女の陰影

女の魔性、狂気、愛と性。時代劇から純愛まで大人のための小説書庫。

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カウンセリング(十七話)


  ムーンカフェ。
  そのとき月は、およそ半月続く夜の側に入っていて、天文学者であるジョゼットにとっては本来観測についやすタイミングだったのだが、もちろん望遠鏡につきっきりというわけではなかった。
  ジョゼットはできる限りカフェにいようと考えている。地球上のように思うままにリフレッシュできる環境は月面にはないと言ってよかっただろう。月面都市の建設は順調に進んでいたが、閉鎖的きわまりない地下の世界を劇的にひろげるまでにはいたっていないし、地球上とは違う一日のサイクルが、朝起きて夜に寝るというあたりまえの本能を狂わせてしまう。人間は月に生きるようにはできていないということだ。
  そうした中で精神的に追い詰められていく者は少なくなった。ときどきカフェを覗いてはカフェのママと語り合う。それだけのことで心のバランスを保とうとする者が多いということ。ジョゼットはできる限りカフェにいて話し相手になろうとした。解放できない本能、とりわけ性的なファクターで悩む者がたくさんいる。

  そのときはカウンターの中にジョゼットがいて、女医である早苗が紅茶を飲んでいた。早苗は言った。
 「最初から進言してたのよ、こういうことになるからねって。いかに壮大なミッションであってもそこにいるのは人そのものよ。どれほど科学が進んだって動物的本能と向き合わなければならなくなるし、人間のそれは生殖セックスだけじゃないからね」
 「それわかるなぁ。様子がおかしいから訊いてみると素直に話す子がいて、人ってどうしてこう複雑なのかと思ってしまう」
 「ビアン、ホモ、マゾヒズム、サディズム、ありとあらゆる欲求を隠していて、それに閉鎖性が加わって揺れてくるのよ」
  とそこへ、若い建築技師が入って来た。
  一足先に来ていた早苗とムーンカフェで待ち合わせ。男の名はクリフと言って二十八歳の若者だったのだが、きわめて優秀な頭脳の持ち主。志願して月面に送られて三月ほどが過ぎていた。背も高く、選ばれて送られてきただけの健康な肉体を持っている。
  しかしこのクリフ。早苗にすがるように性的な苦悩を打ち明けていたのだった。
  クリフは、とりわけ女性に対しては礼儀正しい。ただしそれは特異な性癖によるところが大きかった。

 「ここへ座って」
 「はい、お邪魔いたします。僕のためにありがとうございます」
  ジョゼットは初対面。好感の持てる若者だったが、その眸がひどく哀しそうに思えてならない。早苗の横に座ったクリフ。体は大きくても、どこかしら弱く思えたジョゼットだった。
 「ジョゼットよ。ムーンアイで宇宙を探る専門家ですけどね、いまではすっかりカフェのママ。何でも話せるいい人よ」
 「はい、存じ上げております。はじめまして、クリフと申します。歳は二十八になりますが」
  早苗に紹介されてクリフはちょっと笑って頭を下げた。童顔とまでは言えないものの若くて可愛いという印象。ジョゼットよりひとまわりほど歳下だったからかも知れない。
 「彼女なら聞いてくれるわ。お話ししてごらん、私に打ち明けたように素直にね」
 「はい」
  白人男性。見る間に白い頬が赤らんでいく。
 「私はどうしようもない性癖に苦しんでいます。地球を発つとき姉と別れ、姉と言っても義理の姉、つまり兄のワイフなんですけれど」
  そしてちょっと眸を上げてジョゼットを見つめる。白い顔が真っ赤になってしまっている。

 「お慕い申し上げた女王様だったんです」

  やっぱりね。そういうことだろうと察していたジョゼット。ピュアな想いが内向きに働いて、ナイフの切っ先のように心を突き刺してしまう。ジョゼットはチラと早苗と眸を合わせた。解放されない月面空間は牢獄のようなもの。痛々しいとジョゼットは思うのだったが。
  早苗が言った。
 「マゾヒズムに苦しむのは彼だけじゃないの。勇気ある子だわ。どうすればバランスを保てるだろうって打ち明けてくれたのよ。女の子にもMは何人かいるって話は聞くし」
  ジョゼットは微笑んでクリスに向かってうなずいて、そして言った。
 「いいんじゃないかしら、おかしいとは思わないわよ。いつでも話しにいらっしゃい。女が四千人もいればS女さんだっているでしょうし」
 「あ、いえ、どなたでもいいということではないんです」
  そしてクリフはまっすぐな眼差しをジョゼットに向けるのだった。

  もしや私・・。

 「月に来て間もない頃、私を見かけたそうなのよ。キュンとしちゃって、でもだからカフェには来られない。苦しんで苦しんで早苗に相談したってことらしいの」
  ジョゼットが思いもしなかったことを言い出した。海老沢はちょっと眉を上げて微笑んだ。ジョゼットは言う。
 「私じゃなきゃダメなんだって。あのとき私、いきなり胸が苦しくなって、想像しちゃった、あの子に君臨する私の姿を」
 「ふふふ、なるほどね。君がそうなってくれればクリフはさぞ幸せだろう」
  ジョゼットは困惑していた。すがるような眸を向けられて母性が騒ぎだしていたからだ。
 「笑い事じゃないのよ、逃げ場がないでしょう。SMクラブでもはじめて二人でミストレスやろうかって早苗が笑ってた。ほかにも体と心が一致しなくて苦しむ人もいるんだって。早苗が性を解放したって話を知って早苗なら聞いてくれると思ってカウンセリングにやってくる。クリフのことも早苗は言うわ、私を想ってくれてるなら躾けてやってもいいけれど、惚れてるのはジョゼットなんだもん、なんだよそれってカンジだわって」

  人類の科学力を結集したプロジェクトのはずでも、そこにいるのは日々苦悩する人々ばかり。考えてもみなかったことが次々起こると海老沢は思うのだった。
  大前提がある。そんなことでもし規律が乱れることがあれば、デトレフはそれを処理しなければならなくなる。
  ジョゼットは言う。
 「ここが地球なら、おととい来やがれ馬鹿野郎って言ってやるんだけど、クリフはとってもいい子なんだし」
 「ドキドキしてる?」
 「してるよ、もちろん。そんな話があったのは一週間ほど前ですけれど、それから毎日クリフは覗くわ。話したくてたまらない。せめて私のそばにいたい。そんな気持ちがわかるから嬉しくなっちゃう」
 「何を戸惑う?」
 「え・・」
  海老沢の言葉がジョゼットの背中を押すことになる。
 「であるなら、君の中にもきっといる魔女の自分と語り合うべきだろう」
  怖がっているのは私自身。そのことに気づかないジョゼットではなかった。

  新設された地下空間、ムーンシティ一号館、MC1-L1。ジョゼットの居室。
  いかにも洗練されたネーミングではあったがスペースとしては四畳半スケールの小さな部屋。消え入りそうなノックがあったのは、その日の夜。夜といっても毎日終日夜なのだが。人は太陽の恵みでリズムをつくる。リズムがなければ心が定まらなくなってしまうもの。
  ドアを少し開けてやるとクリフは恥ずかしそうに立っている。そのときジョゼットは地球上ではあり得ない紙の下着。薄いピンクのブラとパンティ。居室は空調が行き届き、寒くもなく熱くもない。
  クリフはシルバーメタリックのスペーススーツ。それもまた着用を強制される非人間的な無個性だった。
 「いいわよ、お入り」
 「はいジョゼット様、お招きいただき、ありがとうございます」
  そんなMっぽい対応だけでジョゼットは不整脈。
 「私の部屋も無機質そのもの。妙な物は何もない。まさかね、地球へメールしてボンデージファッションを送らせるわけにもいかないし、ふふふ可笑しい」
  ジョークで笑うと、クリフはすでに顔が真っ赤。
  ジョゼットは美しく熟れた女体の上下を紙の下着でつつんでいて、跳ね上げ式のベッドを跳ねてしまって、かろうじてできる狭い室内に小さなパイプ椅子を置いて座っていた。

