女の陰影

女の魔性、狂気、愛と性。時代劇から純愛まで大人のための小説書庫。

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九話 新たな土壌で

 その同じ金曜日。明江が佳衣子のマンションに乗り込んだ時刻のこと、福地紀代美はふらりとドライブに出ていた。今夜は明江がいなく陽子もまた旦那が家にいて動けない。このところマンション内で女同士の特異な関係ができていたが、それまでの紀代美は孤独を楽しむように生きていた。
  呪詛という恐ろしい力を持って人心の裏を知ってしまうと、孤独はむしろ解放される時間となるもの。思い立ってふらりと出る。そうやって自分を解き放ってきていた紀代美だった。

  中央高速。行き先は決めず、それほど遠出するつもりもない。相模湖インターあたりで降りて夜の湖を見て帰ってくる。お定まりのコースだったのだが飽きないドライブ。ところがその日、ちょっとした事件に巻き込まれてしまった紀代美。
  高速道路上ですでに異変はあった。中型トラックが暴走車に尻につかれてあおられている。相模湖インターの少し手前で暴走車はトラックの前へ出て進路を塞ぎ、ここで降りろと迫っているのだ。暴走車には男が二人乗っている。それほど改造された車体ではなかったが、あきらかに素性のよくない連中。中型トラックの運転手は五十年配の男で一見しておとなしい。紀代美は先を行く二台の後についてインターを降り、遠巻きに尾行した。

  相模湖のほとりの大きなパーキング。夜のこの時刻、駐車するクルマもまばらで人の気配はまるでない。今夜はところどころに雲が浮き月が隠れてしまっている。 トラックを追い詰めた二人は若く、それぞれに体も大きかった。トラックの男を運転席においたまま、トラックを蹴ったりして脅している。
  運転手に降りろとスゴむ。降り立った男の前後を囲み、前に立ちはだかった若い男がいきなり拳を振り上げた。走り方が気にくわないと因縁をつけられた。そんなところだろうと紀代美は思う。
  前に立つ男が殴りかかり、しかし五十年配の中背の男はボクシングスタイルで身構えると、若者のパンチをかわして逆に顔をぶんなぐる。ところが同時に背後から組み付いたもう一人に柔道技で転ばされ、二人に組み伏せられて殴られる。 紀代美はクルマを降りて駆け寄った。
 「やめなさい、あんたたち! 警察を呼ぶわよ!」
  突然飛び出した妙な女に男二人は顔を見合わせてせせら笑う。
 「てめえ馬鹿か、呼ぶなら呼んでみろ、マッポが来るまで待つわけねえだろう」
  そしてそのとき、男たちの下になって鼻血を出していたトラックの運転手が紀代美に言った。
 「いいからほっといてくれねえか。あんたが危ねえ、逃げろ!」
 「けっ逃がすか馬鹿女」
  男の一人が立ち上がって駆け寄ろうとしたときだった。
  このとき紀代美は部屋着にしているミディ丈のワインカラーのワンピース。裸に一枚着て出てきていた。

  とっさに紀代美は手の平を迫る男に向けて突きつけ、口の中で何やら呪文のような言葉を発した。聞いたこともない言葉。経のような抑揚のあるトーン。しかし若い男はかまわず、ずかずか距離を詰めていく。
  ところがその刹那。ずかずかと間を詰める男の体が、首根っこをつかまれた猫のように浮き上がり、手足をバタつかせ、闇の虚空へ見えない力で引き上げられていくのだった。
 「うわぁぁーっ! 助けてくれぇーっ!」
  さらに一人、運転手にのしかかった男のほうも同じように浮き上がり、闇の中空へ二十メートルほども引き上げられたと思った刹那、吊り上げる力が失せて男たちはコンクリートの地べたに叩きつけられ、悲鳴もないまま肉体を壊されて絶命した。
  トラックの運転手は尻をついて体を起こし、唖然として声もなかった。紀代美は闇の空に向けて、またしても呪文のような言葉を告げて、それからほっと力を抜いて歩み寄る。
 「大丈夫?」
 「え・・うむ、大丈夫だが、あんたいったい何をした?」
  紀代美は微笑んで男の手を取り立たせてやった。鼻血が灰色の作業服の胸元に流れている。
 「言っても信じないから夢だと思って。そのへんのホテルへ。手当てしないと」
  運転手は眸が丸く、見つめたまま視線をそらせない。
 「俺、三島って言うんだ」
 「紀代美です、運がよかったわ、私がいて」
 「まあ、その、そうだな、ありがと」
  男の怪訝な面色。
 「そんな眸で見ないで、魔女じゃあるまいし。私は呪術師、それだけのことよ」
 「呪術師? 陰陽師?」
 「それは映画の見過ぎ。さあ、行きましょう」

