2017年12月04日

本格時代劇 白き剣(十九話)

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十九話 お栗の眸


  品川が冬の夜陰にくるまれる刻限。船問屋の船冨士に並はずれた耳を持つ鷺羽が潜み、天礼寺には戦いに長けた鷹羽と鶴羽が潜んでいた。
  そしてちょうどその頃、艶辰の厨にはお光とお栗、そして今宵は紅羽が立って夕餉の支度が進んでいた。しかしお光はしきりにお栗を気にしている。どこか様子がおかしい。落ち込んでいるとかそういうことではなくて、時折ぼーっとすることがある。それはいまにはじまったことではなくて昨日あたりからちょっとおかしく、夜をともに明かす男芸者の情介もそれに気づいていた。黒羽と宗志郎が一つ部屋にともにいて、情介はちょっと覗いて黒羽に微妙な目配せで告げたのだった。
 「うん? どうしたんだい?」
 「ちょっと」
 「ああ、いいよ」
  黒羽は宗志郎に向かって眉を上げると立ち上がり、部屋を出て情介の顔を覗き込む。

 「お栗の様子がおかしい?」
 「そうなんです、あたしが夕べ遅くに戻ったとき、お栗がなんだか怖がってて抱きついてくるんです」
 「怖がって?」
  情介はうなずいた。
 「訊けばジ様が夢に出てくるとか。けど、どうもそれだけじゃないみたいで」
 「と言うと?」
 「ときどきハッとするような顔をして、『気のせいさ』って独り言をぼそっと言う。それであたしが、どうしたっていうのさって訊くと、ううんなんでもないって言うんですけど。抱いてって言ってすがってくるから」
  ちょうどそう話しているとき、厨ではお栗が小皿を二枚重ねて持って、落として割ってしまうのだった。
  お光が笑いながら言った。
 「あれま、やっちまったよ。どうしたのさ? なんだかヘンだよ?」
  若い二人のやりとりを紅羽がチラと横目で見る。
 「何かあるなら言ってごらん。あたしらもう家族なんだよ。悩み事でもあるっていうのかい?」
  その紅羽を声を、それならと様子を見に来た黒羽も聞いた。壁を隔てた陰にいて黒羽は耳をすませていた。

  紅羽に両肩に手をのせられて見つめられ、お栗は元気のない顔を上げるのだった。
 「昨日からヘンなんです」
 「ヘンとは?」
 「ジ様が夢に出てくることと、気のせいだとは思っても、ジ様の念を感じてしまって。ジ様があの眸を使うとわかるんです。ゾゾっと震える感じがして、いま眸を使ったなって」
  このとき、紅羽も黒羽ももしやと思った。お栗にとってのジ様、久鬼なる老爺は柳とは血のつながる関係。柳がその力を使えば、つまりは久鬼と同じ血が騒ぐということ。死んだ久鬼にそのようなことができるはずがない。
  紅羽は問うた。
 「その念は強いのかい?」
  お栗はううんと首を振る。
 「わからない。弱いけどでも確かにあの眸の念なんだ。それを感じるとビクっとするし、ジ様がそばにいるような気がしてならないんだもん」
 「そうかい、うんうん怖いよね」
  紅羽はお栗を抱いて背を撫でる。そしたらお栗が腕の中でつぶやいた。
 「川向こう」
 「え? 川向こう? どこからの念なのか、わかるのかい?」
 「わかる。川向こう」
  八王子の山中から、久鬼の発する念をたどって宗さんの家を探り当てた娘だったと思い直した紅羽。
 「宗さんの家のほうかい?」
 「違う。そのずっと先のほう。・・あっ」
  あっ、と弱く叫んで抱きすがるお栗。
 「いままたゾクっとした。念が強くなってるの。確かに感じる。ジ様は死んだはずなのに」
  
  宗志郎の小さな家の少し先の寺に久鬼の亡骸を葬った。方角はそうでも久鬼は死んだ者。
  お栗は、紅羽に抱かれていながら振り向いて虚空を見つめ、しばらく探るような素振りをすると、紅羽を見つめてそっと胸に抱きすがる。
 「消えた」
 「消えた?」
 「いま消えた。静まったんです、いま」
  そしてそのとき厨へ顔を見せた黒羽に対して紅羽は眸でうなずいた。
  柳だ、そうに違いないと二人は思った。久鬼と同じ血を受け継ぐ柳が力を使うとお栗に伝わる。
  黒羽の背に隠れるように心配そうに顔を出す情介。黒羽は振り向いて情介に微笑むと、お栗を部屋へ連れて行けと小声で言った。
  情介に肩を抱かれて厨を出たお栗。代わって黒羽が厨へ降りる。
 「柳だね」
 「うむ、おそらく。お栗にはわかるんだ。誰に教えられるわけでもなく宗さんの家を探り当てた娘なんだよ」

  柳が邪視を使ったと感じた久鬼は、それをやめさせようとして対決するためやってきて、しかし寒空。無理がたたって死んでしまった。お栗にすれば父親同然。そして艶辰へやってきて事件のことを聞かされて、皆が柳を追っていると知る。柳が憎いという気持ちが生まれ、ゆえに柳を感じることができるようになっている。
  情介に連れられて部屋へと戻ったお栗。そこには虎介もいて、今宵の二人に座敷はかかっていなかった。情介に支えられるようにして部屋へと入り、どすんと尻を落としてへたり込むお栗。情介と虎介の二人が左右に寄り添う。
  お栗が力なく言った。
 「わかるの、柳という化け物の気配がする」
 「うんうん」 と虎介は言って、辛そうなお栗の手をそっと握る。
 「力がどんどん強くなってくる。あたし怖いの。あたしの力が増してるから。ジ様が死んであたしはもう天涯孤独なんだと思ったんだ」
 「うんうん」 と情介が言ってお栗の肩をそっと抱く。お栗は涙を溜めていた。声が泣き声に変わっていく。
 「柳が憎い。よくもジ様を殺してくれた。憎いんだ。憎いと思えば思うほどあたしの力が強くなってく。そんな気がして怖いんだ。姉様方がそれで働いてる。あたしだって仇は許せない。あたしにもっと力があればと思ったけど、そう思うからか、どんどん力が強くなってく」
 「うん、怖いだろうね、うんうん」 と虎介が手を握り、情介が肩をしっかり抱いてやる。
 「あたし嬉しいんだ。もう独りなんだと思ったけど、みんなが娘のように可愛がってくれるだろ・・だからあたし力になりたいって思ったんだ・・そしたらあたしの眸に力が宿ってくるみたいでさ・・怖いんだ」
  泣いてしまうお栗。わずか十五歳の娘、化け物の気配に恐怖を覚える気持ちはよくわかる。

