女の陰影

女の魔性、狂気、愛と性。時代劇から純愛まで大人のための小説書庫。


三七話


 サリナの部屋はLDKが広く、キッチンからオープンカウンター越しに四人掛けのダイニングテーブルが置かれていて、その周囲のフロアはフローリングとされていたのだが、そこからリビングに向かってわずかな段差があってソファのあるリビングが低く、そちらは段差で切り返してカーペット敷き。
 テーブル間近のフローリングにパスタとサラダを盛り付けた大きな皿を置いてやり、全裸の奴隷にテーブルに尻を向けさせ這わせておいて、手を使わずに食べさせる。
 ユウの死から逢えていなかったサリナの裸身からは鞭痕も消えている。性奴隷らしく美しい裸身の奥底までを晒して餌を与えることになる。

 友紀も留美も下着姿。友紀は今日、厚手のシャツで出社したから下着は黒。留美は薄いブラウスに透ける淡いピンクの上下だった。
 女王とゲストが性を感じる姿になると、調教の空気を察して奴隷は濡れる。股間に飾り毛のない奴隷の性器はすでにいやらしく濡れていた。
 まさに牝犬そのもののサリナの尻に横目をやって友紀は微笑み、同じようにしきりに眸をやっては瞳を輝かせる留美を見て友紀は言った。
「もう濡らしてる、いやらしいマゾでしょう」
「ふふふ、ほんとです。でも可愛い」
 留美はオフィスではクールなタイプなのだろうが、こうして観ると母性が強く、サリナが可愛くてならないようだ。やさしい気持ちが透けて見え友紀は胸があたたかい。

「ところでDINKS志望らしいけど、結婚してもそのつもり?」
 なにげに友紀が訊いたことで留美は考える面色をした。
「そうなりたいと思ってますよ。友紀さん観ててもいいなって思いますし、私だって仕事は続けていたいから」
 言いながら留美はちょっと深い息をして、尻を上げて性器を晒すサリナへとふらりと視線を流すのだった。
「この仕事で考えさせられることもあって自由でいられればいいなって思うんですけど・・でも・・」
「でも? 留美って子供が好きなんじゃない?」
「いえ、そういうことじゃなく・・問題は親なんですよ。相手の親だってきっとそうだと思いますし。私は一人娘、そろそろ二十八で、すでにもう早く結婚しろってうるさくって。旦那とはよくてもそういうこともありますからね。孫が抱きたくてうずうずしてるのがミエミエなんですもん、私の母が」

 それは友紀もそうだった。結婚からしばらくして自分の親にも言われていたし夫の親からも子供はまだか・・。友紀の方は娘だから、娘が望まないならしょうがないで済んでいても夫の親はそうはいかない。夫の直道には妹がいたが直道は長男。向こうの親にしてみれば誰が継ぐということなる。直道はきっぱりするタイプで、口を出すなとぴしゃりと言ってあって妻には直接言おうとしないし、直道だって実家の内情を持ち出したりはしないのだったが、陰で何を言われているかと考えると手に取るようなもの。先のある頃ならまだしも三十五にもなろうとすると時間の猶予もなくなってくる。

 留美は言った。
「それとやっぱりユウなんですよ。おなかをさすって嬉しそうにしていた顔が忘れられない。おなかに入るとそんなものかなって思ってましたし。友紀さんて、そのへんは?」
 友紀はちょっとうつむいて浅くうなずいた。
「旦那とも話すわよ、ほんとにそれでいいのって。だけど彼は信念あってのDINKSだって。それは私もそうだからいまのところは文句なし。でもね、向こうの親が何を言ってるかなんて見え透いてる。以前はときどき電話ももらってたんだけど、ここしばらく音沙汰なしよ」
「怒ってるとか?」
「なんて嫁だよって感じじゃない? 私の方もそうだけど古い親たちにすれば、子供がいらないなら結婚しなくていいでしょうってことだもん」
 そして友紀は、四つん這いで食べながら顔を向けたサリナを見た。
「シングルならいいのよ。結婚しないんだからしょうがない。私もね、ユウのことがあって自分の子宮と話したわ、それでいいのって」
「で?」 と、留美は探るような眸を向けた。

