女の陰影

女の魔性、狂気、愛と性。時代劇から純愛まで大人のための小説書庫。

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暴かれる生殖(十一話)


  それからほどなく異星人の死体を軍船の医務室に置いたまま女医である早苗の手によって死体の解剖がはじまっていた。過酷な月面の環境から人が生存できる温度と湿気と酸素のある世界へ持ち込まれ、異星人の女性の姿は崩壊をはじめていた。腐敗ではない、まさに崩壊。分子レベルの結びつきさえ壊れてしまう、いかに古いものであるかがそれでわかる。小さな体が砂のように崩れていくのだ。器具を持つ早苗の手が速くなる。

 「目が二つ、耳が二つ、鼻孔は一つしかありませんね。口は極端に小さくて歯というものがほとんどない。胸を開けると肺が一つ、心臓が一つ、それから胃がなくて、腸らしきものはあっても肛門もないようです。吐き戻して排泄していたと思われますが、どうなんでしょうね」
  皆が固唾を飲んで見守っている。聞いたこともない生命種の特徴が次々に暴かれていく。
 「骨格は人に似ていますが、手足の指は二本ずつ。生殖器は卵巣らしきものが一つあって子宮がありません。この生物は卵で子孫を残すようです」
  と、そう話している間にも肉体は崩れていった。
 「DNA採取は不可能かと思われます。恐ろしく古いものだわ。やってはみますがDNAは破壊されていると考えるべきでしょう。それからこれは、うーん、左右の手の指の一本だけが針のように鋭くなっていて。理由はわかりません。あるいは獲物をとるときの武器になるとか。毒腺なのかも知れませんが。ああダメだわ崩れていく。こんな死体は見たことない、まるで腐って乾いた紙みたい。ぼろぼろ崩れていくんです」
  デトレフと居合わせた数人の兵士たち、そして海老沢とジョゼットが手に汗握る思いで見つめていたが、解剖がはじまって一時間としないうちに異星人の女性は骨だけの姿となり、その骨さえも月の土に還るように崩れていく。

  医務室の処置台の上で砂と化し、人類がはじめて出会った異星人は姿を消した。白衣を着た早苗はへなへなと椅子に腰掛けて、変わり果てた死の砂を見つめていた。
 「まさに召されていったんだ」
  と海老沢が言い、デトレフとジョゼットが目を合わせて声もない。
  早苗が言った。
 「骨格はともかく、あえて地球上の生命とくらべるならトカゲに似ていると感じましたね」
 「トカゲ? つまり爬虫類?」
  デトレフに問われて早苗はなおも言う。
 「断定なんてできませんが、肺呼吸のできる生物であり、体のサイズからしてもかなり俊敏に動けるものと感じました。骨盤それに脚の骨がしっかりしていて相応の筋肉がついていたと思われるからです。口が小さく歯がほとんどない。これは推測ですが、針のように鋭い手の指から消化毒を打ち込んで獲物を溶かして体液を吸う。そう考えると辻褄が合いますからね。養分だけを吸い取って液体を吐き出して捨てると考えると肛門は必要ない。爬虫類、あるいはまた、そうですね、鳥のようなものかも知れない。様々な生き物の特性を備えていて、だからどうだとは言えないんです。わからないとしか言いようがありません」
 「古いものだろうね」
  海老沢に問われて早苗は言う。
 「数千年、数万年、もっとかも。分子レベルで分解する死体なんてはじめてですから。生きた姿を見てみたい。日本には河童という想像上の生き物がいますが、それにも似ていると思ってしまう。ダメだわ、私いま混乱しちゃってる」 
  深いため息とともに早苗は肩を落としていた。

 「なるほどね、言われてみれば河童のような気がしないでもない。まあ、茫然自失とはこのことだよ。宇宙人は確かにいた。事実はそれだけ」
  海老沢にぽんぽんと肩を叩かれて早苗はようやく顔を上げてちょっと笑った。
  椅子を立った早苗は軍船にもある半球形のガラスエリアから、漆黒の闇に浮く青い惑星を見上げていた。ジョゼットが歩み寄って肩を抱く。
 「考え方が変わるよね、人類を超えた英知を誇るトカゲがいる。それは鳥かも知れないなんて考えると」
 「ほんとよ、まさにそうだわ。人間なんて宇宙のすみっこで蠢くだけの下等な哺乳類、そんな気がする。宇宙は無限なんだって思っちゃった」
  デトレフは言う。
 「希望でもあるがね。人類と同じように旅をする生命体がいたということ」
 「報告するの地球に?」
 「いいや、やめておこう。それで何かがはじまるなら話は別だが、左脳を相手に面倒なことになるだけだ」
  そしてそのとき、ジョゼットが海老沢を手招きし、宇宙を眺める二人からは距離を置いて小声で言った。ルッツの死。
 「・・殺された?」
 「無線を入れたら偶然お友だちがいたんですって。町の人たちがお墓をつくってくれたって」
  海老沢は早苗を後ろ抱きにするデトレフへと眸をやったが、声をかけるにしのびなかった。

 「卵で産まれる知的生命か」
 「だけどそれってどうなのかしらね。そうできたらどれほどいいかと考える妊婦は多いでしょうけど、母性はそうして芽生えるものよ。私は思うの、あの生き物は冷酷で恐ろしいエイリアンじゃないかって。親のぬくもりを知らずに育つ」
 「そうかも知れないが、さて、ではなぜ月を捨てたのかだよ。目の前に地球というオアシスがあるというのに。おそらく地球へも降り立ったはずだろう。その頃の人類は猿同然。知恵を授けておきながら、なのにどうして去っていったか」
  ムーンカフェ。近頃ではジョゼットカフェと呼ぶ者たちもいる。軍船から一足先に引き上げた海老沢とジョゼットがカウンターに並んで座って語り合う。
  ジョゼットは言う。
 「あるいはよ、仮定の話ですけどね」
 「うむ?」
 「あの生き物はペットだった」
  海老沢はちょっとうなずき眉を上げた。
 「なるほどね、そう考えてもスジは通るが、そうなると遺跡のサイズが小さすぎる」
 「ペットたちを繁殖させるためのものだったとは考えられない? センターモジュールはそれなりのサイズがあるんだし」
  それほどの科学力があるなら地球との行き来は簡単だったはず。地球上では何らかの障害があって繁殖できない。トカゲの卵を隔離して育てるようなものだったとは考えられないかというものだが、仮定の話でいいならどうにでも組み立てられる。
 「刑務所だったりして。月面への島流しのようなものさ」
 「面白いわね、想像は無限だわ。他にも見つかるといいけれど」
  海老沢は笑って首を振る。
 「月面車以外に移動手段がないとすれば月は地球よりも大きいよ。生きた彼らと出会えるかも知れないしね。燃料の制約さえなければロケットカーでもつくってやるのに」