  思ってもみなかったところから柳の所在が知れるやも。
  しかしお栗がそれを感じたということは、柳が邪視を使ったということ。次の事件が迫っているとみて間違いはないだろう。もはや時間がない。
  黒羽、宗志郎、そして美神が顔を合わせた。美神はお栗を呼べと言い、黒羽が立って迎えに行った。そのとき泣いてしまって虎介情介の二人に抱かれていたお栗の手を取り、美神の部屋へと連れてくる。
  宗志郎のそばに座ったお栗。宗志郎はその膝にそっと手を置いた。お栗はちょっとうなずいて、泣き顔を美神へ向けるのだった。
  美神は言った。
 「あたしらみんな死に物狂いで探ったんだよ。鷺も鶴も鷹も、いまこうしてる間にも張り付いてる」
  お栗はもちろんわかっているから、泣きながらうなずいている。
 「おまえを巻き込みたくはないけれど」 と美神が言うと、みなまで聞かずにお栗は言った。
 「逃げませんあたし。柳が憎い。ジ様の代わりにあたしがやる。あたしはこの眸をいいことに使いたい」
  美神は眸を潤ませてお栗を見つめる。お栗は強い子。
 「わかった、そうしな。おまえはあたしらみんなの仲間だからね、あたしらできっと守るから」
 「はい!」
  泣き濡れる眸に、今度こそお栗らしい力が漲る。美神は微笑んでうなずくと、厨を手伝うよう明るく言った。

 「次だね、動くよ」
  柳が次に眸を使ったときが勝負。美神の言葉に皆がうなずく。

  品川の闇はますます濃くなり、船着き場から人影が失せていた。船問屋の船冨士。その屋根裏に鷺羽が潜み、聞き耳を立てていた。
  そしてそこから少し離れた天礼寺には、鷹羽と鶴羽が張り付いている。
 「嫌ぁぁーっ、ああ嫌ぁぁーっ、助けてぇーっ」
  凄惨な陵辱。禿とされた娘が三人、阿片を吸わされて朦朧としたところを犯し抜かれる。鬼畜そのものの男ども。敵は総勢五名ほどだが、粗野というだけで、殺るならいつでも殺れる程度の者どもでしかない。
  屋根下の風抜き穴から見下ろす鷹羽は、怒りを抑えて忍んでいて、もう一人の鶴羽は、寺へといたる道の脇に潜んでいる。鶴羽のほうに動きはない。

  裸の娘三人を手首の縄で梁に吊り、尻を出させて後ろから突き立てる。阿片を吸って、むしろ昂ぶる娘らは、女の悦ぶ声を上げながらも、時折正気に戻ったように泣きわめいて犯されている。
  許せない。殺してやる!
  そうは思っても手出しのできないもどかしさ。鷹羽は忍び装束に忍ばせた鉄の爪に手をやって、歯ぎしりする思いでいた。
 「助けて助けて、けど果てちまう、もっと欲しいか? はっはっは! ほうらいい、もっと尻を振り立てろ!」
 「あぁン、はぁン、あっあっ! もう嫌ぁぁーっ!」
  裸の娘が三人、裸の男どもが四人。そして一人が僧の姿で見張りをする。

  ある娘の尻を犯す男の一人が言った。
 「こうして見るとおめえだな。上玉よ。じきに夢の世界へ行けらぁな。そこは地下でよ、泣いてもわめいても声ひとつ聞こえねえ。縛っていたぶるのが好きな御仁でよ」
  すると、その隣で別の娘を犯す男が言うのだった。
 「小石川のお大尽か。まったく何人死なせば気がすむのか。屋敷があって、そのための地下があり、地下を行けば寺に出る。鉄砲、刀はそれほど儲かるものなのか、ふん、クソ野郎が」
  鷹羽の眸がぎらりと光った。武尊という武器商人の根城なのか? それとも武尊を操る何者かの根城なのか?
  もう待てない。問い質して吐かせてやると思ったとき、一人の男がまたしても口を滑らせた。
 「躾もほどほどに連れて来いってことだ、おめえは明日にでも連れ出してやるからな」
 「怖や怖や。そこには見つめるだけで人を操る妖怪がいるそうだ。躾もくそもねえらしい」
  柳だ! 間違いあるまいと鷹羽は思った。
  ヒュィ!
  忍びの耳に聞こえるわずかな息笛。鶴羽が気づき、鷹羽は屋根から飛んで駆け寄った。
 「鷺をここへ、やるよ!」

  疾風のごとく闇を駆ける鶴羽。ほどなくして鷺羽が駆けつけ、くノ一三人が顔を揃えた。鷹羽が屋根へ、鶴羽鷺羽は板戸に寄り添い、踏み込む陣形が整った。
  柿茶色の忍び装束から鉄の爪を手にした鷹羽。両手の手首にハメ込んで、内側の握りを持つと、先の曲がった鋭い爪が雲間から注ぐ青い月光を浴びてギラリと光る。
  風抜き穴をくぐり抜けた鷹羽は、屋根の裏に組まれた太く四角い梁に取りついて、下への間合いを計り、まさしく鷹となって舞い降りた。
 「許さぬ! 覚悟!」
  男どもは五人いるが、うち四人は素っ裸。見張りの一人が剣を持つ。
  板床に舞降りた伊賀の鷹女(ようじょ)。その目は鬼神。真っ先に、娘を犯す三人の男のうちの二人の背を、両手の爪で切り裂いた。飛び散る血しぶき。爪には恐ろしい毒が塗られている。
 「ぐわぁぁーっ!」
 「ぎゃうーっ!」
  断末魔の悲鳴が重なって、そのときそれを合図に板戸を蹴破り、鶴羽鷺羽がなだれ込む。
  剣を持つ見張り、そして素っ裸で男根を勃てたまま錫杖にとびつく一人。まさに娘の尻に突き立てていた裸の一人が横っ飛びに床を転がり剣を手にする。

