2017年10月17日

流れ才蔵(十二話)


十二話 鬼の才蔵


 歳嵩のひとりは別に、四人揃ってかなりな使い手。そう才蔵は感じて
いた。シャランと金輪を鳴らして錫杖の切っ先を突きつけながら男のひ
とりが叫ぶ。
「退けと言うに! 関わりなきは去れ!」
「忠長一派か正雪一派の残党か」
「やかましい、死ねぇい!」
 声高にすごみつつ前から突き込まれる錫杖を、その棒軸を巻き込むよ
うに回りながら交わした才蔵。その刹那、才蔵の右の裏拳が男の顎をガ
ツンととらえ、男が持つ錫杖をともに握りながら才蔵は体をさばき、ほ
かの三人との間に敵ひとりを盾に陣取った。
 歳嵩のひとりが編み笠をしたまま言い放つ。
「やむを得ぬ、殺れ!」
「おおぅ!」
 錫杖を握り合う下から男の急所を蹴り上げて錫杖を奪い取った才蔵が
棒を構えて中腰となり、そのとき残る三人が仕込み錫杖の鞘を払って剣
を抜く。八角棒の棒尻に仕込むための反りのない細い刀身。金輪のある
切っ先と棒尻の剣と切っ先は頭尾にある。
 才蔵に錫杖を奪われたひとりが、法衣に隠した黒鞘の大刀を抜き去っ
た。才蔵が奪い取った錫杖も仕込み錫杖だったのだが、才蔵はその鞘を
払わない。剣と棒の戦いだった。

 そして悪いことにそんなとき、本堂の板戸の隙間から様子を見ていた
仁吉が、板戸のつっかえ棒を握り締めて飛び出してくる。
「やいやい、てめえらっ、五人でひとりを囲むとは汚ぇえぜ!」
 才蔵はとっさに叫んだ。
「退け! おめえは童を守るんだ!」
 しかし遅い。境内に裸足で飛び出した仁吉は、老いたひとりと若い男
のふたりに前後を囲まれ退くに退けない。
「ふふん、ともに死ね小僧!」
 左右から突かれる槍剣を仁吉はもんどりうって転がって除けきって、
立ち上がりざまに老いたひとりの向こうずねを棒先で殴りあげる。
「ぐわぁ! 許さぬ、死ねぇ!」

 まずい。このままでは殺られてしまう。しかし才蔵も敵は三人。前か
らの槍剣、横からの太刀、また横からの槍剣。棒先で払い、棒尻で払い、
そうしながら仁吉を救わなければならなくなった。

 そんなときだ。本堂に置いたままの才蔵の剣。青鞘の大刀だけをひっ
つかみ、幼い十吾は一度奥へと走り去って厨の裏口から外へと飛び出す。
お香が止めるより早く、お香は一緒になって飛び出して行きそうな幼い
お花を抱くのがやっと。
 裏から出た十吾は、薪割り場を駆け抜けて納屋の裏へと回り込み、納
屋の反対側の草陰に潜むように才蔵を見つめている。才蔵はもちろん気
づき、三人の敵とやり合いながらもじりじり納屋へと近づいていく。
「才蔵さん、刀ぁ!」
 後三歩というところで十吾は青鞘の大刀を投げ上げた。
「ちっ、こわっぱめが! 死にくされ!」
 才蔵よりも男のひとりがわずかに十吾に近かった。棒尻の鋭い剣が地
べたを這う十吾に向かって突き込まれ、そしてそのとき才蔵の耳許をか
すめるように赤い矢羽根の弓矢が飛んだ。お泉の矢だ。
 投げ上げられた剣に向かってもんどり打って手をのばす才蔵。

「うわぁーっ!」
 男の棒尻の細い剣先が、とっさに転がる十吾の脛を浅くかすめて紙一
重の地べたに刺さり、その刹那、男の右肩口に赤い矢羽根の弓矢が浅く
突き刺さる。しかし矢はあまりに浅い。
 転がり飛んだ才蔵の手が青鞘の剣をひっつかむ。そして刹那、抜き去
られた才蔵の白刃。肩口を射られても屈強な兵の動きを止めるまでには
いたっていない。地べたを刺した剣先がふたたび十吾に向けられた。

 危ない、十吾!