  ちょっとおどけて言った海老沢に対し、ジョゼットは「わぉ」と眉を上げて笑い、海老沢の腕に腕をからめた。
  と、そう話しているところへ、白衣を脱いでシルバーメタリックのスペーススーツの姿で女医の早苗が入って来る。すっかりカフェのママにされてしまったジョゼットは席を離れてカウンターの中へとまわりこんだ。
 「珈琲飲みたい」
 「はいはい、お疲れね」
  そのときの早苗の表情が妙に淡々としているとジョゼットは感じていた。
  ジョゼットは言う。
 「ねえ早苗、デトレフに聞いた?」
  早苗は眸でうなずいた。
 「ちょっとね。後で話そうって部下たちと出て行った。それもあって考えちゃうのよ」
  珈琲をつくりながらジョゼットはさりげなく早苗を見ている。海老沢はそんなジョゼットの視線を察して、なぜだか少し眸をそらせた。
  早苗は唐突と言いだした。
 「種の存続って何かしらね。それまで当然のように思い描いていたことが、さっきのルナ生命の・・あ、私が勝手にルナ生命と呼ぶことにしたんですけど、エイリアンの死体を見ていて考えちゃった。人の死は個人の死であって種の死ではない。生命は皆、種をつなぐために生まれてくるでしょ。女はたくさんいても皆が避妊薬を飲んでるなんて状態は間違ってる。私は医師なのになんてひどい女なのって思ってしまうし、じゃあ種の存続って何なのかしらって考えちゃうのよ」

  早苗はさらに言った。
 「つきつめるとそれは遺伝子を残すことよ。そしてそう考えたとき、ちょっと恐ろしい構図が浮かんじゃったの」
  横に座る海老沢が問うた。
 「どういうことだね?」
 「ルナ生命は月を捨てて去ったんじゃない。と言って地球で密かに生きてるわけでもないだろう。遺伝子さえ残せれば宇宙を旅した意味はある」
  どういうことか。海老沢もジョゼットも小首を傾げて眸を見合わせた。
 「ふふふ、面白いでしょう医者って。でも論理的にはそうなのよ。ルナ生命は人がまだ猿だった時代にやってきた。知っての通りで人の進化には疑問が残る。猿から類人猿に進化して、やがて文明が生まれるわけだけど、ルナ生命ほどの英知があるなら、猿もしくは類人猿を捕まえて自らのDNAを組み込むこともできるんじゃないかしらって。人類でさえ遺伝子操作ができるんだもん」
  ちょっと笑って眸を上げた早苗に、ジョゼットは言った。
 「彼らはすでに使命を果たした・・地球人の体に潜り込んで生きているってことよね?」
 「そういうこと。もちろんそれは受胎とかという意味ではなくて、もっとミクロな世界で人類に同化した。それによって人は進化し、自分たちの分身だからこそルナ生命は文明を授けたの」

  それはあると二人は感じた。種の存続よりもさらにミクロな世界で遺伝子をつないでいく。種として滅びても遺伝子さえ残るのならば絶滅とは言えないし、自分とは違う生命種を乗っ取ったと言えなくもないのである。
  早苗は言う。
 「そのときルナ生命は何らかの理由で絶滅は避けられないと考えた。個体数が減りすぎてしまったのかも知れないし、何らかの理由で地球にはなじめなかったのかも知れない。そこで地球という惑星にいた猿どもに自身のDNAを手渡して進化を劇的なものにした。つまりね、いまの人類の相当数がルナ生命の子孫であるってことなんです。DNAをコピーするだけではクローンが生まれるだけ。それでは地球環境に順応できない。そこでDNAから自身のもっとも自身らしいところを抽出して地球の猿どもに植えつけた」
 「知性よね?」
  ジョゼットの言葉に早苗は今度こそ深くうなずいた。

  このとき海老沢は、であるならおよそ百八十万年前のジャワ原人の時代から二十万年前にネアンデルタール人へと進化する過程のどこかと考えて、過去にもほどがあると感じたのだが、宇宙のその時間など一瞬にすぎないと思い直していた。
  早苗は言った。
 「途方もない過去の死体を解剖した。そのことに感動してるのよ。生きていれば体重およそ数キログラム。まさにリトルゴッドだわ」
  夢見るような早苗の眼差しは美しかった。確かに人類にとっては小さな神。ルナという女神の名がふさわしいと海老沢でさえがそう思う。
  カウンターに置いた早苗の珈琲。そのソーサの上でスプーンがカタカタ音を立てて震えたのはそのときだった。
  月震。月の地震である。月の地殻もまた動いている。昼と夜の280℃にもおよぶ温度差と、さらには地球と太陽の潮汐力によって地殻が歪む。小さな隕石が引き起こす地震もある。大気がないから燃え尽きずに地表に落下するからだ。
 「ルナたちがこの地底に生きていると思いたいね。親父はよく言っていた。異星人は地球を訪れ、どこかで密かに生きている。恥ずかしがって月の裏側に隠れてるかも知れないよって冗談混じりに言ってたものだ。夢ばかりを追いかけた人だった」
  海老沢のそんな言葉に早苗は微笑み、揺れが静まって動かない珈琲スプーンを見つめていた。

 「光り輝く裸身を晒して恥ずかしがって闇に隠れる。だけどすぐまた抑えきれなくなって裸身を晒す。月を見て、よくそんなことを考えたものだった、思春期の頃だったけどね。ルナは女神よ。せつないまでの女の姿なんだなぁって」
  留美と二人で岩に座り、肩の欠けた月を見上げて、そのときマルグリットは夢見るように言うのだった。
 「女にとってHIGHLYやLOWERや、そんなものは人生を決めるものじゃなかったって痛感したわ。こんな時代に子供なんてほしくない。できない体にしてしまったけど、だけどじつは寂しかった。何のためのセックスなのって思ったし、そう思うとますます意固地になっていく。男なんて何よ、ケダモノじゃない、そんなふうに言い聞かせていたんだもん」
 「オナニーしたでしょ?」
 「したわ。いまの月の話じゃないけれど、どれほど隠そうとしたって、すぐにまた体が悲鳴を上げてくる。どうして可愛がってくれないの、ねえマルグリット? 私はあなたのボディなのよってアソコが濡れるの。追い詰められて逃げ場をなくして、そしたらそこに野蛮な牡の群れがいて、アソコもアナルも壊れるかと思うほど犯され抜かれた。ああ私は死んだんだわって思う私がいる反面、これでやっと牝になれたと感じる私もいる。どうしてもっと早く・・ふふふ、私もじつは牝だったってことなのよ」
 「いまは不幸?」
 「ううん、不思議な幸せを感じてる。うまく言えないけどね」

