哀想にお孝は首を吊ろうとしたわけですな。ところが縄を掛
けた枝が折れてしまって死にきれなかった。それからその桜をこの辺
では『枝折れの桜』と呼びましてね。村人たちは桜がお孝を救ったの
だと言ってお孝をしのんだそうですよ。お孝は首吊りでは死ねず、結
局嫁いでいって、それでも先様での暮らしに耐えられず自刃してしま
ったそうなんです」
「なるほど」
「お孝がどれほど伊能の家を呪ったか、想像してやってくださいな。
お孝の死後、伊能の家は災難続きで、あっという間に没落してしまっ
たそうなんです。主もまた狂ったようになり、家に火を放って死んで
しまった。そのときに枝折れの桜も燃えたということです。当時のこ
とですから、お孝の祟りだともっぱらの噂になったそうですが」
「それで燃え残った幹を使ってこの机を作ったというわけですか?」
「おっしゃる通りです。このような机がいくつか作られ、何軒かに配
られたわけですが、現存するのはこれしかない。桜の木をお孝が愛し
ていたことは村人の多くが知っていましたし、お孝が書に秀でていた
ことも衆知のこと。それで机になったわけですが、つまりはお孝の名
残のようなものなんですね」

 それから、どうしたことか主が身を乗り出してきて小声になった。
よもや聞かれるようなことがあると困ると言ったそぶりである。
「それですね先生。お話はこれからでして、じつは机が芽吹いたのは、
あの子がウチに来てからなんですよ。半年ほど前だったか・・」
「あの子とおっしゃいますと?」
「さっきの家政婦です」
「ああ彼女が?」
「ええ。あの子ね、くしくも孝子と言いましてね、実家は青森なんで
すが、もしやお孝の末裔ではないかと思うんですよ」
「お孝に子供が?」
「女の子ばかり二人産んだと聞いております。それもあって嫁ぎ先で
うまくいかなかったわけですよ。女じゃ跡継ぎになりませんからね」
「ふうむ・・そうするとつまり、お孝の魂が入った桜の木の机が、そ
の血を受け継ぐ娘が来たことで生き返ったとおっしゃりたいわけです
か?」
「まさに、その通りです。私の方でも手を尽くして孝子の家系を探ら
せましたが、なにせ二百年も前の平民のことですので追いかけようが
ありません。ですがそう考えるしかないんですよ私としては」
「孝子さんはどうしてこの家に?」
「新聞の求人です。なんでも東京の大学は出たものの、この就職難で
戻って来たということらしい」
「なるほど、そうですか。お話はよくわかりましたが、それがもしそ
うだとしてもですよ、伊能の家ならともかくも、こちらの結城家にと
って差し障りとなるようなことが起こるいわれにはならない気がする
んですがね?」

 主は浅く溜息を漏らして言う。
「いや、それがまだちょっとあるんですわ。じつを言いますとお孝は
当時のこの結城家の息子、隆太郎とできておりましてね。それで首を
吊ろうとしたのですが、結城の家としては、もはやお孝を引き受ける
わけにはいかなくなった。伊能の家に逆らって、さらに藩の重鎮のご
子息を袖にして当家に来たとあっては、いくらなんでもうまくない」
「要するに、見放したわけですね?」
「そういうことになるでしょうな。見放したというよりも引き裂いた
と言うべきか。ともかくそういうことがあるものですから、孝子が来
て喜び勇んだように生き返ったその机におぞましいものを感じるので
すよ。よもや孝子がそれを承知で当家に来たとまでは思いませんが」
「それで何か直接的な災いでも?」
「ええ、じつはそうなんです。私の体調もここしばらくすぐれません
し、骨折もそうでしょうし、東京に出た当家の子供たちのうち、特に
妹の方にはここのところ不運が続いておるのですよ、病気やら怪我や
らと。いまはまだその程度なんですが、そのうち何か恐ろしい事が起
こるような気がしてならんのです。それで先生にお越しいただいたと
言うわけですわ。先生のお書きになられる霊界散歩を愛読しておりま
してね。年月は人にとっては長くても霊にとっては一瞬でしかないと
お書きだったでしょう」
「そんなようなことを書いた記憶はありますけれど・・それで私にこ
れからどうするべきかをお尋ねになりたいわけですね?」
「そうです。お礼はいかほどにもいたしますから、なんとか当家を守
っていただければと思いまして」