 友紀はサリナへ微笑みかけて言う。
「私はいいの。旦那がちょっと可哀想かなって思うぐらい。世間からすれば子供を望まない妻なんて悪妻でしかないでしょう。夫婦納得ずくのつもりでも旦那の周囲がどうかなのよ。妻が嫌がってるみたいな感じ? 子供も持たず好き勝手にやりたがる悪い女をもらっちゃって・・ぐらいにしか思っていない」
 と、留美がちょっと上目づかいに、すまなそうに言うのだった。
「そのへんもじつは・・」
「誰かに何か言われた?」
「私が言ってたって内緒ですよ。じつは及川ちゃんが・・」
「治ちゃんが?」
「ううん、そうじゃなくて。及川ちゃん、下でいろいろ言われてるって言うんです、雑誌の方で」
「何を?」
「いま言ったみたいなこと・・奔放とか悪妻だとか。及川ちゃん、腹が立ってしかたがないって言ってました。仕事をそっちのけに他人のことばかり陰でこそこそ・・」
「なるほどね。出所はだいたいわかるわ、あのへんでしょ?」
「そのへんです。及川ちゃんが言ってたのは、雑誌にしろ本にしろ、女たちに余計なことを吹き込んで扱いにくい女ばかりを増やしてるってことなんですよ。ほら、近頃って飲みに誘ってもいやがる子ばかりじゃないですか。古いんですよ発想が。定時を過ぎたらオフって感覚がないって言うのか」

 そんなことだろうと思っていた。むしろ体質の古い書籍のセクションの方が、かつてなかったことだけに新鮮に受け取られている。
 しかしだから治子は雑誌に留まって見返してやろうとしている。友紀はそう考えた。しかし・・。
「ユウちゃんのことにしたって・・」
 留美の面色が曇っていく。留美が何を言うかは想像できた。ニューハーフを夫に選ぶなんてどうかしている・・そんなところだろう。友紀はその先を聞きたくない。
「とにかく留美」
「あ、はい?」
「治ちゃんをアシストしてあげて私たち三人でどっちもやるって感覚にならないと」
「ですね、そう思います、ユウの分もやらないと気が済まないもん」
 友紀は笑って、飲み残しのオレンジジュースを口へ運んだ。

 ふと見るとサリナは食べ終え正座をしている。
「もう食べちゃった?」
「はい、女王様」
「美味しいわよ、サリナは料理が巧いから」
「はいっ! ンふふ」
 褒められて嬉しそうな全裸の奴隷を二人微笑んで見下ろして、女王は言った。
「お皿の片付けはいいから留美ちゃんとシャワーになさい。ちゃんと舐めて洗ってあげるのよ」
 それから留美にも言う。
「またがって舐めさせてやりなさいね、奴隷なんだから」
「ふふふ、わかりました・・可哀想ねサリナって・・」
 気分を変えて椅子を立った留美は、サリナを立たせて尻を撫でてやりながらバスルームへと消えていく。

 残された友紀は微笑みながらも複雑だった。
 妊娠を拒む性に奔放な妻・・夫の周囲でそんな陰口があるのなら彼に対して申し訳ない。治子のことより夫へのすまなさを感じる友紀。
 並べられた皿を重ねてキッチンに立ったとき、バスルームから留美の甘い声が流れてきた。
「あぁン、サリナ・・可愛いよ・・あぁーン」
 友紀は今度こそ微笑んで流しのカランをひねっていた。

「濡れる・・濡らすか・・」
「そうなんですよ、あの子やる気になってるし、じゃあ具体的にどうするかって話してるところです」
 月曜日。夕刻前の中央高速。
 友紀は三浦のクルマに同乗して大月からの帰路についていた。そこには印刷会社の工場があり、その責任者が代わったということで話に出かけた。時刻は四時過ぎでそのまま直帰ということになる。ユウの死から三浦とも二人きりになれてはいなかった。
 助手席で友紀は言った。
「どうしようもない想いを感じると女は濡れる。そのときって女はもっとも輝くもの。いまの私がそうですし・・」
「うむ・・ふふふ」
「・・私なら時間あります」
 相模湖インターでクルマは道をそれていた。相模湖あたりは都心から近いリゾートエリアでデートスポット。湖畔にはラブホテルが並んでいる。