  目の前に立つクリフ。
 「過去のことは忘れるように。私との新しい時間よ」
 「はいジョゼット様」
 「私なりの躾けをしていく。服従なさい」
 「はいジョゼット様、どうぞお心のままに」
 「ほんとね? 約束できる?」
 「はいジョゼット様、きっと」
 「よろしい、脱いでお座り。全裸です」
 「はい。はぁぁはぁぁ・・ああ女王様、嬉しいです」
  乱れる熱息。スペーススーツのジッパーを下げ、レオタードを脱ぐように取り去ると、男性用の淡いブルーのペーパーブリーフ。それさえ脱ぐ。そのときすでに若い男性は反応し、抑圧されたスプリングが跳ねるように直立した。クリフの白い裸身が真っ赤になって上気している。
  座面の少し高い椅子に座るジョゼット。クリフは膝で立って勃起するペニスを捧げるように尽き出して、両手を腰の後ろへ回して組んでいる。
 「ピンピンね。嬉しいの?」
 「はい女王様、嬉しくてたまりません」
  語尾にいくにしたがって消えていく声が綺麗な男の涙に変わっていった。

  可愛い。

  ジョゼットは少年を見守るような心持ちになれていて、真上を向いてビクビク揺れる亀頭が可笑しく、パシンと手先ではたいてやった。バネ仕掛けのオモチャ。そのとき唇を噛んで眸を閉じたクリフだったが、涙があふれて頬を伝う。
 「可愛いわよ、さあおいでクリフ」
  ペニスを強くつかんでやって裸身をたぐり寄せ、そのまま紙のパンティに覆われたデルタへと顔を押しつけ、腰を抱かせてやるのだった。
  クリフが震える。
 「震えてる。嬉しいわよ、そこまで感動してくれれば女冥利。 あれからね、」
 「はい?」
 「毎日おまえはカフェを覗く。熱い眸で見つめられて私は濡れたわ。それはいまもそうだから。どうしてなんだかわからない。私の中にも魔女はいる。罪な子よ、おまえって子は。魔女が目覚めた。どんな魔女なのか私にもわからない」
  椅子に座って少しだけ腿を弛めた白く柔らかな谷底へクリフは鼻先をこじ入れるようにして女王の匂いを吸っている。
  ジョゼットもまた羞恥。けれど濡れて濡れてたまらない。
 「テーブルをここへ。おまえはその下に潜り込む」
 「はい女王様」
  白い丸テーブルを椅子の前に置き、その下に大きな裸身を丸めるクリフ。ジョゼットはテーブルに両足を上げてしまい、腿を開いて股間を分断する紙のパンティを見せつける。

 「脱がせて。きっとひどく濡れてるわ。よく舐めて気持ちよくして」
 「はい女王様、夢のようです、ああそんな、嬉しいです」
  少し浮かせた尻の横へと手がまわり、するすると脱がされていく。紙の下着の底辺に蜜液が糸を引き、張力の限界でぷつりと切れて下着と性器に濡れが分かれ、愛液は分断されていくのだった。
  少しだけ茶色がかった金色の陰毛。抑圧する紙がなくなって絨毛はふわりと膨らみ、奥底のピンクのクレバスを露わにする。色素が薄い肉リップに蜜がからみ、さらに蜜は湧き出して、香りを放って奴隷を誘う。
  ジョゼットは目を閉じず、一心に性器を見つめて迫ってくる奴隷を見ていた。
  クレバスに触れるだけのキス。
 「ぅ、ぅン」
  舌先がのばされて花合わせをなぞるように蜜を舐め取る。
  感じる。狂っていく予感がそう思わせるのか、これまでこんな愛撫を知らないとジョゼットは思っていた。
  目を閉じたクリフの睫毛が金色に長く、それが涙をからめて濡れている。
 「いいことクリフ、約束なさい」
 「はい?」
 「女は私だけよ。いい子にしてないと捨てるからね」
 「はい女王様、お誓いいたします」
 「私のことだけで頭がいっぱい。オナニーなんて許しません。ちょっと触れられただけで精液をトロトロ漏らせるようになりなさい」
 「はい女王様、お捧げします。ああ女王様・・」

 「ふふふ可愛いわ。さあ、よく舐めて」
 「はい!」
 「あぅ! く、く、くぅ! あ、あっ! あぁぁー感じるぅーっ」
  小さな椅子も、脚を上げたテーブルも、そしてジョゼット自身の白い裸身もガタガタ震えた。信じがたいアクメがいきなり襲う。白く柔らかな腿の間にクリフの顔をこれでもかと挟みつけ、ジョゼットは、もがくように髪を振り乱して声を上げた。
  イクという感覚をはるかに超えた激震に襲われた女体。自ら紙のブラを跳ね上げて形のいい乳房を揉んだ。 しこり勃つ乳首を指先で捉え、痛いほどに揉みつぶす。座面に置いた尻が浮き、クリフに尻を抱かれ、その尻肉がきゅっきゅと締まってブルブル震える。
  カッと目を見開く。けれども景色がぐるぐる回る。錯乱する快楽。ジョゼットの中に隠れ棲んでいた魔女が目覚めた瞬間だった。
 「いいことクリフ、私だけの男におなり」
 「はい女王様、ああ美味しい蜜です、嬉しいです」

  これがサディズム?
  朦朧とする意識の中で、ジョゼットは、私なりの奴隷とはどういうものかを考えながら、クリフの口の中に失禁を放ってまで果てていく自分をどうすることもできなかった。
  狂う。こんなことがクセになったら私は愛の化け物になってしまう。

 「あぅ! く、く、くぅぅ! あ、あぁぁ! 感じますボスぅーっ!」
  男も女たちも皆で囲む牝豚。H鋼の柱からチェーンを外され、生涯外されることのないステンレスの首輪をされた全裸の奴隷。眉毛さえ奪われた一切毛のない白い人豚。膝で立って両手を頭の後ろに組んでいて、椅子に座った留美の前で留美だけを見つめていながら錯乱する姿。
  留美は毛のない股間に手をやって、淫乱に濡れる性器をいたぶった。
 「ミーア、鞭よ」
 「はいボス」
  バシーッ! 手加減のない乗馬鞭が、それでなくても感じてぶるぶる肉を揺らし震える尻を痛打した。
 「ぎゃ! ああボス、感じますぅーっ!」
  ビチャビチャといやらしい蜜鳴りが股間の底から聞こえてくる。
 「こうされて嬉しいんだね? 心から?」
 「はいボス、心から。あぁ、あ、あ! 果てます、ああイクぅーっ」
 「ミーア」
 「はいボス」
  バシーッ!
 「ぎゃう! むうぅ、ありがとうございます」
 「感謝するのは私じゃない、ミーアそれにジョアン、マットもそうだし、みんなもそうだよ。私らに守られていることを思い知るんだね。ミーア、もっと鞭」
  バシーッ、バシーッ、バシーッ!