  着衣の見張りと対峙する鷹羽の爪。裸で錫杖を持って身構える一人に対峙する鶴羽の手には、巻き上げた革の一本鞭。その先端には鉄のトゲが埋められて、トゲにはやはり毒。さらに鷺羽だ。鷺羽は吹き矢の名手であり、なだれ込むなり、素っ裸の一人に矢を放ち、矢は男の尻に突き立っていた。こちらは気を失う毒矢であり、男は倒れても死にはしない。一人は生かして口を割らせる。
  着衣の見張りに対峙する鷹羽が言った。
 「死にたくなければ吐きな! 小石川のお大尽とは何様さ! おまえら武尊の手下なのか! 吐かねば殺す!」
  そのときすでに、飛び降りざまに背中を裂かれた裸の二人が泡を噴いてのたうち苦しむ。猛毒だ。見張りの男も、鷺羽と鶴羽に睨まれた男どもも、仲間の姿に面色が青くなる。
  しかし見張りの一人が剣を振り上げ、鷹羽へ向かって踏み込んだ。
 「ぬかせ女! 勝負はこれから! セィヤァーッ!」
  敵は侍でもなく忍びでもない。なのに剣はかなり使う。踏み込みざまに突き斬りの剣先が鷹羽を襲うが、鷹羽の鉄の爪が剣を受けきり、手首をひねると爪と爪の間に白刃が捉えられて抜けなくなってしまう。
 「それまでだ、死ねぃ外道!」
  右手の爪で剣を受けて動きを封じ、左手の鉄の爪が剣を持つ腕を切り裂いた。肘下の腕が裂かれて骨が見える。鷹羽の爪、恐怖!
 「ぐわぁぁーっ! 腕がぁぁ!」
  剣を手放し、血の噴き出す腕を押さえて後ろへ吹っ飛ぶ男。またたく間に毒が回り、泡を噴いてのたうちもがく。

  鷺羽の吹き矢は効果が遅い。裸の尻に突き立った吹き矢を引き抜くと、男は剣を中段に構えて、突き突き、突き!
  しかし鷺羽は身が軽く、とんぼを切って宙を舞うと、忍び刀を抜きながら音もなく板床に立って身構える。
 「ふふふ、じきに目が回ってくるさ」
 「何ぃ! てめえ! 覚悟せいやぁ!」
  振り込まれる剣を剣で払い、転がりざまに鷺羽の剣先が、なかば勃ったままで揺れて暴れる男根の頭を吹っ飛ばす。
 「ぎゃぃ!」
 「ふんっ、そんなもの、もはやいらん、汚らしい!」
  剣を取り落とし、先をなくして血を噴く男根を両手で覆って絶叫する男。しかしその声が弱くなる。毒が効きはじめていたからだ。

  その傍らで対峙する鶴羽。相手は裸で、長さのある錫杖を持っていたが、鶴羽の手にある黒革で仕立てた毒鞭のほうが少し長い。錫杖の突き込みに対して横振りに振られた鞭先の鉄のトゲが男の頬をピシリと打って、頬が裂け、猛毒が体を駆け巡る。
  裸の男は錫杖を板床について体を支えるも、毒が回って体が動かなくなっていく。
 「それまでだね、おまえはもう助からないよ。冥土の土産に娘らの裸を見て死んでいけ、犬畜生め!」
  白目を血走らせ、口をぱくぱくやって泡を噴き、そのうち黒目が裏返って白目を剥いて膝から崩れる裸の男。鶴羽の前蹴りを鼻っ柱にまともにくらって後ろへ吹っ飛び、ひくひくと死の震えを繰り返す。

  鷺羽の吹き矢に倒れた男。朦朧とする意識の中、三人のくノ一たちの姿が歪んで見える。
 「さあ吐け! 小石川のお大尽とは何者だ!」
 「あぅぅ、言う、言うから命だけは」
  男は吐いた。しかしすべてが知れたわけではなかった。下っ端が知らなくていいことは知らない。ただひとつ、そこに柳が潜んでいる。それだけ聞けば充分だった。
  屋根下の太い梁に素っ裸で吊られたままの娘らは、突如起こった惨劇に声もない。そんな裸の娘らに鷹羽は言った。
 「よく見ておきな、おまえたちの仇はとったからね」
  黒い鞘から忍び刀を静かに抜くと、朦朧として声も出せなくなった裸の男の胸板へ、鷹羽は顔色ひとつ変えずに鬼の刃を突き立てた。

  鷹羽、恐怖! 鷺羽鶴羽もまた恐怖! 女は恐怖!

  天礼寺で娘らを救い、くノ一三人は艶辰へと走った。しかし品川からではいかにも遠い。
  そしてそれから一刻あまりが過ぎた頃、艶辰では、お栗が念を感じて美神が号令。茄子紺の袴に黒頭巾の黒羽、同じく茄子紺の袴に赤頭巾の紅羽、そして青鞘の刀を佩いた宗志郎が、町娘の姿のままのお栗の手を引く。美神は残って、よもやのときに艶辰を守る。

  くノ一三人は永代橋のそばまで迫っていたが間に合わない。
  柳の発する念をたどってお栗が走り、三人が後を追う。しかしそうして柳にたどりついても寺には抜け穴があって、知らせがなければ逃げられる。
  急げ、くノ一!