  相模湖の畔にはラブホが並ぶところがあり、金曜の夜とはいっても空いていた。 部屋に入って、三島は真っ先に顔を洗って血を流し、出てきたときには特にどうということもない。手当てするほどでもない傷だった。
  胸元に血のついた上着を脱ぐとモスグリーンのTシャツ。三島は特に長身ではなかったし、ハンサムとは言えない男。五十年配でもまだまだ若く、丸刈りが伸びたような素朴な姿が人柄を物語っているようだった。
 「ボクシングを?」
 「若い頃にちょっと。いまはもうダメさ」
  大きなベッドサイドのラブソファに座って紀代美はうなずき、座り直して隣りにスペースをつくって三島にすすめる。
  座りながら三島は言った。
 「助かりました、ありがとう」
 「いいえ。カッとしたのは私だわ、ああゆう輩は許せないもん」
  隣りに座った男が汗臭い。
 「仕事はこれから?」
 「というか往復だ。片道だけじゃ喰えないからね。諏訪湖へ行く途中だった」
 「そう。じゃあ急ぐ?」
 「いいや、そういうわけじゃない」
 「うん、わかった。もう訊かないから私のことも訊かないで。ちょっと汗臭い、どうにかして」
  微笑む紀代美。微笑んで立ち上がり、また男の手を取って立たせていた。
 「しばらく一緒にいよう、いいでしょ?」
 「ああ、俺はいいが。紀代美さんだっけ?」
 「そう紀代美」
 「ありがとうね、嬉しかった」
  実直な男なんだろうと紀代美は思い、手を引いてバスルーム。しかし三島は踏みとどまって動かない。
 「いいからシャワーにしましょうよ。あなたを気に入ったのは私。夢だと思ってもらっていいから」
  動かない三島をそのままに紀代美はワンピースをまくり上げて首から抜いた。下は全裸。三島は呆然としていたが、紀代美の眸を見てうなずいて、着ているものを脱ぎだした。

  シャワーヘッドの下に男と女。丸刈りの頭を洗おうとして両手で掻くと、シャンプーがぴんぴん跳ねて飛び散った。裸になった三島は引き締まって逞しい。紀代美はそんな三島をちょっと笑って見つめていて、手の中にソープを泡立てて三島の背後から筋肉の浮き立つ背中や腰を洗ってやった。
  ふいに三島が言った。
 「わかる気がする」
 「あら何が?」
 「もしも俺なら、そんな力を持ってしまうと苦しくなると思ってね」
 「そうね。その話はやめましょう」
  紀代美は三島の背に裸身を寄せて、背後から手を回し、胸板を洗い、その手をそっと下ろしていった。しかしそこで三島の手が紀代美の手を止め、くるりと振り向いた男は、女の足下に膝をついて紀代美のくびれをそっと抱き締め、下から二つの乳房越しに貌を見上げた。
 「綺麗だ」
 「ふふふ、ありがとう。素敵な抱き方してくれるのね」
  紀代美はこの角度で見下ろす男の眸が好きだった。無毛のデルタにすがるように尻を抱いて見上げてくれる。思慕の想いを表現されているようで男が可愛く思えてくる。
 「生まれつきなの」
 「あ?」
 「パイパン。恥ずかしいけどね」
  三島は微笑むだけで何も言わず、女のクレバスの谷口にちょっと触れるキスをして、それから頬をすり寄せて尻をそっと抱き締める。

  その一瞬、本気で見ていてくれるならそれでいい。向かう気持ちを感じると、こちらから向かっていきたくなる。
  大きなベッド。三島の性は五十代にしては力が漲り、女の手と唇と舌にまつわりつかれて切なげに脈動している。男の裸身に逆さにまたがり毛のない女性を舐めさせて、この瞬間の情を確かめ、それから紀代美は身を翻してまたがり直し、強く勃つ三島を手にくるむと、膣口に導いて、そのまま尻を沈めていった。
 「はぅ、うぅン、感じるわ」
  ぬむぬむと入り込み、子宮口を衝き上げる硬い三島と精液の奔流を楽しんで、紀代美は甘く啼いて果てていく。
  女はこの瞬間のために生きている。夫を見捨てたあのときから、度々こうしてゆきずりの性に溺れてきていた。予感に従う、ただそれだけ。霊や魑魅魍魎の世界を知ってしまうと、だからこそ生きている肉体が哀れに思える。せめていっとき夢を見たい。紀代美は夢の中で泣きそうだった。