  泣きじゃくっていながら鞭から逃げずに尻を突き出し、懸命にうなずく人豚。
  しかしいい顔になってくれたと留美は思う。眸に生気が感じられる。あれから本気で躾けてきたのはミーアだった。一度は消えかけた鞭痕が全身に浮き立っている。ミーアの厳しい調教が牝豚の死んだ眸を生き返らせた。
  留美は、愛液が泡立ってまつわりつく指を抜く。牝豚がそれを懸命に舐め取って綺麗にする。留美はそのときの泣き顔を見据えながら言った。
 「皆はどうか?」
  声はなかった。声がないことにちょっと笑ってバートが言う。
 「ま、そういうこったぜ、どうもこうもねえだろう」
  留美は牝豚に向かって眉を上げた。
 「ということだよ、許しはしないが飼ってくからね。もういいミーア、連れてお行き。犯したければ犯してやる責めたければ責めてやる、可愛がるならそれもいい」
  家の裏のガレージのさらに裏。男たちが拓いた土地に、粗末ながらも新しい小屋が建った。全裸の牝豚はガレージの鉄柱から、その新しい小屋の一画にある広さ三畳ほどの奴隷部屋へと移されて、鉄のフックにチェーンがかけられつながれる。そこにはシングルサイズのベッドが置かれて着衣も許され、暖房もストーブが置いてある。
  そのためのテスト。皆で囲んで奴隷の成長を確認する場であった。冬本番となって冷えてきていた。

  ボスの部屋ではあったが、そこはかつてのアニタの部屋。それより広く、かつてルッツがいた主の部屋にはバートがいて、女たちが入れ替わって眠っていた。
  ガレージから戻って横になると、新しい部屋に牝豚をつなぎ直したミーアが戻り、消え入りそうなノックをする。そのとき時刻は夜の十時を過ぎていた。
  同性の留美と二人になると、ミーアはためらわず裸になって平伏した。あれからミーアの女王は留美そして女たちのすべて。女の中で下級でいたいと願うからにはしかたがなかった。
 「おいで、ご褒美よ、よくやったわ」
 「はい女王様、感謝の想いに震えます」
  留美は下着。全裸のミーアを乳房に抱いてやって、ミーアが留美の背に手をまわす。
 「ほっとしたよ」
 「はい。嬉しいって泣いてました」
 「どのみち私らが最後の人類。そう思うとね、生かしてやりたいと思うんだよ」
  このときもちろんミーアもまた七十年後の地球の終焉を聞かされていた。
 「だからねミーア」
 「ふふふ、はい、わかってます。バート様がいつでも来いって笑ってました」

 「脱がせて」
 「はい女王様」
  ブラ、パンティ。それだけで留美は牝になれる。
  陰毛のない黒い肌へと指を這わせ、谷底に落ち込むと、そこはすでに熱を持ってトロトロに濡れている。ラビアのまくれ上がる感触、そしてヌルリと飲み込む細い膣。ミーアは震える。
 「そう言えばコネッサは責めてくれた?」
 「いいえ、やさしい人ですから、ほんの少し鞭を」
 「痛くて嬉しい?」
 「はい」
 「相変わらずわからない。私はねミーア、いつの間にか責められてみたいと思うようになっている私自身がわからないの。私の中には強烈なサディズムが潜んでいる。マットがそうだわ。あの子といると虐めてやりたくてたまらない。なのに可愛くなって抱いてしまう。よしよしって、まるで子供を抱くように」
  ミーアはわずかにうなずくと、腿を割ってすべてを晒し、留美の指を受け入れた。それからの激しい反応を留美は醒めた眸で見つめている。

  愛にピュアと、そんなありきたりではすまされない心の暗部。それでいてミーアはとろけるように果てていく。
  亮の体を思い出す。ちょっと触れられ、体の中に入ってくると、いまにも錯乱しだしそうなアクメが怒濤のごとくやってくる。相手が亮なら奴隷になれる。ふとそんなことを考えてしまう留美だった。
  そう言えばパナラット。HIGHLY中のHIGHLYと言える、あの知的なマルグリットがパナラットにぞっこんで、『私の野生はビアンだった』と笑っている。

  だったら私は何者なの? 狂おしく果てていくミーナのことが羨ましい。

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 魂のさけび(十六話)


  留美はあえて意識して山賊のボスとしての言葉を吐いた。
 「わかった、おまえのマゾがどんなものか見せてもらう。口ほどにもなければそのときはわかってるね?」
 「はいボス、感謝いたします」
  留美はふたたび二人に脱ぐよう命じた。いつまでも囚人にはしておけないし逃れられない運命を突きつけておくべきだろう。
  愛称ミーアは自らマゾだと言うだけあって潔かった。監獄で支給される白いパンティが黒い肌に浮き立っていて、一言で言って細身。背丈は175はあっただろうか、手足が長く、乳房は小ぶりだったが若く張って形がいい。
  もう一人の東洋系の娘は、立ったはいいが手が震えて青ざめている。脱がなければ剥ぎ取られるのはわかっていたし、そのときもしナイフでも使われれば着るものがなくなってしまう。日本人よりは浅黒く、独特のエキゾチックな雰囲気。背丈はミーアよりも頭一つ低く、肉付きもまあまあだったし、乳房もまあ豊かな方だった。
  男たちがいやらしく値踏みしながら見つめる中で脱いでいくのは恥辱。平然としているミーアとは違い、それが本来の女の姿であっただろう。

 「よろしい。二人ともお座り」
 「はいボス」とミーアは即答したが、もう一人の女はちょっとうなずくだけだった。頬はおろか体中に血筋の編み目が浮くように上気している。
  留美はそちらへ眸をやった。
 「おまえの名は? いくつだい?」
 「日本語わかります、少しだけ」
 「あら、わかるの?」
  留美も日本語。女が言った。
 「やっぱり日本人。そうじゃないかと思ってました。あたしはパナラット、二十七歳になります。タイ人ですが日本生まれ」
  流暢な日本語だった。パナラットは日本人ではないが言葉の通じる者はここでは少ない。しかしまさかの歳上。留美はまだ二十六なのだから。
 「両親がタイ料理のお店を神戸でやっていて、そのうちタイに戻りましたが、もうめちゃめちゃ」
  二十二メートルにもおよぶ海面上昇で東南アジア一帯は壊滅的な被害を受けた。
 「何をして投獄されたんだ?」
 「略奪にあいました。家が襲われて家族で戦い、でも弟までも皆殺しにされて、あたしだけが拉致された。逃げるときに酒瓶で男の人の頭を殴って、あべこべに通報されたんです。襲った相手がHIGHLYでした。ウチはもともとLOWERみたいなものでしたから」
  留美はちょっと目を伏せてうなずいた。
 「ここらは若い女の死体が普通に転がるところ。生きたいなら心して臨むように」
 「覚悟はしてますが怖いんです」
  パナラットはそれきりうつむいて声も出さない。

  留美はそこでも山賊のボスの言葉を言い放つ。
 「もういいだろう、そっちのパナラットはどうにでもしてやりな。ミーアは私といらっしゃい」
  留美が洞穴の奥を顎でしゃくって、ミーアが立つと、新入りのカルロスまでを含めた男たち八人が一斉に立ち上がり、パナラットの腕をつかんで立たせると、無造作に白いパンティを剥ぎ取って連れ去っていく。
  そのときパナラットに悲鳴はなかった。恐怖で声さえ出せないようだ。
  洞穴の口まで十メートルほどを歩く間に、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。
 「きゃぁぁーっ! ああどうかぁ、服従しますからどうかぁーっ」
 「だったら尻を突き出せ、ほらぁ!」
 「あっあっ、あぅ! あぁぁーっ、きゃぁぁーっ!」
  留美は背後についてくるミーアに背を向けて一瞬眸を閉じて唇を噛んだのだったが、すぐに平静を装った。