 「あそこにも」
  とマルグリットは輝く月を白く細い指で指差した。
 「月にいるのはHIGHLYばかり。そんな中に仲がよかった友だちがいるんです。ビアンカと言って、それは綺麗な女の子ですけどね」
 「うん、それで?」
 「いま月にいるのは四万人弱なんですけれど」
 「そんなにいるの? いま月に?」
  早苗は眸を丸くする。
 「月面都市の建設が進んでて人が足りない。まだまだ増えていくでしょうけど、その九割ほどが男性なんです。作業するのは宇宙服だし戻れば地下で密室暮らし。地球へちょっと戻るわけにはいかない。皆が月で死ぬことを覚悟して、それでも志願して送られてる。それでね、ずいぶん前のことですけど皆の気が立ってきて危うくなる時期があったそうなのよ」
 「それはそうでしょ、狂っちゃうもんね」
 「苦しい、寂しい、ぬくもりがほしい。どれほどの大義があっても、それが人というものよ。それでそのとき雪村さんて日本人の女医が提案したそうなのよ。すべての女性に避妊薬を与えてセックスしようって。その女医さん言ったそうよ。私だって抱かれたい、せめて抱かれて夢を見たいって」
 「それで女の人たち賛同した?」
 「ほとんどがイエスだったって。求められれば拒まない。それっていまの私たちと同じこと。向こうではそうなんだと思ったものだし、ちょうどそんなとき私は逃げて捕まった」

  留美とマルグリットのシルエットが重なった。女同士の深いキス。互いに下着に手を入れあった。
  そしてちょうどそんなとき歩み寄る男たちの影がある。
 「来いマルグリット」
 「うん、可愛がってね」
 「たっぷりな。ひひひ」
  男たちの中にはバートもいて、マルグリットを連れ去ろうとしたのだったが、留美は手を引いてバートだけを引き留めた。
 「ボスだけの女でいたくない」
  それは亮が皆に言うことだった。留美もまた共有される女なんだと。
  黒い巨体のバートにもたれかかって留美は月を見ていた。いまごろきっと多くの女たちが喘いでいる。そう思うとなぜか心が浮き立ってくる留美だった。
  バートはぼそりと言った。
 「信じらんねえよ」
 「ほんとよね。だけど選ばれて誇りに思い、乗り込んでみたら凍結精子で強制受胎よ。誰の子とも知れない子孫をつないでいく。そうまでして人類は存在しなければならないものかって考えてしまうのよ。私は嫌だわ」
  バートは強い手で留美を抱き寄せ、ちょっと笑った。
 「関係ねえな俺にはよ」
 「私だってそうじゃない、知ったこっちゃありません。ふふふ抱いてバート」

  留美の羞恥を思いやるように、そのとき月は雲に隠れた。

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異星人(十話)


 「親父の奴が生きていたらと思うよ」
  月のカフェに海老沢が戻ったのは、ちょうどそんな話をしているとき。海老沢の父は地球外知的生命体を探すことに生涯をついやした男であった。
  そのときカフェには多くの耳があったので大きな声でそれを言うわけにはいかなかった。こそこそと小声で話す。
  その謎は、地盤調査のために月面車で月の裏側へ踏み込んで五百キロほどを走ったところにあった小さなクレーターのそばで発見された。月の外周はおよそ一万一千キロもあり、真裏ということなら五千キロ以上も離れている。人類はまだSF映画のような飛行する小型船を持てないでいる。最先端の月面車は時速30キロほどで走ることができたが、そのスピードで行ける距離は限られていて、月面都市の建設が進む一方で、いまだ月の真裏に到達できないでいたのである。

  打ち捨てられた廃墟とは言え、まず地表には一切の建造物はなく、直径一メートルの真円の穴が残っていただけ。丸い穴を中心に半径四メートルの地表におよそ四十センチ角の四角く凹む痕跡が円を描くように残っていた。UFOの脚の跡だろうと思われる。つまりUFOが着陸したとして、その裏側の中心にあたるところに直径一メートルの穴が空いているということだ。
  月面車のウインチを用いた昇降機で中へと入った。ライトが照らし出す銀色に鈍く輝く不思議な壁面。床は平らで直径五メートル、天井が半球形のドームとなっていた。その部分が言うならばセンターモジュールであり、三方に向かって直径八十センチの筒状のスリーブが伸びていて、スリーブの先には直径が二メートルジャストの完全な球体につながっている。
  もっか建設中の地下都市をスケールダウンしたようなもの。球体と球体をスリーブでつなぐ工法なのだが、半球形のセンターモジュールを中心に、正三角形を描いて頂点に一つずつ真球の空間がひろがっている。空間の壁面もそれをつなぐスリーブの壁面も、銀色に鈍く輝くある種の樹脂だと思われたのだが、ゴムのような弾性に富んだ感触であるくせに硬度が非常に高く、明らかに人類が持つ素材ではなかった。

  しかし、ただそれだけのものだったのだ。
  中には何一つ置いてなく、また生存するために必要な一切の設備もない。トイレのようなものもない。穴の真上に停船する宇宙船ですべてをコントロールしていたものと思われる。
  あのときの海老沢は興奮していた。父親は間違ってはいなかった。UFOは確かにいたんだと思うと、父を変人扱いした社会の無知さを非難したくなってくる。
 「スリーブのサイズからして五十センチか」
  と、海老沢が言った。異星人の身長の話。スリーブの径が八十センチなのだから、その程度の大きさしかないはずだ。
 「重力が強かったから?」
  ジョゼットが言って海老沢が応じた。
 「あるいはね、大きな体では損だろう。それにしてもあのとき俺は宇宙の中で存在する人類という観点にはじめて立てた気がするよ。論理的にはそうであっても実感なんてなかったからね」
  それには皆がうなずいた。
  有人探査計画であったアポロ以前から、人類は探査機によって月面を見てきたものだが、月には大小無数のクレーターがあり、また直径一メートル程度の穴では宇宙からだと点にしか見えないもの。したがって発見できなかった。

