2017年10月13日

流れ才蔵(十話)


十話 頭巾の女


 翌日もよく晴れた。秋といってもまだ長月(九月)のなかばをすぎた
ところ。晴れれば夏、陰れば秋。そのとき才蔵は着物をまくり上げてた
すき掛け。納屋から引っ張り出した腐りかけた木っ端や板を鋸でほどよ
く揃え薪(たきぎ)にしようとしていた。汗だくだった。
 昼下がりの刻限で、お香は童らを連れて買い出しに出ていた。
 寺を囲む浅い谷の草陰にお泉が潜み、顔を上げて笑っている。才蔵の
姿は泊めてもらう代わりにコキ使われる食い詰め浪人そのままだった。
才蔵もお泉の目には気づいていて、片目をつぶって『笑うな』と言って
いるようだった。

 しかしそのとき、お泉の姿が草下にすっと失せ、ほどなく丸太を二本
立てただけの寺の門に、紫頭巾で顔を覆った身なりのいい女が現れた。
 一見して四十代。派手ではなかったが濃い青花の質の良い着物をまと
い、名のある武家の奥様ふう。
 音もなく歩み寄って女が言った。
「もし」
「ああ、はいはい?」
「そなたは? お寺の方々はお留守でしょうや?」
 城中の女だと直感した。言葉の微妙な言い回し、それにほのかだが香
木の香りがする。
「あいにくいま買い出しに。拙者は流れ者なんですが、懐の寂しいこと
もあり数日厄介になっており。旅から旅で歩き疲れてしまいましてな」
「ああ、なるほど左様で」
 このときの才蔵の姿は明らかにサンピン。埃にまみれていた。訪ねて
来た女にも身構える様子はない。
「それで納屋の中を?」
 と言いながら女は板戸が開け放たれたままだった納屋に目をやる。
「まあ寝屋の恩とでも言いますか。庫裏が手狭で、和尚もいなくなった
ってことで、庫裏のものを納屋に移そうとしてましてね。お恥ずかしい
限りですが見ての通り埃まみれだ、はっはっは」
「庫裏が手狭と申しますと?」
「じつはつい昨日のこと、里子に出したはずの童が戻ってきてしまいま
してね。寺をたたむはずだったそうなんですが、まあしばらくはしょう
がないかと。ついては和尚の持ち物など納屋にしまおうってことでして。
平素は男手もなく力仕事はできませぬゆえ」

 そうして話しながらも女は納屋へとチラチラ目をやっている。それは
納屋を気にする素振り。才蔵は、ちょっと妙だと感じていた。
「乗りかかった船でござるよ、根無し草に根が生えるのも可笑しな話ゆ
え、それらこれらを片付けて拙者はおいとましようかと」
「左様ですか、ふふふ、お寺とそれから童らのこともよろしくお頼みい
たしますね」
 女は見事なまでに当たり障りなく接し、白い半紙にくるんだ小判を置
いて去って行く。そしてそのとき、背を向けながらもそれでもチラと納
屋を気にする素振り。はるばる訪ねていながら寺に入ろうともしない。
 秘密はやはり納屋にあるのか。
 香木のほのかな香りを残して女が去り行き、才蔵は草陰から顔を覗か
せたお泉に対して『尾けろ』と顎をしゃくって合図をし、直後に眉を上
げてわずかに左右に首を振る。『深追いはするな』ということなのだが、
お泉のほうではそのぐらいは承知。

「大奥か・・おそらくな」 と才蔵は、かすかな声で呟いた。

 仮に大奥だったとして、女は、その歳格好からもおそらく年寄り格の
者だろう。下っ端であるはずがないし、だとするとますます容易ならぬ
ことになる。大奥こそまさに将軍家のおそば者。秘密とはもしや徳川宗
家を揺るがしかねないものではないか? そしてそれは俺ごときが下手
に暴かず蓋をしておくべきではないか? それがお香や童らのためでは
ないか?
 才蔵は、納屋を見つめながらそう思う。

 半刻(およそ一時間)ほどして戻ったお香に半紙の包みを手渡した。
中には五両。受け取ったときから厚みでうかがえる金額だった。
 それでそのときお香は、女が訪ねて来るのが思うより少し早いと言っ
た。紀州を封じるため寺社奉行に手を回し、その後の様子を見に来たの
だろうと考える。何もかもが見透かせた。