  懐かしい洞穴へと踏み込んで、亮のいた横穴へ迷うことなく入っていく。
  あのときのままの景色。シングルベッドから剥ぎ取ったクッションと、その前に申し訳程度のカーペットの切れっ端。しかしそこには毛布さえない。ここを出るときに持ち出してしまっていた。
  何かもが亮の姿に結びつく。匂いがすると留美は感じた。
  クッションに腰掛けて、突っ立つミーアを見上げてみる。
 「ミーアキャットか、なるほどね、似てるかも」
  ミーアはちょっと笑った。きょとんとして突っ立つ姿が可愛い気がする。
 「さあ、私がマダムだと思っていつも通りにやってごらん」
 「はいボス」
  白いパンティを躊躇なく脱ぎ捨てて、そしたらデルタに陰毛がない。
 「毛は?」
 「生まれつきなんです。私は産まれながらのマゾなようで」
  そしてミーアは新しい主の足下に膝を開いて立つと、両手を頭の後ろに組んで胸を張る。小ぶりの乳房だったが誇張されてなおのこと形がいい。ミーアは命令を待つようにまっすぐ見つめて動かない。黒い肌のデルタに女の亀裂が浮き立っている。
  留美は両手でそっと小さめな乳首をつまんでコネてやる。
  ミーアはうっとり目を閉じて鼻孔をひくつかせ、ん、ん、と甘い声を漏らしはじめた。
 「おまえは傷がないね?」
 「はいボス。マダムはやさしいお方でしたし、責められなくなってずいぶん日にちが経ちますから」
 「寂しいだろう?」
 「はいボス。たまりません寂しくて。あぁぁ感じます、ありがとうございますボス」
 「ふぅむ」
  なんてこったい。それが正直な留美の気持ちだった。そして同時に、ガレージの牝豚にもこうなってほしいものだと考える。極刑ではあっても虐待を性的趣向に置き換えることができれば、それはそれで幸せというもので。
 「気持ちよくて濡れてきたかい?」
 「はいボス。はぁぁ、はっ、あはぁぁ」
 「感じる体だ」
 「はいボス。マダムに躾けられてきましたから。乳首にちょっと触れられるだけで濡れてしまって笑われたものでした」

  黒く若い肌を爪先で掃くように撫で下ろし、カギ状に曲げた指先をデルタの奥の開かれた股間へと突きつけてやる。ミーアは自らさらに脚を開いて恥骨を突き上げ、愛撫をせがむ。花弁は薄くしかしクレバスから飛び出していて、クリトリスも大きい。こりこりとした感触であり、花弁は濡れをからめて閉じていられず、パッと咲いて留美の指を受け入れた。
 「ンぅ! ンふぅ、ああ感じます、嬉しいですボス、ああボス気持ちいい」
 「そのボスボスっての、やめてくれない。留美よ。二人のときはそう呼ぶように」
 「はい留美様、あぁぁ女王様、気持ちいい」
  息が熱い。まさぐるうちに洪水になってきて、腰が揺れ、尻肉がきゅっきゅと締まって前後に動く。黒い裸身が見る間に汗ばみヌラヌラとした輝きを放ってくる。
 「どうやら本物のマゾらしいね」
 「はい留美様、マゾでございます」
 「鞭打ちも嬉しい?」
 「はい、イケます私、鞭でイケます」
 「ふうむ・・あっそ」

  こういう女もいるんだと思うと、心の角度というものを考え直さなければならなくなる。ミーアは控え目なトーンで言った。
 「留美様、あの」
 「なんだい?」
 「夢はご褒美、それが悦び」
 「わからないよ。よくはわからないけど、そうよね、私が甘いと安住できない」
 「はい留美様」
 「人は深いわ。会う人会う人それぞれ違うし、でもそうよね、ハンパなことでは女なんてやってられない。女の性は命がけ。だけどよ」
 「はい留美様?」
 「だとしたらおまえはバージン?」
 「はい留美様。ペニスという意味でならバージンです。ディルドとかさんざん使われて可愛がってもらえましたが」

  そこまで言うなら気の済むようにしてやろうと留美は思った。
 「わかった、可愛がってあげるわよ。仲間に女はたくさんいるし、困り果てる牝豚も飼っている。ミーアと出会えたことが嬉しいわ。気が済むまでマダムを想い、振り切れたらそのときには男たちもたくさんいる」
  カギ状に曲げた指先を動かしてはいなかった。なのにミーアの腰がせがんで動き、ミーアは達していくのだった。
 「あぁぁ、お許しください、どうか・・あぁぁイクぅ、イクぅ・・」
  可愛いものだと留美は思った。
  私はボスには向かない。やさしすぎるとは思うのだったが、ゆらりと崩れるミーアの体を抱いてやりたくなってくる。
  燃えるような息を吐いて崩れたミーア。留美はそっと抱き寄せて、とろりと溶けた眸を見つめると、口づけをしてやった。
  そのときミーアの大きな目に見る間に涙が溜まっていって、あふれだして頬を伝う。
 「嬉しいのね?」
 「はい留美様、夢のようです。諦めていたのに嬉しいです女王様」
  留美はちょっと鼻で笑った。馬鹿馬鹿しいほどピュアな女。妙なヤツ。

  女王様か。もしかしたらあの牝豚もそう呼ばれていたのかしら。タイパンのクイーンではなく、SMという意味での女王として。ふとそんなことを考えてしまう。
  そろそろ時間。ルッツタウンまでは少し遠い。
 「もういいわ、出ましょう。おまえはずっと素っ裸のままですからね、奴隷らしくしてなさい」
 「はい留美様」
  嬉しそうなミーアの面色。
  そして外に出てみると、少し離れた岩陰からパナラットの喘ぎが響く。男たちは数が多い。広場に出て、しかし少し風が出て冷えてきていた。
 「ミーア、とりあえず服を着なさい」
 「え、でも」
 「いいから着なさい、ちょっと寒いわ」
 「はい留美様、心よりお仕えいたします、おやさしいボスでミーアは幸せです」
  呆れて顔を見てしまう。

  と、そのとき。『ああ狂っちゃうーっ! きゃぁぁーっ!』

  その声を最後に女の声が失せていた。いまは冬、緑も薄くなっていて、木はどれもが裸の景色。蛇もいまは冬眠だろうと考えた。
  大きなバートが、気を失った全裸の女を軽々かつぎ、尻をペシペシ叩きながら歩み寄る。肩の上でくるりと裸身を回してやって立たせると、軽く頬を叩いてやって気づかせる。
  白い尻の間からおびただしい精液が腿を伝い流れている。パナラットもまたとろんと溶けた面色だった。
  バートが言う。
 「服を着な、冷えるぜ」
 「え、着ていいんですか?」
 「嫌ならやめとけ」
 「もう冷たい・・なによっ」
  すでに甘えていると留美は感じた。女はタフだ。適応ではなく性への受動。運命を受け入れて生きる、それが女。私もそうだと言い聞かせる留美だった。
  歩き出す前に懐かしい景色を見回す留美。亮が町に出たがらなかった理由がわかる気がする。俺は山賊、野蛮な男・・そう言い聞かせていないと苦しくなる。亮は本質のやさしい人だった。
  ここがもしルッツタウンだったとしたら、保護したつもりの女たちを、その上さらに辱めることはできなったに違いない。