  早苗が言う。
 「古代文明以前の話かと思うと考えちゃうのよ。猿から原始人へと進化していき、あるとき突然文明が花開く。どうしてって思わない? 教授してくれた異星人がいたと考えるとすべてに辻褄が合ってくる」
  デトレフが言う。
 「いまはもう動きがあれば察知できる。ちょっと飛べる船でもあればいいのだが。探せば他にもあるかも知れない。裏側をくまなくあたってみたいものだよ」
  月面都市の建設がはじまって、月の周回軌道にいくつもの探査衛星が浮かんでいる。それでも発見できなかった小さな穴。月には大気がないから飛ぶとなるとロケット噴射に頼らなければならない。酸素がなくても大気さえあればホバークラフトのようなものもできそうだったが、いまのところは月面車。それにしたってソーラーパネルに頼るもので電力をふんだんに使えるほどの余裕はなかった。
 「UMAの情報ってあるじゃない」
  ジョゼットが言って海老沢はうなずいた。人間によく似た小さな生物の目撃情報は昔からあることだ。
 「こうなるとあながちガセとも思えなくなってくる。彼らはすでに地球上にいるのではないかってね、俺もそれを考えたさ。いてくれれば嬉しいし、このプロジェクトを助けてほしいものだよ。広大な宇宙のどこから来たのか。人類などいまだに太陽系を出られないというのに」

  そんな海老沢の言葉に、デトレフがちょっと鼻で笑った。
 「うむ? 何だよその笑いは?」
 「いやね、たったいま弟の話をしてたから」
 「ああ。オーストラリア大陸にいるんだったな」
 「そういうことだが、奴は言ってる、こちとら西部劇だっていうのに兄貴は月かよって」
 「西部劇か、なるほどね」
 「治安がよくないどころか、まさしく西部劇で、そこらじゅうに死体が転がってるらしいんだ。それもまた人間だよって奴は言う。だけど俺はこっちの方が気が楽だって言ってやがる」
  早苗が言う。
 「それはそうかもよ、私だってそう思うもん、人類の存続なんて私たちの世代には無関係なこと。どうせだったら地球上で最後の人生を楽しみたいなって。宇宙服より水着がいいかなって思っちゃうし」
  隣りに座るデトレフが早苗の背をそっと撫でた。

 「・・とまあ、そういうことだ」
  シロクマのようなヒューゴの大きな手が亮の背にそっと置かれた。マルグリットが加わって三日ほどが過ぎていた。その日、治安維持部隊のヒューゴがやってきたのは夕刻に近い時刻。斜陽に大平原が赤く染まる。
  亮は言った。静かな声だが声が震える。
 「苦しまずにか?」
 「ハチの巣だ、即死だぜ」
 「アニタは? 女がいたろ?」
  ヒューゴはちょっとうつむいて言葉が重い。
 「そっちはなぶり殺しだ。裸にされて逆さに吊られた」
  ルッツの店が襲われた。
  店だけでなく町の方々で略奪が行われ、多くの者が殺されたと言う。
 「ディスポじゃねえぜ、聞き込んだところ十人ほどのグループで、白人の女がボスだったと言うんだよ」
 「女がボス?」
 「よくはわからん。タイパンと名乗ったそうでマシンガンを持ってやがった。まったく新手の輩が次々に出てきやがる。この大陸はデカイからな。流してやがるに決まってら。北へ向かったってことだった」

  タイパン。コースタルタイパン。オーストラリア大陸を代表する猛毒を持つ蛇のことである。
 「クルマが三台。うち軍用ジープのボンネットに黄色のストライプのあるヤツが混じっていたらしい」
 「わかった、わざわざすまねえ」
 「なあに、ルッツの野郎はダチみたいなもんだった。俺としても目は光らせておくからよ」
 「こっちが先に見つけたら?」
 「かまわん、ぶっ殺せ」
  ヒューゴはまた銃器の入った木箱を持ち込んでくれている。
 「年代物だがサブマシンガンが入ってら。手榴弾もあるぜ。ディスポの件、万事おっけよ、すまなかったな」
  そしてヒューゴは亮の肩に手を置いて去って行った。

  木箱を運んで、亮は指笛で男たちを呼び集める。いつにない怒り狂ったボスの様子に女たちまでが顔を見合わせた。マルグリット一人だけが掘っ立て小屋の柱にチェーンのリードでつながれて全裸のまま。がっくりうなだれて長い金髪が顔を覆ってしまっている。
 「どうした? 何があった?」
  巨体のバートが亮の横顔を覗き込む。
 「ルッツの店が襲われた」
 「えっ!」
  声を上げたのはキャリーだった。留美と、それから女たちの皆が顔を見合わせている。女たちの服のほとんどがルッツの店で揃えたもの。その人柄も知っている。
 「ルッツはハチの巣、女の方はなぶり殺しにされたそうだ」
  つい先日飛び込んできたばかりのアニタ。あのときの姿が浮かぶキャリーと留美であった。声もない。
 「タイパンと名乗ったそうで白人の女がボスらしい」
 「女がかよ?」
  ホルヘが言って亮がちょっとそちらを見た。
 「流しだな?」
  バートが問うた。
 「そうらしい。数は十人ほどらしいんだがボンネットに黄色のストライプのある軍用ジープが混じってたそうだ。マシンガンを持ってやがる。町中かなり殺られたそうだぜ。北へ向かったってことだった」

  とそう言いながら、亮は木箱を開けて銃を手にした。二丁のウジーサブマシンガン。もはや骨董品だが手入れがよくて使えそうだ。
 「明日から手分けしてあたる。先にこっちで見つけたい。よくもやってくれたもんだぜ、皆殺しにしてくれる」
  淡々とした言葉だっただけに亮の怒りはすさまじいと皆は感じた。
  そして亮は遠目に裸の女へと目をやると、皆を見渡した。
 「マルグリットはどうだ?」
 「素直なもんだぜ、マジで気をやってイキやがる、可愛いもんよ」
  バートの言葉に留美がうなずく。
  亮は言う。
 「もういいだろ、首輪もいらねえ」
  いまそんなことは二の次だった。静かに立ち上がって歩み去るボスの背を追う者はいなかった。
  一人だけ全裸のままで犯し抜かれたマルグリットのもとへキャリーとコネッサが歩み寄る。コネッサの手にしたスパナがステンレスの首輪をはずし、キャリーが両脇へ手を入れて女を立たせる。マルグリットは支えがなければ歩けないほど消耗していた。白い肌が泥で汚され乾いている。川へ連れて行かれて体を洗わせ、体格のよく似たキャリーのワンピースを与えられる。