 日が暮れて、いつも通りの穏やかな夜。今宵は仁吉がいない。さすが
にいきなり毎日では気が引けるのだろうと思うと可笑しくなる。
 深夜になって本堂にお泉が忍び込む。
「城だな?」
 お泉は言うまでもないと小首を傾げて微笑むだけ。
「石垣の先は追えないからね」
 そしてお泉は言う。
「赤城屋は止まったよ、紀州屋敷も静かなものさ」
「そうか、ご苦労だったな」
「それとこの寺、あたしが知る限り見張られてはいないというだけで、
それはあたしが知る限り」
 わかっている。お泉がいかに手練れの忍びであっても体はひとつ。
才蔵としても見張りがないなどとは思っていない。

「ときに、お泉よ」
 テコ棒やテコ鍵。お泉はもちろん知っていて、ちょっと考え込む素振
りをした。
「何を隠すかだよ。テコ鍵といっても筆尻を差す仕掛け書箱から、長い
丸太で小屋ごと動かすものまであってね」
「小屋ごと動かす?」
「そうだよ。床下にコロが仕込んであって、小屋ごと回したりズラした
りするんだけど、それには基礎ができてないとならない。ここの納屋は
地べたに石基礎だからそこまでの仕掛けじゃないだろうね。裏の墓所は
探ってみたけど何もなかった。よく調べたわけじゃないけど本堂それに
庫裏の下にもおそらく何もないだろう」
 隠してあるものが密書ぐらいなら壁や床や天井やと仕掛ける場所はど
うにでもなる。そのほかからくりにも様々ある。かなり手の込んだ仕掛
けだろうとお泉は言った。

 二日待てば仁吉が三人を連れ出してくれる。そのはずだったのだが、
翌日になってお花が熱を出して寝込んでしまった。寺に戻れたことでは
しゃぎすぎ、風邪をひいてしまったらしい。
 その夜も仁吉はやって来て、夕餉の席にいないお花のことを気にして
いた。
「あれま、熱をかい?」
 お香が苦笑してうなずいた。
「あの子って弱いから」
「なあに幼子のうちはそんなもんださ。浜町がなくなわけじゃねえから
な、いずれまた行こうじゃねえか」
 面白くないのは十吾。ふてくされている。
「ちぇっ、ったく」
 お香は十吾だけでも連れて行ってやってと言ったのだったが、十吾は
ふてくされていながらも、また一緒に行こうと言った。
「妹なんだぜ、おらだけじゃ可哀想ってもんじゃねえか」
「へっ、いっぱしの口ききやがって。はっはっは」
 仁吉に頭を手荒く撫でられて十吾ははねつけ、お香は笑って才蔵に言
うのだった。
「えらいだろ十吾って。こういう子なんだもん。お花のことが可愛くて
ならないの。ねえ十吾」