  翌日の土曜日。明江が303号にやってきたのは夕刻を過ぎた時刻だった。明江の部屋には夫がいる。けれども明江は家には戻らず、紀代美の部屋にやってきた。
  明江は言った。
 「相模湖で猟奇的な事件があったんですってね?」
 「そうなの? 知らないけど」
 「ニュースでやってた。若い男が二人、湖畔のパーキングで殺されたって。まるでビルから飛び降りたように体が壊れていたそうよ。普通の殺しじゃないでしょう」
 「さあね、そのニュース知らないから何ともですけど、不思議なことってあるものよ。
ところでどうだった、そっちの二人は?」
 「うまくいったわ、今度一緒に調教しましょ。二人とも乳首とクリにピアスをしてやり生涯奴隷を誓わせた。写真もたっぷり。ブログでもやってやろうって思ってる」
 「可愛い人たちみたいね」
 「それはね可愛いよ。女王として君臨するだけで日常の二人を浸食するつもりはないから。ちょっとやりすぎかなって思ったけど、でも、それならそれで徹底しないと彼女らに失礼なんだし」

  紀代美は眉を上げて、それから言った。明江の気持ちもわかったし、そこまで徹底するなら女同士の情交というもので、空狐だって許すと思える。
 「旦那はいるんでしょ?」
 「いると思うけど、今夜はここで寝たい」
 「いいわよ。それでいいの?」
 「わからない、悩んでる。私ね紀代美」
 「うん?」
 「体がヘンなの。胸が張ってる気がするんだ」
 「来た?」
 「どうなんだろうね。欲しいって気持ちが錯覚させてるだけかもだし、だけどそうなると考えちゃう、別れられなくなりそうで」
 「それはそれ、これはこれよ。貌はいくつあってもいいし子供は可愛い」
 「そうなんだけど、あの二人も、陽子もそうだし、それ以上に紀代美と二人のときが幸せなんだと思うのよ」
 「私と結婚するつもり? ふふふ」
 「いいわよ、それでも。だけどそうなると子供が邪魔かな。避妊しておけばよかったって後悔してる」
 「産まれたらたまらないわよ、可愛くて」
 「そう思う。でもだから怖いんじゃない。自由がなくなる。どうしていいか、わからないんだ」

  女に自由を保証してくれるのは圧倒的な力。願っていても得られないから無難に夫婦をやっていくという夫婦は多いし、それで幸せになれる女は少ない。
  明江は言った。
 「空狐様は絶大よね。浅里に対して許すと言った。性的な奴隷としては許さないけどって言ってやったわ」
 「だったら空狐様はお帰りになられた」
 「そうでしょうね。いつまでも都合よくすがっていたくないから、そうだろうと思ってお帰り願った。人と人は最初の一瞬に魔力がいる。魔が差してブレーキが壊れると、そこからはなし崩し」
  紀代美はうなずいてちょっと笑い、そして言った。
 「怖いわね私たちって」
 「ほんとよ怖い。旦那に対してどうかなんて、いまは言えない。邪魔だって思いだけがふくらんできてるの。私はね紀代美」
 「うん?」
 「紀代美が好きよ。離れたくないって思うから」
  それが本心ならいいのだが、空狐にすがるためだけなら、いつか許せなくなるときが来る。
  明江は言った。
 「もしも私が裏切れば紀代美は怖い人になる。紀代美は私を許さない」
 「さあ、それはどうかな」
  明江は笑って紀代美の膝にすがりついた。
 「そしてそう思ったときに紀代美の気持ちがわかったの。愛や性に保証はない。いまこの一瞬が真剣なのならそれでいい。怖い私になりたくない。自分が怖くてたまらない。だから人を遠ざけるようになっていく。私なんて空狐様を動かす力がないからいいけれど、紀代美はさぞ辛いだろうなって」
 「それを共有する覚悟はある?」
 「ある。紀代美のことが好きだから。利用するみたいでごめんなさい」
  紀代美はしばし明江を見つめて微笑んで、ソファを離れながら言う。
 「コーヒーでも?」
 「うん、飲む」 と微笑みながら、明江はキッチンに向かう紀代美の背を追いかけて、背後から抱きすがり、首筋にキスをした。