  コネッサが言った。
 「留美を悪く思っちゃダメだよ。男たちが情を寄せてる。可哀想だと思ってるんだ。ここでは皆にそう思われない限り仲間にはなれないんでね」
 「はい、そう思うことにします」
 「うん、辛かったね」
  体を洗って花柄の服を来たマルグリットは、むしろさばけた面色だった。
 「狂うかと思ったわ。はじめて私は牝になれた気がします。ケダモノめと思いながら、どうしてなんだかだんだんよくなっていく。感じて感じて錯乱しちゃって、欲しくてならなくなっていく。ああ私はこんな女だったんだと思いましたね」
  キャリーはちょっと微笑んで、マルグリットの肩を抱いてやる。
 「あたしだってそうだった。あたしもHIGHLY、ケダモノめ、野獣、ひどいわよと思いながら、よくてよくて狂ってしまうと感じたわ」
 「ふふふ、そうね、向こうの世界の女たちはいい気になりすぎ」
 「だと思う。本能から離れることを誇りのように錯覚している。愛がすべて。そんなのウソよ、ごまかしだわ」
  コネッサが言う。
 「一緒に生きよう」
 「はい、ずっと一緒に。死にたくない。せめて楽しんで終わりたい」
  歩きながら話し、皆のそばへと戻ってくると、一人だけ留美が目をそむけた。
  しかしマルグリットの方から歩み寄り、ちょっと微笑む。
  留美は言う。
 「振り切れた?」
 「ええ何もかも。私は性奴隷、それもいいかと思ってしまって」
 「奴隷じゃねえよ」 と、横からバートが野太い声で言う。マルグリットはちょっと笑ってうなずいた。

  翌日は小雨が続いた。亮とバート、それにキャリーの三人でやってきたルッツの店は、見る影もないほど穴だらけにされていた。ルッツはもちろん応戦した。しかし多勢に無勢はどうにもならない。店の中、それから住まいの側も血だらけだった。二人の遺体は町の者たちによって葬られ、家のすぐ裏に丸太で組んだ十字架が二つ並んでいる。
  亮の姿を見つけると町の者たちが集まって来る。
 「金目の物をごっそりやられたよ」 と、おばさんが言う。
 「ウチは娘が犯された。よってたかってなぶりものにされたんだ」 と、年老いた親爺が言う。
  亮はうなずくこともできなかった。町中の家々が銃弾を浴びて穴だらけ。二十数軒の家が並ぶ街並みがぼろぼろにされている。
 「女が二人、白人と東洋系で白人の女が指図していた。男どもは十二人、黒人と東洋系だったんだ。いきなり襲われてルッツとアニタが戦った。敵の四人を倒したんだぜ。町の者は武器を持たない。見ているしかなかったんだ」
  十四人いて四人が倒れた。残りは十人ということなのだが、流しているうち仲間は増えていくもので。

  許せない。店にあった商品がほとんど持ち去られてしまっている。住まいの側に倉庫のような地下があり、かろうじてそこには仕入れたばかりの品物がボール箱に詰められたまま残っていた。
  そしてそこに、錆びたスチールデスクの上に載った黒い無線機。ボール箱を開けてみて、そしたらそれは女の下着と服が少し。キャリーに見させて視線を外したときだった。
  ピィピィピィ
 無線が入った。亮はしばらく見つめていたがコールは鳴り止まない。
 「おいおい遅いぞ、早く出ろや」
  ドイツ語だった。
 「ルッツの店だが?」
  こちらは英語。とたんに相手が英語に変わった。
 「うむ? 君は? 弟を出してくれないか」
 「じゃあ兄貴か? デトレフって言ったっけ? 月からなのか?」
 「そうだ。君は誰だね、なぜそこにいる?」
 「俺は亮、日本人でルッツのダチさ」
 「ああ君か亮と言うのは。話だけは聞いてるよ」

 「冷静に聞いてくれ、ルッツが殺られた」
 「何だと・・」

 「一昨日のことだ。賊に襲われて殺された。一緒にいた女とともに戦ったそうだが」
 「アニタもか? アニタも死んだ?」
 「名まで知ってるとは」
 「聞いてるさ、もちろん」
 「そうか。揃ってさ、二人揃って殺された。店はハチの巣。知らせを聞いて駆けつけたんだが店の裏に十字架が二つできていた。町の者たちが葬ってくれたんだ」
  デトレフは絶句した。もしもいま地球にいたらと思うと、兄としてやりきれない。
  亮は言った。
 「仇は俺がとってやる。ルッツには世話になった。いい奴だったよ。許せねえ」
 「・・わかった、弟を頼む」
 「うむ、もちろんさ。兄貴のことを愛してた、これだけは言っとくぜ」

 「弟さんが・・」
 「仲がよかった友だちが駆けつけてくれていた。偶然話すことができたんだ」
  デトレフに涙はなかった。月へと送られたときすでに地球を諦めた男。けれども力ない言葉が兄の想いを物語る。
  ムーンアイ。そのときジョゼットが観測室にこもっていて、早苗にも海老沢にも知らせてはいなかった。オンタイムでそれぞれに仕事があり、とりわけ早苗は怪我をした者の手術中。
  そしてそのとき月面望遠鏡ムーンアイが捉えた悪魔の姿が大きなモニタに映し出されていた。軸が右斜めに傾いてパルサーを放射する中性子星の姿である。
  ジョゼットはモニタの電源を落とすと立ち上がり、放心して座り込むデトレフの横に座って大きな背中を撫でてやる。
 「いいんだ、それが弟の選んだ道だよ。可愛がった女と一緒に死ねて幸せだったと思う。仲のよかった友だちも仇はとると言ってくれた」
 「うん、そうなのね、うん」
 「ああそうだ。これでもう今度こそ未練はない。地球は終わる、いずれにしても」
 「そうね、うん、そうよね」
  涙を噛むデトレフの姿が心に刺さった。地球など終わればいい。くだらない。何もかもがどうでもいいとジョゼットは思うのだった。

