女の陰影

女の魔性、狂気、愛と性。時代劇から純愛まで大人のための小説書庫。

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 処断の重圧(十四話)


  M-13、つまり十三番目に月面に降りて埋められた超大型貨物宇宙船をそのまま居住区として用いた13号モジュールでの爆発事故の検証と、そのとき死んだ七十名にもおよぶ死体の処理を終えたという部下からの報告を毅然とした面色で受け、軍船を出たデトレフは、宇宙服のヘルメットのスモークガラス越しに青い地球を見上げながら奥歯を噛み締めていたのだった。
  月面都市の建設は順調に進んでいたのだがペースとしては遅れていた。さらに増員が進んで、いま月面におよそ四万人、うち四千人ほどが女性。計画当初はともかく、そうした人員のほとんどが志願して送られて来ている。物資と人員の輸送に用いられる超大型貨物宇宙船は、月面に降りるとすぐさま埋められて地下施設となるものであり、地球へ向かって飛び立てるのは、たった一隻の軍船のみ。地球へ戻る船がない。

  月面では宇宙服が裂けるだけで即座に死。居住空間は地下であり、地球にいるときのようにすがすがしい景色の中で背伸びをすることもできない。生命維持装置に頼る閉鎖的な生活で精神に異常をきたす者もいれば、地球へ戻せと暴力的になる者もいる。これは虐待だ。人道に反する。この地獄から抜け出たい。人々を扇動する者までが現れる始末。
  デトレフ中佐以下、百名の国連軍は、そうした反動分子を粛清するために送られている部隊。M-13を月の牢獄とする。月面にあってなお人を閉じ込めておく獄が必要となり、監視する者がいる。それがデトレフ。心が引き裂かれる痛みを伴う職務であった。

  そのM-13で謎の爆発事故が起きてしまった。月面上に向けて何か所か覗く半球形のガラスエリアが破壊され、投獄されていた全員が死亡。このとき空間管理システムが異常を感知して気密ハッチを閉じたことで他のモジュールへの被害はなかった。事故原因は謎。謎でなければならなかった。
  扇動する者を生かしてはおけない。発狂し何をしでかすか知れない者は除かなければならない。四万人の人員を守るため。デトレフはそうした落伍者を粛清しろと命じられた男である。

 「ちょっといいかな?」
 「もちろんよ、どうぞ」

  宇宙船を埋めた生存空間ではない、新たに完成した居住モジュールはMC=ムーンシティと名づけられ、その一号館であるMC1-L1がジョゼットの居室。Lはレディを意味している。
  そのときは眠る時刻となっていて、ジョゼットはソフトな紙でできたネグリジェの姿。下着も寝間着もすべてが紙の使い捨て。洗濯水を無駄にはできない。
  新たに完成した居住空間といっても部屋の広さは四畳半程度のもの。跳ね上げ式のシングルベッドは地球上でのシングルサイズまでに幅がひろがり、小さな丸テーブルと椅子が二脚、テレビ電話のモニタを兼ねる小さなテレビ、それに幅五十センチほどの申し訳程度のクローゼットがついている。

  ジョゼットは今日髪を切ったらしく、男のようなブロンドのショートヘヤー。しかしそれがまたよく似合い、知的な美を見せつけるようだった。
  ネグリジェ姿のジョゼットがベッドに座り、デトレフは小さな丸テーブルとセットにされた樹脂パイプの椅子に座った。シルバーメタリックトーンのスペーススーツの胸板に大胸筋が浮き立って逞しい。
 「ジュースあるわよ?」
 「いや、いまはいい、ありがとう」
  デトレフは話題を変えた。
 「弟の仇をとってくれたそうなんだが、その戦闘で亮というボスが死んだ。敵はタイパンと名乗り、そのボスはクイーンと呼ばれるHIGHLYの女だったそうだ」
 「HIGHLYの女?」
  ジョゼットの眸が曇る。
 「LOWER社会が落ち着いてきている。そっちが人間らしく暮らせそうだということで逃げ込むHIGHLY、WORKERが増えている」
 「なるほどね、LOWER社会を野蛮な世界にしておきたいってことかしら?」
 「そういうことだろうな。もはやなりふり構わずだよ。五十年後から逆算した秩序など暴力でしかない。しかし俺はHIGHLYの側にいる。たまらんよ助けてくれ」

  ジョゼットは察していた。M-13の事故は事故ではない。軍が動いたということだし、それを処断したのはデトレフなんだと。
  ジョゼットは言った。
 「だいぶ進んだけどまだまだよね。五百万規模からすると十パーセントもできてない。その間に亡くなったのはおよそ二百人。それに加えて七十人。狂気のプロジェクトなんですもの、やむを得ない犠牲だわ。月で秩序が乱れれば私たちは全滅する」
  デトレフは浅くうなずきながらチッとかすかに声を漏らして、そして言った。
 「タイパンのクイーンとやらと同じことをやってるよ」
 「違うわ、そうじゃない」
  小さな椅子に背を丸めるように座るデトレフに、ジョゼットは両手をひろげてベッドへ誘った。あの頃のシングルとは幅が違ってもデトレフは大きい。
  寄り添って横になり、ジョゼットは丸太のような腕枕。
 「治安維持部隊といっても要はレジスタンスの発生を食い止めるのが職務でね、向こうは西部劇だと留美は笑った」
 「それがボスの女だったんでしょ?」
 「若干二十六歳、日本人の娘さんだが、じつに気丈だ。人買いに下げ渡されたところを亮たちグループに救われて、しかし当初は性奴隷の扱いだった」
 「西部劇か。なんだか原点て感じがするわね」
 「まったくだ、まさに人の原点だよ。ところがその性奴隷の潔さに皆が打ちのめされていく。いまではボスだそうだ。『ボスの女』と『女のボス』ではまるで違うと言っていたがね」
 「それで? 捕らえたクイーンは処刑?」
 「いいや、そこがまた留美らしい判断でね。四十歳ほどの美しい白人なんだそうだが、その髪も体毛も眉毛まですべてを奪って性奴隷。拷問とレイプ。泣き叫んでいるそうだよ」
 「それでも殺さないと?」
 「そうしたいと言っていた。極限の中で人間らしい心がきっと生まれると言っていた。生涯奴隷、しかし奴隷はいつか可愛いペットになれるはずだと」