 童らを里子に出してしまったことを悔やむような面色。才蔵はちょっ
とうなずいて、座るお香の膝をぽんと叩いた。
「十吾は男よ、いつまでも童じゃねえ。お花のそばにいてやらねえと姉
ちゃんひとりがしょいこむことになっちまう。気配りのできる男ってこ
とじゃねえか」
 才蔵の言葉が嬉しかったのか、十吾はそっぽを向いてはいたが笑いを
噛み殺しているようだった。
 仁吉が言った。
「まったくですぜ、十吾もそうだけんど、面倒をみてるお香さんにも頭
がさがる思いでさ」
「だから惚れたんだもんなぁ仁吉は?」
「へい。えっえっ? あ、いやいや・・」
 なにげに応じ、とたんにしどろもどろの仁吉、赤くなるお香。その両
方を交互に見て、十吾は機嫌を直して笑って言った。
「けど兄ちゃんも嬉しいだろ?」
「どういうこってぃ?」
「お花はどうしたお花はどうしたって、お花をダシに毎晩来れら、でれ
でれと猫撫で声で。ひひひっ」
「おいてめえ・・ったく、クソ餓鬼が」
 と横目で睨みながら苦々しく笑ったものの、仁吉は言うのだった。
「おいらもそうでさ、山から海にやってきて寂しかったおいらに、いま
のおっ母さんはよくしてくれやしたし、おっ父にしてもそれはそうで、
よく船に乗っけてくれたもんでした。ただおいらには兄弟がいねえ。で
すからね、ここへ来ると嬉しいんでさ。十吾やお花を見ていると我が身
のことのようでたまらねえ。おいらは孤児じゃあねえけんど餓鬼の頃は
寂しくてね。ここで育ったみんなの心根がよっくわかる。あ?」
 ふと十吾に目をやると、わかったわかったとでも言うように小さな十
吾に膝をぽんぽん叩かれて、そんな姿にお香も笑った。
 十吾が言った。
「兄ちゃんなんぞ幸せなんだよ、親がいっぱいいるじゃねえか。山にい
る親にしたって、いっときたりと忘れちゃいねえや。おらたちみんなは
よ、そのことは考えないようにしてるんだ」
「うん、だよな、うん。十吾は強ぇえぜ、姉ちゃんだって支えてら」
「そりゃいかん」
「は? いかん?」
「姉ちゃんのことはおいらが支える、ぐれえのことが言えないもんか」

「てめえ、いっぺん殺すぞクソったれ!」
「だははは! くすぐったいだろ! だははは!」
 とっくみあいでじたばたしている仁吉と十吾に呆れ果て、才蔵とお香
はやさしい笑みを浮かべ合った。どっちも子供だ。
「いい奴だぜ仁吉は」
 小声で言って目を合わせると、お香は素直にうんとうなずいて、そん
なやりとりを横目に見た仁吉が、組み伏せてじたばたさせている十吾に
言った。
「どれ、お花みてこようか、可哀想によぉ」
「うんっ!」
 お花は奥の庫裏で寝ている。仁吉と十吾のふたりは若い父と子のよう
に連れだって奥へと消えた。

 蝋燭の明かりが灯る畳の小部屋。小さな布団にくるまって額に濡れ布
巾をのせられ、お花はよく眠っていた。
「ふふふ、可愛いなぁ」
「おらさぁ」
「おぅ?」
「お花の奴が戻って来たとき嬉しかったんだ。おらたち仲がよくてなぁ。
いなくなって寂しかった」
「うむ」
「兄ちゃん、ありがとな。兄ちゃんが見つけてくれなきゃ、どうなって
たかしれねえだろ。お花も大好きだぜ兄ちゃんのこと。今宵兄ちゃん来
るかなぁって、おらに訊くしよ」
「うん・・そうか・・うん」
 仁吉は額の布巾を取り上げて、傍らに置かれたタライの水で冷やして
絞り、そっと額にひろげてやる。熱は少し引いているようだったが、頬
が桃のように赤かった。

 十吾が言った。
「おらたちよ・・姉ちゃんとおらだけんど」
「うん?」
「甲斐に行こうって話してたんだ。おらはここが好きだけど、みんなを
外にやっちまってよ、残ったのはおらと姉ちゃん」
「そうだな」
「姉ちゃん辛そうだったからさ。おらの親も探してくれたけど見つから
んし、けど見つかれば、姉ちゃん独りになっちまうだろ。そんとき才蔵
さんが来てくれて、姉ちゃんどれほどほっとしたか。そいで次には兄ち
ゃんさ。お花を連れてきてくれたしよ。苦しかった姉ちゃんのことを仏
様はみててくれたなって思うんだ」

 仁吉は、わずか九つの十吾がとっくに大人だと感じていた。姉さんを
想い、お花や、いなくなった皆のことも想っている。
「十吾はもう弟だ・・うん、弟だ・・」
 十吾の小さな肩を抱く。細い蝋燭だけの薄闇が仁吉の潤む目を隠して
いた。

2017年10月11日

流れ才蔵(九話)


九話 寺の日々


 朝からお香のいない一日。十吾は戻って来た妹お花と一緒になって駆
け回っていて、才蔵ひとりが納屋の中をホウキで掃いて掃除をする。
 十吾は手伝うと言ったのだったがお花がちょろちょろしていてはうる
さくてしかたがない。遊ばせておくほうがはかどるというものだ。