  と、そんなとき、シルバーメタリックトーンのスペーススーツを着込んだ若い兵士が飛び込んで来る。
 「探しましたよ中佐、いますぐ船へ、ジョセットさんも」
 「私もですか?」
 「はい、海老沢さんもお待ちですので、とにかくすぐ」
  月へと送られたあのときのまま停泊する軍船のことである。
 「何があった?」
 「工事現場で大変なものが出たんです。このくらいの」 と言って、兵士は両手を横に開いた。
 「異星人と思われるものの死体が出たんです」
 「何だと、死体が?」
 「もはやミイラです。すごく小さい。そして細い。身長は五十センチほどかと。現場は大騒ぎになっています」
 「わかった行こう」
  ガツンと立ち上がったデトレフに、ジョゼットは軍人の強さを感じていた。

  軍船。兵士百名と武器を搭載する最先端の宇宙船だったのだが、あのとき着陸してから微動だにしていなかった。ダークグレーの船体がいかにも軍船というイメージであり、兵士以外を近づけないため、いまだに宇宙服で外に出て月面車に乗らなければならなかった。
  船に着き、呼吸できるチェンバーで宇宙服を脱ぎ去ると、気密ドアのすぐ外に海老沢が眸を輝かせて立っていた。
 「出たよ、信じられない」
  海老沢はデトレフそれにジョゼットを交互に見て興奮を隠せないといった面色でいる。父親が生涯をかけて探したものについに出会えた。
  狭い通路を行くと、医務室に出る。その硬いスチールベッドの上に、干からびたミイラ、まさにミイラとなった小さな体が横たわっているではないか。

  兵士が言った。
 「妙な樹脂でできた空間を発見したんです。そしたらそこに、この死体が」
  デトレフはうなずいた。
  異星人の死体は骨と皮。大人の手で握れてしまう体の細さ。全裸なのか、ザラザラした肌が剥き出しで着るものは一切身につけない。頭だけが少し大きく、頭蓋骨は額の部分が目立って大きい。小さな目が二つ、丸い耳も二つ、しかし鼻がまるでなく、小さな鼻孔だけが一つだけ穴となって空いている。
  胴体に比べて手足は長く、手も足も指は二本。蜘蛛のような細い指がのびていた。そして性器は、股間に小さな縦の亀裂。干からびた胸に乳房があったのかどうなのかまではわからなかったし、乳首のようなものはないようだ。

  しかしなぜ裸なのか?

  ジョゼットが言った。
 「これは女の子よ。処刑されたのではありませんか、裸なんておかしいし」
  海老沢も同じ見解だった。
 「ベースを放棄するとき裸にされて置き去りにされたんだ。処刑とみて間違いはないだろう。しかしジョゼット、デトレフ」
  デトレフがうなずいた。
 「やりましたね海老沢さん、ジョゼットも。ついに人類は異星人と出会ったんだ。それにしても小さい」
 「身長は四十七センチです。大人なのか子供なのか」
  と、若い兵士は興奮気味に言うのだった。

  裸の女を置き去りにして殺す。異星人は好戦的な種ではなかったかと、このときデトレフは考えていた。

getsumen520

馬鹿げた真実(九話)


  五百万の人類を生かす? 留美が問うた。
 「それどういうこと? 教えてくれるわね?」
  マルグリットはうなずいた。
 「どうせおしまいなんです人類は。私たちの世代には無関係なことですけれど、人類は月そのものを宇宙船として太陽系から脱出しようとしています」
  いったい何を言いだすのか。こいつは馬鹿か。皆それぞれにぽかんとして顔を見合わせ、そのとき亮は、この女は質が違うと感じていた。
  マルグリットは留美を見つめて言う。
 「どうせ狂ってると思ってるでしょうね。でも違うの。いまからおよそ七十年後、私たちの太陽系は中性子星の引力圏に捕らえられてしまいます。太陽は毎秒およそ220キロの速度で銀河の中を回っている。その行き先に恐ろしい悪魔が待っているということなんです。ひとたびその引力圏に捕まれば惑星の軌道が乱されて地球もおしまい。大気が剥ぎ取られ、大地が引き裂かれ、やがてはバラバラに砕け散って地球そのものが宇宙のゴミになってしまう」
  その月面都市の建設にルッツの兄貴が携わっている。亮は思い直してまじまじとマルグリットを見つめるのだった。

  マルグリットはさらに言った。
 「ムーンシップ計画と言います。月を宇宙船として、乗り込めるのは五百万人。その八割が若い女性で、凍結精子を積み込んで世代交代を重ねながらプロキシマケンタウリへと向かうんです。およそ四光年離れた新しい太陽を求めてね。すべての人種を生かすと説明しておきながら実質は白人優先。しかもそこでは強制受胎よ。いやおうなく子宮に種を植えられて子孫をつなぐ。選ばれた娘たちであっても家畜同然の扱いとなるでしょう」
  亮はあらためて思い直した。だからHIGHLYどもはLOWERを減らそうとしているのだし、自分たちに危害が及ばなければ見ぬフリができるのだと。
  留美が問うた。
 「ひた隠しにしていると?」
 「そうです。知られたらパニックになってしまうでしょうし月だって攻撃されかねません。だから私たちでさえが監視下に置かれている。HIGHLY同士であっても危険であれば抹殺される。申し訳ありませんがWORKERやLOWERは人ではありません。HIGHLYであってもそのときには見殺しにされるんです。ムーンシップの旅立ちはおよそ五十年後とされていて、そのとき地球に残った人類は滅亡するしかないのです」

 「マジかよ、はじめて聞いたぜ、信じらんねえ」
  男たちから次々に言葉ともため息ともつかない声が漏れ、亮は眉を上げながら、裸で座る女を見つめていた。この状況で嘘を言う意味はない。
  亮は言った。
 「なるほどね、それで奴らはガキどもを集めてやがるってことか。五十年先の優秀な娘へつないでいくために」
 「ええ、それもそうです。子供たちといっても本音は白人それによほど優れた知能と肉体を持つ者のみ。男の子であれば優秀な精子を残すためだし、より完全な人間をつくっていくため。それ以外は結局のところ使い捨て。そんな世界が耐えられなくなりました。組織を辞めようとしただけで捕らえられそうになり、それで私は逃げたんです。みなさんもそうですが私たちの世代には無関係なこと。そのとき生きていたら私は百歳なんですよ、どのみちおしまいなんだし、せめて最後の地球人を自由に生きたいと思ったから。私は妊娠できません、自らそういう体にしてしまった」