  妊娠ではないとわかったのは翌週のこと。子供を願う気持ちがそうさせた。女の体は女心に支配されて生きるもの。明江はあらためて感じていた。
 「さては何かあったな?」
 「別にないよ。このあいだ三人で食事してきただけ」
  オフィスでのこと。
  明江にだけじゃなく小姑のように口うるさかった浅里の態度が変わっている。仕事からの帰り道、明江と沙菜はそんな話になっていた。
  明江は言った。
 「浅里って佳衣子が命なんだよね。旦那とも別れて一緒に暮らすって。嫉妬でしたごめんなさいって謝ってくれたもん」
 「ふーん、そうなんだ? 浅里さんは悪い人じゃないよ。よかったじゃん、これでうまくいきそうね」
 「あの二人を見てると気持ちわかるし、とにかく普通に接してくれればそれでいいから。女だらけの会社だもん、いろいろあるわよ」
  沙菜は微笑んでうなずいて、どことなく様子の違う明江を気にした。
 「残念だったね」
  妊娠ではなかったこと。
 「そうとも言えるし、ある意味ほっとしたって言うか」
 「ほっとした?」
 「旦那と微妙なのよ」
 「うまくいってないんだ?」
 「深刻ではないけどね。どうなんだろ、倦怠期って感じなのかも。とにかくマンネリで、ときめかないって言うのかさ」
 「エッチ減った?」
 「減ったね」

  そんなことを意識して言いながら、友だちに対して離婚の言い訳をはじめていると、明江は自覚していた。
  夫婦の性とはまるで異質な性の中に、それはちょうどタンポポの種が風で運ばれ育つように、明江らしい生き方が育ってきている。もといた土壌で種を飛ばした親タンポポは枯れてしまったと思うしかなかっただろう。

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八話 同性上位

  家にいて陽子を紀代美と共有する。オフィスでは浅里を屈服させ、間もなくそれは佳衣子をも巻き込んだ性関係に発展していく。
  空狐を知って自らを囲む防御柵が消えた女の欲望は抑制するべきブレーキを失った。そんな明江にとって夫との平板な生活に魅力はないと言ってもよかっただろう。子供は欲しい。しかしただそれだけで、できてしまえばそれから先はありきたりな女の末路が待っているだけ。穏やかでやさしいと感じた安心感も、無難の選択でしかなかったことを思い知る。
  妻たちはそれを、あたかも夫が悪いかのように物足りないと表現する。物足りない男を選んだのは女。相手にかぶせて知らんぷりというのが、いかにも女の女々しさで・・と、明江は考えられるようになっていた。夫はつまりサラリーマン。安定を運んでくれて安心できているのだが、独身だった頃の私は男選びを間違えたと思える程度の男でしかない。妻を屈服させるパワーと言うのか、女の口を黙らせる烈火と言うのか、女がときめく何かが欠落してしまっている。
  抱かれていても悦びは浅い。注入される精液に期待を寄せる性なんて悲しすぎる。崩落へ向かって傾きだした感情を明江はコントロールできなくなった。

  しかしだから空狐にすがるのか。そんなことをしてしまえば恐ろしいことになる。紀代美の旦那は廃人にされたと言う。その気になれば誰かの人生を壊してやれると考えることそのものが、明江に恐怖感をもたらした。
  そしてそこから逃れるように、あふれる感情を陽子や浅里に向けている。明江には自覚があった。自覚しながら制御できない自覚である。
  心なしか乳房が張ってきたような。白い双房に浮き立つ血管。もしや妊娠と思いはじめた矢先の五反田、高層マンション。神白佳衣子と浅里の巣に明江ははじめて乗り込んだ。佳衣子はまだ、まさか浅里がそうなっていようとは思っていない。運命は劇的に。女王として口止めしていたからだ。
 「さあどうぞ、入って入って。このところ浅里とあなたがいい感じになってくれて、ほっとしてたところなの」
  その日は金曜。明江は夫に対して会社の旅行だと嘘をついた。
  戻ったとき三人揃ってビジネススタイル。しかし今夜、明江は鮮やかな赤のTバックランジェリーを着込んでいた。
  間取りは4LDKなのだが、LDKが三十畳ほどもある広いもの。ちっぽけな会社にそこまでの売り上げがあったとも思えなかった。離婚している佳衣子、そして離婚目前の浅里、二人で持ち寄ったことは想像できた。
 「綺麗にしてる。さすが浅里とあなたの愛の巣ね」