  ジョゼットは言う。
 「似てる。早苗そっくり」
 「そうだね、俺もそう思うよ。日本人の特質なのか悲劇の中でも笑うことを諦めない。二十六歳の小娘に頭が下がる思いがする。弟の奴はいい連中と出会ったものだと思ってね」
  タイパンのクイーンを捕らえてから三日ほどが過ぎた、月の地下の密室で、ジョゼットはデトレフのスペーススーツを剥ぎ取って、強い裸身に口づけた。
  バランスのいい筋肉の束にまたがって勃起を自ら埋めていく。
 「あぁぁデトレフ、感じるわ、あぁぁン」
 「綺麗だよジョゼット」
 「ンふ・・おぉう、デトレフ・・」

 「むおおう! ひぃぃ! もう嫌ぁぁ、助けて、狂っちゃうーっ!」
  乳白の牝豚の肌には凄惨な傷跡が浮き立っていた。美しい金髪も、金色の陰毛も、眉毛さえない白い肉豚。豊かな乳房にも、白桃のような尻にも、肉付きがよくてぶるぶる震えていた白い腿も幾分痩せて引き締まり、板やベルトや小枝で打たれた血のスジが幾重にも重なって、体を洗ってももらえずに、高貴な女は異臭を放つ無様な人豚へと降格した。
  この三日、与えられたのは水だけ。極限の空腹、極限の拷問と極限の快楽。牝豚はもはや正常な思考など吹き飛んだ性奴隷となり果てていたのだった。
  性器から垂れ流す精液と愛液と血が股間から下にバリバリの膜となって剥がれ落ち、さらに濡れて廃液のようにまつわりつく。
  血の涙とはこのこと。留美は、女たちに鞭打たれ男たちに犯され抜いて狂い吼える牝豚を見つめていた。

  アニタはこうして殺されたんだ。そう思うと怒りは失せない。
  後ろ手に縛り上げ、その手を引き上げて吊すと体が前のめりになって尻を突き出す姿となる。バートの大きな尻が傷だらけの白い牝尻に衝突し、背抱きに回した黒く太い指が、豊かな乳房の先の二つの乳首をヒネリ上げる。
 「ぐあぁーっ、ちぎれますーっ! もう嫌ぁぁーっ! どうか許してどうかぁーっ!」
 「やかましい! もっと尻を振らんかぁ!」
  乳房を揉み潰すバートの手。乳首をさらにひねられて円錐に引き伸ばされる無惨な乳房。牝豚はシャシャと間欠して失禁し、白目を剥いて崩れていくが、バートの怪力がそれを許さない。
 「ほうら、まだまだ!」
 「ぎゃわぁぁーっ! ああ死ぬぅーっ!」
 「いいのか! 死ぬほどいいのか!」
 「はいぃ、ああイクぅーっ! またイクぅーっ! ぐわぁぁーっ!」

  よがり狂う牝豚。女たちが歓声をあげて笑う。男たちが罵り笑う。
  バートが果てて、梁からの吊り縄が解かれると、牝豚は後ろ手に縛られたままガレージのコンクリートフロアに崩れ落ちた。乳房を揺らして胸を開いて呼吸する。しかしそれは虫の息。断末魔の一瞬手前の生存だった。
  留美は傍らにいるコネッサに目配せし、コネッサは昼食の残飯を赤いプラのボウルに詰めたものをフロアに置いた。もはや生ゴミ。
  留美は言った。
 「餌だよ餌、喰わないなら捨てるだけ」
  瀕死の牝豚はどろんと溶けた眸を向けて、死に損ないのイモ虫のように這いずって、覗き込む顎でボウルを倒してしまい、砂だらけの床に流れ出した残飯に向かって死に物狂いで口を開けた。
  留美は言う。
 「死にたいのに喰うのか?」
  牝豚は毛のない頭を横に振って涙を流した。
 「どうかどうか助けてください、おなかが空いて・・どうかお願いします、助けてください」
 「生きるのか? 生きたところで奴隷なんだよ。それでも生きるか?」
  牝豚は泣きながら幾度もうなずき、散らかった残飯に食らいつく。
  留美は浅くため息をつくと、嘲笑して見つめているコネッサに言った。
 「今日はもういい、死んでしまう。体を洗ってやって何か着るものを。これじゃ凍えちゃうよ」
 「そうだね、冬じゃなければ裸なんだが、殺しちまっちゃ楽しめない。けど許したりはしないからね」
  留美は微笑んでコネッサの肩に手を置いて椅子を離れた。

  そしてルッツの店を覗いてみると、そのときキャリーがおばさん二人の相手をしていて、若いマットが棚に商品を並べていた。丸いテーブルを二つ並べたカフェスペースはマルグリットの担当だったが、そのテーブルの一つに茶色の迷彩服を着たヒューゴが来ていて、みすぼらしい姿の小柄な娘を連れている。
  店の奥から顔を覗かせた留美にマルグリットが言った。
 「ああボス、いま呼びに行こうかと思ったところなんですけど」
  それでテーブルを見るとヒューゴの席に飲み物が出ていない。ちょうどいま着いたばかり。ガラス越しの店の前に茶色の迷彩を施した装甲ジープが停められてあった。
  美しいマルグリットがボスと呼んだ。あえてそう言ったのだったが、ヒューゴは眸を丸くする。
 「君がボスか?」
 「留美です。そういうことにされちゃった」
 「そうか留美か。亮からちらっと聞かされたが、うむ君か」
  ヒューゴとは初対面。シロクマのような男だったが、さて一緒の娘は何者?
  東洋系の少女といった感じだった。
 「マルグリット、私にも珈琲を」
 「はい、ボス」
 「ちょっとやめてよ、それ。意地悪なんだから、どいつもこいつも」
  これには店にいた皆が笑う。町の者たちにも跡目を継いだ女として知られていたからだ。

  このとき留美はブルージーンズに薄手のモヘヤのセーターだった。ヒューゴの正面に座ると、ヒューゴが言った。
 「亮のこと残念だったぜ、いいダチだったんだが」
  無責任に何を言うかとは思ったもののヒューゴにも立場があってやむを得ず。ここで何かを言ってもしかたがないと留美は思った。
 「それで、その子は?」
  ヒューゴは大袈裟に両手をひろげて眉を上げ、首を傾げる素振りをする。
 「拾ったのさ。ここへの途中、ふらふら歩いてやがったんだ。呼び止めたら逃げようとしやがって、とっ捕まえて連れてきた。名はジョアン」
 「ジョアン?」
  と言って娘を見ると、娘はちょっとうなずいて小声で言う。
 「フィリピンでした」
  同じ東洋系の女に出会って安心したのかも知れなかった。
  ジョアンはジーンズに黒の革ジャン姿だったのだが、全身古着といったイメージで、まるですっぴん。眸の丸い童顔の娘であった。
  そのときマルグリットが珈琲を三つ置いて去る。