「セイヤァァーッ!」
 鬼神のごとき才蔵の気迫! 振り抜かれた白刃が、左斜め後ろから男
の背を逆袈裟斬り!
「ぐわぁーっ!」
「死ねぃ外道!」
 背に振り抜かれた一刀が空中で反転し、次には真横に振り抜かれて男
のそっ首を吹っ飛ばす! 血しぶき! 石のごとくごろんと転がる坊主
の首。
 十吾の細い脛に一筋の血が滲む。
「十吾、大丈夫か、よくやったぞ」
「うんっ、どうってことない!」
 十吾に向かって笑った才蔵。しかし刹那、敵に向かって振り向くとき
には鬼の形相!

 そしてその傍らで。
「トゥリャァーッ!」
「なんの! ハァァーイ!」
 仁吉を襲うふたりの男を相手に、紅矢のくノ一、お泉が挑みかかる。
忍び装束でもない町女の着物姿。脚が開かず動けない。それでもお泉は
素早かった。前から横から襲う切っ先を苦もなく交わし、くノ一の剣が
老いた男の胸を貫く!
 お泉は強い!

 その様子を横目で見た才蔵。青鞘から抜かれた見事な白刃が切っ先を
天に向け、弧を描いて中段下まで降ろされて、チャッという鍔鳴りを響
かせて反転し、真横にすーっと動いて止まる。
 これぞ、流れ才蔵の十字剣! 対する男ふたりは身構えながらも才蔵
のあまりの気迫に腰が退けた。
「こ、こしゃくな、死ねぇい!」
 若い男がふたり。ふたりともに剣を抜き、剣対剣。左右に分かれて才
蔵を狙う剣先だったが、左のひとりが斬り込んだ刹那、勝負は決した。
 左からの切っ先を払い落としておきながら、右の男の胴を切り裂き、
返す刃が左からの攻めの一瞬前に男の首を吹っ飛ばし、そしてまたその
返す切っ先が右の男の喉笛を貫いた。
 死んだ男を足蹴にして喉笛から剣を抜き、老いたひとり倒して残った
ひとりと対峙するお泉との間に割って入る。

「十吾を頼む」
「あいよっ」
 お泉とそして仁吉を追いやって、才蔵は残るひとりと対峙した。
「俺が相手よ、女じゃねえぜ」
「ふふん、口は立派だ、受けてみろ!」
 最後のひとりが男たちの中ではもっとも使える。突き突き突きと突き
を使う実戦剣。戦場での剣さばきは才蔵をもたじろがせるほど速かった。
 キィーン、キン、キィーン!
 白刃と白刃が火花を散らして交錯し、互いに退いて互いに斬り込む。
足を払われて才蔵が宙を舞い、宙から斬り下げる剣先を敵が受け流して
もんどりうって転がった。
 追い込む才蔵、しか受けから攻めに転じる敵! 双方、強い!
 キィィーン!
 最後に一度交錯する刃と刃。忍びのように身軽に体をさばく才蔵。
 真横に振り抜かれた切っ先が敵の胴を浅く抉り、敵がひるんだ一瞬、
返す刃が肩口から深々と袈裟斬りに肉を抉った!
「トゥセェェーイ!」
 吼える才蔵! 鬼神の気合い! 噴き上がる血しぶきを浴びた才蔵は、
もはや鬼か!
 男はその眼をカッと見開き、声も発せず朽ち木のようにゆらりと崩れ
て倒れ去る。

 才蔵は強い! 話に聞いていたお泉だったが、震えが来るほど才蔵は
強い。お泉は目を輝かせた。

 しかしそのとき、三方を囲む浅い谷の草陰から逃げ去る男の影ひとつ。
男は百姓姿に化けていた。お泉が気づき、才蔵もそれを察して顎をしゃ
くって『追え』と合図。お泉の姿が一瞬後に消えていた。
「強ぇえ・・おいら驚いちまった」
 たったいま目の前で起きたこと、そして首のない男の死体、また死体。
仁吉は呆然としてふらふら歩み、才蔵のそばへとやってきた。
「よくやったな仁吉、助かったぜ」
 仁吉の役割は大きかった。敵を二手に散らせてくれた。才蔵に肩を叩
かれ、しかし境内のそこらじゅうが血だらけの惨状に、仁吉はへなへな
と崩れてしまう。
 脛に白い晒しを巻かれた姿で十吾が歩み、十吾はそのまま才蔵の腰へ
とすがりつく。
「おめえもだ十吾、立派だった、ありがとよ」
 十吾もまた呆然としてしまって、声もなくうなずくだけ。