  今宵は雲間に美しい三日月が浮いていて、しんしんと冷えていた。

2017年12月03日

本格時代劇 白き剣(十八話)

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十八話 終の住処


  商いの規模のわりに羽振りがいいという船問屋の船冨士。そこには武尊なる怪しい武器商人が出入りしている。武尊は西国あたりの武器商人であり、船冨士はその品物を船で運ぶ。船は駿府にあるという船冨士の本店を経て品川へとまわされるのだったが、海路をゆく途中の豆州(伊豆)またはその沖に点在する大島そのほか島々のどこかで荷を降ろし、それらの武器を隠していると思われた。裏金が動くから船冨士は羽振りがいいということだ。
  さらに船冨士は禿遊びのための娘らを運んでいる。売られた娘らを品川へと運び、天礼寺なる寺へと送って遊び女に躾けているわけで、そこでもまた裏金が動くことになるわけだ。
  ・・と、いまのところわかっているのはそこまでで、天礼寺と武尊がつながるのかどうなのかまでは知れていないし、いまはまだ表立っては動けない。敵の黒幕があなどれないことよりも、柳への道が途切れてしまっては元も子もないからだ。

  それにしても、それほど多くの武器と小娘・・どちらも幕府が厳しく禁ずる取り引きであり、露見すれば極刑は免れない重罪だ。なのに商う。そこには抜け道のようなものがあるのではないかと、美神は、一人になった寝所で薄闇の虚空を見つめて考えていた。
  西国ということは紀州あるいは尾張の匂い。紀州家尾張家の荷であれば、よほどの確証がない限り幕府といえども手出しはしにくい。
 「紀州の出の上様、お世継ぎを出せず地団駄を踏む尾張・・上様を失脚させたい・・けれど妙だね」
  紀州家御用の商家の娘を狂わせることにどんな意味があるのか。紀州と尾張を睨み合わせるためとはいってもやり口が愚劣すぎる。紀州家そのもの尾張家そのもの、あるいは城中で似たようなことが起こるならまだしもわかるが。そうした釈然としない思いが美神の眠気を遠ざけていた。
  と、そのとき、寝所の外に歩み寄る気配。
 「庵主様、お休みでしょうか、情介です、ただいま戻りました」

  男芸者の二人は今宵も座敷がかかって戻りが遅かった。刻限はそろそろ夜の四つ(十一時)になろうとする。
 「いいよ、お入り」
  情介は膝をつき、そっと襖を開けて中へと入った。油を燃やす小さな炎が揺れている。情介は座敷帰りの着物姿のままであり、どこから見ても女そのもの。
  美神は穏やかに微笑んで迎え入れた。
 「遅かったね、いいお客だったようじゃないか?」
  情介は、はいと言ってちょっと笑い、しかしすぐに真顔となって言うのだった。
 「戻ったのはあたしだけ。虎の姉様は今宵はお客様と」
 「泊まりってことなんだね?」
 「はい。場所は喜世州にて。それというのもじつは、今宵のお客様が尾張藩の腰物支配の配下のお方で」
  微笑んで聞いていた美神の目がきらりと光った。美神は夜具から体を起こして情介と向き合った。
  腰物支配とは、剣や槍など藩の持つ武器を管轄する役職のことである。幕府では腰物奉行がいて配下の者どもを差配する。諸藩ではこうした幕府の役職を真似て腰物支配なる役職を設けるところが多かった。

  情介が言う。
 「ご年配のお方で、名は中条様。お歳のため年内でお役御免となられ、出入りの刀剣商の方々が」
 「なるほどね、お見送りということで?」
 「そうです。それでその席で刀や槍の話となって、長い間ご贔屓にといったあたりの話から、近頃めぼしいものを武尊なる武器商人に買い漁られて困るという話になったもので」
  武尊と聞いて美神の眸が鋭くなった。
 「そうかい。それでそのお方は何と?」
 「はい、話としては聞いておるが、なにぶん紀州様の息がかりゆえ、いかんともしがたいものだとおっしゃられ」
 「なに? 紀州と言ったか?」
  武尊は紀州につながる武器商人・・しかし話がおかしい。紀州を陥れるために紀州家御用の商家ばかりが狙われたはず。当然敵は尾張と考えてしかるべき。
  ということは、紀州家内の何者かが敵を尾張と見せかけて紀州を乱そうとしているということになるのだが・・。

  美神は言った。
 「それで虎が残って?」
  情介はうなずきながらも、それは虎介の心だと美神に告げた。探りのためだけではなくということだ。
 「その中条様というお方は、すでに六十年配なのですが、じつに矍鑠となさり、清廉潔白を物語るようなお方でして、年内でお役御免の身ゆえ、終の住処(ついのすみか)に戻る前に一夜をともに話したいと申されて」
 「終の住処ね、ふむ。 それで虎が残ったというわけかい?」
  情介は微笑んでうなずいた。
 「あのお方は律儀であり忠義の者。やましきところは毛ほどもないかと。このような老いぼれの話を聞いてくれるかと申されたもので、虎の姉様は快く」
 「そうかい、うん、そうかいわかったよ、おまえも今宵は休みなさい」
  情介はうなずいて女将の寝所を後にした。
  終の住処に戻る前にとは、どういうことか?
  人生の最期を過ごす地に戻る前に夢を見たいというならば、中条なる男は男色ということになり、それを知る商人どものはからいで虎介情介が座敷に呼ばれた・・。