  さっそくカップに大きな手をのばしながら、ヒューゴが言った。
 「皆目わからんのだ、歳は十九と言うだけで何を訊いてもダンマリなのでね。まあ知れてら。行くあてもねえんだろうぜ。そいで俺が、レイプ三昧を覚悟するならいいところを知ってるぜって言うとよ」
  留美が苦笑してそっぽを向いた。
 「レイプ三昧はよかったわ、確かにそうだけど」
  ヒューゴはにやりと笑って言う。
 「それでもいいから、二日ほど喰ってねえって言うもんで」
  留美は即座にマルグリットを振り向いて何か食べるものをと言った。カフェは試しの開店で、まだ食べ物はメニューになく、トーストぐらいしかできないのだったが。
  ヒューゴが言った。
 「例によって自動小銃と弾、それにファイティングナイフを置いていくぜ。近々また人買いどもがやってくるから教えてやらあ」
  乳児との交換があるということだ。
  そしてヒューゴは席を立つ。座っていると真上を見上げるほどヒューゴは大きい。しかし笑顔が子供っぽい。
 「ルッツに続いて亮までも。やってらんねえ、ダチがどんどんいなくなる。じゃあなボスさんよ」
  留美はちょっと小首を傾げて見送った。

  厚切りトースト二枚に目玉焼き。ジョアンはガツガツ食らいつく。
 「置いてくれるんですか?」
 「何でもする?」
 「何でもします。ママが殺されて彷徨ってました」
 「いつ頃の話?」
 「もう半年。体でお金をつくって食いつないだ。盗みもしたし」
 「ここにいたって似たようなもんだけどね」
 「聞きました山賊だって。山賊だけどまともな連中だって。助けてボス、どんなことでもしますから」
  暗澹たる気分になってくる。山賊野盗のたぐいがそこらじゅうにいて、若い娘をかっさらっては売り飛ばす。

  それでそのとき、留美がふと眸をやると若いマットがチラチラ見ていて気にしている。助けてやってよボス、可愛いじゃん・・そう顔に書いてある。
 「マット、おいで」
 「はいボス。へへへ」
 「へへへじゃない、しゃんとなさい」
  歩み寄ったマットは横からジョアンを覗き込む。ジョアンは童顔で愛らしい娘だったのだが、いかんせん汚いし臭かった。あのときのアニタそっくり。
  留美は言う。
 「こいつはマットさ、いちばん若い子だよ」
  ジョアンはこくりと頭を下げて、ちょっとはにかむ。マットにちょうどいいと留美は思った。
 「わかったよ。店にあるものでいいから下着から何もかもを選ぶがいいわ」
  それからマットに言う。
 「面倒をみてやりな。シャワーさせてさっぱりね」
 「へい! なんなら洗ってやりますけれど」
 「勝手にせい。 ったくもう、どいつもこいつも・・」
  マルグリットもキャリーも、たまたまた居合わせたおばさんまでも、そしてそれよりジョアン本人が笑っている。

  とりあえず下着と服を選ばせて、ジョアンとマットが寄り添うように奥へと消え、たまたま居合わせたおばさんの一人、マリーと言う名の黒人の女だったのだが、
マリーが言った。
 「ここの連中がそこらを開拓しはじめて、あたしらみんなで言ってたんだ。これできっといい町になるよってね。近代的な原始人の暮らしだよ。でもそれにしたって歓迎なんだよ町の者は。よろしくねボス」
 「おばさんまでよしてください、もうっ」
  おばさん二人が顔を見合わせてケタケタ笑った。
 「どうしてどうして立派なボスだよ。これもみんなルッツのおかげさ。寂しいねぇ、これでルッツとアニタがいてくりゃぁさ」
  涙ぐむマリー。
  留美はこれでいいと思うしかなかった。
  おばさん二人が買い物をすませて出て行って、そんな姿を見送りながらキャリーが言った。
 「下げ渡しみたいだね。どうするつもり?」
 「亮ならどうするか。行くよ。人買いどもは許せない」
  マルグリットは言った。
 「クイーンはどうなった?」
  留美は振り向いてちょっと笑った。
 「残飯にむしゃぶりついた。助けてくださいって言ったわよ。だけどまだまだ。皆がもういいと思うまでは地獄でしょうね」

 「ちぇっ、やさしいんだよボスは」
  と苦笑しながらコネッサがやってくる。
 「バケツの湯で洗ってやって服を着せたらおんおん泣いてた。わかるんだ、ヤツだって命じられてやったこと。わかるんだけど許せない。あたしは自分が嫌になるよ、なんてひどい女だろうと、泣きたくなるのはこっちでね」
  留美は言った。
 「それでいいんじゃない。地獄はまだまだ。生きるなら服従あるのみ。奴隷として生きていく。それが悦びに変わるまでは私だって許せない」
  マルグリットもキャリーも、手元を見たまま視線を合わせず、小さくうなずいていたのだった。

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 逆転する言葉(十三話)


 「これで弟の奴もうかばれるだろう。亮という男には会ってみたいものだったが」

  デトレフからのコールは、その翌日の早朝のことだった。ルッツの声を思い出すように無線機から流れるそっくり同じ兄の声を聴いている。
 「じつは私、ボスの女だったんです。亮という人は山賊のボスだったの」
 「ほう山賊・・そうなのか?」
 「私は人買いに下げ渡された女なんです。面倒なことがあるとLOWER社会に堕として切り捨てる。若い女なら人買いに下げ渡されたり行き先なんて決まってます。亮はそういうことの許せない人だった。人買いや盗賊や悪い輩だけを襲うんです。人買いから解放されたといっても男たちに共有される女には違いない。だけどそのうちレイプはレイプでなくなって、奴隷ではない不思議な自分に変わっていくの。まるで獣ね、牡の群れに引き込まれて一族のようにされていく。亮とのことにしたって愛かと言われると違うと思うし」

