2017年11月20日

本格時代劇 白き剣(十三話)

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十三話 陰童子


  ひどく枯れ果て、思わず手を差しのべてやりたくなる老爺は、粗末な綿入れを脱ぐと、下にはやはり綿の入った作務衣のような着物を着ていた。冬の深夜で冷えたのか火鉢の焔に手をかざし、背を丸めて寒そうにしている。その姿はもはや人とは思えない。黄泉国から迷い込んだ亡霊のようでもある。
  鷹羽は茶を淹れて卓袱台に置いてやり、たたまれた夜具の中から掻巻布団を手にすると細く萎びた体にかけてやる。
 「すまぬな。わしなどなぜに生きておるのかわからぬ齢よ」
  独り言のようにそう言って赤い炭火に骨と皮となりはてた手をかざす。この老爺は、はたしていくつほどだろうと鷹羽は思った。八十やそこらではない気がする。人の生気のようなものが感じられない。

 「ふっふっふ、物の怪じゃと思うておろう? そなたごとき小娘の胸内など見透かせるというもの。このわしの中にも陰童子(いんどうし)の血が流れておるゆえな」
  これほどの年寄りでありながら、そばにいて怖気(おぞけ)のする者を見たことがない鷹羽。声も出せず見守っていた。
  老爺は言う。
 「陰童子とはすなわち物の怪。魔界に棲む化け物じゃと思えばよかろう。風間小太郎は兄のようなものじゃった」
 「なんと」・・と鷹羽は呻くように言うと今度こそ声を失って、炭火に照らされて赤い老爺の横顔を見つめていた。
  風間小太郎とはつまり風魔小太郎。百年以上も前に処刑された風魔忍びの総帥である。その小太郎と兄と言うは、すなわちこの老爺の歳が知れる。百十歳をこえているというのだろうか。

 「わしは久鬼(くき)と申してな。小太郎めが怖がって一党から追い払った男じゃよ。されどそのとき、わしの血はすでに風魔の女に注いであって、幾年(いくとせ)世を経て、やがて化け物を産んだということじゃ。にわかには信じられまい、のう伊賀の娘よ」
 「あたしのことをいかにして?」
 「陰童子というもの心などは見透かせる。言わずと知れた伊賀の鷹女(ようじょ)よ。違うかの? ふっふっふ」
  怖い。身の毛がよだつ。この老爺に隠し事は通じない。気が遠のいたほんの一瞬、あたしは丸裸にされてしまった。さしもの鷹羽も老爺の前では赤子も同然。
 「わしにはわかるのじゃ。わしの血を受け継ぐあの者が動いておる。柳(やな)とその娘の葛(かづら)じゃよ」
 「柳と葛?」
 「そうじゃ。母は化け物、されど娘にその力はそうはない。そなたに頼みたいことがある。柳は災いをもたらすだけの者。されどその娘は違う。我が血を絶やさぬよう守ってやってほしいのじゃ。このわしが若ければ立ちもするが、もはやいかん、柳には勝てぬ。柳は化け物、心してかかることじゃな」

 「柳は白き雪の森の淵におり、しかしいまは江戸におる」
 「白き雪の森とは?」
 「この街道の行く先よ。そなたらは散ったゆえに見落とした。この街道の行き先の美しき湖(うみ)が淵。家康が神となりてそこにおるわい」
 「ならば日光?」
  久鬼は骸骨と化した小さな顔を横に向けて鷹羽に微笑む。
  鷹羽は問うた。
 「柳と申す者、いまどこに?」
 「さてな、それはわからぬ。わしが柳を感ずれば柳もまたわしを感ずる。邪視を用いれば念の波動が伝わって知れるというもの。この道筋のどこかで柳の念を感じたゆえ、こうして出て来た。されどそこでぷつりと途絶えた」
  鷹羽はそれでも半信半疑。そのようなことがあるものかと探りの眸色で久鬼を見つめる。
 「して老師、老師ほどのお方が勝てぬ相手に我らはいかにして臨めばいいのかと?」
 「無あるいは止水のごとし。念を跳ね返すもまた念じゃが、念を持たぬもまた力よ。よいか小娘、きっと頼むぞ、娘だけは救ってやってほしいのじゃ」
  それだけを言うと久鬼は疲れたと言って、たたまれた夜具を見た。鷹羽は布団をのべてやって老爺を寝かせ、すぐそばに座って目を閉じた久鬼を見る。
  童のような寝顔。
 「寒くはござらぬか?」
 「少しな」
 「はい」
  鷹羽は布団をめくらないようそっと上げ、添い寝をして横たわる。なぜそうしたのか鷹羽にもわからなかった。百十余年を生きた神のような男だからか?

 「そして逝ったと?」
  美神の問いに鷹羽はちょっとうなずいて顔を伏せた。
  添い寝をして寝てやって、朝には冷たくなっていた。久鬼が逝った。最期の力を振り絞って思いを伝え、そして逝った。
  翌日、鷹羽は鷺羽鶴羽を集め、夕刻前には揃って艶辰に戻っていた。
  鷹羽の報告で今宵の座敷はすべて断り、皆が揃って話を聞いた。男芸者の二人、お艶さんの三人娘とお光はその場にいない。
  鷹羽が言う。
 「なにやらわけもわからぬうちに、あたしは爺様といるような心持ちになれていて心が静められていたんです。穏やかな死に顔でした」
  美神は静かにうなずき、そして皆を見渡した。
 「これで敵が知れたというもの。おそらくはその柳なる者の力を借りて何者かが画策したもの。それについては知れてはいない」
  そのとき宗志郎の右に置かれた青い鞘の真新しい剣に目をやり、品川あたりで東海道を張っていた鶴羽が言った。ハッとしたように剣を見た鶴羽の目に気づいた宗志郎が新しい剣へと目をやった。