  亮は言う。それは穏やかというよりも淡々とした言いようだった。
 「わかったぜ。誰か着るものをやりな、いまそんな気分にゃなれねえだろう」
  マルグリットを囲む輪が解けて、留美や女たちが歩み寄る。
  留美が言った。
 「逃がすわけにはいかないの。ボスはやさしい人だからああ言ったけど、しばらくは裸のままでいてもらう。嵌め殺しの首輪をさせる。許してねマルグリット、あなたは奴隷よ、性奴隷」
  思いもよらず残酷なことを言う留美。女たちだけでなく声の聞こえた男たちも振り向いて留美を見ていた。
  そのとき亮と並んで歩き出そうとしたコネッサが亮の背中をぽーんと叩いた。
 「さすがボスの女だよ。あえて辛く扱って向こうの世界を諦めさせようとしてるんだわ」
  亮はちょっと眉を上げて微笑んだ。
 「俺たちに同情させるためにもな」
 「そうね、それもあるわね。賢いよ留美って子は」
  コネッサは亮の頬にちょっとキスをして離れていった。
  亮は意識して消えるようにその場を離れ、トイレのある岩間の流れの少し上流へと歩み、透き通った流れを見下ろしながら岩に座った。

  ルッツはそれを知っていたと亮は思った。かつては一緒になって悪党どもと戦っていたのだが、あの町が静かになってから平穏に生きていたいというように穏やかな男になってしまった。人類には未来がない。未来があると思うから社会を良くしようとするのである。
 「亮」
  歩み寄る気配は察していた。キャリーだった。
 「知らなかったわ、私だってHIGHLYだったのに」
  亮はうんうんとうなずいてちょっと笑った。
 「途方もねえ話だが作り話じゃねえだろうぜ。これで狂ったこの世が説明できる。
いま子供じゃなくてよかったぜ。七十年後など知ったこっちゃねえからな」
  キャリーは傍らの岩に座りながら言った。
 「それもあるから公表できないのよ。五十年先の若い娘と言うなら、まだ二世代先のこと。事実を知ったら子供を持って苦労しようとする親はいなくなる」
 「そういうことだな。それでなくても向こうでは少子化だ」
 「皮肉なものよね、WORKERだって奴隷なんだし」
 「それを言うなら俺たちは犬畜生さ」
 「だからよ。その犬畜生の中で子供が増えてる。向こうが本来の人間だよなって言うHIGHLYだって多いんだもん」
  流れを見つめる亮の横顔がほくそ笑む。
 「てめえの人生だけが平穏ならそれでいい。そんなもんよ」

 「ここがそうなの。ああそんな・・」

  マルグリットの声がしたのはそんなとき。透き通るように白い裸身、長い金髪。ボルトで固定するステンレスの首輪をされて、太いチェーンをリード代わりにバートに持たれ、男たち五人がぞろぞろ後をついてくる。
  トイレはここだと言われたマルグリットの声だった。亮もキャリーも、すぐ傍らに現れた白い女にほくそ笑む。男たちはタフだった。地球の終焉など絵空事で実感がない。そんなことより目の前の裸の女を楽しんでいる。
  ひとまたぎの流れに渡され二枚の板に足を分けてマルグリットはしゃがみ込んだ。
 「どうしたほら、さっさとしねえか、あっはっは!」
 「嫌です嫌ぁぁ、お願い見ないで」
  ちぇっ、ったく元気な奴らだと亮が言うと、キャリーが笑って背中をぽんと叩いた。
 「おぉう糞しやがったぜ、あっはっは、たまらねえケツしてやがる」
 「腹にたまったもん、たっぷり出せや。綺麗に洗ってお楽しみはそれからよ、ひっひっひ」
  バートまでが声高に笑い、すぐそばにいた亮やキャリーに目を向けた。

  板をまたぐマルグリットの裸身が紅潮している。体の震えが豊かな乳房を揺らしているのが見てとれる。野獣のような男たちに前と後ろを囲まれての排泄は高貴な女を壊すのに充分だった。
 「すんだらそこの柄杓で水をくんで洗うのさ、わかったかい。出せ出せ、もっと垂れ流せ、あっはっは」
  男たちがゲラゲラ笑う。マルグリットの面色は青ざめていて、白い頬に涙が川のように流れていた。
  リードを引かれて泣きながら板を降りた白い女を、二メートル近い巨体のバートがリードで吊るように引き寄せて、そしてちょっと亮を見た。
 「いただくぜボス」
 「ああ勝手にしろ」
  男たちが一斉に獣の声をあげた。
  リードを引かれてバートの胸板にたぐり寄せられ、さらに吊られて両足が爪先立ち。バートの腕力には抗えない。
  バートの黒く太い指が金色の陰毛の奥底へと無造作に突っ込まれる。
 「あンっ、あぁーっ!」
  男たちが寄ってたかって、乳房を揉み潰し、尻肉をわしづかみ、バートの片腕で吊られながらバートに唇を奪われる。
 「むぐぐ、うわぁぁーっ! きゃぁぁーっ!」
  嵐のような陵辱。リードをバートから受け取った男の一人が、チェーンを腰に巻くようにして頭を下げさせ、尻を突き出させる。
 「そんな嫌ぁぁーっ」
 「やかましい! 尻を出して足を開かんかい!」
  パシーッとバートの大きな手で尻っぺたをひっぱたかれ、女はぎゃっと声を上げた。腿まで下げたズボン。バートの黒い凶器が屹立し、それは前触れもなく白い尻の谷底へと突き立てられた。