  デトレフはすぐには応えず間を空けた。
 「弟の奴が言ってたものだよ、LOWERこそ人間らしいって。それとは形は違っても月だってそんなようなものだから。極限の中で人は本質に還っていくんだろうね」
  やさしい言葉を探してくれたと留美は感じた。
 「そうだと思います。デトレフさんとお話してると、なんか落ち着くな。どんなことでも話せそう。じつはいま戸惑ってることがあるんです」
 「どういうことだね?」
 「次のボスをどうするか。これまで通りにやっていくのか。ボスの女はすなわちボスさって言われてて、だけど『ボスの女』と『女のボス』は言葉が逆転しただけじゃすまないもん。タイパンのボスをつないであります。どうするかを決めなければならなくなるし」

  留美はデスクに置かれた黒い無線機を見つめていた。機械の中にルッツの兄がいてくれて導いてくれるかも。そんな気がしてならなかった。
 「継ぐ者がいないのかな?」
 「いいえ、それはいますけど、引き継ぐ前に私が決めようと思ってて。亮の意思それにルッツさんの意思を受け継がないと意味がないでしょ。タイパンのボスの処遇にしても、戦って傷を負った人たちになお背負わせたくないんです。人を裁くのは怖いわ」
 「ふうむ、いやいや、さすがだと思うね。君なら言葉を逆転するだけで充分やっていけるだろう。ボスというものは自分で決めることじゃない。仲間たちの意思で決まり、だから仲間たちは従うもの」
 「あ、すみません長々と。電話じゃないんだわコレ」
 「うむ。また連絡する」
 「はい、きっとよ」

  独りになれる地下を出ると、気怠い一日がはじまる予感。今朝は空がすぐれない。嫌な雲が覆っている。ほとんどの男たち、それにコネッサは疲れ切って眠っていた。
  昨夜遅くに皆が戻り、それから留美はほとんど眠れず夜をすごした。女たちは皆ほとんど眠れず夜をすごした。亮が死んだことを処理できない。
  キッチンへまわるとマルグリットとキャリーの二人が起き出していて、朝食の支度にかかる前にテーブルについて珈琲を飲んでいた。
  キャリーが言う。
 「珈琲あるよ」
 「うん、もらう。眠れなかった」
 「私たちもよ。辛いね留美も」
 「ちょっとね」
  マグカップの珈琲を持って椅子を引いて座ると、隣りにいたマルグリットが背中をそっと撫でてくれる。

  留美は言った。
 「あの女はおとなしくしてる?」
  それにはキャリーが応じた。
 「ガレージにつないである。おとなしいもなにも毛布に丸まって寝てるさ」
  ふと時計を見ると七時前。留美はちょっと笑うとマグカップを両手にくるんで目を伏せた。
 「そこまでが役目かなって思うのよ」
  二人は留美の姿へ眸をやった。
 「あの女をどうするか。こんなことになってなおバートやコネッサを苦しめたくはないからね。背負うのは私。怖いけど」
  キャリーが言う。
 「そうだね怖い。だからこそそれを背負えるのがボスというものなんじゃないかしら。バートは留美を試してるよ」
 「わかってる、意地悪な男だよ。バートだけじゃなく次をどうするって皆それぞれに探り合ってる。この状況はよくないわ。せっかくこうして落ち着けたのに揺れてしまう」
  ナンバーツーはバート。それが暗黙の了解だった。そのバートがボスは留美だとあえて言う。
  マルグリットは言った。
 「アイラブユーだわ。私にはそう聞こえた。俺もそうだが皆が愛するに値する女になれ。そういうことだと感じたもん」
 「期待してるのよバートは。亮の後を誰に任せればうまくいくか」
  キャリーの言うことも留美にはもちろん見通せていた。

  ルッツの店がふたたび開いた。ルッツの店という看板を掲げたまま。そのとき若いマットとキャリーで店番。男たちの二人は銃創がひどく寝かせたまま。
  そのほか皆がシャッターを閉ざしたガレージに集まった。男六人、女が六人。ガレージは天井の高い鉄骨造りでクルマ二台が横に並ぶ広さがあった。
  その中に亮がいない。皆はそれぞれ口を開こうとはしていない。
  タイパンのクイーンと呼ばれた女ボスは、下着さえも剥ぎ取られた乳白の裸身を晒して正座。首にはボルト固定のステンレスの首輪。後ろ手に手錠。若いとは言えなくても引き締まったいい体。乳房もふっくら張って垂れてはいない。長い金髪。陰毛も産毛までもが金色に輝いて白い肌に映えている。
  女の裸身を一目見て、四十ほどかと思われる歳になって、あってしかるべき妊娠線のないことを留美は見切っていた。
  男女が入り乱れて囲んで座る。男たち野獣の眸がギラギラしている。コネッサはじめ女たちの面色が違う意味でギラギラしている。そして裸にされたこの状況でギラギラしているクイーンの眼差し。
  取り囲む輪の頂点に、パイプ椅子に座る留美がいた。

 「地獄を見せてやってもいいんだよ。心して応えるように」
  女は声を発しない。
 「名も歳も、そんなことはどうでもいい。おまえはHIGHLYだね?」
  女はかすかなせせら笑いを浮かべて言った。
 「それを訊いてどうする。ここにいるたったこれだけの人数でHIGHLYを襲うか。皆殺しにされるだけ。そうなればおまえたちだけじゃない。刃向かえばこうなるぞと見せしめに徹底的に抹殺されることになる。LOWER社会がどうもよさそうだでは困る。逃げ出す者たちが増えているからね」
  マルグリットは、とりわけその意味を噛み締めていた。確かにそう聞く。システム化されすぎたがんじがらめのHIGHLY社会と、その奴隷のようなWORKERに背を向けてLOWER社会に飛び込む者たちが増えている。LOWERなどはクズ。粗野で乱暴な世界だぞと刷り込んでおきたいということだ。
  留美は言った。
 「それだけのことなのか。HIGHLYどもの薄汚い思惑で」
 「どうなりと言うがいいさ。そうやってレジスタンスでも生まれ、この上まだ殺戮が続けばどうなるか。人類の危機なんだ」
 「それだけのために無関係な人々を犠牲にしてまで・・もういい」
 「ふんっ、わかったなら殺せ。こんな時代に未練はないね」
  留美は話にならないと首を振った。