 「そう言えば西国の者どもがちょっと」
  それがかかわりのあることなのか、どうなのか、鶴羽の声は大きくはなかった。
 「西国の商人どもの話を聞いたもので。その者らはこう申しておりました。『儲かりますな。なにしろ鉄の採れないところが、にわかな鉄の産地。売れて売れてなりませんなと」
  宗志郎が言う。
 「鉄の採れない鉄の産地と言ったのだな?」
  鶴羽はうなずき、そして応じた。
 「そのときは探るものでもなく聞き流してしまったのですが、おかしな話だと思ったもので」
  宗志郎は黒羽を横目に見、黒羽もまた宗志郎へと目をやった。
  宗志郎が誰にともなく言う。
 「鉄などないのに鉄の産地ということは、諸藩が下げ渡した古い武具がどこかに集まり、この刀のような新しい武具として生まれ変わる。弛んでいるのは外様よりも親藩そして譜代であり、そこから流れた古鉄でつくった優れた武具ができているとすれば、商人どもはどうすると思う?」
 「売り先を探すだろうね」
  黒羽が言って宗志郎はうなずいた。
 「世が乱れれば呑気な徳川方などはさておいて外様どもは武具を揃え直すようになるだろう。鉄がないのに鉄の産地となったところとすれば、売れるなら莫大な財ともなろう」
  美神を襲ったのは明らかにどこぞの藩に仕える武士だった。と言うことは、武器商人とどこぞの藩がつるんだ企て。紀州藩から将軍が迎えられ、尾張としては面白くない。また将軍吉宗の時代はこれからであり、乱すならいま。

 「黒羽、行くぞ」
  ふと出会った一刀が深みに行き着く鍵となるかもしれない。宗志郎は真新しい青鞘の剣を取り、黒羽と二人で立ち上がる。この刻限なら美鈴はまだやっている。話ぐらいは聞けるだろう。
  そしてそれと同時に、美神は鶴羽ら三人のくノ一に言った。
 「いま言ったあたりに絞って探る。鉄の流れと武具の動き。売るのは誰か。得をするのは誰かだよ」
  鶴羽はうなずき、鷹羽と鷺羽に目配せして座を立った。
  斜陽の下を歩きながら宗志郎は言う。
 「さりとて合戦までを望むわけではあるまい。世が乱れる気配でいい。商人どもの企みなら売れればよし。また背後にどこぞの藩が控えておるにせよ、倒幕を企てたと知れれば潰されるは必定」
 「あくまで商い?」
 「そういうことだ。したがって敵は紀州藩そのものには手を出さない。出入りの商人であらば武家に害はさしてなく、世を騒がせることはできるだろう。その柳とやら、隠れ家は日光と言ったな」
  黒羽はハッとする。
 「日光と言えば下野(栃木)、天領でもあり、下野佐倉藩はそれこそ御老中、戸田様の領地」
 「そういうことだ。下野に幕府の目が向けば戸田様を失脚に追い込むこともできるだろう。厳格厳正ゆえ、うとましく思う輩も多いゆえな」

  この剣は備前の刀工の手になるもの。宗志郎は腰の青鞘の刀に手をやって考えた。
  備前岡山と言えば豊臣家五大老の一人、宇喜多秀家からはじまる土地柄。その後、あの小早川秀秋を経て、池田家に受け継がれた外様の領地である。
  いまさら池田が謀反を企てるとも考えにくいが、これで少しは見えてきたと宗志郎は確信した。備前はもともと刀剣の産地であったのだが、太平の世が続いて刀剣の需要が減ったため備前の刀工は減る一方。藩としてもそうした者どもを守らなければ財政が苦しくなる。そこに古鉄を扱う商人どもがつけ入ったということか?
  さらに紀州家から出た八代将軍吉宗は、逼迫する幕府の財政をふまえて倹約へと舵を切る。尾張は違う。御三家筆頭の尾張徳川家。徳川の栄華を示そうと、何かにつけて倹約には異議を唱える考えだ。
  そう思うと、黒幕の背後にさらに黒幕がいるということも。武具までにおよぶ倹約は尾張としてはますます許しがたい。徳川の弱体化につながりかねないからであり、そうした吉宗の目論見を厳格厳正に行う老中の戸田が目障りなのだ。
  すべてに辻褄が合ってくると宗志郎は考えた。

  永代橋を渡って八丁堀の縁にある刀剣そのほか武具の店、美鈴。
  宗志郎と黒羽の二人が歩み寄ると、店じまいの刻限だったが、主が帳簿の書き込みのためか店先に座っていたのだった。
 「これはこれはお武家様、それに奥様も。何か不具合でもございましたか?」
  宗志郎は微笑んでそうじゃないと首を振った。
 「じつは拙者の知り合いに見せたところ、ぜひにも見たいと言うのだが、これと似たようなものはあるのかと思ってな」
  店主は嬉しそうな顔をしたが、いますぐではむずかしいと言う。
 「それほどのものとなりますれば出入りの問屋に探させねばなりませんし、おそらくは新たに打たせることになるものやと」
 「そうか、ならばやむをえまいな。こうしたものはそう多くはできぬものか? その備前の刀工とやらには?」
  主は微笑んでうなずいて言った。
 「まずもって鉄が足りませぬ。古い鉄は大坂あたりの鋼商(こうしょう)どもが集めて回っておるですが、なにぶん質が良いもので、備前だけでなく、京は山城、奈良なら大和、美濃もあれば相州(相模)もあり、そうした方々の刀の産地に買い付けられてしまうのですよ」
 「ふむ、左様か」
 「はい。さらには堺あたりの鉄砲鍛冶もありまするが、大坂あたりは天領でもあり御公儀の目もありますゆえ、そうそう多くは造れませぬ」
  幕府は刀剣ならともかくも鉄砲や大筒を厳しく取り締まっていて、個人での所有を禁じていた。藩として買い付けるには幕府の許しがないと勝手に調達するわけにはいかない。
  さらに店主は言った。
 「また、古鉄もあるときはありまするが、なくなるといつ出るとも知れぬもの。ときとして関ヶ原以来の古い大筒や鉄砲などが多く出回ることがあり、そうしたときには新たな剣も造られるものですが、ともかく古鉄はそう多くはありませぬ。まあ、とは申せ、ぜひにもとおっしゃっていただけるなら手を尽くして探してはみますが、おそらく新たに打たせることになるかと存じます」