 夕べのテコ鍵の話。才蔵は納屋の中を細かく見たが、確かにそんなよ
うなものはあっても丸い棒は埋め込まれてビクともしない。だいたいが、
それが造られてあるのが板壁の際であって、ここが動いて何が開くのか
と考えると違うと思うしかないものだった。
 本堂にも庫裏にもそんなようなものはなく、寺の裏手にわずかにある
墓所へ回ってみても、どう見たって林の中の墓であり、丸く大きな石が
置いてあるだけのもの。結局何も見つけられずにいたのだった。
 そうするうちにお香が戻り、そのとき納屋で埃だらけになっていた才
蔵を見て笑っただけ。

「参った参った、どんだけ放っといたのか、掃いても掃いてもキリがね
えや」
「すみません、お侍様にとんでもないことをさせちゃって」
「なあに、かまわねえって。そんでお花のことは?」
「はい、先様では気に入ってくれてもう一度ってことなんですけど、し
ばらく様子を見た方がいいだろうって。どうせまた逃げ出すに決まって
るし、少し待ってわかるようになってからでいいとおっしゃって」
「いい人みてえじゃねえか」
「それはもう。だからお花を預けたんだもん。仏様のような方々で、お
花が無事でよかったとそればかりをおっしゃって。で才蔵さん、何か見
つかりました? テコ鍵とか言うものとか?」
「いんや、さっぱりだ。夕べはもしやと思ったんだが、けっ、ダメだ」

 その言い方が可笑しかったらしく、お香は笑って、相変わらず境内で
遊ぶ兄弟へと目をやった。
「うるさかったでしょ? ずっとこうなんですよ、みんながいた頃には、
わーわー収拾がつかないぐらい」
「まあな、元気なのはいいが、さすがにちょいと疲れちまう。しかし十
吾は嬉しそうだぜ、お花お花ってそばを離れねえ」
「もともと仲がよかったもん。あの子だってじつは寂しくてならなかっ
た。さあ! じゃあ夕餉の支度にかかりますね」
 気分を変えるようにそう言って、お香はわーわーうるさい二人に目を
やった。
「こらふたりとも! 姉ちゃん夕餉の支度するから十吾はお風呂沸かし
てあげて! 才蔵さん埃まみれじゃない!」
「へーい」
「へーいじゃない! 才蔵さんが出たらお花をお風呂に入れてやるんだ
よ、わかったね!」
「はぁーい!」
 いい光景だと才蔵は思う。公儀の秘密だか何だか知らないが、それさ
えなければ素晴らしい寺なのに。そう思うと腹が立ってくる。

 才蔵が風呂から出て、入れ替わりに十吾とお花が入っているとき、本
堂に歩み寄る気配がした。じきに暗くなってくるそんな刻限だったのだ
が、仁吉がすっきりした顔で現れたのだ。風呂もすませたといった感じ。
「おぅ仁吉、やけに早ぇえな? それは?」
 仁吉はその手に大きな風呂敷包みを提げていた。
「親方がみんなにって。寿司ですよ」
「寿司?」
 風呂敷越しの外見にも二段に重ねられた大きな寿司折り。
「そんで夕餉に間に合うように持ってけって、おいらだけ今日はいいか
ら行って来いって言われやして」
 つい先刻、普請場であったことを仁吉は才蔵に告げた。才蔵は風呂敷
包みを受け取ると奥に向かって声を上げ、粗末な着物に前掛けをしたい
つもの姿でお香が飛び出してきたのだった。
 仁吉はお香を一目見ると、明らかに照れた面色でぺこりと頭を下げ、
お香はお香で、いかにもバツが悪そうにちょっとだけ頭を下げて応じて
いる。
「このお寿司、親方さんが?」
「そうなんだ、どうしてもって。おめえも一緒に喰って来いって、だか
らおいらも飯はまだ」
「わかったよ、支度してるからちょいと待ってて。ありがとね」
 妙な間合いだ。よそよそしくしたかと思えば、話したとたん、お香は
パッと笑って応じている。包みを手に奥へと消えたお香。