  はるか歳上の浅里に対して浅里と呼んだことで、佳衣子は怪訝な視線を明江に浴びせた。態度が妙だ。けれども明江は意に介さない。
  明江は言った。
 「さあいいわ、立場をわきまえて行動なさい」
 「はい女王様」
  女王様? 横目をやって微妙に微笑む浅里の姿。佳衣子は、そんな二人のやりとりを呆然と見守って声もない。
 「あのね社長」
 「は、はい?」
 「オフィスはオフィス、ここはここ、それとこれとは別なのよ」
  言いながら堂々と歩み、ダークグリーンのレザーソファに深く座る明江。
  一方、浅里はそんな女王の前に立って脱ぎはじめ、普段の仕事帰りとは違う青い花柄のランジェリースタイルとなると、それさえ脱いで素っ裸。女王の前に膝を着いて脚を開き、両手を頭の奴隷のポーズ。明江は微笑み、そんな浅里の頭を撫でてやって、ソファに座った腿の上へと抱き寄せた。
  佳衣子は唖然。明江は言った。
 「浅里は私に誓ったの、生涯を捧げますって。そうよね浅里?」
 「はい女王様、ふふふ、やさしくしてくださってありがとうございます」
 「うん、いい子よ。さて佳衣子、そこであなたよ」
  若いパートごときに佳衣子と呼ばれ、そんなことより生涯のパートナーだと信じた浅里を奪われた。衝撃が大きすぎ、佳衣子は寒気を覚えている。

  突っ立つ佳衣子をソファに座って見上げながら、明江はちょっと眉を上げて微笑んだ。
 「佳衣子に対して好感を持ってるわ。私を守ろうとしてくれた。あなたと浅里の愛を邪魔するつもりはありません。でもね、私は女王、浅里は奴隷。その奴隷と愛し合っていくのなら、あなただってそうならないと不幸だわ。浅里を奪われることになりかねない。いいこと佳衣子」
 「は、はい?」
 「マゾならマゾらしくなさい。幸せな姿のはずよ。わかったら全裸です」
  毅然として言いながら、膝に甘える裸の浅里の背を撫でて、浅里もそれに甘えきって笑っている。
  いつの間に? どうしてそんなことに? 私には何も言わず?
 「驚いたみたいね? 口止めしたのは私です。劇的運命に翻弄されて幸福を勝ち得ていく。あなたのために浅里だって同意してくれたのよ」
  そのとき浅里が、女王の膝に抱かれていながら背後に突っ立つ佳衣子を振り向く。
 「運命なのよ佳衣子。女王様は素敵なお方。二人でお仕えしていきましょう」
  明江は笑って浅里の頭をちょっと撫で、それから眸色を厳しくした。
 「脱ぎなさい佳衣子、可愛がってあげますから」
  眸は厳しく言葉はやさしい。この子は怖い。本質的にMな佳衣子は身震いする性感が奥底から衝き上げてくるのに戸惑っていた。
  女王の膝に甘える浅里の姿は、平素の私が浅里に甘えるときの姿そのもの。
  その浅里を屈服させるほどの明江なら、さぞかしいいに決まっている。こうして見ても浅里の裸身に傷はなく、それは精神的な充足を意味するもので私自身が追い求めたビアンの姿。一瞬の間に佳衣子の思考はぐるぐる回り、残ったものは浅里への羨望。

 「はい女王様」

  消えそうな声が漏れたとき、佳衣子は崩れていく自我を感じていた。仕事帰りの社長はつまらない。ビジネススーツ。スカート、シャツブラウス、ベージュのブラに灰色の水玉パンティ。パンティのマチは深く、いわゆる無難な下着であった。
  ブラを跳ねるとDサイズある浅里より少し小ぶりな白い乳房が転がり出し、パンティを失うと、浅里よりも少し肉付きのいい熟女の裸身が完成する。飾り毛のないデルタに、くっきりスリットが浮き立っていて、股ぐらに閉じたリップが覗いている。
  浅里と佳衣子は同い年だったはず。佳衣子の方が幾分ふっくらした熟女の体を持っていた。
 「隠さない、両手は頭よ」
 「はい」
 「回ってお尻を見せなさい」
 「はい」
  その場でゆっくり回る女体。尻も張ってエロチック。明江は膝に甘える浅里に言った。
 「どうせエッチなオモチャもあるんでしょうから持っておいで。新しく揃えたものも一緒にね」
 「はい女王様」
  佳衣子を引きずり込めたことが嬉しいのか、浅里はにっこり綺麗に笑って立ち上がる。浅里という重しの消えた体でソファを立って、肩幅に腿を開いて両手を頭の後ろに組んで立つ、佳衣子のそばへと歩み寄る。
 「いい体してるわね、責め甲斐がありそうよ」
 「はい、あぁぁ恥ずかしい」
  明江はにやりと笑って、陰毛のないスリットへ無造作に手をやった。