  そのときバートは横目に留美を見つめていた。
  留美は言った。
 「殺さない」
  皆が一斉に留美へと視線を流している。
 「嬲って嬲って嬲り尽くし、血の涙を流してどうか助けてとすがりつくまで許さない。飢えて飢えて草でもいいから喰わせてとすがるまで許さない。その綺麗な髪の毛も陰毛も眉毛もいらない。おまえなど蠢く肉豚だ。さあみんな、どうにでもしてやるんだねと言うのは簡単さ。誰か立たせな」
 「おぉぅ!」
  男たちが寄ってたかり、引っこ抜くように立たせると、肉豚は首輪にロープをかけられて鉄骨造りのH鋼の横の梁に首輪で吊られる。両手は後ろ手錠のまま。顔だけを傾けて裸身は伸びきり、豊かな乳房がたわたわ揺れた。その歳とは思えない見事なプロポーション。

  椅子を立って笑うわけでもなく、その手に細身で長い板切れを持って歩み寄る留美。そんな留美の姿をバートは眸を細めて見つめている。
 「綺麗な体もおしまいだね。死にたければ垂れ下がれば絞首刑。見事に死んでみることだ」
  バシーッ!
 「きゃぁーっ!」
  振り上げた板切れが白い尻に炸裂した。渾身の力。一撃で尻が赤くなり、見る間に青くなってくる。
  バシーッ!
 「ぎゃぅーっ! 殺せぇーっ! 殺せぇーっ!」
 「まだ言うか馬鹿女!」
  留美は右の拳で肉豚の頬をぶん殴る。ゴツと骨に響く音がした。
 「さあ、いいよ、どうにでもしてやるんだね」
 「ああ嫌ぁぁーっ! 嫌よぉぉーっ!」
  留美が退くと男たちより先にコネッサが大きなハサミを手にして踏み込んだ。
 「あきゃぁぁーっ!」
  ザクザクの断髪。そんな悲鳴に留美は背を向け、その場を去った。
  遅れてマルグリットが後を追い、さらに遅れてバートが背に歩み寄り、留美のヒップをぽんと叩く。
  振り向いてちょっと睨む留美。ちょっと笑うバートとマルグリット。
  留美は言った。
 「山賊は続けるし、ルッツの店って名前も変えない」
  バートは間際まで歩み寄ると留美の両肩に大きな手を置いて眸を見つめた。
 「よろしく頼むぜボス」
 「ちぇっ、意地悪な男だよ」
  消えてしまった亮の面影を追うように留美は涙ぐんでいた。

  男の数が減ったことで部屋に余裕ができている。
  その日の夜は留美は独りでいたくなり、元はアニタの部屋だったところにこもっていた。夕食を終えてシャワーも済ませ、ルッツの店で仕入れた薄いブルーのネグリジェ姿。シースルー。明かりをベッドサイドのライトスタンドに切り替えてベッドに寝そべり、ぼんやり虚空を見上げていた。
  コツコツと控え目なノックの音。
 「ノックなんていらない、入って」
  相手は女だと思っていた。ところが若いマットが顔を出す。透けるネグリジェでほとんど半裸の留美を見て、マットは背を向けてしまうのだった。
 「おい馬鹿野郎、どれだけ女を犯したんだよ、いまさらなんだい」
 「いや、その、店の相談をしようと思って」
 「お店の?」
 「仕入れとかもあるしシフトとか、なんとなくじゃなくちゃんとやったほうがいいかって姉さんたちと話してて、じゃあおまえが訊いて来いって」

  ははぁ、マットに対してまんざらでもないことを察していて、慰めようとしたんだわ・・留美はちょっと笑ってしまった。
 「仕入れについては、女周りのものは女たちに任せるとして、それ以外をマットがまとめな」
 「あ、ええ、それでいいなら」
 「おいマット、こっち向け。ふふふ、もう可愛いんだから」
  振り向いて、はにかむような上目使いで歩み寄るマット。留美は身をずらしてベッドに座るよう、クッションを叩く仕草で言う。
  留美はボスの女とされていて、バートやホルヘとの関係はあったものの、そう言えばマットとそうなったことがない。格上の男たちの女には手が出せない・・ということでもなさそうだった。

  マットが座ると留美は言う。
 「はっきりして、私が欲しい?」
 「ぶっ。バートにぶっ殺されますぜ、なんてのは冗談で、姉さんのことボスだと思ってますから」
 「いい迷惑だわよ、気にしないで脱いでおいで。今夜は一緒に寝てちょうだい」
  マットは向こうを向いてちょっとうなずき、一度立ってトランクスまでを脱ぎ去って、先にベッドに潜り込んだ留美の横へと寄り添った。
 「まったく、すでにピンコなんだもん。あーあ、私もどうかしちゃったなぁ。平気で触れるようになっちゃった」
 「姉さんのこと好きでした」
  思いもしない静かな声。留美は大袈裟に眉を上げてマットを見つめた。
 「嬉しいよマット。それで、どうするってお店?」
 「はい、店長はどうするってなったとき皆はボスだって言うんですが」
 「それはよくない。分配しないと」
 「そうなんですよ、俺もそう思うからみんなに言ったんです、順繰りにやったらどうかって。最初はコネッサがいいかと思うんで」
 「それでいいわ、考えてるんだね意外に」
 「まあそれなりに。服についちゃ男物でも姉さんたちに任せておいて、男はほら工具だとかそっちを見てればいいのかなって。それとカフェです」
 「カフェ? お店でカフェも?」
 「せっかくガラス張りなんだし、町の人たちも遊びに来られるかなってキャリーが言って」
 「いいわね、あのときもそうだった」
  キャリーもそう思って言ったことだろうと留美は感じた。

 「あのときって?」
 「アニタがお店に来たときよ。カフェでもあれば入りやすいでしょ。全権一任だわマット君、思うままにやってごらん」
 「わかりました。じゃあ店長はコネッサ、カフェはマルグリット、なんて言いながら結局寄ってたかってやるんでしょうけどね、へへへ。だったら男どもは畑でもやるかって言ったらバートが笑って言うんすよ、山賊はどうするって」
 「ふふふ、それ言える。でもね、昔の日本には忍者ってものがあり、忍びの里では田畑をやるのが普通だった。そう思うなら町の開拓。土地をひろげたり、道を直したり、できることはあるんじゃないかしら。ルッツのいた町はこんなに立派になりましたってデトレフに見せつけてやりたいよ」
 「あの無線の人ですよね?」
 「そうそう、月面都市をつくってるお兄さん」
 「すげーな、信じられねえ、マジだもんなぁ」
 「兄弟揃って男の中の男だわ。あなたとは違います。ふふふ、抱いてマット」
  石器時代を思わせる洞穴での暮らし。ここでは違う。ベッドに寄り添い抱かれていくというあたりまえの世界がここにはあると、やさしい愛撫に震えながら留美は思った。