「ぅ・うぅぅ」

 お泉の剣に倒れた老僧に息がある。才蔵は傍らにしゃがんで覗き込む。
「忠長一派と見たが?」
「ぅぅ・・乱心など・・されてはおらぬ・・むぅぅ・・家光め・・江戸
など滅ぶがよか・・ろう」
 首がゆらりと崩れて老兵は去った。
 仁吉は目を丸くする。殿上人など身分が違う。才蔵は言った。
「仁吉、十吾もだ」
 へたり崩れた仁吉が見上げ、腰にすがる十吾が下から才蔵を覗き込む。
「敵とは言え、こやつら皆、忠義の者ども。武士とはそういうものぞ。
墓所に葬ってやらねばな。手伝ってくれるよな」
 仁吉は黙ってうなずき、十吾は、たったいま眼前で死んでいった老兵
を見つめて泣いてしまい、かすかに「うん」と呟いた。

 そしてそのとき、お香は幼いお花を抱き締めながら本堂の外廊下に立
っていて、はじめて見るおぞましい光景に震えていた。才蔵の顔も着物
も血しぶきを浴びて真っ赤。鬼の姿に見えたことだろう。
 ふと本堂を見た十吾。身を固くするお香の姿に、何を思ったのか十吾
は才蔵の腰を離れて歩んでいき、そのとき手をのばした姉の手をしっか
り握った。
「男ですぜ、もう」
 仁吉がそんな十吾の小さな背中を見て言った。
「おめえもな、無鉄砲にもほどがあらぁ、ふふふ」
 そう言って才蔵は笑ったのだったが、仁吉は首をちょっと横に振る。
「おいらなんぞ威勢がいいだけ・・へへへ」
 力なく笑う仁吉の手を引いて立たせ、ふたり揃って、境内に散らばっ
た武士どもの亡骸に歩み寄っていくのだった。

 そのとき十吾が、そっちへ行くなと手を握って止めようとしたお香の
手を振り払って歩み出し、勇気を振り絞るように、首を飛ばされて転が
ったその首に小さな手を合わせ、泣きながら持ち上げて、裏の林の墓所
へと運ぶ。
 才蔵も仁吉も黙って見ている。十吾はいまこのとき男になった。ふた
りは目を見合わせてうなずき合っていたのだった。

 その日の夕餉。支度が遅れ外は暗くなっている。
 太い蝋燭が何本も揺れる本堂に、才蔵、仁吉、十吾、お花、そしてお
香が膳を据えて輪になった。しかし静か。幼いお花でさえも皆を気づか
い静かにしている。
 静けさにたまりかねたというわけでもないだろうが、仁吉が口を開い
た。
「こんなこと訊いていいもんやらとは思うけんど」
 問いかけの相手はもちろん才蔵。
「うむ? かまわんが?」
 仁吉はチラとお香と目を合わせつつ言うのだった。
「さっきのお方は? おいらを救ってくださった?」
 才蔵は皆を見渡してちょっと笑い、仁吉の目を見やった。
「お泉と言ってな」
 と、そう言いかけたとき、本堂への踏み段に気配。意図してはっきり
気配を感じさせる歩みである。

「言ってるそばから・・ふふふ、十吾、開けてやってくれ」
「うんっ」
 十吾は力強くうなずいて立ち上がり、本堂を閉ざす板戸の片方を少し
開けた。
 血しぶきを浴びた着物を着替えて現れた、お泉。町女のいでたちで明
るめの黄色茶縞の着物。晒しの脚絆を巻く旅姿。そしてその手に白木の
仕込み杖。才蔵は言った。
「入りな、ご苦労だったな」
 お泉は戸を開けてくれた十吾の頭に手を置いて、皆を見渡しちょっと
頭を下げる素振り。才蔵のそばへと音もなく歩み寄り、そのときお香が
用意した座布団に正座で座った。
 どこか鋭い印象。すさまじいまでの剣さばき。ただの女でないことは
明らかだった。才蔵が言う。
「お泉さんと言ってな、いろいろあって俺の影となって動いてくれる。
辛い役目を負わせていてな」
 お泉は才蔵の姿を横目に見ている。お泉さんと『さん』をつけて呼ば
れたことがない。やさしく思いやった言葉をもらったことがない。