  その頃、艶辰からは少し離れた料理屋、喜世州。料理屋とはお上をごまかす仮の姿で、言うならば上格な出合い茶屋。ラブホテルのようなものだった。
  座敷はもちろんもぬけの殻。商人どもはとっくに引き上げ、夜具をのべた奥の間に、中条なる人物と虎介が二人でいる。中条は浴衣に着替え、虎介も黒に雪花の着物を脱いで桜色の襦袢の姿。中条があぐらで座り、虎介が寄り添うようにそばにいて酒の酌をする。大きな火鉢が熱を配り、寒くはなかった。
  中条が言った。
 「わしの先祖は家康様の頃までは伊達家の家臣だったのだが、そのうち徳川に迎えられて江戸に暮らすようになる」
 「はい」
 「とは申せ、軽輩もいいところ。わしとて若かった頃は金がのうて苦しんだもの。それで江戸に暮らすうち、あるとき市ヶ谷あたりの川縁で、いまにも自刃なされそうな御仁に出会ってな」
  市ヶ谷と言えば尾張藩の上屋敷があるところ。
  中条は言った。
 「訊けば家中でハメられ失脚したとか。濡れ衣なのだ、この上は腹を斬って死んでやると申されて、もはや信ずるに足りる者はこの世におらぬと自棄となっておられてな」
 「はい」
 「わしは妙な男でな。若い頃からなぜに男に生まれたのか、裸となって我が身を見たとき呪ったものだ。もしも女の身なら、どんなことをしてもお助けしたい。そのお方はそれは立派なお方であった」
 「はい」

  中条は盃をちびりとやると、ちょっと笑って先を言う。
 「わしは申した。死ぬのなら冥土の土産に一度だけ抱いてほしいと。そのお方は眸を丸くなされ、しかしそなたは男ではないかと申された。そのときのわしは当然ながら着物姿も男であったゆえ、なおさらな。しかしわしは言った。男でも心はあなた様のおそばにおる者。私のことさえ信じられぬと思われるなら、しかたがないとも申したものだ」
 「はい、よくわかります、わたくしもそうですので」
  中条は微笑んで虎介の膝に手を置いた。
 「うんうん、そうだろうと思うたわ、見せかけだけの男芸者であるはずがないと感じたよ。わしも歳だ、その頃のことは夢のまた夢。 して、その後、そのお方が尾張の家中でご出世なされた折、ぜひにもとわしを呼んでくれたということで。そなたがおらなんだら死んでおったと言われてな」
 「はい。真の人の心はきっと通じるものでございます」
 「我が身を賭してもお救いしたい。口惜しい思いに涙されるそのお方は、まぎれもなく美しき心の武士。わしが十七、そのお方が四十少しの歳であったか」
 「はい。少しお待ちを」
  虎介はそばを離れて立ち上がると、中条に見つめられながら、穏やかに微笑んで襦袢を脱ぎ、桜色の湯文字までも脱ぎ去った。濃いとは言えない下腹の飾り毛の中から、いまはまだ静かに垂れる男の道具が揺れている。
  一糸まとわぬ裸となった虎介は、中条の膝に甘えて抱かれると、浴衣の下の褌に手を差し入れて、白髪のまじる毛の中で萎えている中条に口づけをし、頬を添えてほおずりした。
  心が通い、中条の手に尻を撫でられて、虎介の若い男竿がむくむくと勃ち上がる。

  中条は言う。
 「もうよいのだ、何もかも。終の住処で人として余生を過ごしていたいもの。今宵のことは最期の夢。懐かしき我が身をおまえの体に見るようだ」
 「はい、どうぞ可愛がってやってくださいまし。このように大きくなってお情けを求めておりまする」
  中条はますます漲る若い虎介をしっかり握り、そうしながら萎えた老い竿を虎介の口に含まれる。
  中条は夢見るような面色で言う。
 「はぁぁ心地よいぞ、あたたかい。同じことをわしもした。心の限りわしは甘え、ほとばしる熱きものを飲んで差し上げ、そのお方に抱かれて涙した。『わかった死なぬ、何としても生きてやる』 と申されてな」
  虎介はおだやかに勃つものをほおばりながらうなずいた。
 「それからも時折わしは抱かれておったよ。そのお方を尻に迎え、わしは達し、しごいてくださりさらに達する。わしは生涯妻は持たぬ。そのお方が亡くなられ、以来わしは孤独にもがいた」
 「はい、お可哀想な中条様」
 「江戸はもうよい、我が古里、陸奥へと戻る。地獄の鬼が迎えに来るまで生きねばならぬであろうがのう」
 「地獄の鬼でございますか?」

 「それで中条様は、嫌なことがたくさんあったが、何をおいても苦しんだのは試し斬りだとおっしゃられ」
  宗志郎は眸を伏せた。その意味には察しがつく。
  翌朝、朝餉を終えた遅い刻限となって艶辰に戻った虎介。美神、それに紅羽黒羽、宗志郎もその場にいた。虎介は涙を溜めて言う。
 「いかに罪人とは申せ、商人どもの持ち込む刀で斬ってみる、槍であらば突いてみる。そのときわしは鬼畜であり、しかしまた嬉々として、その切れ味を上役に報告し、商人どもにもっとつくれと促すのだと、泣きながら申されて」
  そのときそばで聞いていた情介が、涙する虎介の肩を抱く。この場にお艶さんの三人娘とお光お栗は呼ばれなかった。
  腰物支配の役職には調達した武具を試す役回りもついてくる。死罪と決まった罪人を引き出しては斬り捨てる。とうてい人がする所業でないことをしなければならない役回りの恐ろしさ。これまで誰にも言えなかった苦悩を中条は虎介を相手に吐き出して江戸を去って行ったのだった。

  虎介は頬を涙で濡らしながら、しかし肝心なことはしっかり聞いて、皆に伝えた。
 「こうおっしゃいました。やがてよからぬことが起きはしまいか。堺あたりの鉄砲鍛冶、方々の刀鍛冶が消えておると聞く。思うに、どこぞに集められ、武器をつくっておるのではないか・・とです」
  美神は、宗志郎に眸をやってわずかに眉を上げるのだった。
  虎介はなおも言う。
 「中条様はあのこともご存じでした。何者かが紀州と尾張を睨み合わせようとしておる。そうなれば仲裁に水戸様も動くであろうし、御三家が乱れて落ち着かない。そしてそうした不穏の気配が諸国に伝わり、武器は引く手あまたで売れるであろう。いまの刀は折れやすい。古鉄でなした刀は値が跳ね上がることだろうし、鉄砲など、あればあるだけ言い値で売れる、と申されて」
  宗志郎が空手で顔を洗うようにして、吐き捨てるように言った。
 「なんてこった、そのためか。武器を売りさばいて稼ぐため」
  したがって紀州家をじかに脅かすような真似はしない。世が乱れる気配を醸せばいいということ。ゆえに出入りの商家が襲われたということだ。
  宗志郎は言う。
 「うなずける話だ。上様は近く大倹約令を出されるだろう。そうなれば年貢そのほか取り立ても厳しくなり荒い金も使いにくくなる。紀州も尾張も、御三家であっても苦しくなって宗家の支配に甘んじなければならなくなる。金だ。どんな手を使っても蓄えておきたい。世に不穏がひろがれば幕府はそれを鎮めねばならなくなり、その懐はますます苦しい。そのときに金で宗家を牛耳る算段」