  宗志郎は、さも残念という素振りを見せて、それとなく言った。
 「諸藩としても武具をあらいざらい吐き出すわけにもゆくまいしな」
 「左様でございますな。お武家様には失礼ながら、諸藩それぞれ懐具合もございますでしょうし、百出して百揃えるわけにもいかず、せいぜい新たに二十といった有様ゆえ、それではイザというとき足りませぬ。よって古い武具も備えておかねばなりませぬゆえ」
 「うむ、まさに」
  と、そこで店主はこう言った。
 「とは申せ、先ほども申し上げた刃物の産地では古鉄は奪い合い。武具と申しても古くなれば使い物にはなりませぬし、鉄砲など百出して二十を入れてもそれが新式鉄砲となれば話は別。関ヶ原以来の古い火縄銃などもはや鉄屑同然ですゆえな」
 「ほう、そんなものなのか?」
 「そんなものでございますとも。いかに鎖国とは申せ、そこはそれ、新たなものはどこぞから入ってくるもの。南蛮渡来の連発銃にいたっては一丁で古い銃の数丁分の働きをすると申しますし、古い大筒一門分の鉄で多くの新式銃が造れるもので」
 「なるほど。すると鍛冶どもを多く抱える藩にとっては金づるともなる?」
 「いかにも左様にございますが、それらのほとんどは西方の藩かと存じます」
  江戸の周辺、大阪の周辺と尾張の周辺、そこは天領(幕府の直轄統治)、親藩そして譜代で固めておいて、外様の大大名の多くは遠くに配してある。つまり鉄で得をするのは外様ということになるわけだ。
  参勤交代では国元が遠いほど移動に莫大が金がかかる。そうなると外様は苦しい。なりふり構わず財をなそうとするのもうなずける。
  宗志郎は黒羽にちょっと目配せをし、それから店主に言った。
 「よくわかった。急ぐものでもないゆえ折をみてあたっておいてくれればよい。ともかくもう一振りだ」
 「かしこまりましてございます」
  店主は腰を低くして若い侍とその奥方を送り出す。

  歩きながら宗志郎は言う。
 「新式銃か」
 「あり得る話です」
 「まさに。そうしたものを公儀に持たれ我が身が古式では話にならん。武器商人の思うツボ。世を騒がせればますます引き合いも多くなろう」
  仲むつまじき夫婦を気取ってそぞろ歩き、その頃暗くなってきて、二人はその足で宗志郎の小さな家へ向かうのだった。

  八丁堀の縁からそう遠くはない宗志郎の小さな家ではあったが、そぞろ歩いてやってくると闇が濃くなり、夜冷えの風が流れていて、家の中はひっそり冷えて静かであった。
  のべられたままの夜具にくるまり、久鬼と言う枯れきった老爺が穏やかに眠っている。宗志郎は黒羽と並んで掌を合わせ、安心して眠るような久鬼を見つめた。
 「まさに仙人のごとき穏やかな顔だ」
 「心残りを鷹に伝え、最期は鷹に抱かれて逝ってしまった。さぞ安堵したことでしょう」
  それにしても、いまから百十五年も前に死んだ風魔小太郎を兄のようなものと言った、この老爺。それだけの歳月を生きていただけですでに仙人のようなものである。気づいたら死んでいた。たまらなくて抱いてやったと鷹羽は言った。
  身内のような気がしたのだろうと宗志郎は思う。

  とそこへ、その鷹羽と鶴羽鷺羽の二人がやってくる。夜陰に乗じて屍を運び出す。どこぞの寺で葬ってやりたいと考えた。老爺を運び出してより、三人のくノ一には柳を追う役目がある。
  老爺の亡骸を一目見た鷺羽が言った。
 「眠っているよう」
  皆がうなずき、宗志郎は言った。
 「こなたのおかげよ。もやもやとしたものがつながった。我らで弔ってやろうじゃないか。百十余年を生きるとは、なんと見事な男であろうのう」
  三人は一様にうなずいて、やさしい娘の目を向けた。いまを生きるすべての忍びの父のような老爺である。
 「では、あたしらはこれで」・・と鶴羽が言うと、黒羽が応じた。
 「ご老体の念が消えたと悟った柳はいずれ動く。藩として表立ってかかわるわけはなかろうから、出入りの商人をあたることだよ」
  三人はうなずいて、布団にくるんだ久鬼の亡骸を運び出し、荷車に載せて去っていく。

2017年11月19日

本格時代劇 白き剣(十二話)

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十二話 鉄のゆくえ


「槍を錆びさせるとは武家も堕ちたものだ」
  宗志郎は小声で言って闇の虚空を見つめていた。
  翌日の艶辰の夜。宗志郎のために支度された部屋に独り。忍び寄る女の気配を感じ、宗志郎はそんな考えを中断した。
  襖がそっと開いて灰鈍色(はいにびいろ)の寝間着姿の黒羽が入ってくる。今宵の黒羽は少し帰りが遅くなり、湯から出たところであった。黒羽は静かな闇の中に横たわる末様の隣りへ音もなく寄り添った。
 「温かい」
 「いま湯から」
 「うむ? そうじゃない、この艶辰のこと。夕べも鷹羽が泣いていた。女将さんに羽をもらったなと言うと、そっと背を向けて泣いているようだった」
 「抱いてやればよかったのに」
 「それでいいのか?」
  そっと抱かれ、背を撫でられて黒羽はちょっと笑うのだった。
 「あたしを気にして?」
  末様は応えない。何かを言えば無粋というもの。

 「しかし」・・と言って宗志郎は、女の柔肌とはまったく逆にある武士の武器を考えた。槍や鉄砲を錆びさせる武士の堕落。太平の世が弛めてしまった武士の心。それは外様よりも親藩や譜代に顕著。徳川の世が定まって外様どもは諦めの境地。そしてそれが徳川方の備えを増して弛めてしまった。
  宗志郎は言う。
 「庭番の世か」
 「忍びなど無用の長物」
 「まあそうだ。鷹羽が言っておったよ、仕えた主家では蔵で槍が錆びていると」
 「今度のことも、そのへんに不満を持つ者どもの仕業かも」
 「あるいはそうかも知れぬ。刀が折れると嘆いておった」
 「刀が折れる? どなたが?」
 「城中の者どもさ」
 「それもまた太平の世の移ろいかと」
  黒羽は抱きすがる末様の背をそっと撫で、その手が降りて引き締まった男の尻をそろそろ撫でる。