 「はぁぁ・・ふふふ」
 「何が可笑しい?」

  鉄箱に女二人とマットを乗せた大型軍用ジープの運転席と助手席。留美の妙な笑い声にバートが応じた。
 「こう次々に女が増えると男たちと釣り合ってくるなって思っただけよ。バートは誰が好みかしらね。マルグリットもキャリーも美人だわ。ウチは男は野獣でも女たちがみんな可愛い。パナラットはどうだった?」
 「腹が据わってら。人買いの先に何があるか考えないほど馬鹿じゃねえ。あんときカルロスの言葉も聞いてやがったしな」
 「私らが仲間だってこと?」
 「売り買いされたわけじゃねえんだよ。山賊に拉致されて、しかし仲間として生きていけそう。売られた身よりはましってもんよ。尻を振ってよがってやがった、可愛いもんだぜ。しかしたとえ数で逆転しようが女は男たち皆のもの」
 「わかってる、おのずと決まっていくまでは」
 「そういうこったが、まあ俺は、おまえだ」
 「え?」
 「好みはおまえだと言っている」
  留美は、前を見たまま言って前を見たまま運転するバートの横顔を見つめていた。

 「ねえバート」
 「今度はなんだい?」
 「私ね、正直言って私はダメだと思ってた。ボスに向かない。こんなのおかしい、女はオモチャじゃないんだよっていまでも思うし、あの牝豚のことにしたって可哀想で見ていられない。いっそ殺してやったほうがいい。だけどルッツやアニタのことを思うと許せなくなってくる。どうしていいかわからない。とそう思ってたんだけど、私は今日はじめて人を撃った。殺してしまった。魔女だわ私。あの牝豚とどこがどう違うのって思っちゃう」
  バートは声を出さずに笑っている。
 「でもよ、こんな私に折り合いをつけていくのは私自身だわ。その程度のことを決められなくてどうすると思う」
  バートはそれきり口を閉ざした。それは留美にとってやさしさでもあったのだが同時に厳しさでもあった。
 「だからねバート、ボスとして私が決める。ついてきて」
 「おぅ、わかったぜ。マットの野郎が言ってやがった」
 「マットが何をよ?」
 「女神だってよ」
 「ふふふ、ばーか、それはあの子がマゾっぽいだけ。どいつもこいつもケダモノかド変態。だから決めたの、私もケダモノになってやるって」
  バートはまたちょっと笑い、それきり前を見て口をつぐんだ。

  その日は夜になって雨になった。雨雲が空を覆うとむしろ暖かい。
  夕食を済ませ、男たち女たちが相手を選んで部屋にこもり、ルッツの店は穏やかに闇に凪ぐ。
  夜のガレージ。
  冬のいま牝豚は裸ではなかったし、ジョアンに面倒をみてもらい、それなりに清潔にされていた。ジョアンが張り付くようになってからマットもだいたいそばにいて、つまり他の者たちにとっては手が出しにくい。それでも牝豚の体から浅い鞭痕が消えたことはなかったし精液の匂いがまつわりつく。嵌め殺しのステンレスの首輪には常に太いチェーンがかけられていて柱のH鋼につながれている。
  牝豚に堕とされてから日々は過ぎていき、しかしなお牝豚の眼光に生気はなかった。
 「タイパンのボスだった女だよ。ルッツもアニタも、私の前のボスも殺された」
  留美が言い、一歩退いたところにジョアンがいて、連れて来られて着るものを与えられたミーアがいた。パナラットは男たちが連れ去っていたし、この場にマットの姿もなかった。同性ばかり。留美にとっては三日ぶりに見る牝豚の姿。
  ジョアンが言った。
 「素直にしてますよ。ほらボスよ、脱ぎなさい」
 「はい」
  男物の古い厚手のロングコート。脱げば全裸。体中に凄惨な責め痕は残っていたが消えかけている傷ばかり。肉付きのよかった裸身もずいぶん痩せて頬がげっそりコケている。
  裸になると牝豚は身を丸めて留美の足下に平伏した。

  そんな奴隷を見据えたまま留美が言う。横に立つミーアに向けた言葉だった。
 「どう思う、この姿?」
 「残酷ですけど、でも、もし私なら嬉しいでしょうね」
  信じられない言葉に、横にいるジョアンがミーアの横顔を覗いている。
 「ちょっといいですか?」
 「いいよ、どうなりとしておやり」
  留美はジョアンの手を引いて一歩二歩と後ずさる。この処遇にせめてもの光を与えられるのはミーアだけ。男たちはともかくも女たちのほうが扱いに頭を抱えている。ミーアならどうするか。
  真新しいブルージーンに赤いセーター。ミーアもまた見違えるほどすっきりした女に変身していた。ミーアは、正座をして見上げる牝豚の前にしゃがみ込む。
 「私もこうだったのよ、マダムを見上げてただ一心にお情けを求めていた」
  牝豚が眸をわずかに大きくして見つめている。
 「私はマゾ。二十二ですけどバージンなのよ。マダムというか女王様に躾けられていた奴隷です。白くて綺麗な乳房ね、羨ましい」

  そう言いながら両手をのばし、二つの豊かな乳首をつまむとそっとコネてやるミーア。
 「こうされると気持ちいいよね、嬉しいよね」
  牝豚がかすかだったがこくりとうなずく。
 「生涯おまえは囚人としての責めからは逃れられない。ほうら、こうして爪を立てていく」
 「むぅ!」
 「ふふふ痛い痛い。でもね牝豚、こう言いなさない、気持ちいい、もっとください。さあ言ってごらん」
  両方の乳首にギリギリと爪が食い込みコネられる。
 「むぐぐ、はい、気持ちいいです、もっとください」
 「あら、もっと? こうかしら?」
  さらに力が込められて、乳首がひねり潰されていく。
 「ぐぎぎ、むぐぐ、気持ちいいです、もっとください」
 「うんうん、いい子よ、よしよし、よく言ったわね」
  指先から力が抜けて、ふたたびそっとコネられる。
 「あ、あぁ、むぅン」
 「ほうら甘い声になってきた。頑張ったご褒美なのよ、わかるでしょ」
 「はい」
 「私はミーア」
 「はいミーア様」
 「それだけ? ありがとうございますは?」
 「はい、ありがとうございますミーア様」
 「よろしい、いい子ね牝豚。痛みも屈辱も与えられる何もかもがおまえを浄化していくものなの。耐えて耐えて泣いて泣いて、いつか抱いてもらえることだけを希望として頑張るの。わかった?」
 「はいミーア様、ありがとうございます」
 「ほら言える。感謝の言葉をいつも心に持っていないと責めは拷問でしかないものよ。主が男性ならば犯されることは最高のご褒美なんですものね」
  そう言って、ミーアは牝豚の裸身をそっと抱き、白い背中に両手の爪を立てて引っ掻くようにする。
 「あーっ! 痛いぃ、じゃなくて気持ちいいですミーア様」
 「よろしい、それでいいの。責めてもらえることがどれほどの幸せか。放置されて誰にもかまってもらえない孤独がどういうものか。これからはよく考えて、ただし媚びてはダメですよ、媚びはいやらしい。わかりましたね」
 「はいミーア様、ありがとうございます」
 「そうそう、いい子だわ、よしよし」