 と言って頭を下げられても困ってしまう。
 私にも少しは霊感があるつもりだが、こうして机を見ていても何も
感じないし、考え過ぎもいいところだとこのときは思っていた。
 私は、ともかく机を調べてみようと考えた。当初は大学の研究室で
じっくりと思っていたが、持ち出してもらっては困るとのこと。あく
まで内聞にということらしい。私はすぐさま大学に連絡を入れ、ちょ
っとした道具を送るよう手配した。


終話

 家に戻った私は普段通りの時間を過ごして、寝る時刻…ボトルのこ
とは教会に置いてきたと父には言った。

 私から抜け出した透明なセリアが隣りに寝ていて、私を抱いてくれ
ていた。彼女は私を恩人だと思ってくれて、やさしくしてくれるのね。
 透き通ったセリアに唇を重ねられ…体中を愛撫されて達していく。
あの手紙にあったような虹の揺らぐアクメなのです。

 でも…あのときの彼に対する激しい私は、セリアがさせたことなの
でしょうか?

 本気で向かってくるものに女は濡れる生き物です。裏切りなど考え
ず愛に酔って達していくのよ。求めてくれる人だから。だから女は自
分を賭ける気持ちになれるし、燃えるもの。あの激しさは私の中にも
ともとあった本質なんじゃないかしら。裏切ったら殺すと言ったこと
だって女たちの本音だわ。身も心も溶け合いたいと願うものだし、裏
切りなんて、とうてい許せることじゃない。
 だけど私はまだ十九歳の娘なんです。素敵な人には、これからだっ
て出会えるでしょうし…よそ見ぐらい私はいいのよ、だけど彼には許
さない。

 それから一月ほどして、私は二十歳になっていました。誕生日のお
祝いも兼ねて山へ行こうと彼は言ったわ。テントを持って、宿ではな
くて山の中に野営する。原生の森には明かりなんてもちろんなくて、
綺麗な夜空がひろがるわ。南アルプス。登山を知ってる彼と違って私
は山には素人で、それほど険しい場所じゃない。
 下界は夏でも標高が上がっていくほど、すがすがしい風が来る。テ
ントは二人用の小さなもので彼が持ち、私は小さなナップサックを背
負ってた。入山して数時間が過ぎていき、登山ルートを少し逸れたせ
せらぎのすぐそばに、野営の場所を決めたのでした。
 テントを張って、そしたらそれは二人が抱き合ってちょうどいいほ
どしかない狭いもの。夜の激しいセックスを想像させた。ハンサムで
はなかったけれど彼っていい男です。とにかく誠実。山が好きでロマ
ンがあって、将来写真家になりたいと言っていた。ネイチャーフォト
よ。キラキラした目で世界を歩きたいと夢を語る。

 薄暗くなってきて、二人とも裸になって沢の水で汗を流す。若い彼
は勃起して、私も満足そうにそれを握って笑っていました。
「へっへっへ! こんなところで素っ裸かよ!」
「あらあら勃起させちゃって、可愛い子じゃない、あはははっ!」
 山と言っても、このへんまではハイキング程度で来られる場所。山
男ではない者たちも入り込んで来るようです。
 明らかに素行のよくない、男三人、女が一人、突然現れた四人に私
たちは狙われてしまったの。男の二人が裸の私に歩み寄ろうとしたと
きに彼が立ちはだかってくれました。
 だけど負けるわ、女はともかく男三人が相手だし、三人とも彼より
ずっと体格がいいのです。
「何だ君たちは! 女の子には手を出すな!」
「おうおうカッコいいじゃん! てめえはどいてろ! やっちまえ!」
「おおう!」
 そのとき私は…両手で体を抱いて隠しながらも彼のことを見ていた
わ。どこまで私を守ってくれるのか。だけどやっぱり殴られて、倒れ
たところを男たちに蹴り上げられて気を失ってしまったの。顔なんて
血だらけです。

「もういいわ、そのぐらいにしてやって、死んじゃうわよ。許さない
から…」
「ふっふっふ…許さない…ふっふっふ…死ぬがいい…」
 鈴のようなセリアの声が確かにしたわ。だけど記憶にあるのはそこ
まででした。

「な、何なの、この子…きゃぁぁーっ!」

 そして…。
 ハッと気づいたとき、四人の凄惨な死体が転がっていたんです。悪
魔にでも襲われたように、男たちは顔や体が無惨に変形してぐしゃぐ
しゃで、女の子はもっとひどく、裸にされて木の股に片足を引っかけ
た逆さ吊りにされていた。カッと目を見開いて死んでいたんです。
 男たちに陵辱されて死んだセリアの恨みが、五百年の時を超えて四
人を惨殺したのです。