 そうした様子に才蔵は、ちょっと髷をいじって苦笑した。
「さては、おめえら・・ふふん、そういうことかい?」
「あ、いや、あやや」
「あややじゃねえ! てめえ惚れたな?」
 仁吉は、そのとき親方が妙なことを言い出したばっかりに、大工仲間
に冷やかされたと苦笑した。そして微笑みながら言う。
「さっき普請場で見かけたとき、おいら仕事をおっぽり出して叫んじま
った。お香さんはいいなぁって・・うん」
「うんとは何だ、言ったそばからてめえで納得するんじゃねえや、あっ
はっは!」
 今度こそダメだと才蔵は思った。江戸に惚れた男ができれば山奥なん
ぞに行きたがるはずもない。
 それでまた、風呂から出て来たお花が真っ赤な顔して仁吉を一目見る
なり、きゃーきゃー叫んで駆け寄ってくる。
「おぅ元気になったかいっ」
「うんっ! 兄ちゃん好きっ! きゃきゃきゃ!」
 仁吉の手を引いて本堂へと連れ込む妹に、十吾もぽかんと口を開けて
いて、才蔵と目を合わせて首を竦める素振りをする。
「ちぇっ、すっかりもうおなごだもんなぁ」
 いっぱしの口をきく。
「ふっふっふ、ぞっこんみてえだな。仁吉はもはや仏様みてえなもんだ
ろうぜ」
「これでまた甲斐に行けなくなっちまったぃ、ああクソっ」
 問題はそこだ。才蔵は頭を抱えていた。寺を一度空にして、お泉に探
らせたいところなのだが、どうにもうまくいかない。

 夕餉は寿司と、お香がこしらえた魚の煮付け、それに汁。寺では質素
を通していて寿司など喰えるものではなかったようだ。十吾もお花も目
を輝かせてむしゃぶりついた。
 そんな童らを見守る仁吉とお香の視線が、ときどきチラとぶつかって、
揃って微笑む。
 仁吉が言った。
「二、三日すればしらばく休みが入るんだ」
 お香が問うた。
「休みって?」
「あれだけデカくなると普請はウチだけでやってるわけじゃねえからな。
あるところができねえとこっちは動けねえってことがある。ウチはほら
親方の腕がいいから仕事が早ぇえのさ。それでおいら、久びさ浜町を覗
こうかと思ってよ」
「浜町なら海だろ?」
 と十吾が言い、まだよくわからないお花が海だ海だと騒ぎ出す。
「馬鹿か、てめえは。おらたちが行くわけじゃねえんだぞ」
 ちょっと寂しそうにするお花を察して、仁吉が言った。
「じゃあよ、連れてってやってもいいぜ。海っつうか川の出口なんだが
よ。おっ父の船で海に出てみるか?」
 童たちは船なんてはじめてだった。小さい二人は食べながらはしゃい
でいるし、それを見ているお香もまた面色が輝いている。
 寺での暮らしは安穏なのだが、寺だけに派手な遊びをしたことがない。

 才蔵は言った。
「泊まれるのか、おめえん家?」
「泊まれる泊まれる、三人ぐらい平気だよ。小っこくても網元だからな。
ちょっと遠いけんど朝発てば暗くなる前に着けるだろ」
 三人と聞いて、お香はまたうつむいて微笑んでいる。
「親方もさ・・あ・・」
 と言ったきり、チラとお香を見て声もない仁吉。
 才蔵が眉を上げて横目に見た。
「なんでぃなんでぃ、親方がどうしたって? ほれ言ってみろ」
「いや、だからその・・ここのことを気にしてくれて、おいらにもよく
してやって言ってくれてさ」
 なるほど、親方はお香を気に入った。それで仁吉の背を押している。
そういうことだろうと才蔵は思うのだった。
 人一倍気を使うお香が何かを言い出す前に、才蔵は勝手に決めてしま
う。
「ウシっ、じゃあ頼んだぜ、チビどもに海を見せてやってくれ。お香も
一緒に行きゃぁいい。寺は俺がみててやる」
「あ、はい、あたしが一緒でいいなら・・」
 赤くなるお香。ふと見ると仁吉も眸の向きがおどおどしている。

 これで二日の時ができる。それだけあれば充分だろうと考えた。