 黙って動く三浦にどうしようもなく男らしさを感じる。友紀は体が火照っていた。ユウのことがあって出社した朝、デスクにピンクと赤の薔薇を活けた花瓶を置いてくれた心づかいが嬉しかった。繊細でやさしい三浦に友紀は濡れる。
「悪い妻です」
「ふふン、まったくだ」
 友紀は三浦のズボンの前を開けて脱がしながら、半ば勃起をはじめた男性にブリーフ越しに頬をすり寄せ腰を抱いた。三浦はスリムだったが筋肉ができている。
「いい体・・スポーツとか?」
「テニスを少し」
「いまでも?」
「ときどきね。仲間もいるし」
 黒いボクサーパンツが引き締まった腹筋を際立たせ、筋繊維の浮き立つ腿も男らしくて美しい。友紀は上着を脱いだだけで服を着たまま足下に膝をつき、ボクサーパンツを脱がせてやって、はじき出される男性にキスをした。
「ご主人様・・そう思わせてくださいね」
「うむ・・よく舐めてしゃぶれ」
「はい・・ハァァ、好き・・ご主人様・・」

 血管の浮き立つ茎裏を幾度も舐め上げ、舌なめずりして亀頭を見つめてほおばっていく。男の手が女の頭をわしづかみ、強い茎へと引き寄せて、友紀は吐き気をこらえながら応じていく。
「苦しいか、もっとだ」
 友紀はうなずき、強い茎の根元までを喉へと貫きピストンした。脈動するペニスが逞しい。友紀は激しく濡らしていた。
 髪をつかまれて引き剥がされて、三浦はベッドに沈んで腰掛けた。
「脱げ。いやらしく踊るように」
「はい、ご主人様・・あぁン、恥ずかしい・・濡らしてます私・・」

 私は淫婦・・このとき友紀はそう思い込もうとしていた。性にのたうつ淫らな牝・・マゾにだってなれそうな天性の淫ら・・男の突き上げを求めて濡れる性器を感じていたい。
 堕ちていきたい・・友紀は肢体をくねらせ脱いで、パンティの裏地の濡れまで三浦に見せつけ、床に這って尻を振った。

「ここよ、入って」
 その日の夜、友紀は自宅へサリナを誘った。仕事上で出会った女性と夫には言ってあり、原稿の打ち合わせということにした。ゲストはユウとも面識があり、落ち込む私を気づかってくれていると・・。
 サリナは腿がざっくり露わとなる黒革のミニを穿き、プロの化粧は洗練されて美しかった・・。


三六話


 深夜になって、重体だったモモもユウを追うように逝ったと連絡を受け、友紀は独りきりの自宅で眠れない夜をすごしていた。このことはサリナには告げていない。出張先の夜、心を乱すだけでどうすることもできないからだ。

 モモこと桃山祐紀(ゆうき)はひとつ重ねて二十七になっていて、ユウはじきに二十四になるはずだった。モモとユウ、細川とyuu、治子とケイ、そして友紀とサリナ、それぞれの愛に前向きに歩んでいたのに、二人の死は暗雲となって心を覆う。いやおうなく自分の愛のカタチを考えさせられる友紀だった。
 ユウと同時期に妊娠したyuuもおなかが目立ち、母親となる幸せに満たされている。おなかの子と家族三人で旅立ったユウの無念を思うと身を裂かれる想いがした。
 子供を持たない生き方は、それでいいのか・・友紀は考えさせられる。

 翌日オフィスに出てみると、誰より先に三浦が来ていて、ユウのデスクに花瓶が置かれ、ピンクと赤、美しい薔薇が二輪、活けられてあった。
 モモ色と、愛に生きた真紅のユウ。そんなことを考えたのだろうと友紀は思った。地味な仏花では若い二人に似合わない。
「このお花、三浦さんが?」
 三浦はうなずきもせず、薔薇となった若い夫婦を見守っているようだった。
 向かい合わせにデスクの並ぶコーナーに、友紀、留美、そしてユウのデスクが並んでいた。友紀の隣りに留美がいて、その対向がユウ。わずかに遅れた留美は泣き腫らした眸を化粧でごまかして出社した。
 三浦は二人の後ろに歩み寄ると黙ったまま二人の肩に手を置いた。振り向く留美は眸が赤く、友紀は放心したように力がない。