 テントの中で…顔が青く腫れた彼を寝かせ、私は寄り添って頭をそ
っと撫でている。
「み、美月…ここは?」
「テントよ」
「ああ…あいつらはどうなった?」
「わからない」
「わからない?」
「そう。気がついたらみんな死んでた。それより大丈夫? ひどい傷
よ?」
「うむ。なんとか生きてる。ぁうう…」
「いいから寝てて。ありがとう、守ってくれたね」
「というか、覚えてないんだ。あ痛てて…」

 そんなことがあって二年が過ぎて、私の卒業を待って私たちは結婚
したわ。あのときの彼の姿。命がけで守ってくれたことに、私は、こ
の人しかいないと思えたの。セリアは相変わらず私の中に同居して、
毎夜抱いてくれましたが、結婚してからは姿を見せなくなっていた。
彼がいないときなんか…私が独りでいるときだけふわりと抜け出て、
やさしい愛撫をくれるのです。
 男の怖さを知っているセリアが認めてくれた彼ですからね。やさし
いし逞しいし、セックスのときなんて奴隷のように尽くしてくれたわ。
 親の反対を押し切って結婚した二人です。生涯何があっても切れな
い二人でいられるでしょう。
 私の実家のすぐそばに小さな家を借りて暮らしはじめていたんです。
幸せだったわ。彼とセリア、二人に愛されていましたからね…。


 私が、そのとんでもない事実を知ったとき…いくらなんでも遅すぎ
た。筑波の大学にいる彼から突然電話が入ったのです。
「偶然なんですがね、アメリカで超常現象を研究してる友人がいまし
てね」
 背筋が寒くなる話。アメリカ西海岸のある街に住む娘が、偶然海で
ボトルメールを見つけてしまい、中を開けて、人皮とは知らずに手に
持った。そしたらその皮が蠢きだして娘に取り憑き、体に潜り込み、
セリアという霊を同居させる恐ろしい女となった。
 向こうのことだから神父に頼り、悪魔払いの儀式をやって、苦しま
ぎれに抜け出た人皮を取り除き、あの瓶に封じ込め、長い間教会の地
下に隠しておいたと言うのである。
 そのとき日本では文明開化の頃であり、ボトルの時代と符合する。
 その教会は、数年前の火災で焼失。そのときにあのボトルは捨てら
れたのではないかというものだった。数年かけて太平洋を彷徨って、
日本の伊豆で娘が見つけて持ち帰ったということだ。

 結婚して家を出たあの子の部屋を覗いてみて、本棚の陰に隠してあ
ったボトルを見つけた。中は空っぽ。その娘から、妊娠したとの知ら
せが入ったのも、ちょうどそんな頃だった。

「女の子よー、ほらぁー、可愛いでしょう」

 私は二十三になっていました。無事に産まれてくれて、乳首に吸い
つく姿がたまらなく、夫と二人で見ていたわ。そのうち目が開き、そ
れがまたぱっちり丸くて可愛いの。キャッツアイです。透き通るよう
な濃い茶色の眸。光に揺らいで金色に見えたりする。
 あのとき山でセリアに守られて結ばれた私たち。だから私は生まれ
た娘にリアと名付けた。「梨」に「亜」と書いてリアなんです。

 そしてある日…彼が仕事に出かけ、私は乳汁を蓄えて張り詰める乳
房の先を綺麗に拭いて、お乳をあげようと抱いたのです。
 可愛いわ…天使のような娘です。

「だぁぁ…きゃきゃきゃ」
「はーい梨亜ちゃん、お乳でちゅよー、たくさん飲んでねー。うふふ、
可愛い…」
 チュパチュパと乳首に吸いつき、もの凄い力で吸ってくれる。片方
だけではたりなくて、抱き直してもう片方の乳房も吸わせ、おなか一
杯になったのでしょう、やっと乳首を離してくれたわ。

「だぁぁ…」
「おなかいっぱいでちゅかー、おいちかったでしょー。うふふ…ああ
たまらない、可愛いわ、天使よね」

「ふっふっふ…美味しいわママ…ふっふっふ…」

「え…梨亜? あなた喋った?」
 洞穴に響く鈴のような声でした。

「ママ、戻ってきたわよ…ふっふっふ…だぁぁ、きゃきゃきゃ!」

 全身に怖気が走り、鳥肌が騒ぎ立って、私はそのとき凍りつき…だ
けどすぐに笑う娘を見ていて笑顔になれたわ。
 私は、可哀想なセリアを産みなおしてあげたのですから。

 私の女体に同居した透き通ったセリアは、それきり姿を見せなくな
った。


二話

 父親からボトルを託された美月は、二階にある自室に持ち込んで、
デスクの明かりをつけて眺めていた。五百年ほども前の女の情念が封
じ込められている。時代が変わっても女は女。切ないまでの文章だと、
美月は胸が苦しくなった。