  刀というもの、鋼(はがね)でつくる。しかし慶長の頃というから江戸幕府ができる頃にその製法が変わってしまった。製鉄の技術が進み、混じりものの少ない刀の地金ができるようになると、鋼は硬度を増して切れる刃となっていく。
  けれども硬くて切れる分、折れやすくなってしまい、当時の刀鍛冶は粘りのある鋼を抱き合わせるなど工夫を凝らして折れにくい刀をつくったものだ。
  しかるに太平の世が続き、刀を持つ意味がなくなると技能に優れた刀鍛冶も減っていき、未熟な刀工がつくった刀が折れやすくなってしまったのだ。
  慶長以前の古い刀を『古刀』と言い、それ以降を『新刀』と言って区別している。古刀は鋼に不純物が多い分、粘りがあって折れにくく、またその頃は優れた刀工も多くいた。これは鉄すべてに言えること。したがって古い武器や古釘、農具など、古い鉄が高価で取り引きされたものである。

  しかしこのとき、宗志郎も黒羽も、話の成り行きでそこへいったに過ぎなかった。

  闇の中で抱き合って目を見つめ、唇を重ねていく。末様の手があやめの寝間着に忍び込み、あやめの手が末様の下穿きに忍び込む。
  二人横寝になったまま、あやめはくるりと後ろを向かされ、背越しに抱かれて白い乳房を愛される。
 「ぁぁ末様」
  乳房を愛され、うなじにそっと男の唇が這い、黒羽はふるふる震えだす。
  乳房をくるんだ片手が滑り、鳥肌の騒ぐ素肌を撫で降りて、性の飾り毛を撫でられて指先が女の谷底へと降りていく。
 「く・・」
  声を噛むあやめ。腰を張って尻の谷を強く勃つ末様に押しつけて、黒羽の女体がしなやかに反り返る。
  あやめの花はおびただしく蜜を流し、寝間着の尻がめくられて黒羽は手を噛み声を殺す。熱い熱い強張りが尻の谷越しに性の花を蹂躙し、ぬむりぬむりと黒羽を犯す。
 「んっ・・くぅ」
  どこか遠くへ行ってみたい。淫らな声を吼え散らして達してみたい。
 「あやめ」
 「末様、あぁぁ末様ぁ」 と甘く喘ぎ、そして黒羽は言う。
 「鷹のことも可愛がってやって。あたしとおんなじ。鷹だって末様が好きなんだから」
  馬鹿なことを言うんじゃないと言うような鋭い突き上げが女体の奥底までをも貫いた。
 「ぁむぅ!」
  白い尻が振り立てられて黒羽は夢の空へと羽ばたいた。

  そしてその頃、美神の寝所。
  今宵も座敷でさまざまあったお艶さんの三人娘が、一糸まとわぬ美神の裸身に群がっていた。達しても達しても次々に襲う性の高み。美神は女体のすべてを与え、泣いているかのようにとろんと眸を潤ませているのだった。
  気が遠くなる高みに耐えて己を捧げ、それからも美介彩介恋介の白い腿を開かせきって、それぞれの花蜜を吸い取るように舐めてやる。
  四人の裸身が絡み合い、そのまま眠りに落ちていく。そうして眠って翌朝になると、座敷であったすべてのことが忘れられ、若い三人の女たちは美神によって洗われる己を感じて生娘の心に戻れるのだった。
  艶辰の中でたった一人、お光だけは、美神に尽くすだけで褒美をもらったことがない。お光には男芸者の二人をあてがう。お光の若い花までは犯さないというだけの男女の肌合わせ。お光にはそれがいいと考えた美神であった。
  お光にだけは艶辰の役目を背負わせたくないのだが、そのお光は剣の稽古に励んでいる。心苦しい美神だった。

  翌日もまた冬晴れで江戸の空に雲がない。それなりに寒くても風がなく、陽射しが冬を春へと押しやっているようだ。
  末様とあやめは永代橋を渡って歩き、八丁堀の縁まで来た。そのときそこに黒羽も知らない刀剣の店ができている。いつの間に。
 「こんなところに刀。ここは確か米屋だったと思うのですが」
  刀剣『美鈴(みすず)』という板焼きの刻印のある看板が上がっていて、その店の少し奥に刀や匕首が並べられていたのだった。その中の白木の鞘におさめられた一刀が目についた宗志郎。いい刀は仕込み杖のようにして置かれてあって鞘や柄は刃の保護のため。鞘や鍔は別に好みを選んで刀に仕立てるものである。
 「これはいらっしゃいませ、お武家様、奥様も」
  店の主人らしい四十年配の男が腰を低くして言う。
  奥様と呼ばれた黒羽は恥ずかしい。一歩退いて店の中を見渡していた。
  このとき宗志郎は普段着の着流しだったが一見して凜々しい武士。片やの妻も、あたりまえの姿でも品がある。これは上客と店主は思ったのかもしれなかった。

  刀剣の美鈴はできたばかり。店の中に真新しい木の香りが漂っている。
  宗志郎は白木の鞘におさまった一刀を取り上げた。横一文字に拝み取り、そっと刃を抜いてみる。
 「これは」・・と言ったきり声をなくした宗志郎。そばにいて覗き込む黒羽の目もキラと光る。

  その刃文(はもん)は、鎌倉時代を思わせる華やかな重花丁字(じゅうかちょうじ)と呼ばれるもので、鍛え肌は杢目(もくめ)。鍛え肌とは刀工が鉄を叩いて整形するときにできる地金そのものに浮き立つ模様のことである。
 「ふうむ、見事なものだ」
  店主は腰を低くして笑う。
 「さすがでございますよ、お武家様は。それほどのものは滅多にそこらにございません。それは備前(岡山あたり)の刀工、定晴(さだはる)の手になるもの。歳は若くしてなかなかの腕を持つと評判なのでございますよ」
 「そうか定晴と言うか。うむ、これは見事だ。これほどのものは滅多になかろう」
  鞘を黒羽に預けておいて、宗志郎は剣を構え、その重さの配分もこれよりないというほど素晴らしい。
 「していかほど?」
 「三十と申したいところ、お武家様はお目が高く、お刀にふさわしき主かと。よろしければ二十でいかが? 鞘と鍔、それに小柄(こづか)もともにということで」
  これで二十両は安い。一両の価値はモノによっても変わるものだが、およそ十数万円だと思えばいい。つまり三百万円弱となるわけだ。これほどの刀であれば三十してしかるべき。そこらの武士の刀はせいぜい数両で求められるものであり、それらとは格が違う。