  亮の肉体を忘れようとまでは思っていなかった留美だったが、若いマットの思いもしないやさしさに、まじまじと顔を見てしまう。
  そっと口づけを交わしながら、そっと髪を撫でつけてくれ、乳首の周りで騒ぎ立つ産毛までも、なだめるようにそっとそっと舐めてくれる。
  亮とも違う。荒々しいバートとも違う。マットは日頃はやんちゃな小僧。そのつもりでいたのだったが、さざ波のような心地よさが心を溶かしていくのだった。
 「やさしいねマット、感じるわよ、すごく」
 「ふふふ、はい姉さん」
  触れるか触れないかのキスが肌を這い降り、黒く密生する飾り毛を掃くように分けられて、やさしさの驚きに濡れて勃つクリトリスを舌先でつつかれる。
 「あぅ、うぅン、震えちゃう、嬉しいよマット、嬉しい」
  M字に立てひろげた女の体の中心を、股間に降りて尻を抱きながら、そっとそっと、毛の濡れさえも舐め取るように愛撫される。
 「マゾっぽいねマットって。アナルでも舐めてくれそう」
 「はい」
 「え・・うそ・・あン、そこダメ!」
  あのマットがまさか・・けれどもそんな思考を、しだいしだいに荒波となってくる快楽が押し流す。
 「はぁぁぁ来て、ねえ来て、可愛いよマット」
  亮の体の記憶が消えていくのを、このとき留美はどうしようもなく感じていた。

 「きゃぅ」
  かすかな悲鳴。痛みではなく、いきなり襲った頂点に腰が暴れ、逞しい若者の肉体をジャッキアップするように女体は反った。

getsumen520

タイパンの女王(十二話)


  夏から秋へと季節は流れ、ルッツが殺されてから四月ほどが経とうとしていた。 タイパンと名乗る凶賊の行方は知れなかった。ルッツのいた町は旧オーストラリアの区分で言うならクイーンズランド中部のやや内陸側。亮たちが暮らす洞穴からもそう遠くはなかった。オーストラリア大陸の広さは日本のおよそ二十倍。赤道に近い北部には緑が多かったものだが二十メートルを超える海面上昇で臨海部のかなりのエリアが水没。内陸部にはまさに果てしない乾燥地帯がひろがっていた。そうした特殊な環境と四方が海で脱出しづらいという点でこの大陸そのものがLOWER居住区とされたのだった。
  果てしなくひろがる荒野。ルッツの町から北に向かったという情報だけではどうにもならない。ヒューゴが所属する治安維持部隊はあくまで旧クイーンズランドがテリトリーであり他の地域へ逃げ込まれれば追跡のしようがないのである。

  そのタイパンが動いたという情報がもたらされたのは、諦めムードになりかけたそんなとき。クイーンズランド北部と隣り合わるノーザンテリトリーとの境界に近い小さな町が襲われた。それぞれの治安維持部隊が管理する境界線あたりはテリトリーが重なる部分でどちらもが手を出しづらい。
  そこを突いた凶行だったのだが、そのとき治安維持部隊の網にかかったということだ。ルッツはヒューゴにとってもよく知る人物。しかしそのとき向かったのはノーザンテリトリーを管轄する部隊であった。
  ヒューゴは言う。
 「境界あたりを動いてやがる、賢いもんだぜ。どっちで処理するかでにらみ合ってる状態よ」
 「いかにも役人らしいぜ、面倒はごめんてことかい」
 「まあな、そういうことにしておこう。応戦するならともかくも、いちいち報告書を上げて過剰行動でないことを証明しなければならなくなる。したがってなすりつけ合うわけだよ。HIGHLYとのつきあいは面倒なのさ」
  本音としてLOWERなど処理しておきたいところでも、HIGHLY社会の中にも穏健派もいれば人道主義者も存在する。表向きは法治。それがHIGHLY社会というものなのだ。
  亮はせせら笑って言った。
 「綺麗事だぜ、わかっちゃいねえ」
  ヒューゴは苦笑してうなずきながら亮の肩をぽんとやった。
  このとき亮は、このヒューゴでさえが七十年先の地球の終焉については知らされていないだろうと感じていたし、亮自身いまだに信じられない気分でいた。

  ヒューゴは地図を兼ねた衛星写真を持ち出した。
 「ここだ。入り組んだ岩山の狭間、緑もちらほら、アジトへの道筋は行き止まりってことで、こいつはちょっと厄介だ」
 「確かなんだな?」
  クイーンズランド側との境界線上ややノーザンテリトリー側の山岳地帯に根城がある。
 「人買いどもからの情報よ。目こぼしが見返りっていうわけさ」
 「タイパンは女もやるのか?」
 「やるね、かっさらった娘を売り飛ばす。さてそのタイパンだが、敵の総勢およそ二十名。ボスはクイーンと呼ばれる白人女で白人はそいつだけ。手下に若い女が数人いて、そのほか男。おめえらと同じような陣容だが数では相手が上よ」
  人数が増えている。方々を流して襲うそのときに仲間の一定数をアジトに残しておくということか。
 「クイーンね・・その正体は?」
 「わからん。四十前の女らしいが、これがまたブロンドのいい女だって話だぜ。なぜどうして賊になったか皆目わからん。かなりな武器も持ってやがる。アジトには機関銃さえあるらしい。岩山に銃座までを構えてやがるそうなんだ」
 「ほう銃座とはものものしい。野戦だな」
  ヒューゴはうなずく。
 「敵の中に元は米兵だった野郎が二人いるということで、こいつらがクイーンにへばりついて守ってやがる。手下どもも訓練されていると見るべきだろう。ルッツほどの男が殺られてしまう連中さ、まさに野戦となるだろうな」