 とそこへ、階下のルームに出社した治子がやってくる。治子はデスクの薔薇を見て「ユウちゃん」と言ったきり目頭を押さえて立ち尽くしてしまっていた。
 オフィスに次々に仲間が集まり、皆がユウのデスクを囲んで掌を合わせた。しーんと静まり返った空間に今日はじめての電話が鳴って、それぞれ自分のデスクに散っていく。
「三人とも、ちょっと出よう」
 ここでは話せないと言うように三浦は言った。

 外はせめても気持ちよく晴れていた。揃って歩き出してすぐ、三浦は空を見上げながら言った。
「ポシェットに手帳があって、君たち三人、それに俺の名刺も入っていたそうなんだ」
 うっ・・と、留美のかすかな嗚咽が聞こえた。
「駆けつけようとしたんだが・・それどころじゃなかったよ。他人の入り込む余地はない。双方のご家族に連絡して・・それしかしてやることができなかった。産休の間に小説でも書いてみるって言ってたんだが・・」
 友紀が言った。
「そうですか私たちの名刺を・・仲間だと思ってくれて・・」
「うむ・・ふぅぅ!」
 三浦の声が震えた。ふぅぅっと、ことさら息を荒くして涙をこらえる三浦。
「こういうとき上司とは辛いものでね、後をどうすると考えなければならなくなった。産休もあってそのうちにはと思ってたんだが、いずれにしろ川上君だけでは厳しい。及川君には雑誌のほうで頑張って欲しいし。一言、口惜しいに尽きる」
 ユウの分まで頑張らなくちゃ・・言うまでもなく同じ思いでいた仲間。

 葬儀は月曜と決まり、その前日、本来休みのバロンに、友紀、サリナ、留美、治子にケイと、皆が顔を揃えていた。それぞれ沈痛。ユウの面影を噛み締めている。
 ボックス席に女たちが揃って座り、マスターだけが今日はエプロンをせずに珈琲を支度する。人数分を配って自分はマグカップ。細川が最後に座った。
 声のない空気を見かねて細川が言った。
「思えば、手記というのか、ここから旦那さんのところへ取りに行ったのがはじまりだった」
 友紀は笑った。哀しい笑みだ。
「最初からだわ。モモさんを一目見てときめいてるのがわかったもん。幸せの絶頂だった。いまごろ天国で仲良くしてる。ここで落ち込んでてもあの子は喜ばない。つきなみですけど一家で外国にでも行ったと思って幸せを祈ってあげましょう」
 皆が声もなくうなずいて、そのときサリナが、同席する留美の背に手をやった。留美は振り向き、泣き笑顔をつくってうなずいた。

 そのサリナが言った。
「あのときと同じだわ。人にはこういうことがある。だから女はそのとき燃えていないと可哀想・・」
 あのとき? 皆は淡々と話すサリナの面色を見つめていた。
「何年か前のこと。劇団にいた私は、若くて注目されてる後輩に役を奪われたことがある。その子は美人で踊りもできて役づくりにふさわしい。だけどもちろん口惜しくて・・だけどそんな矢先、同じような事故で彼女は消えた。死にはしなかったけど復帰できないだろうと言われたの。それでその役が私に戻り、そのとき私はやったと思った。『やった! これで舞台に立てる!』・・ひどい話なんだけど、それがプロというものよ。嫌な景色をさんざん見ながら、それでも笑顔で舞台に立ってる」
 自虐はそのへんの鬱積だろうと、もとより友紀は想像していた。サリナは本質のやさしい人。振り切っていても心の咎めはいつか自分を押しつぶす。

 サリナは言った。
「閃光を放って消えていったユウちゃんと知り合えたことを誇りに思うわ。彼女の想い、ここにいる皆の想いに囲まれて私は生きていられるの。だからね、ユウちゃんだってきっとそう、皆の想いを天国で感じていてくれるでしょうし、若くて綺麗なままずっと笑っていられるんだよ。いつまでも落ち込んでるとユウちゃん怒る・・きっと怒る」
 言いながら声の震えるサリナの手を留美とケイがぎゅっと握った。
 友紀は、あのとき作家の瀬戸由里子が言ったことを思い出す。『奴隷は
女王などよりずっと強い生き物よ』・・サリナこそ誇りだと友紀は思った。