「で、いかに?」
「言っていいんだね、ここで?」
「かまわんさ、おめえが十吾や仁吉を救ってくれた」
「そうですぜ姉さん、恩にきやす」
 仁吉が笑って言うと、かしこまっていたお泉の面色がやわらかくなっ
ている。
「おらもだ、死ぬかと思った、えへへ」
 と、十吾。お泉が笑ってうなずいた。笑うとやさしい女の面色。
「内藤新宿と大久保の境あたりに、ここと似たような寺があってね、奴
らの根城さ。敵は四人残っているが、さてそれだけなのかどうなのか」
「うむ」
「しばらく潜んだ。敵は皆坊主の成りだが若い武士ばかり。ひとまず散
ろうと話していたよ」
 それは才蔵とて察したことだった。こちらから攻める手もあったのだ
が、駿河の者どもと考えるとどれほどの数が潜んでいるとも知れない。

 ふいに、お香が言った。
「お泉さん、夕餉は?」
「いや」
「はいっ、じゃあ支度しますね、今宵はご馳走なんだから」
 そう言ってお香一人が立ち上がり、けれども幼いお花が遅れて立って
厨へ歩むお香を追った。
「ふふふ、いい子だ。十吾もだが。なあ、お泉よ」
 お泉は黙ってうなずいて、そのとき目の合った十吾に言った。
「傷は傷むかい?」
「ううん、もうすっかり」
 お泉が、忍びが用いる傷薬を使い、晒しを巻いてやっている。
「お姉さん、ありがとね」
 お泉は笑ってうなずきながらも、ちょっと目をそらしていた。住む世
界のまるで違う家族の中に迎えられた気がしていた。

「あ、いけない」
 お泉が才蔵の耳許で言う。かつて馬小屋だった納屋は、門に近い桜の
木のそばにあったもの。寺をよく知る村の婆が言っていたと。

 ほどなくして、お香とお花が揃って現れ、お香は膳を、お花はその小
さな手に湯飲みを持って歩み寄り、「はいっ」と言って差し出した。
 お泉は湯飲みを受け取って、お花の頭を撫でてやる。
 才蔵が言った。
「こうなったからには言うが、お泉にはここにいてほしい。明日にでも
一芝居うってもらい客人として迎えるのさ。買い出しそのほか俺ひとり
じゃどうにもならんこともあってな」
 皆に異論のあるはずもなく、ただお泉だけが戸惑っている。
 才蔵が眉を上げて笑いながらお泉を見た。
「本堂は広れぇ、庫裏は狭ぇえ。となりゃぁ俺が庫裏で寝るまでよ」
 そしてまた仁吉に向かって眉を上げる。
「おい仁」
「へ? あっしも?」
「おめえもお香のそばで寝ろ、命がけで守った女だ。ふっふっふ」

 しどろもどろの仁吉と、頬を赤くしてうつむくお香に、皆で笑った。

流れ才蔵(十一話)


十一話 美しき月


 その夜、才蔵は本堂へと上がる数段の踏み段に腰掛けて、瞬く星空の
中にくっきり浮かぶ三日月を見上げていた。深夜。寺はひっそり穏やか
に月闇の中に沈んでいる。

「和尚とは何者だったのかと考えているんだが」

 高床の縁の下、さらに闇が濃くなるところにお泉が潜む。才蔵が座る
踏み段の裏側だった。お泉は何も言わず聞いている。
「若かりし和尚もまた僧兵だった。されどその頃の林景寺は江戸に牙を
剥くものでもなかった。世継ぎ争いに敗れた忠長一党、あるいは由井正
雪の息がかりやも知れぬが、そういう者どもが入り込んだがゆえに林景
寺はおかしくなった」
 お泉は呼吸の気配さえも感じさせない。静寂の闇には小声で充分。
「和尚は早くに寺を出ているがゆえにそうした輩とは別物と考えていい
のかも知れぬし、だとすれば本山の異変を快くは思うまい。秘密は隠そ
うとするだろう。その頃あったからくりを壊してでも隠し通そうとする
のではないか。それが表に出れば世が乱れることはわかっておる」