 ママ 私はもう狂ってしまう 死にたいわ
 男たちに犯されて 犯されて
 このままでは性の化け物にされてしまう
 七色の光が舞うほど達してしまうの
 さようならママ 愛しています 淫らなCelia

 この時代の隆々とした男たちに囲まれて、裸にされて泣き叫んで犯
されて…その中で彼女は自らの死を悟り、運命を受け入れるしかなか
ったのだろう。手紙は母親に宛てて書かれている。ママもこうしてパ
パに抱かれ、悦びにのたうって、それで私ができたのね…だったら娘
の私だって女です。せめて男たちに求められて死んでいきたい…そん
な想いが込められていると思うのだった。
 きっと他にも娘らはいて、酷く責められ死んでいった。その皮を剥
いでまで母親に女の性(さが)を伝えようとしたのだろう。感じて感
じて、せめても幸せですと言いたかったに違いない。そんな想いをめ
ぐらせながら美月はボトルに向き合っていた。

 ボトルをデスクの真ん中に置き、鉢植えのパンジーをそばに置く。
紫色の綺麗な花が咲いていた。
「セリア、見えるでしょ、可愛いお花よ」
 ボトルの肌を撫でてやり、デスクの明かりを消して、美月はベッド
に横になった。部屋の明かりはリモコンで暗くできるもの。窓からの
ちょっと青い星明かり。そのまま美月は眠ってしまった。

 しかし…。
 真夜中にカタカタと、ほんのかすかな硬い音。
 美月はうっすら目を開けて、けれども瞼が重くなり、また沈むよう
に眠りかけた。もぞもぞとパジャマの中に何かが滑り込んでくる感じ
がする…夢かしら? 美月は不気味なものを感じながら目を開けた。

 違う、夢じゃない!

 美月はとっさに枕元に置いた明かりのリモコンに手を伸ばし、スイ
ッチを入れた。パパッと瞬いて蛍光灯が発光した。
 真っ先に目に入ったのは、すぐそばのデスクに置いたセリアのボト
ル。ビニルをかぶせて蓋にされた、そのビニルが、破れてしまって、
まくれ上がっているのである。
 ザーっと全身に鳥肌…そのときだった、パジャマの内側のおなかと
胸の間のあたりに、へばりつく何かを感じた。美月はパジャマの上を
まくりあげて体を見た。

 声が出ない。ボトルの中の巻き皮が、ひろがって、もぞもぞ蠢いて
白い肌にへばりつき、剥がそうとしても貼りついて剥がれない。
「い、嫌ぁ…セリアなの…ねえ嫌ぁ…」
 褐色の人の皮は、それから見る間に美月の体に吸われるように消え
ていき、次の瞬間、ゾゾゾーっとする震えが来た。彼に抱かれたとき
のあの感じ…快楽の波のような感覚だった。
「ぁ…あ、あ、はぁぁ…」
 このとき美月は仰向けにベッドに寝ていて、その美月の体から幽体
離脱をするように、透き通った女の輪郭が、美月の姿からズレて起き
上がり、そのうちそれが人の顔となって美月を見つめた。
 ふわふわとカールした金髪の長い髪。綺麗な子。ルノアールの絵に
あるような幼顔の美女であった。

「ふっふっふ…ミツキ…ふっふっふ」

 洞穴に鈴が響くような美しい女声であった。

「セ、セリア?」
「ふっふっふ、ありがとう、救われたわ。ふっふっふ」

 透き通った手が、パジャマを胸までたくし上げ、乳房の両方を一度
にわしづかみにするように揉み上げられて、乳首をつままれ、愛撫さ
れ…美月はもちろんはねつけようと抗ったが、体がぴくりとも動かな
い。恐ろしい力だった。パジャマの上をむしるように脱がされて、下
のズボンもピンクのパンティと一緒に抜き取られ、立てた膝頭が見え
ない力に開かれていくのだった。