 「はぅ! あっあっ!」
  佳衣子の眸が丸い。見つめる視線をそらせない。
 「やっぱりね、もう濡れてる。命じられてパイパンなんてマゾだからこそだわ」
 「はい女王様、浅里を失ったら生きていけない」
 「愛してる?」
 「はい、心から」
 「安心なさい、浅里も同じことを言ったわよ。だから揃って私の奴隷」
 「はい、ありがとうございます、とっても感じます」
  まさぐっているうちに愛液が滲み出してヌラヌラに濡れそぼる。そしてそのとき、全裸の浅里が小ぶりの黄色いスポーツバッグと、それとは別の大きな手提げ袋を持ち込んだ。
 「首輪は?」
 「ございます」
  大型犬用のステン鋲がちりばめられた青い首輪とピンクの首輪。手に取って見くらべて、浅里には青が似合うと考えた。
  ピンクの首輪を佳衣子の首にまわしてバックルで固定。青い首輪は浅里が自分で身につけた。
 「乗馬鞭を」
 「はい、それもございます」
  いかにも女心。浅里に選ばせた鞭は真紅の革でできたもの。明江は鞭を手にすると、まず最初に佳衣子の尻を軽く叩き、次に浅里の尻を軽く叩き、二人揃って正座をさせた。

  黄色いスポーツバッグはこの部屋にもともとあったもの。
 「開けてごらん」
  浅里は微笑んでうなずいてバッグのファスナーを解放した。一つずつ取り出しては説明し、カーペットのフロアに並べていく。
 「双頭のディルドです。次にバイブ、ローター付きパンティ、電マ、ペニスベルト、それから黒い綿ロープが少しと、これが浣腸器、最後にふわふわの房鞭と」
 「ふーん、そういうこと」
  と言って明江は佳衣子の顔を見つめてやった。
 「呆れちゃうわ、社長とナンバーツーが夜な夜なそうして慰め合っていたとはね。SMごっこそのままじゃない」
  先に関係のできていた浅里はともかく、いきなり醜態を晒した佳衣子は青くなって声さえない。明江は次に新しく揃えたものを並べさせる。浅里が手提げ袋から取り出して説明しながら置いていく。
 「麻縄、それから二穴責めの革パンティが二人分、前はバイブになっています。次に一本鞭と、先ほどお渡しした乗馬鞭。革の穴開きブラが二人分、乳首責めのクリップ四つ、最後にピアスが二人分で乳首とクリトリスの三つずつ。今回はそれだけです」
  隣りにいる佳衣子が生唾を飲む気配は見透かせた。M性が騒ぎ出す。そんなところだろうと明江は思った。
 「とりあえずはいいんじゃない。さっそく佳衣子に着けておやり。穴開きブラと二穴責めよ」
 「はい女王様、ふふふ、辛いわよ佳衣子」
  佳衣子を横目ににやりと笑う浅里。