  店主は言った。
 「それは鍛え直しの一振りでして、古鉄(こてつ)の薙刀二柄(なぎなたふたえ)を刀の一振りに鍛え直したもの。ゆえにお安くはできませぬ。まず折れもせず刃こぼれもせず、無名ながら胸を張っておすすめできる名刀かと存じます」
  黒羽もそう感じて刃を見つめた。これは古刀の名刀にも匹敵する見事な一振り。宗志郎様にこそふさわしいと思って見ていた。
  しかし安くても高い。
  宗志郎は言う。つい昨夜考えたばかりのことである。
 「古鉄の薙刀を鍛え直すと?」
 「左様でございますとも。西方のある藩が武具の入れ替えのため下げ渡した薙刀で鍛え直した一振りで。物の価値と申しますが、失礼ながらお武家様方は錆びた古鉄とすぐにそうして見放してしまわれる」
 「ううむ、左様か」
  このとき宗志郎の中にもやもやとした思いがあった。そうやって捨てられる刀剣がどれほどあるのか。そしてそれらが、いまの刀剣よりも優れた刀となって蘇る。それをいったい誰が手にするのだろうと。
  しかしこのときもまだ、ふと思ったまでのこと。
  見事な刃に目を細め、そっと鞘におさめる宗志郎。宗志郎の腰にあるいまの刀も新刀。それはそれで見事なものだが、くらべるとやはり格が違うと黒羽は思った。

  黒羽は言った。
 「ではそれを青い鞘に仕立てておくれ」
 「青でございますか?」
 「青が好きです、空の色」
  宗志郎は黒羽を横目にするのだったが、「それはあたしが」と言うように黒羽はちょっとうなずいた。
  店主は言う。
 「かしこまりましてございます。では十日ほどお暇をいただいて、さっそく名工に委ねましょう」
  鞘や柄(つか)には、それを専門とする職人がいるものだ。
 「今日のところはこれで」と言って、黒羽は手付けの三両を手渡した。
  店を出てから末様が言う。
 「確かにあれは欲しい刀、金は俺が用意する」
 「いえ、それはあたしが」
  末様は微笑んでうなずくと黒羽の肩をそっと抱いた。金は俺が用意する。あやめの心が嬉しかった。

  伊豆から戻って数日また数日。師走となっても暖かな日々が続いている。
  あれから鷺羽鶴羽鷹羽のくノ一三人は艶辰に戻っていない。芸者として以外の出入りが目立つと目をつけられることにもなりかねない。忍びとはそうしたもので、役目が与えられると何かをつかむまでは戻って来ない。
  宗志郎の末様ぶりも板についてきていた。艶辰にいるとき侍言葉が出なくなる。下々という言葉があるが宗志郎はそれを嫌う。そうした末様の人柄が界隈でも話の種になっている。黒羽と出かけることが多く、黒羽のいい人らしいと噂になった。

  朝の稽古。真新しかった木綿の生成りの忍び装束が着慣れてこなれ、お光にはよく似合う。鷺羽鶴羽鷹羽の三人がいなくなって、稽古のほとんどは剣か棒。今朝は紅羽が棒を握って対峙する。長さ五尺ほどの八角棒で、それはちょうど僧が持つ錫杖(しゃくじょう)によく似ていた。
 「もっと腰を沈めてやわらかく」
 「はい!」
  棒を槍のように突き込むが、そんなものは紅羽の敵ではない。あしらわれ、横をすり抜けられて尻を打たれる。ぎゃっと悲鳴を上げてお光は転がり、尻をおさえてのたうっている。

  末様が座って見守り、今朝はその両隣りに黒羽と美神が座っていた。男芸者の二人とお艶さんの三人娘はこれほど激しい稽古はできない。色が売り。体に傷を残すわけにはいかないからだ。
  そんな中で一人だけ、下働きのお光であれば厳しく鍛えていける。お光もまた眸の色が違う。死に物狂いで立ち向かう。
  末様が小声で言った。
 「スジがいい」
  美神が言う。
 「もう少し早けりゃね」
  お光は年が明けると数えで十八。修行をはじめるには少し遅い。それがわかっているからお光は懸命にやっている。
  黒羽は目を細めて見つめている。日々の鍛錬で甘えが消えて、きっといい芸者になると思えたからだ。三味線も踊りも稽古は厳しい。箸ひとつ使うにしてもできなければ話にならない。お光はここへ来たとき箸さえまともに使えなかった娘である。

  お光の気合い。
 「トリャァァーッ!」
  カン、カーン! 乾いた樫の棒が交錯していい音を響かせる。打ち込みが鋭くなった。お光はすばやく体をさばく。猫のようだと黒羽は感じた。
 「まだまだ!」
  バシィィと、したたかに尻を打たれ、棒を取り落として尻を押さえ、跳ね回るお光。
 「もう一本!」
 「よし、かかっておいで!」
  カン、カン、カーン! 突きを跳ねられ、しかし棒を回して地から振り上げ、また回して天から振り降ろす。勘がいい。いっぱしの型になりつつあると末様は微笑んだ。
  しかしまたしても尻を打たれて転がって、逆エビに反り返ってじたばたもがく。
 泣きながらの稽古であった。
 「痛いのはあたりまえ! 棒を放すな! 諦めてどうするか!」
 「はいぃ!」
  地べたを這うようにして棒に取り付き、立ち上がって構えるお光。
 「よし、それまでにしておこう」
  紅羽がやさしい姉様に戻るとき。
 「はい! ありがとうございました!」
 「だいぶいいよ。着替えて姉様たちを手伝うんだ」
 「はい」
  笑って深く一礼するお光を見ていて、美神は震える思いがする。こんな娘を手籠めにする輩が許せない。敵が禿だろうと生かしてはおかない!