 葬儀のあった月曜の夜に友紀の夫、直道は戻ってくる。昼過ぎのフライトで、そのまま社に顔を出し、普段よりずっと早く家に着く。葬儀を終えて友紀が戻ったとき直道は家にいて、黒いスカートスーツの妻を見て、そっと肩を抱き寄せた。
「喪服じゃないか、何があった?」
 友紀はちょっと夫の眸を見て視線をはずした。
「部下の子が交通事故で消えちゃった。おなかに赤ちゃんがいたのに家族三人揃ってね。彼女って二十三だったのよ」
「・・辛いな」
「ううん、もう大丈夫。皆もちろん泣いてたけど心で笑って送り出してあげたから。遺影の中であの子だって笑ってた。可愛い子なのよ天然で・・あなた・・可哀想で・・どうしてユウが・・」
 夫の強い胸で泣き崩れる友紀。直道はそっと抱きくるみ背を撫でてやっている。

 しばらくぶりに見る夫。少し痩せた気がしていた。
 愛する彼の子を残さなくていいのだろうか・・いまならまだ間に合う。
 ユウのことがなければ振り切れていたことが友紀の中で逆巻いていた。私は悪い妻ではないか・・別れてあげたほうがいいのではないか。そうすれば夫は新しい人と家族をつくっていけるだろう・・抱かれていながら良心の咎めのような感情が衝き上げてくる友紀だった。

「・・ねえ」
「うむ?」
 直道は妻の眸を覗き込み、ちょっと笑って額を小突いた。
「こう考えてるだろ、この人の子供を残さなくていいのかって」
「だって・・」
 直道はガツンと妻を抱き締める。
「そういうときいちばんマズイのは生き方を変えることだぞ。感情に流されて変わっていけばいつかきっと後悔する。信念があってDINKSと決めた。俺はそうだしおまえもそうだ。おまえはいい妻なんだ。俺がそれを求めない限り考えなくていいことなんだ」
「・・はい、ありがと」
 寄せられる唇から妻は顔をそむけて言う。
「喪服だだから着替えちゃう・・お帰りなさい、待ってたよ」
「うむ。明日は休みだ」
「そうなの? 私はダメ、数日仕事が手につかなくて溜まってるし」
 夫の手をするりと抜けて友紀は夫に背を向けた。

 主人に抱かれる。三月の間、私を離れた夫の体が戻ってくる。
 鞭痕の綺麗に失せた白い肌で夫に抱かれ、私は、私に対す
 るサリナの愛を思い知る。ユウのことがあってサリナとも逢えて
 いなかった。いちばんマズイのは生き方を変えること。夫に強
 さをもらった私は、今度こそ愛に生きたいと考えた。

 娼婦のように夫に尽くした。奴隷のように夫の心に応えてあげ
 たい。貫かれてあられもない声を上げ、突き抜けるピークへ向
 けて駆け上がる。ああイクわ・・イッてしまう。主人の想い、主人
 への想いを確かめるようなセックスに、私は満たされる女の性
 (さが)を感じている。

 多淫なのかもしれないと思うのですが、あふれでる女心はとめ
 られない。サリナもそうした女だし、留美なんて、サリナと私に
 自分を貸し出すと言ってくれ、三浦さんへの想いだって燃えて
 いる。ユウを送って泣いてくれた三浦さんを誇りに感じ、妻の
 気ままを許容する夫のことも心から尊敬できる。

 私はきっと濡らし続けて生きていく・・どうしようもない悪女なん
 だと自覚しながら、体の中で下向きに咲く牝花の声に逆らえず
 に生きていく。
 奴隷サリナに君臨する女王の準備はできていた。相手が奴隷
 なら女王に徹し、相手が主人や三浦さんなら奴隷になれる。