  紅羽が言った。
 「船問屋も武器商人も紀州の息がかり、ゆえに露見せずにやってこれた。鉄砲鍛冶や刀鍛冶を紀州領に集めてつくらせる。幕府といえども手は出せない。古鉄もまた商人どもに集めさせ・・」
  美神が言った。
 「虎も情もお手柄だったよ、これで知れた。けどそこで、では紀州のいったい誰がという問いが残る。まさか紀州公がじきじきにとは考えにくい。家臣の誰かがお家の内情を忖度したと見ていいだろう」
  それきり声が途絶えていた。
  からくりが知れたところで、八代将軍を送り出したばかりの紀州が相手。柳を見つけ出して葬り、武尊そして船冨士をこらしめる。そうすれば事の露見を恐れる黒幕は手を引くだろう。

  品川。海より引き込まれる水路に面した船問屋の船冨士。しかし水路を挟んだ両側に同業の船問屋が並んでいて、年の瀬のいま昼日中は人出が多すぎて見張りにならない。水路を挟んだ向かい側では遮るものがないから素通しになってしまうし、小さな蕎麦屋が一軒あるだけで、旅籠は少し離れている。
  闇にまぎれる忍びであればいざ知らず、まして女姿のくノ一では目立ってしまって動きが取れない。
  同じことが、船冨士からは少し離れた天礼寺にも言えた。町中から離れている分人通りもほとんどなく、昼日中では目立ってしまう。町女の姿で潜める場所などほとんどない。船冨士と天礼寺。どちらを張るにせよ夜を待たなければならなかった。
  それにしても天礼寺の僧どもは何者なのかと、鷹羽は思った。武士というわけでもなさそうだし、忍びなら、同じ忍びの匂いがするはず。僧どもは皆が若く体つきが逞しい。年端もいかない娘らを犯しつくす非道を平然とやってのけ、粗暴そのもの。
  とそう考えたとき、船問屋の船冨士とのつながりを考える。もしや海賊どもではあるまいか。豆州あたりには離島も多く、いまだに海賊が出るという。そうした者どもを味方とするなら武器の隠し場所にも困らぬはず。

  いずれにせよ、一刻も早く柳へつながる手がかりがほしい。娘らの悲鳴が心に刻まれる鷹羽であった。

2017年11月27日

本格時代劇 白き剣(十七話)

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十七話 禿遊び


 品川。

  江戸へと至る東海道の要衝として、品川宿は東海道の中でももっとも栄えた宿場町であったと言えるだろう。西国から流れ込む人々や、逆に西国へと下る人々が必ず通る道すがら。それだけに親藩、譜代、外様を問わず、ほぼすべての藩が配下の者を住まわせて様子を探り、また、それぞれ息のかかった寺を置く土地柄ともなっていた。
  そうした寺は、寺とは名ばかり。つまりは藩士の立ち寄り処。江戸へと向かうとき国元からの密書などを携えていると露見したとき騒ぎとなる。息のかかった寺へと持ち込み、手ぶらとなって江戸へ入る。密書のようなものがあるのなら寺を経た別の道筋で届けられるというわけだ。そのほか、寺には僧兵を集めた不穏の集団の隠れ家となるところもある。
  こうした寺もどきを取り締まるために三代将軍家光の頃につくられたのが寺社奉行であったのだが、長く続く太平の世で監視もゆるみきっていた。

  さらに海に面した品川は物流の一大拠点ともなっていた。船によって北から南から荷が集まり、江戸へと運ばれていくのだったが、そうした荷の中でもじかに江戸に持ち込むことをはばかられるようなものは、この品川界隈の船着き場で降ろされると言ってもよかっただろう。とりわけ南からの船は豆州(ずしゅう・伊豆)の海を通り、伊豆には大島はじめいくつもの島があって、豆州がいかに天領であっても隅々までは目が届かない。駿府(静岡あたり)の船問屋と武器商人が結託するなら荷の隠し場所はいくらでもあるということになる。小舟に荷分けをすれば海岸線の入り組んだ伊豆のどこであっても陸揚げできるし、それら離島もあるということだ。

  その品川宿から少し離れたの南のはずれ。海に近く、海までの水路のある場所に、船問屋の船冨士は、真新しい大きな店を構えていた。つまりは海運業であり、さまざまある商人たちは船問屋を通さなければ商いにならない。探るには時節がよくない。年の瀬であり、荷受けにはしる仲買・小売りの商人たちでごったがえしていたし、幕府の目が厳しくなるそうした時節に裏のある武器商人などが動くはずもないのである。
  鷺羽鶴羽鷹羽の三人は、明るいうち、船冨士の船着き場、商人どもの店への出入りを探ったのだが武器に結びつくような気配は皆無。ただ、そうした荷船に混じって三人の禿が降ろされたことを見逃さなかった。
  禿は小娘。粗末な着物を着せられて人足どもの子であることを偽った姿。鷺羽ら三人はそのぐらいのことを見抜けないくノ一ではなかった。