  その日、宗志郎は一度は城に登ったものの早々に引き上げて、川向こうの小さな家を覗き、甘い菓子の包みを置いて、艶辰に帰り着く。夜となって冷えてきていた。黒羽も紅羽も、お艶さんの三人娘も今宵はいない。男芸者の二人と美神がいて、それに加えて宗志郎。それからもちろんお光も残る。
  美神は「さてお光」と言って手招きしながら立ち上がり、自らの寝所へ向かう。
  お光に布団をのべさせておき、美神は一糸まとわぬ姿となって横になる。お光は声もなく、あまりに美しい裸身を見つめる。
 「さあ、脱いでおいで」
 「はい女将さん」
  裸になったお光の尻と言わず背と言わず、激しい稽古の青い痣が残っていて、美神は、ふわりとやさしい乳房の谷に抱いてやり、痛いはずの背や尻を撫でてやる。
 「おまえはよくやってるね、いい子になったよ」
 「はい。嬉しい女将さん」
 「うんうん。さ、あたしを可愛がっておくれ」
 「え・・」

  抱かれて口づけ。それから美神はうつぶせに一度寝て、腰を上げ、犬のように這っておいて、すべてを晒した。
 「よく舐めて、あたしが達するところまで」
 「女将さん、あたし嬉しい、ぅぅぅ」
  泣いてしまうお光。
 「ふふふ、しょうがない子、いいわ、おいで」
  美神に手を取られて下に寝かされ、若い乳房を揉まれて乳首を吸われる。
 「あぁん女将さん、震えますぅ」
  膝を立てさせ、濡れる花をひろげておいて、美神は逆さにお光をまたぎ、甘く濡れる美神の花をお光の口許へと押しつけていく。そしてそうしながらお光の花園へと顔を埋めて舐めやる。
 「あぅ、女将さん、そんな」 と喘ぎながら、お光の裸身が反り返ってふるふる震える。けれどもすぐに弾かれたように顔を上げ、突きつけられる美神の花へと舌をのばして吸い付くように顔を埋める。
 「んふぅ! あぁぁ心地いい、お光は可愛い、可愛いんだよ、お光」
 「はい、ありがとうございます。あぁん女将さん、あたしも震える。はぁぁ!」

  お光はその夜、美神の夜具で眠りについた。
  そしてちょうどそんなとき、川向こうの宗志郎の小さな家に柿茶色の忍び装束を着た鷹羽が戻る。探れど探れど、これといったものがない。敵はいまのところ動いていない。次の餌食が出る前に。そうは思ってもどうすることもできなかった。童を連れた母親らしき女などそこらじゅうにいるのだから。
  鷹羽は、美介が聞き込んだ旅籠のある奥州街道沿いを張り、鷺羽は紀州屋敷に近い甲州街道への道筋、鶴羽は日本橋から南にあたる東海道の道筋を。
  そうやって手分けしても、たった三人ではどうにもならない。
  今宵もまた手ぶらで戻り、しかし卓袱台に置かれた菓子の包みに微笑んで、まずは風呂。あがって寝間着に着替えたときだった。そのとき刻限は、暁の九つ(午前零時半)を過ぎていた。

  茶を淹れて卓袱台に置き、菓子の包みに手をかけようとした、そのとき、小さな家の戸口に忍び寄る気配を察し、鷹羽は跳ねて転がって黒鞘の忍び刀に手をかけた。

 「誰か?」
 「開けてみよ、敵ではない」
  ひどく枯れた老爺の声。しかしいま時分、そんな老爺がなぜ?
  刀を手に戸口に潜んで気配を探るが、気配は一人。
 「開けよと申しておるではないか。探りの先にあるものを持って来てやったのじゃぞ」
 「何・・」
  敵ではなさそうだと感じたものの、こちらの探りを見透かされてしまっている。
  相手は老爺。開けてもし敵なら斬る。鷹羽はそう思い、そっと引き戸を開けてやる。
  と、そこに、身の丈五尺(およそ150センチ)そこそこの枯れ木のような老爺が立っている。まっ白な垂髪、干し柿のような顔の中に落ちくぼんだ目が二つ。そしてその手に仙人が持つような螺旋竹の杖を持っている。
  老爺はちょっと微笑むと戸口をくぐって中に入り、後ろ手で引き戸を閉めた。
 「禿を伴う女では探せど探せどあてなきこと」
 「そなたは何者か?」
 「見ての通りの枯れ木じゃよ。このわしが何を言おうと信じまい。邪視とはこうしたものよ」

  老爺が上目使いにキッと目を上げると、どうしたことかその刹那、鷹羽の体から力が抜けて手にした刀を取り落とす。呆然と見つめたまま身じろぎひとつできなくなった。
 「脱ぐがよい」
 「・・・」
  寝間着の帯を解いて肩から落とすと下は素裸。白く美しい女の裸身を隠すでもなく、ただただ呆けたように立つ鷹羽。
 「ふむ!」・・と老爺が気合いを込めて唸ると、またその刹那、鷹羽に正気が戻っていた。
 「ああ! あぁぁそんな・・」
  なぜ素裸になっているのか。鷹羽は白い乳房を掻き抱いて板床にへたり崩れた。ほんの一瞬、心が消えた。そうとしか思えない。
 「どうじゃな、信じようとするか、否か?」
  鷹羽は幾度もうなずいて、乳房を抱いたままで言う。
 「では、あなた様も風魔? もしや悟郎太から?」
 「悟郎太と? ふっふっふ、そのような者は知らぬわ。まあよい、寝間着を着なされ。すまぬことをしたな」
 「あ、はい・・」
  身の毛もよだつ恐ろしい技。剣などではとても勝てないと慄然とする鷹羽。


2017年11月15日

本格時代劇 白き剣(十一話)

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十一話 美しき裸身


  美神の姿は神々しいまでに美しい。四十二歳。まさかと思わせる若さに悟郎太の目は吸い寄せられて目を切れない。
 「どうしたんだい、女房がいるからかい?」
 「あれは女房じゃねえ。なもん、いねえさ」

  悟郎太はちょっと笑うと美神の裸身を見つめながら脱いでいく。毛の中にあるような顔。全身毛だらけ。まさしく野獣の体躯を持つ風魔の猛者。美神は、そうした体躯が晒されたとき、すでに勃つ悟郎太の武器に微笑みながら、風が流すように寄り添うと、そっと抱かれ、抱かれながらますますいきり勃つ悟郎太に手をやって撫でるように可愛がる。
  最前の話の合間、「そこの女将のように魂を抜かれる女はいるものさ」と言ってまっすぐ見つめてくれた野獣の目に、かすかな諦めのような心根が透けていた。想ったところで高みの花。そんなような諦めであったのだろう。
  そしてそう感じたとたん、たまらなく可愛く思えてならかなった。あたしの女心が揺れた。揺れた心に嘘はつかない。それは男芸者の二人にも、お艶さんの三人娘にも、ずっとそうして教えてきた人の心。