  日頃のスタンスがそれでわかる。浅里は上に立っていて、佳衣子の性を牛耳っていたようだ。
  佳衣子にはピンクの首輪。それに合わせて革のブラもパンティもピンクの革。もうワンセットは青い革でできている。
  形のいい佳衣子の乳房が革のブラで搾り出され、円錐に尖った先にしこり勃つ乳首が飛び出すように張っている。濡れる股間を覗き込んで膣とアナルにディルドを打ち込み、Tスタイルのベルトを穿かせて腹のバックルで固定する。佳衣子はすでに息が荒く、発熱する女体を桜色に染めていた。
 「はい、よろしい。浅里は自分でできますね」
 「はい、できます」
  同じようにブラを着け、同じようにディルドを喰わせて青い責め具を穿いていく。浅里はあからさまなよがり貌。ブラに絞られる乳房は佳衣子よりも大きく張って、乳首が痛々しいまでに突出する。その乳房を揺らし、尻肉も内腿の柔肌もぶるぶる震わせて着衣完了。それから浅里はピンクと青の二つのスイッチボックスを女王に手渡し、二人並んで奴隷のポーズ。
  手の中に二つのスイッチを包みこみ、明江は眉を上げて、それぞれ弱くスイッチオン。ブッブッブッとくぐもった振動音が奴隷二人の腹の中から聞こえてくる。
 「ンふぅ、あ、あ、女王様、あっ!」
  声を上げたのは浅里が先。佳衣子は恥辱を噛んで噛みきれず、少し遅れて声を発し、しかし佳衣子の方が女体をしならせよがっている。浅里に開発された佳衣子の方が感じやすくなっているのか。

  可愛いものだと思うと同時に、女とはどうしてこうもあさましいのかと嫌になる。二人揃って腰をクイクイ入れてよがり、どちらもが眸色が溶けてとろんとしてくる。
 「奴隷らしくていいけど、そのままなら果てておしまい、つまらないわね」
  明江は立って、乳首を責めるステンレスのクリップを取り上げた。重量級の洗濯バサミといったところ。小さな鈴がついている。
  鰐口を開いてやって鼻先に見せつけて、醜いほどに突出する佳衣子の乳首を指先で揉んでやって引き延ばし、鰐口をかぶせていく。
 「あぅ、痛い、痛い! 女王様、痛いです!」
 「我慢なさい。パートナーが選んでくれたものでしょう」
 「はい。でも、ですけど、ああぁ痛いぃ」
  眉根を寄せた切なげないい貌をする。眸が潤み、吐息が熱を送風する。
  次に浅里。浅里は待ちわびたように乳首を突き出し、眸を閉じた。佳衣子への対抗心もあったのだろうが、奴隷として上位にいたいという想いもよくわかる。
 「よろしい、いい子よ」
 「はい女王様。ぁ、ぁ」
 「まだ何もしてません。ふふふ」
  鰐口を開いて二つの吸い口をつぶしてやる。くぅ、くぅ、と子犬が訴えるときのような声を出す。しかし痛いとは言わなかった。女の意地。佳衣子には負けたくないというプライドもあったのだろう。
 「さあ、いいわ、しばらくそうしてなさい。二人とも後でそことクリトリスにピアスですからね。奴隷となった身の上を思い知って感じるように」
  二つのスイッチボックスを、それぞれ一段強くする。ブゥゥンという振動音が腹に響いて漏れてきて、二人揃って奴隷のポーズをとったまま、尻を揺すり腰を入れてよがりだす。けれども乳首が揺れると痛みが走り、わかっていても乳首を揺らさず尻は振れない。

 「あぁン、ンっンっ」
  泣きそうな貌で佳衣子が痛みと快楽を訴える。
 「くぅ、くぅぅ、女王様、ありがとうございます、感じます」
  耐えながら悦びを訴える浅里。

  どちらも面白い存在だと思いながら明江は次を命じていた。
 「二人とも立って踊りなさい。いやらしくお尻を振って、おっぱいを弾ませて踊るのよ」
 「はい、あぁ乳首がちぎれそう。許してください、どうか」
  訴えた佳衣子に乗馬鞭を見せつけて明江は言った。
 「泣き叫ぶまで鞭がいい?」
  佳衣子はイヤイヤをして首を振って立ち上がる。両手を頭に置いたまま二人は立って、スイッチをさらに一段。ビィィーンという激震音に変化した。

 「わぅン、いい、ああダメ、イッちゃう、あぁーっ!」

  歳の離れた浅里と佳衣子、熟女が二人、痛みと快楽に歯を食いしばってもがくように踊り続ける。それぞれ肌に脂汗。総身痙攣。あぅあぅとろくに言葉にならなくって、佳衣子が先に膝を着いた。
 「どうかどうか女王様、もうダメです、お願いします。乳首が痛い、痛いぃーっ」
  泣いた佳衣子に対して、浅里は懸命に耐えようとして虚空にすがるように踊り続ける。
  M性では佳衣子、しかし耐性では浅里。佳衣子は心が折れるタイプ。さらにまたビアンとして二人は鏡像のようなもの。面白くなってきたと明江は内心ほくそ笑んで見くらべていた。

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