  禿とは年端もいなかいほんの小娘であり、黒髪を結わずおかっぱ頭にしている。身の丈なら四尺五寸(135センチ)ほどと三人ともが同じようなもの。その身の丈なら歳の頃なら十二、十三ということになるのだが、顔つきが少し大人と言うべきか、十五あたりから十八あたりではないかと思われた。
  したがってなおさら妙だ。童らしくない童。その歳でなぜ禿姿をさせられているのか。禿たちがどこぞへ連れ去られれば鷺羽がついて行き先を確かめる手筈。

  そしてその夜。船着き場を見渡せる川向こうの商家の屋根下の闇に、柿茶色の忍び装束を着た鶴羽が忍び、船冨士の屋根裏には同じ姿の鷹羽が忍ぶ。
  夜となって店の表戸を閉めても、中では奉公人たちが帳簿と荷のつきあわせに追われていて、店の外にある荷置き場との間で右往左往。つまりは船問屋としての本業が忙しすぎて秘め事などを話す暇もないといったありさまなのだ。
  このまま潜んでもろくな話は聞けないだろうと鷹羽は思った。
 「そんなことを逐一言うんじゃないよ! おまえも手代のうちなんだよ、そのぐらい己の裁量でやらなくてどうするんだい!」
  争う声が響いてくる。どうやら荷を間違えて出してしまったということで若い手代が番頭に怒鳴られている。
 「どうしたんだい騒がしい。番頭さん、忙しいのはそうだけど穏やかに運ばないといけないよ」

  それが主の弟らしい。船冨士は、主とその弟の二人主で切り盛りしている船問屋らしいのだが、店にいるのは弟のほう。兄はいま駿府にあるという本店にいるらしい。西国あたりから集まる荷は駿府でまとめられて品川へと運ばれる。
  弟は名を喜十(きとお)と言い、兄は喜幸(きこう)と言って、二人ともに五十年配の末であるらしい。本名にしてはめずらしい名。それに兄弟は生き写しだと聞き込んだ。兄を見なければ何とも言えないが、もしや双子ではないかと考えた鷹羽であった。
  弟の喜十は思いのほか穏やかな気質であるらしく、手代を怒鳴った番頭を諫めている。これまで探った限りでは、船冨士とはそう悪い者どもとも思えない。
  と、そのときは思った鷹羽だったが、叱られた手代が去って、喜十と番頭が二人だけになったとき。

 「まったくしょうがないね、手代になったばかりなんだよ、しくじることだってあるというもの」
 「へい、すみません、つい怒鳴ってしまいました」
 「まあいいさ、年の瀬だからね、苛々するのはわかるよ。それで番頭さん、あっちのほうは?」
 「へい、そろそろ寺へ出そうかと」
 「そうかい。まったく兄者にも困ったもんだよ。店を大きくしたいって心根はわかるけどさ、よりによって禿遊びとは」
 「とは申せ、それがご縁でつながる仲もございますし」
 「まあね。それはそうでも・・」
  それきり声がしなくなる。

  禿遊び・・先ほどの娘三人がそうなのか。髪を結っていい年頃の若い娘をあえて禿としておいて遊ぶということは、遊びの質がおおよそ知れる。番頭は寺と言った。このあたりに寺は多い。鷺羽が何かをつかんでくるはず。鷹羽は天井裏を出ようとしたが、そのときある不自然が眸にとまる。

  海沿いをゆく東海道の品川あたり。江戸から見て右側に寺の集まるところがあって、行きすぎると武家屋敷が居並んで、さらに田畑が続き、その先にふたたぶ寺の集まる一帯がある。
  その中間、田畑の中の細道を行くと起伏が織りなす丘があり、その緑の中に小さく、しかしできてから間のない新しい小寺があったのだ。
  天礼寺(てんれいじ)。住職はじめ僧は皆がまだ若く、宗派の定かでない寺であったが、三人の禿を追った鷺羽には、このときそこまではわからなかった。
  刻限は夜の五つ(九時頃)。冬のいま、めっきり人通りが減っている。
  三人の娘らは船冨士から四十年配の手代一人に連れられて店を出て、ほどなくして、この寺へと至る小路に分け入ったところで若い僧侶が二人現れ、囲まれて歩かされた。江戸を白くした雪も消え、寺は濃い冬葉をつける杉の林に囲まれている。表街道からの距離もあり、夜ともなると人通りも絶えてしまってひっそり静か。
  しかし妙だ。そう若くもない手代が一人に娘が三人。二人の僧侶に出会うまでに逃げようと思えば逃げられたはず。娘らが金で売られたことを物語る。逃げれば金を受け取った側もただではすまない。おそらくは食い詰めた親だろうと鷺羽は思った。

  三人の娘らは寺に連れ込まれるなり無造作に裸にされて、一人ずつ台に寝かされ、僧侶姿の男によって女陰を改められた後、下の毛を剃られてしまう。三人ともに無毛の童。しかし乳房や尻の張りから見ても禿という齢ではない。誰もが女らしい綺麗な体をしていた。娘らは泣いてしまい、しかし抗えずに身を丸くしてしゃがみ込む。
  寺の本堂は広くはない。大きな火鉢が三つ入る板床の本堂で、素裸の娘らは太い磨き丸太の一本柱を背抱きにして三人まとめて縛られた。三つある火鉢の中の娘らに近いひとつに、鉄でできた黒い鉄瓶のようなものが置かれ、ほどなくして注ぎ口から白い煙を上げはじめる。
  寺には天井などというものはなく、鷺羽は屋根の上のわずかな風抜き穴から一部始終を見下ろした。白い湯気というのか煙と湯気の間のような白い風が流れ出てくる。
 「・・これは阿片(あへん)」
  煙を吸わないよう手をあてて覗いていると、娘らの首ががっくり折れて力が失せたようになる。