  冬。裸身では寒く、悟郎太は背を押して湯へと誘う。自然のままの岩風呂はところによって背丈よりも深く、そちらに歩もうとすると手を引かれてとめられる。
  透き通った山の湯が陽光を散らしてきらきら輝く。岩を背にどっかと体を投げ出した悟郎太の上に浮くように、美神は男に抱かれていた。
  しかし悟郎太は抱くだけで手を出さない。それもまた男らしいけじめ。見かけの粗暴とはまるで違う筋の通し方も美神を震わせるものだった。
  抱かれていて目を見つめ合い、唇を求めていったのは美神のほう。そっと触れる静かな口づけが、いっそう美神を熱くする。
  しばし抱かれて男と女の凪を楽しみ、それから美神は湯を立って、すべすべとした岩肌に両手をついて悟郎太に背を向けた。膝の少し上ほどまでが湯に浸かり、白く熟れた二つの甘い桃が晒される。美神は腿を弛めて尻を上げた。「女将の名は?」
 「美神。美しき神と書く」
 「うむ、まさに」
  悟郎太は湯に沈み、美神の尻の下から毛だらけの顔を密やかな美花に寄せていく。

 「ぅん、くう、あぅ」

  女陰を舐め上げ、ますます濡れる花弁を吸い立てて、ザッと湯を乱す気配がし、強くなった悟郎太の切っ先が濡れる花にあてがわれた。美神はさらに尻を差し上げ、白い歯で唇を噛み、背を反らせて犬のように上を向く。
 「悟郎太、いい・・すごくいい・・」
 「参った。もはや頭も上がらぬよ」
  豊かに張って、突き上げのたびに揺れる乳房を揉みしだかれ、美神もまた白き獣と化していく。
  声は噛む。噛みきれなくて喘ぎとなって、声の代わりにぶるぶる震える尻肉を振り立てて、美神は達し、しかしそのときもまた悟郎太は女陰から去っていく。
  美神は振り向き、むしゃぶりつくように顔をくるんで口づけをすると、そのまま湯に落ち込んで、そそり勃つ悟郎太をほおばった。
 「ふふふ参った、はじめて知る女よ美神は」
  大きな男尻を抱きながら、吐き気をこらえて喉へと吸い込む美神。
 「ふぅ、むぅ、むうう!」
  男竿に漲る力が白き精を吐き出した。美神は喉を鳴らして飲み込みながら、それでも萎えない悟郎太をむしゃぶり続けた。

  宗志郎は脱ぎ去った。そのとき二人がそばにいたが、黒羽でも鷹羽でもなく、虎介そして情介だった。見た目は女。ここの者らも疑ってはいない。しかしそんなことはどうでもよかった。
  虎も情も首から下は男。なのにどちらも勃ててしまって恥ずかしげに手で隠す。
 「なぜ隠す?」
 「嬉しくて。あたしらを蔑まない」
 「蔑む? おまえたちもいい女だよ」
 「ほんと? ほんとのこと?」
  宗志郎は二人を両手に押しやって、湯に身を横たえて、両側から女二人に抱かれていた。いまもし誰かがやってきても、後ろからだとそうとしか思えなかったことだろう。
  歳は情介より下でも艶辰に長い虎介が言った。
 「庵主様もそう。こういう役目がたまにある。姉様たちが人を斬る。そうすると姉様たちに体を開いて抱いてやり、苦しみを吸い取って、けどそれだけじゃないんです」
 「とは?」
 「斬り捨てた相手のために掌を合わせていらっしゃる。あのお方は観音様。だからあたしら庵主様とお呼びする。あたしらだって抱いてくれ、あたしらは庵主様が達するまで導いて差し上げる。あたしらは震えてる。ちょっと触れていただくだけで達してしまうの。庵主様は笑われて、それがすごく楽しそう」
 「そうか、おまえたちも嬉しいな」
  情介が言う。
 「嬉しい。でもそれはあたしらだけじゃないんです。誰かが沈むと庵主様は寝所に呼ばれ、よしよしって抱いてやり」
 「うむ」
  宗志郎は二人の勃つものを両手にくるむと、同じように二人の手がやってくるのを許してやって、三人抱き合ったまま目を閉じた。

 「禿(かむろ)だなんて思いたくはないけれど」
  黒羽の横の夜具に眠る美神が言った。綺麗にされた部屋であっても、悟郎太ら、男の匂いが漂っている。
  禿は童。童を斬れというのか。
 「もしそうなら吉原あたり」
  黒羽が言った。
  遊女となるため修行をする年端もいかない娘らもまた禿。黒髪を結わず、おかっぱ頭にするから禿。そのような者を隠すなら遊郭が好都合なのだが、童が敵となるなら、これは辛い役目となる。
  紅羽はもちろん鷺羽鶴羽鷹羽の三人もそこにいてそんな声を聞いていた。
  美神は言う。
 「鷺鶴鷹は一足先に戻っておくれ。そのへん探ってみるんだね。宗さんの家を使えばいいだろう」
  江戸までまた三日。しかし忍びの脚なら二日で戻れ、しかも宗志郎の家があるから隠れて動ける。

  その頃また別の家で。
  そこは狭く、宗志郎のほか六人が雑魚寝のありさま。ところがお光がいちばん近く、甘えたがって抱きついてくる。眠っていながら抱きついて振り払うのも可哀想。宗志郎はそっと背中を撫でてやる。
  からくりが見えはじめた。そうした手で拐かした娘らを手なずけて家へと戻し、
あるとき何かの合図を送って狂わせる。しかし誰が、何のために?
  紀州より来た吉宗が将軍となって間もないいま、江戸を騒がせ、紀州と尾張をにらみ合わせる。将軍家の権威は失墜し、同時に徳川の家が揺れる。
  そうなると何が起こるか? 得をするのは誰なのか? 宗志郎はそこを考えていたのだった。
 「嫌ぁぁ・・もう嫌ぁぁ・・」
  寝言。すがりつく手。このお光は十七歳。この子と同じような娘が狙われ、捕らわれたとき呆けていたとしても死罪は免れない。怒りがこみ上げてくる。