  そう言われて今度こそそっと抱かれ、ミーアの肩越しに留美やジョアンを見つめる牝豚の眸に見る間に涙が浮いてくる。
 「嬉しいみたい」
 「そうですね、いい顔してる。はじめて見た貌だわ」
 「うむ。甘いとは思うけどさ、でもダメだわ、わからなくなっちゃった」
  留美はジョアンの背をちょっと叩いて背を向けた。
  そして戸口へ歩いて行くと、アルミのドアが少しだけ開いていて、光の漏れる薄闇の中にコネッサの眸が見えた。
 「悪いけど覗き見させてもらったよ」
  留美はうなずいてコネッサの腰を押し、足を前へと踏み出した。
  留美は言った。
 「やさしいんだからコネッサも」
 「そうじゃねえよ、誰が・・ちぇっ。けど、あんなふうに悦びを見つけてくれるんだったら、あたしらの責め方も変わってくるさ。あたしだって人間なんだよ」
  内心辛くてならない。あしざまに言う者ほど、辛くて、その裏返しにひどい言葉を吐くものだろうと留美は思い、そのとたん、わけのわからない性欲に取り憑かれてしまうのだった。
 「このままお部屋へ。抱いてコネッサ」

  静かな邸内にかすかだったが女たちのイキ喘ぐ風が流れていた。

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人間らしさ(十五話)


  シャワーを浴びて服を着替える。それだけのことに時間をついやし、ジョアンが戻ったのは小一時間後だった。中途半端に長くバサバサだった黒髪がショートボブに整えられて、化粧まではともかくも見違える娘になっている。そのとき店にいたのはマルグリット、バート、そして留美の三人だった。
  ジョアンは気恥ずかしいのかマットに背を押されてはにかみながら現れた。真新しいブルージーンズに子犬がプリントされた厚手のトレーナーがよく似合う。
  際立って美しいマルグリットが大袈裟に眉を上げて言った。
 「あら可愛い、髪までちゃんとしてもらって」
  ジョアンは明るく笑った。あのときのアニタのように、ようやく見つけた安住の地で心がほどけていたようだ。
 「コネッサさんが切ってくれました」
  バートはチラと新入りへ眸をやると、ちょっと笑って留美を見た。
 「そういう女だよコネッサは。ルックスはともかくだが、やさしいさ」
  その小声に留美はうなずく。しかしバートが。
 「だがなボス、それだけじゃいけねえぜ。その昔の世の中ならよかったものも、いまでは違う。我らは山賊よ。町に暮らすもいいが調子が狂っちまう」
  そう言うバートの気持ちもよくわかる。適度の野生がないと人は心が弱くなる。
  留美は言う。
 「洞穴の暮らしもいいと思うよ、山賊らしくて。その昔、日本には武田信玄という武将がいた」

 「ほう、武将?」
 「知将として知られ、赤備えと恐れられた戦国時代最強の軍を率いていた」
  そういう話は皆にとって新鮮だった。LOWER社会では民族が入り乱れ、生きていくのに必死で懐古している余裕はない。
  留美は言った。
 「配下の武将どもを集めて言ったそうよ。わしが他国を侵略するは、わしのためであってそなたらのためではない。しかしわしが潤えば、すなわちそれはそなたらが潤うことでもあるだろうと」
  バートはうなずく。
 「うむ、なるほどね。俺たちは俺たちのために襲うが、結果として皆のためになっているというわけかい」
  留美は言った。
 「まさにそうだと思うのよ。亮もきっとそうしてやってきた。町に暮らすからといって牙を抜かれるわけじゃない」
  キラキラした眸でキラキラとした眸のジョアンに微笑み、留美は亮への回想を振り切るように意識を現実へと引き戻す。
 「おいでジョアン、紹介するわ、化け物バート」
 「おいおい、化け物だけ余計だぜ」
  日本女性の留美と並んで座るバートは大きい。腿など女のウエストほどもあり、冬だというのにワークシャツから袖を毟り取ったようなものを来て、大胸筋が固く張って隆起している。ジョアンはおそるおそるバートに近づき、そうするとバートは座っているのに背丈がほとんど違わない。
  ジョアンはちょっと膝を折って頭を下げた。

 「ジョアンです、十九歳、ボスに拾っていただきました」
 「おぅ、よろしくな。ここでは女はみんなのものよ、そのつもりでいるんだな。聞いたように我らは山賊」
  ジョアンは笑う。童顔で目の丸い少女。東洋系の娘は子供に見える。
 「おめえ、どうしてここに? 何があった?」
 「はい、ずっと西に小さな村がありまして盗賊に襲われました。そのとき母は私を逃がそうとして殺されて、私は隣の家にあったスクーターで逃げたんですがガソリンがつきてしまって。もう半年になりますけどね。それで彷徨っていたら治安維持部隊のヒューゴという人に保護されて」
 「どうやって生きてきた?」
  バートの強い視線。ジョアンは同性の留美にチラと眸をやり、そして言った。
 「体を売ったり盗みをしたり、いろいろです」
 「いろいろとは?」
 「裕福な家で掃除とかして。でもそれだと結局情婦にされてしまうから」
  バートはちょっと笑う。
 「ここにいたってそうじゃねえか。男はどいつも獣だぜ。そんなところにどういうつもりで留まるのか」

  しかしジョアンは言ってのけた。
 「それは違います。ヒューゴさんにも聞きましたが、みなさんはお仲間だということで、あたしみたいな小娘がお仲間に入れていただくからには捧げる覚悟はできてます。あたしはボスを裏切れない」
  これには背後に突っ立つマットとマルグリットが視線を合わせて目を丸くしていた。十九歳の娘の言葉ではなかったし、それだけ必死に生きてきた証のようなもの。そしてこのとき留美は、ガレージの人豚の世話をさせてみようと考えていた。凶賊に恨みのある娘。しかしそれは直接的なものではないだろう。
  バートは、ジョアンの背後に突っ立つマットへ眸をやった。
 「それで小僧が世話役かい? ふっふっふ、わかったぜジョアン、なかなか可愛い女じゃねえか。さて俺はもう一働き」
  ルッツの店の裏の裏の草っ原を男たちは拓いている。
  バートは立ち上がりざまに留美の肩に手をやって、まるで当然のように唇を重ねていく。
  バートが去っていく後ろ姿を留美はちょっと睨みつけた。
 「バートが実質のボスだよジョアン。私だってみんなの女のつもりだからね」
 「はい! どうかよろしくお願いします」

  と、そこへ、店に並べる男物の服を両手に抱えたキャリーと、雑貨物をボール箱ごと抱えたコネッサがやってくる。コネッサの姿を見るとジョアンは一際笑ってこくりと頭を下げるのだった。
  留美が言う。
 「コネッサは店長、キャリーとマルグリットでお店をみている」
  ジョアンはまた東洋式に頭を下げたが、留美はちょっと考えて、ジョアン、それに若いマットをガレージへと連れ出した。
  大陸仕様の大きなクルマが二台横に並ぶガレージには、正面のシャッターのほかに横にアルミのドアがついている。ドアを開けて踏み込むと、駐車スペースの奥側にあるH鋼の柱の下に太いチェーンをリード代わりに牝豚がつながれている。ボルト固定のステンレスの首輪。コンクリートのフロアに捨ててもいいような毛布が敷かれ、冬のいま厚手のロングワンピースを着せられて、さらに薄汚い毛布にくるまる。捕らえられてからの数日で牝豚の眸は死んだ。感情さえないどろんとした眸。疲れ切った体を投げ出していたのだが、ボスの気配に起き出して身を丸めて小さくなる。