 「ふっふっふ、愛らしい娘どもよ」
  若い僧が数人やってきて、目の高さほどの板壁にある小窓を開け放って風を抜き、娘らの縄を解き、それから男どもはよってたかって娘らの裸身にかぶさっていく。大きくひろげさせた女の白い腿の間に男どもの尻が割り込んでいくのである。男どもは僧にして僧にあらず。と言って武士でも忍びでもなさそうだ。僧兵の集まりではないか。僧侶にして戦いを知る者どもだ。
 「あっあっ! あっ、ああーっ!」
  激しい突き込みに白い乳房が暴れて揺れる。しかしそれも妙な話。娘らが未通女(おぼこ)でないことを物語っているからだ。未通女のままなら高く売れる。
 「はぁぁ! あぁン、心地いい! 狂いますぅ! あぁンあン!」
  見ていられない。下の毛を失った娘らは禿頭で、さながら幼子を寄ってたかって犯すようなもの。阿片で朦朧とする中、逆に研ぎ澄まされる性の悦び。娘らは達しても達しても際限なく犯されて性の快楽を植え付けられていくのだろう。
  いますぐ躍り出て斬り捨ててやりたい。
  娘らを犯しながら男の一人が言った。
 「悦びを女陰に刻め。案ずることはないのだ。禿遊びのお相手は御大身ばかりぞ。身請けでもされてみろ、果てしない責め苦に狂う日々が待っておる、ふっふっふ」
  鷺羽は刀に手をかけながらも唇を噛んで耐え、屋根を折りて寺を去った。

  翌朝早く、鷺羽一人が町女の姿に戻って何食わぬ顔で艶辰に戻っていた。 本所深川あたりは夜の町だが、深夜から外が白む頃まではほとんど人を見かけない。それだけに夜動くとかえって目立つ。町に人が出はじめる刻限に合わせて戻った鷺羽だった。
  そのときちょうど艶辰の中庭では、お光とお栗の二人が五尺棒で打ち合う稽古の最中。硬い樫の木がぶつかり合ういい音が響いていた。
  久しぶりに戻った鷺羽は懐かしいものを見るような心持ち。裏の洗い場では今朝もまた虎介情介の二人が洗い物。さらに、しばらく見ない間にお光もお栗もいっぱしに棒を使うようになっている。
  裏口の木戸から入った鷺羽。皆が一斉に眸を向けて、お光とお栗が稽古の手を止め、笑って迎えた。
  鷺羽は微笑む。
 「なかなかだよ二人とも。お栗のほうがちょっと上か」
 「はい、あたしと違ってスジがいいから」
  お光は明るく言って笑うのだった。

  そしてそのときその場にいた紅羽黒羽の姉妹に眸をやって、鷺羽はちょっとうなずく素振りをし、さらに宗志郎へと眸をなげた。奥へ。目配せで伝える鷺羽。
 「よし、今朝はもういいだろう」 と黒羽が言って、鷺羽をともない部屋へと入る。

  深みにある女将の部屋。
 「禿遊びとはいかにも卑劣、許せないね」
  美神の眸が涼しく光る。
  宗志郎が問うた。
 「されど、それがつなぐ縁もあると番頭が言ったんだろう?」
  鷺羽はうなずいた。
 「およそ知れたことだけど、そうして娘を好き者どもにあてがってやり、その見返りにということで」
  宗志郎がため息まじりに言う。
 「だろうな。身売りなどお上が厳しく禁ずること。まして小娘。それだけでも始末してやりたいものだが」
  肝心の武器商人は現れない。年の瀬で無駄口をたたく暇もないありさまだと鷺羽は告げた。
 「鷹と鶴が張ってますが、さて、といったところでしょうか」
  鷺羽はちょっと眉を上げ小首を傾げ、なおも言う。
 「駿府の方へは? そちらに主がおるらしく」
  しかし美神は応じた。
 「あたしらはあくまで江戸さ。散っていては見落とすものもあるからね。行ったところで大差はないよ、どのみち年の瀬、送り側も右往左往してるだろうし」

  いまは聞き耳を立てることぐらいしか手が打てない。力ずくでこちらが動けば悟られて尻尾を切られる。柳(やな)に結びつく何かが得られない限りどうしようもないのである。武尊という武器商人の方も一網打尽としない限り確証を消されてしまうだろうし、そこにこそ黒幕がいるはずだ。下手に近づいて敵に忍びの者でもいようものなら扉は閉ざされ、こちらの身も危うくなる。
  であるなら、ともかくその生臭さ寺の先にある淫らなところを探ってみるか。美神は言った。
 「船冨士とやらに一人を残し、二人は禿どもの行き先を。ご苦労だけどね。どのみち数日すれば動けないさ。それぞれに正月もあることだし」
  黒幕に立場があればあるほど年の変わり目には立場なりの仕事もあり、目立った動きはしづらいもの。鷺羽はうなずき、鷹羽からの言葉を伝えた。
 「ほう? 天井裏に別の足跡が?」
  美神はとっさに黒羽へ眸をやり、黒羽がうなずいて言う。
 「だとすると用心だね、我らの他に探る者がいる証」
 「鷹羽もそう言ってました、一度退いて様子を見るかと」
  美神が言う。
 「ならなおのこと、いまはまだ深入りしない、禿たちを先に」
  鷺羽はうなずき座を離れた。

 「禿遊びとは恐れいったよ、下衆どもめ」
  育ちのいい宗志郎にはその意味を思うだけではっきりとはわからない。何だと問うように眉を上げた宗志郎に美神は言った。
 「かつてはこのへんでもあったんだよ。年端もいかない小娘を金で買い、禿姿にしておいて売り払う。泣き叫ぶ童に昂ぶる愚か者がいるわけさ。いまでは取り締まりが厳しくなってなくなったと聞いてるけど、ほら、お光を囲ったやくざ者がいただろう、そんなような輩がのさばっているわけさ」
  柳の件さえなければすぐにもたたき斬ってやるところ。美神は、やるせない思いと怒りを表すように唇を真一文字に結んでいた。

  しかし・・その日の昼下がりの刻限だった。
  暮れから正月を迎えるということで城勤めの下女たちが宿下がりで次々に城を出る。その中には大奥に働く者もいる。
  大奥の下女、小夜(さよ)と、もう一人、表方の雑用をこなす姜(きょう)と言う女が、城を出たまま姿を消したことなど知る由もない艶辰の皆々だった。