  そしてまた別の家では、悟郎太そのほか、むさ苦しい雑魚寝となっていた。悟郎太は眠れない。
 「参ったぜ・・ふふふ」
 「どうしやした?」
  隣りにいた手下の一人が目を開けた。男だらけで寝苦しい。
 「あの女将よ」
 「へえ、なんともいい女で」
 「この俺に挑んできやがった」
 「ほう? 刀で?」
 「馬鹿かてめえは・・けっ・・とっとと寝やがれ」
  悟郎太は夢のような美神の裸身が忘れられない。
  あれは女の勝負だと考えた。身を賭した女の勝負。この俺を男と見込んで仕掛けてきた本気の勝負。
  あの者どもは命がけで働く輩。己の想いに嘘はつけない。そうした思いだったのだろうと考える。
 「和尚か・・まだ生きてやがったか化け物め」
 「ほっといていいんですかい、親みてえなもんでしょう」
 「まあな、かれこれ三年会ってねえ」
  悟郎太はいま三十四になろうとした。江戸に見切りをつけてこの地に戻ったのは数年前。それから二度ほど寺を訪ね、その最後が三年ほども前のこと。江戸にいる頃あの寺を出たり入ったり。思えばふらふら生きてきた。
 「それもまた夢のごとく・・か」
 「へっへっへ、フラれやしたか?」
 「てめえ! 絞め殺すぞ、この野郎!」

  伊豆への旅を終えて戻ったとき、艶辰はひっそりと静まって、戻ったというよりも訪ねてきたといった心持ちがした美神だった。鷺羽鶴羽鷹羽の三人はいなかった。ほんの一足、昨日の夜には戻ったはずだが、たった一日でできることは多くない。
  そしてその頃、永代橋のたもとで皆と別れた宗志郎一人だけが小さな家に帰り着く。夕刻前の刻限でじきに暗くなるというとき。そちらにも鷺羽鶴羽鷹羽の姿はなかったのだが。
  夜も更けて、湯船に浸かる頃になり、妙な気配が忍び込む。鷹羽であった。夜陰になじむ柿茶色の忍び装束。頭巾をした姿であったのだが、それは風呂場の外の景色。鷹羽は床下から畳を上げて戻っていた。
 「宗さん、鷹です」
  風呂の板戸越しに声がする。
 「うむ。戸口に気配なし。どっから入った?」
 「ふふふ床下から」
 「ふむ。さらにまた、どうしてこうした頃合いに」
 「ふふふ、黒羽の姉さんに斬られそう」
 「ほかの二人とここにいたのか?」
 「いえ散っており。我らは忍び、固まるヘマはいたしません」

  そして風呂から出てみると鷹羽は着替え、町女の姿だったのだが、黒髪はまとめて横に流していた。たたまれた忍び装束の上に妙なものが置いてある。
 「なるほどな、そうしたものであったのか」
 「え? 何が?」
 「そいつだよ。人吉とか申す口入れ屋が襲われたとき、幾筋もの引っ掻き傷がある屍があったそうだが、これでわかった」
 「ふふふ、だからあたしは鷹と呼ばれる」
  忍び装束の上にあったもの。それは鉄の板の先が三つに分かれた鷹の爪のような武器。両手の手首にはめ込んで握りを持つと、握り込んだ拳の先に三本の鋭い爪が備わるもの。鷹羽は言った。
 「鷹の爪と言ってね、いまは塗ってないけど先に毒を塗ったりもする。敵の剣も受けられれば、ちょいと引っ掻いてやるだけで泡を噴いて死んじまう」
 「なるほど恐ろしい女だってことがわかる代物」
  宗志郎は微笑んで、恐ろしげな鉄の爪へとふたたび目をやる。
  鷹羽は言った。
 「伊賀の中でも我ら一族だけに伝わる武器さ」
  宗志郎は眉を上げて首を竦めた。
 「鶴羽は甲賀で毒鞭を使い、鷺羽は戸隠で吹き矢の名手。それぞれが散り散りとなった哀しいくノ一」
 「まさに哀しい身の上だ。まあ風呂でも入ってくるんだな」

  鷹羽は、いきなり女となって戸惑った。この小さな家の風呂には脱衣がない。
  鷹羽は言う。
 「棟梁に言ってやるんだね」
 「何をだ?」
 「脱ぐとこぐらい造っとけって」
 「ふふふ、わかった言っておく。背中ぐらいは流してやるぞ」
 「ヤだよ、もう! 姉様が羨ましいさ」
  背を向ける宗志郎を気にしながら脱ぎ去って鷹羽は風呂へと入っていった。

  狭いといっても二人ならゆとりもある。夜具の間を空けて敷き、鷹羽は横寝となって宗志郎には背を向けた。黒羽への羨みが微笑みとなって眠れない。
 「眠れぬな」
 「あたしも」
  闇の中で互いに言って、宗志郎は言う。
 「そなたはどうして艶辰に?」
  しばらく声はなかったものの、そうするうちに衣擦れの音がして、鷹羽が逆向きに寝返って宗志郎を見て言った。
 「いまのお光と同じようなものなのさ。危ういところを救われた。そのとき女将さんと紅羽の姉様が一緒でね、相手はゴロツキどもが六人だった。それぞれが脇差しを持っていて」
 「うむ」
 「あたしは危ないと思った。あたしさえ伊賀の鷹女(ようじょ)に戻れば負けない相手」
 「うむ」
 「ところがだよ、そのとき板戸のつっかえ棒を手にした姉様の強いこと強いこと。
あたしでさえが声も出ない。後になって姉様が言うんだよ」
 「うむ?」
 「そのときあたしがその同じ棒を見る目でわかったって。ただの女中じゃないだろうって察したとき、それをあたしにさせてはいけない、だからあたしが手に取ったって」
 「そうか」
 「それで艶辰に連れて行かれ、そのとき紅羽と黒羽の姉様はすでに芸者。女将さんと三人だけの置屋だった。あたしが鷺羽を知っていて、鷺羽が鶴羽を知っていた。おちぶれたくノ一の末路なんて似たようなものだから。あたしらはさる小藩のお抱えでね。だけど蔵にある槍や鉄砲なんて錆び付いてる。太平の世に忍びなどまして無用」
 「そうか」
 「それでさ、艶辰に連れて行かれて、そしたら女将さんが抱いてくれた。毎夜毎夜、素裸で抱いてくださって、あたしを可愛がってくださった。それであたし三味線も踊りの稽古もさせてもらって芸者になった。いまのお光と同じように気張って気張って働いたんだ。だから宗さん、あのときお光を救ってやった宗さんの気持ちが嬉しくてね」

  しばしの無言。
 「かきつばた」
 「何だよ、ややこしく呼ばないで」
  鷹羽は闇の中で微笑んで、その目はキラキラ輝いていた。
 「そなたらに羽をつけたのは女将さんのようだな」

  鷹羽は急に黙り込み、涙を溜めて、ふたたび寝返り、背を向けた。