 「野戦ねえ、やってやろうじゃねえか、そっちは俺の専門よ」
  巨体のバートがにやりと笑う。バートもまた元は兵士だった男である。
  亮が言った。
 「クルマで乗り付けてこんにちはって訳にはいかねえし、こっからだといかにも遠い、千キロはあるだろうぜ。さらに敵は二十こっちは十」
 「十? いやしかし」
  と、ホルヘが仲間を見渡した。男の総勢十二名。
  亮が言う。
 「二人は残す。女たちを頼む」
 「そんじゃ、あたしが行くよ。それでこっちは十一さ」
  と、コネッサが言って皆が眸を集めた。
 「ルッツにはよくしてもらったさ。アニタって女のことだって愛してくれたそうじゃないか。あたしだって黒人なんだ、アニタの夢を壊した奴らは許せない」
  亮はちょっと視線を厳しくしたが、言い出したらきかないコネッサ。
 「それに数がちょうどいいや」
  亮はちょっと眉を上げた。どういうことか。
 「残る女が六、男が二で割りきれるじゃないか」
  にやりと笑うコネッサ。亮は可笑しくなってそっぽを向いてちょっと笑った。コネッサは女で唯一ガンが使える。

  亮は言った。
 「そういうことなら言うがヒューゴの野郎が言ってやがった、ルッツの町に来ないかってな。そうなりゃ無線も使えるからよって」
  キャリーと留美、そしてマルグリットが眸を見合わせた。
  亮が言う。
 「町の皆が怖がってる。俺たちにいてほしいと思ってる。ルッツの店もいつでも再開できるように片付けられてあるそうだ。これから冬だぞってヒューゴの野郎が笑ってやがった。女どもが川で尻出しゃあ凍るぞって」
  女たち皆がくすくす笑った。
 「まあよ、雑貨屋やって暮らす山賊ってえのが引っかかるが、みんなの意見に従うぜ、どうするか決めてくれ」
  それにキャリーが応じた。
 「彼の意思を継ぐということ」
  それにコネッサが応じた。
 「アニタみたいな女がきっと来る」
  それにマルグリットが応じた。
 「たまにはちゃんとしたベッドで抱かれたい」
  これには皆が声を上げて笑い、笑いながら亮は言った。
 「ただし山賊は続けるぞ、クソ野郎は許せねえ」
  皆がうなずき話は決まった。
  そしてこのことがルッツの兄、デトレフ中佐との接点になっていこうとは、このとき誰も考えてはいなかった。

  二十数軒の家々が並ぶ小さな町。その中のちっぽけなルッツの店。そこはタイパンの根城への中継点ともなる場所だった。男が十二名、女が七名で乗り付けると町の皆がぞろぞろ集まり歓迎した。店の裏の居住部分にルッツの箱型ジープが眠っている。これでクルマは四台。鉄箱がついた二台とオープンタイプのジープ一台でタイパンの根城へ向かう。その先まだ千キロ近い道のりだったが、残された者たちが気づいたときコネッサの姿がない。勝手に乗り込んでしまったようだった。

  ルッツタウン。キャリーが言い出した名を町の者たちは喝采した。
  さっそく女たち、そして残る男二人の手で、ルッツの店が店らしくなって蘇る。さらにまた町外れで空き家となっていた一軒の家にも手が入れられて、人間らしい暮らしのできる場へと変わっていった。
  夜ともなると冷えてくる。冬は近い。まともなキッチンであたたまるものでもつくろう。女たちが浮き立って料理に向かう、そんなとき、マットと言って男たちの中ではもっとも若い一人が、そのときたまたま地下に降りて声を上げた。
 「留美姉さん、無線! 鳴ってる!」
  留美姉さん、いつ頃からかマットはそう呼ぶようになっていた。男としては小柄で華奢。黒人とアジア系のハーフであった。

  留美は駆け下りて黒い無線機に向かうのだったが、一瞬手が出せずに戸惑った。受話器はつまり電話そのもの。迷いを振り切り取り上げた。
 「はい、こちらルッツさんのお店ですが」
 「ほう出たか」
 「え?」
 「いやいや、いまだに信じられなくてね、出ないとわかっていてもつい。兄貴だよルッツの奴の」
 「あ、じゃあデトレフさん?」
 「そうだ。月面からの無線だよ」
 「はい!」
  いざとなると信じられない。月はやはりそうなっているのかと留美ははじめて実感できた。宇宙にいる人々を。
 「それで君は? どうしてそこにいるのかな?」
  落ち着いた大人の男の声だった。
 「はい、私は留美です、日本人ですが、じつは亮さんの」
 「ああそうか彼の? 恋人かな? それとも奥さん?」

  恋人それに妻・・そうしたこれまでのあたりまえが壊されてしまった地球を感じずにはいられない。留美は言葉に戸惑った。
 「いえ、あの、友だちなんです。亮さんを中心とする仲間たちがいましてね、ルッツさんのお店を再建しようということで準備をはじめたところなんです」
 「そうなのか? 奴の店をまたはじめる?」
 「はい。だってこの町にお店はここだけ。ないと皆が悲しむでしょ。ルッツさんが命がけで守ったお店なんですもの。アニタさんのこともそうですし」
 「うむ、そうだね、うむ。まさか無線がつながるとは思っていない。嬉しいよ、ありがとう。奴の意思が受け継がれる。これほど嬉しいことはない」
  デトレフの声が震えている。留美まで胸が熱くなる。
  このとき留美はルッツの姿にデトレフを重ねていた。声が似ている。話し方も堂々として、いかにもルッツの兄らしいと感じていた。

  受話器が言う。
 「ところで亮君は?」
 「いえ、いまちょっと出かけていて。仕入れとかいろいろあるもので遠くまで」
  とっさに出た嘘。心配をかけたくなかった。
  デトレフは言った。
 「うむ、それはいいが君たちは武器は持つのか?」
 「それは、はい、少しですが備えはあります。こっちは無法地帯ですから」
 「ならばいいが、どうせ旧式なものばかりだろう。何かあれば言いなさい、私の部下たちが軍にいる。二度ともう弟の二の舞はごめんだ。チャンネルはそのままに送信ボタンを押しなさい、私につながる。そこであればブリスベンに部下がいるから蹴散らしてくれるだろう」
 「はい、ありがとうざいます、町の人たちも怖がっちゃって」
 「だろうね。いいかね、きっとだよ、何かあれば即刻無線を。戦闘ヘリで駆けつけるだろう」
  