 そこではじめてお泉が言った。
「城中とのつながりはなぜにってこともあるしね」
「うむ、そこも気になる。ある秘密を和尚が守ることを条件に金を届け
させ、それが結局、童らを守ることともなっている」
 才蔵は浅いため息をつきながらちょっと笑い、語調を崩してさらに言
った。
「さて暴いていいものか。ここで俺ごときがしゃしゃり出て化け物を掘
り出してしまったらと思うとなぁ」
「けど坊主どもはきっと来るよ。ここが公儀支配となったと知ったら何
が何でも奪いにかかる。それほどの大事がここにはある」
「そうだな。その大事とは何かってことよ。で、その後は?」
「ないね何も。紀州は動かない。けど、あたしが気になるのは公儀の手
も動かないことなんだ。それほどの大事なら見張りの忍びぐらいは動か
してもいいはずだろ。秘密そのものを葬ってしまえばいいのに、とも思
ってさ」
「それができない何か・・ゆえに薄気味悪いのよ、こそこそ金を届けさ
せ、それはすなわち公儀にとって身内さえも欺く行い。これはえらいこ
とだぞってよ、ますます気味が悪くなる。あるいは亡霊を目覚めさすよ
うなことになりはしねえか・・とな」

 このときもちろん才蔵は才蔵で、お泉はお泉なりに、この寺にあって
探れるところはあたっている。からくりのようなものはどこにもない。
とすると、万一のときのことを思った和尚が、からくりごと秘密を葬っ
てしまったとも考えられる。
 才蔵は言った。
「お香はここで童らと暮らしてえのさ」
 お泉はちょっと眉を上げて微笑んだが、才蔵の座る踏み段の下。
「いい人もできたことだしね」
「ふふふ、そういうこったな。ここで亡霊を怖がって手を引くわけには
いかねえ。秘密を暴くことそのものも隠し通さなきゃならねえし」
「それで納屋だけどね、妙だとは思わないかい?」
「何かあるのか?」
「いや、そういうことじゃなくだよ。下木(基礎部分)だけに新しい材
を使ってるね。石基礎で地べたからの浮きがあるとはいっても下木は腐
る。時期が来れば替えるものなんだけど、気づいたのはそれぐらいだよ。
本堂も庫裏も、縁の下から屋根裏まで調べてみたけど何もない。もっと
たやすいものなんじゃないかって思ってさ」
「たやすいとは?」
「埋めて大石で塞ぐだけとか、そういうことさ」
 境内には苔むした大きな石が置いてある。
「あの納屋、馬小屋だったと言っただろ」
「うむ。それが?」
「風呂の焚き口がすぐそばなんだよ。馬は煙を嫌がるからね」
 才蔵はハッとした。
「馬小屋を動かした?」
「考えられるね。前にも言ったけどコロ(重い物を転がす丸太)を使え
ばあのぐらいのものをずらすことはできるから。武家屋敷じゃあるまい
し馬小屋なら門に近いほうがよくはないかい? それこそ臭いし」

 お泉は境内の隅にとってつけたように置いてある大石を気にしていた。
庭の造作というほど出来の良い庭でもない。
 からくりからくりとむずかしく考えるから見当たらない。納屋はかつ
て馬小屋として門の近くに造られてあり、その地下に何らかの仕掛けが
あった。そう考えると納得できるし、金を届けた女はそれを知っている
から納屋を気にした。
 才蔵は言う。
「となると古い話だ、二十四になるお香が知らない。まあしかし、そう
かも知れぬな」
「訊いてみるよ、そのへんの年寄りに。寺の昔を知ってるだろ」
 それだけ言うとお泉の気配は闇へと去った。
 才蔵は大きな桜の木の下に置いてあるいびつに丸い大石に目をなげた。
 そしてふと見上げると、いましがたまで夜空にくっきり浮いていた三
日月が、深夜となって冷えてきたからか、うっすらと靄に覆われて朧月
に変わっていた。それがまた詫びて美しい。