  ジョアンは残酷な景色を見せつけられて呆然としていた。ちょっと間違えば私だってこうされていたはずだ。性奴隷が売り買いされていることぐらいは知っている。
  二人を引き連れて歩み寄った留美は、寒さと恐怖に震える牝豚を見下ろしてジョアンに告げた。
 「タイパンと名乗った凶賊のボスだよ。この店にはルッツという人がいて、おまえのように転がり込んだアニタと言う黒人女性と仲良くしていた。タイパンに襲われてルッツはハチの巣、アニタはなぶり殺し。私たちのボスだった人もこいつらとの戦いで殺されたんだ」
  マットが言った。
 「ぶっ殺してやってもいいんだが、ボスが生かすと決めたんだ」
  留美が言う。
 「死ぬのは一瞬。それではとても許せない。生涯をかけた極刑なんだよ。牝豚人豚、こんな女に名などいらない。徹底した性奴隷。もがき苦しませてそれでも生かす」
 「はい」と小声で応えたまま、ジョアンは、眉毛さえない、けれど美しい白人の女を見つめていた。
  留美が言う。
 「向こうから逃げ込む者が増えている。LOWER社会を野蛮なものにしておきたい。こいつはHIGHLY、じかに手を下して荒らし回ったというわけなんだ」
  牝豚はどろんと濁る視線を下に向けたまま声もない。
 「さてそこで。ジョアンとそれにマット」
 「あ、へい?」
  マットがとぼけた声で返事をする。
 「二人に牝豚の世話を任せようと思うんだ」
  ジョアンがとっさにマットを見つめた。
  留美は言う。
 「餌をやって、汚物の処理もあれば体を洗ってやったりもしなくちゃならない。病気にさせても面倒だからね。いいかいマット、ジョアンが飼育係だよ。マットはそれを手伝って」
 「へい、それはいいすけど」
  いきなり辛い役目ですぜ・・とでも言いたげな面色だった。
 「ジョアン」
 「はい、ボス?」
 「あくまで厳格に、情けはいらない。ちょっとでも抗ったら拷問してやっていいからね。くどいようだけど言っておく。これは極刑だということよ」
  それだけを言い残すと、留美はマットの尻をぽんと叩いてガレージを出ていった。

  マットがちょっとジョアンの背を突っついた。ジョアンはこの役目の意味を察した。凶賊への恨みはあっても私なら直接的な被害者ではない。
  ジョアンは、あまりにも残酷な姿をじっと見つめ、しばらく見据えながら考えて、そして牝豚の前にしゃがみ込む。
 「ボスのお心がわかるかい? この中であたしだけがタイパンとは無関係。さらにあたしだって拾われた女でね、餓死してもおかしくない身の上だったんだ。あたしたちが最後の希望なんだよ、わかったね?」
  しかし牝豚はうなずきもしなかった。心が壊れて感情が失せている。
  返事ぐらいしろとマットが声を荒らげたが、ジョアンは手で制して黙らせた。
  そしてジョアンは、髪の毛のない頭にまである打撲の傷をそっと撫でた。そのとき肌に触れられたことで恐怖が蘇ったのか、牝豚は身をさらに縮めて顔を振ってイヤイヤをする。すがるような眸の色が痛々しい。
 「餌は日に一度。そのほか水だけ」
  マットの声に顔を上げて微笑んでジョアンが言った。
 「だったら牝豚さん、あたしの情が動けばパンの切れ端ぐらいは喰えるだろうし、マットの情が動けば飲み残しのジュースぐらいは飲めるかも知れない。わかったら返事なさい」
 「はい」
  まっすぐ見つめる静かな返事。
 「うん、それでいい」
  このときマットは驚いてジョアンの横顔を覗いていた。若い自分よりもさらに若い小娘だと思っていたらそうではなかった。あのときの留美に似ている。とっさにマットはそう感じた。女は凄い。女の中にある母の心にはとても勝てないと感じていた。

 「甘いんだよボスは。ちぇっ、これであたしら手が出せなくなっちゃったじゃないか」
  店に戻った留美に向かってコネッサが嫌味を言う。嫌味なのだが内心ほっとしたというように微笑んでいる。
  キャリーが言った。
 「それだけじゃないでしょ。マットはあの子にホの字だわ。若者同士がくっつくように。そうよねボス?」
 「なるほどね、さすがだよ、お見それいたしやしたっと。ふふふ」
  そうコネッサが笑って言って、留美は応じた。
 「それもこれも二の次だと思うのよ。ジョアンなりの仕事をやらないと」
  コネッサは声を上げて笑った。笑いながら、とても勝てないというように首を振って、店に商品を並べていく。
  ルッツタウンとも言える町の噂は近隣にひろがって、よその町からも客が来るようになっている。いまどき美女ばかりでやっている雑貨屋などあり得ない。ものめずらしくてやってきて、口伝てにさらにひろがり人を呼ぶ。
  しかしHIGHLYは、LOWER社会での勝手な移動を禁じていた。レジスタンス化するのを警戒して可能な限り分散させておきたいからだ。
  だから町や村が襲われることとなる。

  数日が飛ぶように過ぎていき、曇天の空の下、バートを先頭とする男たちにボスの留美まで加わって、荒れ野の岩陰に身を隠して待ち受ける。今年は暖冬らしい。風がぬるく、枯れ果ててもいいはずの下草にわずかだったが緑が残る。
  亮たちと暮らした洞穴にも近い場所。男たちにとっては知り尽くした景色であった。
  人買いどもの車列が来る。先頭に軍からの下げ渡しのオープンタイプの迷彩ジープ。それに時代物の護送車。クルマ二台でやってくる相手。
  こちらはいまだ怪我の癒えない男二人を町に残す、男七名、ボスが一人。オープンタイプのジープが二台に鉄箱の載った大型の軍用ジープ。留美は自動小銃というものをはじめて手にした。
  双眼鏡を覗くバートが言う。
 「ジープに三人、護送車に三人、うち一人は後ろで女を見てやがる。女は二人のようだがな。まだだ引きつけろ」
  岩陰の男たちは銃を構え、バートの号令を待っていた。道筋から二十メートルほど離れた岩の丘のくぼみ。留美はバートのそばにいて、はじめて触れる軍の銃を見よう見まねで構えてみる。
 「ふふふ、まるでオモチャだな。銃じゃなくてボスがだよ、可愛いぜボスちゃん」
 「うるさい化け物。これで打てる?」
 「おぅ、トリガーを引くだけよ。まあしかし弾が無駄になるだけで。ふっふっふ」
 「亮もこうやって撃ったの?」
 「そうだ。軍人でもねえのに先頭に立って戦った男だよ。さて無駄口はいい、そろそろだ」

  男たちの銃口が一斉に向けられる。人買いを殺すことではなく女二人を奪うこと。人買いそのものは見て見ぬ振りで違法ではない。皆殺しというわけでもなかったし、何より下手に打って女に当たっては話にならない。
 「よしボス、いまだ。ジープの運転席を狙え」
  バートは一発でいいから留美には撃たせておきたかった。戦闘というものを体験させたい。山賊のボスへの登竜門のようなもの。
  留美は狙うが銃には照準器などついてはいない。岩の上に銃を置き、息を整えて運転席のガラスを狙う。周囲の男たちは皆にやにやして見守っていた。
  ターン!
  留美が放った一弾が見事に運転席に命中し、ガラスに蜘蛛の巣が走った次の瞬間、血しぶきが飛び散ってフロントガラスが赤くなる。
 「おおう! やったじゃねえか!」
  男たちが驚いて歓声を上げ、それからは一斉射撃で威嚇。雨のように襲う銃弾に相手はろくに反撃もできないまま手を上げた。ものの五分でカタがつく。
  岩陰から躍り出て斜面を駆け下りる男たち。
 「おい逃げるぞ!」
 「そりゃないぜ、ボス!」
  オープンタイプのジープから飛び降りて走り去る二人。一人は若く、一人は明らかに中年。後ろにつけた護送車の中に手下と女二人を残したまま。
  これに怒ったのは留美だった。仲間を見殺しにするなど許せない。走り去る右の中年男に向けて、仁王立ちで銃を構える留美。バートも皆も見守った。
  その距離三十メートル、三十五メートル、相手は見る間に離れていく。

  ターン!