  受話器を置いて留美は呆然としながらもルッツの姿を思い浮かべていた。そばにいるマットがうわずった声で言う。
 「ブリスベンて、ヘリならすぐそこだぜ」
  留美は毅然とした面色に変化していた。
 「だけどルッツはそれをしなかった。兄貴なんかにすがるものか。それが意地だったのよ彼の。誰がHIGHLYなんかにすがるものかって」
 「LOWER社会はLOWERで創る?」
 「そういうこと。私たちだって向こうに捨てられた身ですからね、気持ちはわかるわ。いまさらすがるつもりもない。意思を継ぐってそういうこともあるんじゃないかしら」
  マットはちょっと笑ってうなずいて、しかし言った。
 「だけどルッツは間違ってた」
 「あら、どうしてそう思う?」
 「アニタのことだって守れたかも知れないだろ。町の人たちも」
  留美は、ちょっと意外というように眉を上げてマットの眸を見つめた。日頃はやんちゃなマットである。
 「マットは私のことどう思ってるの? 私だけじゃなくキャリーやマルグリットのことも。私たちは性奴隷?」
 「違うよ」
 「じゃあ何?」
 「一族さ」
 「一族?」
 「ボスだって言ってるぜ、犯したからには守るんだって」
  留美は若いマットの手をとって抱き寄せた。
 「濡れる言葉だわマット、ありがとう」
  唇を重ねていき、今度はマットが留美を強く抱き締めた。

  その夜、店の裏にいくつかある部屋と、空き家だった一軒の家に散った八人。
  留美はマルグリットと二人の夜をすごしていた。そこはアニタの部屋だった。ドレッサーまでついたその部屋には、クローゼットにアニタの服が残されていたのだった。
  それほど広いとは言えないベッドに二人は肌を寄せ合って、キスを交わし愛撫を交わす。女同士の熱い夜がすぎていき、二人は抱き合って動かない。
  マルグリットが微笑んで言った。
 「何でもアリなんだもん」
 「ふふふ、そうよねセックス三昧。ちょっと信じられないわ。私は勝手にボスの女にされちゃって少しは穏やかだったけど」
 「バートが言ってた。留美には震えるって。惚れちまうって言ってたよ」
 「あら嬉しい、あのねマルグリット、さっきマットが言ってたんだよ」
 「マットが何を?」
 「あたしたちは一族ですって。犯したからには守るんだって。性奴隷なんかじゃないって本気で言ってた、可愛いんだから」
 「ほんとね、あの子って可愛いもん」

  留美はマルグリットの濡れる性器へ手をやった。
 「レディの仮面を奪われて残ったものは牝の私」
  マルグリットは留美の額をちょっとつついてくすくす笑った。
 「わたくしだって信じられませんわ、おほほ・・みたいな言葉を使ってた私はどこへ行ったのやら。まさか取り囲まれて排泄まで見られようとは思いもしない。恥辱に震えているのにどうしようもなく濡れてくる。恐怖に泣いてるくせに、そのうちどんどんよくなって、お尻を振ってる私がいる。何だったのモラルって。貞操って何なのよ。そう自分に問いかけても潮を噴いてイッちゃうんだからしょうがない」
 「私はねマルグリット」
 「うん?」
 「そういうことならいいかなって思うのよ。一族だって思ってくれてるなら捧げてもいいかなって」
 「どうせなら燃えて燃えて死んでいきたい。凍結精子で強制受胎なんて絶対に嫌だわ。そうまでして生存する意味がどこにあるのか・・馬鹿な人類」
  そしたまた抱擁を強くして性の波にもまれていく夜となる。

  タイパン狩りに出て行った者たちが戻ったのは四日後の深夜だった。男たち十人に女のコネッサを加えた十一人で出て行って、戻って来たとき、タイパンの女ボスが加わって十二人。
  しかし、ホルヘの他にロバートと言う若者が一人、そして亮が変わり果てた死体となって戻って来たのだ。
  生きて戻った何人もが脚を撃たれ腕をやられて血だらけの状況だった。巨体のバートは弾丸が頭をかすって血の滲む包帯をターバンのように巻いている。
 「亮が死んだ・・そんな」
  留美は放心、女たちの皆が呆然として血まみれの亮を見つめていた。
  バートは静かに言う。
 「すさまじい戦いだった。亮の奴は頭にくらって即死だった。もうどうにもしてやれねえ」
  バートは唇を真一文字に結んだまま、口惜しそうに眸を伏せた。
  そしてクルマから降ろされたタイパンの女ボスは、一人だけシルク地の赤いロングドレスを着たままで、後ろ手に乳縄がうたれ、縄をギャグ代わりに猿轡をされていて、歩み寄った巨体のバートに長い金髪をわしづかみにされて床に放り出されたのだった。
  透き通るようなブルーの眸に怒りの色が燃えている。四十少し前と思われる、それは美しい女であった。

  タイパンのクイーンを見下ろしながらコネッサが言った。
 「ぶっ殺してやろうと思ったさ。けど妙だ、この格好はなんだってんだい、どう見たってHIGHLYじゃないか。からくりを吐かせてやろうと思って連れてきた」
  留美はうなずいてちょっと笑った。
 「コネッサが無事でよかったよ」
  そして留美はバートに向かって言う。
 「この女のこと任せてくれない? ルッツやアニタや亮たちのお墓の前でひざまづかせてやらないと気が済まない」
 「ああいいぜ、ボスの思うままにすりゃあいい。亮の女はすなわちボスだよ、なあ留美よ」
  密かに想っていたはずの亮の変わり果てた姿を目の前に、留美には涙さえもなかった。この女は凄いとコネッサでさえがそう感じた。

  留美は言う。
 「女のことは後回しだよ、素っ裸にしてつないどきな。ステンの首輪、それと手錠も」
  皆が呆然として動かない。
 「マット、さっさとしな」
 「へ、へい姉さん」
  若いマットはとっさにバートを見つめたが、バートは留美だけを見つめている。
  そしてその留美は、場違いなドレスを着た高慢そうな女をまともに見据えた。
 「おとなしくしないとなぶり殺しにしてくれる。性奴隷とはおまえのことだよ、地獄を見せてやるからね」
  バートは声もなく留美を見つめて胸の内を察し、そしてかすかに笑みを浮かべるのだった。

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