 パパ! ママ! 美香! 助けて! 
 叫ぼうとしても声が出ない。

「あ! ああん! ああん!」
 透き通った手が、指先を少し曲げて、いきなり美月の中に没してい
った。意識の白くなるほどの快楽。クリトリスをこすられて膣に指を
入れられて、ピークが一気にやってくる。
 逆らえば何をされるかわからない。それに美月は、すでにヌラヌラ
濡らしていた。

「セリア…わかったわ、やさしくして。可哀想なセリア…」
「ふっふっふ…いい子ねミツキ…」
 五百年も前の女霊に美月は抱かれ、目眩のするアクメの世界へと導
かれていったのだった。

 翌朝。ボトルの中に人皮はなく、それが夢でなかったことを思い知
る。朝シャワーを浴びる美月は、裸身を鏡に映してみた。そのときに
はもう父親は出かけていなく、母親と妹はいたのだったが、あまりの
ことに、それを言うどころではなかった美月。セリアは美月に溶け合
っていたのである。
「セリア、いるんでしょ?」
 鏡に映る若い乳房が、見えない手につつまれて指先を動かすように、
むにゅむにゅと波打ちながら蠢いた。いるわよとセリアが言っている。
「ぁぁ感じちゃうから、いまはやめて。夜まで待ってね。これから学
校だから」
 ぴたりと動きがなくなって、怖気や悪寒や、そんなものも一切ない、
いつも通りの美月に戻れていた。

 あたりまえに授業を終えて、学校を出ようとしたとき、美月の携帯
にメールが入った。彼からだった。一つ上で付き合いだしたばかり。
エッチはキスまで。体に触らせてもいなかった。
 大学から少し離れたカフェで逢って、そしたら彼が部屋に誘いたが
っている。付き合いだして間もなくて、いきなりそこまではと、美月
は二度ほど誘いを断っていた。
「いいわよ、そんなに時間ないけど」
 彼は嬉しい。美月にすればタイプというほどもなかったが、猛烈な
アタックで、誠実な若者だった。大学のワンゲル。これから夏山シー
ズンで、それにも誘われていた美月だった。テントを持って二人で行
こうと。
 二人は電車の向きが一緒だった。JRの途中駅で別れ、それぞれ私
鉄に乗り換える。

 六畳一間のワンルームマンション。もちろん賃貸で、狭いなりに綺
麗にされた好感の持てる部屋だった。紅茶を飲みながら音楽を聴き、
いいカンジになったとき、男手がそっとスカートに伸びてきた。
「本気?」
「もちろんだ、好きだ!」
「ぁン」
 シングルベッドにもたれて下に並んで座っていて、横抱きに崩され
て唇が重なった。奪うようなキスだった。若い男のパワーに満ちたキ
スだった。顔が離れて、美月が下で彼が上…そしてそのまま見つめ合
い…。
「ほんとに本気ね? 私って怖い女かも知れないよ?」
「本気さ。好きなんだ、愛してる」

 そのとたん、美月の中のセリアが黙っていなかった。

 上になった彼をあべこべに下に組み伏せて、唇を貪って、あべこべ
に脱がせていった。
 Tシャツ、ジーンズ、トランクス…男を素っ裸にひん剥いて、美月
ももちろん脱ぎ去って、顔をまたいで腰を降ろし、性器を見せつけて
キスをせがみ、勃起する男性をングング飲み込み、女性器を舐められ
て腰を振る美月…あっという間に口の中に白濁が飛び散った。青臭い
精液だ。もちろん飲んだ。だけど若い彼は一度では萎えなかった。白
く美しい全裸の美月は身を翻して勃起の上にまたがって、美月自ら手
を添えて導いて、ヌラヌラ濡れる女性器に突き刺した。

「はぁぁー、もっと突いて、ねえもっとよもっと! 裏切ったら殺す
から…はぁぁン、ああ感じるぅ、いい! イクぅ! ねえもっとー!」

 呆然としていた。彼もそうだが美月自身も。格闘するセックスだっ
た。意識が飛ぶほど気持ちよく、狂ったように腰を振り立て乱舞する。
 美月はバージンではなかったが経験はそれほど多くもなかったはず
だ。

 そして…揃ってアクメに倒れたとき、美月はだらりと伸びた睾丸を
わしづかみに握り潰しながら言ったのだった。
「もう一度言うわ、裏切ったら殺すからね。私への貞操を誓いなさい。
さもないとほんとに握り潰すわよ。わかった!」

(ふふふ、やり過ぎよセリア…可哀想に、びっくりしちゃって青ざめ
てたもん)

 帰り道…美月は心の中で、体の中のセリアと笑って話して歩いてい
た。

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