 「うわっ! あっあっ! 裂けます裂けるぅーっ! きゃぁぁーっ!」
  くびれた腰を黒い両手にわしづかまれ、ぶるんぶるん震える尻を引き寄せられて、腰を使われぶち込まれる。マルグリットはチェーンのリードを腰に巻く前に立つ男の腰にしがみつき、獣の声をまき散らし、総身をがたがた震わせて叫び続けた。
  あまりにも落差がありすぎる野獣のセックス。マルグリットはカッと眼を見開いたまま口を半開きに唾液を垂らし、達するなどという境地を超えた限りのないピークへと追いやられていく。
  マルグリットの思いはキャリーにはよくわかる。つい数日前に嫌というほど教え込まれたこと。尻が震え、乳房が暴れ、総身に鳥肌が消えなくて脂汗にぬめってくる。恥辱という快楽の沼へ嵌まり込む女体。
 「どうだ、いいか女!」
 「はいぃ、いい、感じるぅ、ああ狂っちゃうーっ! うわぁぁーっ!」
  注挿が速く深くなっていく。マルグリットは長い金髪を振り乱して錯乱した。
  バートが果てて、それでも萎えない凶器が抜かれると、マルグリットは気を失ってがっくりと薄い草に崩れ落ちる。
  仰向けに寝かされて両方の綺麗な乳首をひねり上げられ、痛みにもがいて目を開けると、Mの字に脚を開かされて次の陵辱。白目を剥いて気を失うと乳房を横殴りにひっぱたかれて目を開けて、頬を叩かれ目を開けて、次から次に犯される。
 「わぅなむはぁうーっ!」
 「はっはっは、イカレてやがるぜ」
  喃語のイキ声。取り囲む男たちがほくそ笑み、射精が一巡するとふたたびバート。白い腿を割り裂いて黒く大きな尻が躍動する。

  亮はちょっと鼻で笑い、傍らにいて見つめているキャリーへ目をやる。目と目が合ってキャリーは言った。
 「もうダメね、私もそうだったけど、見てるだけで濡れてくるわよ」
 「そうなのか?」
 「それが女。心のどこかに陵辱を求めるもう一人の自分が棲んでいる。それは魔女でね、あんなふうに犯されると女は魔女の自分に素直になれる」
 「あぁダメわぁ! イクぅうーン きゃわぁーっ!」
  壮絶な声を聞いてキャリーは亮を見つめて眉を上げた。
 「ほらね、よくてよくてたまらない、それが女の正体よ」
  亮は、ふむとため息をつきながら言う。
 「しかしな」
 「そうね、そうやって子を宿しても産む意味がなくなった」
  そうしている間にも、男たちの声とマルグリットのあられもない悲鳴を聞きつけて精液フルタンクの男たちがぞろぞろと集まって来る。
  その男たちに亮は言った。
 「おおい、こっちにもいるぜ、見てるだけで濡れるってよ」
 「おおぅ!」
  キャリーは半分笑った嫌味な横目を亮へと向けた。
 「ひどい人ね、ふふふ」
  微笑みながらキャリーは立ち上がり、群がってくる男たちに拉致された。

  戻って来た亮を女たちの皆で見て、歩み寄って留美は笑う。
 「ひどいことになってるでしょ?」
 「なってるね。キャリーまでが加わったさ」
 「亮はいいの参加しなくて?」
 「それどころじゃねえだろう、心ここにあらずだよ」
 「うん、そうも思うけど、なんだかね・・」
 「うむ? なんだかねとは?」
 「人権がどうの平等がどうの。そんな女って可愛いものかしら?」
 「だから向こうは少子化なんだろ」
  留美はうなずく。
 「いい時代に生まれたのかなって思うのよ。地球の最期を見なくていいでしょ」

 「いい時代に生まれたもんだぜって笑ってたさ」
 「弟さんが?」
 「うむ。なんでも女が居着いたそうだ」
 「女の人が? 恋人なのね?」
 「さあね、職を探して飛び込んできたらしい。アニタという黒人の女性だそうだ」
  月面ベース。
  そのとき地球からは三日月だったのだが、その夜の側に月面望遠鏡ムーンアイが据えられたモジュールは位置していた。
  そのコントロールルームと背中合わせにある月のカフェ。カウンターの中にはすっかり女マスターとなってしまったジョゼットがいて、カウンターを挟んだ席にデトレフと女医の早苗が並んで座る。このとき海老沢は地下の建設現場に出向いていた。広いとは言えないカフェにはカウンターの他にもボックス席が四つほどあり、その三席に男や女が座っている。天井横には丸いガラスエリアの窓が鳥の目のように飛び出していて、半月ならぬ地球の上半分が青く輝いていたのだった。
  早苗が言う。
 「弟さんは知ってるの?」
 「とっくに言ってある。笑い飛ばしてやがったさ、俺には関係ない話だってね」
  ジョゼットがちょっとうなずき微笑んだ。
 「そうなのよね、私たちには無関係。でも哀しい」
  デトレフは言う。
 「知らない方がいいことはあるものさ。ルッツの野郎も、そんなこと言ったって誰も信じやしねえよって笑ってら」

 「あのことは知らせてる?」
  そう言ったジョゼットにデトレフは首をちょっと横に振った。知らせてはいなかった。
  月面の開発が進むうちに当然のように地球からは見えない月の裏側へと人の手がのびていく。
 「愕然としたぜ、まさか先客がいようなんて、それこそ言ったところで信じる者はいないだろう」
  月の裏側に、かなり以前に打ち捨てられたと思われる地下空間を発見した。どれほど前のものなのかは見当もつかない。銀色の不思議な樹脂で固められた壁面を持ち、しかし中はがらんどうで何一つ置いてはなかった。それほど広いものではないし天井も低かった。モジュールとモジュールをつなぐパイプも人が這って通り抜けるほどのサイズしかない。宇宙からの来訪者は小さな生命体だったと思われる。

  そしてそれを知るのは、ここいるメンバーの他にほんの数人。そのとき月面車で探査に加わった軍の数人だけだった。極秘として地球には報告しない。そう決めていたのである。
  ジョゼットは言う。
 「地球上には理解に苦しむものがいろいろあるけど、それらの説明がついた気がする。人類ではとても勝てない文明を持つエイリアン。五十年後には私たちだってエイリアンになるのですからね」
  早苗は言った。
 「会ってみたい気がしない?」
  デトレフが応じた。
 「むしろ来てほしいぐらいだね。あれほどの技術があるなら分け与えてほしいもの。どんな動力を備えたどんな宇宙船でやってきたのか。どうして月を捨てて去ってしまったのか。いまいったいどこにいるのか。地球を救う手立てはないものか。訊きたいことはたくさんある」

  ジョゼットは言う。
 「弟さんには会いたくないの?」
  デトレフは両手をひろげて首を竦める仕草をした。
 「さあね、会ってあいつの人生を羨むのはまっぴらだし」
  ジョゼットと早苗がカウンター越しに目を合わせ、そうかもしれないと言うように互いに目配せで笑っていた。

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