 翌日はよく晴れて、しかしその次の日には厚い雲が空を覆いだしてい
た。
 寝込んでいたお花も元気になって、十吾とふたり、朝方に訪ねて来た
仁吉と境内を走り回っている。仁吉は普請場の休みで昨夜一度浜町にあ
るという親元を覗いていたのだったが、翌日には普請場にある飯場に戻
り、漁師の家からくすねてきた魚やイカの一夜干しを持って寺にやって
きた。お香のそばにいたいというより童らが気になってしかたがないと
いった様子。童らも喜んで、仁吉をおもちゃにして遊んでいる。
 お香が丸い竹カゴを才蔵に見せて言う。
「今宵はほら、魚やイカや、ご馳走で」
 お香も嬉しそうだった。

 そんなときだ。丸太を二本立てただけの門の下から、丸く大きい坊主
笠をかぶった僧が五人、傾斜を歩んでやってくる。
 一見して、先に立つひとりが歳上、後ろの四人が明らかに若く、それ
ぞれがギラリと光る錫杖(しゃくじょう)を持っている。僧が持つ錫杖
とはすなわち槍。鉄の丸環がついているとはいっても武器になるものだ
った。
 不気味に歩む僧どもの影が近づいて、才蔵は仁吉を手招きしながら、
お香に対しても童らを奥へと小声で言った。
 このとき才蔵は納屋にいて、着物をまくり上げてたすき掛け。庫裏の
物をしまうために新しい板で棚を作っていた。
 才蔵は着物の裾を直しながら矢面に歩み出た。しかし丸腰。青鞘の剣
は本堂に置いたまま。

 物静かだが有無をも言わさぬ足取りで歩み寄る五人の僧。先に立つひ
とりはともかくも後ろの四人はおそらく武士。隙がない。四人ともに背
が高く、黒い法衣から出る腕が隆々として太かった。
 先に立つひとりが坊主笠を少し上げて才蔵を射るような目で見つめる。
六十に近いシワ深い顔立ちだった。
「我ら五人、伊豆の寺から参った者じゃが、そなたは?」
 才蔵は名乗らず言った。
「ゆえあって寺をたたもうと手伝ってはいたんだが、里子に出した童が
戻ってきてしまいましてな。しばらくは寺におくしかなくなった。ゆえ
にいま納屋を手直ししているところ」
「ふむ、左様か。ではこの先も寺はこのまま?」
 後ろの四人は編み笠で面体を隠したまま互いに顔を見合っている。
 才蔵はわずかにほくそ笑みながら語調を変えた。
「ま、てぇことになるでしょうな。ときに伊豆の寺とはどちら?」
「林景寺と申すが、それが?」
「ほうほう、あの樵どもの村にある?」
 先に立つシワ深い男の眼光が鋭くなって才蔵を睨みつけた。

 しかし才蔵はひるまない。
「拙者は流れ者ゆえ伊豆も知る地。林景寺のある村に世話になったこと
がありましてな。しかし、さても妙だ、あの寺では坊主どもが消えたと
聞き及んでおりますが」
 背後の四人が才蔵を囲むようにさっと左右に散ったのだが、先に立つ
老僧が手をかざして四人を制し、言うのだった。
「この寺の亡き住職は我らと同門、預けてあった物もあり、よもや次の
住職がいりようならばと参ったまで」
 才蔵は左右に散った者どもを涼しい眼光で抑えながら言った。
「それは先だって仏像そのほか持ち出されたはずでは? それにいま、
この寺は寺社奉行支配。面倒を起こされるとよろしくないかと・・ふふ
ふ」
「いいからそこをどけ! 斬るぞ!」
 しびれを切らした右横のひとりがすごみ、シャランと金輪を鳴らして
錫杖で身構えた。
「ほほう、斬るぞ? これまた妙だ、斬るぞとは武士の言いざま、坊主
とも思えませんな」
「問答無用!」
 先に立っていたひとりが一歩二歩と退いていき、両横と背後の四人が
丸く大きな坊主笠をむしるように剥ぎ取って、四人それぞれ中腰となっ
て錫杖を構える。四人ともが坊主頭となって僧を偽る姿であった。