 女のセックスとは、なんて素晴らしいものでしょう・・。

「濡らすことをテーマとしたらどうかと思って」
 二人きりの会議室で留美が言った。
「それは?」
「オナニーや妄想でもいいでしょうし、たとえば露出とか、エッセイなんかを書きながら濡らすとか。こういうときに女は濡れるだとか、それがプラトニックなものであってもいいと思うんです、エロ本じゃないんだから」
「せつない想い? ときめきとか?」
「そうです。心が濡れるからアソコが濡れるみたいな、とにかく『濡れる』をテーマとするんです。手記でもいいし、よくある告白ブログみたいなものでもいい。あんな感じで濡れる性器に迫るというのか」
「そうするとタイトルは、たとえば何?」
「うーん、そこまでは・・『花の蜜』とか?」
「うん、それじゃ抽象的すぎるでしょうね。『性に潤う女たち』・・書店に立ってドキリとさせて手に取らせるものじゃないとダメ。読者は女性なんだし濡らしていたい願望を持っている・・ストレートに『女でいたい女たちへ』なんていいかも知れないよ」
 留美がやる気になっていると友紀は思う。階下では治子が燃えていると三浦から聞かされる。ユウへの想いが火柱を上げていると三浦も言った。

 今日は金曜。夫は早速忙しく、今日も泊まりだろうと言っていた。
「雑誌と違って時間はあるから持ち帰って考えましょ。濡れるなんてテーマはいいと思うわよ、具体的に何を取り上げるか、もうちょっと考えてみればいい」
「はい、そうします」
「で留美、今日これからサリナの部屋へ行くんだけど一緒にどう? 自分を貸し出してみる気ある? サリナは休みでお部屋にいるわ」
「あ・・はい・・はぁぁン、息が急に・・」
「ふふふ、馬鹿なんだから・・よければ覚悟していらっしゃいな」
「はい・・ンふ」
 心が性の側へと傾斜して艶めかしく笑う留美。女はこの瞬間が美しいと友紀は感じ、『濡れる濡らす』をテーマとするのはいいと思った。
「サポートはするから思うようにやってごらん。ユウが乗り移ったみたいにがむしゃらに」
 友紀は、ミニスカートで出社した留美の尻をバシンと叩いた。

 奴隷の待つサリナの部屋。ドアに立って友紀は言った。
「サリナさんなんて言っちゃダメよ、呼び捨ててやればいい」
「はい・・ドキドキしちゃう」
 ノックする。
「私よ」
「はい、しばらくお待ちを」
 わずかのタイムラグ。全裸となる時間差でドアが開けられ、紫色の首輪をした白いサリナが平伏して女王を迎えた。
「今日はお客様も一緒よ。さ、入って」
「はい、お邪魔します」
 背後から留美が覗くと、サリナはふたたび平伏して、ところが留美はたまらないといった面色で取りすがった。

「サリナさん可愛い、大好き・・ねえ好きなの・・」
 取りすがって全裸のサリナに抱きついて、キスをねだる留美。友紀は可笑しくなって留美の背中をひっぱたく。
「ちぇっ、これだよもう、やさしい子なんだから」
 留美は舌を出して振り向くと、穏やかに微笑むサリナにむしゃぶりついてキスをした。
「おやさしい留美様・・ありがとうございます、幸せです」

 玄関先に二人を残して友紀はすり抜け、ダイニングテーブルに並べられた夕食の支度を見渡した。大きなボウルに生野菜のサラダが置かれ、キッチンでは大きな鍋が湯気を上げる。
「パスタを茹でればいいだけにしてあります」
「それでいいわ、留美の分もね」
「はい、女王様」
 のびやかな白い裸身に黒のサロンエプロンがよく似合う。留美はダイニングテーブルの椅子に上着をかけると手伝うと言ってきかない。友紀は苦笑してリビングのソファに座る。キッチンから二人の明るい声が流れてくる。

 友紀は言った。
「サリナ! 仲良しなのはいいけれど留美はお客様ですからね。奴隷の体をたっぷり楽しんでいただくのよ」
「はい、女王様」
 そしてそのとき留美は言った。
「嫌ぁぁン、素敵すぎて震えちゃいます。お二人を見てると涙が出そう。羨ましいなって思っちゃうし私もMになりたいなって・・ああダメ、くにゃくにゃになりそう」

「はいはい」
 友紀は可笑しくてちょっと首を振り、ソファにごろりと横たわる。
「そのうちまた別荘でも借りて調教しましょ。治ちゃんケイちゃんももちろん呼ぶし・・」
 ユウ・・それにモモがいればと考えて、友紀は静かに眸を閉じた。

このページのトップヘ