  右の男は脚を撃たれて転がって、それでも脚を引きずり逃げていく。弾はかろうじてかすっただけ。
  バートそのほか、こちらの男たちは舌を出して笑っていた。当たっただけでも奇跡に近い。
  これが留美が正真正銘ボスとなった瞬間だった。
  護送車から降り立ったのは三十前の男が一人と、東洋系そして黒人の娘が二人。女はどちらも囚人服。東洋系の女は二十代で投獄されたときに黒髪を中途半端に切られている。黒人のほうは背が高く、さらに若いと思われた。黒人特有の縮れたショートヘヤー。
  降り立った男が銃口に囲まれて膝をつく。汚れたジーンズ、ワークシャツに毛皮のベストを着込んでいた。
  巨体のバートがギラつく眸で見据えて言った。
 「女はもらうぞ、失せやがれ」
  しかし男が首を横に振って応じた。黒い髪と褐色の肌。汚らしい無精髭。ホルヘに似ていると留美は感じた。
  男はバートに向かって言うのだった。
 「失せろと言われても行くあてもねえんです。あんたらもしや、あのタイパンを殺ったって連中なんで?」
  残虐さで知られるタイパン。バートがチラと留美を横目に言う。
 「だってよボス、どうする?」
  小銃の銃口を降ろして歩み出た留美。男は眸を丸くした。
 「へ? ボスは女で?」
 「女で悪かったねクソ野郎」
 「あ、いや、すんません、そんなつもりじゃ。俺はその、喰えなくなって」
 「たいがいそうだよ。そんな中でも選ぶ仕事はあるはずだ。殺されたくなかったらとっとと失せるんだね」
  それでも男は、ただじっと留美を見つめた。
 「俺はカルロスって言いやす。国はブラジルだがメキシコ人だ。歳は二十九になりやす。助けてくれてって言うより仲間になりてえ。あのタイパンを殺ってくれた。すげえ連中がいるって評判になってまさぁ。タイパンなどクソ野郎もいいとこで」

  クソ野郎が何を言うかと留美は鼻で笑ったのだが、男の眸の色が輝いていると感じていた。仲間を三人失って男手が足りない。
 「喰えるだけでいいんだね? 真面目にやるかい?」
 「へいボス、何でもします、どうかお仲間に」
 「どんな悪さをしてきたんだ?」
 「いや、悪さっつうか、その、盗みとかそんなもんで誓って人は殺しちゃいねえです。アマゾンで獣を狩って生きてきた家のもんですから」
  留美はため息をつきながらも、それもいいかと考えていたし、バートもうなずいて任せるよとそのゴツい顔に書いてある。
 「わかった、しばらくは下っ端だよ。女たちを連れてクルマに乗りな」
  カルロスという新入りと、東洋系そして黒人の娘二人をクルマに向けて追いやると、バートや他の二人が留美を囲む。
 「立派なボスだぜ、山賊が似合ってやがる」
 「まったくだ、銃の扱いも見事でしたぜ」
  留美はバートをちょっと睨みつけて、そっぽを向き、男たちが眉を上げてにやにや笑う。

  その帰路だった。
  ルッツの町へのルート上に亮と暮らした洞穴の棲み家があった。皆で立ち寄った懐かしい場所。ここで犯されたときのことを留美は思い起こして見回した。もはや住めたものではなかったが、女たちが食い物を作った掘っ立て小屋も、洞穴の中の部屋として使っていた横穴もそのままで残っている。
  岩と緑に囲まれた土床の広場。周囲の景色が風を遮り、どうしたことかぽかぽかと暖かい。連れて来られた女二人は男たちに囲まれて立たされる。居並ぶと黒人の女が頭一つ背が高い。
  岩に座り込んで留美が言う。
 「あたしらは山賊だよ、救われたと思わないことだね。おまえたち次第。面倒なら捨てるからね」
  女二人はどちらも若く、それぞれに二十代だろうと思えたのだが、どちらもが怖くて震えている。
  あのときの私もそうだった。しかしここで甘い顔は見せられない。
 「二人とも囚人服なんか脱いで女に戻りな、パンティだけは許してやる」
  亮を想う一方で、今日を境に亮のことは忘れようと留美は思った。

  ところがそのとき、ひょろりと背の高い黒人の女が思いもしないことを言い出した。
 「言わせていただけますかボス?」
  留美はとっさに小首を傾げた。
 「いいよ、言ってごらん」
 「はい、ありがとうございます。わたくしはバネッサと申し二十二歳でございます」
  妙だと感じる。見た目に反する礼儀正しい言葉を使う。躾がいい。
 「わたくしは虐げられるのは好きですので脱ぐのはかまいませんが、一つだけ、どうしてもお願いがあるのです」
  何を言うのか、留美は目を細めて聞いていた。
 「じつはわたくしはビアンでマゾヒスト。親はスペイン系のカナダ人でしたが、早くに死に別れ、さるマダムに躾けられて育ちました。愛称はミーアと申します」
 「ミーア?」
 「はいボス。ひょろりと立ってきょとんとしているところがミーアキャットそっくりだということでマダムにつけていただいたお名前で。そのマダムが四十六歳で亡くなられ、残されたご家族がマダムをあしざまに言うもので、カッとして突き飛ばしてしまったのです。たいしたこともなかったのに傷害罪で投獄されて、つまりはご家族に捨てられたということで」
  留美は言った。
 「ちょっとお待ち。おまえはビアンでマゾ。つまりそのマダムの奴隷だった?」
 「はい、そうでございます。けれどもわたくしはマダムを心より敬愛しており、マダムへの誓いを破りたくはないのです。わたくしは女の方にのみ仕える性奴隷。決して男の人とは交わらないと誓いました。いつまでもとは申しません。マダムへの想いに整理がつくまで」

  留美は言った。
 「死んだマダムに、それでも忠誠をつくしたいと言うんだね?」
 「はいボス。その代わり女の人には奴隷です。どんなことでもいたしますし、厳しく躾けていただければ幸せなのです」
  よく躾けられた奴隷だと感じる。普通に考えれば混乱するだけなのだが、そこまで人を想える女心には心が動く。
 「ですからどうか、いましばらくの猶予をください。男の方々には申し訳ない気持ちはありますが、どうか」
  横からバートが言った。
 「女というならボスだけじゃねえ。寄ってたかって可愛がってくれるだろうぜ」
 「はい、それならわたくしは幸せでございます」
  バートが片眉を上げて留美を見て、留美は言った。
 「そのマダムはHIGHLYか? どこに住んでた?」
 「いえ、それは申せません、ご迷惑がおよびますので。マダムとの思い出を壊したくないのです」
  感心する。いまどき見定めた主にそこまでつくせる者はいないだろう。

 「やれやれ、また妙なのを抱え込んじまったぜ」
  男の誰かが小声で言った。

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